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遊戯王GX-音速の機械戦士-

作者:蓮夜
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―『帰る』べき場所―

「遊矢くん。ひとまず……無事で何よりです」

 俺の意識が保健室で回復してから――十代とミスターTという謎の男とのデュエルから一晩経ち、俺は精密検査の後に校長室を訪れていた。異世界での出来事は聞いていたのだろう、沈痛な面もちで鮫島校長は頷いた。

「それより、他のみんなは」

「異世界に行ったメンバーは、君たちの尽力でみな帰還しているよ。……異世界に自ら残った、という三沢くんを除いてだが」

「三沢……」

 俺と十代が最終決戦に向かう前に、三沢はあの異世界で敗北した者たちを救いに行く、と言い残して異世界に残った。自分たちがこのアカデミアにいるということは、どうやら三沢の目論見は成功したらしいが……その三沢当人は、アカデミアに帰って来てはいないらしい。

 ……俺に、アカデミアに迫る危機があることを言い残して。

「三沢は言いました。アカデミアに、この世界に危機が迫っていると」

「確かに。十代くんが幾度となく交戦しているという存在でしょう」

 エクシーズ召喚を操るミスターTと名乗る男。先日十代と戦っている、恐らくは異世界からの侵略者がこの世界に現れているという。鮫島校長が言うには、彼らが何者かも未だに不明らしいが、例の黒いカードを使ったその召喚法に対抗するため、鮫島校長はペガサス会長と協力し、《エクシーズ召喚》というシステムを作った、ということ。

「同じルールで戦えるならば、あの《No.》にも勝ち目はあります。エクシーズ召喚は既にこの世界に普及しているでしょう」

 デュエルのルールを新たに整備することで、異世界の謎の召喚法からエクシーズ召喚というルールに落とし込み、同じ土俵でデュエル出来るようにした、と。そのおかげで、少なくともデュエルになるのならば、あとはデュエリストの腕前次第だ。

「鮫島校長。なら……俺を、アイツ等と戦わせてくれませんか」

「……それは、アカデミアの生徒である前に、この世界を守る戦士であろう、ということですか?」

 鮫島校長の問いかけにコクリと頷いた。異世界でエクゾディアを使って仲間の命を狙った俺が、今更どの面下げて一緒に学生生活を送れるというのか。会わす顔がない――などといったレベルの話ではなく。

 ――この手で殺したも同然の者もいるというのに。

「君もですか……」

「君、も?」

 鮫島校長は小さく嘆息すると、その机からある書状を取り出した。退学届と銘打たれたその手紙には、十代の名前が描かれている。

「十代くんも似たようなことを言ってきました。……ですが、二人の申し出はこのアカデミアの校長として、受けることは出来ません」

 異世界に行く前と様子が変わった十代も、俺と同じような考えを持っていたらしい。鮫島校長はその手紙を再び机の中に仕舞い込みながら、そのまま俺と――ここにはいない十代への言葉を続けていく。

「いくらデュエルが強かろうと、いくら苛烈な経験をしていようと、君たちはまだ不安定な子供です。このアカデミアを卒業するまでは、君たちの戦いを見守る義務が私にはあります」

 ――本来ならば、生徒に戦わせることが心苦しいのですが……と、鮫島校長の言葉は続く。

「しかし君たちは、恐らく戦うことになるでしょう。その時、帰って来れる場所がこのアカデミアなのです……吹雪くん!」

 俺たちへの鮫島校長の言葉が終わるとともに、鮫島校長は突如として吹雪さんの名前を呼ぶと、校長室の扉が開き吹雪さんが入室する。普段の楽しげな様子はどこにもなく、神妙な面もちである以上に、無事であることにホッとする。

「やあ。久々だね、遊矢くん……君に頼みがあって、待っていたんだ」

「頼み?」

 そう語る吹雪さんの手には一枚のカード――《ダークネス》のカードが存在した。かつてセブンスターズとして戦わされていた際に使用していた、ダークネスの力を封じ込めたカード――そのカードについ身構える俺に対して、吹雪さんはその頼みについて静かに語り始める。

 今この世界を侵略しようとしているのは、吹雪さんが使っていたダークネスと同種の力だということ。再びダークネスの力を解放すれば、敵のことが判明するかも知れないこと。解放した後にデュエルで自分を止める役割を、吹雪さんは俺に頼みたいこと――

「病み上がりの君にお願いするのも悪いけど、君がいいんだ。頼めるかな?」

「俺は……」

 吹雪さんの申し出を受けて、俺は自然と自らのデッキである【機械戦士】を見た。ミスターTとの戦いから、全く力を感じない……何も響かない相棒たちを。

「俺は……」

「……いや、突然すまないね。そうだ、アカデミアも久々だろう。ちょっと見てくるといいよ」

 俺が何か言おうとするよりも早く、吹雪さんはそう言ってこちらの肩に手を置いた。そのまま二の句もつかせぬうちに、俺を無理やり校長室の扉から廊下へと出すと、吹雪さんは校長室に残ったまま俺は廊下に放り出されてしまう。……何か言い返そうとも思ったが、こうして強引になった吹雪さんは何を言っても届くまい。

 ひとまずその言葉に従って、アカデミアの中を散策することにする。かと言ってこの時間は授業中の為、活動範囲は限られているし、仲間たちにも会うことは出来まい――今はどちらにせよ、会わせる顔がないが――ならばどこに行くべきか……と、考えるより早く、俺はその場所へ歩を進めていた。

 授業中だというにもかかわらず、アカデミアの中には少しばかりだが、自由に歓談する生徒の数が見受けられた。もちろんサボっている訳ではなく、この時間に授業がない生徒なのだろう……サボっている可能性も否定できないが。幸いにも同級生に会うことはなく、俺はアカデミアのある場所にたどり着いていた。

「…………」

 アカデミアの森の中。そのある一角にある小さい池――俺が趣味の釣りをしている時に、よく利用していた場所だった。一年生の時からここには何度も訪れ、デッキの構築や様々なことを行っていた――明日香や三沢と、夜中にデュエルしたりと。

 足が勝手に導いた思い出の場所。釣りの為の道具など持って来てはいないが、今や懐かしいその場所に座り込もうとすると――池の前から、デュエルをしているような二人の男女の声が聞こえてきた。もちろん自分専用の場所という訳ではないため、誰がいようと不思議ではないのだが……不思議と、どちらも見知った声であった。

 誰がデュエルしているのか気になった俺は、木の陰からこっそりとその様子を窺っていた。オベリスク・ブルーとラー・イエローの下級生で、そのうち青い服を着たオベリスク・ブルーの方は女子生徒。

「いくよ! ボクの先攻!」

 ――早乙女レイ。小さい時から自分を慕ってくれている、妹分の姿がそこにあった。砂の異世界でユベルに傷を負わされて寝込んでいて、彼女を三沢に託して俺は違う異世界に飛ばされてしまっていたので、その無事はずっと気がかりだったが――異世界に行って《超融合》の生け贄となったと聞いていたものの、変わらない元気な姿を見せてくれていた。

「……よし」

 レイに対するラー・イエローの男子生徒は、同じく後輩である加納マルタン。砂の異世界でユベルに取り憑かれていたが、どうやらあちらも無事らしい。むしろ異世界に行く前より、若干成長したように感じられる。

 ちょうどデュエルが始まったばかりらしく、俺はそのまま木の陰から二人の後輩のデュエルを見ることにした。特にそうする理由はなかったが、どうしてもそうしなければいけないような――そんな気がしていた。

レイLP4000
マルタンLP4000

 レイの先攻一ターン目。鮫島校長が語っていた、ミスターTの来襲によるエクシーズ召喚などのルール改訂の影響か、この世界でも先攻のドローは出来なくなったらしく、レイの初期手札は五枚。

「ボクは《トリオンの蟲惑魔》を召喚!」

 レイが召喚したのは俺が知る恋する乙女やミスティックシリーズのカードではなく、新たなカテゴリーである蟲惑魔と呼ばれるモンスター。少女と植物が合体したようなそのモンスターに、レイも自分が知らないところで成長しているのだと感じさせた。

「《トリオンの蟲惑魔》は召喚した時、デッキから落とし穴と名の付いたカードを手札に加えるよ! カードを一枚セットして、ターンエンド!」

 《トリオンの蟲惑魔》の効果は落とし穴をサーチする効果だと聞いて、レイは確かに魔法や罠カードの扱いを得手としていた、と納得する。恋する乙女の罠は強い、とのことだったか――恐らく、サーチしたカードをそのまま伏せて、次のマルタンの手を警戒させる。

「僕のターン、ドロー!」

 そしてマルタンのターンへと移る。かつてマルタンとデュエルした際は、いまいちコンセプトが分かりにくいデッキだったが、あれからどう変わっているのか。

「まずは速攻魔法《サイクロン》を発動して、さらに魔法カード《予想GUY》を発動!」

 これは落とし穴系統のカードだぞ、と警戒させたのが裏目に出て、マルタンの発した旋風にレイの《落とし穴》が破壊される。さらに心置きなく発動された通常魔法カードの効果は、確か――

「僕のフィールドにモンスターがいない時、デッキからレベル4以下のモンスターを特殊召喚できる! 来てくれ、《ジェネクス・コントローラー》!」

 かつてのマルタンのデッキにはなかった、壊れかけの玩具のような通常モンスター。デッキから特殊召喚されたソレは、ビリビリと電波を垂れ流していた。

「さらに《ジェネクス・ウンディーネ》を通常召喚!」

 さらに現れる、ジェネクスと名の付いたモンスター。二体のモンスターから、マルタンの新たなデッキは【ジェネクス】なのだと推測できる。……彼も、自分自身のデッキを見つけたのだろう。

「ジェネクス・ウンディーネは、デッキから水属性モンスターを墓地に送ることで、《ジェネクス・コントローラー》を手札に加えることが出来る。……いくよ、二体のモンスターでチューニング!」

 【ジェネクス】デッキは、チューナーモンスターである《ジェネクス・コントローラー》を中心として、様々なシンクロモンスターを展開していくデッキ。さらに機械族と属性についての効果を持ち、種類は十代の使うHEROたちに比肩する程の数を誇る。

「水天集いし逆巻け! シンクロ召喚! 来てくれ、《ハイドロ・ジェネクス》!」

 シンクロ召喚されるは、水属性のジェネクスこと《ハイドロ・ジェネクス》。そのままレイのフィールドの、罠を失った《トリオンの蟲惑魔》へと牙を剥く。

「バトルだ、《ハイドロ・ジェネクス》で《トリオンの蟲惑魔》に攻撃!」

「きゃっ!?」

レイLP4000→3300

 下級モンスターである《トリオンの蟲惑魔》にその攻撃は防ぎきれず、あっさりと《ハイドロ・ジェネクス》が発したウォーターカッターの前に破壊される。さらにそれだけではなく、破壊されたトリオンをハイドロ・ジェネクスは吸収していき、使い手であるマルタンにそのエネルギーを与える。

「《ハイドロ・ジェネクス》が相手モンスターを戦闘破壊した時、その攻撃力分のライフを得る! さらにカードを一枚伏せて、ターンエンド」

マルタンLP4000→5600

「ボクのターン、ドロー!」

 ライフを削られたレイとは対照的に、マルタンは《ハイドロ・ジェネクス》の効果で、《トリオンの蟲惑魔》の攻撃力の1600分、そのライフを回復させる。自分が知る限りレイのデッキのモンスターの攻撃力は低めだが、ならばこそこれ以上ライフを回復されれば面倒だ。

「ボクは《ティオの蟲惑魔》を召喚!」

 レイが再び召喚するは蟲惑魔シリーズのモンスター。ハエトリグサの様相を呈した少女が、何やらフィールドに植物の種を植えていた。

「《ティオの蠱惑魔》は召喚に成功した時、墓地の蠱惑魔モンスターを特殊召喚できる! 蘇って、《トリオンの蠱惑魔》!」

 ティオの蠱惑魔が植えた種にジョウロで水をやると、先のターンに破壊されたトリオンの蠱惑魔が墓地から特殊召喚される。デッキから《落とし穴》をサーチする効果は、通常召喚した時のみの効果であるらしく、トリオンの蠱惑魔の効果は発動しない……サーチ効果は、だが。

「《トリオンの蠱惑魔》が特殊召喚された時、相手の魔法・罠カードを一枚破壊できる!」

「チェーンして《強欲な瓶》を発動! カードを一枚ドローする」

 《トリオンの蠱惑魔》が特殊召喚に成功した際の効果は、相手の魔法・罠カードを破壊する効果。その標的は、マルタンのフィールドに伏せられていたカードとなるが、マルタンの伏せていたのはフリーチェーンの罠カード《強欲な瓶》。

「うーん……でも気を取り直して、いくよマルっち! ボクは二体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築!」

 せっかく破壊したカードが、マルタンに一枚ドローさせたのみだったことに少し落胆しながらも、レイは気を取り直してソレを命じる。マルタンが使ったチューニングとは違う、新たな召喚法であるエクシーズ召喚――レイは既に取り入れていたらしい。

「恋する乙女を守って! 敵を惑わす花弁の罠、《フレシアの蠱惑魔》!」

 レイのデッキに加わっていたシリーズ《蠱惑魔》は、エクシーズ召喚をも取り入れた結果だったらしく。二人の植物少女が新たなモンスターに構築され、エクシーズ召喚としてラフレシアの少女がフィールドに現れる。

 しかしてその表示形式は守備表示。今までの蠱惑魔モンスターからして、恐らくは罠カード……とりわけ落とし穴に関する効果を持つのだろうが……

「ふふん、ボクはこれでターンエンドだよ!」

「……僕のターン、ドロー!」

 レイは不敵に笑みを浮かべながら、《フレシアの蠱惑魔》をエクシーズ召喚したのみでターンを終了する。少なくとも守備表示でのエクシーズ召喚から、あまり攻撃には向かないカードではあるのだろうが……

「僕は《ジェネクス・ワーカー》を召喚!」

 不気味に沈黙する《フレシアの蠱惑魔》に対して、マルタンは果敢にもジェネクスモンスターをさらに展開していく。召喚されたのは、他のジェネクスをサポートする機械。

「《ジェネクス・ワーカー》は自身をリリースすることで、手札から他のジェネクスを特殊召喚できる! 《ジェネクス・ブラスト》を特殊召喚!」

 《ジェネクス・ワーカー》の効果は自身をリリースすることで、手札のジェネクスモンスターを特殊召喚する効果。その効果によって風属性のジェネクス、《ジェネクス・ブラスト》が特殊召喚された。一見、ただ通常召喚するのとフィールドからすると代わりはなく、手札を無駄遣いしたようにも見える……が、それも《ジェネクス・ブラスト》の効果の発動のため。

「《ジェネクス・ブラスト》は特殊召喚に成功した時、デッキから闇属性のジェネクスを手札に加えることが出来る。さらに魔法カード《アイアンコール》を発動し、墓地から《ジェネクス・コントローラー》を特殊召喚!」

 《ジェネクス・ブラスト》の特殊召喚された際の効果は、デッキから闇属性のジェネクスをサーチすること。さらに機械族の専用蘇生カードこと、《アイアンコール》によって《ジェネクス・コントローラー》が蘇生され――やるべきことは一つだ。

「僕はレベル3の《ジェネクス・コントローラー》に、レベル4の《ジェネクス・ブラスト》をチューニング!」

 《ジェネクス・ブラスト》は風属性。よって《ジェネクス・コントローラー》はソレ専用に電波を調整し直すと、新たなシンクロモンスターを調律させる。

「疾風集いし吹き荒れろ! シンクロ召喚! 《ウインドファーム・ジェネクス》!」

 水属性の《ハイドロ・ジェネクス》に引き続き、新たにシンクロ召喚されるは風属性の《ウインドファーム・ジェネクス》。シンクロ素材となった《ジェネクス・ブラスト》の意匠をかたどっており、その巨体を持って《フレシアの蠱惑魔》を威嚇する。

「でもこの瞬間、《フレシアの蠱惑魔》の効果を発動! このカードのオーバーレイ・ユニットを一つ取り除くことで、デッキから落とし穴をこのモンスターの効果として、発動出来る!」

「えぇ!?」

 マルタンの驚愕の声とともに、《フレシアの蠱惑魔》を中心として浮遊していた、オーバーレイ・ユニットが一つ砕け散っていく。すると、レイのデッキから一枚のカードが排出され、ソレは《フレシアの蠱惑魔》の効果として発動される。

「デッキから《奈落の落とし穴》を発動!」

 攻撃力1500以上のモンスターを破壊した後に除外する、有用な罠カード《奈落の落とし穴》がデッキから発動され、《フレシアの蠱惑魔》が《ウインドファーム・ジェネクス》を呑み込んでいく。せっかくのシンクロモンスターであろうとも、破壊耐性を持たない限りは抗う術はない。

「カードを……二枚伏せて、ターンエンド」

「ボクのターン、ドロー!」

 《フレシアの蠱惑魔》の守備力は2500のため、攻撃力2300の《ハイドロ・ジェネクス》では適わない。ただしそれはレイも同じことであり、既にフィールドにいる《ハイドロ・ジェネクス》を破壊するには、一部の例外を除き召喚時に効果を発揮する、《落とし穴》系統では不可能だ。

「ボクは《ミスティック・ベビー・ドラゴン》を召喚し、魔法カード《ミスティック・レヴォリューション》を発動!」
 かと言って、レイに攻める手がない訳でもなく。彼女が中等部に飛び級で入学する際から使っている、メルヘンチックな竜をモチーフとしたモンスター、《ミスティック・ベビー・ドラゴン》が召喚される。それとともに、専用レベルアップカード《ミスティック・レヴォリューション》が発動され、《ミスティック・ベビー・ドラゴン》は更なる成長を果たす。

「《ミスティック・ベビー・ドラゴン》をリリースすることで、デッキから《ミスティック・ドラゴン》を特殊召喚するよ! 来て、恋する乙女を守る竜! ミスティック・ドラゴン!」

 緑色を基調とした大型のドラゴン――メルヘンチックな外見とは裏腹に、その攻撃力は圧倒的な3600を誇り、相手の罠カードの効果を無効にする効果をも持つ、レイの攻撃における最強のカード。これでマルタンは、《フレシアの蠱惑魔》により《落とし穴》系統の見えないプレッシャーを受けつつ、《ミスティック・ドラゴン》による分かりやすい驚異を同時に与えられることとなった。

「バトルだよ、《ミスティック・ドラゴン》! 《ハイドロ・ジェネクス》に攻撃! ミスティック・ブレス!」

「うわぁぁ!」

マルタンLP5600→4300

 《ハイドロ・ジェネクス》はその一撃には耐えられず、あっさりと破壊されるものの、その効果によって回復したライフはまだ健在。《フレシアの蠱惑魔》は攻撃に参加しないまま、レイはバトルフェイズを終了する。

「ボクはカードを一枚伏せて、これでターン終了!」

「くっ……僕のターン、ドロー!」

 《フレシアの蠱惑魔》と《ミスティック・ドラゴン》。自分に襲いかかる二体の大型モンスターに、負けじとマルタンはカードを引く。

「僕は《ジェネクス・ドクター》を召喚!」

 恐らくは、先の《ジェネクス・ブラスト》の効果でサーチしていたのだろう、闇属性のジェネクスこと《ジェネクス・ドクター》。ただの下級モンスターであるドクターに、この戦局を変える能力はない。

「さらに魔法カード《思い出のブランコ》を発動! 墓地から通常モンスター、《ジェネクス・コントローラー》を特殊召喚!」

 チューナーかつ機械族かつ通常モンスター。それらのサポートを一身に受けることが出来る《ジェネクス・コントローラー》は、どこからであろうと特殊召喚される。そしてまた、《ジェネクス・コントローラー》と非チューナーであるジェネクスがフィールドに揃う。

「僕はレベル3の《ジェネクス・ドクター》に、同じくレベル3の《ジェネクス・コントローラー》をチューニング!」

 ジェネクスが擁しているシンクロモンスターは、水属性なら《ハイドロ・ジェネクス》、風属性なら《ウインドファーム・ジェネクス》というように、それぞれ四属性を司るモンスターのみ。しかしシンクロ素材となる《ジェネクス・ドクター》は闇属性――ならば、シンクロ召喚されるのは。

「変幻自在の力集いし貫け! シンクロ召喚! 《A・ジェネクス・トライアーム》!」

 こうしてシンクロ召喚されたのは、白いボディのロボット。ジェネクスモンスターの中でも《A・ジェネクス》と呼ばれるカテゴリーに入った、闇属性のシンクロモンスターである。その効果はシンクロ素材によって変化する、マルタンの言った通り変幻自在の力を操るロボット。

「闇属性をシンクロ素材とした《A・ジェネクス・トライアーム》の効果発動! 手札を一枚捨てることで、光属性モンスターを破壊する!」

 シンクロ素材とした《ジェネクス・ドクター》は闇属性のため、《A・ジェネクス・トライアーム》の左手に黒色のレーザーライフルが装備される。その能力は光属性モンスターの破壊――レイのエースカードである、《ミスティック・ドラゴン》は光属性だ。

「でも《フレシアの蠱惑魔》の効果発動! デッキから《蠱惑の落とし穴》を発動!」

 しかして《フレシアの蠱惑魔》のオーバーレイ・ユニットはまだ残っており、再びデッキから落とし穴が発動される。

「このターン特殊召喚されたモンスターが効果を発動した時、その効果を無効にして破壊するよ!」

 《奈落の落とし穴》とはまた違う、異なる系統だが強力な罠カード。《A・ジェネクス・トライアーム》の効果を無効にしながら、それを破壊することが出来る――地下から現れたラフレシアが、《A・ジェネクス・トライアーム》を捕食しようと迫り行く。

「リバースカード、オープン! 《禁じられた聖衣》を発動!」

「あっ……!」

 その《A・ジェネクス・トライアーム》に対し、速攻魔法《禁じられた聖衣》が発動される。攻撃力を600下げる代わりに、効果の対象にならず効果破壊耐性を得る。いくら《フレシアの蠱惑魔》の効果が強力だろうと、それは落とし穴の破壊効果を発動しているに過ぎない――《禁じられた聖衣》が発動された今、トライアームは破壊されない。

「《A・ジェネクス・トライアーム》の効果はそのまま、《ミスティック・ドラゴン》を破壊!」

「ミスティック・ドラゴン!」

 黒色のレーザーライフルが独特の音を響かせながら、光属性である《ミスティック・ドラゴン》を撃ち貫いた。まずはかなりの攻撃力を誇るエースカードを制し、さらにマルタンはフィールドを支配していた《フレシアの蠱惑魔》にまで手を伸ばす。

「この効果で光属性モンスターを破壊した時、カードを一枚ドローする。さらに墓地に送った《ADチェンジャー》の効果を発動、《フレシアの蠱惑魔》を攻撃表示に!」

 《A・ジェネクス・トライアーム》の効果の発動コストに捨てられていたのは、自分も使っているモンスターカード《ADチェンジャー》。自身を墓地から除外することで、フィールドのモンスターの表示形式を変更する効果があり、《フレシアの蠱惑魔》はその低い攻撃力を晒す。

「さらに永続魔法《エレクトロニック・モーター》を発動し……バトルだ! 《A・ジェネクス・トライアーム》で、《フレシアの蠱惑魔》に攻撃!」

「うぅ……!」

レイLP3300→1500

 さらに発動された、自分フィールドの機械族モンスターの攻撃力を300ポイントアップさせる永続魔法《エレクトロニック・モーター》により強化され――ただし《禁じられた聖衣》で攻撃力は下がり――《フレシアの蠱惑魔》を撃ち抜くと、レイのライフポイントは半分を切る。

「よし……ターンエンド!」

「やるねマルっち……ちょっと遊矢様みたい。ドロー!」

 レイのフィールドの二体のモンスターは破壊され、今では一枚のリバースカードが残されたのみ。対するマルタンのフィールドには、攻撃力が2600となった《A・ジェネクス・トライアーム》に、永続魔法《エレクトロニック・モーター》と一枚のリバースカード。

 今まで優勢だったのが一転、圧倒的にレイの不利。マルタンの手際によく分からない賞賛をしながらも、レイは更なる手札を求めてカードを引く。

「でも勝つのはボクだからね! 魔法カード《貪欲な壷》を発動してさらに二枚ドロー!」

 墓地の五枚のモンスターをデッキに戻すことで二枚ドローする、汎用ドローカードによってレイは更なるドローを果たす。口では虚勢を張りながらも難しい顔をしていた彼女だったが、その二枚のカードを引いた瞬間、顔を明るくほころばせた。

「まずは速攻魔法《サイクロン》でマルっちの伏せカードを破壊! そして真打ち登場だよ、来て! 《恋する乙女》!」

 速攻魔法《サイクロン》がマルタンの伏せていた《緊急同調》を破壊しながら、遂にレイの代名詞とも言えるモンスター《恋する乙女》が登場する。レイの半分を切ったライフでは、その効果を使うことは難しいように感じられるが……

「さらに魔法カード《死者蘇生》を発動! マルっちの墓地の《ハイドロ・ジェネクス》を特殊召喚し、《恋する乙女》には装備魔法《ハッピー・マリッジ》を装備!」

 次々とレイの手札から魔法カードが発動されていく。まずは汎用蘇生カードこと《死者蘇生》により、マルタンの墓地のシンクロモンスター《ハイドロ・ジェネクス》を、持ち主が異なるレイのフィールドに特殊召喚する。《ハイドロ・ジェネクス》では《エレクトロニック・モーター》によって強化された《A・ジェネクス・トライアーム》には適わないが、《ハイドロ・ジェネクス》を特殊召喚したということに意味がある。

「あっ……!」

 レイが《死者蘇生》に続いてさらに発動し、《恋する乙女》に装備したカードは《ハッピー・マリッジ》。その効果は……元々の持ち主が相手のモンスターが自分フィールドにいる時、その元々は相手のものだったモンスターの攻撃力を、装備モンスターに加えるという効果。

 つまり、ただの下級モンスターに過ぎなかった《恋する乙女》は一瞬にして、攻撃力――元々の攻撃力である400に《ハイドロ・ジェネクス》の2300を加えて――『2700』という上級モンスターに匹敵する数値となり。何より《A・ジェネクス・トライアーム》の攻撃力を越えていた。

「どう? 恋する乙女は一瞬でも目を離した隙に強くなるんだから! バトル、《恋する乙女》で《A・ジェネクス・トライアーム》に攻撃! 秘めたる思い!」

 レイの流れるようなコンボからのマイフェイバリットカードの攻撃が炸裂し、《ハイドロ・ジェネクス》の力を得たその一撃は、《A・ジェネクス・トライアーム》と同格。ただし《恋する乙女》は攻撃表示の場合、戦闘では破壊されない効果を持つ。

「攻めに回った恋する乙女は無敵なんだから!」

 よって《A・ジェネクス・トライアーム》が一方的に破壊され――そしてもちろん、《ハイドロ・ジェネクス》の攻撃も残っている。

「さらに《ハイドロ・ジェネクス》で、マルっちにダイレクトアターック!」

「ううっ……!」

マルタンLP4300→2000

 少なくともライフポイントだけは、《ハイドロ・ジェネクス》により圧倒的優勢を誇っていたはずのマルタンだったが、皮肉にもその《ハイドロ・ジェネクス》の一撃によりレイと同格にまで持ち込まれる。さらにそのフィールドにはカードはなしと、再び戦局はレイに大きく傾いた。

「ボクはこれでターンエンド!」

「僕のターン……ドロー!」

 もはやデュエルも終盤。お互いの残った手札や策も既に心もとなく、あとはどちらが先に相手のライフポイントを0にするか、という構造がもっと単純になっていく。レイのフェイバリットカードに対抗する、マルタンが新たにフィールドに召喚するモンスターとは。

「僕は《ジェネクス・コントローラー》を召喚する!」

 ――これまで何体ものシンクロモンスターの素材になっていた、名実ともにマルタンのデッキのキーカードである《ジェネクス・コントローラー》。今までもっぱら特殊召喚によってフィールドに現れていたが、最序盤のターンに《ジェネクス・ウンディーネ》によって手札に加えられていた、最初にサーチされた《ジェネクス・コントローラー》が遂に通常召喚によって目を覚ます。

「さらに《二重召喚》を発動! このターン、二回の通常召喚が可能となる……さらに手札のこのモンスターは、フィールドに《ジェネクス・コントローラー》がいる時、リリース無しで召喚出来る! 来てくれ、《ジェネクス・ヒート》!」

 マルタンも負けじと魔法カードを絡めて展開していき、フィールドに炎属性のジェネクスである《ジェネクス・ヒート》の召喚に成功する。《ジェネクス・ヒート》はレベル5の上級モンスターではあるが、フィールドに《ジェネクス・コントローラー》がいるならリリース無しで召喚出来る、という半上級モンスターでもある。ただし、その効果の代償か攻撃力は控えめであるが……ジェネクスたちの本領は、この後さらに続いていく。

「僕はレベル5の《ジェネクス・ヒート》に、レベル3の《ジェネクス・コントローラー》をチューニング!」

 合計レベルは8。そのデッキの切り札クラスのシンクロモンスターを数多く擁するレベルであり、もちろんシンクロ召喚を多用する【ジェネクス】でも例外ではなく。

「業火よ集いし燃え盛れ! シンクロ召喚! 《サーマル・ジェネクス》!」

 シンクロ召喚される炎属性のジェネクス。小型だった水と風のジェネクスとは違う、炎らしい爆発力を持った切り札のようなシンクロモンスターであり、その召喚とともに業火が燃え盛る。

「このモンスターの攻撃力は、墓地の炎属性モンスターの数×200ポイントアップする。墓地には《ジェネクス・ヒート》一体だけだけど……永続魔法《エレクトロニック・モーター》によって、さらに300ポイントアップ!」

 《サーマル・ジェネクス》の元々の攻撃力は2400。そこから自身の効果により2600、永続魔法《エレクトロニック・モーター》により2900にまで到達する。炎属性モンスターを主軸としていれば、更なる攻撃力上昇を見込めたが、この状況ならばその攻撃力でも充分だ。

「いくよレイちゃん、これでトドメだ! 《サーマル・ジェネクス》で、《ハイドロ・ジェネクス》に攻撃!」

 レイの残るライフは1500。いくら攻撃力が強化されてるとはいえ、《ハイドロ・ジェネクス》を破壊する際の戦闘ダメージでは削りきれない。しかし《サーマル・ジェネクス》の第二の効果――戦闘で相手モンスターを破壊した時、墓地のジェネクスモンスター×200ポイントのダメージを与える効果。

 マルタンの墓地には、今までシンクロ素材となったジェネクスモンスターたちが、今のレイのライフポイントを削りきれるほど存在する。そして《サーマル・ジェネクス》の炎を伴った一撃が、レイに奪われた《ハイドロ・ジェネクス》に炸裂する。

「っ……!」

レイLP1500→1300

「《サーマル・ジェネクス》の効果発動! 相手モンスターを戦闘破壊した時、相手に墓地のジェネクス×200ポイントのダメージを与える!」

 炎属性と水属性のジェネクスがぶつかり合ったからか、フィールドは水蒸気のような煙に覆われる。そしてマルタンは《サーマル・ジェネクス》の効果の発動宣言をし、その効果によりレイにバーンダメージが与えられる――

 ――ことはなく。

「……えっ」

 マルタンが疑問の声を発するとともに、フィールドを覆っていた煙が晴れていく。そこには相手を攻撃した《サーマル・ジェネクス》、無事なままフィールドに残る《ハイドロ・ジェネクス》――そして、攻撃を受けた《恋する乙女》の姿があった。

「ボクは永続罠《ディフェンス・メイデン》を発動してたよ! このカードが発動されている限り、相手モンスターの攻撃は《恋する乙女》が受ける!」

 レイのフィールドに伏せられた最後のリバースカード。それは《恋する乙女》に攻撃を誘導する罠カード、《ディフェンス・メイデン》。その効果により、《サーマル・ジェネクス》の攻撃は《恋する乙女》へと誘導されており――先のレイへの戦闘ダメージも、《恋する乙女》との戦闘の結果である――《恋する乙女》は攻撃表示であるならば、相手モンスターに破壊されることはない。

 そして《サーマル・ジェネクス》の効果の発動条件は、相手モンスターを戦闘破壊すること。……《恋する乙女》が破壊されない以上、その効果は発動されることはなく。代わりに《恋する乙女》に攻撃をした代償が、《サーマル・ジェネクス》へと送られる。

「《恋する乙女》を攻撃した相手モンスターは、乙女カウンターが乗るよ!」

「うっ……僕は……ターンエンド……」

 必殺の一撃が回避され、他に出来ることもなくマルタンはターンを終了する。未だ《サーマル・ジェネクス》は健在だが、それが何を意味するのか。

「ボクのターン、ドロー! ボクは《恋する乙女》に装備魔法《キューピット・キス》を装備!」

 《恋する乙女》に《ハッピー・マリッジ》だけではなく、新たな装備魔法《キューピット・キス》までもが装備される。その外見は十人が十人その通りに想像するような、恋のキューピットが持っている白い弓矢。それがこの状況では、このデュエルに終幕を告げる必殺の一撃――

「バトル! 《恋する乙女》で《サーマル・ジェネクス》を攻撃! 秘めたる思い!」

 再び《サーマル・ジェネクス》と《恋する乙女》の戦闘。装備魔法《キューピット・キス》による矢が炸裂するが、結果は先のターンと同じ。《サーマル・ジェネクス》にはその攻撃を通じず、《恋する乙女》はその効果により戦闘では破壊されない。結果的には、レイが戦闘ダメージを受けたのみ……だが、それが重要なことだ。

レイLP1300→1100

「装備魔法《キューピット・キス》の効果発動! 乙女カウンターが乗ったモンスターと戦闘した時、ダメージステップ終了後にそのモンスターのコントロールを奪うよ!」

 これこそがレイの《恋する乙女》コンボの本領。乙女カウンターが乗ったモンスターが《キューピット・キス》を装備したモンスターに攻撃された時、そのコントロールはレイへと移る。よって、コントロールを奪った相手モンスターの攻撃力を得る装備魔法《ハッピー・マリッジ》により、さらに《恋する乙女》の攻撃力がさらにアップするが……その必要はないだろう。

「いくよ! 二体のジェネクスでマルっちにダイレクトアタック!」

「うわぁぁぁぁ!」

マルタンLP2000→0

 《サーマル・ジェネクス》がコントロール奪取されたことによりマルタンのフィールドは空き、ジェネクスモンスターたちのダイレクトアタックが直撃。そのままライフポイントを削りきり、デュエルはレイの勝利によって終了する。

「えへへ、今回はボクの勝ちだね、マルっち!」

「負けちゃったかぁ……」

 倒れたマルタンをレイが助け起こしながら、あそこが良かった――など、デュエルの流れを話しだす。そこには、今まで俺たちが異世界でやっていたような、命を賭けたデュエルではなく。勝っても負けても得るものがある、このアカデミアでの本来のデュエルの姿。

「……レイ! マルタン!」

 木の陰に隠れるのを止めて、そんな二人の名を呼びかける。突如として話しかけられた二人は、驚きながら俺の方を向いた後、半ば信じられないのような物を見るような目をしながら――俺の腕の中に温かいものが飛び込んできた。

「……遊矢様!」

 飛びついてきたレイを捕まえながら、泣き出してしまう彼女の頭を撫でる。いつもなら――いや、以前ならば様付けはやめろ、というところではあるが。……今回のところは止めておく。

「……遊矢先輩……その、すいません……」

 マルタンも痛々しい顔をしながらこちらに近づいてくると、かつてユベルに取り憑かれていたことか、謝罪しながら頭を伏せる。ユベルに取り憑かれていたことの記憶が残っているのか、本当に申し訳なさそうな謝罪だった。

「それはお前のせいじゃない……そんなことより、二人とも強くなってたな」

「あ……今のデュエル、見てたの?」

 徐々に泣き止んできたレイが、腕の中からこちらを上目づかいで覗いてくる。

「ああ、最初から。特にマルタン。今回は負けだけど、デッキもしっかり変わって」

 かつてのデッキから【ジェネクス】という形作られたデッキとなり、こうしてデュエルを魅せてくれる程になっていた。あまり先輩面していられるほど交流があった訳ではないが、かつての学園生活を思い出してマルタンに語りかける。

「ありがとうございます……遊矢先輩のを、参考にして」

「わたしも手伝ったよ!」

 嬉しそうに語る二人だったが、その表情が少し暗くなっていく。その後、何かを決心したような顔つきで、マルタンが口を開いた。

「僕……これから転校するんだ。遊矢先輩の目が覚めるまで、って随分待ってもらったから……もうすぐ。最後に遊矢先輩にデュエルを見てもらえて、良かった」

 負けちゃったけど――と、マルタンの言葉は続いていく。ノース校などを始めとした、アカデミアの分校に転校するという……それぞれの事情を問い詰めることはしないが、マルタンはこの本校からいなくなってしまうらしい。

「……今度会う時」

「え?」

「今度会う時、絶対にデュエルしよう」

 口約束ではあるが。この世界を今の敵から守ることが出来れば……その時はこの約束を果たそう。マルタンもその言葉に多少驚きながらも、力強く頷いてくれた。

「……はい!」



 ……そうして積もる話は後にして、レイとマルタンと別れた俺は、アカデミアの屋上へとたどり着いていた。十代がよく昼寝していたところであり、アカデミアの前の方の全てを見渡すことが出来る場所だ。森やオシリス・レッド寮の向こうには、輝く太平洋を臨むことも出来る。

「俺は……」

 温かい潮風が俺の肌を触り、俺の呟きが潮風に乗っていく。その呟きを聞くものも答えるものは他にはおらず、そこにいるのは俺しかいない。

「……帰り、たいっ」

 目が覚めて鮫島校長と話して、帰ってきたアカデミアを見て回って、レイとマルタンのデュエルを見て。俺は強くそう思っていた……位置の問題ではなく、あのアカデミアでの生活に。仲間と競い合って笑い合ってデュエルしてデッキを構築して授業を受けて、デュエル・アカデミアでしか出来ない学園生活を。

 ――それだけではなく。

「――守りたい」

 その学園生活を送っている仲間を守りたい。この世界を狙っているという者たちから。それが、あの異世界で許されざることをした俺の罪滅ぼしと、アカデミアをもう一度見て回った俺の意志。

「……決心は、ついたかい?」

 その声に反応して後ろを見てみると、いつの間にかやってきていた吹雪さんが立っていた。その格好はオベリスク・ブルーの制服やアロハシャツではなく、ダークネスに操られていた際の黒いコート。異世界からの侵略者の正体を誘うために、ダークネスの力を使った吹雪さんとのデュエルのための準備だろう。

「……ありがとうございます。吹雪さん」

「さて、何のことかな? それじゃあ行こうか」

 吹雪さんのおかげで戦う理由を思い出せたことに礼を言うが、それはいつものような飄々とした様子で流されてしまう。その様子に少し安心したように息を吐きながら、デュエルをする場所に行くべく吹雪さんの後を追う。

「明日香……」

 吹雪さんに聞こえないように彼女の名を呟く。――俺は必ず、彼女といた場所に『帰る』のだと――
 
 

 
後書き
予定だとこのデュエルはすっぱりありませんでした。なのでストーリー的にはまるで進んでませんが、やって良かったと思います。なんとなく。
 
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