| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

藤崎京之介怪異譚

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

case.6 「闇からの呼び声」
  Ⅱ 12.6.PM1:44



「先生。あの伝承ですが、幾つかの異なるヴァージョンもあるようですよ。」
「異なる?どういうことだ?」
 ここは聖チェチーリア大聖堂の中の一室。そこで俺と田邊は、アンデレ教会からの依頼の件で調査を開始していた。本当は田邊はいない筈なんだが…。
「どうも三つの伝承があるようで、先生が話してくれたのはその一つです。他には、伯爵自ら館に火を放って自殺したと言うものと、民を悪魔の生け贄にして魔術を行ったと言うものです。最後の話は後世の作り話のような気がしますが、自殺説は充分有り得る話かと。」
「自殺だと…惨殺されたという話が捏造と言うことになるが…。」
 古い伝承は、とかく様々な形で伝えられているものがある。概して根本は変わらないのだが、自殺と惨殺では違い過ぎる。民に惨殺されたから呪いが降りかかった…と言うならば話は早いが、自殺であれば黒幕は他にあることになる。
「田邊。ヴェッベルグ伯の亡くなる前後にあった事件を、出来るだけ探し出してほしい。」
「…出来なくはないですが、この町にある図書館と教会や聖堂などの古文書を閲覧しないと分かりませんよ?インターネットで…と言うには、少し古すぎますから…。」
 そりゃそうだな…。数百年前の地方の事件を全て網羅するなんて…インターネットでも無理だよな…。かといって一つずつ探し歩くのも時間がかかる上、何をどう探せば良いか分からんからなぁ…。
「良い奴を知っとるぞ。」
 俺と田邊べ思案に暮れていると、そこへアウグスト伯父が部屋へ入ってきた。
「アウグスト伯父様…どうしてこちらへ?今日は聖書会議だった筈では?」
「本当はそうだったんじゃが、アンデレ教会の一件で延期されたんじゃ。それで様子を見に来たと言うわけじゃよ。」
 聖書会議が延期…と言うことは、各聖堂や教会は今回のことを重く見ていると言うことか。いや…それだけではない気もするが…。
「それで、良い奴とはどなたのことですか?」
「わしの知り合いの探偵じゃ。フリッツ・メスターラーと言うて、とても優秀な男じゃ。」
 探偵…ねぇ…。ま、探しもの調べものだったらお手の物ってことだな。どこぞの誰かを思い出すが…。
「それで、そのメスターラー氏は、こちらが頼めば直ぐに動いてくれるんですか?」
「大丈夫じゃろう。今晩の夕食にでも招待しようかのぅ。」
「しかし…神父の知り合いに探偵とは…。どういうお知り合いなんですか?」
 俺がそう問うと、アウグスト伯父は何かを思い出すように目を閉じて語り出した。
「ありゃ…二十年位前じゃったかのぅ。私用でケルンに滞在していた時にの、ある小僧に財布を掏られてしもうたんじゃ。その時、たまたま通りがかった警官に小僧は見付かり、直ぐに捕まってしもうたんじゃよ。わしゃ気付いて振り向くと、そこには大層粗末な身形をした痩せた小僧が立っとたんでな、不憫に思うて、財布はくれてやったと言ったんじゃよ。その時の警官の気まずそうな表情といったらなかったのぅ。」
 アウグスト伯父はそう言うと豪快に笑った。
「まさか…その小僧って言うのが…。」
「それがフリッツとの出会いじゃよ。奴はその後改心し、自身の能力と経験を生かして探偵となったんじゃ。無論、大学も出ておる。」
 いやぁ…大学出てまで探偵にならんでもなぁ…。ま、相模もそうなんだが、一応は警察へ入ってから探偵になったからな。こちらは一直線に探偵…。改心が良いんだか悪いんだか…。
「しかし伯父様。フリッツ氏は、数百年も前の事柄なんて調査出来るんでしょうか?」
「問題無い。大学では歴史に古文学、それに古美術なども学んでおったし、ラテン語やアラム語、ギリシア語などの聖書に関連した語学も学んでおった。今では探偵業と平行し、時折大学でも教えとるよ。」
 俺は呆気にとられた。探偵をやっている教授…なんて、今まで聞いたこともない。まぁ、それだけ能力が高いのだろうが…。
「で、どうするんじゃ?」
「そうですね…。では、今夜の夕食に誘って頂けますか?急で申し訳ないのですが…。」
「大丈夫じゃろう。食堂に8時で良いかの?」
「はい。お願いします。」
 俺がそう言うと、伯父は直ぐ様部屋を後にした。恐らく連絡を付けに行ったんだろう。
 アウグスト伯父が部屋を出ていった後、俺の後ろから田邊の唸るような声が響き、俺はギョッとして振り返ると…半眼の田邊が言ってきた。
「先生…。待降節とクリスマスの演奏練習、どうするつもりなんですか!?クリスマスは25日から27日まで三日立て続けで、年末にも演奏会、新年も一日目から演奏があるんですよ?」
「分かってるよ。」
「分かってません!バッハのクリスマス・オラトリオ全六部、マニフィカト変ホ長調、サンクトゥス、カンタータ第110と65番、町のホールではヘンデルのメサイアにシャルパンティエの真夜中のミサとテ・デウム…。殆んど演奏したものばかりとはいえ、これだけのものをこんな短期間でやるには、もう練習に入ってないと困ります。このままでは…」
「分かったから!全く…明日からマニフィカトの練習に入るから。初稿の変ホ長調は初めてだしな。二日パートに当てて、後一日で仕上げる。他のは各二日あれば間に合うだろ?クリスマス・オラトリオとメサイアは四日必要としても…」
「その二つも二日で上げて下さい。そうしないと、年末のオルガン演奏会に支障が出ます。」
「…そうだったな…。聖マタイ教会でやるんだった…。」
 俺がそう呟くと、田邊は凄い勢いで睨み付けて言った。
「何でもかんでも安請け合いするからこうなるんです!そもそも先生は…」
 あぁ…始まった。こうなると長いんだよなぁ。ま、俺が悪いんだけど。でも、田邊って何だか心配性の奥さんみたいだな…。相模の奥方の亜希さんもこんな感じだし…って、こんなこと田邊に言ったら、もう止まらなくなるからいわないけどな…。
「それで何かあって演奏会が中止にでもなれば、先生の叔父様が責任を負わされるんですよ?聞いてますか?」
「ちゃんと聞いてるよ…。」
 まぁ、本当に心配してくれてるんだから、これはこれで感謝しなくちゃならないんだろうが…やたらと長い。どこかで切らなくてはな…。
「藤崎先生。今、宜しいですか?」
 そんな中へ団員の一人がやって来た。俺はこれ幸いと、直ぐにその団員へと歩み寄った。後ろでは田邊の舌打ちが聞こえたような気がしたが…気のせいにしておこう…。
「月出、お前が来るなんて珍しいな。どうしたんだ?」
「曲目で幾つかブロックフレーテが二本入ってるのがあるんですが…どうするのかと思いまして…。」
「…え?櫻井はどうしたんだ?」
 そう言った俺に、月出は半眼になって言った。
「先生…櫻井さん、腱鞘炎でストップかかったじゃないですか…。」
 俺は蒼くなった…。さっぱり忘れてたのだ…。
 楽器をオーボエ奏者などが持ち替えても良いのだが、その代役が居ないのだ。櫻井がその役だったからな…。故に、もう一人は必要になったのだが…トラヴェルソとブロックフレーテを共に演奏できる演奏家なんて…直ぐには見付からないだろうしなぁ…。安井はトラヴェルソだけだし、今谷はオーボエとオーボエ・ダ・モーレで手一杯…。
 ブロックフレーテとはリコーダーだが、バッハのこれは桁外れに面倒なのだ。恐らく…バッハ自身は演奏しなかったからだろうが、現実的に無理な音さえ書いてあるため、かなりの力量が演奏者に求められるのだ。
「分かった…叔父に頼んでみる。取り敢えずは両方のパートを練習しといてくれ…。」
 横では田邊が呆れ顔で俺を見ている。まぁ…副業で走り回ってた上、団員の健康状態を把握しきれてなかったのだから…言い訳すらできないな…。
「はい。でも…明後日までに間に合わないと、練習時間がきついと思いますが…。」
「それも分かってるよ。直ぐに話に行くから安心してくれ。」
「では、お願いします。」
 そう言って月出は部屋を出ていった。残った俺と田邊は、互いに溜め息を洩らすしかなかったのだった。
 その後、俺は直ぐに宣仁叔父の部屋を訪ねたのだが、生憎と叔父の姿はなかった。そのため、俺は宣仁叔父を探して聖堂内を暫く歩いていたが、ふと聞き覚えのある声がしたため、俺は声のする方へと歩みを進めた。そこからは宣仁叔父の声も聞こえてきたのだが…。
「父さん…何でここへ来てるんだよ…。」
 俺はそこへ行くや、叔父と話している相手にそう言った。
「あぁ…見付かったか。義兄さん、だから見付かると言ったじゃないですか。」
「そうだなぁ…こうもあっさりと見付かるとは。もう少し早くに会わせるつもりではあったが…。」
 何だか暢気だなぁ…。俺はあれこれ大変だっていうのに…。
「それで、何で父さんが?」
「京之介…そんな邪険にしないでくれ。これでも精一杯仕事をこなして休暇を取って来たんだから。」
「はぁ!?休暇って…これからが書き入れ時だろ?」
「いやぁ、義兄さんに連絡もらってな。これは一大事と…」
「そうじゃなく、父さんの仕事に影響するだろ!?それでも名の知れた指揮者兼ピアニストなんだから、年末年始に稼がなくていつ稼ぐってんだよ!」
 そう…父は世界的な指揮者でありピアニストなのだ…。
 藤崎征一郎…若いころはピアニストとして活躍し、シューベルトのピアノ・ソナタとショパンのエチュード集で一躍有名になった。
 母アンナと結婚してからは指揮者に転向し、今ではブラームスとマーラーを得意としている。最近ではモーツァルトとショパンのピアノ協奏曲をフォルテピアノで指揮振りして喝采を浴びたんだが…。
「京之介の言うことは尤もなんだが、息子の一大事に駆け付けない親などいないぞ?」
「俺のどこをどうやったら一大事なんだ…?俺はこの通りピンピンしてるが?」
「いや、これから一大事になるかも知れんからな。あの山桜事件や歩道橋の時だって…」
「もういい…来てくれてありがとな…。」
 こういう親だ…。ま、本当に心配じゃなきゃ、世界的なオーケストラの常任指揮者がわざわざ休暇取ってまで来てくれはしない。副指揮者のアーベル氏には気の毒だが…。きっと今頃は慌ただしく走り回ってることだろう。
「で、父さん?この後、オケはアーベル氏が?」
「ん?いや、数人の指揮者仲間に頼んであるから、アーベル君は数回指揮すれば大丈夫だ。ま、ベートーヴェンは全てアーベル君だから、彼も喜んで引き受けてくれたがね。彼はベートーヴェン大好きだからねぇ。」
 俺と父がそう話していると、叔父が苦笑しつつ会話を止めに入った。
「二人共、もうその辺で良いかな?こんな場所で長話もなんだし、場所を移そう。茶でも飲みながらゆっくり話せば良いからな。」
 そう言われ、俺達は宣仁叔父の部屋へと場所を変えることにした。
 叔父の部屋へと行く途中、俺はなぜ叔父を探していたかに気付いて慌てて口を開いた。
「叔父様。申し訳ないのですが、ブロックフレーテとトラヴェルソの演奏家に心当たりはありませんか?団員の一人が腱鞘炎で、急遽探さなくてはならないもので。」
「そうか、それで私を探していたというわけか。そうだなぁ…近くの小さな楽団に一人いたはずだ。今晩にでも話してくるから、心配することはない。お前は仕事だけ考えていればいい。ま、二つもあるがな。」
 演奏と…あっちの仕事ね…。ま、そのお陰で団員全員が食いっぱぐれずに済むんだから、文句なんて言えない。日本で普通にやっていれば、そのうち干上がってたかも知れないしな…。
「あ、そうそう。京之介、この間天宮さんに会ったぞ。」
「天宮さんに?どこで?」
「ニューヨークだ。私がそこでブラームスの第一交響曲を指揮した時、たまたま出張に来ていた彼が聴きに来てくれたんだよ。お前が今録音を続けてるオルガン全集なんだが、天宮さんが言うには、折角ドイツへ来ているのだからトーマス教会のオルガンで録音してみてはどうかと言ってたぞ。」
 聖トーマス教会。バッハがその死の時までカントルとして勤めていた教会だ。近年、そのオルガンは修復され、様々なオルガニスト達が演奏している。
 演奏したいのは山々なのだが、そう簡単に演奏出来る代物ではないはずだが…。
「父さん…トーマス教会のオルガンは、そう簡単に演奏させてはもらえないだろ?無理すれば、今教会でオルガニストを勤めているベーメ氏だって嫌な顔をするだろうし、他のオルガニスト達にも迷惑がかかるからね…。」
 俺は呆れ顔で父に言った。有名な教会だけに、単に録音するだけでも大変だろうし、ミサなどの教会行事や演奏会、他のオルガニストの録音などで天手古舞な筈だ…。
「それは分かってる。そちらは私と天宮さんで掛け合うから、お前が遣りたいかどうかが問題なんだ。天宮さんは、ドイツ・オルガン・ミサとライプツィヒ・コラールを、是非トーマス教会のオルガンで録音してほしいそうだ。出来たらシンフォニア付きカンタータも同教会で録音してほしいとも言ってたがな。」
「はぁ?ライプツィヒ・コラールは録音済だぞ?」
「いや、初稿だ。オルゲルビュヒラインは異稿付きで録音したじゃないか。ライプツィヒ・コラールも初稿を入れたいそうなんだよ。」
 ライプツィヒ・コラールは、バッハが晩年に若かりし頃に書いたコラールに手を加えて編纂したものだ。十八のコラールとも呼ばれ、各々に初稿が存在する。曲によっては二つの異稿が存在するため、初稿・異稿だけでも充分な量になるが…。
「オルゲルビュヒラインは天宮さんがどうしてもって…。まぁ…考えとくよ…。」
 ま、ライプツィヒ・コラールは兎も角、ドイツ・オルガン・ミサはバッハがトーマス教会カントルに就任してからの作品だし、同じ教会のオルガンであれば響きも適しているだろうがな…。
 そんなことを話しているうちに、俺達は宣仁叔父の部屋へと入った。必要最低限のものしかない質素な部屋たが、何だか暖かな印象がある。窓からの陽射しが部屋を照らし出しているからかも知れないが。
 中へ入ると、俺達はそれぞれ椅子に腰掛け、例のアンデレ教会の一件について話始めた。
「で、父さんは何故こんなとこへ?」
「おいおい…私も一応は教会へ仕えていたこともあったんだぞ?もう少し頼ってくれても良いじゃないか。」
「いつの話をしてるんだよ…。父さんがプロテスタントの牧師だったのは、もう四十年以上も前の話じゃないか。母さんと結婚するため音楽へと本腰入れるからって辞したんじゃないか。まぁ、それで信仰心が無いってわけじゃないけど…父さん、教会音楽は苦手じゃなかったっけ?」
「いや、別にそうじゃない。牧師だった頃、オルガンも指揮もした。演奏家がいなかったからなぁ。無論、バッハやテレマンなんかのバロックの宗教曲は多く演奏していた。」
 一般的に…牧師がオルガンや指揮はやらないんじゃ…。そこまで人手不足の教会だったってことなのか…?いや…単に父が音楽をやっていたからなんだろうが…。
「で、今回は演奏するつもり?」
「勿論!トマス・タリスのエレミアの哀歌を演奏したいと考えてる。」
 トマス・タリス。この人物はルネサンス時代1505年生まれで、イングランド出身の作曲家兼オルガニストだ。エリザベスⅠ世に仕えたことでも知られている。
 彼の作風は素朴で、後のバロックのような華やかさはないが、その清純で慎ましやかな音楽は聴くものに深い信仰心を思い立たせ、不思議と安らいだ気持ちにさせてくれる。
「父さん…ここ近年、ルネサンス音楽なんて演奏したのか?」
「いや、全く振ってない。」
「せめてモーツァルトのミサ・ブレヴィス位にしといた方がいい…。」
 何だか先が思いやられる。この人は一体何しに来たんだか…。そもそも、ルネサンス音楽だったらアウグスト伯父の専門だ。わざわざ父が演奏する必要性はないのだから、大人しく古典派以降の作品を振れば良い話だ。
「そうしたいんだが、今回は少なくとも五つの教会で無伴奏声楽作品を演奏しなくてはならない筈だ。空間に遺された記録が古すぎるからな。当時の宗教曲は、基本的に無伴奏声楽作品だからなぁ。」
「一応は考えてるんだ…。」
 俺が父にそう半眼で答えた時、隣に座っていた宣仁叔父が口を開いた。
「私も演奏するぞ。私はバードのミサだがな。」
「えっ…叔父様も演奏を?すると…アウグスト伯父様も?」
「無論。兄はビーバーを演奏するようだが。もう一人の演奏者も決まっているしな。」
 そう宣仁叔父から聞き、俺は首を傾げながら叔父へと問った。
「なぜそんなことに?」
「皆には十一月に既に話してあったのだ。こうなることは何年も前から予想していたからな。ただ…その予想より早く動き始めたのだ。」
 叔父の言葉に、俺は頭を傾げた。これだけ大きく動いていたのなら、なぜ俺には告げてなかったのか?聖アンデレ教会からの依頼を受けた時でさえ一言もなかったのだから、不思議に思う仕方無いだろう。
「お前にも伝えるべきか悩んだのだが、お前にはこれとは別にやってほしいことがあってな。」
「別に…?」
 叔父は父に視線を向けると、父は静かに首を縦に振った。それを受けて後、叔父は俺へと視線を向け、徐に口を開いた。
「京之介。お前には本質を見極め、根源を断ってほしいのだ。」
「本質…ですか?それは数百年前に亡くなった、あの領主と関係が?」
「そうだ。私達では、それを断つことは困難だからな。」
 叔父のその言葉に、俺は引っ掛かりを感じた。宣仁叔父は俺なんか及ばない程の実力がある。それにも関わらず、俺をわざわざ日本から引っ張り出して手伝わせることはなかったはずなのだ。そこには、何か意図的な理由があって然るべきなのだ…。
「叔父様。どうして私をここへ呼んだのですか?オルガニストや指揮ならアウグスト伯父様お一人で充分だった筈ですし、悪魔払いでしたら貴方がいる。真の目的は何なんですか?」
 俺がそう問うと、叔父も父も黙してしまった。その沈黙で、俺は何かが分かったような気がした。だが、それは未だ霧掛かっているみたいにはっきりとはせず、いわば勘のようなものだった。
 ただ一つ言えることは、この状況を父と宣仁叔父、そしてアウグスト伯父の三人では抑え切れない…それだけは理解出来た。

 これから起きることは何か?それは俺に深く関わることになるだろう。数百年も前の記憶が現代に禍を齎すなんて…他人が聞いたら馬鹿にして笑い出すことだろう。
 しかし、これは現実にある禍だ。誰かが犠牲になるかも知れず、それが誰かさえ分からない。年が明ける迄に決着をつけなければ、一体この町に何が起こるのか…?古文書には様々な事柄が記されているが、果たしてどこまで信用して良いのかさえ俺には分からないのだ…。
 窓から外を見ると、傾きかけた陽射しの中に小鳥が遊んでいた。こうしてると平和そのものなのに…この胸騒ぎ何なのだろう?ただ、今は神に祈るしかない。何事も無いように…誰も傷付かないように…。

 紅い夕陽に照された部屋の中…そう思った。




 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧