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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第四十九話 辺境星域



帝国暦488年  5月 24日  オーディン  ブラウンシュバイク公爵邸  ジークフリード・キルヒアイス



「ラインハルト、ブラウンシュバイク公とは良い関係を維持してね」
「勿論です、姉上。公が私の事を色々と気遣ってくれている事は分かっています。それを無にするような事はしません」
嘘ではない。ラインハルト様は皇帝になるという野心を封じた。アンネローゼ様を奪ったフリードリヒ四世を許したわけではない。だが皇帝が暗愚ではなく酷く不幸な人だという事は理解している。そして皇帝がアンネローゼ様を、そしてラインハルト様の将来を案じている事も……。単純に憎める相手ではなくなっている。

「なら良いけど。……ブラウンシュバイク公は、……不思議な人だわ」
少し言い淀んだ。不思議とは如何いう事だろう、ラインハルト様も訝しそうな顔をしている。
「貴方達と色々と拘わりの有る方だからずっと見てきたけど私は公がとても不思議な人だと思うの」
また不思議と仰られた。

「アンネローゼ様、不思議とは一体……」
アンネローゼ様が私を見てちょっと困った様な表情をされた。
「最初は有能な軍人だと思っていたの。でも違ったわ、ブラウンシュバイク公になられてから不思議な人だと思ったの」
アンネローゼ様が仰りたいのは不思議なほど運が良いという事だろうか?

「姉上の仰りたい事は運が良いという事ですか?」
「いいえ、そうじゃないの」
アンネローゼ様がもどかしそうに首を横に振った。運では無い?
「それも有るかもしれないけど……。自然なのよ、自然にブラウンシュバイク公を、宮中の重臣という役割を果たしている。普通なら戸惑いや失敗が有る筈なのにそれが無いわ。違和感が無いの」
なるほど、と思った。ラインハルト様も頷いている。確かに違和感が無い。もう十年もブラウンシュバイク公をやっていると言われても不思議には思わないだろう。

「元帥、宇宙艦隊司令長官も普通にこなしている。そして今は国政の改革も……。自然なのよ、全てが……」
「……」
「未だ若いのだから気負いや覇気が有ってもおかしくはないのだけれど……」
「アンネローゼ様にはそれが見えないのですね?」
「ええ」
アンネローゼ様が頷いた。

「不思議でしょう?」
ラインハルト様が“言われてみればそうですね”と頷いた。
「何と言うか、その時その時に必要とされる役割を演じているように見えるの。だから誰も不思議に思わない、自然と受け入れている……」
ラインハルト様が私を見た。問い掛けるような目だ。ラインハルト様も何かを感じている。

「傍に居てはその不思議に気付かないと思うの。だから注意してね」
「注意ですか?」
「気付いた時には愕然とした、そんな事が無いようにして欲しいの。そして公の傍に居て。これから帝国は変わるわ、ブラウンシュバイク公が変える。だから、ね?」
「……分かりました」
ラインハルト様が約束するとアンネローゼ様がホッとした様子を見せた。

確かに私もラインハルト様も気付いていなかった。自然だから変化に気付かない。だがアンネローゼ様に言われてみれば何時の間にか帝国の重臣として国政の中心にいる。アンネローゼ様が注意というのはそれを受け入れろという事だろう。ブラウンシュバイク公は既に軍人だけの存在ではない。国家の重臣、国政の中心に居るのだという事を……。



帝国暦488年  5月 30日  オーディン  ブラウンシュバイク公爵邸  エーリッヒ・フォン・ブラウンシュバイク



「それで辺境の件は如何なっているのだ? 開発を進めると聞いているが」
「簡単にはいきません。なかなか面倒ですよ、義父上」
俺が答えると義父殿が“簡単にはいかぬか”と嘆息した。そして周囲にいる人間も頷いた。大公夫人、エリザベート、シュトライト、アンスバッハ、フェルナー、シェーンコップ。俺とエリザベートはココア、他はコーヒを楽しんでいる。

ブラウンシュバイク公爵家では俺が養子になってから最低でも半月に一度はこうしてリビングで近況報告のようなものを行っている。俺にブラウンシュバイク公爵家に早く慣れて貰おうと大公が提案した事がきっかけだ。それまではこういう話し合いの場がなかった事もあって結構評判は良い。特に大公夫人はエリザベートの教育にもなると御満悦だ。報告会の形式はフリートーキング、時間は最大二時間。それ以上になるときは一度休息を入れて行うと決めている。

最近ではリッテンハイム侯爵家でも同じ事を行っているらしい。大公夫人と侯爵夫人は姉妹だからな、そこから話が伝わったようだ。そのうち一度合同でという話も出ている。シェーンコップは今回で二回目だ。彼にとっては帝国の事を知る良い機会になっている、と思う。前回も面白そうに聞いていたから。

「しかし内務省、財務省は貴族の支援については積極的と聞いていますが」
「それはちょっと違います。内務省も財務省も積極的とは言えません。むしろ渋々と言った方が良いでしょう」
俺がアンスバッハの問いに答えると皆が訝しげな表情をした。どうやら皆の耳には政府が積極的に辺境星域の開発を行おうとしていると届いているらしい。

「貴族領、直轄領に拘らず一旦辺境星域の開発を始めればとんでもない費用が発生します。財務省、内務省の本音を言えばそんな事はしたくないんです。ですがこのまま放置すれば辺境の貴族はジリ貧でいずれは潰れるでしょう。そうなれば帝国政府が全てを背負う事になる。財務省、内務省はそれを恐れています。それくらいなら貴族達を何らかの形で援助した方が良い。それが本音です」

彼方此方から“ホウ”という嘆息が聞こえた。もう一つ嫌な現実を見せておくか。
「最近ですが辺境星域の貴族達からは領地替えの要望が出ています」
「領地替え?」
アンスバッハが訝しそうな声を出して周囲を見た。分かる人間が居るか確認したのだろう。残念だが皆も訝しんでいる。まあ最近の話だ、知っている人間は殆どいない。

「辺境では先が無いとみて領地替えを願っているのです。幸い領地を返上した貴族達がいる。その後任者にして欲しいと。自分達なら上手く治められると言っています……」
「政府はそれを受け入れるのですか」
「それは無かろう。それでは政府が一方的に損をする事になる。領地の返上は借金の棒引き、融資返済の放棄の対価になっているのだ」

義父殿がシュトライトの発言を否定した。その通りだ、政府は拒否した。返上された領地と辺境では人口も生産力も違う。国政改革で税を軽減した以上税収の不足が生じる。それを直轄領の増加、貴族達の借金の返済、融資資金の運用で得た利益の十分の一を徴収する事で補おうとしているのだ。そして開発を待ち望んでいるのは辺境だけではない。税収の低下を招く様な領地替えを受け入れる事は出来ない。

「なるほど、美味い肉の奪い合い、不味い肉の押し付け合いですか」
相変らず皮肉なもの言いだな、シェーンコップ。皆が顔を顰めているぞ。エリザベートも含めてな。
「それで政府は如何すると? 無視は出来ない、深入りもしたくないでは中途半端になるのではありませんか?」
コーヒーを飲みながらしれっと言うな、フェルナー。だがお前さんの言う通りだ、中途半端ではある。しかしこの場合大事なのは辺境の開発そのものよりも帝国が辺境の貴族達を切り捨てることは無いとフェザーンに示す事、そして貴族達に示す事だ。

「辺境を四つの宙域に区切り一年単位で順番に開発して行く事を考えています。つまり四年に一度の割合で政府が領地開発を援助する事になる。それを政府方針として発表するのです。七月には発表され即時に実施に入ります」
「なるほど、常に辺境の何処かを政府が援助しているという事ですか」
大公夫人が頷いている。その通りだ。政府は大規模ではないが継続して辺境を開発し続ける事になる。そして貴族領の開発は貴族が主体であり政府はあくまで支援だ。

「気持ちは分かりますが確かにフェルナー大佐の言う通り中途半端、思い切りが良くないですな」
アンスバッハが不機嫌そうに言うとシェーンコップがニヤリと笑った。まあこれじゃ危険視されても仕方ないか。裏切ったと疑われるのも半分以上は自業自得だろう。不徳の至り、だな。うん、ココアが美味い。

原作と違いこの世界では貴族達が滅んでいない。つまり帝国の財政は改善されていないのだ。大規模な開発は現時点では不可能だ。だが二、三年もすれば状況は劇的に変わる。
「四年後、一巡りした時点で計画の見直しをするつもりです」
「なるほど、四年後か」
義父殿が夫人と顔を見合わせて頷いている。気付いたか。

「援助の内容ですがどのようなものになるのです?」
「耕作機械の大量供与、灌漑施設の増設等ですよ、シュトライト少将。先ずは辺境星域の食料生産量を上げようと考えています」
というかそのくらいしか出来ない。発電所の建設や宇宙港の拡大には資金が足りないのだ。それでも食料の生産量が上がれば辺境の人間も喜ぶはずだ。飢える心配がなくなれば子作りにも励める。人口の増加にも役立つだろう。インフラ整備、医療や教育はその後だ。

「実は財務省、内務省の高級官僚達からブラウンシュバイク公爵家に辺境開発に参加して欲しいと内々に要望が出ています」
皆の視線が俺に集まった。不審、疑惑、疑義、拒絶、否定的な感情のこもった視線だ。気持ちは分かるけどね、もうちょっと柔らかい視線が欲しいな。コーヒーでも飲んで落ち着こうよ。

「如何いう事だ、エーリッヒ」
「大貴族にも開発に参加して欲しいという事です。政府だけでは辺境星域の信用を得られない。大貴族が開発に参加していれば辺境も安心するだろうと。いずれリッテンハイム侯爵家にも同じ話が有ると思います」
「……」
余り好意的な沈黙じゃないな。

「フレーゲルやゲルラッハは知っているのか、その話を」
「多分、知らないでしょう。現状では官僚達の間で出ている話だと思います、公にされている話では有りません。ですが内々にしろ打診してくるのです。官僚達の間ではそれなりに検討されている話なのでしょう」
義父殿が唸った。余り好意的な響きは無い。好き勝手な事を言うと思ったのだろう。ま、官僚達も相手が俺だから言ったのだと思う。相手が義父殿なら口を閉じただろう。

「具体的には辺境の貴族と協力してインフラの整備を行うか、或いは無人の惑星を当家だけで開発するか、そんなところでしょう。いずれにせよ何らかの形で辺境の開発に関与して欲しい、財務省も内務省もそう考えているようです」
義父殿が首を横に振りながら溜息を吐いた。皆も呆れた様な表情だ。フェルナーが“虫の良い話だ”と呟いた。

「それで、お前は如何したいと考えているのだ」
「入植可能な惑星を最低でも一つ、星系ごと頂こうかと考えています」
「本気か!」
義父殿が眼を剥いた。“閣下”、“公”、という声が上がった。諌める、いや咎める声だ。正気かと思っているのだろう。だが義父殿が手を上げて抑えた。

「お前はブラウンシュバイク公爵家の当主だ。お前が決めたと言うなら反対はせん。だが無人惑星を開発するとなれば容易ではないぞ。人の移住も含めて一から全てをやらねばならん。分かっているのか?」
「分かっています」
「それでもやるか」
「はい」
リビングの空気が重くなった。皆が俺を見ている。ブラウンシュバイク公爵家にとんでもない損害をもたらす奴、そんな視線だな。

「誤解しないで欲しいのですが義務感だけで行うのではありません。ブラウンシュバイク公爵家のためになりますし利益が有ると思ったからです。辺境星域を皆が御荷物と思っていますが私はそうは思いません。あれは宝の山ですよ。皆気付かないだけです」
「……」
無言だ、誰も喋らない。信じられないんだろうな。辺境って貧乏だし人もいない、僻地だからな。だが利益が有ると言ったのは事実だしブラウンシュバイク公爵家のためになるのも事実だ。そして宝の山という事も。

「義父上、私は帝国の手で宇宙を統一しようと考えています。遠征を支えるだけの財政基盤を整えるのに最短でも五年、長引けば十年はかかるでしょう。その後、五年を目処に自由惑星同盟を、フェザーンを征服します」
「……」
「そうなった時、辺境は辺境では無くなりますよ」
皆が顔を見合わせた。

「如何いう事だ、エーリッヒ」
義父殿が低い声で問い掛けてきた。猜疑心一杯だな。
「旧同盟領から大勢の商人が辺境にやってきます。新たな商機を求めて」
リビングに唸り声が溢れた。
「帝国の人口は二百億を超えます。国境が無くなる事で彼らにとっては新しい市場が目の前に現れる事になる。利益を求めて先を争ってやって来るでしょう。元々民生品は向こうの方が品質は良い。その民生品がイゼルローン回廊、フェザーン回廊を超えて大量にやって来るんです。位置的に見てその恩恵を最初に受け取るのが辺境です。辺境は良質の民生品で溢れかえる事になる」

「なるほど、そういう事か……」
アンスバッハが呻くとシュトライトが唸った。義父殿も唸っている。シェーンコップとフェルナーが顔を見合わせてニヤリと笑った。どうして根性の悪い奴って直ぐ仲が良くなるのかな、不思議だ。普通は反発すると思うんだが……。大公夫人とエリザベートは素直に感心している。でもな、エリザベート。頼むから頬を上気させてうっとりと俺を見るのは止めなさい。そういうのは苦手なんだ。

「帝国の商人も同様です。彼らも旧同盟領を目指して交易船を出すでしょう、辺境を横断してです。これまでは来なかった交易船が常に辺境に来る事になります。そうなれば当然ですが交易が発生する。辺境は宇宙で最も多くの交易船が行き来する場所になる筈です」
まるでシルクロードだ。キャラバンを編成して行く先々で交易を行う。同じ事が宇宙で起こるだろう。

「それともう一つ重要な事が有ります」
「何だ、それは」
うん、今度の義父殿の声には興味有り気な響きが有る。良い傾向だ。
「宇宙を統一すれば帝国の領域は今よりずっと広くなります」
「そうだが」
「オーディンは帝国の奥深くに有ります。拡大した帝国を統治するにはいささか不便です」
「……」
またリビングに沈黙が落ちた。だが嫌な沈黙じゃない。皆が目で探り合っている。

「統一した暁にはフェザーンに遷都をと考えています」
「……」
あれ、唸り声かどよめきが起きると思ったんだけど……。
「フェザーンに遷れば軍事的にはフェザーン回廊を直接押さえる事が出来ます。帝国領、旧同盟領のどちらにも兵を出し易い。そして経済の中心であるフェザーンを直接押さえるのです。フェザーンに腰を据え帝国領、旧同盟領を統治する。これ以上新たな帝国の都として相応しい場所は有りません。私が考えなくても他の誰かが同じ事を考えるでしょう」
あ、義父殿が大きく息を吐いた。溜息? それとも酸素不足か?

「そこまでで良い、良く分かった。オーディンが帝都で無くなればブラウンシュバイク星系は地の利を失う。それよりも辺境星域の方が得だ、そういう事だな」
「はい、当初は貧しいでしょうがいずれは辺境の方がブラウンシュバイク星系よりも発展しているでしょう」

リッテンハイム侯、そして政府閣僚にもこの話をする。そうすれば皆が辺境星域に拠点を持ちたがるはずだ。そうなれば辺境の貴族達は政府が本気で辺境を開発するつもりだと思うだろう。そして政府閣僚も辺境星域の開発に本腰を入れる。今は無理でも財政状況が好転すれば必ず力を入れる筈だ。後はどうやって同盟を、フェザーンを征服するかだ。

財政の健全化まで五年から十年か。ラインハルトの病気の問題が有るな。その辺りを気を付けないと……。出来るだけストレスを溜めさせない事だ。アンネローゼとも頻繁に会わせた方が良いだろうし戦争にも適当に行かせよう。捕虜交換が終ったら遠征軍の総司令官にして出兵させるか。まあ互角以上に戦って来る筈だ。

そうなれば宇宙艦隊の副将としての立場も強化されるしロイエンタール、ミッターマイヤー、ミュラーを正規艦隊司令官に抜擢出来る。ケスラーはそのまま参謀長にしておこう。ラインハルトの抑え役として必要だしラインハルトに別働隊を指揮させる時はそのまま別働隊の参謀長の役割を任せよう。ケスラーなら問題無くこなせる筈だ。少しずつだが形が整ってきたようだ。



 
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