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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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第十七話:買物中の予想外

 
 大型というのは伊達じゃあなく、服売り場は多種多様に分かれている上に、入口から位置が遠い所為で、より歩かねばならなくなった。

 まあ別にそれは如何でもいい、歩くこと自体は億劫じゃない。
 隙を見て楓子と(お馬鹿)マリス(二人)が組みついて来ようとする事を除けば、こうやってお菓子やら雑貨やらおもちゃやら、様々な商品を見るのも楽しいもんだ。


「ちょっと兄ちゃん! 違うよ違う!」


 洋服売り場エリアを目指して暫しの間無言で歩いていると、右隣の楓子から抗議する様な、少々焦っているとも感じられる声が届く。
 この妹は何時も何時も間抜けなことしか言わないが、たまに普通の意見を口にしたりもする。それに言い初めでは内容など分からないので、一応聞く為視線を彼女へ向けた。


「婦人服売り場はあっち! そっちは別の売り場だよ、案内したげる!」
「……」


 真面目だ……実に真面目な意見だ。
 俺が道を間違え掛けているので、友達とそれなりにこのムトゥーヨガー堂へ遊びに来る彼女だから、当然地理も覚えていて案内するべく、呼び止めて歩みをとめたのだ。

 ―――“普通” に考えるならな。


「そっちは《下着売り場》だ、こっちであっている」
「……いや、アタシ何度も来てるから―――」
「さっき地図を確認した。それに上にも案内板がぶら下がっている」
「Oh……なんという有難迷惑……」


 何が有難迷惑か。
 寧ろ迷う度に、逐一案内板の方へ行かずに済む分、細かい気配りのできた配慮というべきだろうが。

 即ち先の偽の案内を買って出たのは、何かしら邪な考えが秘められていると言っていい。
 ……本当にこいつは、自分の本心を隠すのが下手糞な奴だ。


「まあいいか……はぁ、何で嘘をついて案内しようとしたんだか」
「だって兄ちゃんの好みも分かるし、マリスたんの下着姿も見れて一石二鳥!」


 予想以上に酷かったタワゴトを受け流し、何か言おうとしているマリスの方へは決して視線を向けず、二人を置き去りにせんばかりに早足でズンズン歩いた。

 寄り道されても金が無ければ何も出来なかろうし、容姿が違い過ぎる三人なので、関連性だって見つけるのは余りに困難とくれば、最悪こいつ等が問題を起こしても他人のフリをしてすり抜ける事も可能だろう。 

 ……いや、他者へ迷惑をかける上に、又親父から五月蠅い小言があるか。
 ……なら見て見ぬふりは出来ない。

 そう思い、俺は軽く顔を傾け後ろを見る。
 案の定―――何て事は無く、楓子もマリスもちゃんと付いてきている。
 ソコから顔を戻してみれば、洋服売り場のエリアが目と鼻の先に開けていた。


「あっ……ぶぅー、兄ちゃんのケチ……何も見れなかったじゃん、何も出来なかったじゃーん」
「……他に何があるのか、分からなかった」
「そんなもの後にしろ」


 二人の抗議を受け流して、『舞塔』とテナント名らしきモノが柱に彫られた婦人服売り場を通り過ぎ、十代から二十代の女性用ファッションが陳列されている……グニグニ曲がった碌に読めないアルファベットが彫られている、今日お目当てとしてきたコーナーで足を止める。


「マリス、掌を出せ」
「……こう?」


 言った通りに差し出されてきた彼女の手へ、親父から貰った一万円を乗っけた。


「俺は少し外れる……好きなだけ吟味してろ」
「……え?」
「値段やら単位の見方は習ったな? だから一万をオーバーしない様に選べ、と言ってんだ」


 俺がこのレディースファッションのコーナーから少し離れるのは、俺の服じゃあないのだから選ぶ理由が無く、どの様な服が似合うかも男の俺では選別が困難な為……そして、奇妙な目で見られないため離れるのだ。

 女子同士ならば、死神で今日具現したばかりのマリスは兎も角、友達と何度も来ていて自分で服も選べる楓子なら……デザインがどうなるかが “かなり” 怪しいが、任せる価値が無い訳でもあるまい。

 何にせよ、女物しか置いていない此処に、ずっと佇んでいるのも俺自身の居心地が悪い。
 珍しく試着室も新しいモノでは無く、それとなく古めなタイプなので、男が居ては他の客が不安だろう。
 ずっと不機嫌な顔をされては店側も迷惑だろうし、ならさっさと離れるのが筋であり、何もおかしな所はない。


「駄目だよッ! 兄ちゃんも一緒に選んでくれないと!!」
「……麟斗、貴方にも服を選んで欲しい」
「はぁ……?」


 なのに反対された。


「何故に俺が服を選ばなきゃならない……?」
「こういうのって同性だけじゃなくて、異性の意見も参考にした方がいいじゃん? どっちの感性から見ても似合ってるのを選んだ方がいいでしょ!」
「普段着る服なら、本人が気に入ったか、そこそこ似合うで問題無かろうがよ……」


 どうせこの話も根本は、“俺の好みを知りたい” が如何だのといった、訳の分からない理論で埋まっているのだろうと、容易に予想できて溜息を吐きそうになる。

 ―――『マリス』の服を選ぶのに、何故『俺』の好みを聞く必要がある?
 ……そもそも俺にとってみれば、極端にミスマッチで無ければ至極如何でもいい。


「……麟斗が選ばないなら、私も服は買わない」
「……何で俺が我儘言っているみたいになってんだ……」


 お前が買おうが買わなかろうが起こりうる事は単純で、四六時中その黒尽くめの服でいなければらなず、汚れや臭いがキツくなって人に避けられるだけ。
 つまり俺自身への害は余りない。
 しいて言えば鼻が曲がるぐらいか……。

 そして再三言うが、マリス自身の服を買うのに際して、俺の意見はコレと言って重要でも何でもねえ。


「……いや……」


 だが、此処でやいのやいのやるよりは良いだろうか?
 値段を見て、後々の無駄使いが出来ない様に選べば、より道も無くなって一石二鳥だろう。


「まあ、無駄な時間食うよりゃはマシか……分かった。さっさといくつか選んで来い」
「やたっ☆ じゃ、マリスたん行こ!」
「……楽しみにしてて、麟斗」


 何を? と質問し掛けた俺は、別に可笑しくないと思う。

 試着室前で佇む俺の前に、数分と経たず楓子とマリスが戻ってくる。

 露出の多い物や清楚なモノ、地味なカラーリングの服から、目が痛くなりそうな色味を持つ物まで、これまた仰山籠へ詰めて持ってきて、傍の小さな台へと大きな音を立てておいた。
 籠壊れるぞ、オイ。


「それじゃーLet's試着ダゼぃ! オー!」
「……おー」


 そうやって派手に騒ぐもんだから、周りの注目を集めてしまっている。

 どうしても俺達三人の見た目に、似通う部分が無くバラバラだからだろう……クラスメイト同士で来ていると思われているのか、微笑ましそうな顔で眺めて来るオバちゃんらがまず目についた。
 まあ、このシチュエーションで俺のポジションを言わば、『ショッピングを楽しむ二人の荷物持ち係』にしか見えんモノだろうな……癪ではあるが。

 そして俺を睨む男子数名。
 楓子もマリスも確かに見た目『は』良いので、どちらか一人なら未だしも両方と仲良くしてるように見えれば、不機嫌になってしまう気持ちは分からなくもない。
 ……だがコレも心外な事に変わりはない。
 元より第三者の目で見ればジャレ付いているように見えるのかもしれないが、俺にとってはウザい突進を食い止めているのみ。
 嬉しくもなんともない、ただイラつくだけ。

 オマケにイラつきが溜まる奇妙なやり取りを交わした後だからか、普通に彼等を睨み返してしまい、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。
 ……何八つ当たりしてやがる、俺は。


「―――?」
「―――! ―――!!」


 着替えに難儀しているのか未だ中でゴソゴソしている二人は置いておき、俺は服に付けられた値札を全て確認していく。
 ……見た目は種々雑多であるのに対し、偶然なのか全ての値段が、見事なまでに画一的だった。
 思いもよらぬ事態だが、お陰で計算自体は難しくなさそうだ。


「ねぇねぇ兄ちゃん! 見て見てっ!」
「……麟斗、着替え終わった」
「……あぁ……」


 時間とすれば五分と経ってはいないだろう。
 しかし大分待たされた気分なのは拭えず、やる気の無さがそのまま声に出た。
 出す必要が無いからとはいえ、自分ですら意気の無いと思える声だ。

 その、余りに残り値の低いやる気が―――


「どうどう? マリスたん似合う?」
「……楓子曰く、“攻めて”みた結果」


 服とも言えない柄の無い帯状の “何か” で胸部のみ覆った、ブーメランとほぼ同じ形状をしているパンツを着たマリスの所為で、タマゴアイスの最後よろしく一気に抜けていった。

 ……いつの時代の服だソレは? 良く売っていたなこんな所に。


「却下だ、着替え直せ」
「う~ん……兄ちゃんの趣味はそこまで古く無かったか……てっきりアタシに興味を示さないから、もっとアダルティな装いが良かったと思ったのに」
「……次こそ喜ばせて見せる」
「そう! 次こそ涎ダボダボで息ハァハァに理性もぶっ飛ぶ、兄ちゃんの好みの衣装を見つけてみせるオデコはらめえええェェェ!?」


 大胆にも中指の根元ごと使って、肩を入れてド突くデコピン(という名の正拳突き)で額を殴り、試着室の中へと逆戻りさせた。
 陰にもなって他の客からは見えず、先程まで散々喚き続けていたので大声すら不審に思われていない。

 悪い方で、日頃の行いの成果が出たな。

 ―――ソコからマリスを使った、楓子主催の(悪趣味)ファッションショーが繰り広げられた。


「ダボダボの袖長にしてみました! チミっ子系なんてキュン死にしそう♡」
「……麟斗お兄ちゃん」
「やり直せ」
「……麟斗―――」
「言いなおす……『着替え』直せ」


 ハッキリ言って自他共に邪魔なだけの衣装を押し返す。


「超絶あったかキグルミ風! マリスたん、もっふもふにしてやんなよ!」
「……もっふもふにしてあげる」
「近寄るな」
「……凍った心、溶かしてあげる」
「暑苦しい」


 夏場だろうが冬場だろうが絶対着ない服ならぬ服を撥ね退ける。


「清楚且つ可憐なお姫様! さあ、アタシと躍ってくださる?」
「……麟斗、手を握る事を許しましょう」
「……喜んでお断りさせてもらおう」


 他と値段は似たり寄ったりなのに豪勢で動きにくい服を否定する。


「喧嘩上等レディース系! 逆らやシバクぜ? みんな夜☆露☆死☆苦!」
「……アタイに惚れんなよ?」
「心配するな、永劫に惚れない」


 今時誰が着るのかも分からない派手な服を即時却下する。


「理解されない理解しない……闇の世界に生きる、一人孤独な―――」
「沈め」
「狼ショウビィイィィィィイイイン!?」


 コイツの悪ふざけを黙って受け流そうにも、いい加減収集がつかなくなってきたので、天罰にも似た雷の如く拳を脳天へと叩きつけた。
 頭から湯気にも似た白い(もや)を噴き出させ、倒れ込んだ際の硬い地面も合わせて二つのタンコブを作った楓子は、ピクリとも動かなくなった。


「俺が選ぶ、さっさと着替えろ」
「……いいの?」
「アイツに任せたら終わらん」


 と言うより端から自分で値段を基準に適当に選べばよかったのだ。
 そうすればこの不毛且つ延々と終わらない、地獄のファッションショー(の様な何か)に付き合わされずとも済んだだろう。
 女の言う事を聞かねば、精神的負荷が増えると言うこの悪循環。

 ……いや、よしんば素直に聞いたとしても結果は同じか。
 寧ろ何故こんな奴の言い分を耳に入れたのだと、精神炊き負荷が変わるのに変わりはなかろう。
 何なんだろうか……二者択一に見せ掛けて拷問への一本道という、この類稀なる理不尽は。

 その後白いワンピースやら袖無しの濃く青い夏服、動きやすい短めのズボンなども値段を基準に決め、レジへと持っていって買物を済ませる。
 値段は九千六百八十円。つまりお釣りが三百二十円。
 碌なモノなど買えはしないし、使えて精々アイスクリーム二個分……計算通り、上手く行ったか。


「……麟斗、楓子は?」
「放っておけ。どうせすぐ追いついてくる」
「……了解」


 未だに尻を上にした体勢で突っ伏している楓子を横目で見て、適切な判断を下し俺はマリスをつれだってレディースファッションコーナーから、そして服売り場のエリアから離れていった。












「可笑しいでしょ兄ちゃん! あの後一時間も放置するなんて!」


 マリスと共にソフトクリームを口にしながら、楓子が開口一番叫んだ言葉がソレだった。


「ただ殴っただけなのに重症になるか」
「ず~~~~っと起きて来ないんだよ!? 当たり所がおかしいとか普通は思うでしょ!? マリスたんのモチモチスベスベな肢体に抱きつくのを堪えて、ハァハァと息が漏れるのをまで気絶した真似してたのに! 何でスルー出来るの!?」


 自分で行ってて分からないか?お前が()()()()()だからだよ。
 もう読めている。

 ……あと涎が流れ出ているのも見えたし。


「折角私が―――『か、楓子……? 楓子!? お、起きろ起きてくれ! 俺、そんなつもりじゃなかったのに……!』―――『ごめんね、兄ちゃん……こうなる定めだったの……最後に一つだけ、お願い聞いてくれる?』―――『俺に出来るなら、何でもやってやる!』―――『キス、して欲しいの……ちゃんと、交わせてなかったから』―――」


 全く臨場感も無い大根な1人芝居を始めた、“どっか” の “誰か” に似ているイタタな女子中学生から距離を取り、左に陣取ってついてくるマリスを見やると前へ向きなおした。
 ソフトクリームはあの数秒で既に完食してしまったか、マリスの手元には三角柱状の紙しか無い。

 楓子も追いついてくるまで自由に店内を見回っていたが、金が無いので買う事など出来る訳もなく、無理にでも持っていこうとすれば犯罪で捕まるとどういう目に遭うかを教えると、流石のマリスも興味を示すだけに止めて大人しくしていた。

 それでも……と諦めきれず値段を鑑みて、ソフトクリームを頼んだこいつの意志を尊重―――というより余計な事に使う前に、残高が少なかろうと使いきってしまいたかったので、走ってきた楓子共々買い与えたと言う訳だ。

 ちなみに金銭面と味覚面の負担から、言わずもがなだろうが俺は頼んでいない。


「さっさと降りて出るぞ。用事は終わった」
「……楓子は?」
「その内追いついてくる」


 数メートル離れてもまだ際立って聞こえる、“何処かで聞いた事のある” 声で語られる戯言をシャットアウトして、一番近くのファンシーグッズコーナー傍にあるエスカレーター目指して歩き始めた。

 ホビーエリアと別になっているだけあって、サイズの大小や素材も様々なヌイグルミに、パズルや積木などの簡素な玩具、果ては食器や時計と言った日用品まで、そのグッズの種別は多岐にわたっている。

 今チラッと見えたぬいぐるみの値段……『税込一万円!』とか書いてあったな……何に使うかも分からない物が何故そこまで高いのか……?。
 大体サイズが規格外なので、持ち運ぶだけでも一苦労だろう。

 持つ者の体格によって異なるだろうが、しかしああ言った物を欲しがるのは愛好家か子供ぐらい。
 愛好家ならまだいいが……この歳の子供は無理を言って持たせてもらおうとする事もしばしば。
 だから持ち運ぼうにも、今し方耳に聞こえて来る “ズルズル” という音をたて、結局汚してしまうと言う―――

 ―――――いやちょっと待て。
 引き摺る?


「マリス、何やってる」
「……コレが欲しい」


 音の源へと視線を傾ければ、そこにいたのは殺戮の天使・マリス。
 硬度を下げて、切断しない仕様へと変えた【鋼糸(スティール)鏖陣(ゴルゴン)】を、先程まで俺が見ていたバカデカいぬいぐるみに巻きつけて、未練がましく引き摺っていた。

 そして先に見ていた物であると言う事は、値段は当然……。


「諦めろ。金は無い」
「……嘘、麟斗は財布という物を持ってきている。お金はある筈」
「なら見てみるか? ……ほらよ」


 数刻前までまったく知らなかった財布の役割を理解し、更に俺が目立たぬよう持って来ていたのを看破したのは見事……が、補助の為にと小銭しか持ってきておらず、手持ちの総額は千七百円。

 それを越した商品など買える訳が無い。


「……服は諦められない……でも、これも諦めたくない……如何したらいい?」
「ぬいぐるみを棚に戻せ」
「……諦めたくない」
「もう一度言うぞ……金が無い、だから諦めろ」


 これだけ言ってもまだ未練タラタラなのか、ぬいぐるみを胸元でギュッと抱きしめて放そうとしない。

 再三言うが、金が足りないので買えない物は買えないし、無駄に場所を取るものをそもそも買わせる気など端からない。


「……麟斗、どうにかしてお金を用意して、でないと―――」
「でないと?」


 ファンシーグッズコーナーの担当であろう、キャラクターの絵が描かれたエプロンを付ける店員を指差し、臆面なくマリスは言ってのけた。


「……殺してでも奪い取る」


 ……余りに物騒な台詞だ。
 一件大人しそうなマリスの見た目からは、到底連想できない台詞かもしれない。


「分かった。やってみろ」
「……え?」


 だから俺も、この場からは到底連想できない―――馬鹿な台詞を口にさせてもらった。


「……嘘。殺す気は、無い」
「だろうな」
「……でも、それぐらいに欲しい」
「そうまでする理由が分からん」


 これは対して的外れでも無く、寧ろ的を射た質問だろう。


「……気持ちいいから」


 俺の質問に対しマリスはよりぬいぐるみを変形させて、心なしか気持良さそうな感情を、無に近い表情へ浮かべた。
 売り場を確認して見れば、低反発素材を使用してあると書いており、確かに触り心地や抱き心地は悪くはなかろう。

 だが……俺は呆れた。


「ハ……くだらねえ、そして大した事も無い。阿呆な答えだな」


 ムトゥーヨガー堂への道での珍事、老け顔のバカップル斉藤とコータ、服売り場での一悶着、そしてそもそも俺が行く必要などまったくない場に付き合わされ、喰い過ぎで時間まで潰された事。
 今日に限って碌な出来事が振りかからず、加えて何時も何時も心に残る苛立ちがより増加したからか……呆れ顔では足らず、普段は笑みなど浮かべない顔に、せせら笑いまで浮かべて。


 しかし相手は無表情・無愛想が売りのマリスだ。無表情でぼそぼそ反論するのが関の山、それを受けてから論破すればいい。



「くだらなくなんかないっ!!」
「っ……!?」


 だから……突然叩きつけられた激情に、俺は心底驚いた。

 声を荒げるなど思ってもみなかった。まさか怒りを声にまであらわすなど、予想もしていなかった。
 今の俺は、恐らく間抜けな顔をしているのだろう。


「……あ……ゴメン、なさい……」


 そのマリスですらすぐにハッとなって、怒りを湛えた顔が無表情まで戻り、遂には無言で俯く。
 気まずい空気が、俺とマリスの間に流れた。

 ……今のは俺が悪い。
 理由はどうあれマリスはこのヌイグルミを気に入ったのだ。
 それに対し、また己の八つ当たりをぶつけるとは……。

 ……否、もしかせずとも―――――今考えてみれば、死神であった彼女は何かに触れる事すら叶わず、低反発素材を触ったのも初めてである事は間違いない。
 生まれて初めて感じる熱、生まれて初めて感じる感触。
 ……それを自我の認識がハッキリしている状態で触れれば―――もしかすると、えも言われぬ快感を得るのかもしれない。

 それらを踏まえれば決して “どうあれ” などと、蔑称できる理由では無いのかもしれない。


「……すまん。今のは俺が悪かった」
「……私も、急に声を出して御免なさい……」
「だが金が無いのは本当だ。今日は諦めてくれ」
「……でも……」


 ああそうだ。
 “今日は” 諦めて貰う。


「また来るぞ。その時……お詫びの印におごる」
「……! ……麟斗、約束」


 差し出された小指を、俺は拒否せず握る。
 指斬りげんまんと言う、今時誰がやるかも分からない方法で約束を交わし、今度こそエスカレーターを使って階下へを降りて行く。


「あ、ちょっとちょっと! 漸く見つけたー!」
「……楓子……忘れてた」
「ガーーーーン! 酷いよマリスたあぁぁん!?」
「……はぁ、バカやっていないで行くぞ」


 やっと我に返ったか、自動ドアのすぐ傍で三度追いついてきた楓子と合流し、俺達はムトゥーヨガー堂を後にするのだった。











「此処に居たのかい? 随分と平和な趣味を持っているものだね……殺戮の天使」

「……!?」
「あいつは……!」


 ―――赤い甲冑を着こんだ、紅髪の騎士と出会わなければ。

 
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