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左道の末

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2部分:第二章


第二章

「武田も信玄入道が死んだ」
「武田は今も隠していますが」
「それでもじゃわかるものはわかるからな」
「その通りです。では」
「武田は今暫く動けぬ」
 信玄の喪に服すからだ。その間にというのだ。
「では我等はじゃ」
「その間に攻めると」
「朝倉を滅ぼせば浅井も考えを変えよう」
 信長は浅井についてはいささか思うところがあった。主である長政が妹お市の夫であるからだ。だから浅井は今は攻めなかった。
 そしてであった。信長は今は兵を出した。その出陣の時だ。
 不意に一羽の烏が彼に向かって来た。そのうえで嘴を繰り出そうとする。しかしであった。
 その烏はあえなく消え去ってしまった。すぐにであった。
「むっ!?烏が消えた」
「これは面妖な」
「驚くことはない」
 その烏を見て驚く家臣達に何でもないといった顔で返す信長だった。
「別にじゃ」
「しかし今のは明らかに尋常なものではありませぬ」
「烏が襲い掛かりそして消えるなぞとは」
「これは明らかに」
「左道じゃな」
 信長は彼等に造作もなく答えた。
「間違いなくな」
「では何故その様に落ち着かれているのですか?」
「これは明らかに殿を」
「それでもなのですか」
「捨て置け」
 彼等にもこう言うのだった。
「よい。捨て置くのじゃ」
「しかしそれでは」
「またこうして来ます」
「それでもなのですか」
「見ておればよい」
 それだけでいいというのだ。
「やがてわかることじゃ」
「左様ですか」
「殿がそう言われるのなら我等は構いませんが」
「ですが」
「誰もこのことで動くでない」
 信長は言いながら家臣達を見回した。その目の奥にあるものを見ていたのだ。見たところ彼等の目の奥に怪しいものはなかった。左道の者を使っている者が中にはいないことをそれで察したのであった。
 それを見届けてからだ。信長はまた言った。
「よいな。動けばかえって罰する」
「では我等はこのまま」
「見させてもらいます」
「殿が仰る通り」
「越前に入るまでに全てはわかる」
 信長は何でもないといった調子で告げた。
「それまでにじゃ。では進めるぞ」
「はい、それでは」
「今より」
 こうしてであった。信長は馬に乗りそのままその家臣達を率いて越前に向かう。そしてそのうえで、であった。
 近江に入ったところでだ。今は仮寝の宿にしている寺の一室で寝ている信長の枕元に蛇が近付いて来た。枕元を守る小姓達はそれにぎょっとしたがであった。
 蛇は鎌首を掲げて彼を襲おうとした。そして首を伸ばしたがそれでもであった。信長の顔を噛もうとしたところで消え去ってしまったのだった。
「何と」
「またしても」
「また来たな」
 信長は目を覚ました。そのうえで静かに言ったのである。彼は寝たままだ。目だけ開けている。
「思ったより早いのう」
「また左道ですか」
「夜に」
「左道は闇の術」
 信長は夜という言葉に対して述べた。
「夜に来るのも道理じゃ」
「まさに魔道ですか」
「だとすると」
「左様、魔道じゃ」
 信長はまさしくそれだというのであった。
 
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