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馬脚を表す

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第一章

                       馬脚を表す
 二階堂真司は中学生の息子の真一郎にだ、家でテレビを見ている時に不意にこんなことを言われた。
「なあ、芥川の小説で馬の脚ってあるだろ」
「御前芥川読んだのか?」
 真司は息子にまずこのことから問うた、丁渡冷蔵庫を開けてそこから牛乳を出そうとしている息子に対して。
 その面長で確かな眉と目を持ち引き締まった口でだ、髪を短く刈っていて皺が目立つがまだまだラグビーで鍛えた学生時代のその引き締まったものが残っている顔で自分の子供の頃を思わせる顔と背丈の息子に問うたのだ。
「そうなのか」
「ああ、そうだよ」
 その通りだとだ、真一郎は答えた。
「学校の授業で出るからさ」
「それで馬の脚なんか読んだのか」
「なんか、だよな本当に」
 真一郎はしみじみとして言った。
「あの作品は」
「芥川は前期の作品の方がいいぞ」
「鼻とか羅生門だよな」
「最後の方の作品は読まない方がいい」
 こう息子に忠告した、もっとも息子は既に読んでいるが。
「その馬の脚なんかな」
「親父も読んだんだな」
「読んだから言うんだ」
 それこそというのだ。
「生き返ったはいいが何でか脚が馬のそれになってな」
「えらく苦労して最後は奥さんにその脚を見せて人知れず死ぬっていう」
「読んでいて訳のわからない作品だろ」
「頭おかしかったのかよ、芥川って」
「その作品書いた時はおかしかったんだよ」
 真司は言い切った。
「実際にな」
「そういえばあの人自殺してたな」
「自殺するまでの何年かはおかしかったんだよ」
 実際にというのだ。
「あの人はな」
「だからあんな作品書いたのか」
「そうなんだよ、だからあの人は末期はな」
「あまり読まない方がいいんだな」
「鼻とか読め、末期の作品はもう読むな」
 我が子にあらためて忠告した。
「わかったな」
「ああ、読んでいて訳がわからないおかしさ感じたからな」
「実際に人間の脚が馬の脚になったらな」
 その馬の脚の話をだ、真司は息子にまたした。
「どうなるか知らないけれどな」
「あんな風になるのか?」
「知らん、しかしあの時の芥川はとにかくおかしかった」
 作家としての限界を感じ母の様に狂気に陥るのではないかという恐怖がありそこから不眠症になり他にも色々とあってそうなったらしい。
「だからああしたことを書くのもな」
「あるんだな」
「馬の脚になってもな」
 真司はちらりと自分の脚を見つつ真一郎に話した。
「ああはならないだろ」
「実際になってもか」
「ああ、あんなおかしな風になるか」
 こう息子に言ってだ、真司はテレビに顔を戻して缶ビールを開けた。その横にはピーナッツと柿の種がある。
 そのピーナッツと柿の種を食べつつだ、こうも言った。
「実際にどうなるかわからないけれどな」
「そうか、じゃあな」
「ああ、また別の作品読めよ」 
 このことは駄目とは言わなかった、学校の授業の為にもだ。そうしたことを息子と話して後はビールとテレビも楽しんでだ。
 妻が待っている部屋で二人で寝た。こうした話は数日もすれば忘れるものだった。少なくともその筈だった。
 だが朝起きてだ、真司は。
 ベッドから出て靴下を履こうとしたところで自分の脚を見て一瞬で目が覚めた。
 そしてだ、思わずこう言った。
「何じゃこりゃ!」
「松田優作の真似?」
 ベッドの中から妻の百合が言って来た、結婚して二十年になる愛妻だ。流石に顔には皺が出てきているがまだ可愛らしいというのが真司の見方だ。 
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