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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
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第二十四話


 昨日の偵察者は【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つ、ヘルメス・ファミリア団長を務めるアスフィという女性らしい。
 私の見立て通り、彼女はその異名に恥じぬほどの腕前を持つ魔道具作成者であり、オラリオに稀に出回る超高級魔道具のほとんどは彼女の作品なんだそうだ。まあ《神秘》なんてとんでも発展アビリティを持ってればある程度納得いく話だよね。私の前世にも見劣りはあれど似た効果をもたらす魔道具を作れる人もいたし、知り合いの鍛冶師は武器を物理法則だけで魔の域に導いたなんてのもいるし。

 とにかくそんな凄い彼女だったのだが、実はあまり彼女自身に問題はない。彼女の所属するファミリアの主神が問題だ。

 もう遠い記憶だから色褪せちゃってるけど、ヘルメス様はゼウス様の手足となって、または言いなりになって各地を奔走していた、言っちゃ悪いけど下っ端のような立ち位置だったはずだ。ファミリアを形成してはいたものの規模はかなり小さくて、良くも悪くも話題に上ることはほとんどないような感じだった。
 でも今ではすっかり中堅ファミリアに成長していて、商業を司る神様らしくオラリオから遠く離れた土地を転々と飛び回っているんだとか。
 前世でゼウス様とセレーネ様は天界でのよしみで神交があったから、そのお供として私もよく同伴していた。そうなればゼウス様の手足であるヘルメス様との面識も持つことになる。だから大雑把にどういった神様かは知っている。

 一言で言えば神様らしい、もしくは怪しいだ。

 人の腹をすき放題に探ろうとしながら自分の内は一切見せない、自分の欲求に忠実でそれゆえに他事の如何を厭わない。そんな好奇心と邪悪の紙一重な心を持て余した光を目に宿していた。元来商人は己の利益を第一に生きる生き物と言われている。ヘルメス様を見れば誰もがあれこそ商人の鑑だと認めることだろう。実際心理の駆け引きは神様たちの中でもずば抜けていて、私もよく冷や汗を掻かされたものだ。

 私はそんな神様に目を付けられていた。オラリオに帰ってきてまだ二ヶ月くらいしか経っていないというのに、だ。

 まあ、確かに我ながらアホだったなぁと思う場面はいくつかあった。私の主観と他の客観とでは見え方が違うのだから当然印象も違って見える、という当たり前なことをつい忘れて『無所属(フリー)なのに顔を出すたびに二十階層付近から採れる魔石や換金類を引っさげてくる少女』という違和感バリバリの世間体を作ってしまった。でもこれだけ見ると上級冒険者から窃盗を働いたサポーターにも見えなくもないかなぁ……。どちらにせよ目を付けられる要因になるね。

 そしてヘルメス・ファミリアは中堅中立を謳い各地を転々と彷徨う団体なので、絶対何か暗躍している。その分情報網も桁違いに広いだろうし、いろいろなところにパイプを持っているはずだから、ここで下手なことをして余計な勘ぐりを入れられると非常によろしくないんだけど、早速その団長であるアスフィを撃退しちゃったもんだから困ったものだ。

「解りました。ありがとうございます」
「安いものよ。と言っても興味無かったことだから詳しいことは知らないけど」

 ロキ・ファミリアとヘファイストス・ファミリア合同の遠征当日の早朝。つまりアスフィの一件の翌日に私は遠征に動向するナチュルへの挨拶も兼ねて彼女の情報を得るべく工房に赴いたのだ。本当に薙刀と私のこと以外には無頓着のようで、今日もエルフ特有の美しい白い肌に煤がたくさん付いていたり髪の毛が乱れていたりである。
 ナチュルはそれがどうかしたの? と聞いてきたけど、余計な心配を掛けたくないので曖昧な返事をしてうやむやにした。
 それから自然と今日行われる遠征についての話になり、その地の処女雪に足跡をつけた先人としてアドバイスと激励を送った後だった。

「ねえ、レイナはどうしてダンジョンに潜り続けたかしら?」

 とっぴな質問にちょっと返事が遅れた。うん? と相槌とも先の促しとも取れる声を漏らした私に、ナチュルは壁に立てかけられている無数の薙刀たちに目線を注ぎながら続けた。

「私ね、金属を鍛えてるときふと思うのよ。もし私の求めてる武器が私の手で作れたとき、私はその後どうするんだろうって。こんななりしてても一応エルフだから寿命は結構あるのよ。だから、その残った人生を何に使うのか少し不安に思ってるのよね。変なことを言うけど、ヒューマンの寿命は私たちエルフよりずっと短いでしょ? だからヒューマンたちはその短い時間の中でいったい何を考えているのか気になって」

 あー……。確かエルフって長寿の者だと七百年は生きれるんだっけ? 私たちヒューマンは基本七十年前後だから、簡単に言えば十倍の差があるわけだね。私には到底解らないけど、行く当ての無い何百年って相当苦しいものなのかな。現に不老不死の神様たちが娯楽に飢えて下界に下りるなんてビックリな状態になってるんだし。
 だからというか、私にそういった実感がないから『短い一生だからこれはしなきゃ!』みたいに思ったことは無いかな。

「目先のことでいっぱいでしたよ。とある賢者曰く『何事も成さずにはあまりに長いが、何事を成すにはあまりに短い』のが人生だそうです。私の場合はセレーネ様に尽くしたい一心だったから一生涯を計りに何かをしなくちゃと考えたことは無かったです」

 悩みの解決に導けない答えしか用意できないのが悔しいけど、人として一度人生を駆け抜けた経験を持つ者としての見解だ。今振り返ってみても一生はあっという間に過ぎたように思える。それはきっと、目先のことを片付けるのに必死になってたから全体を見る余裕が無かったからなんだと思う。

 私の答えにナチュルは腑に落ちなさそうな顔をした。それもそうだろう、ヒューマンだから一生が短く感じるんじゃないのかと考えるはずだ。そこは種族間の誤差だから何ともいえない。少なくともあと六十年は生きるであろう私だけど、やっぱり先は長いなぁと思うことは無い。やはり今もセレーネ様のことでいっぱいいっぱいだからなんだと思う。

 上手い答えを用意できなかった代わりに、先の質問については答えることが出来る。

「ダンジョンに潜り続けたと言うより、そうする他無かったから、というのが正しいです」
「えーっと、よく解らないわね」
「歴代最強だとか最も有名な冒険者だとか言われてた私ですけど、私から見た私の人生は普通の人と変わりませんでしたよ。もちろん持てはやされたりちょっかいを受けたりしますが、やっぱり私はセレーネ様のために生きていましたし、またそう生きようと決めてましたから、未確認の鉱石や素材を持ち帰ってセレーネ様を喜ばせたい、驚かせたいと思って深層に足を運びましたし、そのためには自分が強くなくてはならないからやはりダンジョンに潜ってました。だから結局私に出来たことはダンジョンに潜り続けることくらいだったんです」
「……じゃあ、ダンジョンに何かを求めるのは間違っているの? 聞く限りではあくまで手段に過ぎなかったみたいだけど」
「いえ、そうまでは言いません。むしろダンジョンにしか手が無いのだったらダンジョンに手を求めるしかないでしょう。強いて言うなら出会いでしょうかね。その対象は物だったり生物だったり現象だったり、不特定多数の不詳のもの全て。ややこしい言い方になっちゃっいましたけど、明確な何かを求めるより、ダンジョンに秘められた何かそのものを求めていたんでしょうね、私は」

 確かに最初はセレーネ様の生活を支えるための手段として冒険者になってダンジョンに身を投じてた。けれど途中から強くなることよりも神秘を求めて潜るようになってたし、それがセレーネ様に尽くせると思って取った行動だった。

「私にはナチュルさんの不安を取り除く答えを用意することはできません。その答えはナチュルさん自身しか知りえないことでしょうから。ただ、先を思って不安になるくらいだったら、まず不安を忘れるくらい目の前のことに取り組んでみたらどうです? いつ終わるかも解らない目標なんですから存分に没頭すれば、きっと答えを見つけることが出来るはずです」

 言い切った私の顔をじっと見つめたナチュルはふっと口元を緩めて、唇に掛かっていた煤を軽く払った。

「十分不安を消せる答えじゃない」
「そう、でしょうか? 上手く言葉に出来なかったのですが……」
「えぇ、つまり今私は薙刀を作ればいいんでしょう? 今まで通り気が遠くなるくらい打ち続けていれば、いつか目標に辿り着ける。そのいつかが余生残すところ僅かって感じかしら」

 まあ、大体あってる。私は何の因果か余生が少し伸びたけれど、ひとつのことを諦めずにやり込んでいればそれ相応の考え方とか感じ方が身に付く。実際私がそうなんだから間違いない。

「そうとなると、ホントはすでに解明されてるけれど、一応未開拓扱いの六十階層にある鉱石は一通り欲しいわね。それだけ試さなきゃいけないことがあるってことだし。早く行きたいものね」
「さすがナチュルさん。気持ちの切り替えも早いですね」
「もちろん。即断即決が私の美点だから」

 そう言ってニッっと笑うナチュルの顔は憑き物が落ちたように晴れやかなものだった。いいなぁ、その気持ちの切り替えの早さ。私も見習いたいなぁ。実は私も似たようなことでちょっと気がかりなことがあるんだよね……。まあこれは一人で解決できそうだしいいか。

「それじゃナチュルさん、一足先に行きますね」
「そう? 武器のメンテナンスは……大丈夫そうね」
「ナチュルさんが帰ってきた時に頼みます」

 おかしそうにはにかむ彼女に背を向けて、私は朝露に濡れる工房の外へ出た。



 ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど、もしかして今のままじゃ私、いつまで経ってもセレーネ様と再会できないかもしれない。
 考え無しで言ってるわけじゃなくて、現実的な問題としてセレーネ様がオラリオに帰ってこない可能性が結構高いんだ。これはセレーネ様から直接聞いたことなんだけど、神様たちは自分の眷属の場所を、凄い大雑把だけど感じることが出来るんだって。理屈は超次元過ぎて省くけど、とにかく眷属に与えた自分の恩恵の気配を感じれるらしい。それは本当に大雑把で、大体あっちの方向かなぁ、程度なんだってさ。場所が近ければ近いほど少しずつ鮮明になるらしい。
 
 まあ何が言いたいかというと、私が転生した瞬間から確実にセレーネ様は私がどこら辺にいるのか大雑把に把握できているはずで、十三年間シュワルツ家に滞在していたにも関わらず姿を現さず、またオラリオというほぼ確実に集合できる場所にすらいないとなると、セレーネ様になんらかの事情があって身動きが出来ない状態にあると考えていいはずだ。

 つまり、私がここでステイタスの修復を試みていたところでただ時間の浪費、もしくは刻一刻とセレーネ様の身に危険が及んでいる可能性すらある。それは最悪どころの話ではない。すぐに探し出して駆けつけなくてはいけない。
 だけど、逆に会いにいける状態だけど、あえてそうしないという行動を取ってる可能性もある。こちらは楽観的な予想になるけど、今私に会うとセレーネ様に何か不都合がある場合、迂闊に私が会いに行こうとすればセレーネ様に迷惑が掛かってしまう。

 さっき言ってた悩みと言うのはこれだ。今ここで焦りを我慢して自身のステイタスを取り戻すのに専念するか、迷いを振り切ってセレーネ様を探しにオラリオを飛び出すか。
 どちらにせよ根拠が全く無いから余計に困る。何かしら手がかりを得られればいいんだけど、世界の中心たるオラリオほど情報収集に適した場所は無いし、ここで情報を得るためにはある程度の地位を築かなくてはならない。やっぱり原点に還ってきちゃうんだよなぁ。

 ひとまずこの一年はオラリオに滞在することにした。そんな簡単にレベルアップとか出来るとは思ってないけど、保険の意味もかけて十四年の間本当にセレーネ様から連絡を取れなかったのかを確かめる。その間にステイタスアップしつつ情報収集をしていく。今はこれくらいしか出来ない。変な行動を取ってセレーネ様と行き違えるのはまずい。ナチュルに助言したそばからこれなんだから、よっぽど私の言葉は信用ならなそうなんだけどなぁ。

 そんな悩みを片隅で審議しつつ、さすがにもう慣れた格上モンスターとの戦闘をちゃっちゃと片付けながら道を進む。
 今日は思い切って(リヴィラ)で一泊して更に深い深層まで足を伸ばしてみるかと適当な計画を練っていた、その時だ。

「止まれ」

 魔灯石によって仄かに照らされている通路を抜け、いくつかの広間(ルーム)を通過した。
 七階層。上層と呼ばれる下位冒険者たちの登竜門、逆に返せば上級ならば気に留めることも無く進むような階層。

 そこに一声が投じられた。

 なんてことはない、そのただの一言に、歩みを続けていた私の足が言われたとおりに止まっていた。
 広大な長方形の空間。そこに一匹のモンスターと一人は立っていた。防具を装着する巌のような巨躯。二M(メドル)を超える身の丈。鋼鉄と見まがう筋肉で編まれた強靭な四肢。錆色の短髪から生える獣の耳は、獣人随一獰猛と知られる猪人(ボアズ)の証であった。髪と同じ錆色の双眼が振り向いた私の顔を真っ直ぐ見据えていた。

 その佇まいを一瞥した瞬間、私は悟った。
 この男、かなりレベルが高いな、と。

 よくレベルの高い冒険者から言い様の無い覇気を感じると言われる。事実その通りで、その覇気の正体は神様たちが発する神威(アルカナム)である。神様たちがそれを行使すれば下界の者全て、問答無用で平伏させることが出来る神様の威厳。しかし、その神様たちの恩恵を受けた人たちにもほんの僅かながらその性質が受け継がれているのだ。レベルが高くなればなるほど恩恵は強くなり、その分希釈されていた神の力が濃くなる。比例して個人が秘める神威(アルカナム)も強力になる。
 ただレベルが高い冒険者たちは己の力を無意識で制御できるため、なんの意識もなくその神威(アルカナム)も収めることも出来、逆に言えば威圧しようと思ったときにその神威(アルカナム)を発することが出来る。それが俗に言う覇気である。
 今視線の先にいる男から向けられる神威(アルカナム)は相当なものだ。正直、ちょっとでも気を抜けば膝を折りかねないくらい強烈なだ。私のレベルが低いのもあるが、この尋常でない神威(アルカナム)はLv.5以上はないと無理だ。これ下手するとアイズと同じLv.6か、それ以上もありえるね……。

 ひっそりと冷や汗を流す私に対し、一声投げかけたまま憮然と立つ男。その背後には異様な光景が見られた。

 片手にその男の身長に迫るほどの大剣を握り締めた、全身を真っ赤に染め上げた牛鬼。
 ミノタウロス。モンスターの代名詞のひとつに数えられる真性の怪物。真っ向から殴り合えばLv,3の冒険者にすら届くほどの力と耐久を備えた悪夢。
 その猛獣は手に持つ大剣をその男に振り下ろすことはなく、むしろ従順するように控えさせ、引き締まりスリムな印象さえ与えてくる筋肉質な体を男に向けて屈していた。

 完全に調教(テイム)されていた。その男によって。それも怪物祭(モンスターフィリア)のような曲芸じみたようなものではなく、従僕の殺戮マシーンに仕立て上げてある。どす黒い威圧がミノタウロスからも向けられる。その双眸は間違いなく殺意に満ち満ちていた。

 なぜ、という考えは浮かばなかった。いきなり訪れた展開に対して私はむしろ非常に冷静だった。

 だから、私の第一声は彼の虚を付いたのかもしれない。

「君の所属するファミリアを教えて欲しい」

 錆色の瞳は僅かに潜められたが、やはり依然としてその男は私の行く道を阻みながら答える。

「答える義理は無い」
「いいや、あるね。私の正体を知っていて、そして私を消したいと考えているなら声を掛けず不意打ちで殺せば良かった。でも君はしなかった。ならば君は私に何か対話を求めていたはずだ。ならばまず名乗ることで場を整えるのが礼儀じゃないのかい?」

 この手の人格には覚えがある。というか、親友に似すぎててビックリするくらいだ。人情に厚く義理堅く、己の信じる道を貫き対等を望む。口でなんと言おうが根底にその思考がある限り、ほぼ確実に対等な対話に臨んでくる。
 その経験談は正しかった。

「……フレイヤ・ファミリア所属、オッタル」

 あぁ、やっぱりね。今の時代で私を疎く思ってる神物なんてフレイヤ様くらいしかいないし、私の正体を理屈抜きで看破できるのもフレイヤ様くらいしかいない。前々からすっごい露骨に視線を送りつけてきたけど、ついに実行に移ったのか。何でという質問に対してきっとフレイヤ様は目障りだからの一言で済ませてくるに違いない。理不尽ここに極まれり。

 ただ邪魔だから。鬱陶しいから。そんな児童の癇癪みたいな理由で動いてしまうのが神様で、それを可能とする力を持つのが現代のフレイヤ様だ。さすがオラリオ最大派閥の主神。ゼウス様とヘラ様をどうやったのか知らないけど、その王座についてるだけある我侭っぷりだ。

「一応自己紹介をさせてもらうよ。私はセレーネ・ファミリア所属、クレア・パールス。まぁ今はレイナ・シュワルツだけど」

 私がはっきり断言するとオッタルはその巌のような体をようやく動かした。私へ少しずつ歩み寄ってくる。一歩一歩に地鳴りがしてるかと思うほどの迫力を伴って。

「対話と言ったな、【不屈の奉仕者(セミヨン)】。ならば俺から一つ聞きたいことがある」

 ミノタウロスはその身を萎縮させるように筋肉を鳴らす。オッタルの神威(アルカナム)が増幅するにつれてビリビリとダンジョンが震える。
 ずんと立ち止まったのは私の目の前三M。それが彼の間合いなのか、それともこの距離なら一息で殺せると踏んだのか。

「今貴様はLv.10なのか?」

 なるほど、そこらへんの情報は曖昧らしい。ただ問いただす彼の顔に疑念は見られない。おそらく確信を持った答え合わせのつもりのようだね。

「いいや、今の私はLv.1相当だよ。発展アビリティと魔法はそのままだけどね。じゃあ私からも一つ聞かせてもらうよ。何で君は私が弱体化していると確信していたのに決闘を望んだんだい? 私に【アルテマ】があるか解らなかったせによ、今の質問をするためだけに妙な危険(リスク)を背負う必要は無かっただろうに」

 まぁ、これも大体解りきった禅問答なんだけど、一応私の命を狙う者の心情を知る機会ってのもあんまり無いから本人から聞いておきたいね。
 オッタルは肩越しに向かって片手を挙げた。それを視認したミノタウロスは静かにその場に大剣を置き、その威圧的な姿からは考えられないほど慎重に後退していき、奥にあった巨大なカーゴの付近で再び膝を突いた。手出し無用ということか。

「歴史の頂点に君臨した者と手合わせ出来る機会など、これを逃してはあるまい。万全でないにせよ貴様は記憶を引き継いでいる。ならば貴様の技術を奪い取ってから殺せば危険(リスク)報酬(リターン)は成立する」

 なぁるほどね。つい最近そんなことしてたな私も。専ら盗まれる側だったけど。私が弱体化していてオッタルが完全有利に立っていればそう感じるのは仕方ない。というか全うだね。

 ただなぁ。私から言わせれば、()()()()()()()()()()()()()? ってなるんだけど。

 私はなるほどねと相槌を打ちながらオッタルに向けて右手のひらを見せる。ちょっと待ての合図だ。オッタルの返事も聞かず私はおもむろに自分の装備、正しくは上半身に着ている服を脱ぎ始めた。
 オッタルが失望の色を瞳に宿したのを見逃さず、すかさず訂正を入れながら衣服を端に投げ捨てる。もちろん下着はつけてるけども。

「あぁ、勘違いしないでほしい。さっきも言ったとおり、私のステイタスは駆け出し同然なんだ。見るからに君の攻撃を受けたら耐えられそうに無い。衣服を汚さないための配慮だよ。君に色仕掛けが利くなんて微塵も思ってないから安心して」

 ちょっとは興奮してくれてもいいのよ? と冗談交じりに言ったが場が寒くなるだけだった。くそう、レイナの貴重な露出シーンなんだぞ! もっとテンション高くなってもいいだろ! こう、やったぜ的なさ! まあフレイヤ様に魅了されつくされているだろう彼にそんな期待はなから寄せてないさ。いやホントだよ? ちょっとでも期待してたなんか無いからね!

 殺し合いをする前だというのに相変わらず能天気な思考だこと。まあ、それだけこの死闘に負ける気がしないってことだね。オッタルを侮っているわけじゃない。むしろめちゃくちゃ警戒してる。だけど私には彼に圧倒的に勝る点がある。それさえ生かしきれば勝てない相手じゃない。ただ心配なのが一瞬のミスがそのまま死に直結することなんだけど……。

「始めようか」

 挑発気味に発した私の言葉を契機に一方的な暴力の嵐が発生した。 
 

 
後書き
最後、何で勝てる決闘とか言ってるくせに「一方的な」とか言ってんだって思うかもですが、まあそれは次回までのお楽しみということで。いつになるかは知らんけど。 
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