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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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九十三 再会

何度も背後を振り返る。

後ろ髪を引かれる思いを振り切っても、やはり残された仲間の安否が気掛かりで、犬塚キバは赤丸に声を掛けた。
「赤丸。やっぱお前、いのの様子を見に行ってやってくれ」

キバの頼みに応じた相棒が一声上げ、今来た道を辿るように駆けてゆく。
相棒の小さくも逞しい背中に気遣わしげな視線を投げてから、キバは再び地を蹴った。崖の谷間を抜け、シカマルの許へ急ぐ。

相討ちとは言え、既に右近・左近をいのが倒しているとも知らずに。















何処かで水音がしている。近くに川でもあるのだろうか。

現実逃避めいた事を意識の片隅に追い遣りながら、ネジは己に迫り来る骨をかわした。
「……よく避けた」
ひゅっと風を切る。鋭き刀の如く掲げる骨の猛攻に、ネジは現在防戦一方だった。

しかしながら彼とて伊達に『日向家始まって以来の天才』と呼ばれているわけではない。永遠とも思われるほどの長い時間の戦闘にも拘らず、両者は掠り傷一つ見当たらなかった。
もっとも裏を返せば、対戦相手との決着がつかぬままの状態が続いている。何か決定打が欲しいところだが、お互い稀有な能力故に、生半可には手を出せない。

(このままでは埒が明かない…)

蓄積する疲労がネジの焦燥を煽る。肩で息しつつ、彼は目の前で涼しげに佇む敵を睨み据えた。
攻撃に転じても尽く骨の太刀で防がれる。防御に徹したところで、骨とは思えないほどの鋭い刃物がネジに襲い掛かるのだ。
(とにかく、あの骨を手放させるか…)

間合いを詰める。ネジの突然の接近に、一瞬君麻呂の反応が遅れた。ネジの手刀が君麻呂の腕を掠める。
「……ッ、」


カッ、と地に突き刺さる骨の太刀。手から離れた得物を目の端に捉えつつ、そのまま猛攻。
足下に象られる八卦の円。
「【柔拳法・八卦――」


独特の構え。点穴を突き、相手のチャクラを練れなくしようというネジの思惑は早々に破られた。

「ぐ……ッ!?」
腕から新たに生えた骨。今正に柔拳を放たんと伸ばした手は、数本の骨に阻まれる。


ネジの手から流れる幾筋もの血を横目で見遣った君麻呂が、腕から生える五本の骨を眼前に掲げた。
さながらそれは、腕を軸とする花弁が大きく開いたようだった。
「僕の血継限界は『骨』……さっき、そう言っただろう?」

骨の切っ先に切り付けられた手を即座に引っ込め、君麻呂から距離を取りながらネジは眼を細めた。
発動した『白眼』の視線の先。腕の皮膚を突き破って現れた骨を視る。
(骨を刀のように扱うだけではなく、全身の骨を自在に操れるのか…ッ)

素早く眼を走らせる。視界の端に、地面に突き刺さったままの太刀が映った。
寸前にネジが弾き飛ばしたソレは、君麻呂が左肩から抜き、刀として用いていた骨。

その硬さからただの骨ではないと、序盤の段階でネジは察していた。
鋼の如き硬度を誇る骨は、感触からしておそらく最高密度。


「骨は人の体に二百個余りあるが、僕にとっては一定した数ではない。骨芽細胞や破骨細胞を自在に操り、カルシウム濃度さえもコントロールし、骨を形成する…それが僕の血継限界」
わざわざ己の能力を補足説明する君麻呂に、ネジは胡乱な視線を遣った。まるで自分の思考を読まれたような錯覚に陥り、思わず皮肉を漏らす。

「自ら能力を露見するとは…よほど自分の力に自信があるらしい」
「先ほども言ったが、こちらが君の力を知っているのに、君が僕の能力を知らないのはフェアじゃないからね」
以前中忍試験に参加し、ネジとヒナタの試合を観戦した事のある君麻呂は「それに、」と付け加えた。


「一度披露した技がそう簡単に通用するとでも?」

それはつまり、中忍予選試合でネジが使った術は君麻呂には通じないという事。

穏やかな口調とは裏腹に高圧的な態度の君麻呂に対し、ネジは静かに呼吸を整えた。
嘆息一つついたかと思えば、冷徹な眼差しで君麻呂を見据える。


「ならば、柔拳の怖ろしさ。その骨にしっかと刻み込め」

白き双眸に宿る、毅然とした闘志。
心に深く刻みつけ記憶しろ、と告げるネジを、君麻呂は無表情に見つめる。
しかしながらその表情の裏には、どこか心待ちにしている節があった。




(――――期待外れで終わらせてくれるなよ)

両者の間に流れるのは、草叢がさざめく音と微かな水音。
そしてそれぞれの不屈の信念、ただ、それだけだった。
















「世の中そうそう定石通りにいかねぇなァ…」

思わず呟いた独り言。自身が思い描いた形とは全く違った展開に嘆くシカマルに、彼は悠然と微笑んでみせた。

「忍びの世界において不変の真理など、在りはしないよ」

言いたい事を推し量っておきながらの見え透いた回答。
穏やかに微笑み続けるナルトをシカマルは苦々しげに見据えた。悠長な答えを返すナルトに苛立ちを覚える。

ましてや、シカマルの思考を正確に把握している上での、この応え。ますます、不愉快だ。
だが、そんな思いなどおくびにも出さず、シカマルは慎重にナルトの動向を凝視する。
何故ならば、多由也一人でさえも手強いのに、眼前の相手の強さは計り知れないからだ。加えて、彼ほど本心が読めない人間はいない。

勝てるなどとは毛頭思っていない。むしろ生きてこの場を切り抜けられるかが、シカマルの目下の問題であった。


「ナルト、どうしてお前が…?」
ようやく落ち着きを取り戻した多由也がおずおず訊ねる。隣にすぐさま駆け寄って来た彼女に、ナルトは苦笑を返した。

「勝手な行動はあまり感心しないな」
少しばかり尖った声。
微かに皮肉の色合いを帯びた笑みを受けて、多由也の肩がびくりと大きく跳ねた。怯えの色が雑じる覚束ない表情でナルトの顔色を窺う。
自分と対峙していた時はあれだけ辛辣な毒舌を振るっていた彼女の変わり様に、シカマルは眼を瞬かせた。

固唾を飲んで見守るシカマルの視線の先で、ナルトが静かにその蒼い双眸を閉ざす。だがその口許にはやはり微苦笑が湛えられていた。
「おかげで急遽、策を講ずる羽目になったよ」


注目を浴びている張本人は、何所吹く風といった風情で落ち着いている。
午後の穏やかな木漏れ日を浴びるその容姿は、一枚の絵画の如き鮮麗なものだった。多由也もシカマルも、一瞬その光景に見惚れてしまうほどの。

ハッと我に返ったシカマルがようやく口火を切る。ナルトに向けての質問は、しかしながら、いつもの彼に似合わず、慎重さを欠いたものだった。

何故ならばナルトを前にすると誰もが平静を保てず、何もかも包み隠さず打ち明けてしまいたくなるのだ。
真意を探ろうとすればするほど、逆にこちらの秘密が暴かれる。
例え殺気を放ったとしても、その殺気ごと音も無く吸い込んでしまい、逆にナルトの得体の知れない存在に呑み込まれてしまうだろう。だからこそ、下手に手出しは出来ない。



「………中忍試験、アンタは音忍として参加していた。今回のサスケの件、大蛇丸に従っての行動なら、うずまきナルトお前は…、」
「バッカじゃねぇのか、このクソヤロー!だったら『木ノ葉崩し』が失敗に終わるわけねぇだろッ!!」
唐突に詰問を遮った多由也が身を乗り出す。

ナルトが大蛇丸の手の者だ、と決めてかかるシカマルを彼女は憎々しげに睨みつける。その表情は不安げな様子から一転し、憤怒の形相だ。
しかしながらナルトが一瞥すれば、多由也は決まりが悪そうに口を噤んだ。


「俺は誰の味方でもないよ、シカマル」
底知れぬ蒼い双眸。深海の如き静かな眼差しを受け、シカマルは説明のつかぬ奇妙な無力感に見舞われた。全てを見透かされるような錯覚に陥り、無意識に身体が強張る。
一刻も早くナルトの視線から逃れたかった。

「…お前の眼は節穴か?ウチらを追い駆けて来たのは何処からだ?」
押し黙ったシカマルを猶も睨み据え、それでも幾分か落ち着いた風情で多由也が傲慢にも口を挟む。
ナルトを気に掛けながらの発言だったが、その口調は絶対揺るがぬ自信のほどがあった。



「木ノ葉が、そして火の国が現存している事実が何よりの証だ」


確固とした響き。
多由也の絶対的な確信を伴った発言は、シカマルの優秀な頭脳を一瞬で凍りつかせた。

彼女の意見によれば、もしナルトが大蛇丸の部下だった場合、『木ノ葉崩し』は成功していたという事。今猶、火の国、そして木ノ葉隠れの里が壊滅せずに在る事自体が証拠なのだ。
(冗談のつもりか?)

とても冗談など言わなさそうな多由也に対し、そう問い掛けてしまいたくなるほどシカマルは狼狽した。
だがそんな皮肉めいた質問は、舌の上で凍りついたまま、やがて喉奥へと吸い込まれてしまう。ちらり、と盗み見たナルトの姿に完全に呑まれてしまったからだ。


多由也の言葉を間近で聞いても、ナルトは穏やかに微笑んだだけだった。
それこそが答えなのだと、瞬時に気づいたシカマルは戦慄を覚えた。

肯定も否定もしない。それはつまり、本当に里を、国一つを滅ぼす事が可能だという事実。
(地形そのものを変えるどころか、地図上から国そのものを消してしまうのか…)

空恐ろしい心地を覚えるシカマルに、多由也がトドメの一撃を投げた。

「全てはナルトの采配次第だっての、解んねえのか」













「そろそろ本題に入ろうか」

多由也の話が終わるのを見て取って、ナルトが静かに口を開いた。それだけでその場は水を打ったような静けさに包まれる。
静寂の中、やはり変わらぬ穏やかな笑みを湛えたまま、ナルトはシカマルに告げた。

「奈良シカマル。君はこの任務にて不審に思った件全てに目を瞑って欲しい。その代わり、」

シカマル否、五代目火影たる綱手が最も秘密にしている機密事項。
現在シカマルのみが知らされる、サスケを連れ戻す任務本来の目的。
その内容をあっさり、それでいて重々しくナルトは切り出した。
朗らかな笑みと共に。



「全面的に手助けしよう―――うちはサスケの隠密活動を」




















「やっっっと追いついたぞ…ッ、」
肩で大きく息をする。


国境。
『終末の谷』と呼ばれる其処は、最強と謳われた忍びの像がある。
千住柱間とうちはマダラ。
折しも木ノ葉隠れの里創立の立役者たる二人の闘った場所で、波風ナルはうちはサスケに追いついた。

一番最初の闘いで次郎坊に勝った彼女はその足でサスケを追い駆けたのだ。
しかもその際、偶然にも多由也と同じ経路を使った為に、君麻呂達を追っていたシカマル達よりも先に、国境へ辿り着いたのである。


「サスケぇ!!」
仲間でありライバルであり、親友でありたいと願っている存在の名を呼ぶ。
己が踏み締める千住柱間の像の真正面。うちはマダラの像の頭上へ、ナルは鋭い視線を投げた。
てっきりサスケ一人かと思っていたのだが、其処には二人いた。

「あ…、」

赤い髪によく映える紫紺のバンダナ。左目の下の印象的な泣き黒子。
一緒に祭りを楽しみ、仲良く語り合い、そして決別した相手。

歓喜と動揺と共に込み上げたのは、確かに築いた友情。
見知った赤に、ナルの青い瞳がみるみるうちに揺れ震える。



「ア、マル……?」

谷に吹き荒ぶ湿り気を帯びた風の中、かつて二人で遊んだ祭囃子が聞こえた気がした。

 
 

 
後書き
いつも「渦巻く滄海 紅き空」を読んでくださり、ありがとうございます!!
…実はすぐ次章を書くつもりだったんです。でも無理やりサスケ追跡編を入れたので、上手く書けずにいて困ってます。そのため今回のサスケ追跡編、あまり面白くないと思います。手探り状態でなんとか書いてるので、ご期待に添えない展開になるかもしれません。本当にすみません!!
こんな駄文&スロー展開ですが、それでも読んでくださる方々には感謝の念が堪えません。
次章に繋げられるように、なんとか形にしますので、これからもよろしくお願い致します!! 
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