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相模英二幻想事件簿

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山桜想う頃に…
  Ⅹ 4.21.AM6:25



「…ここは…?」
 目を開くと、初めに真っ白な天井が見えた。随分と長く眠っていたような気がする。
「あなた…あなた!?ちょっと結城君、先生呼んできて!目を覚ましたわ!」
 何だ…亜希も結城もいたのか。あれ?藤崎はどこいったんだ?
「あなた。ここ、どこだか分かる?」
「…ん?」
 何を言ってるのかと暫く考えていたが、頭の奥でうっすらと記憶が蘇り始めた。
「そうか…ここは、病院か。変だと思ったわけだ。」
「何を暢気なこと言ってるの!私なんて、血だらけのあなたを見て心臓止まりかけたわよ!」
「ああ…済まなかったな…。」
 今にも泣きそうな亜希に、私は苦笑混じりにそう言った。亜希はまだ何か言いたげだったが、そこへ病室の扉が開き、白衣を着た中年の男が現れた。この人が私の担当医なのだろう。
「相模さん。あなた、自分がどうなったか覚えていますか?」
「はぁ…うっすらとですが…。どうやら地面が陥没したようですね…。」
「そうです。あなた、30m近くも下に落下したんです。連れの方もそうですが、あの状況で良く生きてたと思いますよ。暫くは入院してもらいますからね?」
「はい…宜しくお願いします。」
 先生は脈をみたりしていたが、私はその最中に再び深い眠りに落ちたのだった。
 次に目を開いたとき、傍には松山警部と佐野さんの姿もあった。この時は気分も良く、体のあちこちは痛むものの、頭の中はすっきりしていた。
「警部も佐野さんも…来て下さってたんですね。」
「ああ。君達には悪いことをしたな…。」
「なぜ謝るんですか?」
「いや…私が君達をもう少し信用していれば、二人だけで行かせることはなかった。」
 松山警部はそう言って頭を下げ、「済まなかった。」と呟くように言った。あの松山警部が…心から謝罪しているのが分かる。まぁ、亜希にも結城にも、これでもかというほど文句を言われたことは想像出来るからなぁ…。
「警部…これは私と藤崎で決めたことです。この怪我だって自分のミスが招いたことですし、誰も悪くないんですよ。」
 私はそこまで言うと、ふと夢で見た女を思い出した。あまりにリアルで、あれが夢なのか何なのか分からない。だが…あれはきっと、語られたかった過去からのメッセージだったのではないか?私はそう考えた。
「松山警部…眠っている間に、夢を見続けたんですよ…。」
「…夢…?」
「ええ。飽くまでも夢でしかありませんが、そこには謙継と兼造の兄弟や、その父から妾、使用人までが登場しました。僕達の知らなかった人物まで…。」
 そう言うと、松山警部はどうしたものかと言った風な表情を見せたが、後ろで控えていた佐野さんが「話してみて下さいよ。」と言ってくれた。松山警部は苦笑いしているが、私は少しずつ話すことにした。
 暫くは二人とも静かに聞いていたが、佐野さんは何か思い当たることがあるようで、私が話を終えたと同時に口を開いた。
「ハルって妾ですが…どこかの家の記録にあったような気がします…。えっと…どこだったかなぁ…。」
 佐野さんは暫く考え込んでいたが、思い出したように手を叩いて言った。
「そうそう!和泉家の古文書に出てきたんですよ!」
「和泉家?」
 私と松山警部は首を傾げた。分家だったら資料に出てくるはずだが、この和泉家は出てこなかった。単に同じ名前の人物が居ただけなんじゃないかと思っていたが、佐野さんが話を続けたので聞くことにした。
「その和泉家はですね、山内家がこの土地に来る以前、この和泉家が大半の土地を所持していたんです。山内家が来た時から徐々に没落し、堀内家と名を改めた時には完全に消滅していたんです。和泉家は貴族の出で、かなり古くから続く家柄だったようです。その和泉家の最期の人物が、話に出てきたハルという女性です。現存する資料には詳しいことは書かれてませんが、どうも後半生を書いた部分が意図的に破かれてたんですよねぇ。」
「それじゃ…栄吉の妾ってのは…」
「多分ですけど、この和泉家のハルじゃないかと。」
 もしそれが事実なら…辻褄が合う。そのハルという女性が、没落した家の再興を願って栄吉に近付いたとすれば…産まれた男子を無理に分家へと入れた理由になる。わざわざ監視をしていた理由も、これで説明がつくからな。
 次に…自らが本家の正妻の地位を手に入れたかったのも、復讐と考えれば理解出来るものだ。それを栄吉が気付き…手にかけた…。だが栄吉は、最初から知っていたわけじゃないだろう。まさか、自分の家が原因で没落した家の娘が…自分の妾になっているなんてな。それに気付いたから…こんなことになった…。
「佐野さん。あの櫻華山ですが…昔、墓地として使われてませんでしたか?」
「うん…そういった記録はなかったように思いますが…。でも、似たような話は聞いたことありますねぇ。」
「似たような?」
「ええ。この町じゃないんですけど、戦の時、死者を穴を掘って埋めてたんですが、あまりの多さに丘になったって言うものです。そこには様々な花木を植え、死者が安らげるようにしたとか…。」
「それ…櫻華山の話です。私が落ちた辺り、恐らく死者が土に還った後に出来た空洞だと思います。調べれば、多くの人骨が見つかる筈ですよ。」
 私がそう答えると、松山警部も佐野さんも身震いしていた。
「あら、警部さん達もいらしてたんですね。」
 暫く話をしていると、病室に亜希が花瓶に生けた花を持って入って来た。
「あぁ…邪魔してるよ。」
 亜希は警部達の横を通り過ぎ、私の枕元にある台へと花瓶を置いた。チューリップに霞草にスイートピーなど、様々な花から心地好い香りが漂ってくる。
「あなた。何か買ってくるけど、欲しいものはある?」
「そうだなぁ…。取り敢えず、飲み物を買ってきておいてほしいかな。」
「番茶かしらねぇ…。先生に聞いてから行くわ。」
「ああ、頼むよ。」
 そう言うと、亜希はすぐに病室から出ていった。まだ警部達のことを許してはいないようだ…。
 亜希と入れ替わりに、今度は結城が入って来た。
「先輩、やっと目が覚めたんですね。」
「お前…帰らなくて平気なのか…?」
「駄目ですよ。でも、この事件を放り出して帰るなんて出来ません!」
 正義感からなのか野次馬根性からなのか…。ま、いずれにせよ、結城のことだから考えあってのことだろう。多分…。
「で、何か分かったことがあるんだろ?」
 私がそう言うと、結城は鞄から何かを取り出した。調査書類だろうが、松山警部と佐野さんはそれを見て目を丸くしていた。
「結城弁護士…それ、貴方が調査を?」
「そうですが?どこかの誰かさんは、全く役に立たないようですしね。少し黙ってて頂けますか?」
 そう言った結城の顔に、警部と佐野さんは黙してしまった…。さすがだ…結城弁護士。
「分かったことですが、山内家が堀川を名乗るようになったのは、謙継が当主になってからですね。」
「父親の死後ってことか?」
「ええ、そうです。前当主の栄吉は四十三歳で亡くなっています。死因は不明ですが、どうやら精神を病んでいたようですね。まぁ、その話はあまり関係なさそうですが。次に、堀川家の四つの分家ですが、これは山内家から続いていて、どうやら本家代々の当主が妾に産ませた子を入れていた節があります。要は受け皿ですね。」
 何だかとても不愉快な家だな…。裕福だからといって、女を遊び道具のように扱っていたのか?いや…現代も然程変わらんか…。金さえ出せば、そういうことを提供する店もある。
 だが、この山内家は…どこかが違う気がする。子供をわざと産ませ、何かに利用しているような…そんな気がしてならなかった。そんな私の考えは、次の結城の言葉によって証明されることになった。
「分家に入れられたのは男子だけです。女子は本家で育てられ、有力貴族などへと嫁がせていたようです。ですが明治から昭和にかけ、その貴族が次々に没落してゆくと、堀川家もその力を失って没落していった…そういうことですね。」
 男尊女卑…嫌な言葉だが、正しくそういった世界だった。それは理解しているが、いかな妾の子とはいえ、産ませた子供を貴族への献上品みたいに扱っていいわけない…。それを考えるだけで、私は腹がたってしかたなかった。
 だが私は、今聞いた結城の報告に引っ掛かりを覚えた。畑名家に入れられた謙之助のことだ。夢では二十二か三くらいの歳に見えた。兄弟が櫻華山へ赴き、そこで謙継が亡くなった場面にも出てなかった。では、その後どうなったのか?
「結城。畑名家に謙之助という人物はいたか?」
「ええ…知ってたんですか?」
 結城が不思議そうに言うと、黙っていた松山警部と佐野さんがギョッとした表情で私を見た。私が話した夢が、真実味を帯びてきたからだ。
「その謙之助…どう生きたんだ?」
「あまり資料は残されてないんですよ。三十四で没してるんですが、一応は妻と幸せに暮らしていたようです。さして名を残すようなことは行ってませんね。」
「死因は?」
「えぇと…あった。華千院照明という人物と共に狩に出掛け、そこで事故死したそうです。華千院の放った矢が誤ってあたり、数日後に亡くなったとありますね。一応は医師の記録が残ってますから、間違いないと思います。」
 華千院…確か京都にそんな名の人物がいたな…。名を残すことがなかったにしろ、謙之助自身は幅広い交友関係を持っていたのだろう。
 だが…本当に事故だったのか?私は、あの堀川家の兄弟を思い返し、些か勘繰らずにはいられなかった。しかし、これは結城の言葉によって否定された。「謙之助が亡くなった際、照明は詫び状と多額の金品を送り、自分の矢が友人を殺めたと生涯悔やみ続けたそうで。これ以降も畑名家とは友好的な関係を続けてるので、さしあたって事件性はないようです。」
 結城がそこまで話し終えると、再び病室のドアが開いて亜希が入ってきた。だがその後に、一人の女性が一緒に入ってきた。その女性を見て、皆は目を丸くした。
「相模君、お久しぶり。あら、結城君までいたの?こちらは…警察関係者って方々?」
「アンナさん!いつこちらへ戻ってらしたんですか!?」
 入ってきたのは藤崎の母、アンナ・アマーリエ・藤崎だった。いつも所在不明の詩人にして版画家。連絡を取ろうにも、いつどこにいるか誰にも分からないのだ…。そんな彼女がここにいるのは、なんとも不思議としか言えなかった。
「あなた方が寝てる間によ。全く…また変な事件に首突っ込んだのねぇ?京ちゃんもホント、懲りないんだから。」
 アンナさんは未だブツブツと言っている。何て言うか、アンナさんはドイツ人なのだ。その彼女が流暢な日本語で小言を並べてるのは、とても奇怪に思えてしかたない…。
 アンナさんは八ヵ国語をマスターしている。そのお陰で世界を飛び回ることが出来るのだ。いわば天才と言うやつだ。藤崎の父親も天才と呼ばれる指揮者で、その二人の血を引く京之介には無論、天才と呼ばれてもなんら不思議ではない程の知識と行動力があった。
「で、相模君?私の話、ちゃんと聞いてますか?」
「は、はい。大丈夫です。ちゃんと聞いてますよ。」
「それで、元凶は分かったのかしら?」
 正直…全く聞いてなかった…。まぁ、この事件に関して話してたのだろうが…。
「分かりましたよ。今回は幾つかの思考が混ざっているようですから、私は兼造、ハル、イトの三人が何らかの形で関係してると考えます。ってか、これを探偵である私に振りますか?」
「まぁ気にしないで。でも、そうねぇ。京ちゃんだったら、もう少し奥をみるだろうけど、今回は無理そうだし。」
 アンナさんがそこまで言った時、戸口から不意に声が掛かった。
「母さん、そこまでにしておけよ。」
 そう言って入ってきたのは藤崎だった。松葉杖を使ってはいるものの、他は何ともないようだ。ま、私が長く眠り過ぎてたんだと思うが…。
「京ちゃん、あなた大丈夫なの?先生にまだ動かない方がいいって…」
「平気だ。もう二週間もベッドの上だったからな。全く…演奏会が終わった後で良かったよ。」
 そう言うと、藤崎は私のところへと来て言った。
「英二、後は俺に任せとけ。父さんが明日こっちに来るから、この町でレクイエムでも演奏してもらうからさ。」
「征一郎さんも帰ってるのか。でも…元凶は、あの櫻華山そのものなんじゃないのか?恐らく、ハル、イトがあの櫻華山に葬られたことで、今回のようなことが…。」
 私は、あの夢で見せられた過去を思い返した。憎しみ…と言うよりも、哀しみや淋しさが強かったように思う。それを思うと、あの二人の女性…顔の無かった女性と、顔を斬られた女性…イトとハルが憐れに思えてならなかった。
「そうだな。でも、あの櫻華山なんだが、町の方で発掘作業をやるそうだ。埋められた遺骨を全て回収し、新たに埋葬し直す手筈になってる。これでもう…何も起きはしないさ。」
 藤崎はそう言うと、松山警部と佐野さんに何か言って、そのまま二人を連れて出ていった。
「さぁってと。私もお邪魔の様だし、そろそろ退散しましょ。相模君、そろそろ子供作ったら?」
「な…!いきなり何言い出すんですか!」
 私が狼狽えながら言うと、アンナさんは笑いながら病室から出ていったのだった。
 そうして暫くは静かだったが、不意に枕元から盛大な溜め息が聞こえた。
「亜希…何か言いたい事があるようだね?」
「そうね…有り過ぎて、どこから言ったものか分からないわ。全部言ってもいいかしら?」
「いや、待て!大半は既に分かってるから、端から言うのは止してくれ!」
 私がそう懇願すると、亜希は笑って「冗談よ。」と言った。
 開かれた窓から、春の心地好い風が入り込み、真っ白なカーテンを揺らめかせた。その風は花瓶の花をも揺らし、閑なひとときを作り出していた。
「赤ちゃん…もう少ししたら、欲しいかな…。」
 ポソリと亜希が洩らした。私も子供は欲しい。だが、今のこんな状態では、満足に養うことも出来ないのだ。
「僕も、どんどん仕事取ってこなきゃな。」
 そう私が言うと亜希は一瞬キョトンとしたが、すぐに顔を崩して言った。
「こんな危ないのは無しよ!」
「分かってるよ。」
 そう言うとこの春風の中、私達は笑い合ったのだった。



 
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