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俺と乞食とその他諸々の日常

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三十九話:診断と日常


「取りあえずリンカーコアに異常は見られないわ。それと確かに二人の人がリヒター君の中にいるわ」
「ユニゾンデバイスみたいな状態ですかね?」
「まあ、簡単に言えばそうでしょうね。ただ、デバイスじゃないから持ち主の責任というわけにもいかないわ」
「うーん……そうなってくると襲われた恐怖で先祖伝来の魔法が暴発。それにより犯人は重傷を負うも一命を止める。殺意なども本人(・・)にはなかった。こんな感じで報告するのが一番ですかね」
「ええ、それが一番だと思うわ。それに広義の意味で捕らえれば記憶継承も魔法ですもの」

 シャマルの元を訪れ診察を受けた結果を聞きスバルは胸を撫で下ろす。
 人格継承が魔法である以上魔法の暴発という事にすれば殺意がなかったという説明はできる。
 さらに暴発も恐怖での防衛であればやむを得なかったことにもできる。
 これだけあれば立派な正当防衛として無罪とすることが可能だ。
 もっと言えば別人の人格だと判断された以上リヒターは裁けないのだ。

(ふう……。どうやら、臭い飯を食べることにはならなさそうですね)
「うん。もうしばらく事情聴取をしたら家に帰れると思うよ」
「よかったなー、リヒター」

 喜び合う三人。その様子に頬を緩ませながらシャマルは内心でまだ問題が終わっていないことを警戒する。
 事件に関しては被害も大きなものでもなく、被害者は犯人だけ。
 言っては悪いがわざわざ深く調べる様な事件ではないのだ。
 さらに言えば晩年人手不足の管理局。
しかも地上で特殊な事例の裁判など誰も開きたくはない。
 犯人は別かもしれないが殺されかけた手前再び立ち向かう気力があるとは思えない。
 故に事件に関しては問題は無い。
 つまり、残された問題は―――エクスヴェリナの正体である。

「エクスヴェリナさん、もう一度聞きますけどあなたが『戦場王』エクスヴェリナなのですか?」
「その通りだ。しかし、その名で呼ばれるのは久しいのう。最近では『暴君』と呼ばれる方が多いのだが。しかもその名も冥王の小娘に奪われてしまったというのに」
(イクス様、ごめんなさい。こんなご先祖様と名前が似ていただけであらぬ罪をなすりつけられて)
「あんたのせいやったんか……」

 歴史家が聞けば発狂ものの事実にもシャマルは冷静に思考する。
 歴史の生き証人である彼女にとっては現代を生きていれば事実と違った(・・・)歴史を見ることは日常茶飯事なのだ。
 もっとも昔はただひたすら戦い続けていたので文化などを楽しむ余裕などなかった上に闇の書の影響で記憶が摩耗している部分も多々ある。
 しかしながら今回ばかりはかつての主が“敵”として伝えていたので記憶に残っていたのだ。
 守護騎士である彼等は戦闘に関することは優先して覚えているのだ。
 だからこそ、かつてのエクスヴェリナの二つ名を知っていたのだ。

「お兄ちゃん! ご無事ですか!?」
「リヒターさん、やっぱり病気だったんですね!」
(ゴフォッ!?)
「哀れな子孫よ……」

 そんな話をしている時に連絡を聞いて駆けつけてきたアインハルトとヴィヴィオが到着する。
 ヴィヴィオは到着するなりリヒターの心を抉ったが。
 そして遅れてミカヤ、ヴィクター、ハリー、エルスなどが部屋に入って来る。

(違うんだ、ヴィヴィオちゃん。俺は正常だ。この上なく正常なんだ)
「と、言っているぞ。聖王の小娘」
「え? え? 二重人格ですか?」
「これは中二病……うっ、昔の古傷が」
「おい、なんでお前が苦しんでんだよ、デコ助」

 同一人物から聞こえる二つの声に混乱するヴィヴィオ。
 そして何やら自身の黒歴史を思い出したのか苦しみだすエルス。
 そんなエルスに呆れながらツッコミを入れるハリー。
 いつもと違うリヒターに抱き着くのを戸惑い挙動不審に陥るアインハルト。
 シリアスなど聖王の末裔の前では無意味なのである。

「はぁ……それで一体何が起こっているのか説明くれるかい? どうせリヒターが何か粗相をしたのだろうけどね」
(相も変わらず俺に対する風当たりが強いな、ミカヤ。まあ、今はいいだろう。それじゃあ話すとしよう)





 リヒターが事情を説明し終えた後、辺りは沈黙に包まれた。
 因みにだが半分が『まさかそんなことがあったなんて……』で、もう半分が『あのリヒターが王の末裔とか世界終わっているだろ……』という沈黙である。
 誰がどちらにいるかは名誉のために言えない。

「ベルカ諸王ということはわたくしダールグリュンとも何か縁があるのかしら?」
「ダールグリュンとは残念ながらまみえたことはないのう。聖王とは縁があるがな」
「ほ、本当ですか。どんな関わり合いだったんですか?」
「見事に腹を切り裂かれてな」

 何故か嬉しそうに語るエクスヴェリナの言葉に場が静まり返る。
 周りにいる人間が基本的に仲間であったために今までこうした因縁は無かったので油断していたとヴィヴィオは反省する。

「す、すいません」
「なぜ、貴様が謝るのだ。まさかかの聖王と自分を同一に見なしているとでもいうではあるまいな?」

 謝るヴィヴィオに対してエクスヴェリナは鋭い眼光で睨みつける。
 彼女はかつての強敵が小娘と同列に語られたようで気に入らないのだ。
 ヴィヴィオはそこまでの心情は読み取ることは出来なかったがすぐに自身の信念から言葉を返す。

「違います。私はオリヴィエの記憶も持っていますけど、ヴィヴィオです。高町ヴィヴィオなんです」
「ふむ、聖王とは比べようもない程軟弱だがその心だけは見事よのう」
「ありがとうございます。でも、エクスヴェリナさんはその……憎くないんですか?」

 少し満足したような返事にホッと息を吐き出しながらヴィヴィオは気になっていたことを尋ねてみる。
 その質問にエクスヴェリナは何を言っているのかといった呆れた顔をする。

「よいか、聖王の小娘。負けたことを悔やむことはあっても恨むことを我はせん。ただの力不足よ。それに子孫である貴様らが背負う罪もない。例え神であろうと他者の罪を肩代わりすることはできん。寧ろ肩代わりするという愚か者が居るのなら叩き斬る」

 サッパリと割り切る姿に一同は彼女がどういった性格なのかを思い知る。

「そう……ですか。私には理解できないかもしれません。でも、確かにあなたの想いを知ることはできました。ありがとうございます」
「ふーむ、可愛げない子供よのう。まあ、我が子孫に比べればマシだがの。どうだ、少しは子どもらしい質問をしてみるがよい」
「え、えーと……それじゃあオリヴィエがどれぐらい強かったのかを教えていただけませんか?」
 
 エクスヴェリナの無茶ぶりに困った顔をしながらも純粋な疑問を聞いてみる。
 これはアインハルトからも聞こうと思えば聞けるだろうが実際に戦った本人が居るというのだから直接聞いた方が早いと思ったのだ。
 その質問に少し考えるしぐさを見せるエクスヴェリナだったが答えたのは現状暇なリヒターだった。


(戦場に出れば敵将の首を取って来るのは当たり前。
 一度の出陣で三人の将を討ち取ることもざら、調子がいい時は五人も。
 一度の斬撃で剣が三本に見える。防御魔法で敵軍を壊滅。
 砲撃魔法かと思ったら純粋な拳の一撃だった。
 先頭に立つだけで敵兵が泣いて謝った、心臓発作を起こす敵兵も。
 実は馬に乗って走るより自分が走る方が早い。乗っているのは自軍について来させるため。
 戦局終盤、自軍全員負傷の状況から1人で逆転。
 グッとガッツポーズしただけでクラウスの全ステータスが五倍くらいになった。
 余りにも強すぎるので聖王連合が自重して『ゆりかご』に乗せたという噂も。
 古代ベルカではチートのことをオリヴィエと呼んでいたのは余りにも有名。
 オリヴィエは本気を出したことがない)


「勿論嘘だが所々真実も含まれておるぞ。特に斬撃の件は我ですら残像で剣が三本に見えた」
「クラウスのステータスが五倍の件も真実です。普段はお淑やかなオリヴィエのガッツポーズに気持ちが昂り『ベルカBASARA』状態になっていました」
 
 驚愕の事実にその場にいる者達は言葉が出ない。
 オリヴィエって何者? という言葉を発したいがそれを言ったら負けなような気がするので誰も言わない。
 因みにだが仮にオリヴィエがクラウスのほっぺにキスでもしていたら界王拳20倍は固かっただろう。

「……そ、それはともかくとして結局の所リヒターは元に戻るん?」
(そうだ、そうだ。このままだと俺が中二病を再発したと思われかねないだろ)

 よくぞ、この空気を壊してくれたという称賛の眼差しを受け取りながらジークが肝心な部分を問いただす。
 その問いにエクスヴェリナは不敵な笑みを見せ自身の心臓の上に手を置き、目を瞑る。
 まるで儀式の様な仕草に一同の目が釘付けになる。
 やがてエクスヴェリナは目を開けてどこか人を食ったような笑顔を浮かべる。

「戻そうと思えば戻せるぞ。だが―――戻す気はない」
(……何がやりたいんだ、ご先祖様?)
「くくく、流石は我が子孫よ。我の言わんとすることが分かるか。その通り、今の我にはやりたいことがあるのだ」

 要するにやりたいことを終えるまで元にも戻る気はないという子どもの我儘の様なもの。
 エクスヴェリナは大きく片手を上げてゆっくりと一人の人物を指し示す。
 その様は一本の剣を相手に突き付けているように幻視させた。


「エレミアの小娘、ジークリンデ。汝に死合いを申し込む」


 猛獣の牙が今、少女の喉元を食いちぎらんとする。
 
 

 
後書き

オリヴィエ「剣を振っていたら多重次元屈折現象が起きて三つ同時に斬撃が放てました」

クラウス相手に無傷の勝利だからこのぐらいはやってくれるはず(無茶ぶり) 
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