お歯黒べったり

第三章

「あれは何なの？」
「人間のやつなの？あれって」
「あれはお歯黒っていうんだよ」
　博士は穏やかに笑って皆に説明してみせた。
「あれはね」
「お歯黒！？」
「何それ」
　皆そう言われてもわからない。また首を捻るばかりだった。
「どっかで聞いたような気がするけれど」
「何なのよ」
「歯に塗る塗料でね」
　博士はそんな皆にこう説明するのだった。
「そこに塗ってね」
「ええ」
「それで？」
「それで結婚しているってことを示していたんだ」
　江戸時代のこの風習のこともまた皆に教えるのだった。
「昔はね」
「ああ、結婚指輪みたいなものね」
「眉を剃っていたのもそうだよ」
　同時にこのことも皆に説明する。
「それもなんだ」
「ああ、だから眉もなかったんだ」
「成程」
　その理由もわかりあらためて頷く皆だった。だが謎はまだ残っていた。
「けれどさ」
「どうしてあの一言で消えたの？」
　先程の博士の言葉について尋ねるのだった。
「博士がお嫁さんにしてあげるって言っただけなのに」
「どうしてなの？」
「あれはね。あの妖怪の特徴なんだ」
「特徴なの」
「ほら、ずっと結婚できなかったじゃない」
　またこのことを皆に話す。
「結婚したかったのに。だからああ言うとね」
「満足するのね」
「それで消えるんだ。簡単でしょ」
「わかってしまえばそうだけれど」
「それでも」
　それがわかってもどうにも釈然としない皆だった。
「怖かったわよねえ」
「そうよ。とっても」
「何かと思ったよ」
　顔を顰めさせて言う皆であった。
「妖怪なんて出て来たから」
「妖怪って言ってもね。対処する方法はあるから」
「大丈夫なんだ」
「そうだよ。何でもさ、対処の方法はあるから」
　皆に対して述べる博士だった。
「妖怪っていっても怖がる必要ないんだよ」
「そうなんだ」
「妖怪でも」
「そういうこと。じゃあ話は解決したし」
　微笑んで皆に告げる博士だった。
「帰ろうか」
「う、うん」
「それじゃあ」
　予想もしない程あっさりと終わってしまった話に呆気に取られる一同だった。だが博士だけは意気揚々とにこやかに帰路につくのだった。妖怪といっても対処の方法はある。特に怖がることはない、博士の最後の言葉だけが妙に一同の心に残ることになった。


お歯黒べったり　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　２００８・１１・１２