| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

古城

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

6部分:第六章


第六章

「何か」
「旅をしていると色々見ます」
「旅をしているとですか」
「はい。そもそもそれを見る為の旅なのですが」
 こうも述べる。
「それでもその中身は色々あります」
「左様ですか」
「ええ。かなり」
 また言うのだった。
「知ることは非常に多いです」
「左様ですか。それでですね」
「はい」
 今度はスタンフィールド卿から声をかけてきた。
「今後も旅を続けられるのですか」
「そのつもりです」
 朝食が来た。食パンをトーストにしたものに目玉焼き、それとソーセージを茹でたものであった。オーソドックスなイングリッシュ=ブレイクファストだった。
「まだ色々と見たいものがありますので」
「左様ですか」
「旦那様」
 後ろからメルヴィルの声がした。
「どうした」
「既に準備は整えました」
「そうか」
「はい。そういうことです」
「わかった。それでですね」
「ええ」
 またスタンフィールド卿に向けて話すのだった。スタンフィールド卿もそれに応える。
「申し訳ありませんがこの朝食の後で」
「予定通りにですね」
「そうです。それで宜しいでしょうか」
「もう少し滞在して頂いてよかったですが」
 これは社交辞令でなく本心だった。
「それも仕方ありませんね」
「申し訳ありません」
「いいです。では」
「はい」 
 また話になる。
「人というものは知られていたいものですね」
「ええ、それは」 
 スタンフィールド卿はあらためてオズワルド卿の言葉に頷くのであった。
「わかります。どんなことでも」
「そういうことです。私が思うのはそれです」
「左様ですか」
「ええ。それ以上は申しませんが」
 昨夜のことを言うつもりはなかった。言えなかったと言ってよかった。あえてそれは言わずにこの場を去ることにしたのだった。
「そういうことです。それではイングランドに来られた時は」
「ええ、御願いします」
「そういうことで」
 最後に言葉を交あわさせて城を出た。卿はここで蕎麦にいたメルヴィルに対して問うのだった。二人は既に車中の人であり古風な黒いタクシーの中にいた。そこで隣にいる彼に問うのだった。
「次の場所は何処だ」
「帰り道になりますが」
 メルヴィルは手許に広げてある地図を見ながら主に答えてきた。
「牧師館です」
「牧師館か」
「あの有名な場所がありますね」
「うむ」
 ボーリィ牧師館のことだ。イギリスだけではなく世界中でかなり有名な心霊スポットである。ここでは実に様々な亡霊が出ることで知られている。
「あそことは別の場所ですけれど」
「今度は何があったのだ?」
「まずは牧師の屋敷でした」
 牧師舘と言われているからこれは言うまでもなかった。
「ですがその牧師が悪魔崇拝に狂って」
「生贄を捧げていたのだな」
「若い娘を何人も攫って」
 実際に欧州にはそんな話が幾つもあるから恐ろしい。
「そのうえ赤子を引き裂いたり墓を暴いたり」
「牧師とは思えないな」
「その果てに怪死したそうです。悪魔に殺されたのだとか」
「奇怪な話だ」
「中に入ることはできません」
 メルヴィルは生憎といった感じでこう述べた。
「あくまで前から観光で見るだけですが」
「それだけか」
「はい、それだけです」
 また主に対して答えるがその言葉は実に素っ気無いものであった。
「それでも宜しいですか?」
「構わん」
 卿もまた一言で答えた。
「次は軽いデザートといったところだがな」
「デザートですか」
「昨夜がメインディッシュだった」
 昨夜のことを彼の中だけで思い出して述べるのだった。
「それで今日はデザートだ」
「デザートですか」
「やはり旅はいい」
 ここでふとした感じで述べる。
「何かと色々とわかる」
「それは確かに」
 メルヴィルにも頷くことのできる話だった。
「その通りです」
「いいことも悪いことも含めてな。ではそれをわかる為に」
 言うのだった。ここで。
「旅を続けるぞ」
「わかりました」
 オズワルド卿は最後に後ろを振り向いた。もうあの少年がいた城は森の中に隠れ見えなくなっていた。しかし彼はまだ見ていた。昨夜その城で見せられたものを。今でも憶えているのだった。彼の中だけで。恐怖も含めて。


古城   完


                 2008・4・13
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧