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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第128話 勝利。そして――

 
前書き
 第128話を更新します。

 次回更新は、
 11月18日。『蒼き夢の果てに』第129話。
 タイトルは、 『白昼夢』です。
 

 
 冬の属性に染まった大気。左右から黒々と迫る、ほぼ人の手の入って居ない広葉樹の林。そして、妙に蒼白い人工の明かりに支配された、まったく車通りのない片側二車線のアスファルトの道路。
 煌々と照らす――。完全に合一したふたりの女神が支配する冬の蒼穹からは、しん、とした真夜中の静寂が降って来ていた。

「素人かどうかは実際に戦ってから判断しても遅くはない、と思うけどね!」



 犬神使いの青年がその言葉を発した瞬間、それまで人が良い、としか表現出来なかった青年から発せられていた雰囲気が変わった。
 これは狂暴な、と表現しても良い戦意。

 双方の距離は約五メートル。遅ればせながら後退を始めた俺の回避行動を嘲笑うかのようなスピードで、その距離を一気に詰めた青年が目の前で僅かに重心を下げ――
 その瞬間、俺の左側頭部の有った空間を斜め下から蹴り上げられたヤツの右脚が空を切った。

 長刀を手にしながら初手は上段への蹴り! 
 更に、初手が空を切らされたぐらいで青年の戦意を挫く事など出来なかった。そのまま左脚を軸に華麗に一回転。今度は地を這うかのような一撃が俺の膝を狙う。

 しかし、その程度の連撃を躱す事など、俺に取っては児戯に等しい。悪いが、俺の人生……今回の人生以外のかなりの人生でも戦いに明け暮れた人生。この程度の技量を持つ敵など、その人生毎に何度も刃を交えて来た。

 そのすべて……とは言わないが、総計で言えば勝ち越して来ているのは間違いない。

「なぁ、ハルヒ」

 軽く空中でトンボを切り後方へと回避する俺。一時的にゼロに成った彼我の距離がもう一度三メートルにまで開く。
 その場で余裕を示すかのように軽く猫立ち。二、三度身体を揺するようにジャンプを繰り返した後、
 大きく息を吸い込み……ゆっくりと吐き出す。

 そして……。

「出来る事なら、戦闘の最中は目を閉じて置いた方が良いぞ」

 俺の戦い方は上下左右が目まぐるしく変わる。これでは視線が一定に保てないから、どんなに三半規管が強くても普通の人間では気分が悪くなる。
 蹴りに因る連撃をあっさりと回避され、大きく体勢を崩した青年。しかし、俺の方にも攻撃に転じる余裕も、そして、そんな心算もない状況故に、その場で更に一回転した次の瞬間には体勢を立て直して仕舞う。
 その様子から感じられるのは、かなりの戦闘力を秘めている相手、だと言う事ですか。

 そして――

 再び、長刀をアスファルトの道路を引きずるようにして彼我の距離を詰めようとする青年を、その視線の中心に納めながら、自らが抱き続ける少女に話し掛ける俺。

「そんな心配なら無用よ」

 しかし、その頼みをあっさりと却下して仕舞うハルヒ。
 火花すら飛ばしながら引きずって来た長刀を左半身のまま一閃。地摺りか下段の構えから俺の左脚の太ももを目指しての攻撃。

 しかし、今度はふわりと言う形容詞が相応しい軽い身のこなしで宙に浮く俺。その俺に対して返す刀で今度は右胴を薙ぎ払おうとして来る青年。
 その切っ先の速度は先の太ももを払おうとしたソレの倍する勢い。刀を返すそのタイミングと言い、間違いなく本命はコチラの方。

 正に古の剣豪、佐々木小次郎が使用したと言うツバメ返しと言う技はこう言う技であったのであろう、と言う技。おそらく常人ならば、返す刀を空中で躱す術などなく、胴を両断されていたかも知れない。

 但し、それは飽くまでも表の人間の達人レベルなら、と言う話。俺は残念ながらその表の世界の人間には出来ない事が出来る人間……見た目人間。中身、能力は人外の存在でもある。
 生来の能力。重力を自在に操る能力を発動!
 その瞬間、完全に宙に浮いた状態だったはずの俺の右脚が一歩前に。其処には返す刀を振り抜こうとする為に手首を返した状態の青年の右腕が。
 その右腕を踏み台にして更に一歩。そこにはフードを目深に被ったヤツの頭が完全に無防備な形で――

 しかし、その場はただ踏みつけるだけで終え、ヤツの後方へ。そのまま――ハルヒを胸に抱いたままで今度は伸身の宙返り。
 最後に半分捻りを入れる事によって、背中を見せる青年の後方約五メートルの位置に一度着地。しかし、身長一七〇程度の人間の頭を踏み台にした挙句、空中で伸身の宙返りを入れる、などと言う体操選手も斯くや、と言う動きを行った事により……。
 完全に勢いを殺し切る事が出来ずに、そこから更にもう一度、伸身の後方への宙返りを行って、ようやく止まる事が出来た。
 これは、流石のハルヒも目を回したかも知れないな。

 普段の俺の動きからするとスピードは明らかに劣る動き。ただ、これはアガレスによる強化が出来ない事と、流石にハルヒが耐えられるスピードで動かなければならないので、仕方がない状態。その分、少し余裕を持った動きを心掛けて居た心算なのですが……。
 ただ、先ほどの動き……伸身の宙返りふたつと言うのは流石に無茶だったかも知れないな。

 少し身体の力を抜くかのように息をゆっくりと吐き出した後、そう考える俺。
 しかし――

「あたしに気遣いは必要ないわ」

 オリンピックの体操選手以上の動きに対して、流石に首に回した腕に力を籠めながらも、それでもかなり落ち着いた声音で話し掛けて来るハルヒ。視線の方は、たたらを踏むように二、三歩進み行く青年の背を見つめ続けて。
 こいつ、いくら俺の精霊の守りの中に居るとは言え、あの動きでも正気を保って居られるのか。

 涼宮ハルヒと言う人間のスペックの高さに、内心で舌を巻く俺。但し、それは飽くまでも内心での話。流石に今は戦闘中。腕の中の少女に意識の内のいくらかを割いている、と言う事を敵に、そして彼女にも気付かれるのはあまり良い結果を招くとは思えない。
 そして……。
 表面上は何も変わりないポーカーフェイスを貫く俺の内心に気付くはずもないハルヒが、更に続けた。
 語気は強くなく、普段の俺を相手に話している、何故だか妙に不機嫌な、……と表現すべき様子とはまったく違う雰囲気で。

「アイツが人間じゃない事は理解している心算よ。アイツが傷付き、血を流すシーンをあたしに見せたくない、なんて考える必要はないわ」

 まるで伝奇小説の一場面。空想上の存在が現実の世界に這い出して来た。そう言う状況なのでしょう、今は。

 胆が据わって居るのか、それとも既に……自らが囚われた段階で覚悟が完了していたのか、俺の必要のない気遣いを止めろと言うハルヒ。
 口調も強い訳ではなく、むしろ普段よりも冷静な雰囲気で。

 しかし――

 いや、そんなはずはない。そんなに簡単に割り切れる訳がない。
 何故ならば、これは夢の中の出来事などではないから。今、現実に起きて居る事。確かに魔法や、その他の特殊な事象が関わって来ているけど、実際に俺とハルヒの目の前で展開しているのは、野太刀を構えた狂人が俺たちふたりを殺そうとしている状態。
 いくら頭では理解していたとしても、犬の首だけの生物の目撃。壁や床すら透過して大地の下を奔り抜ける、と言う事を経験。その後に夜空に放り出されて、今度は同級生と共に氷空を飛ぶ。
 普通の人間なら多少は精神に異常を来たしたとしても不思議ではない状況。意味もなく叫び声を上げ、家に帰してくれ、と、ただただ懇願し続けるような状態に成って居たとしても俺は彼女を責める事はなかったでしょう。
 科学と理性により作り出された現代世界から、突如魔法が支配する神話上の世界へと放り出されたのだから。

 それに、俺だって人型をした人外の存在に対して剣を振るうのは未だに躊躇いがある。人間相手ならば言わずもがなだ。それを、いきなり巻き込まれただけのハルヒが覚悟を決められる訳がない。
 ……似合わない事を言いやがって。

「どうや、素人扱いの理由が理解出来たか?」

 ハルヒの言葉に答えを返す事もなく、必殺の一撃を躱された挙句、頭を踏み台にされた青年に対して、背中から声を掛ける俺。彼我の距離……十メートル近く離れた距離をゆっくりと詰めつつ、口角には薄い笑みを浮かべながら。
 おそらく振り返ったヤツの瞳には、その笑みや、相変わらずハルヒを抱き上げたままゆっくりと近付いて行く姿が、俺の余裕の現れや、無様な自身に対する侮蔑に見えるだろう、……と言う事を意図しながら。

 現実には、俺の罪……生命ある存在を屠る事に対する罪の一部を受け持つ、と言ってくれた少女に対する笑みだったのだが。

「今の交錯の間だけで最低三度、俺はオマエを倒す事が出来た。その程度の事が理解出来ない訳はないな?」

 出来る事ならば俺と敵対する愚を理解して、この地で封印される事を承諾して欲しいのだが。
 このまま正面から戦って消耗した挙句に封じられるか、眠るように封じられるか。

 結果は同じ封印だが、この犬神使いの青年の心が得る物は違い過ぎる選択を突き付ける。まして、この提案は自分自身に掛かる精神的な負担や、体力的な負担が違い過ぎる。
 かなり余裕を持った雰囲気を維持しながら最初に交錯した辺りで立ち止まり、其処から青年を見据える俺。これが多分、最終通告。これを受け入れて貰えなければ、後は戦うしか方法がなくなる。

 しかし――

「他の地で出会ったのならそれも良かったのかも知れないな」

 青年がその見た目に相応しい声音で上空を見上げながら答えた。今の彼が発して居る雰囲気は非常に穏やかな気配。とてもではないが、命のやり取りをしている雰囲気ではない。
 他の地。確かに今のこの地……高坂と言う街が妙な気に覆われているのは最初から感じている。但し、それは目の前のこの青年が行って居る術の影響が現れている、と考える方が妥当なのだが。
 それとも何か特殊な事情が、この街にはあると言うのか?

 少しの疑問。眉を寄せ、ヒップホップ系の衣装に身を包んだ犬神使いの青年を改めて見つめ直す俺。何か見落とした点がないのか。コイツ自身がより強い何モノかに操られ、本心では解放されたがっているのに、自由にはならない状態なのではないかと……。
 その僅かに気が逸れた瞬間!

「行け、犬神たち! 俺の敵を食い殺せ!」

 そう叫ぶ青年。その瞬間、俺の周囲に存在した冬の大気を押し退ける獣の臭い。そしてアスファルトの下より現われる無数の獣の首。
 しかし――

 僅かに遅い! 
 俺を完全にその包囲の内へと納めたかに思えた犬神の狂暴な瞳が、次の瞬間、目的の獲物を失い、視線を宙へと彷徨わせた。
 確かに感度の低い……魔力や呪力の流れを知覚出来ない一般人が相手ならば、地の底からの襲撃は有効であったでしょう。しかし、俺は見鬼の才に恵まれた東洋系の術者。地の底からだろうと、背後や死角からの一撃だろうと、むき出しの悪意に気付くな、と言う方が難しい。

「ハルヒ、ちゃんと掴まって居ろよ!」

 強く左に向かって跳びながら、俺たちを包囲しようとした狂暴な光の数を大雑把に把握。その数はおそらく十。
 空中で体勢を立て直し、正面に敵を置く形……つまり、後ろ向きに逃げる形を取った瞬間、ハルヒを支えていた両腕の内、右腕を一閃。

「信じて居るわよ!」

 それまでも強く回されていたハルヒの両腕がより強く俺の首に回され、そしてふたりの密着度が大きくなった。
 刹那!
 俺たちに今まさに跳びかかろうとした犬神が二体、アスファルトの道路に縫い付けられ、そして断末魔の叫びを上げた後に消えて仕舞う!
 そう、これは磔用に使用する釘。手持ちは多くないが、それでも術を使用しないで遠距離を攻撃出来る貴重な攻撃方法。

 左足から着地。そして、右足で更に後方へと跳ぶ俺。動き自体はまるでスローモーションを見ているかのようなゆっくりとした動き。しかし、その実、この場に存在するすべてモノの中で最速と言って良い動き。その瞬間に振るった右腕が、更に二体の犬神を屠った。残りの光は六、つまり三体!
 その瞬間――生来の能力、重力を自在に操る能力を発動!

 これは、左から吹き付けて来た鬼気に身体が強く反応した結果。この世界の自然法則を無視した形で、空中で更に加速。その加速した一瞬の後、俺とハルヒの身体の有った空間を長大な刃が空を切る。
 僅か数センチ。俺と、そして見開かれたハルヒの瞳の前を斜めに切り裂いて行く銀の光が横切って行ったのだ!

 正に紙一重。一瞬のタイムラグの後、その刃の巻き起こす真空が俺の身体を襲うが、しかし、この程度の威力では俺の纏う精霊の守りを抜く事は出来ず、周囲で何かが裂けるような音を発するだけで終わった。

 次の刹那。俺とハルヒは道路と歩道を区切る白線の上に着地。たったの二歩。それも後ろ向きでのジャンプで片側二車線の道路を横断した勢いはその程度で納まる事もなく――
 更に先ほど空を切った野太刀を構え直した青年が。そして、その青年の足元を駆け抜けるように接近中の犬神たち。

 更に一歩、後方へと跳ぶ俺。動きは基本的に俺の方が早い。同時に、ほぼ遅滞なく振るわれた右腕の一閃が、更に一体の犬神を屠る。
 しかし、流石に逃げ一辺倒と言う訳には行かない状況。右腕を振るう度に、僅かずつではあるが間を詰められる感覚がある。

 但し、残すは後一歩! 後、たったの一歩!

 丁度、歩道の真ん中辺りに着地した瞬間、僅かに一度、勢いを殺すかのように小さくジャンプ。そしてその後、わざとゆっくりと息を吐き出す。
 その時!

 足元に近寄って来ていた犬神二体に雷撃。そして同時に袈裟懸けに切り付けて来た野太刀を躱すように更に後ろへ跳ぶ俺。
 しかし、自らの身を厭う事のない犬神への攻撃が僅かなタイムラグを生み、その隙間に――

 舗装された道路が途切れ、大木を背にした俺。もう逃げ場は後数十センチ。
 初太刀を完全に躱された犬神使いの青年。しかし、フードを目深に被った青年の口元に僅かな笑みが覗く――
 マズイ!
 その瞬間。残された数十センチすべてを回避に使用。背中にブナと思しき硬い樹皮を感じた。

 しかし、しかし!
 虎口を逃げ切る事二度。切り下げる一撃を躱し、其処から手首を返しただけで切り上げて来た一撃を躱した俺に、三度白刃が閃く!
 完全に振り抜かれた、と思われた一撃を驚異的な腕力で押し留め、其処から返す刀で更なる一撃!
 対して、俺の背後には最早逃げるスペースはない!

 ハルヒが声にならない声を上げた。コイツ、この最後の場面でも――
 僅かに身体を沈める俺。同時に術式起動!
 次の瞬間!

 何故か吹き飛ばされる青年。彼が振るった野太刀は半ばまでブナの木を切り裂きながらもそこで止められ――

 そう。俺とハルヒが両断され、すべてが終わったかに思えた瞬間。
 僅かに身体を沈める俺。しかし、その程度では斜めに切り下げて来る太刀は躱し様がない。
 その事を悟った青年の瞳に勝利を確信した色が浮かび、その勝利を確実にする為にすり足で彼我の距離を詰めようとした、正にその瞬間。
 ヤツの足の動きを阻害する何か。何時の間にか大地より発生した蔦がヤツの足を。
 そして、ブナの枝から垂れ下がって来た蔦がヤツの腕を拘束。

 それは僅かな抵抗。コイツは全力で振るった一メートル以上の日本刀を無理矢理、途中で留めて逆方向へと振り抜く事が可能な馬鹿力を発揮している。更に言うと、俺のように重力を操れる訳でもないのに一般的女子高生のハルヒを軽々と振り回し、自らの盾として使用出来るほどの膂力も見せている。
 対して、仙術で操られて居るとは言え、所詮は自然に存在している蔦。ヤツが全力で動けばあっさりと引き千切られて仕舞う。
 しかし、その一瞬の隙は俺に取って非常に重要な時間。

 身体を大地に平行にするような形で、紙一重に太刀をブナの大木に食い込ませるのに成功。
 大地に着けた右手と右足。それに首と肩を付けたブナの大木で、自身とハルヒの全体重を支え――
 ブナの大木に阻まれ、完全に野太刀を振り切る事の出来なかった青年の、無防備に晒された腹部へ左脚による蹴りが炸裂!

 完全に全体重の乗った蹴りではなく、ほぼ牽制に近いような蹴りでは有ったが、それでもこの場の精霊を完全に従えた龍種の蹴り。
 完全に虚を衝かれた青年が、身体をくの字に折り曲げたまま真後ろへと跳ね飛ばされ――

 二度バウンド、その後に転がるようにして、最初に俺の立って居た辺りで止まった。
 ()()()――

「いや~、びっくりしたよ」

 しかし、何事もなかったかのように立ち上がる青年。確かに、目深に被ったフードは外れ、その男性としては線の細い白面と言っても良い顔は晒され、大して手を加えていないと思われる髪の毛は乱れている。
 外見的に言うのなら、服は破れ、大きな外傷こそ見えない物の、どう贔屓目に見ても余裕がある戦いを演じて居る、と言う風には見えない状態。
 更に言うと、その手にしていた野太刀は既になく、大量に召喚可能な犬神は、俺に対しては時間稼ぎ程度の役にしか立たない事が分かっているはず。

 ……なのに、何故か最初から続く余裕を保ったままで立ち上がって来る犬神使いの青年。
 もっとも、今更、そんな事はどうでも良い事なのですが。

「あんたじゃあたし達に勝てない事は理解出来たんじゃないの?」

 いい加減に降参したらどうなのよ。
 無理な体勢から立ち上がる途中の俺の代わりにそう話し掛けるハルヒ。ただ、戦って居るのは俺一人であって、彼女は基本的に俺に抱き着いている役割だけ、のような気もするのですが。
 ただ、手放せば間違いなくコイツが俺のアキレス健となるので、先ほどの戦いの間中、ずっと俺から離れなかった事だけでもふたりで戦ったと表現するべきですか。

 それに、少なくとも――

「あ、いや、ハルヒ。もう大丈夫。勝負は着いた」

 離して居た右手をもう一度ハルヒの背中に回し、これで少し安定の悪かった形が改善。
 そして、一歩、二歩と前。人工の光が照らす場所へと歩を進める。

「そんな強がりを言っても無駄だよ」

 本当に勝負が着いたと思ったのなら――
 何か言い掛けて、しかし、直ぐに「フガ?」……と言うマヌケな言葉を最後に、言葉を止めて仕舞う青年。その青年の身体をどんどんと覆って行く蔦。先ず、印を結ぶ両腕の自由と、そして口訣を唱える口が封じられる。

「あんた、あれって……」

 青年が大地に縫い付けられて行く様を見つめながら驚きの声を上げるハルヒ。
 そんな彼女の見ている前で、一瞬の内に腰から下が完全に封じられ、

「あのなぁ、ハルヒ。俺が意味もなく逃げ回っているだけ、やと思って居たのか?」

 大地に引き倒される青年。但し、大地と青年の間には僅かな空間が。
 ヤツの属性については、今のトコロ詳しい事は分かって居ない。しかし、空を飛べず、地下を走りぬける事が出来る能力から推測すると、土に属すると考えた方が良い。こう言う輩が直接大地と接して居る状況はあまり良いとは言えないので、出来るだけ離して置くのが鉄則。

 刹那、青年の身体が一瞬ぶれた。何と言うか、電波障害を受けたテレビの映像が二重に成ったかのように一瞬見えたのだが……。しかし、その一瞬後には元通り大地に両手、両足を広げた形で存在していた。
 尚、この形は車裂きの刑と言われる刑罰の形。まして、その刑罰に等しい形……つまり、青年の身体はその縫い止められた両手、両足の方向に向かって常時引っ張られ続けているはずですから。

「あぁ、土遁か、地行術かわからへんけど、今、オマエさんを拘束している術式の最中に脱出用の術を行使すると余計に絞まる事になるで」

 そもそも、ただ単に四肢を拘束する程度の術式を練るのに、あれだけの長時間を掛ける訳がない。五つから六つの妨害用の術式がこの術式には組み込まれている。
 それに、そもそも俺は木行。土に属する術で木行の俺の術を破るのはかなり難しい。
 特に、この大きな木々に囲まれた場所では――

「ずっと、今、オマエさんが寝転がって居る位置を中心に動いて居た……術式を組んで居た事に気付いたのなら、もっと何とかする事が出来たかも知れないけど」

 それも今となっては後の祭りか。
 歩道の真ん中……。最後に呪を打ち込んだ地点を踏む前に足を止め、道路の真ん中で大地から僅かに浮いた位置に封じられた青年を見つめる俺。
 今回、この犬神使いの青年を拘束した術式の基本は、ハルケギニアでアルマン・ドートヴィエイユを拘束した術式の更に上位版に当たる術式。故に、口も完全に封じられているので、これでは話す事も無理。
 本来ならこの形から聖槍で呪力を完全に封じた後、呪符……はおそらく強度的に問題があるので、手持ちの宝石に封じた後に悪意が消えるまで水晶宮に処理を任せるのが正しい判断でしょう。
 俺の見鬼でも、この目の前の青年の正体は見抜けず。但し、この犬神使い自身の特殊な能力により自らの正体が見抜かれる事を阻止して居ると言うよりは、コイツのバックに、俺の能力を妨げる何モノかが存在していて、その所為で正体が判明しない、……と言うように感じている相手。

 少なくとも真面な生命体……と言うか、魂魄と肉体を持った生命体の様には感じられない。おそらく、非常に高度に物質化した、しかし、元を正せば霊的物質で構成された存在なのでしょう。

 ただ……。視線は油断なく青年を見つめながら、意識は腕の中に居る少女へ。
 そう。矢張り問題がある。いくら相手が人間ではない、……と言っても、ハルヒの見ている目の前で日本語を用いて会話の出来る、ある程度の意志の疎通が出来る相手を屠るのは流石に抵抗が……。
 いや、現実にこれだけの回復力を示す相手を屠る事が出来るかどうかは微妙。ただ、聖槍で完全に胸を刺し貫き、両手、両足を封じた状態で呪具の中に吸い込む、と言う行為は何処から見ても葬り去ったようにしか見えない、と言う事。
 まして、この絶対的に有利な状態では……。
 これでは、まるで弱い者イジメをしているようで寝覚めが悪い。

 この状態から縛めを無効化して、更にその後に俺から逃げ切る事はかなり難しい。完璧を期するには少し足りないけど、それでもこれでも十分。同じ結果を得る事が出来る。
 心の中でそう結論付け、表面上は未だ余裕を持った様子で説明を続けた。

「その蔦はお前から気を奪う事によって常に成長し続ける」

 気=生命力と言い換えても良い。コイツの様に無限に回復し続けるようなヤツが相手では、こう言う術式を組むのが有効ですから。これで、無理矢理に腕や脚を引き千切って、新しい自由に動く手や足を生やそうとしても、ヤツが失った四肢を再生する前に、その再生用の気を使って蔦を伸ばし、新しい部分も封じて仕舞える、と言う事。
 ただ、何処からそれだけの気を得ているのか、それが分からないのが不安なのですが。

 何にしても――

「?」

 事ここに至って、ようやくハルヒを解放。久しぶりに自らの両足で大地に立つ彼女。……なのですが、彼女はそもそも旅館の部屋から拉致された人間。流石に純日本風の旅館の部屋で靴を履いている訳はなく、現在は素足の状態。舗装された道路だと言っても、そんなに長い時間立たせて置く訳にも行かない。
 懐に手を入れ、封印用の宝石を右手に握る俺。

 青年は動かない首を、腕を、そして身体を無理矢理に動かそうともがきながら、ウー、ウーと意味不明な声を上げ続ける。まぁ、正直に言うと無様としか言いようがない状態。
 これでは邪気を完全に祓い切るには時間が掛かると思うけど、それでも俺と戦って、ここまで一方的に叩きのめされる程度のヤツが、水晶宮の獄から逃げ出す事は不可能だと思うので……。
 結局、最後は時間が解決してくれるでしょう。

 取り出した宝石。少し大きめの紫水晶を左手に。右手で印を結び……。
 その瞬間、周囲すべてに敵意が満ちた。

 マズイ!

 何が起きたのか分からない。もしかすると、ハルケギニアの時と同じように目の前で拘束され、封印される寸前だった青年に加護を与えている邪神が顕現しようとしているのかも知れない。
 確かにあの時の例が有るので、目の前のヤツを封じている術式はかなり強化している。しかし、それでも当然、限度はある。

 未だ自らの身に強化が施されたままの状態でハルヒを抱え、右に思いっきり跳ぶ。
 その刹那の後、俺たちが居た場所に上がる火柱。

「ちょ、ちょっと、何が――」

 一拍遅れてハルヒが何か言い掛けるが、そんな物は無視。これ以上、この場に留まるのは危険と判断。
 その声に重なる更なる爆音。精霊の守りだけで殺し切れなかった衝撃が身体を打ち、熱波がハルヒの長い髪の毛を乱す。
 周囲は一瞬の内に灼熱の地獄と化す。何もない空間に次々と立ち上がる炎の竜が周囲から酸素を奪い、更なる熱を発生させた。
 青年を封じていた結界も、この炎が相手では分が悪い。そもそも、外からの攻撃に対しての耐性はあまり強く作っていない。
 舞うように、跳ねるように回避を続けながら、シルフを起動。酸欠で死亡する事を防ぐと同時に、耐熱の防御を上げる。

 そう、このままでは俺は未だしも、普通の人間に過ぎないハルヒが危険。
 一瞬の内に完全に炎に包まれて仕舞う結界。今から耐火の術式を組むにしても、その間、この攻撃を加えて来ている相手が待って居てくれるとは限らない。

「状況が悪い。この場は一時撤退する!」

 そう叫んだ次の瞬間、俺とハルヒの姿はその場から完全に消えていたのだった。

 
 

 
後書き
 これって、本来は127話内で全部やろうと思っていたんだよねぇ。……と遠い目で呟いて見る。

 戦闘シーンが長く成るのは勘弁して下さい。訳の分からない必殺技の名前を叫んで、効果音が入る、と言うような戦闘シーンを書く事が出来ないのです。
 そもそも、その必殺技の名前、叫ぶ必要あるの、と考えて仕舞いますし。

 それでは、次回タイトルは『白昼夢』です。
 
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