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魔法少女リリカルなのはVivid ~己が最強を目指して~

作者:月神
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第3話 「気さくな師範代」

 次元世界10代最強の称号を持つ少女《ジークリンデ・エレミア》と出会ってから数日。僕はミッドチルダ南部に足を運んでいる。
 ――このへんに来るのは久しぶりかな。走るコースは基本的に決まってるからこっちに足を向けることは少ないし。
 少しばかり観光に近い気分になりながらも、自分の中にある前に訪れた際の記憶を辿りながら《抜刀術天瞳流》の第4道場に向かう。
 この場所に向かう理由は、《抜刀術天瞳流》で師範代を務めているミカヤ・シェベルという人物に呼び出されたからだ。

「……急に久々に手合わせしないかって連絡してきたから驚いたんだよな」

 けどまあ、ミカヤさんとは何度か会ったことがある間柄だ。だから僕が比較的自由な時間のある人間だってことは知られてるし、僕にとってもミカヤさんとの手合わせは有意義なものだから感謝しかないんだけど。
 個人的な要望を素直に吐くなら彼女とはもっと手合わせをしたい。同じ剣の道を歩んでいるし、インターミドル・チャンピオンズシップでも本戦で上位に入ったことのある実力者だから。
 とはいえ、僕は天瞳流の門下生じゃない。それにミカヤさんと深く付き合いがあるわけでもないから、頻繁に足を運ぶというか手合わせしてもらうのはおこがましいんだろうけど。あっちには師範代としてやることもあるだろうし。
 あれこれと考えているうちに気が付けば目的地に到着していた。ミカヤさんから僕が訪ねてくることは話が通っていたようで、これといった問題はなく道場の中へ案内される。

「やあキリヤくん、待っていたよ」

 僕に声を掛けてきたのは道着を身に纏い愛用している居合刀を持った女性。長い黒髪と凛とした顔立ち、それに加えて道着の上からでも分かる抜群のスタイルが目を惹く。

「お久しぶりですミカヤさん……待たせてすみません」
「確かに私は待っていたと言ったが、そんな風に謝られると困ってしまうよ」
「あはは……すみません」
「また謝っているよ……まあ私の言い回しも悪くはあるんだけどね」

 そう言って笑みを浮かべるミカヤさんに釣られて僕も自然と笑みを浮かべてしまう。
 一見ミカヤさんは幼い頃から天瞳流を学んできた人だから武人のような貫禄があって近づきがたい印象を受ける人だ。でも話してみると気さくな人だってすぐに分かるから大抵の人はすぐに打ち解けられるだろう。僕もそのひとりだし。

「いや、そもそも謝るのは私の方だ。今日は突然手合わせがしたいと言ってしまってすまなかったね」
「えっと、そっちこそ謝らないでください。ミカヤさんと手合わせできるのは僕にとってはありがたいことですし、インターミドルも少しずつ迫ってきてるわけですから」

 ミカヤさんはインターミドル・チャンピオンズシップに7回も参加経験のあるベテランだ。それに高い実力を持つ剣士として知られているだけに、優勝を争う一角と周囲は認識していることだろう。
 ただ……ミカヤさんは現在18歳。インターミドルに出場できるのは今年を含めても残り2回しかない。再来年の大会からは出場者の間で彼女の話は出なくなることだろう。
 僕は転生した身だけどこの世界の戸籍上は16歳になっている。だから今年を入れて残り4回チャンスがあるわけだ。人によってはたった2回しか変わらないかと思うかもしれないけど、僕達にとってこの2回というのはとても大きいものだ。

「ミカヤさんがインターミドルに賭けている想いは少なからず分かってます。僕でよければいつでも相手になりますよ」
「ふむ……ではお言葉に甘えて今日からインターミドルが始まるまで毎日相手になってもらおうかな」
「えっと……本気で言ってます?」
「いや冗談だよ。本音を言えば実行したいところだが、君には君の付き合いがあるし、君も今年はインターミドルに出るんだろう?」

 誤魔化す必要もないので僕は首を縦に振る。

「なら初出場の君はまず選考会に参加して、その後の予選を勝ち上がらないといけない。そこで戦う相手は私のようなタイプばかりではないだろうし、私とばかり手合わせしていては対応できる相手が狭まってしまう。故に今の考えを実行するのは申し訳ない……とも思うが、君ならば問題なく勝ち上がりそうな気はするがね」
「はは……そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、僕は問題なく勝ち上がれるほど強者じゃないですよ」
「だからといって弱者というわけでもないだろう」

 もしも君が自分のことを弱者だと言うなら間違いなく恨みを買うだろうね。
 そのような意味が込められた視線をミカヤさんは真っ直ぐ僕に向けてきた。これでは否定の言葉だけを発するのは悪手にしか思えない。

「ミカヤさんにそう言われたら自分が弱いとは言えませんね。でも……僕は常に《弱者》でありたいとは思っています。僕みたいな人間は自分のことを強いと思ってしまったら、そこから先に進めないでしょうから」
「ふふ……実に君らしい考えだ。いや信念と言った方がいいかな。……まあ何にせよ、君の強さの理由がひとつ分かった気がするよ」

 ミカヤさんは綺麗な笑みを浮かべる。それに加えて、艶のある長い黒髪やきちんとした姿勢が大和撫子を彷彿させる。
 といっても、僕は正真正銘の大和撫子というものをこれまでに見たことはない。故に僕の中にあるそれは完全にイメージでしかないのだ。まあ誰かにミカヤさんのことを伝えようとしているわけではないので現状どうでもいいことなのだが。

「おっと……話してばかりでは君から時間をもらった意味がないな。あちらに君用の道着と刀を用意してあるから着替えてくるといい」

 確かにわざわざ道場に足を運んだのに手合わせせずに帰るのは愚の骨頂だ。
 ……いや、これは言い過ぎか。ミカヤさんとの話はタメになることも多いし、話すだけでも決して損にはならないんだから。
 などと考えながらも僕は移動して道着に着替え始める。普段道着を着ることはないのだが、ここに出向いた際には必ずといっていいほど身に着けている。そのため着替えで困ることはない。

「そういえばキリヤくん」
「はい」
「前々から思ってはいたんだが……君は実に良い体をしているね」
「え……な、何で覗いてるんですか!?」

 普通覗きっていうのは男性が女性に対して行うことでしょう。覗きって行為はやっちゃいけないことだから普通という言葉を使っちゃいけない気もするけど。

「君に興味があるからだが?」
「確かに興味のない人間を覗いたりしないでしょうけど、覗いていい理由にはなりませんからね。というか、いつまで覗いてるつもりですか。着替えたいんで離れてほしいんですけど!」
「……ダメか?」
「ダメに決まってるでしょう!」

 可愛い仕草と声で言われて一瞬グラっときてしまったけど、どうにか正しい言葉を口にすることが出来た。これ以上はダメだと思ったのか、ミカヤさんは悪気のない顔でそそくさと退散する。ただフェイントの可能性があるので僕はしばらく様子を窺う。
 …………どうやらもう覗かないみたいだな。
 まったく……ミカヤさんの茶目っ気には時折困らされる。別にだらしない体をしているわけじゃないけど、上だけならまだしも下も着替えるんだからダメに決まってるじゃないか。それくらいミカヤさんだって分かるだろうに。

「なあキリヤくん」
「……何ですか?」
「そう警戒しないでくれ。今日はもう覗いたりしないから」

 ……今日は?
 それは今日に限ってはもうしないというだけで今後も機会があればするって意味なのだろうか。それともただ単に言葉の綾なのか……とりあえず少なくとも今日は何もないだろうから今は考えないようにしよう。考えたら泥沼に嵌りそうだ。

「最近何か面白いことはあったかい?」
「それは面白い話をしろってことですか? 僕はその手の職業に就いてるわけじゃないんですけど」
「そういう意味では言っていないよ。君と会うのは久しぶりだから剣を交えるまでは世間話でもしようかと思っただけさ」

 本当にそうなのだろうか……いや、ミカヤさんは茶目っ気のある人だけど悪い人ではない。それにあまり知り合いを疑うのもどうかと思うし、これ以上は思考しないでおこう。

「基本的に毎日変わらない日々を送ってますからね。そうそう面白いことなんてありませんよ……ただ」
「うん? 何かあったのかい?」
「つい先日、行き倒れの少女と出会いましたね」

 ジークの名前を出してもよかったんだろうけど、ミカヤさんはインターミドルの常連かつ上位入賞した経験もある実力者。無論、彼女と面識があるはず。ミカヤさんの性格を考えると、今度ジークに会ったときに何かしらしかねないから名前は伏せていたほうがいいだろう。

「行き倒れ? ……もしかしてジークかい?」
「……はい」

 ごめんジーク、ミカヤさんの中で行き倒れ=君みたいな考えが確立されてるみたいだから否定の言葉が出なかった。もしも今度今日のことでからかわれたりしたら、そのときは必ず侘びを入れるよ。

「そうか……去年の大会は途中で棄権したし、今年も今から行き倒れているとなると心配になるな。今年こそは以前の借りを返すつもりでいるのだが。……何か差し入れでもするか。……いや、今のところそれは無理か」
「どうして無理なんですか?」
「それはだな……まずジークは自分を鍛えるために各地を転々としている。まあこの時期はミッドチルダのどこかにいるとは思うが。他の理由としては……以前の試合のことをジークが気にしているみたいでね。彼女は私と顔を合わせるのを避けているんだ」

 なるほど……多分後者の方が主な理由なんだろうな。各地を転々としているとしても念話といった連絡手段があるわけだから会う約束を取り付けることは出来るだろうし。
 ミカヤさんとジークの試合……あの試合か。
 僕の選手としてのジークのイメージは、ルールの範囲内で相手を制する光弾や投げ技のエキスパート。これに加えて、全力モードでは先祖から受け継がれてきた力である《鉄腕》を振るう圧倒的強者だ。
 だが以前のふたりの試合では、そのイメージに当てはまらない一幕があった。
 ジーク……僕がこれまでに調べた限りでは、彼女はベルカ最古の戦闘格技――人体破壊技術の継承者にして遂行者でもある《エレミア》の末裔だ。ただ普段はその真髄と呼べるような技は使っていない。
 ……いや、それも当然か。あのときの状態で放つ彼女の技は全て危険だ。
 インターミドルの試合は、試合中はダメージに応じて打撲や骨折といった症状が再現されるようになっている。そのため、基本的に試合が終了すれば体に感じていた痛みも消えるのだ。
 だが本気の……真のエレミアとしての力をジークが振るった場合、再現ではなく実際にミカヤさんの右手を粉砕してしまった。
 これまでの試合や数日前に話してみて確信したことだが、ジークは優しい心を持った子だ。ミカヤさんに対して罪悪感といった感情を抱くのは当然だと言える。
 ただ、だからといって避けてばかりいるのもダメだと思う。ミカヤさんの怪我は試合を行ったことで起きてしまったことだ。ジークへの口ぶりからしてミカヤさんはそのことを気にしていない……それどころか、真の力を解放した彼女を倒したいと思っているはずだ。
 何とかできないものか、と考えながらも着替えが終わった僕は刀を持ってミカヤさんの元へと戻る。

「おや? ずいぶんと難しい顔をしているな」
「まあミカヤさんだけでなくジークとも知り合いになったので。どうにかできないかと思いまして」
「君は人が良いな……まあこの手のことは得てして時が来れば自然と解決するものだよ。無理に話し合う場を作っても逆効果になりかねないだろうからね。だから私とジークのことは、お互いに気にしないでおかないか?」

 ふたりと知り合いだとは言っても、僕はあの試合に関わっていない第三者だ。当事者のひとりであるミカヤさんがそれを望むのならば素直に応じるべきだろう。結局のところはミカヤさんとジークが解決すべき問題なのだから。

「分かりました」
「感謝するよ……それにしても、君はジークのことは呼び捨てにするんだね。私のことはミカヤとは呼んでくれないのに。何だか妬けてしまうよ」
「え、えっと……別に深い意味はないですよ。ただ彼女がそう呼んでほしいって言ったからそうしているだけで」
「ほう……では私も呼び捨てにしてもらおうかな。いやこれではジークと同じになってしまうか……よし、それに加えてもっと砕けた口調で話してもらうとしよう」
「あのー年上相手にそれはちょっと」
「君と私はそれほど年齢は変わらないだろう。それにこちらが良いと言っているのだから気にしなくていい」

 いや、そういう問題じゃなくてですね……ミカヤさんは自分のことをそう高く評価していないかもしれませんけど、僕からすればとてもお綺麗な人なわけで。さらに詳しく正直に言ってしまえば、見た目も僕の好みのタイプなんです。
 そこに年上ということが加わってるわけですから……呼び捨てとか砕けて話すというのはハードルが高すぎます。

「さあ、試しに私のことをミカヤと呼んでみるといい」
「今は本当に勘弁してください。今すぐにはとてもじゃないですが無理です」
「やれやれ……そんなんじゃ好きな子が出来たときに告白できないぞ」
「もう……いい加減にしてください。いつまで経っても鍛錬が始まらないじゃないですか」

 というか、これ以上今の話題を続けたら僕の精神が持ちそうにない。だって僕は今までに彼女とか出来たことがないから……。


 
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