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魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
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第三章
  二十五話 集う者たち

 
前書き
最近、stsを見直してる。二十五話 

 
初夏。

青々と茂った木の葉が太陽の恵みを存分に享受する季節が始まり、街があらゆる意味で熱くなり始めたころ、クラナとライノは、今まさしく熱く燃え上がっている少女たちの元へと歩いていた。

「そういえば二人とも、調子はどう?」
「万全も万全!この時期まで不安を残し照るわけにはいかないっすから」
「なるほど、さすが上位選手(トップファイター)、だね」
「いやぁ、それほどでも~」
[調子に乗らないでくださいマスター、そのニヤニヤ笑いは非常に気味が悪いです変態ですか?]
「照れただけ!!アイアム照れただけ!!」
いつも通りのウォーロックとライノのやり取りに、一緒に歩いていたディエチが苦笑する。そのまま彼女はクラナを見ると、彼の顔と彼のデバイスを見比べて、少しだけ微笑んで聞いた。

「クラナは、どう?」
「……そこそこ、です」
[そこそこなどとは控えめですねぇ、練習開始以来、調子は右肩上がりじゃないですか!]
「……まぁ」
「そっか」
期待するように目を輝かせるディエチから、クラナはやりずらそうに眼をそらす。ディエチがその目線を追う。クラナが視線を逃がす。ディエチ追う、クラナ逃げる、追う、逃げる。

「なんだこれ」
珍しくライノが突っ込んだ。

「(なんか可愛くなった……?)」
クラナと(で)遊びつつ、ディエチはなんとなくそんなことを考えていた。ほんの少しだが、以前のような険がどこか抜けたような感じがする。もちろん、心を開いてくれるというのには程遠いが……

「(まぁ、それは仕方ないか)」
何しろ自分は[ナンバーズ]だ。彼の母親が死ぬ原因を作ったメンバーの一人が、今更心を開いてくれなどとどの口で言えるのか。ノーヴェやウェンディなどは幾分かフランクに接しているようだが、彼女はそこまで深く踏み込めてはいないし、絶対に踏み込ませてはもらえないだろう。
まぁ、それでもオットーやディードに比べれば、幾分ましだとは思うが……

「(あの二人は、まだ一度も口もきいて貰えてないんだよね……)」
毎回挨拶するたびに無視されて悲しげな表情をしている双子のことを思い出して、若干気が重くなる。とはいえ、自分たちのクラナの間にあるそれらはいずれも自らが招いたこと。クラナだけが沙汰を決めることであり、あるいは生涯許されなくとも受け入れねばならないことだと、覚悟も理解もしている。むしろ……

「(まぁ、私たちは良いとして……)」
せめてこのうっすらとした可愛げを、母親や妹にも見せてあげていればいいんだけど。そんなことを思って、少し困ったように苦笑するディードだった。

────

ヴィヴィオ達ロリーズ……もとい、チビーズの特訓と、クラナの鍛えなおし、ライノの調整が始まって一月が経った。数え切れないほどの時間を魔力づくり、体作り、勘の取り戻しやスパーリング、細かい調整に当てた彼らのもとに今日、いよいよ選考会、予選トーナメントの出場ブロック振り分けが公表、郵送され、今日はそれが来ることを知っていたために、クラナたちはナカジマ家へ。そこでノーヴェたちに差し入れついでにそれを届けようとしていたディエチに鉢合わせになり、ライノのやや強引な提案でここまで来ていた。

三人が向かった先には、チビーズのコーチ役兼セコンドである、ノーヴェと、その補佐ことオットー、ディードの双子コンビが立っていた。

「ノーヴェ、みんな~」
「あれ、ディエチ?と、なんだお前ら二人そろって」
「「おはようございます、ディエチ姉さま、ライノさん、クラナさん」」
首を傾げたノーヴェの隣で、双子が恭しく礼をする。が……

「「うん、おはよう。これ届いてたから、差し入れがてらにお届け」」
「はざっす!」
「……内容の、確認に」
軽く三人に答えるディエチとライノとは対照的に、クラナは一切双子を視界にいれることなく、ノーヴェに告げた。
やや暗い空気が流れる中、あえて空気を壊そうとするようにノーヴェが発言し髪を受け取る。

「なんだよ、わざわざ届けなくてもよかったのに」
「まぁまぁ、ヴィヴィオ達も早くみたいだろうから」
それに乗っかるように、ディエチがニコニコと笑って答える。双子はやや気まずそうに黙りこんだが、そこでライノがややからかうように笑った。

「ま、そういうわけで、それにぃ、そこのすました双子も何だかんだ自分の生徒のことだぜ?実は気になってんだろぉ?」
「いえその、私たちは……」
「まぁ、気になっていないといったら嘘になりますが……」
ニヤニヤと笑って言ったライノに二人がやや苦笑して照れるように答え、ノーヴェが肩をすくめた。

「はいはい、そんじゃまぁ、御開帳だ……」
言いながら紙を開いたノーヴェの手元を、ナンバーズとクラナ、ライノがのぞき込む。
一枚目は、ヴィヴィオ達チビーズの、二枚目が、クラナとライノのトーナメント表だった。

「…………」
「へぇ……」
のぞき込んだクラナとライノがそれぞれ目つきを鋭くしたときである。

「いっちばーん!!」
「まけないー!!」
「?」
突然六人の元へ、ヴィヴィオ達が全速力で走りこんできた。どうやらヴィヴィオとリオが競争になっているようで、一位争いをしている。

最終コーナー回ってリオウェズリー早い、ヴィヴィオタカマチ外から差し込んでくる、差し込んでくる、リオウェズリー逃げる、ヴィヴィオタカマチ追いついた、リオウェズリーか、ヴィヴィオタカマチか、どっちだーッ!!!
……と、まぁデットヒートを繰り広げながら戻ってきた四人を見ながら、ディエチが苦笑した。

「元気だねぇ……」
「ったく……疲労抜きのスロージョグだっつってんのにあいつ等……
「っはは、どー見ても“スロー”じゃないっすねぇ」
「……はぁ」
苦笑するライノの横で、クラナが呆れたようにため息をついた。

走りこんできた四人はたいして息も上がっていないようだったが、クラナたちの顔を見るとやや驚いたような顔をした。

「あれ?お兄ちゃん!」
「ライノ先輩、クラナ先輩!」
「「「おはようございます!」」」
「…………」
「おっす、おはようさーん」
頭を下げたチビーズに、クラナが小さく頷き、ライノが軽く片手をあげて答える。一人なぜクラナが居るのかと混乱した様子のヴィヴィオに、ノーヴェが紙を掲げていった。

「お前らどうだ、強くなったか?」
「はい!」
「バリバリです!」
「頑張ってます!」
「そーかい」
初等科三人組の威勢の良い受け答えにニッと笑って、ライノはさらにアインハルトを見る。

「お前さんはどうだ?」
「……この一月で、沢山、よい経験を積ませていただきました」
「そりゃあ結構、経験は武器になるからな、お前みたいのは尚更だ」
「はい」
コクリとうなづいた彼女に笑いかけて肩をすくめ、ライノはノーヴェを見た。

「さて、それじゃお前ら、なんだかんだ、特訓を始めて一カ月が経った。今日、DSAAからお前ら全員の組み分け通達があった。いよいよ、選考会と地区予選が始まるわけだ」
ピッと紙を指先で掲げながら、ノーヴェは言った。

「けど、これを読み上げる前に、特にチビどもには確認しとく。大会は個人戦だから、当然同じチーム同士の試合もありうる、改めて確認するが、それは大丈夫だな?」
「「「「はい!」」」」
確認するには当然のことだが、あくまでも彼女らがするのはスポーツとしての格闘技、勝ち負けはあるが喧嘩ではない。負ければそれは少なくともその瞬間、「勝った側が負けた側よりも強かった」というだけの話。つまり……

「「「勝っても負けても、恨みっこなし!!」」」
「よしっ」
満足げにうなづいて、ノーヴェは一応という風にクラナたちを見る。

「お前らには……ま、言うまでもないか」
「ま、絶対当たる相手を一々恨んでたらキリがないですしねぇ」
「絶対……?」
必ず当たるとはどういうことだろう?と、ヴィヴィオが首をかしげる。たいしてライノは悪戯っぽく笑うと、片目を閉じてニッと笑った。

「運がよけりゃ予選で、悪くても“都市本線を”決勝まで勝ち抜いてりゃそのうち嫌でも当たる」
「「「おぉ~!!(カッコいい!!)」」」
そう言った途端に、ちびっ子達の目が尊敬と憧れにキラキラと輝いた。が……

[止めてくださいマスター、負けた時に恥ずかしくなりますよ]
「ちょっ!?なぁ、そこは乗ろうぜ!!」
「「「「(あぁ、残念だなぁ)」」」」
こうなってしまうのが、ライノスティード・ドルクという男である。
だが、格好が付かずにオチが付いたライノはけれど、顔を下げながら楽しげにこんなことを言う。

「まぁ……それでもやっぱ、今年は負けねーよ。負けらんねぇ……やっと闘れるんだ、負けてる場合じゃねぇ」
「…………」
顔を上げた彼の表情は、先ほどまでとは全く別種の笑みが受かんていた。見た瞬間に、ヴィヴィオ達にとっては肌がざわつく、闘気をはらんだ笑み。その視線の先にいるのは……彼と同い年の、青髪の青年だ。

「だろ?ウォーロック」
[……主の望みとあらば]
「……アル」
[勿論です、相棒]
静かに向かい合うクラナからも、同種の闘気が発せられている。予選の内訳など決まる遥か前から、戦いは始まっているのだと、ヴィヴィオ達は否応なしに理解した。これが、都市本線出場ではなく、優勝を目指す猛者たちの気概なのだろう。

「さて、それじゃ、発表するぞ」
そして開いた紙を、ノーヴェが静かに読み上げ始めた。

「先ずはチビ達とアインハルトの四人だ……ヴィヴィオ、予選四組、リオ、五組」
初めに発された二人のブロックについて、コーチ陣から解説が入る。

「先ず、リオお嬢様の五組には、「砲撃番長(バスター・ヘッド)」ハリー・トライベッカ選手がいらっしゃいます。彼女を倒さなければ、都市本線へは進めません」
「トライベッカか……つえーぞアイツは」
「はい!でも大丈夫です、倒しますよー……!」
言いながらこぶしを握りこみ、リオは小刻みに体を震わせた。それはあの時、彼女の闘気に当てられ圧されたときの鳥肌ではない、強敵との激戦を予感しても武者震い。そのみなぎる表情の笑顔からも、彼女の成長は十分すぎるほどに見てとれる。

「それ以外にも、五組には都市本線の出場経験者が何人かいる。激戦区だな」
「はい!」
「で、ヴィヴィオの四組だが……ミカヤちゃんが、エリートシードの第三枠にいるな」
「ミカヤさん!スパーでもお世話になったけど、いよいよライバルだ……!」
「彼女に勝つのは、大変ですよ」
「頑張らないと!」
「頑張る!」
アインハルトとコロナの激励にガッツポーズで答えるヴィヴィオを見ながら、そういえば、とノーヴェがライノを見た。

「お前ともスパーリングさせた八神道場の……」
「あぁ、ミウラちゃんすか?」
「あぁ、あの子も四組だ」
「ミウラさん……?」
首を傾げたヴィヴィオに、ライノが腕を組んで少し考えた後答えた。

「八神さんとこの秘蔵っ子だとさ。一度スパー頼まれてやり合ったんだ。そうだな……うん、あの子も手強いな」
「……!」
「…………」
断言したライノに、緊張したようにヴィヴィオが両拳を握った。そんな様子を、クラナが静かに眺めている。
続けて、ノーヴェは少し渋い顔をした。

「で、だな……アインハルトとコロナは予選一組だ。同じグループになっちまった、が……うん、ゼッケンが離れてるし、少なくともノービスクラスまでは当たらないだろう。二人が当たるとしたら、エリートクラスになってからだな。」
恐れていた事態が起きてしまった……というよりは、予想されていた展開の一つが起きた、といったところだった。特に二人は悲観した様子もなく向き合うと、お互いに意気込みを語り合う。

「アインハルトさんが相手でも頑張りますよ!負けません!」
「こちらこそです」
正しくスポーツマンシップにのっとったその様子に、コーチ組もニコリと微笑んだ。と、締めくくるように、ノーヴェがいった。

「あぁ、それと……一組のトップシードに、一昨年の世界代表戦優勝者がいる」
「一昨年の……?」
「……ジークさん」
呟くように、ほとんど反射的にクラナはその名を口にしていた。
そう、一昨年のIM女子の部、世界代表戦優勝者といえば、あのジークリンデ・エレミアその人である。

「あぁ、そうか。お前そういえば一回スパーしてたな……つーか……」
「あ、そのことは……「「「えぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!?」」」……」
まだ妹たちに話していないことを話されそうになり、ノーヴェの言葉を遮ろうとしたクラナの言葉をさらに遮って、チビーズが大声で驚きの声を上げた。

「す、スパーって、ジークリンデ選手とですか!!!?」
「本戦第三位のヴィクトーリアさんとの話は聞きましたけど、クラナ先輩そんな人とまでスパーしてたなんて!!」
「どんな人だったの!!?お兄ちゃん!!」
「……ちょっ……!」
チビーズがすさまじく興奮した様子でクラナに詰め寄る。ヴィヴィオですら、あまりの興奮で普段の遠慮が消えてガツガツだ。
まぁ、ジークリンデ・エレミアと言ったらまさしく世界最強の十代女子、彼女たちが十年計画で目指そうと言っているまさにその場所に立った人物なのだから、その反応もある意味当然だ。

[はいはい皆さん落ち着いて下さーい!押さないで、一列に並んで、並んでー!]
『いや並ばせるなよ!!?』
意味不明なアルの発言に思わず念話で突っ込む。そんなクラナに助け舟を出すように、ノーヴェが咳払いした。途端に騒ぎが収まり、チビーズはワタワタとクラナから離れる。

「す、すみません!」
「お前ら少しは落ち着け!ったく……」
「うぅー、つい気になって……」
[とても優しい方でしたよ~]
苦笑するチビーズにノーヴェが呆れたように言った。アルの受け答えを聞きながらアインハルトが首をかしげる。

「クラナさんは……スパーリングをなさったんですよね?」
「……あぁ」
「その、どんな印象を持たれたのか、お聞かせ願えれば……」
「…………」
少しだけ、クラナは考えこむように黙り込んだ。それをどうとったのかはわからないが、ややアインハルトが困ったような表情をする。

「あの、すみません、失礼なことを……」
「……いや」
別段、失礼というわけでもない。そんな意味を込めて、クラナは首を横に振る。単にどうこたえるべきか迷っていただけなのだ、今回は。

「……本当に強かった、後は……」
そこでやや迷ったように、クラナは視線を泳がせる。が、まぁ良いかといった風に、素直な印象を口にした。

「……可愛い人だった……?」

────

「くしゅんッ」
どこぞの渓谷沿いの沢で、朝餉の支度をしていた少女が小さなくしゃみをする。

「うぅ……誰かウチの噂しとるんかな……?風邪は嫌やなぁ……大会も近いし……」

────

「「「「…………」」」」
「……?(え?何この空気)」
クラナの発言と共になぜか場の空気が固まった。どうしてそうなるのか分からず、クラナは困惑しつつ首をかしげる。

「印象……ですね、そうですね」
「驚いた……クラナお前、そういう印象人にもてたんだなぁ」
『どういう意味ですかノーヴェさん!!?』
『いや、てっきりそういう目で人を見ないかと……』
『そういう目ってどういう目ですか!?やましい気持ちはないですからね!?』
と、ここでライノが、ぽんっとクラナ肩を叩く。振り向くと、なぜか超良い笑顔でサムズアップされた。

「気持ちはわかるぜ!」
『なんのだよ!?俺の何を理解した気になってんの!?』
全力で突っ込んだ。というかチビ三人がなぜか先ほどのライノを見るよりキラキラした目線を向けてくる。やめろ、なんだその目は、そんな目で見るな。

『ノーヴェさん!次!俺達の発表!』
「あぁ、そうだった。次、男子。発表するぞ」
「お、うぃっす」
さすがに発表が続くとなれば、少女たちもキラキラを収める。ノーヴェあ封筒に入っていたもう一枚の紙を開いて軽く眺めると、はじめと同じく淡々と言った。

「ライノ、予選一組、第一シード」
「ほーい」
「「「「おぉ~」」」」
うなづいて答えたライノを見て、チビーズとディエチが尊敬するように声を上げた。アインハルトは声こそ挙げなかったが、張り詰めるように緊張した面持ちでライノを見る。

「さすがライノ先輩!」
「前回都市本戦優勝者!」
「いきなりエリートクラス……すごいです!」
「はっはっは。そうだろう、褒めろ褒めろ」
[調子に乗らないでくださいマスター]
「こふっ……はい」
キラキラした少女たちの目線に、ライノは胸をそらして自慢げに鼻を高くして、即座にその鼻を叩き折られる。
そんな様子に苦笑したノーヴェが、紙を見ながら言った。

「まぁ、お前は順当だな。男子の部にエクストラシード枠があったら、予選すら受けずに本戦に進めるところだ」
「だったら楽でよかったんですけどねぇ」
[そんなことになればますます調子に乗ります。なくて結構。シード権もなくてよいかと]
「あの、辛辣すぎやしませんかね……」
エクストラジードというのは、女子の部に存在する、前回都市本戦優勝者に対する、無条件の都市本戦出場権のことだ。男子のぶには人数などの理由から存在しないが、本来存在すれば、ライノはそもそも予選を無条件で通過できるほどの評価を持っていることになる。

『そう思ったらライノ先輩って実は雲の上の人みたいだよね……』
『うん、陸戦試合でもあっという間にアインハルトさんを倒しちゃったし……』
『アインハルトさん、先輩ってどのくらい強いんでしょう?』
『……おそらく、本気であれば、今の私たち程度では……』
そんな事を念話で言いながら、ちびっこ四人はライノを見る。尊敬の的となりつつあるライノはというと……

「いやでもほら、これって俺の実力が認められてるってことじゃん?素直に喜ぼうぜウォーロックさん」
[無理です、そもそも実力の有無にかかわらず、そういった心持の方にシード権など不要と存じます。こんなフレーズをご存知ですか?「精神的向上心のないものはばかだ」と]
「ばかだ、僕は馬鹿だーっ!!」
『『『『うーん、残念だなぁ』』』』
尊敬の念が、あっという間に憐れむような苦笑に代わるライノであった。

「ま、油断はするなよ、強敵も居る。シュウ・ランドルフィーネ。前回の都市本戦七位だ」
「げっ、アイツかよ……」
「……?どんな方なんですか?」
コロナが不思議そうに首をかしげると、オットーが指を一本立てて答える。

「IM全体でも有数の力を持つ、結界魔導士の方です。強力な捕縛魔法の使い手でいらっしゃいます」
「捕縛……女子の部にも、エルス選手がいらっしゃいますよね?」
「あぁ、あの眼鏡っ子な……いやまぁあれならまだ可愛げがあるんだが……アイツのバインドかってーのよ……俺のゴーレム前に完璧封じられたからな……」
「へっ!?」
ライノの体ならわかる。だがコロナのゴライアスよりも一回り以上大きいライノのゴーレムの動きを完全に封じるというのは明らかに並ではない。というかそれ、捕まったとして人間に抜けられるのだろうか……?

「おまけにくっそ真面目だから……あぁ、そういやアイツ今年も激励やるんだっけか」
[真面目な方ですからね。マスターと違って]
「うぐ……」
痛いところを突かれてライノが頭を掻く。肩をすくめる彼を横目に見つつ、クラナはノーヴェに視線を戻した。

「最後、クラナ」
「……はい」
「…………!」
クラナはライノよりも、さらに落ち着いた様子で返答した。と、なぜか途端にヴィヴィオのほうが緊張した面持ちになり、いきなりソワソワし始める。リオやコロナは「おちついておちついて」と、なぜか彼女のほうをいさめることになった。

「予選四組。前回から時間が空き過ぎた性だろうな……シードはなしだ」
「はい」
「…………」
隙間となった時間が、彼の評価を低下させたらしい。最終的なものだけならライノと同一の戦歴を持ちながら彼と比べれば遥か後方まで落ち込んだというその事実を、しかしクラナは静かに受け止めた。別段悔しさは無い、寧ろ至極正当な評価であると言える。それほどに、四年という期間(ブランク)は長い。

「お前の4組もかなりの激戦区だ。前回の都市本戦二位もいる」
「セイルっすか」
ライノの言葉に、ノーヴェはコクリと頷いた。

「ああ。セイル・エアハート、〝槍竜騎(アンフィスバエナ)"って言った方が良いか。かなりの実力者だが倒さない限り……」
「……倒します」
「「「「ッ……!」」」」
言われるまでもない。と言った様子で、クラナは食い気味に答えた。静かに、けれども威圧するように漲るその闘気に当てられたのか、その場にいた子ども達は一瞬、背筋を冷やす。

「よし、なら、何も言うことはねえよ」
どこか嬉しそうに笑ったノーヴェが、再び全員を見回す。

「チビどもに言っとく。お前らがこの一月積み上げてきた時間は、絶対に嘘をつかねぇ。最初に言ったアタシの予想、覆して見せろ!」
「「「「はいっ!!」」」」
うなづいた四人の子供たちは、武者震いをするかのように一度体をちぢこませて四人で向かい合うと、その右手を中心に重ねた。

「チームナカジマ!ファイトー……」
「「「「オーっ!!!」」」」
そんな様子を見ていたライノが、ほほう、と唸った。

「チームナカジマとな」
「お嬢様たち四人で決めた、チーム名らしいです」
「ったく、もっと考えろっつったのにあいつ等は……」
ほほえましそうに言うオットーに、ノーヴェがやや頬を紅くして付け足す。そんな様子にライノはニヤッと笑うと、軽くクラナの胸を小突いた。

「んじゃ、俺たちはボーイズだな?チームナカジマ・ボーイズ」
「……安易じゃあ……」
「いいじゃねぇか、せっかく同じコーチにセコンドしてもらうんだ。この際男女年齢抜きで、チームとしてやってこうぜ~?」
肩を組みながら迫るライノに、クラナは思わずうなづいてしまったりしたのだった。

「だからもうちょっと考えろっての……」
はぁ、とため息をついたノーヴェが、初夏の風吹き抜ける空を見つめていた。

────

そして、その日がやってくる。

[ミッドチルダ中央 トライセンタースタジアム]

ミッドチルダ中央にあるこの半球状の三つのスタジアムは、DSAAを含む各種団体のイベントメイン会場になることが多い、合計収容人数180000人を超えるメガスタジアムだ。年間を通してスポーツイベントや、各種ライブイベント、珍しいところでは、フードイベントなども行われるこの会場に、今日は魔法戦競技者の少年少女達が集まっている。

インターミドルチャンピオンシップ、その予選大会選考会が、今日のメインイベントだ。

IM予選大会は、参加人数の多さから予選大会選考会とノービスクラスの試合は三つあるスタジアムをフルに使って午前を女子の部、午後からが男子の部で行われる。そしてエリートクラス以上の予選大会は、それぞれ二日に分けて試合が行われるという仕様だ。
例年選考会から多くの観客が入るこの大会の客席には、今日も多くの魔法戦技ファンを初め、保護者、サブコーチ陣や参加者の友人達、そして選考会をパスして本戦出場が決まっているエリートクラス以上の選手達が、今年の強豪ルーキーなどの実力を計る目的も含めて集まっていた。

「[私も頑張ります、みなさん、頑張りましょう!えい、えい]」
「「「「「おーっ!!」」」」」
「おっ、女子はエルスちゃんが激励か。いやあ相変わらず、ザ・いいんちょって感じだなぁ」
[その場合ザではなくジですが]
「いやそこはさ……」
最早恒例のウォーロック節に苦笑しながら、クラナは会場を見渡す。
会場中央に集まった少女達がそれぞれのコーチ陣や付き添いの元へ散り、各々の地面に複数の小型リングが展開される中、クラナはふと全体に目線を通す。と、一瞬の内に、クラナの目に妹の姿が止まった。
何やら八神家のザフィーラの近くに居た少女と話し込んでいる。

「……あれが、ミウラさん?」
「ん?どこだ…………ああ、そうそう。あのオレンジの服。つかお前よく見つけたな?」
[ヴィヴィオさんがすぐ近くにいらっしゃいましたから。ですよねっ?相棒]
「…………」
アルの言葉に、クラナはやや迷うような顔をして頭を掻く。

「まぁ……目立つし、彼奴の髪……」
「そうか?ブロンドの長髪とかわりと居るが……」
「……毎日見てるし、クリスも居るし」
「さよか」
まあ、毎日見ていれば嫌でも覚えると言うことだろう、そう言う事にしておこう。それにクラナの言うとおり、彼女の傍らの兔のぬいぐるみは特徴的だ。と、ライノは肩をすくめた。まあ、実際の所ライノには仮にクリスが居なかろうがヴィヴィオの髪がもっと目立たない色だろうがクラナならヴィヴィオを発見出来るだろうと言う確信があったが。

「そういやほかの連中はっと……」
水平にした手を目の上に当てて、会場を見渡す。と、それほど離れていないところに、並んで歩くアインハルトとコロナ、オットーの姿があった。

「お、居た居た……ん、落ち着いてんな」
堂々とした様子で歩く二人を見ながらライノは満足げに笑う。が。

「うん?」
なぜかアインハルトが無表情に堂々と前方の柱に向かって歩いていく。

「おーい、おいおいちょい、止まれ止まれ止ま……!」
直後、コーン!!という金属と頭蓋骨が衝突する甲高い音が会場に響いた。

「(顔面から行ったぁぁぁぁぁぁ!!!)」
「(落ち着いてねぇぇぇぇぇぇぇ!!!)」
偶然そこを目にしたクラナとライノが盛大に心中で突っ込む。どうやら落ち着いているように見えたのは見た目だけだったらしい。中身は年相応に緊張していたのだろう。

「ん……コロナのほうは、あれホントに落ち着いてるな?」C
「……あぁ、そうだね」
顔を押さえるアインハルトをいつもと同じ様子で助け起こすコロナを見ながら、二人はそんな印象を持った。

「いやぁ、精神性の個性ってのも面白いもんだなぁ」
「…………」
「[ゼッケン367・554の選手、Cリングへ向かってください]」
「[続いて、1066・1084の選手、Eリングへ向かってください]」
興味深そうにライノが言ったとき、再び選手を呼び出す放送がかかる。ゼッケンナンバー367はミウラ、1066はヴィヴィオだ。
リングへ向かう二人を見ていたライノが、不意にミウラから視線を外して問いかける。

「いよいよ第一戦ってわけだ……どうよ、妹ちゃん、テンション上がり過ぎて、舞い上がってねーか?」
「……高揚しては、いる」
Eリングに立ったヴィヴィオと、相手の棒術使いらしい少女を静かな表情で眺めながら、クラナは答えた。

「けど──」

────

Eリングと呼ばれた小型のリングに立ったヴィヴィオは一度大きく深呼吸をする。
相手は棒術使い、動きの一挙動一挙動から、ある程度手練れの選手であることが見て取れる。普通なら選考会という名目上、スーパーノービスに進むためにもある程度弱めの相手と当たることを望むのかもしれないが、今のヴィヴィオにとっては、相手が強者であることはむしろ心から望むところだった。
なぜなら……

「[Cリング、スタンバイ、セット!!]」
「(つよそうな人だから、思いっきりぶつけてもきっと大丈夫!)」
相手が強ければ、自分の技をちゃんと受け止めてもらえる。ならば、試したくて仕方ない新しい技や技術を、思いっきり打ち込むことが出来るのだから。

「[レディ──]」
「(新しいステップ……試しちゃおう!)」
「[──ゴー!!]」
「やぁッ!!」
「ッ!?」
棒術を含む(ポール)タイプの武器の最大の利点は、そのリーチにある。突きや打ち付けにおける最大射程は、その棒の長さに依存するが、棒術において用いられる棒の長さは短いものでも180㎝。長い物であれば、300㎝を超えるものもざらに存在する。
対し、人間の脚の長さ、腕の長さはどうあがいても100㎝に満たないことが殆ど。まして小学生の身長であるヴィヴィオの腕の射程は長く見積もっても腕で60㎝、脚で70㎝あれば十分だろう。
その最大射程の差たるや実に最低でも2倍以上。つまり、距離を取られてしまった場合抵抗できずに一方的に制圧されてしまう。

しかし──

「せぇぇぇやっ!」
「は、早、っ!?」
「てあぁっ!!」
「くっ……お、もっ……!」
それはあくまでも“距離を取られた”場合の話。
逆に言えば、ともかくは距離を取られなければよいのだ。そして同時に、長物を使うもの達にほぼ共通する弱点が、懐だ。
長い獲物というのはそれだけで取り回しが悪い。遠距離の的には遠心力の加わった強烈な一打を与えることのできる長さも、近距離では重量を重くするだけの無用の長物。しかも地面や体に下手な当て方をせぬよう取り回しを調節しなければならないため、余計に状況が悪化する。

開始と同時に一気に踏み込んだヴィヴィオは相手が棒を構えきるよりも前に自身の間合いである近接距離(インレンジ)まで踏み込み、すさまじい拳撃の乱打を叩き込む。
相手に反撃の隙を一切与えない。超高速の連続打撃(ラッシュ)。一度自分の間合いを外されこのように踏み込まれると、実力の乏しい長物使いはあっという間に崩されてしまう。

が、そこはIM(このたいかい)に出場を決めるだけの実力者、たやすく崩されることなく、焦った表情を見せながらもヴィヴィオの一発一発を正確に受け止めて見せる。
そしてラッシュの勢いが鈍った一瞬の隙をついて……

「でぇいっ!」
「っ!」
棒を振り切り薙ぎ払い、同時にバックステップ。距離を取りにかかる。
距離を取る……つまり拳のレンジの外に出てしまえば、ヴィヴィオの打撃がいくら早かろうが重かろうが関係はない。そして次の瞬間……

「え……!?」
彼女は驚愕に目を見開くことになった。

「(鍛えたのは、どこでだって打ち合うスタイル……!)」
間合い(レンジ)が、開いていない。否、正確には、開いた間合いを“一瞬で詰められた”。

「(そのために鍛え上げた……)」
間合いを開かれたなら、その拳に意味はない、然り。しかし、ならば何度でも言おう。“距離を取られなければよいのだ”と。
驚愕によりほんのコンマ数秒の間を縫って……

「(俊足の追い脚(ジェットステップ)!!)」
上段蹴りが炸裂する!!

────

「──それで負けるほど、彼奴(ヴィヴィオ)は弱くないよ」
「……へっ」
「[Dリング、Eリング、選考終了]」
少しだけ口端を緩めたクラナにライノはニヤッと笑う。
その後も、チームナカジマの少女たちは勝利を続け、全員がスーパーノービスからのスタートを決めたのだった。

────

「うーむ、流石に一人だけ試合がねーと何だかんだ暇だな……」
腕を組んだ状態で、ライノは一つ唸った。
すでに午前中の女子の部の選考会は終わり、一部の選手などは帰り始めている。そんな中、午後の部に出場するクラナを見送ったライノは、一人観客席で踏ん反りかえって暇を持て余していた。

「あら、そんなに暇ならさっさと帰って練習の一つでもしたらどうかしら?」
「馬鹿言えよ。ようやく彼奴が出るんだ、見逃せるかっての」
「ふふっ、そう……」
後ろから聞こえた声に、肩をすくめながらライノが返す。となりにゆったりと腰を下ろしたヴィクトーリアが、クスリと笑ってライノの顔を覗き込んだ。

「クラナさんが出場してくれること、そんなにうれしいの?」
「あぁ?なんでだよ」
「顔に書いてあるもの、そんな顔見たら、誰が見たって何かいいことがあったんだって気が付くわ」
「そう、か。俺、そんな顔してるか」
参るな、と小さく笑って、ライノは膝の上に腕をおいて乗り出すようにリングを見渡した。

「毎年、IMは十分楽しんでるつもりだ。けどよ、今年は、やっぱ特別だ……やっと、彼奴と公式戦でケリつけるチャンスが来たからな」
「それだけかしら?」
「あ?」
「貴方がうれしいのはむしろ、もう一度クラナさんが出ることを決断してくれた、そのことその物かと思ってたから」
「…………」
ヴィクターから目をそらしたまま、ライノはスタジアムを遠く見通す。
あるいは、そうなのかもしれない。
四年前、彼の母であるアルテアが死んだ事件が終息してから、クラナは他人と戦うことをやめてしまった。他者と戦うことに価値を見出せなくなったかのように……いや、あるいは、他人に拳を向けることその物を恐れるかのように、彼は魔法戦技の舞台から姿を消し、己の内へ内へと強さを求めるようになって行った。
ライノはそれを、ただ見ていただけだ。
見ている意外に、何も出来なかった。
親友が……自分を光の中へ連れ出した彼が、暗闇の内に身を沈め己を閉ざすのを、ただ見ていただけだった。

そしてその自分が手を貸さずとも、彼は自分で、もう一度、この場に出てきた。
……あぁ、なるほど。

「……嬉しいってよりは、誇らしいのか……もしかすっと、安心してるだけかもな」
「…………」
「俺と違ってよ、彼奴は自分で閉じこもった自分の中から、自分で出てこようとしてる。たぶん、俺がうれしいのはそこでさ……あの日の彼奴が戻ってくるのかもしれねぇ、そう思って安心してるのかもしれん……」
「ライノ……」
「ま、こういうの、自己中もいいとこだな。浅ましいこったよ」
苦笑しながら、乗り出した体を椅子に深く腰掛けさせ、後ろ手に手を組む。どこか曇った表情で彼のことを見ていたヴィクトーリアは、不意に眉尻を吊り上げると……人差し指で、ライノの頬を突いた。

「むぐ」
「ライノのくせに自己批判?生意気なこと言わないの」
「いづ、いだいいだい」
「浅ましいですって?そもそも、あなたは元々そんなに深い人間じゃないわ。クラナさんの方がすごいですって?そんなことは分かってます。今更いう必要があって?」
「お前おえにおいうちかけてたほひいか!?」
「えぇ、楽しいわ。何せ貴方のダメなところなんて、それこそ子供のころから星の数ほど知ってるもの。けれど」
そこまで言って不意に、ヴィクトーリアは指を外した。爪が食い込んだ丘やや痛そうに涙目で頬をさするライノに、ヴィクトーリアはやや憤慨したように言う。

「それと同じほど、私は貴方の良さを知っている。勇敢で、優しく、努力家で、驕りのない、貴方を」
「ん…………」
「そんな私の従弟を貴方ごときが馬鹿にしていいはずが無いでしょう?慎みなさい」
「嫌俺を馬鹿にすんなって言うのに俺のこと“ごとき”って言うのはおかしくね?」
「黙りなさい」
「はい……」
真っすぐに立てた人差し指を、今度はライノに胸に立てながら、彼女は微笑んだ。

「だから胸を張って、またあの舞台に、彼の前に立ちなさい、ライノスティード・ドルク。クラナさんも、他の選手も、私も、貴方を待ってるんだから」
「…………」
自身の言葉を一切疑っていない。そんな自信に満ちた顔で自分を見る自らの従姉に、ライノはひと時絶句させられた。だがやがて、自然に緩んだ口端と共に、返す。

「そいつは……ありがたいな」
片目をつぶって、苦笑するように微笑んだライノに笑いかけて、ヴィクトーリアは立ち上がった。

「さて、それじゃ、私は行くわ。向こうでジークと一緒に見ることにしてるの」
「ジークリンデさんが?珍しいな、あの子が男子の部の選考会見るなんて」
意外そうな顔で言うライノに、ヴィクターはどこか嬉しそうに小さく笑って答えた。

「貴方と同じよ、ライノ。どうしても見たいんですって、クラナさんの試合をね」
「ははぁ、そりゃまた……」
なかなかどうして、相当気に入ったらしい。そんな風に理解して笑ったライノに同意するように笑って、ヴィクトーリアは離れていった。
そして、それと入れ替わるように……

「ライノせんぱーい!!」
「おぅ、こっちだー」
ちびっこたちがやってきたのである。

────

「[続きまして、昨年度都市本戦ベスト10選手、シュウ・ランドルフィーネ選手より、激励の挨拶をお願いしたいと思います]」
放送と同時に、ひとりの青年が参加選手達の見据える壇上へと姿を表した。綺麗に洗濯された彼のジャージには目立った汚れの一つすら無いように見える。遠目にそれを見た者には、彼が新品のジャージを着てきたように見えるだろう。
しかしよくよく見れば、その表面についた小さなシミやキズ、ほつれから、それが決して新品などではなく、多くのつらい練習を彼とともにしたのだろう使い込まれたジャージであることが分かる。

「シュウ・ランドルフィーネだ。ここにいる全員が、今日から始まるこの大会のために多くの物を費やしてきていることと思う。それらを出し切り、どうか悔いの無いよう、正々堂々、精一杯戦ってもらいたい」
そこに集まった千を優に超える参加者を見ながら、彼は腕を組んでいった。

「[闘技場というこの場においては、年齢も、経歴も問わない。ただ純粋な実力と、スポーツマンシップのみが求められる。今年も、自他共に恥じることのない戦いをするとしよう!!!]」
「「「「「ウオオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!」」」」」

────

「す、すごいですね……」
「空気がびりびりしてる……」
「うっはは!シュウの奴、はりきってんなぁ」
女子の部のどこか華やかな雰囲気と違い、まるで戦争でも始まるのではないのかと思うようなすさまじい熱気と闘気を肌で感じながら、コロナとリオが圧倒されたようにつぶやいた。

「すごい……」
「(なんて覇気……)」
雰囲気に当てられたかのように硬直する四人の子供たちを見回してライノが苦笑する。

「おまたせしました」
「みなさん、どうぞ」
そんな事を言っていると、双子組がジュースとバケットを持ってやってきた。午前の試合を終えたため、メンバーはここで昼食なのだが、それを控室に取りに行ってもらっていたのである。

「ありがとう、オットー、ディード」
「このくらいお安い御用です」
「姉さま、ライノさんもどうぞ」
「おっ、ありがたいっす!」
「「「「いただきまーす!」」」」
ちなみに、本日の昼食はなのはが腕によりをかけた「頑張れットサンド」である。なのはママの愛情と高町教導官の経験たっぷりの腹と精神を満たしてくれるバケットサンドだ。
何?ガン・バレット・サンドの間違いではないか?
そう聞こえてしまうのは貴方の背後に桃色の弾丸が迫っているせいだろう。気のせいだ。

「「「「ん~♪」」」」
「腹にたまるし、疲労回復、栄養効果も完璧と来たか……お前の母ちゃんホントすげぇよな」
「えへへぇ……自慢のママですから」
むふん、と胸を張るヴィヴィオに微笑して、ライノはもう一口かぶりつく。美味い飯に、世話を焼いてくれるメイドとバトラー……これほど好条件で試合観戦をしているものもほかにいるまい。そんな風に思って……

「どうぞ、セイル」
「ありがとう、レイシア。……ん」
「お口に合いましたか?」
「うん、すごくおいしい。いつもありがとう」
「……あぁ、いや……いたわ、そう言うやつ」
ややあきれ顔で口元を痙攣させながら、ライノは振り向く。少し上のほうの席の傍らに、何故か白い髪にガーネットをおもわせる赤い瞳の……メイドが居た。
周囲から見ると明らかに異様な格好をしているのだが、彼女の雰囲気と完璧な所作のせいか、空気のように周囲に溶け込んでいる、メイドなのに。ただ付き従うのみといった風なその雰囲気は、まさしく従者の鏡であるといえよう、メイドだけど。

「(ってまぁ、エドガーがいるし今更だけどよ)」
それにしてもメイドはやはり目立つなぁ、などと思っていると、メイドに“付き添われていた”人物が、こちらに気が付いた。
翡翠色の髪に、同色の瞳、どこかアインハルトに近いものを思わせる彼のはライノを見ると、驚いたように笑いながら片手を上げる。

「ライノ!」
「よぉ、セイル。お前いつから居たんだ?」
「ついさっきだよ!待って、今そっちに行くから」
言いながら、彼はすぐにライノの隣にやってくる。そばにはメイドだ。非常にめだ……たない。なぜか目立たない。

「あの……ライノ先輩、その人は……?」
「ん?あぁ……えっと、こいつ?それともメイド?」
此方に気が付いたらしいコロナの質問に、それぞれを示しながらライノが問う。すると……

「「「「「じゃあ、二人とも……?」」」」」
「「メイドの(かた)を」」
「……お、おう」
なぜか、全力で双子がメイドを指名した。従者魂がうずいたらしい。

「それじゃあ……と、いっても主人ほっといて紹介するのもあれか、レイシア」
「あ、僕は別に……」
「いえ、ライノ様のおっしゃる通りです。どうぞ、セイルを先に」
苦笑しながらレイシア、と呼ばれたメイドに聞いたライノの言葉に返そうとしたセイルと呼ばれた青年の言葉を、レイシアが遮る。ライノは軽くうなづくと、青年のほうを指していった。

「んじゃ紹介すっか。こいつはセイル・エアハート。こないだ話した、IM男子の部、前回の都市本戦第二位だ」
「って……」
「つまり……」
ヴィヴィオとリオが目を見合わせて、それが三人に伝播する。直後……

「「「上位選手(トップファイター)!!!?」」」
「あ、えっと……まぁ、そう……なるのかな?」
「なるだろ」
何言ってんだ。と笑うライノに苦笑で返しながら、セイルは小さく首を縮める。

「えっと、ご紹介にあずかりました。セイル・エアハートです。よろしく」
「「「「よ、よろしくお願いします!!」」」」
「こいつらは、今年俺がセコンド頼んでる人の教え子だから……まぁ言ってみりゃチームメイトだな」
「ヴ、ヴィヴィオ・高町です!」
「リオ・ウェズリーです!」
「コロナ・ティミルです!」
「アインハルト・ストラトスと申します……」
「「「「初めまして!!」」」」
ワタワタとした調子でちびっこたちが頭を下げるのに続くように、後ろからディエチが顔を出す。

「私は、ディエチ・ナカジマ。この子達は、オットーとディードって言います」
「「お会いできて光栄です」」
そろって礼をした双子に恐縮するように、セイルは頭を下げ、そんな様子を見つつ、ライノが今度はメイドのほうを指す。

「で、このいかにもメイドさんなメイドが……」
「レイシア・スティアと申します、皆さま、お初にお目にかかります」
スカートを軽く上げて恭しく礼をする彼女につられるようにメンバーが頭を下げた。その様子をおかしそうに眺めながら、ライノが肩をすくめる。

「あぁ、ちなみに、セイルの彼女な」
「「「「えぇ!!?」」」」
「いやぁ……一方的にお世話になってばっかりで彼氏とかって名乗るのもおこがましいんだけど……」
「あら、それは違いますよ?」
セイルが申し訳なさそうに頭を掻くのに対し、やや心外そうにレイシアが言った。

「私はメイドとしてだけでなく、セイルに沢山の物をいただいています。だからこそ、私はセイルに真心を込めてお世話させていただいているのですよ?」
「あ、え、えっと……はい、ありがとうございます……」
全く恥ずかしげもない様子でそんなことをのたまう彼女に、非常に恥ずかしそうにセイルが顔を伏せた。そんな二人の様子を見て……

「「「「(キラキラキラキラキラキラ……)」」」」
なぜか女性陣は超光り輝いていた。セイル……というかレイシアが軽く羨望の的である。

「これだよ……」
笑顔をひきつらせながら、ライノは顔をそらして笑った。
周囲にいる観客達も、苦笑したり微笑えんだり舌打ちしたりしている。今リア充爆発しろと思った人はスタジアムの売店で簡易魔法花火を売っているので購入してみてはいかがだろう?
と……

「……相変わらずだね」
「ぬぁっ!?」
「うわっ!?」
「あら」
いきなりライノとセイル間に、別の人物の顔が姿を現した。いつから居たのかと聞きたくなるほどにゅぅっと現れた少年は、驚いた二人を交互に見る。

「エーデル……お前いつから居たんだよ……」
「さっきから。……三人とも、久しぶり」
「うん、久しぶり~」
「お久しぶりです、シュタイン様」
あはは。と笑うセイルとレイシアに、エーデルと呼ばれた少年は軽く片手を上げる

「先輩、その人もお知り合いですか?」
「あぁ、こいつもファイターだ、前回十位」
「エーデル・シュタイン……エーデルでいいよ」
「十位……」
トップ10の一人、もちろん入賞者であり、トップファイターである。先ほど女子の部でも前回のトップファイター谷が集まって何やら話をしていた(※チビーズの認識ではそうだが、実際は単にいがみ合っていただけである)が、やはり上位の選手たちというのは自然と集まっていく物なのだろうか?

[トップツーのお二人のびっくり顔はレアですねぇ!!(わたくし)ばっちり写真に収めてしまいました!!]
「イーリス、削除」
[イエスマイマスター!!]
突然発生した威勢の良い声に、エーデルが即座に突っ込んだ。ヴィヴィオ達ちびっこ勢が、頭の上に?マークを浮かべる。

「今のは……?」
「あぁ……」
エーデルはどこか眠そうな表情でうなづくと、こいつ、といいながら懐から長方形の物体を取り出した。

「四角い……布の……?」
「あ、それ……お守り、ですよね?地球の」
「うん」
首を傾げたリオに、ヴィヴィオが続く。取り出されたのは、菖蒲(アヤメ)が書かれた緑色のお守りだった。中央の四角く縁取られた中に、“大願成就”と書かれている。

「……イーリス」
[はいっはーい!はっじめまして!可愛らしいお嬢様方!(わたくし)エーデル・シュタインの相方としてデバイスをさせていただいております、イーリスと申します!!先ほどのは私です!ご挨拶が遅れて申し訳ありません~!!]
「な、なんていうか……」
「見た目よりすごく賑やかな機体()だね……」
「まぁ」
いきなりマシンガンのようにしゃべりだしたイーリスに、チビーズとディエチ、双子は苦笑しながら応じる。エーデルは少し肩をすくめて彼を懐に戻すと、スタジアムを見て黙り込んだ。

「…………」
「えっと……」
「あぁ、気にすんな。こいつ基本あんましゃべらねーんだ」
いきなり黙りこんだ彼にコロナが首をかしげたが、ライノがかるく笑って肩をすくめた。それに続くように、イーリスがしゃべくりだす。

「まぁマスターは常に低血圧でいらっしゃいますから。一部の日以外は毎朝学校に行くのもぎりぎりなほどの朝の弱さでして……」
「……イーリス、うるさい」
「イエスマイマスター!!!」
「あははは……」
なんだか(クラナ)相棒(アル)に通じるところがあるなぁ、とヴィヴィオは苦笑する。……と、不意にライノが周囲をキョロキョロと見回していることに気が付いた。

「ライノ先輩?」
「ん、あぁいや……こういう状況になると嗅ぎ付けてきそうな人に一人心あたりがあってな」
「嗅ぎ付けて……「よぉ、なんだお前ら集まってんなオイ!!」ひゃっ!?」
「やっぱ来た……」
苦笑しながらライノが振り向くと、今度はヴィヴィオ達の側から男が一人のしのしと歩いてきていた。身長は185を超えるだろうか、赤髪短髪のその男はライノの前に来ると嬉しそうにニヤリと笑って腰に手を当てた。ちなみに、声がでかい。物凄くデカい。

「おーおー、ライノ、セイル、エーデルっと……トップファイターが集まってなんの相談だ?つかライノ、お前いつの間に幼女(ガキ)なんて侍らせてんだ?そういう趣味だったか?」
「は べ ら せ て ね ぇ よ!!?なんでそういう発想になんのスルトさん!!」
「あっはは……スルトさん相変わらずですね」
「……相変わらず、声大きいよね」
ライノが突っ込みセイルが笑う後ろで、エーデルはうるさそうに耳をふさぐ。そんな様子にスルトと呼ばれた赤髪の青年は一つ笑った。

「いやわりぃわりぃ、去年は見なかった可愛い嬢ちゃんたちが近くに居るから、お前が侍らせてると思うじゃねーの」
「思わねぇよ!!どうなったら俺が幼女侍らせんだよ!!?」
[えぇ、そのような魅力にはこの方にはないかと]
「それはそれでへこむんだけどなウォーロックさん!!」
今日も突っ込みが冴える。

「うっははは!!で?そういやお前さんたち、さっき舞台(した)に居たな。女子の部に出てんのかい?」
「へ?あ、はいっ!」
「えっと……」
「あぁ。俺はスルトだ。スルト・カグツチ。よろしくな、チビど、もっ」
「わぅ!?」
「みゃっ」
「ふにゅっ」
「!?」
ニヤリと笑ったスルトが、ポポポポンッ!と、ちびっこ四人の頭を一瞬で軽くたたく。いきなりの事にリオとコロナは反応できず、ヴィヴィオは手を上げたところで叩かれて停止。アインハルトは……

「おっ、いい反応してんな嬢ちゃん」
「……!」
防ごうとした腕がスルトの腕に掠ったところで、腕が制止していた。

「おい、スルトさん、あんまり子供からかうなよな」
「わーりわり。見てた時、女子に割といい動きしてたのが居たからよ。ちょっと実験だ」
「そういうこと、初対面の子にやると、いい印象持たれませんよ?」
「……ん、新米弄り、反対」
「あらあら」
頭を掻いたスルトを軽くたしなめるメンバーを、レイシアが楽しそうに見ている。ポカン、としているチビーズに、ディエチが耳打ちした。

「あの人も、トップファイターだよ。前回三位の、スルト・カグツチ選手」
「聞いた話では、爆撃をメインに戦闘される方だとか……」
ディードがそれに続くと、チビーズはまたしても現れた上位選手に目を見開く。そこに追い打ちをかけるように……

「ひぅえぇ……」
「ライノ先輩って、やっぱりすごい人だったんだ……」
現れた三人が全員去年の入賞者。しかもライノを合わせるとトップスリーがそろっているという事実に、リオ、コロナ、ヴィヴィオは顔を見合わせる。一方アインハルトはというと……

「(あれが……ライノさんの立っている場所……)」
垣間見え始めたライノの強さの片鱗に、未知を見るように、緊張した面持ちで四人を見ていた。と……

「はぁ……お前たち、少々やかましいと自分たちで気が付けんのか?」
「お、きーたきた」
「あ、委員長」
「おう、来たかメガネ」
「ランドルフィーネ様、ご無沙汰しております」
さらにもう一人、黒ぶちのメガネをかけた青年がため息がちに歩いてきた。その姿には、少女たちも見覚えがある。綺麗に洗濯されたジャージを着て歩いてくる黒髪で細身の彼は、確か開会式で壇上に上がっていた……

「シュウ・ランドルフィーネ選手……?」
「む?君らは……ふむ、格好から察するに、女子の部の出場者か。ライノスティード、お前の知り合いか?」
「あぁ。そいつらのコーチにセコンドとアドバイスもらっててな、チームメイトだ」
「ほう」
顎に指を当てて興味深そうにチビーズを見回すシュウに、彼女たちは次々に自己紹介をしていく。ディエチと双子も挨拶を終えると、シュウはきっちり30度の礼をして返した。

「これはご丁寧に。君たちも、とても礼儀正しい子達のようだ。俺はシュウ・ランドルフィーネという。ライノスティードの後輩ということであるなら会う機会は一度ではないだろう。以後、見知り起きを頼む」
「は、はい!」
「初めまして!」
丁寧なあいさつに恐縮したようにチビーズが頭を下げるのを見て、スルトが笑いながら言った。

「あいっ変わらずかてぇなぁ、メガネ」
「誰がメガネだ。そもそも、お前たちが緩すぎる。上位選手というのはいわばその区画の選手の代表だ。多くの選手の羨望の的であり尊敬されるべき目標でなければならん。その自覚を持て貴様等は」
四人を指さしながらツラツラと説教を並べ立てるシュウに、ライノとスルトは辟易としたように肩をすくめた。

「へいへい……わぁってますよ……年に五回六回言われりゃ嫌でも覚えるっつーの……」
[マスターが覚えないために繰り返す羽目になるのです。反省すべきかと]
「ぬぐぐ……」
「まぁた始まったぜおせっきょー」
「あはは……気を付けます」
「……ふあぁ……」
「はぁ……」
対し、セイルは苦笑しながら素直に応じたが、彼の素行に問題はない。ちなみに、エーデルは全く興味なさそうに欠伸をして、シュウにため息をつかせた。

「なんていうか……」
「すっごく個性的な人たちなんだねぇ……」
「うん……」
「そうですね……」
ポカンとした様子で五人を見ながら、チビーズは茫然とした様子で呟いた。

────

「それで?今日のメインイベントはまだかい?」
「まだ、だな。つーかこのメンバーで見るのかよ」
どこか期待をにじませて聞いたスルトに、ライノが苦笑しながら答える。その言葉に、ヴィヴィオ達が首を傾げた。

「メインイベント?」
「あぁ……実は僕たち、みんな今日はちょっと、見たい選手がいてさ、その人の事」
「ん……白翼……見るのは、初めて」
「びゃく、よく……?」
これだけの上位選手に注目される人物とはいったい?と首を傾げ続けるチビーズに、ライノはふと気が付いたように吹きだした。

「あぁ、そうか。お前らは知らねーよな。白翼のクラナ。お前の兄貴のことだよ。ヴィヴィオ」
「へっ!?」
いきなり名無しされたことに驚いたのか、それとも兄に異名があったことに驚いたのか、ヴィヴィオが飛び上がる。
ほかのちびっこたちも一様に驚愕の表情を顔に張り付かせていた。

「なんだ、そいつ彼奴の妹なのか?」
「あぁ、ヴィヴィオっつーんだ。兄貴と同じで近接格闘戦技(ストライクアーツ)使いなんだぜ?」
「ほう、白翼の妹か」
「それは……凄い人がお兄さんだねヴィヴィオちゃん」
「すご、い……?」
驚いたような、褒めるような、どこか尊敬するような言葉でヴィヴィオに彼らはクラナのことを話すが、正直なところ、彼女にはクラナがこのIMという環境の中でどんな人物なのか、想像もつかなかった。だから……問う。

「あ、あの!お兄ちゃんは……どういう選手、なんですか?」
「え?」
「なんだ嬢ちゃん、有名人が兄貴なのに知らねえのか?白翼、とかホワイト・ウィングっつったら、ちょっとかじったファンの連中の中でもそれだけで通じるくらいにゃ有名なんだぜ?」
「あー、いやその子は……」
「?」
説明して良いものかと口ごもるライノに、スルトが余計に首を傾げた。奇妙な沈黙が場を支配する中……。

「やっぱり、きっかけは……五年前、かな」
口火を切ったのは、セイルだった。

「当時、僕はまだ十一歳で、IMでも予選落ちの力の無い選手だったんだけどそんな中で……一人、とびぬけて強い、一歳年下の男の子が居たんだそれが……クラナ・ディリフス。君のお兄さんだった」
「あぁ、ありゃ凄かったぜ。気合とド根性、あの加速っつー魔法と、何よりずば抜けたセンスで、彼奴あっという間に予選を抜けて、都市本戦、挙句世界代表戦まで勝ち上がりやがった。飛んでもねぇ化け物が出てきたと、あの時ゃみんながそう思ったもんさ」
セイルとスルトが、懐かしむようにうなづきながら話す。補足するように、シュウが口を開いた。

「当時IMの男子の部は、今よりもさらに荒っぽい連中が多くてな。戦技としては現在のほうがはるかに洗練されているが、子供が勝ち上がるような環境では無かった。都市本戦の突破者も、それまで17歳より下の者はいなかったからな。メンタルが大きく物を言うその時代で、彼は初出場にしてその快挙を成し遂げたんだ」
「……そうして名付けられたのが、白翼。その翼で、飛び上がるように上り詰めて行ったって、軽い伝説」
「伝、説……」
あまりに大きな話に、身内に話であるという実感がわかない。というのが素直なところだった。そこへ、メガネを軽く上げて、シュウが続ける。

「まぁ、伝説のような扱いの理由は、それだけではない。その翌年、前回惜しくも逃した世界代表戦優勝を目指して出場してきた白翼は、その年のテロ事件の影響もあって遅れに遅れた都市本戦の準決勝を、欠場辞退して不戦敗となり……以降四年間、完全に公式戦の舞台から姿を消したのだ」
「ッ……!」
ヴィヴィオを含む一部のメンバーが、大きく目を見開いた。ここに居るメンバーの中で特にその“テロ事件”の関係者である三人が、痛みをこらえるように顔をゆがめる。

「理由は、よくわからないんだよね。病気とか、ケガとか、いろいろ考察は聞いたけど……あ、でもそのあたりは、妹の君のほうが知ってるのかな」
「えっ、あ、え、う……その……私、は……」
「え、えっと、大丈夫……?ご、ごめんボク言いにくいこと聞いたかな!?」
「い、いえ……!」
なぜかすさまじく顔を青くして体をビクッと硬直させたヴィヴィオに、困ったようにセイルが問う。その様子を、ライノを除くほかの男子メンバーは首を傾げ、逆に子供たちは、気遣わしげに彼女と、ナンバーズを見た。

……知っている。確かに、セイルの言う通り、高町ヴィヴィオはその理由を、とてもよく知っていた。
兄がその年、都市本戦を辞退せざるを得なかった理由。そしてその原因を、本当によく、知っている。

「ッ…………!」
恐怖をこらえるように、ヴィヴィオは自分の腕をぎゅっと握りしめた。
ほんの少し前のヴィヴィオなら、ここまで恐ろしいとは感じなかったかもしれない。しかし、今のヴィヴィオは知っている。
IMというこの輝かしい場で、自分の夢を追うことの楽しさ、すばらしさを。きっと当時のクラナにもあったはずだ、世界代表戦で優勝する。次元世界最強の十代男子になるという、とても尊く、キラキラした夢が、あったはずだ。
クラナだけではない。今この場に居るメンバーがクラナを語るとき、皆一様に、どこか憧れるような、楽し気な表情をしていた。当時のクラナには、今よりずっと、そういうファンが居たはずだ。自分たちが今の女子の部の上位選手に憧れるのと同じように、クラナに憧れ、クラナを目標とした人たちも居たはずだ。

その全てを、「自分が原因で」奪ってしまったのだとしたら……?

頭のどこかで、自分の性とは言えないと叫ぶ声がした。しかし、実際にことは起きた。クラナの母は自分をかばおうとして死に、それによってクラナは心に、いや、ヴィヴィオ自身の手で、体にも大きな傷を負った。すべては、やり直せない事実だ。

「ぁ……」
息が、うまくできない。
心臓の音が、普段より大きく聞こえる。バクンバクンと、破裂しそうなほど大きな心音が、耳の中でうるさく響いて……

「けど。彼奴は戻ってきた」
その音を、ライノの声が遮った。真っすぐにスタジアム中央のリング群を見つめながら、ただ静かに言う。

「俺達には、それだけで十分だ。だろ?」
「……まぁな」
「無論、最重要なのは、白翼がこの場に来たということだ」
「僕ら全員、それにワクワクしてるもんね」
「……ん」
「…………」
片目をつむって同意の意思を問うたライノに、メンバーが次々にうなづく。ここに居る……今日、この場所に来たすべての少年達にとって、今最も大事な物。それが何なのか、チビーズ達にも分かり始めていた。

「よぉく見てろよ、ヴィヴィオ。この大会、お前の大好きな“お兄ちゃん”が、最高の試合を見せてくれっから」
「ぁ……」
「さぁ、始まるよ!」
セイルの声と共に、選考会、第一試合のゴングが、高らかに鳴り響いた。
 
 

 
後書き
あとがきは、またも分離ですw
 
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