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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  奇妙なタッグ

ガンゲイル・オンラインというゲームには、昔ながらのRPGで言うところの《戦士》や《魔法使い》的な職業(クラス)という概念はシステム上存在しない。

各プレイヤーは、筋力(STR)敏捷(AGI)耐久(VIT)器用(DEX)といった六種類の《能力値(ステータス)》、および火器習熟(マスタリー)弾道予測拡張(サジェスチョン)応急手当(ファーストエイド)軽業(アクロバット)など数百種類の《技能(スキル)》を自由な選択によって上昇させ、自分だけの能力構成(ビルド)を作り上げる。つまり、ある意味では、このゲームのクラスはビルドの数だけ存在するともいえる訳だ。

だがその一方、あまりにも無計画なビルドは戦闘力を削いでしまう。ゆえに、この火器を使うならこのステータスとスキルは必須、というようなビルドの定番パターンというものが当然できてくる。選択スキルの細部は違えども、その大まかなパターンが共通するプレイヤーを、便宜的に《アタッカー》や《タンク》、《メディック》、《スカウト》などというクラス名で呼ぶこともある。

シノンのクラス《スナイパー》も、希少(レア)ではあるがその一つだ。大型のライフルを装備するためにSYRを優先し、照準精度を上げるためのDEXと、撃ったあと高速で離脱するためのAGIもそこそこ上げる。代わりに、見つかったら負けと割り切ってVITはばっさり捨てる。スキルも、もちろん狙撃銃マスタリーは必須。その他命中率に関係するものも片端から取る。

当然、防御用スキルは全切り。もっとも、そこまでしてもGGOの《心拍連動システム》のせいで外れる時は外れるのが狙撃の難しさなのだが。

そんなピーキーすぎるスタイルゆえに、実は多人数のバトルロワイヤル戦にはあまり向いていない。遠くの誰かを狙っている間に、他の敵に近間に潜られてしまいがちだからだ。そして、サブマシンガンやアサルトライフルを装備したアタッカー型に肉薄されれば、スナイパーはもう手も足も出ない。破れかぶれに無償順で一発撃って―――たいがい当たらない―――次の弾を撃つ前に、フルオートの弾幕で蜂の巣にされてエンドだ。

以上のような理由によって、命中重視型のミドルアタッカーである《夏侯惇(カコウトン)》の愛銃であるノリンコCQの射程内まで接近されていたら、シノンに勝ち目はなかっただろう。

……なかったはずだ。

「……………………」

シノンは思わずため息を吐きそうになるのを堪えながら、眼前でその夏侯惇が、妙な成り行きから共同戦線を張ることになったパートナーによってあっけなく地に沈むのを見ていた。

目の前には、GGOでおそらく唯一の―――ではなく《ユウキ》というプレイヤーがいたか―――《光剣使い》クラスである黒髪の少女、にしか見えない少年が、さも一仕事終えたようにかくはずもない汗を拭いていた。

光剣(フォトンソード)という、運営体(ザスカー)のプログラマーが趣味だけで設定したとしか思えない武器のピーキーさは狙撃銃の比ではない。

射程は、刀身の長さである約一・二メートル。GGO世界最小の実弾銃《レミントン・デリンジャー》の有効射程はわずか五メートルしかないが、それよりも遥かに短い。しかし、その青白く輝くエネルギーの刃には、想像を絶する威力が設定されている。何せ、至近距離から発射されたヘカートの50BMG弾をも切断してのけたくらいだ。

あらゆる弾を斬れるということは、見方を変えれば、世界最強の対弾兵器だということでもある。とは言え、幅僅か三センチの刀身で、音速を遥かに超えて襲い来る銃弾の雨を防ぐのはいかに《弾道予測線》があるといっても至難の業だ。

だがシノンはつい先刻、ノリンコの銃口から繰り出された弾幕を、空中に光の残像を無数に引きながら命中弾のみ次々弾き落とすキリトの技をまざまざと見せられてしまった。

いったいどういう練習をすれば、そんな技術が身に付くのかシノンには想像もつかない。いや、それはもうVRゲーム上の技術(テクニック)ではないのかもしれない。アバターと一体化したプレイヤー自身の経験、信念、そして魂の力。

何故か展開した光剣を左右に軽く振ってから背に持って行こうとして固まるアバターの背中を見ながら、シノンはそんなふうに感じずにはいられなかった。

「いやぁ、危なかった危なかった」

「どこがよ。全然ラクショーに見えたけど」

そんなことないって、と気負いなく言うキリトはベルトポーチを探って筒形の救急治療キットを取り出すと、ぎこちない手つきで首筋に先端を当て、反対側のボタンを押す。

ぷしゅっと小さな音が響き、回復(ヒール)エフェクトの赤色が一瞬アバター全体を包む。キット一つでHPを三十パーセント回復できるが、百八十秒もかかるので戦闘中に使ってもあまり意味はない。

だが彼は被弾していないはず、と考えたシノンの心を読んだかのように、黒衣の剣士はちらりとこちらを見、次いで己の右太腿の部分を指指さした。

つられるように人差し指の先をたどると、確かに被弾の証である紅色のダメージエフェクトが二発、煌々と輝いて残っている。

キリトは小さく肩をすくませ、どこか独り言のような言葉を吐いた。

「ユウキなら命中弾どころか、全弾叩き落とせただろうけど、俺ができるのはこれくらいがせいぜいだよ」

「ユウキって、予選で大暴れしてたって噂の新人(ニュービー)?知り合いみたいだけど」

「……うーん、昔やってたVRMMOからの顔馴染み、かな?」

嘘は言っていない、と思う。だがこれは、遠回しにはぐらかされたのだろう、とシノンは思った。

同時に、胸中に一つの感情が芽生えつつあるのをどうしても自覚せずにはいられなかった。

知りたい。

仮想世界と現実世界の壁を越えた強さ。それは、シノンの目指す境地そのものだ。この世界で、狙撃手としての冷静さ、いや冷酷さ――――非情さを身につけ、朝田詩乃としての自分に宿る弱さを打ち砕く。その強さを与えてくれるターゲットを求めて、半年間この荒野を彷徨ってきた。

全身全霊を振り絞ってこのキリトと――――そしてその彼さえも己より強いと零す《ユウキ》という強敵と戦い、勝てれば、きっと――――

「それにしても、おかしいな」

周囲を軽く見回していたキリトの呟きが、シノンの想念を破る。

黒衣の剣士はゆるく吹く風になびく長い黒髪を鬱陶しげに払いのけながらも、思わずドキッとするほどの鋭い目つきで辺りを睥睨していた。

「ど、どうしたのよ?おかしいって何が……」

「……この(夏侯惇)結構撃っただろ?なら、その銃声を聞いたプレイヤーが漁夫の利を狙ってこっちに駆けつけてきてもおかしくないはずだ。なのに、その気配もない」

システム上は存在しない、一から十までロジカルなこの世界で《気配》などというこの上なく曖昧なものを断じる少年に呆れつつも、しかしシノンは僅かに首を傾げた。

いつもならば、戦闘を終えた後の急かされるような移動は狙撃手クラスの義務の一部のようなもの、と考え、すぐにでも移動するクセがついてしまっているのだが、それがどうして、今日に限ってやってこない。

―――キリトがついてるから……?

僅かにでも脳裏をよぎった馬鹿馬鹿しい考えをすぐさま殲滅し、少女はそこで「あれ?」とさらに首を傾げた。

本当に、やってこない。

キリトに習い、気配などと大仰なことは言わないが、それでもベテランであるシノンは敵が出す《環境音》というものは多少なりとも耳が覚えている。

例えば、茂みの中を這う際の葉擦れの音、砂利が生み出す足音など。それらの音は、慣れれば風鳴りの中でもはっきりと分かるものだが、それでもまったくと言っていいほど聞こえない。

「……偶然、聞こえる範囲にいなかった、とか?」

「ああ、もちろんその可能性だってある。……なぁシノン、俺はこの大会初めてだから分からないことだらけだけど、それでもこれくらいは分かる」

真剣な、これ以上ないほど鋭い目線が、周囲から離れて己の実を貫くのをシノンは感じた。

一呼吸置き、少年は言葉を紡ぐ。

おそらく、おそらくは少女が、心のどこかで気付いていながら必死で見なかったことにしていた事実を

「まだ一時間も経ってない。なのに、それなのに――――」

言う。

「プレイヤーが少なすぎないか?」










まず、動きがあった。

第三回バレット・オブ・バレッツ本大会である広大なフィールドマップ、その中央部に広がる廃都エリア。その外縁には散発的に参加プレイヤーの《死体》が転がっていた。

その中の一つ。筋肉質な意味で大柄なアバターが多いGGOではある意味で珍しい、贅肉的な意味で大きいアバターが地に沈んでいた。

待機ドームで双子に突っかかってきた男――――騒音(ライオネット)のパイツァーと呼ばれた男である。

彼は激戦である予選を駆け抜け、本大会までコマを進めていた。

倒れた大柄なアバター。通常、HPを全損したプレイヤーはその場で行動不能となり、本大会が終わるまで意識をとどめた《死体》となる。これは、プレイヤーがログアウトし、現実側から他のプレイヤーに情報を漏洩(リーク)することを防ぐための措置である。

視界端に据えられた、中身のないHPバー。

――――だが。

もぞり、と。

廃都だけにある地形特徴(アスファルト)がちらちら見え始める手前に無造作に投げ出されていた腕が、手が、指が蠢く。蠢きだす。

「…………ッ!クソッ、なんだ……?」

頭に手を添えつつ、パイツァーは腹を揺らしながら覚束ない足で立ち上がった。

周囲を見回して他の《死体》を視界の端に止めつつ、男は脳裏でない脳みそを使って考え始める。

確か自分は、主戦場である廃都エリアに行こうとしていたはずだ。そう、確かそうだ。一人ブッ殺して、スタート地点である草原地帯から北の砂漠地帯を掠めるように大回りで廃墟都市に向かっていたはず。

その過程で古くからのベテラン上位者(ランカー)に捕捉され、その追跡を振り切ろうと廃都に入ろうとして――――

そこから先の記憶は断絶している。

何か前触れのような、前兆のようなものがあった訳でもない。徐々にではなく瞬間的に、一気呵成に意識が絶ったのだ。

かつてないその奇妙な記憶の連続性に、パイツァーは眉根を寄せた。

それだけではない。視界端のHPバーは確かに全損している。なのになぜ今こうして起きて動けていられるのかが、どうしても判然としない。よくよく見たら、そのHPバーは時折ノイズが走ったようにその全容を霞ませている。

バグか?といぶかしむ男は、そこで声を聞いた。

「いつつ、どうなったんだこりゃ……?」

「アンタも気ィついたか!」

ほど近いところに倒れていた《死体》。その体にスイッチが入ったかのように芯が入り、起き上がるさまは先ほど自身で体験した現象にそっくりだった。

「確か廃墟都市地帯に行こうとして……死ん、だのか?」

「わからねぇ。ただ言えることは、何か異常が発生…し……て――――」

事情を説明しようとした口が、言葉が費える。

見たのは、光景。

散発的に転がっていた《死体》がまったく同時に起きだした、光景。

ノドがひりつく。

バグやシステム異常なんていう小さな次元ではない。もはやロジカルな現象を通り越した、いっそオカルト的な不気味さが、そこにはあった。

「どう……なって……」

呆然と呟く男の問いの答えが聞けたら、どんなに良かっただろう。

だが、返答はまったく予想外の方向からもたらされた。

「「――――――――ッッ!!!?」」

突如。

何の唐突もなく、何の前兆もなく、二人の脳裏に激甚な痛覚が走り抜けた。



そして、それが二人が感じた最後の間隔となった。 
 

 
後書き
なべさん「はいはい、始まりました。そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「なんだかんだ、最近更新遅くない?」
なべさん「だって更新したらストックが減るじゃない!」
レン「それは本末転倒では……?」
なべさん「い、いや、二十話分くらい確保しておきたくない?」
レン「過剰すぎるだろ自分を追い込めよもっと」
なべさん「豆腐メンタルに無茶言わんでください(´・ω・`)」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
――To be continued―― 
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