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第二章

「この飯古いな、随分」
「ああ、米もな」
「最近はか」
「どんどんいい米がな」
「減っていってるんだな」
「それにな」
 給養員も難しい顔で言った。
「最近麦だってな」
「ああ、飯の中に入れてる麦な」
「増えてるだろ」
「前にも増してな」
「そうしないとな」
 古い米に雑穀を入れてというのだ。
「もうな」
「飯も食えないか」
「軍隊でもな」
 そうなってきたというのだ。
「この基地でもそうだよ」
「嫌な話だな、けれどな」
「けれど?」
「これはまずいな」
「飯がか」
「いや、この古い飯でここまで麦が多いとな」
 味だけではなくだ、その飯の状況を食って確かめつつだ、勇悟は言うのだ。カレーのルーにしても野菜は入っているが肉はない。
「もう駄目かもな」
「駄目か」
「ああ、これ大きな声で言えないけれどな」
「この戦争はか」
「駄目かもな」
 こう給養員にだ、実際に小声で言った。
「この飯の状況だとな」
「しっかりしたものが出ないとか」
「やっぱり戦えないしな」
「それで勝てないっていうんだな」
「そうだよ」
 まさにだ、その通りだというのだ。
「これはもう駄目かもな」
「そうか、まあ確かに大きな声じゃ言えないな」
 給養員は食堂の中を見回した、中には口煩い先任下士官もいる。その彼を見つつ勇悟に対して答えたのだ。
「その話は」
「あれだろ、東京とんでもないことになったんだな」
「空襲でな。十万死んだらしいぞ」
「どんな空襲なんだ、それは」
「Bー29が三百機も来て焼夷弾ってのを落としたらしい」
「それで十万か」
「ああ、焼き殺されたってな」
「帝都がそんなのだとな」
 空襲の話を聞いてだ、彼は余計に苦い顔になって述べた。108
「もう駄目だな」
「そうした意味でもなんだな」
「ああ、思いたくないけれどな」
「そこまでやられたらか」
「駄目だよ」
 勇悟は苦い顔でだ、給養員に言った。
「そうなるな」
「そうか、飯も酷くなったしか」
「これから食えなくなったらな」
「もういよいよか」
「どうしようもないな」
 負けるどころではないというのだ、勇悟はカレーを食いつつも苦い顔で言った。そして実際にだった。日本は戦争に敗れ。
 飯はだ、最早だった。
「食えるだけか」
「ああ、もうな」
「ましって状況だな」
 勇悟は朝飯を共に食う仲間達に言われた。
「ここだってな」
「基地だから飯あるけれどな」
「こんな飯でもな」
「もうこの飯酷いな」
 勇悟は朝飯を食いながらこうも言った。
「何なんだってな」
「これ何処の飯だっていうのか」
「一体」
「そうだよ、何かな」
 食べながらだ、勇悟は言った。 
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