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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  23話 真昼の情景

 水運ギルドの船頭たちは、街の外への出航については口を噤む。恐らくは期待するべくもないだろう。街の住人が個人所有するゴンドラも、現状では確認できない。
 前者においては攻略のハードルが、後者においては水の街での住人たちの生活に矛盾を感じさせるものだ。しかし、確実にゴンドラの痕跡――――この際、(いかだ)でも小舟でも構わないが――――を示す指標は街の各所に刻み込まれている。その最たる例こそが、拠点に掛けられた桟橋の杭だ。船を係留する為に舫い縄を固定する目的で設置されたであろうそれには、生憎と目当ての船こそ繋がれていなかったものの、木製の杭は縄に縛られていたかのように擦れ、塗装が剥がれていたのだ。デザイン云々で残すような傷とは到底考えられない。プレイヤーに移動手段を示唆する状況証拠だろう。
 故に現状における最重要目的は一つ。拠点の大家たる防具屋の店主から情報を入手することにある。

――――だが………


「なんでそんな意地悪するの!?ちょっとだけ教えてくれてもいいでしょ!?」


 ………ヒヨリが激怒してしまった。

 というのも、この店主との遣り取りに端を発している。当初は船の存在に知らぬ存ぜぬと躱され続けていたのだが、こちらの手札である桟橋と杭を話題に持ち出した途端に黙秘を決め込んだのだ。どう突いても切り崩せず、ここでの情報収集は打ち止めと諦観を決め込んだその時だった。相棒が爆発したのである。


「だから何度も言わせないでくれ。俺から話せることなんか何もないんだ。あんたたちも無暗に嗅ぎ回るんじゃないぞ」


 心底鬱陶しそうな店主はセリフこそ変化するものの、その意味合いが変化することはない。つまるところヒヨリが恨めしそうな視線を店主に向けて粘ろうと変化は望めないということだろう。先の第三層での騒動以来、ヒヨリは情報収集にも積極的に付き添うようになったのだが、いかんせん空回りしているようにも思える。これ以上は時間の無駄だ。


「突然押しかけて悪かった。これで失礼する」
「あ、燐ちゃん!?」


 店主に軽く声をかけ、ヒヨリの腕を引いて店の外へ。ドアを閉めた後も未だに不服なのか、防具屋を睨み付けたまま動かない。しかし、欲しいものを買ってもらえなかった子供のような膨れっ面のままでいられても事態は好転しないし、他のプレイヤーの目というものもある。


「ヒヨリ、ここだけで情報が全部揃ったら苦労はしない」
「………でも、あんなふうに秘密にしなくたって………」


 拗ねるように呟くヒヨリの心情が理解できなくもないが、俺から見ればまだまだ青い証拠だ。かつては俺も思うように情報を得られなかったし、見定められなかった。《情報を掬い取る感覚》が未熟だったものだ。だからこそ、今のヒヨリは見ていて懐かしさに似た感情を抱かされる。


「あの店主は全てを秘密になんかしてない。むしろ相当に面白い事を教えてくれたんだ。分かるか?」
「だって、始めは嘘を吐いてて、最後は教えてくれなくて………うぅ、わかんないよ………」
「解ってるじゃないか。あの店主はヒヨリの言う通り嘘を吐いて、最後まで口を割らなかった。でも、《嘘がバレてから一度も船の存在を否定しなかった》だろう?」
「そうかもしれないけど、でもそれって大事なの?」
「かなり重要だ。状況証拠、言動から判断して防具屋は間違いなく《船を所有していた》事になる。つまり、船は水運ギルドを頼らずとも確保可能であると推測できる」
「むぅー、すごい回りくどいような気がするけど………」
「いいえ、ヒヨリさん。情報収集は結局のところ地道な積み重ねです。どうしても回りくどくなってしまうものなんですよ」
「通常ならば、な」
「………はい?」


 前置きを残し、首を傾げるティルネルもそのままに街のマップデータを展開し、その中の一地点を指し示して見せる。そこは街の北西の端に当たる場所、未だ踏み込んだ場所ではないために空白となっている。それ故にマップに顔を寄せる両名は怪訝そうな表情を見せるが、根拠はある。


「街の構造物の配置はゴンドラに乗っている時に確認した限りだと、ベータテストの頃と変化はない。恐らくは住人も、同じ住居を利用していることだろう」
「ベータテスト………確か、リンさんやごく一部のプレイヤーが持つ記憶でしたか。今回の情報収集が通常と異なる理由なのですか?」
「そうだ。街の建造物の配置と住人の行動エリアがベータテストと一致しているならば、かつて砂礫だけの涸れ谷だったこの層において異質な人物がいた。彼の住処には何かの素材みたいなガラクタで散らかっていたが、何を造るわけでもなく、それでいて意味ありげな事ばかり話すNPCだ。俺も色々と考えさせられたが、真相は分からず仕舞いだった。しかし、現状の情報収集の方向性から鑑みて、恐らくはそこに答えがあるだろう。………手っ取り早い話をすれば、そいつは船大工か船乗りという可能性が強い」


 涸れ谷というマップである以上、船大工であったあの老爺にはクエストNPCという役割は与えられなかった。商業区画から遠く外れた立地に加えて、ゲームを進行する上で何のメリットもない彼の許を訪れたプレイヤーこそ数少ないことだろう。


「水辺ではなかったところに、そのような方がいるというのも不可解ですけれど、とにかく現地へ向かってみましょう!」
「そうだな。今はそれに限る。………そうなればゴンドラか」
「乗るんだね!?」
「はいはい、乗りますよ。さっきこの近くに船着き場があったよな………あ?」


 目的地も再び定まり、はしゃぐヒヨリも鎮めて行動を開始しようとした矢先、言い争うような声が耳に入る。音を追って視線を向けると、緑のカラーリングで胴衣を統一した集団と四人組の少女が睨み合う構図があった。更に補足すれば、緑の陣営では痩せぎすのフルフェイスマスク姿の男が陣頭で喚き、対する四人組は黒髪の少女が最前線に立って相手を射竦めている。


「………燐ちゃん、あれってクーちゃんたちだよね?」
「だろうな。というか、なんで《解放軍(ALS)》なんかと喧嘩してるんだ?」


 解放軍。正式名称を《アインクラッド解放軍(ALS)》とするギルドは、第一層ボス攻略において苦い思いをさせられた毬栗頭ことキバオウとその取り巻きが中核となって結成した攻略ギルドだ。同時期に、第一層ボス攻略の司令官を務めた騎士ディアベルのPTメンバーであったシミター使いを旗印に結成された攻略ギルド《ドラゴンナイツ・ブリゲード(DKB)》とは攻略最前線を二分する勢力になっているとはアルゴから聞いてはいるが、そんな英雄様(正義の味方)がなぜクーネ達と言い争いなどしているのか。状況が理解できない。ただ、諍いは拗れているようにも見える。


「………分かった。話だけ聞きに行こう」
「うん!」


 あまり気は進まないものの、知り合いである以上は放置するにも寝醒めが悪い。個人的にはかのキバオウがリーダーであるギルドのメンバー相手に悪目立ちこそしたくはないのだが、そんな理由ではヒヨリが聞き入れてはくれないだろう。この際、腹を括るとしよう。ティルネルがケープのフードを被ったのを見届けてから、重い足を動かす。


「オ、オレらは攻略で忙しいんだ! お前らみてーな、ザコのい、い、いぃ一般プレイヤーこそ順番を譲るのが礼儀だろーが!!」
「あ゛ぁ?………今なんつった?」
「お前らみてーな観光気取りの一般プレイヤーどもの為に最前線で命張ってんだよ! このくらい優先されて当り前じゃねーか!!」
「それが順番抜かす理由になるか!!」


 ALS所属の男が自棄になりながら金切り声を振り絞り、黒髪の少女――――リゼルが怒鳴る。事の仔細は把握できた。同時に事態の危うさも理解する傍らで、思わず溜息が零れてしまう。この間まで新規プレイヤーとベータテスター間での確執があったかと思えば、今度は前線プレイヤーと攻略に参加しない一般プレイヤーとの間で軋轢が生じようとは。
 SAOをクリアするべく前線プレイヤーが尽力しているのは理解できる。この層まで進出出来たのだって、紛うことなくかけがえのない彼等の功績だ。しかし、前線プレイヤーが特権を振りかざすようなことがあってはならない。前線プレイヤーが権力で虐げる彼等の中からも、やがては前線に進出するプレイヤーが現れるかも知れない。そうなった時、虐げられた者は決して手放しでは古参の前線プレイヤーを信用しない。新鋭のプレイヤーが増加すれば、攻略の前線は一枚岩を保つことさえ困難となる。間違いなく控えるべき行為だ。
 目に余るなどと言えた義理ではないが、放っておくにも女の子を相手に暴言を吐くのを大人しく見過ごすのだって寝醒めが悪い。ヒヨリ達をやや離れた位置に待機させておき、渦中に踏み込んで突き進もうとするリゼルの肩を抑える。


「リゼル、譲ってやってくれ」
「リンか、こないだぶりだね。でも、流石にそいつは聞けないよ。アタイらが引き下がるのは………」
「それでもだ」


 事情は把握している。世間一般の尺度で考慮するならば、リゼル達が譲歩する必要は全くない。だが、彼女達には前線に進出してもらわなければならない。ここで古参の前線プレイヤーに睨まれるのは避けたいし、彼等にも一般プレイヤーは簡単に退くものと思われたくもない。結局のところ、煮え湯を飲んでもらわねばならない。その後でいくらでも叱責を受ける覚悟は出来ている。やることはいつぞやのキリトと同じくヘイトの集積である。


「あ、お前、さっきはよくも!?」
「列も並べないような相手と同じ土俵に立つな。いきなり来て偉そうな言い方かもしれないけれど、あまり言い争ってもつまらないだけだ。それとそこのフルフェイス、俺はお前には何もしていない」


 強いて言うならば、頭の上を飛び越えただけだ。


「………そうだな、アタイらが大人になってやらないとな。ほら、とっとと行きなよ。忙しいんだろ?」


 挑発めいたリゼルの言を受け、ALSのフルフェイス男は拳を震わせてこちらを睨んでいる。そして数瞬の後、震えていた拳の人差し指を何故か俺に向け、堰を切ったような金切り声が街路いっぱいに鳴り響いた。


「ナメやがって………オ、オレは知ってんだ! 第一層からずっとボス攻略に参加しなかったのだって、ボス戦が怖いからだろーが!? オレたちが命懸けで戦ってたのに、どーせ二層も三層も怯えてコソコソ隠れてやがったんだろ? ベータテスターの癖に逃げやがって!!」
「………テメェ、リンが何だと? もう一回言ってみろ!!」
「卑怯者だって言ってんだ!! 楽な隠しクエばっか漁って、自分だけ強くなりゃそれで良いよーなビーター野郎だ!? だいたい………」

「ジョー、黙っとれ」


 気を許せばリゼルから拳が飛びそうなくらいに張りつめた一触即発な状況、濁声が痩せぎすの男を怯ませた。その只中で現れたのは、恐らく俺が一番会いたくない人物、ALSのリーダーであるキバオウその人だった。


「キ、キバさん………だって、アイツらがオレらに………」
「よう見とったで。他人様怒鳴り散らして、偉うなったな」
「だ、だってオレらは前線で戦ってるんだ! それも知らないアイツらの方が………」
「ワシらはこんクソゲームからプレイヤー全員を解放するために前線におるんやぞ。履き違えんなや」


 ドスの利いた低音が金切り声を黙らせ、今度は俺の方に向き直る。コイツの目は嫌いだ。あまり見たくないもので視線を逸らすと、思わぬセリフが耳朶に響いた。


「うちのモンが迷惑掛けてもうたな。ホンマ済まんことした」
「………は?」
「な、なんや!? その腑抜けた声は!」


 今現在、俺の目の前にいる毬栗頭が本当にキバオウなのか、俺には信じ難かった。あれだけベータテスターに憎悪を燃やしていたはずの男が、どうしたらこれほどの心境の変化に至れるのだろうか。どのように思い起こしても答えに至れない。


「いや、特に意味はないけど………」
「まあ、ええわ。今はジブンと角突き合わしても埒明かんからな」
「………やっぱりアンタおかしいぞ?」
「べ、別にどうもしとらんわ! ………それにな、ジブンには攻略本の隠しクエのページで世話んなっとる。せやのにうちのが恩知らずな言い草しよったのが気に食わんかっただけや」
「隠しクエストのページ、攻略本にだと?」


 ぶっきらぼうに話すキバオウの言葉には驚愕を禁じ得ない。確かにアルゴには、日頃の情報提供への謝礼として幾つかの隠しクエストを無償で提供しているのは事実だ。しかも、提供しているのは攻略の難易度の割に報酬の貰いが良いものに厳選しているからこそ、アルゴからすれば稼ぎのタネに出来ると思っていたが、まさか無料配布の攻略本に記載していたとは驚かされる。ただ、こういったエピソードがあるものだから、あの鼠は守銭奴にはなりきれないのだろう。惜しむらくは、俺達が貰っている攻略本には当該のページが省略されているというくらいか。
 同時に、驚かされるのはキバオウの言だ。どこか感謝しているような物言いはやはり信じることが難しい。ボス戦から遠ざかっていた期間に何かがあったのだろう。機会があれば、アルゴにでも聞いてみるとしよう。


「とにかく、これで失礼するで!!」


 勢いよく踵を返すキバオウと、後を付いて行くALSの一団を成り行きに任せて見送り、クーネ一行と共に取り残される。嵐が去ったような静けさの中でゴンドラの船頭が欠伸を漏らす。どうやら引き下がってくれたらしい。クーネ達の様子を窺うと、やはりというか何というかニオがレイに隠れるように立っていた。やはりあの金切り声で捲くし立てられれば、気弱な彼女には堪えるものがあるのだろう。対して、レイの方は何故かまんざらでもない様子でニオの頭を撫でている。正直、彼女達には度し難いものがあるように思える。


「リン君、ありがとう。多分リゼルがあのままだったら、間違いなく喧嘩になってたと思うから」
「ア、アタイはそんなに沸点低くねェ!!」
「そうだよ? ウチのリゼちゃんは沸騰する前に常温で爆発するんだからね!」
「レイてめぇそれフォローになってねェぞ!?」
「………バレちゃった?」
「『バレちゃった?』じゃねェ! そんなことよりアタイのニオを渡せ! ニオが切れた!!」
「ぁ、あの、私をニコチンが切れたみたいに言わないで下さい!? ………って、ヒヨリさん苦しいです離れてくだむぐぅ!?」


 ………まぁ、平和が一番なんだろうな。クーネが戻る前はこんな漫才を興じる姿さえ想像できないくらいに落ち込んでいたのだから奇跡的な回復だろう。ヒヨリも楽しそうにしていることだし、俺から言うことはとくにないな。


「………ゴンドラに乗るんじゃなかったのか?」
「ううん、どうせ今のところは観光目的だったから大丈夫。順番も後ろの人達に譲っちゃったし」


 ふと気になって聞いてはみたのだが、ゴンドラにこだわっていたわけではないということか。あの《ジョー》と呼ばれていたプレイヤーがリゼルの逆鱗に触れてしまったのが発端なのだろう。今回は前線メンバーの特権という不文律の成立を挫いただけで儲けとしよう。そう思うにも、俺の価値観では到底無理があるのだが、無駄な働きをしたと思うよりは気が紛れる。とはいえ、これもかなり痩せ我慢なので話題を転換することにする。


「今のところは、というと、何か目的があるのか?」
「当面はレベリングって言いたいところだけど、川で戦闘なんて怖いから悩んでるんだ………攻略本にも危ないって書いてあったし………」
「リンさん、クーネさん達もお誘いしたら如何です?」


 クーネ達は下の階層では思うように経験値を得られなくなってきたからこそ最前線であるこの層まで来たのだろう。だとすれば、既にレベル自体はボス攻略に参加しているプレイヤーと比較しても上位に食い込むだけのものを持っているはずだ。
 これから向かう目的地、船大工であろうNPCとのクエストが素材収集系であることを予想するならば、クーネ達に同行してもらった方が戦力的にも人員的にも余裕が出るだろう。彼女達の船も調達出来れば尚喜ばしい。


「そうだな。来てもらおう」
「何の話なの?」
「いや、船を用立ててくれるかも知れないNPCの家まで行くだけだ。もし暇だったら来ないか?」
「船………狩りが安全になって、安定して………コルの節約も………」
「………クーネさん?」


 何かの琴線に触れたのか、思考の切れ端のような意味深長な呟きを零すクーネだが、ティルネルの声には発条仕掛けの人形めいた動きで首を向ける。鬼気迫るというか、凄まじい凄味を見た気がした。


「リン君、ティルネルさん、私達も行く! 絶対に行くわ!!」


 ………かくして、クーネと仲間達の同伴が決定した。 
 

 
後書き
探索回。


情報収集もベータテスター特有の未来予測レベルの推測で終了し、なんやかんやあってクーネ派と合流。次回は街の北西部へ向かい、話が進展します。


さて、この章ではプログレッシブの設定がかなり色濃く反映される予定です。今回のキバオウの態度の軟化も、プログレッシブで明かされるものとなりますが、とりあえずその場面に燐ちゃん達が立ち会わなかったので、こっちのキャラは事情を知らないものとしています。ぶっちゃけキバオウさんの方はキリトさんが何とかしてくれていたということでご理解頂けると幸いです。

ちなみに、キバオウさんが攻略本に記載された隠しクエストの情報源が燐ちゃんであると気付いたのは、第一層におけるディアベルさんからの情報によるものが大きかったと言っておきましょう。実際の攻略本には当然、情報提供者の名前など出さないことは鉄則なのですが、隠しクエストという単語にキバオウさんがピンと来たのでしょう。情報を溜め込み暴利を貪る悪だと思っていたベータテスターが、その悪たる所以を容易く塗り替えてしまう。自身の認識をさぞ疑ったことでしょう。それで第三層の一幕に繋がれば………おっと、詳しくはプログレッシブ2巻で(ステマ)


ではまたノシ 
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