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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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第十一話:混入せし概念

 
前書き
戦闘シーンを書きたい……でもこの作品、闘う場所が元々少ないんだよなぁ……。

オリジナル要素のお陰で幾らか違いますけど。



では、本編をどうぞ。 

 
 
 魂の年齢が三十代だから、十代に限る《婚約》は出来る筈もない。状況が状況だし、それが当たりだと思ったのに……マリスが提示した理由が、思い切り的外れだと告げて来る。

 自分の考えが外れかもしれない事に驚くも、心の内は悟られなかったか、マリスは話し続けた。


「……《婚約(エンゲージ)》の為の力が放出されているのが分かる。そして、麟斗へ吸い込まれていったのも分かる。でも麟斗から力は何も感じない……《婚約者(パートナー)》の力も、証である痣も、何も無い」
「じゃあやっぱり、そのもう一つの “概念” っていうのに邪魔されているの?」
「……恐らく」
「俺に資質が無いって線は?」


 恐らく、思い当たる節の中で最もポピュラーなモノを上げるが、マリスは首を振って否定してくる。


「……そもそも資質が無ければ、吸い込まれはしない。楓子に試して、分かった事だけど」
「ええっ!? マリスたん私へ《婚約》してくれたの!? 心を開いてくれたの!? っていうか好きになってくれたのぉっ!?」
「……? ……合理的判断を下す為、一応試しただけ」
「しょぼーーん……」


 祭が如く一気に盛り上がり、弾けた様に一気に盛り下がる……まるでバブル経済でも見ているかのような、楓子のオーバーリアクションだ。
 《婚約》出来るのは “十代男子” だけなので、今一番傍に居ると言う時点で、楓子は失敗例を試すに充分値した人物だったのだろう。

 一々アップダウンの激しく、言っている事が意味不明になるこいつに構っていると話が進まないと見たか、マリスは無視して更に話を続けて来る。


「……最初こそ分かり辛かったけれど、今なら理解出来た……異なる概念が、私の体に混入している事に」
「何故分かった?」
「……微妙な違和感を具現時より感じていたけど、それは一時的なものだと思っていた。でも、感覚的に違うと今なら分かる。……敢えて言うなら『害を成さない内傷』……まだ何も影響が無いと分かった訳でもなく、そもそも矛盾してはいるけれど」
「なるほど」


 本来楓子の設定で出来ている筈なのに、一部に別の概念が挟まっていれば、それを傷と呼ぶのもあながち間違ってはいないのかもしれない。
 要するに違和感を感じるが、今の所それ以外大した問題は無いと言う事だろう。
 魂の年齢の所為で《婚約》出来ないのだろう、とか内心で決めつけていた自分が少しばかり恥ずかしい。
 まあ知らなかったのだし、俺にはそれぐらいしか思い当たらなかったのだ。情報も無く、本人では無い分仕方が無い部分もあるのかもしれないが……。

 ……と言うか、いい加減《婚約者》がいったい何の役に立つのか、何の役割を持つのか、分からないまま放って置かず聞いておくか。


「ノートが焦げていて分からなかったが……《婚約者》とは?」
「……私と共に闘い、力を与えてくれる人。力を与えると言うのは、魔力を注ぐという役割を表した者。私は最弱、故に藁にもすがりたい……だから、《婚約》が出来ないのは困る」
「そういわれてもな……」


 文句なら体に混入したらしき概念とやらに言って欲しい。俺に対して文句を突きつけられても、対処しようがないのだ。

 だが、このまま手を拱いている訳いもいかないという気持ちは、分からないでもない。
 最善策を取るべく、マリスへ俺は提案した。


「クラスメイトの内一人に事情を話すぞ。《婚約》はソイツにして貰え」
「うわ! 兄ちゃん超他力本願!」
「やかましい」


 俺は《婚約》とやらが出来ないんだろう? なら妥当な判断だと思うが。


「……それも無理」
「は?」
「えっ? 無理ってどういうことなのマリスたん?」


 しかし誰に話すかへ意識を向けようとしていた俺へ、マリスが明らかな否定の言葉を掛けてきた。しかも無理……つまり他の奴と《婚約》するのが無理だと? いったい如何言う事だ?


 その俺達の真っ当な疑問に、マリスはすぐに答える。


「……これも何故かは知らないけれど、紋様も出来ず魔力回路も無いのに、既に正《婚約》は済んで麟斗が《婚約者》になった事となっている。だから仮にしたくても、別の人とは《婚約》出来ない」
「何だと……!?」


 即ち、他の奴とは《婚約》出来ず、力を与える―――魔力を注ぐ事も出来ないと言う、簡潔に言うならば最悪な状況だ。
 何と面倒くさい事態に陥っているのだろうか。

 …… “仮に” と言う単語が混ざっているのが気になったが、そんな事に対して考えるのは後だ。もっと問い詰めるべき言葉があったからな。


「おいマリス。今、正《婚約》がすんでいるって言ったよな」
「……言った」
「何故だ? 仮《婚約》も出来ないのに正もクソも無いだろ?」
「……これも憶測だけど、此方が勝手に判断してしまっている結果だと思う。正《婚約》の条件は心から同意する事。麟斗はそれなりに協力的だったから、本来なら正《婚約》も済んでいる筈……けれど、今はそれが良く無い方向へ傾いてしまった」
「うわ、何と言う面倒くさい展開……! こりゃ不幸だねー」


 呑気に言葉を紡いで溜息を吐く楓子へ、俺は又も手刀を一発落としたい気分に駆られたが、意味もない事を行って脱線させれば余計に打開策など浮かばない為、今はグッと堪えておいた。


「……何れにせよ、他の所へ行っても意味が無い。ただ迷惑をかけるだけ。だからここに居させて欲しい」
「オッケー! もちろんシステムオールグリーン状態! camcamヒアーでございますよ楓子ちゃんは!」
「此処に居ても迷惑をかけるだけだがな」


 協力など出来ず、しかも他の堕天使たちや聖天使とは戦えないなら、何処に居たって迷惑をかけるだけにしかならないと思う。

 わが家に居る事が出来る理由があるとするならば、この災いを呼び込んだ元凶がこの家の住人であることぐらい。
 説明して貰って置いて恩知らずだとは思うが、けれど害を呼び込みやすい存在である以上、用が無いならさっさと出て行って欲しい。
 幾ら俺達が無関係ではないと言っても、関われる度合いには限度ってものがある。

 協力的な姿勢を見せていたのは、此方から何か出来るかもしれないならという意図があった為、そして一端を俺の家族が担ってしまったが為。
 そして彼女等に対する疑問を解消できるなら、さっさと解消してしまいたかったが為だ。善意ばかりが締めていた訳ではない。
 幾ら他人が危うい状況にハマる可能性が高くなっているとしても、出しゃばって態々危機に陥ったり、事態を悪化させては意味が無いだろう。
 他者の為と粉骨砕身できるのは、自分が良い影響をもたらせるからであり、自他共にプラスにも働かない状況で動く事は、何もしていないと同義のだから。


 しかし―――


「……出て行く気は無い」
「迷惑だと言ったのにか? 此方からはもう何も出来ないんだ。なら居た所で被害を呼ぶだけの存在を置いておく事が出来るとでも?」
「……さっきも言った筈。 “仮に” 他の人と《婚約》したくても出来ないと……私は他の人とはしたくない。私にはあなたを選んだ理由がある、故に麟斗がいい」
「はぁ!?」


 この世界に生まれおちて十五年の間、あまり喋らず声も荒げなかった俺が、初めて素っ頓狂な声を上げた瞬間だった。

 自分でも大いに驚いている。二重の意味で。


「それに兄ちゃん! 兎にも角にもメープルたん達は探さなきゃいけない訳だし、拠点ぐらい入るじゃん! だからウチを提供しようよ!」
「……自ら災いを呼び込んでどうする」
「だって楽しいじゃん! こんなドラマチックな展開は、人生で一度あるか無いかなんだよ! 夢にまで見たガチファンタジーなんだよ!」


 全く持ってまともな理由じゃねえし、寧ろ考え得る限りで最悪な答えだな、留めておきたい理由が『楽しいから』って。

 コイツのノートの内容、自分が書いたんだから知っている筈だろう? ならどれだけ危ないか、それだけ死と隣り合わせか、コイツ自身が尤も把握している筈。
 なのにそれを重々承知で無以下の様なこの態度、ますます頭痛がひどくなった。

 先程までの雰囲気を壊すようで悪いが、どうにか我が家から出て行って貰うか……。


(……っ!?)


 俺がそう考え、お引き取り願う為の策を考え始めた瞬間―――――言い表せぬ “不安” が脳裏に過る。
 そのヒヤリとした “予感” が濃く通った首元に右手を持って行って、それを再び前方へと振りだしながら、左手もまた前に出し同時に振り降ろした。


「っ!」
「……協力を断るなら殺―――――えっ?」
「で、でたーーー! 本物だーーーーーっ! これぞマリスたんの……ってアレ?」


 次に感じたのは、僅かに両手の皮膚へ走る余りに身近で余りに奇妙な感触と、鉄の様な堅い音と髪の毛の様な柔らかい音が『同時に聞こえる』と言う余りに奇天烈な現象だ。
 一体俺は何に触れたのかと見てみれば―――驚くべき事にマリスの後ろで括られた尻尾状の髪束が、ニュルリと延びて俺の物まで届いていたのだ。
 しかも先端近くは反っくり返ってテーブルの上に乗っているのに対し、根元部分はテーブルの下に潜り込んでおり、よしんば髪の毛を自由に伸縮できるとしても、伸ばすだけでは到底起こり得ない無い光景でもある。

 俺はその常軌を逸した現状に、僅かに目を見開く……だが、それは何やら話しかけていた楓子と、物騒な事を口に出したマリスも同じだった。
 それを見ていると、何だか苛立ちが募ってくる。

 何しやがったんだ? 今。


「……聖天使の時も、前の時も今も……途轍もない反応……」
「御託はいい、何しようとした」
「それは私から説明するよ兄ちゃん! ウォッホン……これはその名もマリスたんの能力の一つ【鋼糸(スティール)鏖陣(ゴルゴン)】! マリスたんは髪の毛に魔力を通す事により自由自在に操れて、しかも一本一本を強靭な刃に変える事も出来るのだーっ!」


 ああ、そこに散らばった髪の毛は魔力仕込みなのか。……刃にも変えられるとは、危ないなその髪の毛。
 迂闊に振れていたのに運が良かったってとこか、俺は。


「……音もなかったのに、叩き落としてしまえるなんて……麟斗、あなたは何者?」
「俺が知るか」


 理屈も通りも成っていない投げやりな言葉だが、生憎此方にはこれ以外返せる言葉が無いんでね。


「……決めた、やっぱりここに居る。麟斗を《婚約者》にして見せる」
「あのな……ここに居られると迷惑だってのが分からないのか?」
「……考え得るだけでも、あそこで拳を振り上げていた迫力ある男性と、特殊さが垣間見えた麟斗……これ以上に、優秀な人材はいない」
「うんうん! その通りだよマリスたん! なってったってあたしのパパは無双級! それに兄ちゃんは世界一なんだからね!」


 相変わらず勝手な事を抜かし続けやがる……どれだけ危険を招いているかなんざ、理解できていないんだろうな、楓子の奴は。

 だが、力付くで追い出すにしても基礎で負けているし、堕天使の羽を使って戻って来てしまうか。……だからと言って、承諾するのは御免だ。


「曖昧なままの《婚約》にしても、これからにしても……俺達だけでは決められねえ」
「ん! パパとママに説明する必要があるもんね!」
「……分かった。準備が整うまで、この家で待つ。それぐらいならば、居ても良いと思う」
「ああ、勝手にしてくれ」


 それだけ言って俺は立ち上がり、自分の部屋へ向かうべく襖を開け、居間から廊下へと出る。


「待ってよ兄ちゃん! 何処行くの?」
「自分の部屋だ。宿題をやらねえとな」


 楓子に呼び止められ訳を放すと、何が言いたいのか眼を皿のように丸くしやがった。


「……な、何で宿題なんかするの? マリスたんがいるんだよ? マリスたんが座って飲み物のんでいるんだよ? 本物のマリスたんなんだよ?」
「なにも出来ないなら、今出来る事をやるだけだ。そんなにおかしいか?」
「何でファンタジーからわざわざ逃げるの? 世の中には勉強よりも大事な事がいっぱいあるんだよ? 兄ちゃん」


 途中でしたり顔に変わり、無い胸を堂々張って楓子は言う。要するにこの異様な雰囲気に浸っていたいだけ。時間の無駄にしかならないのは明白だ。
 目標が高過ぎてそこへ届かせるのは無駄だと分かりつつも、しかし身にはなるからと努力する事は俺にもあるが……やる気すら起きない、身にもならない事を、ダラダラを続ける趣味は生憎とない。

 それに、勉強より大事なモノがあるとも言われたが、それぐらい言われずとも分かっているし、勉強が全てだと断言する奴なぞ国内にだって数えるほどしかいないだろう。
 この世の中に、唯一絶対の物など存在はしない。


 それでも―――――


「道の見えない波乱万丈よりも、確実に道標のある日常の方が、俺にとっては大事なだけだ」


 今宿題を終える事よりも、頼り無く手段を模索する方が、大事だとは到底思えないのだ。













 午前十一時二十分頃。



 有る程度宿題を終えてダイニングキッチンへと降りるが、整体外科から帰っていないのか両親はいない。

 となると、次に向かう先は居間だ。

 マリシエルと楓子が居るが、彼女等に様がある訳ではない……テレビ一台置かれているからだ。今は昼近くだし、それなりに暇潰しになるバラエティーも始まっている筈である。

 仲に居る二人を無視する算段を立て、俺は襖に手を掛けて軽く引いた。


「イヤァ~~~ン可愛過ぎるよマリスたぁ~~~ん♡ もっとクネクネ踊って見せろ゛ぼうっ!?」


 そして楓子(バカ)の後頭部へ膝蹴りをかます。

 別にやっている事がスキンシップなだけなら俺も引っ張ってどかせたし、気持ち悪い声を上げているだけなら関わる必要もない。
 俺が膝蹴りを噛ました理由は―――――


「……? 麟斗、何故顔を横に向けてる?」
「マリス……『服』を着ろ」


 小首を傾げた殺戮の天使が、あろう事か生まれたままの姿……つまり “全裸” で座っていたからだ。
 そんな彼女に対して楓子が、珍妙な手つきと動きで迫っていた―――否、もう既に絡みついていたのだ。
 この後スムーズに事を運ぶためにも、そしてオレの精神的ダメージを防ぐためにも、今の突発的な膝蹴りは止むをえまい。

 腹が立つほど大いに脱線させられたり、マリスに余計な知識を溜めこまれるのは、正直御免だ。


「と言うか何故着ていない?」
「……暑いから脱いでいる」
「全部脱ぐ必要があったのか……?」
「……楓子がそうしたらいいと教えてくれた」
「デコ助ぇ……!」
「ちょ、ま、兄ちゃん! 待ってっ!?」


 聞く耳は持たない。
 こいつには最悪、打撃のフルコース№3を喰らわせた方がよさそうだから……な。そうすればチッとは反省するだろう。

 コレは愛の鞭だ。
 日頃親父がやっている様な、ソレをしなくても決して非行には進まないのに、ソレをやらなければ打ち落とすお節介な雷では無く、この先犯罪行為に走らぬようにと戒めるものだ。
 もし、反省するなら手加減でも良かろう……しないなら、三割増しに決まっている。


「で、言い訳はあるか」
「…………うっふん? こっち来ちゃ、イヤン♡」
「You will Die」
「何で今だけ凄く流暢な英語でぶごげらっはぁ!!」


 『このド畜生がぁーーーっ!!!』と叫ばんばかりな、みんな大好きな某氷菓子の様な名前を持つ変態衣装を着た、口の中が暗黒空間になっている人型能力を使う “あの人” バリに、ローキックを打って打って打ちこみまくる。

 あと何百発ぶち込もうと反省しないだろうし(でなければコイツは、とっくの昔に常識人)、此方の気も全くすまないが、一応止めておく事にして十数発目で壁へと向け、顔から跳ぶように蹴りとばした。


「へぶらぅ!」


 楓子は俺の狙い通り見事に額をぶつけて、ズルズルとゆっくり落ちて来る。
 丈夫なのかすぐさま緩慢とした動作で、上半身のみ上げると左手を動かし、額をさすって珍妙なうめき声を上げていた。
 ……ざまあみろ変態女。

 そして今のでより一層確信出来る。
 コイツは、なるたけ早く縁を切りたい人間ナンバーワンだ。
 そこだけは、大学へ行ってしまい帰省をしない兄貴が、縁を疑似的に切れているという意味で、少し羨ましい。


「……! チッ」
「……?」


 振り向いて見てもまだ脱いだままのマリスへ、俺は咄嗟に目を顔ごと逸らし、視線を向けず後ろを向いたまま声を掛けた。


「第二ボタン解禁までなら良い。だが服自体は全部着ろ、下着もだ。じゃなけりゃ今すぐにでも、力付くで追い出す」
「……分かった、服を着る」


 暫くデコ助の唸り声とマリスの衣擦れの音だけが聞こえ、少ししてから振り向いてみれば、ネクタイを傍に置き黒い上着を脱ぎ、シャツの第二ボタンまで開けた大胆な、しかし先に比べれば大袈裟なぐらいマシになったマリスが、無表情なままでパタパタ手を使い仰いでいる。

 何故、楓子のあんな見え見えな嘘に引っかかったのか、俺は理解できず暫し疑問に思った。
 ……が、考えてみれば、他五人は体が如何に人外であろうと、中身は元々人間なのに対し、この殺戮の天使マリシエルは体も人外なら中身も人外。
 人間にとっての常識なんぞ、有って無いような物だろう。

 ……あのバカがそこまで考えて、服を脱げと促したとは考えにくいが。比喩でも何でもなく “馬鹿” なんだから。


「兄ちゃん兄ちゃん酷いじゃん! さっきの衝撃で飛んじゃったんだけど!」
「何がだ」
「マリスたんの下着の色! お陰でムニュムニュで真白な肢体しか覚えてないんだけど?」
「ならもっと忘れとくか、マリスの事と言わず」
「質問じゃなくて断言系!?」


 楓子の所為で湧いてきた変態行為の数々に、もう一々打撃を叩きこむのが面倒臭く、俺は手刀だけ鼻っ柱にかまして、ゴロリと寝っ転がりテレビを付けようとリモコンを取る。
 つけてみれば当然の事ながら、バラエティ番組が映り出した。先のいざこざのお陰なのか、開始を持つこと無く見れる。


(地味に感謝したくない恩恵だな……)


 他者を笑わせる事を目的としたおかしな会話を耳に入れながら横目で見れば、マリスもテレビを齧りつくように見ている……だが、その顔はやはり無表情で、楽しいのか詰まらないのかが分からない。

 ……それにしても暑そうな服だ。元の服もベルトがジャラジャラしていて真っ黒で、もう見るからに汗が噴き出て来るような暑苦しさがあったが、今は何とかちょっとは本人的にどうかは兎も角、第三者的には解消されている。

 まあ、恐らく本人的にはまだまだ暑いだろうと俺は思う。
 なにせ楓子が抱きついて、更にじゃれついているのだから。到底涼しかろうとは思えん。


「楓子、服貸してやったらどうだ? そんな体温を上げる事が目的みたいな服じゃあ無く」
「無理。だって頭半分違うもん。兄ちゃんのなら良いんじゃない?」
「俺は頭一つ以上違う。そしてその前に男だ」
「……どうせなら涼しい方がいい。麟斗のなら、着てみたい」
「ぬかすな阿呆」


 馬鹿が二人に増え、頭痛の種もよりました所為で、俺は痛みで顔をしかめた。服の件ならせめて理子がいればよかったが、アイツは家族と共に絶賛東京観光中。
 助けを望める訳が無い。


「じゃあ、服どうしよっか?」
「どうするも何も、無いなら用意する必要は―――」

「ならワシが何とかしよう。ワシが買ってやる」

「「「ん?」」」


 唐突に聞こえた第三者の、低く鈍い声に振り向き、俺と楓子とマリスの三人の声がハモる。
 
 後ろに立っていたのは―――――羆親父……では無く我が屋の大黒柱、吉岡京平であった。


「親父……腰は?」
「優子さんのお陰でな」
「え? でもパパもママもさっきまでいなかったような?」
「それはね、楓子。ここじゃあ狭いからって境内近くの小屋まで行ってたのよ。無言で出て行ってごめんね?」


 後ろからお袋も姿を見せる。
 ……なるほど、居なかった訳はそういう事だったのか。


「ねえパパ! あたしは! あたしには!」
「何だ楓子? お小遣いの前借りがしたいのか?」
「ぶー……ケチぃ」


 如何やら楓子は、この父親が娘にはそれなりに甘いと錯覚しているらしい。何時も助かっているのはお袋のお陰だと言う事を、都合のいい様に捻じ曲げているのだろうか?

 何れにせよ、思い込みで事実を変えられるほど、この男は甘くは無い。


「だが、服を買う前に話がある。少しいいかね?」


 アレだけ敵意を向けていたマリスへと、今は子供へ掛けるような穏やかな……とは言っても形相で何時も泣かれたり気絶されるのだが、とにかく柔らかい雰囲気で聞いた。
 無表情ながら、マリスも頷いた。

 そしてお袋が何が嬉しいのか、楽しげな様相で手を叩く。


「じゃ、丁度お昼だしご飯食べながらにしましょ」


 ……またいつもの悪夢の時間を過ごしながら、悪夢の会話を聞く羽目になるかと思うと、俺は何時もより五割増しで食欲が衰えて行く気がする。

 それは決して、気の所為では無いだろう。


 せめて話はプラスへ動くようにと、俺は何にとは言わず祈りながら、ダイニングキッチンへと足を進めた。



 
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