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外伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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もしも ~ 其処に有る危機(3)




帝国暦 487年 3月 15日  オーディン  情報部員A



監視対象者が士官学校から出て来た。隣りにいるBが本部に連絡を入れた。
「Bより本部、Bより本部」
『こちら本部』
「1730、監視対象者が士官学校から出て来た。副官も一緒だ。これより尾行する」
『了解、気付かれるな』
溜息が出た。Bもウンザリしている。

「気付かれるなと言われてもなあ」
「ああ、如何する。前回は俺が後を追ったが今回は卿が追うか? 俺が追うなら席を交換する事になるが」
「いや、俺が行くよ。向こうに不自然な動きは見せたくない、鋭いからな。卿は地上車でゆっくり付いてきてくれ」
「分かった」
Bが帽子を被り顎に付け髭を付けてから地上車を降りた。カメラは上着のボタンに仕込んである。二人からかなり距離をおいて後を追い始めた。俺もヘッドセットを付けた。

監視対象者、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将。俺とBが受けている命令は彼の士官学校の外での行動を逐一報告する事。士官学校内は別に協力者がいるらしい、俺達の任務の範囲外だ。そして彼の安全を確保する事。つまり監視対象者であり警護対象者なわけだ。但しあくまで極秘に、相手に気付かれぬようにと言われている。そして憲兵隊も同じ事をしているが決してその邪魔をしない事……。

監視の他に護衛も入るとなればもっと人数が必要だが憲兵隊も同じ事をしているという訳で今任務にあたっているのは俺とBの二人だけだ。情報部と憲兵隊は犬猿の仲の筈なんだがこの件では協力するようにと命じられている。というわけでBの後をさりげなく歩いている奴、あいつは憲兵隊だと分かっているが邪魔はしない。憲兵隊の地上車も近くに有るがこっちも無視だ。向こうもこっちの邪魔をすることは無い。どうも上で不可侵の協定が出来ている様だ。

それにしても遣り辛い監視対象者だ。帝国軍中将なら移動は地上車で良い筈だ。だがヴァレンシュタイン中将は士官学校校長の官舎まで二十分程の距離を徒歩で移動する。地上車で移動してくれれば後を地上車で追えば良いが徒歩ではそれが出来ない。どうしても徒歩で後を追う事になる訳だがそうなるとこちらの姿を曝す事になる。こいつが厄介なのだ。相手に記憶されかねない。服装、眼鏡、帽子、マフラー、姿勢、歩き方で変化を付けているが非常に疲れる。この間は杖をついて後を追ったが精神的にも肉体的にも疲れた。それに途中で地上車を使われてはかなわない。必ず地上車でも後を追っている。

おまけに相手は移動ルートを頻繁に変える。以前ベーネミュンデ侯爵夫人に襲われた事が有る所為で酷く用心深い。特にあの女副官、同盟からの亡命者なのだがかなり鋭い。一度尾行がばれ掛けた事が有る。という事で俺達は四チームが交代で任務に就いている。中には女子だけのチームも有る。憲兵隊も似た様なものだろう。

『A、聞こえるか』
ヘッドセットのイヤホンからBの声が聞こえた。
「聞こえるぞ、B。状況は?」
『いつもと同じだ。変化無し。二人でいちゃ付くわけでもなく普通に歩いているよ。これ、本当に監視する必要が有るのか?』
「文句を言うな、俺達は命令を受けたんだ」
『しかしなあ、相手はヴァレンシュタイン中将だぞ』
イヤホンからは溜息混じりの声が聞こえた。
「B、任務を続行しろ。こちらも後を追う、距離は百だ」
『了解』

Bの気持ちは良く分かる。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将、宇宙艦隊副司令長官のポストを蹴って士官学校校長になった男だ。能力は有るが野心が有るようには見えない。実際日々の行動でも不審な点は見えない、交友関係も装甲擲弾兵のリューネブルク中将と時々会うくらいのもので極めて綺麗だ。今士官学校は春休みだが中将は毎日学校に来ている。士官学校校長など閑職なのだ、多少サボっても問題無い筈だが律儀に就業時間は学校に居る。

百メートル離れた、そろそろと地上車を動かす。ヘルトリング部長が何を考えて俺達に中将を監視させているのかさっぱり分からない。或いはヴァレンシュタイン中将本人よりも中将に接触しようとする人間を押さえ様としているのかとも思うのだが……。一度別なチームが中将が若い女性と食事をする場を目撃した。動きが有ったと意気込んで本部に写真を送ったのだが本部からの回答は相手の女性は宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の養女との事だった……。笑い話にもならん。それにしても俺だったらどんなに美人でもあの元帥の娘なんかと食事をするのは御免だな。

『A、見えているか?』
「見えている、中将は自宅に入ったようだな」
『ああ、副官は自宅に向かったようだ』
「分かった、地上車を止める。戻ってこい」
『了解』
地上車を中将の官舎から五十メートル程の距離に止めた。Bが少しずつ近付いて来る、そして助手席に座った。俺もヘッドセットを外した。

「こちらA、本部、応答願います」
『こちら本部』
「1755、監視対象者は家に戻った。このまま監視を続ける」
『了解』
Bに視線を向けると肩を竦める仕草をした。今日はこのまま明日の五時まで待機だろう。それまでに食事を摂りBと交代で睡眠を取る事になる。詰まらない一日だ。

三十分程経った時、中将の官舎の前に地上車が止まった。車内の空気が強張る。地上車からは誰も出てこない。Bが単眼鏡を構えた。
「B、中に人が乗っているか」
「いや、見えない。スモークガラスを使っているな」
Bの声が昂っている。ただの平民、下級貴族がスモークガラスを使用した地上車に乗る事は許されない。中に乗っている人間が居るとすればそれなりの地位を持つ人物だ。貴族、将官、高級官僚、或いは中将が地上車を呼んだのか……。

ヴァレンシュタイン中将が官舎から出て来た。軍服を着ている。
「出て来たぞ、B」
「ああ、出て来た」
地上車に乗り込んだ、発進する。こちらも後を追った。見失ってはいけないが気付かれてもいけない。近付き過ぎず離れ過ぎずだ。

「Bより本部、Bより本部」
『こちら本部』
「1830、監視対象者が動いた。地上車で移動中、後を追う」
『了解、応援は要るか?』
「現状では必要ないが念のため準備は頼む」
『了解した』
Bも昂っているが本部も昂っていた。ようやく動きが出た、そう思ったのだろう。一体何処に行くのか。

中将の乗った地上車が向かったのは海鷲(ゼーアドラー)だった。
「どうする、A」
「中で誰と接触するのか、確認する必要が有るな」
「で、どっちが入る」
Bの顔が嬉しそうだ、俺は酒が飲めない、しょうがない奴だ。

「行けよ、俺は此処で待機している」
「分かった」
そう言うとBが後部座席に移り軍服に着替え始めた。
「Aより本部、応答願います」
『こちら本部』
「1845、監視対象者は海鷲(ゼーアドラー)に入った。Bが中に入り対象者を監視する」
『了解、応援が要るか?』
声が笑っている。Bが必要ないという様に手を振った。

「その必要は無い、Bだけで十分だ」
『残念だな、応援が必要な時は何時でも言ってくれ』
「了解した」
やれやれだ。皆仕事だという事を理解しているのか時々疑問になる。Bにも釘を刺しておかないと。

「B、言っておくが任務だぞ。飲み代は経費で落としても良いが飲み過ぎるなよ」
「ああ、分かってる」
本当に分かっているのか?
「一時間毎に俺に報告を入れる事を忘れるな」
「勿論だ」
Bは着替えると弾むような足取りで海鷲(ゼーアドラー)に入って行った。こんな時だけはやる気になるんだな。

『A、対象者を確認した』
Bから直ぐに連絡が来た。早い、中将を直ぐに見つけたらしい。
「状況は」
『十人以上で酒を飲んでいる。豪華な顔ぶれだ。ロイエンタール中将、ミッターマイヤー中将、ケスラー中将、……宇宙艦隊の司令官達だ。殆ど揃っている』

なるほど、ローエングラム伯が今日出撃したな。煩い上司が居なくなってヴァレンシュタイン中将と旧交を交わしているという事か。どうやらローエングラム伯とヴァレンシュタイン中将の間は思いの外に険悪らしい。そして各艦隊司令官はヴァレンシュタイン中将寄りだ。本部に報告する必要が有るな。

「B、そのまま監視を続けろ」
『了解、楽しみながら監視させてもらう』
「出来る事なら会話も録音しろ」
『分かった、難しいがやってみよう』
「それと領収書を忘れるな、自腹になるぞ」
『了解』



帝国暦487年 4月 24日 オーディン 新無憂宮  エーレンベルク元帥



南苑に有るこの部屋はいかにも密談向きの部屋だ。陰鬱で微かに黴臭く薄暗い、そして空気が重苦しい。ここでの会話が弾んだ事はない。必要な事を話しそそくさと帰る、そんな気分にさせる。
「待たせたか、帝国軍三長官が内密で会いたいとの事だが何用かな」
部屋に入ってきた国務尚書リヒテンラーデ侯の機嫌は必ずしも良くはなかった。執務を中断された事への不快感が有るのかもしれない。

シュタインホフ、ミュッケンベルガー両元帥は無言だ。帝国軍三長官筆頭の私から話せという事だろう。
「イゼルローン要塞に反乱軍が押し寄せました」
リヒテンラーデ侯が微かに眉を上げた。
「それで」
「反乱軍は要塞内に兵を送り込もうとしたようです」
シンとした。リヒテンラーデ侯がじっと私を見ている。部屋の空気が一段と重くなったような気がした。

「防いだのだな」
押し殺すような低い声だ。
「はい。要塞内に入ったところで取り押さえました。作戦の失敗により反乱軍は撤退しています」
こちらの声も同じように低くなった。
「レポートの通りか」
「はい」
「フェザーンからは反乱軍の動きを知らせてこなかったな……」
「それもレポートの通りです」
リヒテンラーデ侯が大きく息を吐いた。緊張が緩んだ。

「危ないところでした、あのレポートが無ければ……」
「イゼルローン要塞は落とされていたか」
シュタインホフ元帥の言葉の後をリヒテンラーデ侯が補った。
「ローエングラム伯の事も有ります。最悪の場合、敵に占領された要塞に何も知らずに近付く事になりました。大変な損害を受けたでしょう」

ミュッケンベルガー元帥が最悪の想定をするとリヒテンラーデ侯はフンと鼻を鳴らした。ローエングラム伯など如何でも良い、そんな感情が滲み出ている。反乱軍がイゼルローン要塞を攻略しようとした事は要塞間近に迫っていたローエングラム伯にも伝えられた。ローエングラム伯は今反乱軍を追っている。逸っている事だろう。

「ヴァレンシュタインとは話したのか、軍務尚書」
「はい、……あらあらと言っておりましたな」
「あらあら? 何だそれは?」
不機嫌そうな声だ。顔を顰めている。
「本人にとっても予想外だったようです。実行するにしてももう少し後だろうと思っていたとか」
またリヒテンラーデ侯がフンと鼻を鳴らした。

「良くない状況です。我々が思っている以上に反乱軍は追い詰められているのかもしれません。その事はフェザーンが今回の一件を知らせてこなかった事からも判断出来ます」
「ミュッケンベルガー元帥の言う通りです。こうなりますと反乱軍が次に何を考えるか……」
シュタインホフ元帥の発言にリヒテンラーデ侯がまた顔を顰めた。
「要塞を造り出すというのだな、卿らは」
「いずれそういう時が来るかもしれません」
リヒテンラーデ侯が私を睨んだが何も言わなかった。侯も同じ事を考えたのかもしれない。

リヒテンラーデ侯が恐れているのは反乱軍が辺境星域に侵入する事だ。帝国の辺境は長い戦乱の所為で放置されたままになっていて極めて貧しい。その所為で中央に対して強い反感を持っている。もし要塞が失われ反乱軍が辺境星域に侵入する事になったらどうなるか……。辺境星域は反乱軍に同調するかもしれない。イゼルローン要塞陥落は軍人だけではない、政治家にとっても悪夢なのだ。

「それで、ヴァレンシュタインは如何するのだ? 昇進させるのか?」
「士官学校校長になって未だ三カ月も経ちません。昇進、異動は避けるべきだと思います。統帥本部総長、司令長官も同意見です」
リヒテンラーデ侯がジロリとシュタインホフ、ミュッケンベルガー元帥に視線を向けた。
「軍務尚書、では勲章だな」
「はい、双頭鷲武勲章を」
「まあそんなところだな」
三度リヒテンラーデ侯が鼻を鳴らした。



帝国暦 487年 4月 26日  オーディン  士官学校校長室  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



『そういう訳で卿には双頭鷲武勲章を授与する事になった』
「はあ」
『なんだ、勲章では不満か?』
「いえ、そうでは有りません。そのようにお気遣い頂かなくてもと思いましたので……」
そんな不機嫌そうな表情で言われても素直には喜べません。と言いたかったがこれも宮仕えの悲しさだ。正直には言えない。

『そうはいかん。信賞必罰は軍のよって立つところだ。功を挙げた以上、それを賞するのは当然の事であろう』
「はあ」
だったらもっと嬉しそうに言ってくれ。だいたい俺みたいな若造が双頭鷲武勲章なんて貰っても誰も喜ばないのは分かっている。
『来月三日に授与式を宮中黒真珠の間で行う。後で典礼省より連絡が有る筈だ』
「……分かりました」
面倒だな、そういうのが一番嫌いなんだけど……。

「閣下、小官の監視は何時まで続くのでしょうか」
あ、表情が渋くなった。でもね、不自由な想いをしているのは俺だぞ。
『監視だけではない、護衛も兼ねている』
「……そうは言われましても」
どうみてもメインは監視だろ。俺を監視してどうすんだよ、意味ないぞ。心の中で毒づいてみた。少しは気が晴れた。

『今回の件で卿の重要性はより高まった。護衛はこれからも続ける』
「……」
立場弱いよ、皆と酒飲むのも駄目って言われたからな。もっともそれで監視されてるって分かったけど。ヴァレリーはその前から妙な感じがすると言っていたが俺は気付かなかった。鈍い奴って何処にでもいると思ったよ。但しそれが自分だと判明した時は面白くなかったけど。

『次のレポートは何時出来上がるのだ?』
「五月の期末試験が終わりましたら提出させていただきます」
『良かろう』
まあ前回がイゼルローン要塞だから今度はアルテミスの首飾りで行こう。ハイネセンまで行ったら役に立つ情報だ。もしかするとカストロプでも使うかもしれない。宇宙艦隊も気張るだろう。

「ところで一つお願いが有るのですが……」
『何だ?』
そんな警戒心丸出しな表情をしなくても良いだろう。俺は結構役に立っていると思うよ。もっとにこやかにしてくれても……。
「五月末に卒業式が有ります。来賓として軍務尚書閣下にご臨席を賜りたいのですが……」
『……卒業式か、考えておこう』

それを最後に通信が切れた。出てくれるかな? 迷惑そうな顔をしていた、期待薄だな。レポートを提出したらもう一度エーレンベルクをプッシュしてみるか。或いは別な手段を考えるか……。まあ手が無いわけでもないな……。ここ最近卒業式に出るのは軍務次官の仕事になっている。俺の卒業式も軍務次官だった。帝国軍三長官クラスが出席してくれれば卒業生達も喜ぶだろう。俺って良い校長先生だな。そのうちTVドラマの主人公にでもなるかもしれない。



 
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