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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  24話 船匠の願い

 目的地、かつて俺がベータテストの頃に見つけたNPCの住処は北西の民家が密集したエリアの端にひっそりと佇む。しかも入り組んだ立地である事も相俟って、船頭に言い表すには苦難を伴う。やむなくマップデータ上の座標で行き先を伝え、一人当たり六コル換算――――ティルネルはテイムモンスターなのでノーカウント――――の割り勘で代金を支払うと、奇跡的に乗船が叶った十人乗りの大型ゴンドラは船着き場を離れる。

 やはり大人数だとそれなりに賑わうものらしく、クーネとヒヨリとティルネルが夕飯の材料について談義を交わし、レイとリゼルがニオを撫でまわす。賑わうとはいうものの、こういう雰囲気でもあぶれるのは俺の宿命、もはや様式美。完全にアウェイである。蚊帳の外になってしまった俺は手持ち無沙汰な時間を強いられつつ、やむなく周囲を目視する他ない。他の事で忙しいように見せる

 武器屋や防具屋のNPCショップは、細い水路を曲がるとポーションや雑貨を扱う店舗に移り変わり、やがて大きな市場の活気が街を十字に区切る大きな水路から見て取れた。記憶が定かであれば、あの市場の北寄りのエリアは全て露店であり、数にして五十人程の商人が軒を連ねる。かつて殺風景だった頃には南側の食材や雑貨アイテムを取り揃えるエリアの寂しい品揃えも災いして、俺自身はあまり好んで立ち寄るような場所ではなかったのだが、時折陳列された木箱から見える商品は俺の印象を塗り替えるには十分な鮮やかさがあった。今日の予定が済めば夕方頃にでも足を運んでみることとしよう。
 南北を貫く太い水路に出たゴンドラはやがて、東西に延びる太い水路を西に向けて進む。北側に見えるのは目的地である北西の住宅地エリア。先程までいた南東の商業エリアと比べると、より生活感が際立って、集客を目的とした東南と比べれば時にな印象こそ否めないが、船のオモチャで遊ぶ子供や、テーブルゲームに勤しむ老人や、井戸端会議に花を咲かせる婦人方を見ると、これぞ下町と言わんばかりの風情があって、どこか時間がゆっくりと過ぎ去るような趣は無性に惹かれるものがある。

 そんな下町情緒を観察しながら、幾つか角を曲がった先の民家でゴンドラは停止する。玄関の脇には水路に接した大きな二枚扉があり、水路側に突き出た部分は窓が高くて中を目視できない。玄関の傍にある汚れた窓から確認できる範囲は、広さから鑑みて建物の半分にも満たないくらいだが、それでも中に居るNPC、それこそベータテストの時に見た職人もどきは姿をそのままに、かつてと同じ格好でロッキングチェアに腰掛けている姿が目に留まる。頭上に浮かぶクエストアイコンが記憶との差異であり、これまで推測として抱いていたものを確信に足るまでに昇華させる。しかし、肝心なのは彼のクエストの内容だ。ここに来て肩透かしを食らうのは避けたいが、そうなれば運と製作者を恨むとしよう。期待と不安が半々くらいの心持ちで扉をノックすると、数秒空けたところで返答が飛ばされる。


「鍵はかかっとらん。用があるなら勝手に入れ」


 重く低く、しわがれた声に従うかたちでドアを開き、建物の中に入る。
 ベータテストの頃と同様に室内は物で溢れ、その中に老爺が一人佇んでいるといった様子だ。酒とパイプを節くれ立つ手で握り、胸板や腕の逞しさを見る限り、好々爺などというカテゴリーには収まらないであろう彼は、横目でこちらを鋭い眼光で一瞥するや否や、フンと鼻を鳴らして酒瓶を勢いよく呷った。
 後ろではクーネ一派とティルネルが小声で物議を展開、そして間もなく彼女達は何かを見出したのか、代表となったクーネがNPCの前に踏み出す。立ち聞きした彼女達の話し合いの内容から察するに、誰が先にアプローチを掛けるかという《譲り合い》だったらしい。ここまで来れば誰に先を越される事もないので、彼女達の奮闘を見届けてからでも遅くはないだろう。個人的に興味がある。


「お爺さん、何か困っていませんか?」
「困っとらん。用がないなら出ていけ」


 不機嫌な表情を更に険しくした老人は、人当たりの良い笑顔で問う赤髪の少女の優しい問いかけをすげなく躱し、追い打ちをかける。当然、クエストアイコンに一切の変化は見受けられない。要するに、この浮遊城に多く存在する《悩みを解決する》ようなクエストではないわけだ。恐らく、このクエストを受領するには何らかのキーワードが必要なのだろうが、どうも情報が足りない。一足飛びに進んでしまった弊害がこんなところで現れるとは思わなかったが、恐らくはクーネ達の足掻きがヒントに繋がるかも知れない。
 その後もクーネは暫く粘り、終いには話し合いに参加した全員が束になって考え得る対応を試みたが、ロッキングチェアの肘掛けに酒瓶の底を叩きつける老人の無言の圧力によって、クーネ一派の敗北が決定した。十数分にも渡る舌戦は不毛な結末に終わり、未だにスタートラインに立っていないのだから哀れである。完全に硬直するクーネ達を後目に、今度はヒヨリがNPCと対峙する。


「おじいさんは、お船を造るお仕事をしてたの?」
「………もう昔の話だ。今はやっとらん」
「お願いしたら、造ってくれる?」
「生憎だが、叶えてやれそうにもない。船の材料は何から何まで水運ギルドに独占されちまってな。おかげで同業の連中は全員廃業しおった」
「材料があれば、お願いできるの?」
「フン、どうだかの。お前たちみたいな若造にどうこうできるもんでもなかろうが………用がないならとっとと………」


 帰れ、と。白い蓬髪の老人がクーネ同様に一蹴するかと思われた瞬間、ヒヨリはロッキングチェアの肘掛けの端に手を置き、老人の顔へと一気に詰め寄った。面食らった老人はパイプを口から落とすのではないかとさえ思えるほどに呆けてしまう。


「私達が材料を取ってくる。そしたら、造ってくれるんだよね?」
「材料が揃えば、な」
「絶対に揃えるよ。だから、おじいさんも最高の船を造ってね!」
「………フン」


 受諾とも、拒否とも取れないような気難しい老人の返答の後に、老人のクエストアイコンのマークが《!》から《?》に変化。ヒヨリの前にはクエストの情報と受領の確認を行うウインドウが出現する。クエスト名は《船匠の願い》。俺の記憶にはない、正真正銘の正式サービスから実装された新規クエストだ。
 そっぽを向いて酒を呷る老人を一度見遣り、ウインドウでクエスト受領を済ませる。そんなヒヨリの動作が終えるのを見計らうように、老人――――《ロモロ》は低い声を喉から押し出した。


「………先ずは南東の森に行って、防水処理に必要な熊の脂を取ってこい。ただし………ヌシ熊に出くわしたら逃げたほうが身のためじゃぞ。ヤツからなら、最高の脂が取れるじゃろうがな」
「ヌシ熊?」


 ロモロ老人の言うヌシ熊という単語を、ヒヨリは首を傾げながら復唱する。最高の脂などという単語から察するに、この《お使いクエスト》は納品するアイテムにグレードが存在するらしい。当然、上位のグレードのアイテムを入手した方が、より良い報酬を得られるのは自明の理というもの。しかし、言わずもがなこの手のやり込みは難易度を吊り上げる要因になるわけだ。


「馬鹿でかいやつだ。かなり強いし、そもそも………」
「それを倒したら最高のお船の材料が貰えるんだね!?」


 ヒヨリの問いに、ロモロは一切の反応を示さない。自身に向けられた言葉であると認識していないからか、それとも説明を済ませれば口を鎖して《座して待つ》つもりなのか、パイプから煙を漂わせるだけである。


「………話を聞く限り、そうだな。だけど良く考えてくれよ?」
「分かった! おじいさん、最高の脂、ぜったいに持ってくるから! おじいさんも最高の船造ってね! 約束だよ!」


 ヒヨリの言う「分かった」とは、俺の考えているそれと指すものが違うのだろう。困難を度外視しているという割り切りではなく、そもそも困難であることを認識さえしていないような気さえする。相棒が、いついかなる時であろうと前向き過ぎて胃が痛くなる。
 そして、善は急げと言わんばかりにロモロ宅を飛び出したヒヨリを追って屋外へ向かう。お得意のAGIにモノを言わせるような独断専行は今日も冴え渡り、ドアを抜けた時には数十メートル先の船着き場で流しのゴンドラを確保していたほどだ。既に会計まで済ませ、乗り込むだけとなった船を確保したヒヨリは、老人と交わした約束――――一方的ではあったが――――に対する意欲と、迅速な自身の仕事ぶりを自賛する気持ちとで、凄まじいまでの自信を表情に湛えていた。
 とはいえ、今は目的地へ向かうにも船はあって困るものではない。全員がゴンドラに乗り込むと、緩やかに漕ぎ出して淀みなく船首を大通りへと向ける。


「………リン君、ちょっといいかしら?」


 船が離岸して間もなく、クーネが呼びかけてくるのを聞き、顔だけそちらに向ける。


「さっきのヌシ熊についてなんだけど、かなり強いって言ってたわよね? どのくらいなの?」
「ああ、それについての説明もした方が良いか………というか、本気でやるのか?」
「もちろん! 良質な船が手に入るなら望むところよ!」
「そうか」


 クーネの問いを受け、ヌシ熊に関する情報を精査することおよそ二秒。確実に言えることだけをピックアップする。


「冗談抜きでさっき言った通り、馬鹿でかい熊だな。俺が記憶している攻撃方法は突進と前足の薙ぎ払いだけ。突進はしばらく硬直があるってくらいだな」
「それだけ? ボク、もうちょっと強そうなんだと思ってたけど」


 続いて、ヌシ熊を完全に侮るようなレイの発言が場の緊張を和らげたが、こいつらはヌシ熊を相手取るつもりなのだろうか。しかし、倒すつもりであれば一筋縄にはいかないだろう。認識がやや甘いような気がする。それを引き締める意味で、俺は言葉を続ける。


「俺の認識している攻撃パターンが少ないのは、俺がヌシ熊から逃げたからだ。真っ向から挑むにはあまりに分が悪過ぎた。何たって当時のベータテストで六人PTが簡単に蹴散らされた相手だぞ。ソロで挑むなんて馬鹿な真似はしないし、あれは俺からしてみれば興味のない相手だったしな」
「え、じゃあ………やっぱり強いの?」
「いや、当時の第四層における最前線のプレイヤーの平均レベルは今ほど高くない。ハードル自体は下がっているだろうが、単調な物理攻撃だけならパターンを覚えれば十分に回避やガードは可能だったはずだ。それでも、PTが何度も全滅したことを考えれば、何かしら要因があると考えるべきだろう………まあ、俺は知らないんだけど」


 そう、単調な物理攻撃だけでなかったからこそ、かつて数多のプレイヤーはヌシ熊に敗北を喫した。むしろ攻略法の一つも広まっていないくらいだし、倒されているのかさえ怪しい。余所のPTが俺の進行方向で全滅し、その有り余るヘイトがそっくり俺に向きさえしなければ好んで挑みなどしない。その時の俺でさえ、前足の薙ぎ払いを受け流し、突進を大木にぶち当てて硬直した隙に一気に逃走した程度。立ち枯れた木の乱立する、林と呼ぶにもお粗末だったベータ時代の森で垣間見れた仮想敵の実力はその程度でしかない。
 ヒヨリの熱意を実現させようと、クーネ達が俺の情報量の少なさを愚痴りつつあれやこれやと考察や推測を立てているが、むしろ考え方によってはそれだけ知れていただけでも幸運であったくらいだろう。時折耳に入る悪態に物申したい気持ちを堪えて、更に留意してもらいたい点を告げる。


「それと、エンカウント率が異様に低い」


 これこそがヌシ熊攻略において、現状における最大の難所と言えよう。
 一応は縄張りを主張する証として木の幹に引っ掻き傷を刻む習性があるらしいのだが、それさえ見つかりづらいということで、強敵な上に尚且つ姿を見せないというものだからレアアイテムを夢見た物好きによって熊狩りが流行ったことは今も記憶に新しい。ドロップ品の情報さえ聞かなかったところを見ると拭いきれない不安を覚えるが。


「だからこそ手分けして探したいところだが、ヌシ熊の強さを考慮して………どうした?」
「えん、かう?」
「………その、なんだ。用語ってのがアタイは全然疎くてさ」
「………そうだったな。そこから説明しよう」


 首を傾げるヒヨリと、面目なさげな顔をするリゼルにエンカウント率が何たるかを説明し、苦い顔をされること数分。そして状況を理解したリゼルは面倒臭さを理解して露骨に嫌そうな顔をするが、残念ながらクーネとヒヨリのやる気は一向に萎える気配さえない。レイはクーネに委任しているような様子だ。ニオは船酔いで死にかけているが、強く生きてもらおう。


「とにかく見つければ良いんだね!」
「そうだな! お前が話を理解してないのは良く分かった!」


 それどころか、ヒヨリは何を聞いていたのか分からないような有様なのだが。


「とにかく、午後三時までヌシ熊を捜索。それでも姿を見せなかった場合は他の熊をターゲットに脂を集める。捜索時間を無駄に長引かせても仕方ないし、リン君もこの方針で良いかしら?」
「妥当だろう。ただ、木の幹に真新しい引っ掻き傷が見つかった場合は時間の延長を頼む。うっかり見つかったら勿体ないからな」
「わかったわ」


 そして、漠然ではあるもののクーネのプランニングで大筋の指針が定まり、ゴンドラも街の南門を抜けて圏外へと漕ぎ出した。視界の左を覆う緑は、ベータテストでは見られなかった景色だ。この街に至る前にも鮫と交戦しており、既にこの層でのイレギュラーは経験している。
 何事も無ければ良いのだが、あまり楽観視も出来ないだろう。せめて大事には至らないように最善を尽くさんとするしか、俺にはできないが。 
 

 
後書き
お使いクエスト前篇。


かなりプログレッシブ準拠な設定ではありますが、後の展開でキリトさんから離れて別行動する為のフラグを立てたところです。そして、厳密にいえば本家のクエストとは若干名前が変化していますが、ヒヨリが特殊なフラグを回収して発生させたものなので問題ありません。仕様です。


次回は第一層以来の多人数での戦闘となります。成長した燐ちゃんとヒヨリ、リーダーを取り戻したクーネ一派の実力が今、明らかに!!



………ということで、出来るだけ早く更新したいと思います。



ではまたノシ 
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