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乱世の確率事象改変

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深く染まるモノは黒と違い



 今回集まったのは各将の個別部隊と益州で手に入れた劉備軍の新兵達。
 南蛮という外の国はどれほど恐ろしいのかと怯えていたが、実際に出会った彼女達の見た目に安堵する。
 幼い体躯と愛らしい外見。非力そうな細腕は武器を持っていると言ってもいかにも戦えそうにない程弱く見え、遊びの延長線上にしか思えない。
 南蛮大王から放たれた突撃の合図で駆けてくる姿にしても、街で遊ぶ子供の如く。
 周りの仲間達にしてもそう。何処か不安気な表情で武器を構え、走ってくる少女達にどう対処していいのか悩んでいる様子。

 情報として与えられていた――過去に攻め入った軍が負けたという事柄さえ頭から消えていたのだ。
 兵士達の心の内はきっとこうだ。

 武器を取り上げてやればよかろう。
 何も殺すことは無い。
 少し痛い目を見て貰うくらいでいい。
 一発叩いてやれば分かるだろう。
 ちょっとした切り傷程度で引くに違いない。

 敵が大の大人に交じった少年兵士ならまだ良かった。
 武器を持っているならその少年は選んで戦場に立ったということであり、貧困か何かで戦働きを選択し、殺される覚悟を持った男として戦えるのだから。

 しかし女というのは兵士達が守るべき……いや、男が守るべき相手であり、それも年端もいかない少女であれば尚更のこと。
 如何に女武将ばかりの世界とはいえ、彼らからすれば化け物と呼ばれるような実力のモノ達がごろごろいるわけも無い。きっとそんな化け物の集まりの軍であるなら一国とは言わず大陸全てを支配しているだろう。
 だから……彼らは侮った。少女達の力を見誤った。

 想定外。有り得ないと嘆く間も非ず。真正面から振るわれる刃に身体を斬られて仰天し、敵と応対した兵士達は驚愕と焦燥に包まれた。
 ネコミミを付けて、肉球を付けて、無邪気な笑顔で武器を持ったその少女達が……自分達よりも強いのだ。
 一対一の話では無い。連携というには出来すぎた動きが彼ら兵士を襲っていた。

 するりするりと木々の隙間を抜けて襲い来る縦横無尽な動きは唯の兵士にとって脅威であろう。
 孟獲は狩りと言っていた。兵士達の誰かは思う。ああ、自分達は獲物なのだと。特に村で狩猟の仕事をしたことがある者達は彼女達の戦い方を深く理解した。
 向かってくる少女達ばかり目に着いていたのも悪かった。愛紗も、星も、鈴々も虚を突かれ指示が遅れた。

 まずは石である。
 縄で巻いた石――それも少女の頭ほどもあるモノ――を振り回しで投げてくる。当然、そんな凶器が数十と投げられれば誰かに当たる。
 その対処をしたモノには矢が飛んでくる。しかも矢を射た者が何処にいるかも分からぬ多さ。森での集中攻撃は敵の数を把握することも出来ない。

 そうして隙が出来た所に少女兵士達の突撃である。兵士達と同程度の力を以って、少女達は純粋無垢な様相で並み居る大人達を殺していく。
 たった数瞬の出来事で自分達の愚かさを理解する。敵は確かに少女だ。しかし自分達が人間である以上、刃を受ければ死ぬのだ。
 理解しても頭が追いつかない。追いつくはずが無い。人はそれほど直ぐに切り替えられるように出来ていない。その一瞬の間が……戦場では命取りだというのに……。
 悲鳴と断末魔。恐慌による情けない大人の男の声はまるで狩られる羊か豚か。一声一声が人の生きた証のはずなのに、なんと情けないことであろうか。

「狼狽えるなっ!」

 怒声一閃。煌く声が森全てに響くかの如く張り上がった。
 狼狽した兵士達に向けて放ったのは……愛紗だった。突撃して来る少女を叩き伏せながら彼女は舞い踊るその最中、味方全てに聴こえるように声を流した。

「その声は死ぬのが怖ろしいから出ているのか! それとも何も守れない悔しさから出ているのか! 誰が敵であろうとも……お前達は戦うことを選んだのだろうが!」

 まるで自分に言い聞かせるような言の葉。苦い味を切り取ったような声が痛々しい……が、愛紗の、そして鈴々と星の隊はそれだけで心に平静を取り戻した。
 それ以外の兵士は衝撃を受けつつも意味を心に溶け込ませていく。

「貴様らの目の前に居る敵をよく見てみろ! 貴様らがいつか戦わなければならない相手は誰だ! それらと比べて目の前の敵は恐ろしいか! 貴様らは……そんな体たらくで私と共に“黒麒麟”の目の前に立つつもりだったのか!」

 悲鳴にも聞こえる。泣いている少女の声かとも思えた。叱咤しているはずなのに、自問の刃はきっと彼女自身に向いている。

 兵士達の目に光が戻った。そうしてじっくりと刃を向けてくる敵を見定める。余裕のもったモノから次々と。
 まず力が足りない……厳しい訓練で鍛え上げた自分達と同等だとしても、あの化け物よりも劣っている。
 次に速さが足りない……小さな体躯は確かにすばしっこいが、あの化け物は確実に命を奪い取ってくる異質な“速さ”があった。
 最後に連携が足りない……見事というしかない森での連携行動であるにも関わらず、傷だらけの化け物が命を捨てて殺しに来る連携に比べれば児戯に等しい。

 ああ、なんだ。あれらと比べれば大したことは無い。
 厳しい訓練の末に精鋭となった自分達を遥かに超える……狂信者の群れの部隊に比べれば。

 きっと今の自分達が戦えば一合で死ぬ。
 将同士の戦いは軍神の働きによってまだ持つとしても、兵士同士の戦いは間違いなく負ける。
 頭で考えずとも分かる。それらと戦う為には命を賭けずしては戦えない。死中に活を見出すなんて生易しい戦ではなくて、全滅してでも止める覚悟を持たねば“アレ”は止まらない。それをこんな……こんな程度の相手に手古摺っているようでどうして成し遂げられよう。

 反撃は直後、後列に居た一人の兵士がすっと突き出した槍から始まった。連携の動きを以って襲ってくる少女の一人に対して……兵士は隙を見つけたのだ。
 なんのことは無しにただ槍を差し込んだだけで驚くほど簡単に幼い腹を突き破った。
 恐れながら防御していた兵士では攻撃にまで頭が回っていなかった。少女を殺すことに躊躇いを持っていた彼らは、無意識の内に傷つけまいと戦っていたのだろう。
 劉備軍に沁み込んだ甘い毒。街で手伝いをしたり、民と関わりを持ったり、そうやって過ごして来たから彼らは見た目で勝手に決めつけて、自分の命よりも少女を守ろうとしたのだ。

 将である愛紗の言葉だからこそ、彼らの深層心理に蔓延る毒を掻き消した。武器を持って命を奪わんと襲ってくる相手は敵……子供だろうが赤子だろうが老人だろうがなんだろうが関係ない……そんな当たり前のことを思い出させた。

 殺そうと向かってくる子供に情けをかけて自分が死ぬ?
 自分の幸福を捨ててまで殺さないことを選ぶ?

 自答の末に答えは出る。
 嘆かわしい……自分達が負ければ自分だけでなく家族すら死ぬやもしれないのに。
 ギシリ、と歯を噛む。腹に力を入れて喉から雄叫びを捻りだした。
 在ったのは単純な想い。死んでたまるか、負けてたまるか。そんな人として極めて当たり前のこと。

 次々に同じようなことが起こる。隙を見つけたモノから順に通常の戦闘を開始していく。彼らがずっとやってきた味方との連携で敵を打ち倒そうと、軍の動きに戻って行った。

 ただし、なんともいえない感覚に悪寒が走るのも詮無きかな。
 幼子の肉を切り裂く感覚が悍ましい。刃を突き入れた兵士は誰しも震えた。一寸何が起こったか分からず茫然とした少女兵士と目が合い……兵士達の表情が引き攣っていた。

 泣き顔に変わって行く表情。
 痛い痛いと苦しむ声。
 口から血を零す姿など見るに耐えない。
 でろりと抜け出た臓腑を必死で戻そうとする様など悲痛過ぎて直視できない。
 槍を引き抜いた時に崩れ落ちた少女の顔が頭から離れなくなった。

 お前は敵だ、お前は敵だと兵士は言い聞かす。何度見てもそれは少女でしかない。もう倒れて兵士に踏み潰されていくが……それでも顔が頭から離れない。

 一つの恐怖は乗り越えた。しかしながら続いて二つ目の恐怖が降りかかる。
 自分は何をしている。自分はなんでこんなことをした。これが本当にいい事なのか。これが本当に正しいのか。
 初めの恐慌は乗り越えても、次に現れたのは自責という名の恐怖だった。
 どうしようもない。心の強い者しか耐えれらない。劉備軍の兵士達は……些か優しすぎた。
 それでも死にたくなくて、守りたいモノがあるから無理やり抑え付けて戦っていく。自分が無意識に涙を流していることすら気づかずに。
 瞳に映るのは憎しみなどでは無かった。疑念と後悔と懺悔の感情しか無かった。

 まるで賊徒のようだから疑い、悔やみ、苦しむ。
 生きる為に他者を殺せ。殺して殺して……そうやって生き残れ。こんな幼子の命を喰らって生き延びる我らは……何をしているのだろう。
 兵士達は自責の鎖が心に食い込んで行くのが分かった。正しいことなのか悪いことなのか分からない。いや……自分達は悪だと感じているから、だから罪悪感を感じてしまうのだ。

 嗚呼、狂っている……と兵士の誰かが思った。
 きっと一人や二人だけでは無い。
 幾人もの兵士達が思った。

 この戦いは狂っている。否……こんな戦に発展してしまう戦乱の世こそが狂っているのだ。
 だから……我らが主の言い分は正しい。
 本当は戦わなくてもいいはずだ。向かってくるから戦うしかないのだ。

 兵士達は自己正当化しなければ耐えられない。罪悪感に耐えながら戦えるほど強くない。
 悪くない、自分達は悪くない。我らが将は言の葉を投げていたのだからと自分達の言い分を押し付ける。
 いつもは正義の為だ。此れも正義の為なのだ。言い聞かせるように紡いで戦うしかなかった。

 将が何か言葉を投げかけてやれば良かったが……彼女達すら悲痛な面持ちで戦っている。
 兵士達とはまた別の理由で彼女達も罪悪感を覚えていたがそれはまた別。

 そんな表情を見せてはいけない。けれども見せずにはいられない。
 無感情で戦えるほど彼女達は達観していなかった。それが劉備軍の美徳でありながら弱点でもあった。
 嬉々として戦えば兵士達はその心を疑うだろう。優しい世の中を思い描いているはずの人物達が少女の虐殺を楽しんでいれば、着いて行こうなどと思うはずもない。
 だからといって悲痛な表情を浮かべれば……彼女達ですら疑問に思っているのではないかと不審が芽生えてしまう。

 ほんの小さな、小さな芽だ。
 でもそれはいつか育つであろう絶望の萌芽。劉備軍を内側から壊しかねない、大樹と白蓮が評した桃香を絞め殺し兼ねない寄生植物の芽に等しい。

 彼女達は気付くことは無かった。
 兵士達も気付くことは無かった。

 気付けるはずの男はもう居ない。
 気付かされた少女も去ってしまった。

 一人で理想と現実のハザマで狂っていった男が邂逅から予測していたその毒は、誰にも気づかれることなく現れた。

 劉備軍の兵士達はもう抜け出せない。桃香が語る理想の為にと、己が言い分を他者に押し付けたのだから。
 彼女の言の葉が正しい。彼女を信じればいい。彼女が言うことは正しいのだから我らの行いも正しいのだ、と。

 真逆の論理を突けば責任転嫁となり得ることにも気付かず、彼らの心は深く沈み、罪悪感からの逃避の為に思考が停止していく。
 彼がいつでも作り上げてきた、“主にすら抗えと示す狂信”ならばまだマシであろうに。

 孤独な彼が飲まれまい、他者に与えまいと必死で抗っていた……“妄信”がより深く染まり始めた。








 †







 この戦は長く続かない。
 星は始まった時からそう感じていた。今では愛紗や鈴々と分離され、誰が何処で戦っているかも分からない状況ではあるが、初めに感じた予感はずっとついて回っていた。
 襲い掛かってくる少女兵士達。戦い慣れているのか居ないのか、確かに強いのだが、痛みにめっぽう弱かったのだ。
 腕を切り飛ばせば劈くような悲鳴を上げ、腹を突けば泣き崩れて命を乞い、蹴り飛ばせば怯えた瞳が返ってくる。

 一方的な虐殺になり兼ねない。それほど星と少女兵士達との間には実力差があった。
 連携は見事。虎をも狩れるであろう俊敏な動きと力強さは兵士にとっては脅威。しかしながら星のような生粋の武人にとっては物足りない。
 愛紗や鈴々と比べれば普通の兵士とそう変わらなかった。

――森を利用しての攻撃は確かに厄介だ。草木が邪魔して平地での戦と同じような成果は出せんな。

 淡々と思考を巡らせる星はそろそろこの戦場にも慣れ始めていた。
 如何に少女の見た目であろうと彼女らは武器を持ったのだ。言い訳を挟むことこそ愚の骨頂。

――軍としての態様を為しているのならば、目の前の敵を殺そうと向かうのならば……殺されることも当然。我らとて同じく。

 戦をするとはそういうことだ。誰も死なない戦争など有り得ない。殺したくないと喚いても、不意に殺してしまう可能性さえある。

――なんと、矛盾は私にもあったか。

 ふと気づいた。
 自分はついこの間、彼と殺し合いをするわけではないと言ったはずなのに。
 殺すつもりで向かってくる男を殺さないように戦う……してはならないことを自分はしようとしている。
 部下達が命を賭け、必死になって作り上げる舞台で、彼女は自分のわがままと意地を押し通そうとしているのだ。
 それでも、と思う。

――全ては……我らの願いの為に。

 幽州の民と、もう二度と会えない友と、優しくて甘い主と、そして自分自身。
 皆が望んでいるのはあの時の幽州で、彼を殺してしまえばもう二度と戻って来ない……星はそう思う。
 この手で愛しいモノの命を奪って虚ろになった心と、夢の為に友を切り捨てた空しさに支配された感情のまま、胸を張って家に帰れようか。
 否、否……断じて否。

 星は愛紗や桃香のように優しくは無い。白蓮のように甘くも無い。
 過去に結んだ願いの為ならばどれだけの命を奪おうが構わないと既に心を決めている。
 彼女は決して綺麗な心を持っていないし、綺麗事を吐きたくもなかった。

 罪深く度し難い。
 それでも欲しいモノがある。
 最優先順位が彼と白蓮になってしまった彼女にとって、正義だ悪だは二の次三の次。

――手段を択ばないわけでは無いが、まるであいつと同類だな。

 少女を切り結びながら彼女は尚も思考に潜る。
 幽州を踏み荒らした大敵の内の一人、紅の髪を持った乙女を思い出す。
 いっそあの女くらいに堕ちてしまえれば楽なのかもしれない。今のままでは自分は中途半端で矛盾だらけだ。
 しかしやはり、堕ちようとは思わなかった。

 超えない線は一つだけ。
 彼女はあくまで将であり、白蓮に仕える臣だということ。見失うわけには行かない。外道に向かうくらいなら死んだ方がマシだった。

 分かっている。気付いている。少女達が恐怖しているなら、恐怖で縛ってしまえばこの戦は終わるだろう。
 残虐の限りを尽くせば敵は怖気づき、味方の兵士も多く助かるに違いない。それでも、それは白蓮と星、そして幽州の戦い方では無い。如何に多くを救えようと、それだけは譲ってはならない線引きだった。
 それともう一つ、彼女はまだ戦を判断する頭を持っている。白蓮と戦ってきたと胸を張って言いたいのなら……“こんな無意味な争いを長々と続けている方が趙子龍としては間違いだ”。

 ふっと一息、視線を巡らせば共に戦ってきた趙雲隊がいる。
 あの紅揚羽の狂兵達に比べれば、少女兵士と戦うことはもう既に通常の戦争と変わらない。
 余裕の出てきた兵士達は星の指示を待っていた。どうするのか、と目線だけで問いかけられ……星は不敵に笑う。

「くくっ、そうさ、我らは堕ちてはならん。此れはあくまで戦だ。趙雲隊の半数は愛紗の援護に向かえ。早々に終わらせるぞ」

 近くの兵士に指示を伝え、彼女はまた少女達に向き直った。
 同時に、後ろの方の兵士から関羽隊との合流の為と行動を開始した。
 するり、槍を構えた姿はいつもの如く蝶のように。頬に付いた血を舐めとった彼女は妖艶に笑う。

「ほら、数を減らしてやったぞ? これでお前達でも戦い易くなったのではないかな?
 まあ、離脱した兵士には南蛮王を捕えて来て貰うが」

 う……とたじろいだ少女達。どうすればいいのか判断を下すことも出来ず。短髪で黒髪の元気そうな少女がギシリと歯を噛み鳴らした。

「み、みんなっ! 逃げた奴等を追うにゃ――――」
「行かせんよ」

 静かな、それでいて良く通る声が優しく響く。反して煌く白刃の冷たさが際立っていた。
 なんでもない日常を過ごすのと変わらない彼女の声は、人に悪戯をする時と同じ音を放ちながらも、有無を言わさぬ圧力を持っていた。

「追えば私がお前達を殺す。狩りをするのだから分かるだろうに……狩られる側は背中を見せるから殺される、とな」

 細めた目がギラリと輝き、一歩、二歩と少女達は後ずさった。
 別段、まだ星は本気を出しても居ない。とるに足らない相手に対して本気を出すまでも無い。自分の部隊の被害を抑える為に戦っていただけ。同等レベルの将が居ない以上、多くを殺そうと思えばいつでも出来たのだから。

「だからもう動くな、戦うな。これ以上続けても意味が無い。私達は刃を振るわない相手に攻撃するほど堕ちてはおらん。安心するがいい。私の仲間は南蛮王を殺しはせんさ」
「う……」

 無駄な殺生をしないことも将の務めだ。
 殺し尽くしてばかりの戦争をしていては人が生きる世界は壊れてしまう。
 呆れた、とばかりのため息を吐いた星が槍を降ろす。
 三種類の同じ顔ばかりが並んでいるから気付かなかったが、どうやらまとめ役になり得るモノが居るらしい。

――後少しだ。部隊を纏めるモノが居るなら容易い。存外呆気ないモノだ。

 ケモノであっても狩りをするならリーダー格の存在はいる。主格が折れれば下の者達は統率を失うのは通常の戦でも同じこと。

「……嘘にゃ」
「そう思うならご自由に。抗えば抗う程にお前の家族は死んでいくが?」
「やめるにゃぁ!」

 性質の悪い脅しだと自分で苦笑するも、星は悪役さながらに頬を吊り上げた。

「脅すなんて卑怯にゃ! この卑怯者!」
「くく、よく言う。初めから我らは戦おうとしていなかっただろうに。
 なら我らは不意打ちを受けた時点で問答無用に戦えばよかったのかな?」
「ひっ……」

 ちゃきりと向けた槍の先を見つめて少女は怯えた。
 目の前で見た星の武は間違いなく彼女達の王と同じかそれ以上。自分では太刀打ちできない相手は恐ろしい。
 南蛮で生きてきた少女は……強者に逆らうことなど出来ようはずも無かった。
 小さく、どうにか聞き取れる声で独り言を零しながら、少女はその場にへたり込む。

「……トラ達は悪くない……悪くないのに……にゃんで……勝手に縄張りに入るのが悪いのに……」

――相互の認識が無ければ侵略と変わらん、か。使者を送るというこちらの遣り方が通じなかった以上、もう少し深い行動をすべきだった。

 敵少女の言葉は真っ直ぐに自分達のしていることを言い当てる。誤魔化しも利かない他者から見た正統な姿。
 なんとも言えない空しさが湧いた。
 劉備軍としては南蛮は侵略者だと思っていたが、彼女達からすれば旧くから続く敵対者である自分達の方が侵略者。

――益州の被害が真実かどうかも分からなくなった。まあ、そちらは益州古来のモノに聞くしかない。しかし……朱里と藍々が我らに“話していない腹の内”の方が厄介だ。

 何より愛紗や鈴々は南蛮に対する不信感や不安を拭うという名目を信じきっているが……星は信じていない。
 桃香も、白蓮も、愛紗も、鈴々も人をあまり疑わない。愛紗は確かに厳しく物事を剪定するが、一度能力と心持ちを信じた以上は必要以上に疑うことはしないのだ。不器用さ故に、面と向かって話されない限り彼女が誰かを咎めることは無く、人としての間違いを指摘することも無い。
 それはきっと正しいことで、人として美しいこと。他者を信じる心は力となり、個人にしても群体にしても強くさせる。
 ただし……もし、万が一誰かが間違った時に、誰もが皆を信じていればその間違いを指摘できるモノはいない。

 昔の劉備軍で誰かの思惑を看破して咎める役目を担えたのは、彼だけ。
 幽州で牡丹と共にその役目を担ってきた星が入ったのは幸運と言っていいかもしれない。

――南蛮との交渉は最終的に戦に発展すると朱里も藍々も予測していたはず。ならば、これは他国への力の誇示、そして……曹操軍との全面対決に対する準備に過ぎない。

 思考の末に掴んだ答えは軍行動としては当然のモノ。軍師として利を求めたいい手であろう。

――胸に澱みのようなモノが湧いてしまうのは……矛盾の対価。これが彼を苦しめていた要因に違いない。

 視点を変えれば、所詮は自分達の都合を押し付けた“話し合い”であることに変わりないのだ。

――“綺麗に飾り付けされた話し合いの理由”に“昏々着々と積み上げられる利の為の言い訳”。

 考えながら、まるで桃香と秋斗の二人を表しているようだと納得する。
 理想に同調しながら進み方も考え方も違うこの二人。その行いを理解していながら在り方が対極のまま。

 なるほどな、と一人ごちた。
 どちらかと言えば星は秋斗よりらしい。いや、昔から分かっていた事だ。
 屁理屈と言い訳を捏ねてするりするりと躱して行けば、そんな役割にしか辿り着けない。
 正義を語りながらも頭は冷めていて、理不尽に憤慨しても何処かで是非も無しと判断してしまうのだ。
 違う点は多々あるが、似通っている部分はやはり多い。

 だからこそ星は現在、澱みのような不快感が心に溜まって行く。
 頭を振りつつも拒絶はしない。彼が此れを耐えられたのなら、自分にも耐えられるはずだから。
 少しだけでもその一端を理解したかった。彼が苦しんだ理由を知って、やっと隣に立てるのだ。
 
――南蛮との和睦は曹操軍と戦う為の兵力増強が主目的。さて……理不尽を押し付けた我らと果たして彼女達は共に戦ってくれるかどうか。

 血だまりの中で震える少女達と、見るも無残に死に絶えた幼子達を交互に見やった。
 家族だと言っていたモノ達を殺され、自分達の目的の為に肩を並べろと……己らはどの口で言うのか。
 星には皆目見当もつかない。
 ああ、と気付く。
 もし、幽州で自分達が捕えられていたら南蛮の少女達のような境遇に立たされた。その時の感情を思い浮かべてみれば自分に出来ることは何も無い。なにせ、戦い殺したのは自分達なのだ。侵略者に従うことは看過出来ない。

「……我らは曹操と変わらない……まさしく、白蓮殿の言葉の通りだ」

 否、と続けた。

「大前提として他者の言い分を認めていない。だからより酷い。
 ただ……」

 憂いを帯びた目は何を見るか。
 遠く高い空を見上げて、星は一人ごちた。

「少しだけでも分かりあう為に話をしてみるのもいいと思う。最終的に戦う可能性が高くとも、戦わないで済む可能性も探してみたい。
 ……そんな私達は甘いかな、秋斗殿」
 
 

 
後書き
遅くなってしまい申し訳ありません。

南蛮と戦うってのはこういうことかなと。

星さんは結構現実的な思考を持っているのでこんな感じに。
主人公と似たタイプなのでどうしてもよどみが溜まってしまうかと。

次こそ南蛮を終わらせますね。

劉備軍残り二人のお話で。

ではまた
 
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