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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第十五話 幼児期⑮



「むぅ、でもこの方法じゃ後で…。まぁ、今は思いついたものをメモっとけばいいか」

 俺はさっきまで考えていた内容を、とりあえずメモ帳に書き込むことにする。メモを書き始めてから、もう2年以上経つ。最近は書く頻度が増えたため、メモ帳も3代目に先日入った。新品の物って、なぜか最初に使う時に緊張してしまうよね。1回使ったらそうでもないのに。

「なるほど。これが海外の方でも人気になった『MOTTAINAI!』精神なのか。かっこいいじゃないか」
『ただの貧乏性だと思いますよ。でも、今のは無駄に発音が良かったですね』

 でたな、ツッコミめ。俺はメモ帳を閉じて、リビングに現れたコーラルの方へ振り向く。そうだ、ちょっとからかってやろう。

「どうやら落として上げられたみたいだ。コーラルが俺を攻略しに来たみたいです」
『Is your head okey ?』

 つい勢いで、メモ帳をぶん投げてしまった。クリーンヒット!


 アリシア達との牧場放浪から幾日過ぎた今日。日程的には少し早いが、あるイベントが前倒しで先に行われることとなった。俺はその準備を早々に終わらせたため、余った時間で日課であるメモ書き活動に勤しんでいたのである。

『それより、最近よくメモ帳に書き込んでいますが、何を書いているのですか?』
「……さっきのやり取りを、『それより』でもはや流せてしまうとは」
『慣れって怖いですよね』

 何事もなかったかのように復活したコーラルに、俺は戦慄する。どうやら魔法で咄嗟にシールドを張ったらしい。防御魔法便利だな。魔法の補助機がマスターよりも魔法が上手いという現実には、目をつぶっておく。というか、使ってるの俺の魔力だし。

 俺は投げたメモ帳を拾いに行き、またソファに身体を沈めた。右手に持っていた鉛筆を指でくるくる回しながら、半眼でコーラルを見てみる。なんかコーラルの俺に対する扱いが、かなり軽い気がするんだけどなー。

 だんだん強かになってきた相棒に喜ぶべきか、修理に出すべきか。そういえば、防御魔法の展開速度が上がったって前に言っていたか。その理由が、これ以上のリニスのおもちゃ化回避のためにというのは、少しほろりと来たが。


「あー、メモ帳には俺が思い浮かんだアイデアを書き込んでいるだけだよ。将来的にちょっと考えないといけないことがあってね」
『将来のことですか?』
「うん。といっても今はやらないといけないことがあるから、本当にメモ書きみたいな感じだけど」

 とりあえず、コーラルに聞かれたので簡単に答えることにしてみた。内容に関してはぼかしたが、コーラルはそれで納得したみたいだ。助かるけど、そういえばコーラルってあんまり俺の行動や言動を深く聞いてきたりはしない気がする。魔法関連以外は。

「コーラルってさ、内容は深くツッコんでこないよな」
『ますたーの深層心理はほとんどが混沌とした何かですし、深く聞いたら僕のAIが故障しそうで…』
「やっぱお前、俺への敬い度ゼロだろ」

 主従関係を持ち出すつもりはないけど、せめてもうちょっと敬ってよ。俺一応マスターだよね。


 そんな日常会話も終わり、俺はメモ帳や筆記用具を傍にあるテーブルの上に置いた。一度背伸びをすると、硬くなっていた身体が解される。ついでに首も回しておこう。

 メモに書いていて思うけど、あんまりこれだ! という解決方法はやっぱり思い浮かばないな。思い浮かんでも、俺じゃあ出来なさそうだったり、失敗しそうな内容も多い。俺に出来る範囲でやれることを考えていかないといけない。


 ―――頑張るだけの価値は、絶対にあるはずだから。


 俺なりに頑張ってみせると決めた。原作から逃げることをやめたんだ。俺が未来を変えることで、物語の歯車は確実に狂う。なら、もう堂々と原作に介入してやる。未来のそのまた未来にも、立ち向かってやろうじゃねぇか!

 ……と、かっこよく決めてみたが、ぶっちゃけると俺ができる範囲でが条件なんだけどね。そのせいで、未来が結局何も変わらなかったのだとしても……どうしてもこれだけは崩せない。俺の優先順位だけは絶対に変えられないからだ。

 俺にとっての1番は、アリシア達と幸せに暮らしていくことだ。だから、原作介入も正直大したことはできないと思う。俺が怪我したり、もし死んでしまったら、みんなを悲しませてしまう。俺に何かあったら家族を不幸にしてしまうのだ。自惚れでもなく、それだけの愛情をもらっているとわからないほど鈍感じゃない。だから俺は、無茶だけはしたくない。

 罪悪感はある。責任もある。彼女たちに幸せになってほしいとも思う。そのために頑張りたいとも思った。それでも俺は、自分の幸せを彼女たちのために捨てられるほど、お人よしではない。自分のことばっかり考える、薄情な人間だろう。


 それに、俺が彼女たちのために頑張ろうと思った本当の理由はきっと―――


「ごめんなさいね、アルヴィン。待たせちゃったかしら」
「おまたせ、お兄ちゃん」
「ふにゃん」

 お出かけ用の服装に着替えたアリシア達が、リビングへと入ってきた。俺は先ほどまで考えていたことに頭を振って打ち消す。うん、大丈夫。今はこっちに集中しよう。さっきまで考えていたことだって、運命の日が終わった後にじっくり考えればいいさ。

「そんなに待ってないよ。おっ、みんなおしゃれに決まってるな」
「でしょ! このお洋服ね、私のお気に入りなの」

 褒められたのが嬉しかったのか、妹はスカートの端を手に持って、くるりと回ってみせる。アリシアの好きな緑色の大きなリボンと若葉色のワンピースがよく似合っている。

 母さんも淡い優しい色合いの服が、落ち着いた印象を与えている。普通に美人だよな。いつもの仕事用の白衣も似合っているけど、俺はこっちの方が好きだな。

 リニスもナイスもふもふです。

「アリシアって水色とか黄緑色とか明るく映える色が好きだよな。そういう色の服も多いし」
「あ、そうかも。でも、お兄ちゃんは暗めの色が多いよね」
「あー、目立つ色ってどうも苦手なんだよな…。それに、いろんな服に合わせやすいし」

 俺の服装は、白いシャツの上に紺色の上着を着込み、黒いズボンをはいたといういたってシンプルなものだ。髪も特にいじってない。というか、いじるほどの長さもないし。坊主とか短すぎるのはいやだから、多少の長さはあるけど。俺は母さんと同じでちょっと癖っ毛がある髪だから、あんまり伸ばすとはねるんだよな。

「でも、もう少しおしゃれしてみてもいいと思うわよ。きっと似合うわ。いつかみんなでお買い物に行ってみましょうね」
「ほんと! じゃあ私ね、お兄ちゃんにぴったりのお洋服見つけてあげる」
「はは、そん時はよろしく頼むよ」

 俺は笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振っておいた。アリシアはお買い物に行く日が楽しみなのか、どんな洋服を見ようかもう考えているようだ。さすがに母さんも忙しいだろうし、行くならきっと開発が終わった後になるんだろうな…。


「アリシア。あんまり先のことばっかり考えてたら、鬼さんに笑われるぞー」
「えー、鬼さんに?」
「そうそう。先のことも大切だけど、今この時も大切なんだぞってな」

 ばあちゃんに昔、そんなこと言われたしな。俺もまずは自分がやるべきことをやってから、これからを改めて考えていけばいいさ。焦っても仕方ないしな、うんうん。

 あ、そういえば異世界だし、鬼とかもちゃんといたりするんだろうか。いろんな種族がいてもおかしくないだろうし。やっぱりパンツ派だろうか。いや、意外にブリーフを穿いたり、ブーメランでおしゃれしているかもしれない。異世界の鬼だし。もしかして、柄もトラ柄のみならず、シマウマとか高級感溢れるものの可能性も…!

「鬼もおしゃれ期に突入か。毎日がまさに勝負パンツとかさすがは次元世界の鬼」
『もう服ぐらい着てるんじゃないですか』
「じゃあ、リニスは服を着てないから鬼さんよりもすごいの?」
「にゃうにゃう」

 違うから、むしろ一緒にしないでね、というように首を横に振るリニス。まぁ、動物にとっては毛が服みたいなものか。毛がいっぱいある動物ほど、無くなったときのビフォーアフターは言葉を失うほどだからな。

 それにしても、リニスはなんだか最近、突然の振りにあまり慌てなくなってきたみたいだ。ちょっと残念。慌てた姿はかわいかったのに。

 ちなみに、『リニスさんのからかい要素が…』とどこか悔しそうにしているデバイスの独り言が、後方からぼそりと聞こえてきた。……うん、俺は何も聞いてない。同じことをほんの少しばかり思ったけど、口には出してない。


 だから地獄耳の子猫が1匹、ゆらりと臨戦態勢を取りだしたのを見て、素知らぬ顔で距離を取った俺は悪くない。最近ちょびっと調子に乗っているみたいなので、一発やって下さいお猫様、なんて思っていませんから。力のないマスターを許してくれ、コーラル。

 心の中で俺は合掌する。俺は相棒を救うことも出来ない、無力なマスターだ。だから俺は、アリシアと母さんと楽しくおしゃべりをしながら、悲鳴が聞こえなくなるのを待つことしかできなかった。



******



「おぉ、綺麗に花が咲いてるなぁ」
「ほんとだ! お母さん、お花がいっぱいあるよ!」
「えぇ、とってもきれいね」

 思わず感嘆の声をあげた俺とアリシアは、目の前に広がる花々に目を奪われる。一面に白やピンク、オレンジといった様々な色や種類の花が咲き乱れている。晴れ渡る青空に浮かぶ雲の影が、いくつも平坦な地面に伸びていた。

 さらに青い衛星がはっきりと空に点在しているのがわかる。これを見ると、地球との違いを改めて感じるな。月や太陽ぐらいの大きさの星が、いくつも空に浮いているのだから。まぁ、今は見慣れたものなんだけどね。

 なんだか見ているだけで壮観な景色だ。障害物がほとんどなく、広原がどこまでも続いている。前にピクニックに行った時は、観光客の人も何人かいたけど、今日は俺たちが独占できるらしい。気候もよく、さわやかないい風がそよいでいる。

「気に入ってくれたかしら?」
「うん、驚いた。こんな場所が結構近場にあったんだね」
「そうよね。なんでも穴場だって教えてくれたわ」

 母さんいわく、開発チームのみんなが教えてくれたらしい。俺たちの今住んでいるところは自然の多い地域だから、今までよく一緒にアリシアと探検に出掛けていた。

 そこで洞穴を見つけたり、『このぉ木なんの木』のような巨大な木を見つけたこともあった。だけど、こんな場所は知らなかったな。灯台もと暗しとはこういうことか。


「でも、ごめんなさいね。本当ならピクニックは、2人の誕生日に連れて来てあげたかったのだけど…」
「仕方ないよ。その時には研究も大詰めなんでしょ? さすがにそんな時に主任の母さんが1日あけちゃうのは、まずいことぐらいわかってるよ」
「それに、お誕生日の夜は一緒にお祝いできるもん! 私、お母さんやみんなとこうしていられるだけですごく嬉しいよ」
「……ありがとう、2人とも」

 母さんは俺たちの言葉にふわりと微笑む。実際、俺も妹も今回のお出かけに不満は一切なかった。確かに毎年誕生日は、1日をみんなで一緒に過ごすし、ピクニックに出掛けていた。記念日は大切だけど、でもそれにこだわって母さんが無理をする方が、俺たち兄妹にとっては見過ごせないことだったからだ。

 おそらくもう、母さんがこんなふうに休みを取れる日は開発が終わるまでないと思う。今日だって、開発チームのみんなが、母さんや俺たちのためにとわざわざ時間を作ってくれたのだから。みんなには小さい頃によく遊んでもらったし、今でも忙しいのに時々様子を見に来てくれることもある。

 母さんやそんなみんなが、俺たちのために作ってくれた日。それだけで今日という日が、誕生日に負けないぐらい大切な日なんだと俺は思っている。うん、今日は楽しい1日になるといいなー。



「よーし、私が1番乗りだぁー!」
「あ、ずりィッ! だけど、このぐらいの距離ならすぐに追いつけ……ぐほォッッ!!」
「にゃー!」

 アリシアが花畑に向かって走り出したのを見て、俺も追いかけようとした。……後頭部に衝撃が来て、息が詰まってしまい、それどころではなくなってしまったが。

「ナイスだよ、リニス! 私たちのチームプレーの勝利!」
「ちょッ、普通にせこいんだけど!?」

 アリシアがリニスに向かってサムズアップ。リニスも後は任せなさい、というように立ち塞がる。俺とアリシアでいろんなことで勝負することはあるけど、これはひどくないですか!? リニスにいきなり後ろから、頭を踏み台にされたんだけど。


「なんだよ! さっきまで空気を読んで静かにしていたくせに! というか、やっぱり今のズルいだろ!?」
『普通に勝負で、転移使ってる常習犯が何を…』
「…………まずは、リニスをどうにかしないと駄目だな」
『ズルの自覚は微妙にあったのですね』

 お前はどっちの味方だ。まだリニスにおもちゃにされた時、助けなかったことを根に持ってんのかよ。あれはどうしようもなかっただろうが。

 とにかく、リニスが近くにいると転移に集中できない。俺が転移しようとした瞬間には、もう飛びかかってきてそうだ。なんという反応速度。このにゃんこがここで立ち塞がっているということは、それができるだけの自信があるということだろう。くっ、なんて手強い相手なんだ。

「うまく逃げながら、隙をついて転移するしかないか」
『転移使うのは、やっぱり確定なのですね』

 リニスの後ろを通り抜ける方が難易度高いだろ。それにしても、アリシアがこんな作戦をたててくるとは。明らかに、俺が転移を使ってきそうだと読んでいたみたいだ。でも、さすがになんでもかんでもレアスキルを使っているわけでは、ないはずなんだけどな…。

 だが、いいだろう。そっちがその気なら俺だって負けられるか! こうなったら俺の切り札を使ってでも、リニスを乗り越えてやるぜ!


「みんな元気ね。もうこんなにも、はしゃいじゃって」
『マイスターもだいぶ図太くなりましたよね』
「……どんなことも、自分が受け入れるだけの気持ちがあれば、前に進めるものよ」
『そんな目をそらしながら、語られても』

 そんな俺たちの行動を、生温かく見守る母さんでした。



******



「納得いかない。なんなの、この子猫。マタタビの誘惑にすら、魅了されないなんて」
「ふっ」
「何その爪が甘いな、という顔は。確かに俺もリニスがマタタビに屈する姿が想像できなかったとはいえ、一応猫だろ。ライオンもごろごろ言わせんのに」
『リニスさんもリニスさんですが、マタタビ持ち歩いていたますたーも、色々おかしいですよね』

 隙ぐらいはつくれるかと思って、準備はしていた。あと、ごろごろ言うリニスが見たかったのもあるけど。俺がマタタビを持っているぐらい、そこまでおかしくないだろ。

「しかも勝負が終わった後、マタタビ強奪されたし」
「せんりひんって言うんだっけ?」
「アリシアには、俺のサンドウィッチ1個あげたじゃん」

 結局勝負はアリシアの勝ちだったため、お昼のお弁当を分けることにしました。現在は、レジャーシートを敷き、その上に母さんが作ってくれたお弁当が広げられている。バスケットの中には、俺たちの大好物でいっぱいだった。

 俺はサンドウィッチを嬉しそうに食べる妹と、マタタビと戯れるリニスを見ながら、唐揚げを1つ口の中に放り込む。皮のパリパリ感と、中の柔らかさが絶妙だ。おいしい料理を前に悔しんでいるばかりでは申し訳ないし、気持ちを切り替えよう。嬉しそうな2人を見れてよかったしね。


 あの後、花畑に突撃した俺たちはたくさん遊んだ。それに、母さんに花の冠の作り方を教えてもらったため、アリシアと一緒に作った。結び目が絡まったり、ずれたりでなかなか難しかったけど。母さんに指導してもらいながら、ようやく形になった時は嬉しかったな。

 ちなみに今は家族全員、頭の上が花畑になっていたりする。器用さを発揮したアリシアが、リニスや母さんの分も完成させたからだ。最初は母さんも恥ずかしがっていたが、今は普通にお茶を飲んでいる。コーラルの上にも指輪のような小さな花が飾られていた。

「ふふん、お兄ちゃんに勝てたー」
『えぇ、さすがはあのますたーの妹様です』
「コーラルはどういう意味だ。だけど、次は絶対に勝ってやるからな。それに今回のお兄ちゃんには勝てたかもしれないが、これからさらに第2、第3の俺と出てくるかもしれないぞ!」

 みんなの手が一斉に止まった。

「……お兄ちゃんがいっぱい」
「……にゃぁ」
『……うわぁ』
「……いっぱいのアルヴィン」

 ネタに素の反応を返されました。



******



「そうだわ、ねぇ2人とも。少しお話を聞かせて欲しいのだけど、いいかしら」

 一服していた俺たちに向け、母さんが思案した表情を浮かべながら質問してきた。俺もアリシアも不思議そうにしながらも、大丈夫なことを伝える。どうしたんだろ、改まって。

「もう少ししたら、2人の6歳の誕生日が来るでしょう? お誕生日のプレゼントに何か欲しいものはあるかしら?」
「え…」
「お誕生日に?」

 花畑に来たことで、もしかしてと思っていたけど。そうか、ここがあのシーンだったのか。母さんがこのタイミングで、この質問をしてくることは特におかしなことではない。でも、やはり原作通りの場面が起きたことに、なんともいえない感覚がある。

 やはりこの世界は、物語とは切って離せないということなんだろうか。コーラルというデバイスが出来ても、リニスが超アグレッシブになっても、リリカル物語が軸としてちゃんとあるのかもしれない。俺がいたことで、本当に原作は変わるのだろうか。変えられるのだろうか。

 俺にとって初めての原作との邂逅。納得していたと思っていた小さな不安が、俺の中に再び芽生える。


「えぇ。プレゼントはすぐに用意できるかわからないけど、今年中にはきっと駆動炉の開発も落ち着くと思うわ。だから、2人の意見を聞いておきたかったの」

 6歳の誕生日。本来の未来では、決して迎えることはなかった日か。……しっかりしろ、俺。不安なんて考えたら、いくらでも出てくるに決まっている。一度決めたのなら、突き進むしかないんだ。物語の運命に立ち向かうんだろ。

「よっしゃあ。それなら俺は、探索マップみたいなのが欲しい! そういうのがあったらさ、もっと放浪の幅が広がりそうだ」
「ふふ、アルヴィンらしいわ。危ないところには、いかないように注意しないと駄目よ」
「もちろん」

 実際に欲しいと思っていたしな。RPGとかで、マップ100%達成とかよくやってたし。こう自分の歩いた場所が目に見えると、埋めていく達成感とかもある。知らない場所だと、地図があるかないかでかなりちがうしな。当てもなく放浪したい時は、ぶらぶらしたらいいし。


「アリシアはどう? 何か思いつく?」
「私は…」

 妹はうーん、と口元に手を持っていく。アリシアの欲しいもの。俺は自然とその答えに身構えていた。俺の知っている、物語としての未来が頭をよぎる。

 ふと気付くと、アリシアが俺の顔を見つめていた。俺は顔が強張っていたのかと思い、慌てて顔を手で触ってみるが、特に問題はなさそうだ。どうしたんだ?

「……あっ」

 アリシアは俺の顔を見据えながら、小さな声をあげる。どうやらプレゼントが思いついたらしく、何度も確認するようにうなずいている。妹は俺から視線を外し、母さんの方へと向き直した。

「あのね、お母さん」

 アリシアは、うきうきしたように言葉を続ける。その時、俺は記憶にある妹の言葉を思い出していた。そう、アリシアの言葉の続きは確か―――


『私、妹が欲しい!』

「私、お姉ちゃんになりたい!」


 ……そうだ、こんなふうに妹が欲しいと言って。…………あれ?

「ア、アリシア。その、お姉ちゃんになりたいの?」
「うん!」
『まさか、このような下剋上の仕方があったとは』
「にゃう」

 そこ納得しないで。感心しないで。いや、あのちょっと本気で待って下さい。突然のことに頭がフリーズして追いつかないのですが。似たような感じだけど、なんか違うよね。 原作と違う言葉になったとか、そこかなり重要なんだけど。それよりも今の言葉の方が、俺としては衝撃が大きいんですけどぉ!


「わかったわ。……アルヴィン」
「え、あの母さん。俺も確かにアリシアのお願いは聞いてあげたいのですけど、俺にもこうプライドというものがありまして」
「今日から、弟になってくれる?」
「こんな展開聞いてないよ!?」

 お兄ちゃんから、弟ですか!? 確かに産まれる順番は、双子だから僅差であることは間違いないけどさ。それでも、お兄ちゃんと弟の差は大きいよ!

『ますたー。妹の……いえ、お姉さんのささやかなお願いを聞いてあげましょうよ』
「にゃ……ぷっ。にゃうにゃー」
「完全アウェー! わかっていたけど、この家族アリシアに甘いよ! 俺も自覚あるけどさ!!」

 というか、完全に面白がっているだろお前ら。リニスなんて噴出したの見たぞ。

 えっ、というか何がどうしてこうなった。未来に立ち向かう不安とか、原作の運命を変えられるかとか悩んでいたじゃん。さっきまでのシリアスはどこにいったの!? 戻ってきて、シリアスさん!


「アルヴィン」
「母さん、俺…」
「どんなことも、自分が受け入れるだけの気持ちがあれば、前に進めるものよ」
「俺の目を見ながら、せめて言ってよ」

 そんな悟ったように言わないで、母さん。今までどんな理不尽な目にあってきたのさ。やっぱりそれだけ、仕事が大変だったんだろうか。

 母さんだって、よくわかんないけど現実を受け入れているんだ。この結果でアリシアが喜ぶのなら、俺だって覚悟を決めよう。大丈夫、俺が俺であることは変わらないさ。立場が変わっても、アリシアを守っていくことは出来る。

 俺はぎゅっと拳を握りしめながら、アリシアに歩み寄る。母さんたちも、固唾を呑んで見守っている。さようなら、―――今までの俺。


「ア、アリシアお姉ちゃ……」
「お兄ちゃん、どうしたの?」

 君が俺をどうしたいのか聞きたいよ!?



******



「あぁ、うん。やっぱりそういうことだよな。俺もそうだと思ってたんだよ、うんうん。……ほんとによかった」
『まぁ、アリシア様はますたーのことを、兄として慕ってくれていますからね。もともとそういう意味で言ったのだと思いますよ』
「そ、そうか。でも、妹か…。やっぱり難しいよな」

 あれから家に帰り、俺はソファの上でぐだぁっと倒れ込んでいた。なんか精神的にどっと疲れた。ピクニック自体は楽しかったんだけどさ。

 アリシアのお願いだが、別に俺のお姉ちゃんになりたかったわけではないらしい。そこは心底安心した。うん、やっぱり俺はお兄ちゃんがいい。もちろん、アリシアがお姉ちゃんなのが、いやだという意味じゃないんだけどねー。気持ち的なものでして。

「……守っていきたいか」

 アリシアは母さんと一緒に、晩御飯の準備をしている。リビングとキッチンは繋がった構造なため、ここからでも2人の様子がよくわかった。楽しそうに頑張っているようだ。

 そんな姿を見ながら、俺はあの時のアリシアの言葉を思い出していた。


『あのね、私今が好きだよ。みんながいるからいつもすごく楽しいの。だけどね、時々それだけでいいのかな、って思っちゃうんだ』

 原作のアリシアが妹を欲しいと思った理由は、なんとなくだけど想像は出来る。寂しかった思いと、母さんを支えたい思いが、それに繋がったんじゃないのかなと俺は考えている。

『私はいつも、みんなに守ってもらってるよ。大切にされているよ。でもね、私も守っていきたいの。お兄ちゃんみたいにお母さんに頼りにされて、みんなを笑顔にしてくれるような、そんなお姉ちゃんに私はなりたい』

 自分を変えたいという思い。俺がいることで、変わるものがちゃんとあるのだと気付いた。確かに俺がいても、変わらないものもあるだろう。それでも、物語に囚われる必要はないんだと感じた。だって俺たちの可能性は、いくらでもあるんだとわかったから。

『もし私にも妹がいたら、今の私みたいに一緒にいてくれて、嬉しいと思ってくれるような、そんなお姉ちゃんになりたいなって思ったんだ。しっかりした私になって、妹を大切にしていきたい』

 その後、もちろんお母さんやお兄ちゃん達を守れるようにも頑張るよ、と笑顔で伝えてくれたっけな。


『ますたーの影響でしょうかね。まだ幼いですし、おそらく自分にも守るべき存在ができたら、変われるのではないかと思ったのかもしれませんね』
「そういや、兄は妹を守るもんだって言ったことがあるかも」

 アリシア自身、妹が欲しいとは言ったが、今はまだ違うらしい。欲しいなとは思うが、しっかりしたお姉ちゃんになれたら、頼りにされるような自分になれた時がいいと言っていた。今回の誕生日プレゼントは決まらなかったようで、また今度までにちゃんと考えておくことになったようだ。

 さっきも口に出した通り、アリシアに妹が出来る可能性は難しいだろう。それでも、もし出来たのなら、きっと素敵なお姉ちゃんになれるんだろうな。明るくて、優しくて、真っ直ぐに向き合って支えてくれるような、そんなお姉ちゃんに。


 ―――現実でもこんなふうに、いたかったなぁ。


 ……守ってみせるよ、俺は。お兄ちゃんとして、大切な家族として。この世界で笑っていけるように、俺たちの物語を始めていくよ。


 
 運命の日は、すぐそこまで迫っていた。

 
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