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無人列車

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5部分:第五章


第五章

 しかしである。それから暫く後でだ。彼等を酷使していた院長が引っ越した。それは隆之が住んでいた場所のすぐ近くだった。
 それを聞いた二人はだ。怪訝な顔で話をした。
「院長も帰り遅いですよね」
「そうだな。若しかしたらだ」
「止めますか?」 
 隆之は真剣な顔で浩成に問うた。
「院長を」
「話を聞けばな。そうしたことを信じる人じゃないだろ」
「それに人の話も全然聞きませんしね」
 所謂ワンマンなのである。
「じゃあ」
「そうだ。言いたいが言ってもな」
「無駄ですか」
「言わない方がいい。下手なことを言って首を飛ばされた看護婦もいるしな」
 そこまでする人間なのだ。当然人望もない。
「だからだ」
「止めますか」
「止めておこう。ここはな」
「わかりました」
 実際二人も院長は好きではなかった。横暴でしかも自己中心的な人間性でもあるからだ。それで好かれる方が不思議であった。 
 そしてだ。院長がそこに引っ越して二ヶ月程いた時だ。その院長が死んだ。何といつも乗っている終電の中で急性心臓麻痺を起こして死んでしまったのだ。葬儀は速やかに行われた。
 御通夜、それに葬儀を終えてからだ。喪服姿の隆之と浩成はそれぞれ話した。喫茶店の中でだ。
「やっぱりこうなりましたね」
「そうだな。なったな」
「ええ、本当に」
 浩成の言葉に応える隆之だった。
「なりましたね」
「連れて行かれたな」
 浩成は真剣な顔で話した。
「あの終電の中の人達にな」
「そうですね。間違いなく」
「院長は死んだ」
 浩成は今度は一言だった。
「連れて行かれてだ」
「はい、そして俺ももう少しあそこに乗っていたら」
「御前が連れて行かれた」 
 まさにそうなったというのだ。
「危ないところだったな」
「ええ、本当に」
 隆之は己が危機を脱したことをはっきりと感じていた。そのうえでの言葉である。
「代わりに院長がってなりましたね」
「そうだな。とにかく乗ってはいけない電車もある」
 浩成はこんなことも言った。
「それは覚えておくか」
「そうですね。そういうことですね」
 院長が死に次の院長になるとだった。異常な残業もなくなり隆之も浩成も終電まで残ることはなくなった。そしてその電車に乗ることはもう有り得なくなっていた。それからその終電は廃止されてしまったという。それが何故かは誰も知らなかった。しかし今でも時折その時間に走る電車を見たという話もある。どうしてその時間に走っているのかはこれまた誰も知らない話である。


無人列車   完


               2010・3・6
 
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