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ある日ある時、ある世界で

作者:DEM
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INNOCENT's World : Side of her

 昼の暖かな日が差し込む、賑やかな高校の広々とした学食。そこには多くの高校生が行き交い、昼休みなので昼食を食べようという活気に満ち溢れている。そのテーブルのうちの一つに、少女と少年が向かい合って座っていた。……正確には、少女の方は打ちひしがれたようにテーブルに突っ伏していたが。どんよりとした暗いオーラが見えそうなほどの落ち込み具合に、少年はたじろぎながらもとりあえず声をかけた。

「……ど……どした、紗那(さな)……そんなグッタリして……」

「……新人(ニュービー)に負けたぁ……」

「……あぁ?」

 半分涙声で小野寺(おのでら) 紗那(さな)が呟いたことに少年、日向(ひゅうが) 疾風(はやて)は弁当を食べながら首を傾げた。その後どうにか話を聞き出したところによれば、こういうことらしい。

 この世界では、“ブレイブデュエル”と呼ばれるゲームが流行している。これは基本的には武器や魔法、飛行アリの凄まじく自由度の高い格闘ゲームのようなものなのだが、ブレイブデュエルの画期的なところはそれがバーチャルでできるということだ。シミュレーターという専用ポッドに入りアバターカードを用いることで自身の意識をバーチャル空間内に構成されるアバターへと送り込み、魔法使いのようなコスチュームへ変身して他のプレイヤーと、魔法の力を備えたカードで組んだデッキを用い、自身の力で戦うことができる。

 そして紗那はそのゲームのプレイヤー(“デュエリスト”と呼ばれている)であり、そこそこの勝率を誇っていたのだが……どうやら昨日、マッチングしたデュエリストと戦ってボロ負けしたらしい。その話を聞いて、疾風は相手がどんなデュエリストだったのか気になって続きを促した。ちなみに疾風自身もデュエリストである。

「へぇ、お前がやられるなんて相当だな。どんな奴だったんだ?」

「……なんか、不気味なくらい適応力の高いデュエリストだった。成長が速い、って言えばいいのかな。デュエル中に素人そのものだった動きがどんどん滑らかになって……」

「うんうん」

「……回避動作の滑らかさもそうだけど、何が驚いたって私の投げた苦無全部斬っちゃうんだもん……疾風以外初めてだよそんなことされたの……」

「……わぉ。そりゃハンパねぇな」

 と、疾風が驚くのも無理はない。そもそも大多数のデュエリストは、同じ状況に立たされた場合迎撃ではなくダメージを食らう確率が低い回避という選択肢を取るだろう。ひとつならともかく複数、しかも場合によっては誘導性すら備えた弾をあえて斬ろうというデュエリストは、至近距離で迎撃した場合それによる爆風でダメージを食らうってしまうことも多いためほぼ皆無。野球のボールをバットで打つのとは訳が違うのだ。

「……で、焦って勝負決めようとしたせいで魔力使いすぎてスキル……“バーチカル・フォース”のクリーンヒットもらっちゃったの……」

「そりゃまた、とんでもない奴だな……それホントに素人か? ただの上級者だったりとか……」

「うーん……それは私も考えなくはなかったけど、最初のあの動きはどう見てもニュービーだった。飛べなくて転がってたもん」

「へぇ……そいつのアバタータイプは?」

「それなんだよ、それ!」

 と、疾風の言葉にガバッと顔を上げる紗那。驚いて少し飛び上がった彼に構わず、紗那は凄まじい語気で捲し立てた。

「見たことないけど背中に羽が生えた珍しいアバターだったから調べたら……期間限定配信のやつだったの! しかも一番新しい!」

「一番新しい……っつーと、アルヴヘイムフェスってイベント配信の……」

「そう! SナイツシリーズのRレアカード!」

 アバタータイプとは、デュエリストが用いるアバターカードの属性のようなものだ。種類は“ミッドチルダ”、“ベルカ”、“インダストリー”の三種類で、ベルカはミッドチルダに強く、インダストリーはベルカに強く、ミッドチルダはインダストリーに強い、という三すくみの関係がある。もっとも、多少のダメージボーナスがあるだけなので苦手なスタイルに遭遇したら絶対に負けるということはないが。またアバターのリリース情報は当然ゲームの運営から告知されるので、特徴さえ覚えておけば今回のケースのように戦った敵のスタイルを知ることが可能になる。

 またブレイブデュエルのアバターカードは、通常ラインナップに加えて期間限定で特殊なアバターもローダーで配信される。紗那が戦ったデュエリストが使用していたアバターは、最近配信開始されたばかりのアルヴヘイムフェスというイベント期間限定のもの。それを使用しているという事は、すなわち……

「最近になって始めたばっか……ヘタすりゃ初プレイレベルの超初心者……ってことか」

「……そうなんだよぅ……」

 疾風の言葉でトドメを刺されてしまったように、上げていた顔を再び伏せて机に突っ伏す紗那。そんな彼女に苦笑しつつ弁当を食べ終えた疾風は自分の端末を制服から取り出し、ブレイブデュエルのサイトに移動する。そのデュエリストがデイリーで何らかのランキングに載っていれば、何か情報を得られるかもしれないと思ったからだ。

「ちなみにそいつのキャラネームは?」

「えっと……“ユウキ”、だったかな? ……ランキング調べてもダメだよ、載ってはいるけどプロフィール全部空欄だから……はぁ……」

 と、ため息を吐きつつも言葉にしたことでスッキリしたのか、紗那も自分の弁当を広げて食べ始める。疾風は肩をすくめて端末を胸ポケットにしまい、食後に飲もうと買っておいたコーヒー牛乳のパックにストローを刺して飲む。その時にふと腕時計を一瞥し、片方の眉を上げた。

「……それにしても彼女……デバイスと話してる様子もなかったし、きっとあの動きホントに全部自力だったんだね。……天才、なんだろうなぁ……」

「……ぷはっ。かもな。けどまぁ、才能で結果が確定されるゲームじゃないのがブレイブデュエルの良い所さ。相手が一人の天才なら、こっちはデバイスとの二人三脚で追いつけばいい」

「……そう、だね。ねぇ、今日ちょっと練習したいんだけど、付き合ってくれないかな?」

「もちろんいいぜ、俺もちょっと射撃練習したいと思ってたところだし。……ところで、紗那」

「? 何?」

「時間見ろ。あと5分で授業始まるぞ」

「……え、嘘っ!?」

 疾風に促されて壁際の時計を見ると確かにその通りで、紗那は慌てて弁当を口に詰め始める。……が、当然のことながら喉に詰まり、むせた。







 放課後、疾風と紗那は “ステーションアズール”という名前のゲームセンターにやってきた。もちろん、ブレイブデュエルをプレイするためである。ゲームセンターの最上階が丸ごとブレイブデュエルのスペースとなっており、ゲームをプレイするデュエルエリアと、待機所及び休憩所代わりの“コミュエリア”が同じフロアに併設されている。さすがにブレイブデュエル発祥の地である海鳴市の施設の規模には及ばないが、それでも老若男女、多くの人々で賑わっている。

 二人はまずコミュエリアにある一日一回無料でブレイブデュエルのカードをもらうことができる機械、“カードローダー”へ向かい、疾風が先にカードを受け取った。出てきたのはNランクの防御用スキルカードだったが既に持っているものだったし、しかも彼は防御よりは回避を選ぶ(タチ)なので使う機会はない。合成に使うか、と思ってカードをポケットにしまおうとした時、隣で彼と同じくローダーからカードを受け取った紗那が驚いたような声を上げた。

「……おぉ!」

「ん? どした?」

「え? ん~……秘密。後で見せるよ。疾風は?」

「あんだよ……俺はダメだ、ダブった」

 カードを隠されてしまい顔をしかめつつ、肩をすくめて紗那にカードを見せる疾風。一応“要るか?”とは聞いたものの彼女も持っているスキルカードだったので首を振られ、疾風は一旦カードをポケットに突っ込んで二人でコミュエリア内のデッキ考案スペースへと向かった。

 デッキ考案スペースで互いのデッキを考え、完成させる二人。ちなみに普段はふたりで相談しながらデッキを組んでいくのだが、紗那が今日は先ほど当てたカードを使ってみたいと言ったので別々に行ったのだ。デッキを組み終わり、疾風と紗那はシミュレーターの前まで移動した。

「……さて。戦術は?」

「う~ん。実はちょっと前からリンクとも相談してたんだけど……私今、手裏剣とか苦無とかの魔力弾を手で生成して投げてるじゃない? それを刀から射出するようにしたら、何をしようとしてるのか予測させにくくできるんじゃないかな、って……今日はそれを試してみたいの」

「なるほど……確かに。んじゃ、トレーニングモードのシュタゲ(シューティングターゲット)ステージがいいな。俺が設定しとくよ」

「うん、お願い。私がそっちに合流するね」

 紗那は疾風に笑い、シミュレーターへと向かう。疾風もそれを見送ってシミュレーターに入り、自分のセーブデータが保存されたデータカートリッジを挿入してゲームの設定を始めた。トレーニングモードはその名の通り対戦ではなくプレイの練習ができるモードだ。空中に浮いた的を撃破して攻撃の練習をしたり、飛ぶことが苦手なデュエリストが飛行練習をしたりすることができる。他のデュエリストの参加をオフにしておけば誰かが乱入してくることもないので、もっぱら新しい戦術を試したりするときにはこのモードを使う。ステージセレクトではシンプルに「空」を選択した。

「……うし。設定完了、っと。紗那、いけるぞ」

 全ての設定が終わって間違いがないことを確認し、疾風はスタートのボタンを押した。同時にシミュレーターが隣通しでなくても、ステージ選択などを他のデュエリストと相談できるように設置されているチャットモニターの画面に声をかける。そこには紗那の顔が映っており、疾風の言葉を聞いて微笑んだ。

『オッケー。じゃあ、いこう』

 そして二人同時に、ブレイブデュエルを開始するためのキーワードを叫んだ。

「「ブレイブデュエルスタンバイ!」」







 ステージに到着した疾風は、紗那と合流しようと振り向いた。するとちょうど制服姿の紗那が目の前にやってきたところだったので、疾風は早速デッキから変身用のカードを二枚取り出した。

「疾風、おまたせ」

「おう。……んじゃ、やっか!」

「うん! せーのっ!」

 二人同時に手にしたカードをスラッシュし、変身コールを叫んだ。

「「リライズ・アップ!!」」

 叫びと共に二人の体は光に包まれ、それが晴れると二人の変身が完了していた。疾風は視線を下ろし、自分のアバターがいつもの通りの格好であることを確認して一つ頷く。白い法衣のような衣装がベースになっていて胸には剣十字と言えばよいのだろうか、赤い十字架が手裏剣のように尖ったマークがあり、そこを中心として全身に赤いラインが広がっている。腰骨の辺りには武器をかけておくホルスターがある。両手には彼の武器である銃剣を握っていた。

 メカニカルな拳銃型のフォルムに円柱型の銃口がついており、銃本体の下の部分にある銀色のパーツから赤とオレンジが混ざったような色彩のビームの刃が出力されている。先端から銃口の下までの刃渡りは30センチほどだが、持ち手の部分まで刃が伸びているので全長は50センチほどだろうか。両手に握っている銃剣のうち、右手に握っている方にだけブルーのクリスタルがあり、疾風がそれに向かって話しかけるとクリスタルが点滅して女性の声で返答した。

「今日もよろしくな、リラ」

【こちらこそ、マスター】

 武器が言葉を話したことからわかるだろうが、このブレイブデュエルにおいての武器は“デバイス”と呼ばれる特殊なものだ。武器の種類はかなり多彩で、杖から剣、銃、さらにはリラのようにそれらが合体したものまで様々で、しかもその全てにAI、つまり人工知能が内蔵された優れものである。このためコミュニケーションが可能であり、攻撃から防御まであらゆる面でデュエリストをサポートしてくれる。

 ちなみに疾風のデバイスの名は“リヒトラスター”、愛称リラである。通常形態は銃剣であるガンブレードモードだが、他にも複数の形態を持つ。しかし今回は戦うことが目的ではないため疾風はビーム刃を消してリラを両腰のホルスターにマウントし、紗那に振り返った。……そして、自分と同じくデバイスに話しかけている紗那の格好を見た。

「……それにしても、見るたびに思うけど凄いアバターだよなそれ……」

「わ、私が選んだ訳じゃないもん!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ紗那の格好は、手や足、胸元や腹部などかなりの部分が露出した忍者装束のようなもので、赤い布をマフラーのように首に巻き、普段下ろしている長い髪をポニーテールにしている。もともと肌の露出が多い上、その部分がただ露出しているのではなくあえてメッシュのような素材になっているので余計に刺激的な格好になっている。しかも彼女、制服の時は分かりにくいがかなりスタイルが良いので……早い話が、相当エロいのである。

「うう、結構気にしてるのに……ポニテだと顔ハッキリ見られちゃって恥ずかしいし……昨日の子にも“凄い格好してるね”とか言われちゃうし……」

 と、ちょっとからかっただけなのに紗那が何やら涙ぐみつつ本気で落ち込み始め、疾風は慌ててフォローした。

「わ、悪かったって! いいじゃん、ポニテも似合ってるぜ!?」

「……むう……まぁいいけどさ、リンクとも会えたし……」

【拙者も、マスターと出会えたことを嬉しく思っています】

「……うん。ありがとう、リンク」

 どこからともなく発せられた渋い男性の声に小さく微笑み、紗那は背中に背負った刀に触れた。黒い鞘に、(つば)のない刀。鞘の鯉口にあたる部分には水色のクリスタルが嵌め込まれている。それ以外には一切装飾がないシンプルなデザインだが、侮るなかれ相当な業物である。刀型である彼女のデバイスの名は“ステルスリンク”、愛称をリンクという。ちなみに本体は戦闘に用いる刀の方ではなく、背中に背負っている鞘だ。

 とまぁ、どうにか紗那の機嫌が直ったところで雑談はそこまでにして、当初の予定通り戦闘の練習をしようと紗那はリンクから刀を引き抜いた。リンクと二言三言話した後、目の前に現れたターゲットに向かって刀を振る。リンクに指示した通り、刀から苦無型の魔力弾が射出された……のだがターゲットから大きく逸れて彼方に飛び去り、紗那は少し肩を落とした。

「……見事に大外れ……」

「ま、最初はこんなもんだろ。今までとまったく違うやり方なんだ、すぐにうまくはいかないさ」

「そうだよね……リンク、照準の誤差修正。それから、魔力弾を切っ先じゃなくて刀身の真ん中……ううん、物打ちの辺りで射出するように設定して」

【御意】

 リンクが答えたことを確認して紗那が再び刀から苦無を飛ばすと、今回はターゲットのすぐ上をかすめた。それを見て、今度は紗那が自分の感覚を射出タイミングに合わせていく。……ちなみに物打ちとは刀身の先端に近い部分の事で、日本刀で物を斬る時に使用する部分だ。剣道やなぎなたの試合で有効となるのはこの部分で当てた打撃である。

 自分の練習に集中し始めた紗那に背を向け、疾風も射撃練習をしようとリラを引き抜いた。出現し始めたターゲットを最初は片手で、だんだん両手で狙って撃っていく。……が、両手で狙っていくと単純に撃てる量が倍になるので、徐々にターゲットの数が少なくなり再出現までに時間が開いてしまう。

(ったく、両手撃ちの練習すっと最後はいっつもこうなんだよなぁ……あ、そうだ)

 ターゲットの出現を待つのに飽きた疾風はイタズラを思いつき、魔力弾を紗那が撃ち抜こうとしたターゲットに先に当てた。あっ、と驚いてこちらを振り向いてきた紗那にニヤリと笑い、さらに紗那の前にあるターゲットを撃ち抜いていく。

「ちょっ……むぅっ」

「あ゛」

 と、今度は疾風が撃とうとしたターゲットを先に取られて紗那を見ると、振り返ってニマァ……と笑っていた。

「「……………………」」

 そして、二人は同時に睨みあい……

「とうっ!」

「んなろっ!」

 我先にとターゲットを破壊し始めた。お互いに目の前だけでなく自分や相手の背後のものまで狙い、破壊していく。……それにしても恐ろしいのは、先ほど新方式を試し始めたばかりだというのにターゲットを正確に撃っている紗那だ。普通ならここまで全て命中させることはできないだろうが……負けず嫌い補正なのかなんなのか、一発も外すことなく命中させていく。まぁ、それに対抗して両手で……しかもマシンガンのように銃を連射しながらターゲットを撃ち続ける疾風も相当な負けず嫌いなのかもしれないが。



 結局、二人はタイムアップになるまでそんなことをやり続けていた。







「……ぜぇっ……つ、疲れた……」

「……ふぅ……は、始めたのは疾風じゃんっ……はぁ……」

「……お、お前だってノリノリだったじゃねぇか……!」

 大量のターゲットを撃ち過ぎて魔力が切れかけ、一旦休憩しようと二人はコミュエリアの飲食スペースに向かった。ここは基本的にコンビニのようなレイアウトになっており、菓子や飲み物の自販機が設置されている。とりあえず飲み物を買おうとドリンクコーナーへ向かい、疾風はブラックコーヒーを買って取り出した。

「疾風は相変わらずコーヒー好きだね……しかも無糖」

「紗那は苦いの苦手だもんな。カフェオレとかはいけるんだっけ?」

「うん、コーヒーの香りそのものは好きだからね。けど紅茶の方が好き……っと」

 紗那が買った紅茶の缶を自販機から取り出そうとした時、隣の自動販売機で彼らと同じように飲み物を買おうとしていた小学生くらいの男の子が小銭をぶちまけてしまった。慌てて拾い集めようとするも手こずっている男の子を見て、紗那は缶を疾風に預けて一緒に小銭を拾い集め、背中を向けて拾っていた男の子に渡した。

「……はい。これで全部……かな?」

「あ、は……い」

 と、こちらを振り返った男の子だったが、紗那の顔を見た瞬間に固まった。だんだん顔を真っ赤にしはじめる。その様子を見て紗那は自分の顔に何か付いているのかとでも思ったのか、男の子に話しかけた。

「……? どうかした?」

「……あっ!? い、いえ! ありがとうございました!」

そうお辞儀をしてあわただしく去っていく男の子を見て、紗那は「飲み物買わないの……?」と首を傾げている。その一連の様子を見て、疾風は声を殺して大笑いしていた。あの男の子は大方、振り返って目の前にあった紗那の顔が予想外に整っているのを見て照れたのだろう。だというのに当の紗那にまったく気付いた様子はなく……疾風は両者の落差が面白くて爆笑していた。

 さておき。……爆笑する疾風を見て首を傾げる紗那という一幕もあったが、それもまぁさておき。小腹が空いたと疾風はお菓子用自販機で売っているプレッツェルを一つ買って紗那と一緒にテーブルに着き、一口飲んで息を吐いた。

「ふぅ……落ち着くぜ。やっぱ水分って大事だな」

「うん……それに甘いものって、じんわり効いてくる感じがするよね……」

「確かに。後でチョコでも食おうかな……それにしても……」

「?」

 疾風はコーヒーをすすりながら対面に座っている紗那をまじまじと見る。艶やかな長い黒髪を腰まで伸ばし、前髪は彼女の人見知りを表しているかのように目が少し隠れる程度まで伸ばされている。そのせいでハッキリと彼女の顔を見ることはできない(あの男の子は偶然にも下から覗き込んだ形になったので見られたのだろう)のだが、かなり整った容姿をした女の子だ。第一印象は黒髪ロングの大和撫子、といったところだろう。

 実際その通りの性格であるし、その風貌はゲームなどやるのかと思わせるほどだが……彼女は正式リリース初日からプレイしている熱心なデュエリストである。実は疾風もブレイブデュエル自体、紗那に誘われたから始めたのだったりする。

 といった感じに疾風がなんとなく考えていると、当の紗那は紅茶の缶を両手で握って小さく首を傾げた。小動物のように可愛らしいしぐさだが……

「こうしてると、あの男の子もお前が美人なのに不気味で有名な“風雪の忍”だとは思わないだろうな」

「……やめてぇぇぇ……」

 疾風がからかうと、紗那は頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。しかも手の間から見えている耳が真っ赤になっているところを見ると、かなり恥ずかしがっているようだ。“風雪の忍”とは紗那のアバターと戦闘スタイルから付いた通り名で、忍者のような衣装と武装で軽やかに戦う姿からいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。……ただ基本的に内気な紗那にとって、二つ名で呼ばれることはかなり恥ずかしいことであるらしいが……まぁ目立ちたがりでない人間以外にとっては普通のことなのかもしれない。

 しかも彼女は先ほども言ったように基本的に人見知りで口下手なので、知人以外とはそれほど話さない。そのためデュエル中もそれほど言葉を発することがないので不気味だと言われており、彼女の中では通り名イコール悪い印象、というように結び付けられてしまっているらしい。

「ククク、悪い悪い。やっぱからかい甲斐があるなぁ、紗那は……」

「……うぅ……」

 恨みがましく上目づかいで見てくる紗那に疾風は苦笑して謝りつつ、口元にプレッツェルを差し出す。それをカリカリとリスのように齧りながらも、拗ねた表情を浮かべる紗那。……どうやら相当機嫌を損ねてしまったようだ。

「もぅ……疾風のいぢわる……」

「ごめんて、紗那。……機嫌直してくれよ~」

「……じゃあ、そのうち本場の海鳴の施設に連れてって……」

「……そこは普通“ケーキいっこ”とか言うとこじゃねぇの……あぁもう、わかったよ! ちゃんと連れて行くから!」

 紗那の女の子らしいというよりはデュエリストらしい要望に若干呆れたら睨まれたので、疾風は諦めて承諾した。「けっこう交通費かかんのに……」とうなだれる疾風を見てようやく紗那は機嫌を直し、体を起こして嬉しそうに笑った。







 さて、その後しばらく休憩すること数十分。いろいろと回復しただろうということで二人は再びシミュレーターへと向かった。

「さっきの練習の感じだと馴染んできたみたいだし、少し手合せしてみよう」

「うん、オッケー。ステージとかの設定はさっきと同じでお願い」

「新方式のテストだもんな、了解。……そういや、さっきローダーで当てたカードも使うのか? デッキ組んでたってことはスキルカードだろ?」

 うーんと、と一瞬考えた紗那だったが、すぐに首を振って疾風に楽しそうに笑いかけた。

「時と場合によるから秘密。それに一応勝負なんだから、手の内を明かしたりはしないよ」

「……上等だ」

 と、挑戦的な紗那に疾風もニヤリと笑って返す。二人とも笑ってはいるが、睨みあって火花を散らしていた。そう、先ほどの戦いでも負けず嫌いを発揮していた二人。練習の的当てですらあぁだったのだ、本番のデュエルともなればそれがさらに顕著に出てくるのも当然なのかもしれない。







 先ほどと同じ空ステージのフィールドにダイブして変身した疾風は、同じく現れた紗那から距離を取ってリラを構えた。こちらに振り返って刀を抜く紗那を見つつ、疾風はリラに話しかける。

「行くぞ、リラ。相手は紗那だ、手合せとはいえ油断しないようにな」

【了解しました、マスター】

 一息置いて、二人は同時に至近距離まで接近して切り結ぶ。疾風が両手の剣で攻めているというのに、紗那はその全てを回避し、刀一本で防ぎ、しかも隙を見て攻めてくる。舌打ちした疾風は紗那が振り下ろした刀を剣で挟むように受け止め、刀身をスライドさせて角度を変え、銃口から魔力弾を連射した。

「っと!」

 しかし紗那は下に落ちることで全て回避し、逆に刀から苦無を複数射出して反撃してきた。今度は疾風がそれを後ろに回転しながら回避するが、その間に距離を開けられたようで紗那を見失ってしまい、慌てて上下も含めた全方位を見回して姿を探す。これが空中ステージの難しいところで、地上と違い三次元的に警戒しなければならないので必要とされる注意力が桁違いなのだ。

「……いねぇ? どこ行きやがった!?」

【……マスター、下方八時! 同時に三時方向から魔力弾、手裏剣タイプ!】

「マジかよ!」

 疾風はまず手裏剣を迎撃しようと両手の剣を縦に連結させ、一本の大きな剣へと変形させる。この形態はロングソードモードといい、近い間合いの戦闘では刀身が長い分取り回しが難しいが、一撃一撃の威力が高いので大ダメージを与えやすい。そのままリラを横に振るって手裏剣を撃ち落とし、振り返って突進してきた紗那を受け止め、鍔迫り合いのような状況に持ち込んだ。

「相変わらず大した空間把握力だなぁオイ! 普通魔力弾でコース誘導して斬り付けるとかできねぇぞ!」

「あっさり迎撃しといてよく言うよ、まった……くっ!」

 疾風に答えると同時に紗那は蹴りを放つが、疾風は防がずに回避して距離を取った。そのままガンブレードモードに戻したリラで魔力弾を連射しながら紗那を追うが、彼女も回避しながら刀を振るって苦無や手裏剣を飛ばしてくる。どちらも誘導性は持たせずにとにかく撃ちまくるが、命中することなく膠着状態に陥った。

 と、紗那が痺れを切らしたのか刀を二振りの短剣へと変化させて斬りかかってきた。疾風も再びリラをロングソードモードに変形させ、応戦する。紗那の方は短剣になった分小回りが利くのでラッシュに持ち込もうとするが、疾風の方は大剣なので遠心力を利用して斬り付ける。空中を移動しながら戦い続けるが、だんだんとリーチの長い疾風の方が紗那を圧倒し始めた。

「……くっ!」

「逃がすか!」

 形勢不利と見たか離脱しようと背中を向けて飛び去った紗那を追って、疾風も全速力で飛んだ。しかし紗那は煙幕を使って姿をくらまし、疾風は急停止して煙幕の全体を見回して、彼女が出てきた瞬間を狙おうとリラをガンブレードモードに戻して構える。

【……マスター、変です。撃ち損じの魔力弾が消えずに残っています】

「……なに?」

 リラが異常を知らせてきたのはそんな時だった。疾風がそれを確かめようと煙幕から目を離さないようにしつつ左右を見回すと、確かに紗那の撃ち損じた苦無や手裏剣、果てはいつの間にバラ撒いたのか針までもが空中を浮遊していた。だが疑問には思ったものの、理由はわからなかった。

 しかしその答えはすぐにもたらされた。空中に静止していた苦無を、姿を現した紗那が“蹴り飛ばしてきた”のだ。

「いっ!?」

 今までにそんなことをしてきたことはなかったので疾風は驚き、迎撃せずに慌てて苦無を回避した。そちらに銃口を向けて反撃しようとするが、今度は反対方向から手裏剣が飛んできてまた回避せざるを得なくなる。そうしてふと全方位を見て、疾風は唖然とした。いつの間にか自分がばら撒かれた魔力弾の上下左右含めた中心点にいたからだ。直接突進して斬り付けてきた紗那をどうにかやり過ごし、疾風はリラに指示した。

「っ! リラ、ガンナーモード! またやられちゃたまんねぇ、先に撃ち落とすぞ!」

【了解! 魔力砲撃(フォトンバニッシャー)のチャージは……】

「やってる時間が惜しい、連射で撃ち落とす!」

 疾風がリラを、今度は横に連結させる。ガンナーモード。射撃に特化したリラの遠距離攻撃形態である。ガンブレードモードよりも連射性能、威力共に向上している。だがビーム刃を出力することはできないので、至近距離まで接近されても反撃できないというデメリットもある。疾風は紗那そのものよりも、先に周囲の魔力弾をどうにかしようと撃ちまくった……のだが、気付くのが遅すぎた。彼を囲むように配置された魔力弾は、もはやその程度でどうにかなるような数ではなく……そして。

「行け! “スターダスト・フォース・ウィンド”!!!」

 紗那の叫びと同時に無数の苦無や手裏剣、針といった様々な形状の全ての魔力弾が一斉に疾風に押し寄せ、彼はそれに押し潰されて敗北した。







「えげつねぇえええ!!!」

「ふふっ、勝った♪」

 さて、ゲームが終了して再びコミュエリアの休憩スペース。全く知らないスキルに撃墜された疾風はかなり悔しがっていた。

「いつの間にあんな技習得したんだ!?」

「実はさっき入手したスキルカードってあれだったんだ。えっと……はい、これ」

 と、紗那が見せてくれたのが例のスキルカード“スターダスト・フォース・ウィンド”。あらかじめ周囲に展開しておいた魔力弾や武器を敵に向けて一斉に射出する、というとんでもない必殺技だった。しかもどうやら誘導性を持たせることすら可能らしい。凄まじい威力だがそれもそのはず、レアリティが現在確認されている一番上のR+である。

「射出する対象は魔力弾だけでなく武器やビットも含まれ、周囲に展開した数だけ威力が増す……か。すげぇなこりゃ」

「でもその分バラ撒いた魔力弾の維持にも魔力を持ってかれるから、ちょっと使いどころが難しいかも。あんまり増やし過ぎると動く方に集中できなさそうだし」

「なるほど、だから途中から刀でしか攻撃してこなかったのか」

 と、疾風は納得していたが、彼女の勝因はそれだけではないということもわかっていた。撃ち損じていた(もしかしたらそれすら誘導だったのかもしれないが)魔力弾を消さずにいたのは技発動のためだろうが、それと気付かせないために魔力弾を蹴り飛ばしてきたのは彼女の機転だ。そして途中から刀をダガーモードにしてラッシュに転じたのも、魔力弾の位置を調整しつつ疾風を設置位置まで誘導するための策だったのだろう。やはり、二つ名持ちだというだけのことはある。

「いやぁ、負けたぜ……こりゃ、対策考えんのが大変そうだ」

 紗那にカードを返しながら疾風が悔しそうにぼやくと、紗那はクスクスと笑った。

「とか言いながら、もう考えてる真っ最中なんでしょ? 顔が笑ってるよ」

「……まぁ、な。俺だって今回使わなかった切り札はあるし。覚悟しとけ、次は破ってやるよ」

「そうはいかないよ、次も負けないんだから」

 そう言って二人とも笑う。お互いに挑戦的な言葉を投げかけあい続けて譲らないが、表情は笑顔だ。向かい合う疾風と紗那は、とても楽しそうで……しかしさっそく頭の中で、相手への対抗策を練り始めていた。これまでも彼らは幾度も戦い、勝ったり負けたりした。しかし負けて悔しい思いをすることはあっても相手を恨むことはなく、ただ次に向けて努力し、また戦うことができる……彼らの美徳だが、これはゲーマーならば当然の事なのかもしれない。





 そう。勝っても負けても楽しい。それこそが、ゲームの本質なのだから。

 
 

 
後書き
 初めまして、DEMと申します。私は基本的に“小説家になろう”にて活動していてこちらでは読み専なので、皆様初めましてだと思います。……とはいえ、リアルの都合で小説の更新は停止しているのですが。……“ならなぜこれ書いたし”とかツッコまないでくださいね、書きたくなったもんはなったんだから仕方ないです。

 以前月神さんが“漆黒の剣士”にてオリキャラを募集されたことがありまして、そちらに送らせて頂いたのが今回の女性キャラクターである紗那です。当初送らせて頂いたキャラとは、諸事情あって名前が変わっていたりしますが。そのキャラクターを使って自分でも短編を書いてみたくなり、許可を頂いて実際に書かせて頂いたのがこの物語になります。

 そして私の二次創作では毎度お馴染み、疾風くん。今回はinnocentの世界に登場です。マジで便利なんですよね彼……一応解説しておくと、彼は私が初めて書いたアットノベルスの二次創作で初登場したオリキャラです。他にも複数の作品に登場していますが全て同一人物だったり……とかいろいろと裏設定はありますが、とはいえ以前書いた物語と今回の物語との間に、リンクがあるわけでも書いた訳でもないのでお気になさらず。時空を超える謎の少年、とでも思っていてください。

 もともとなのはシリーズの二次創作は書いてみたいと思っていたので、今回書くことができてとても楽しかったです。では、いつかまたお会いできることを願いまして。
 
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