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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第161話 蔡平

 
前書き
蔡平は史書や演技には登場しない私のオリキャラです 

 
 正宗は紗耶夏と慈黄を伴い蔡一族が治める村を圧倒的軍勢で攻めた。
 この虐殺で紗耶夏は自分の私兵と食客達に先陣の役目を正宗に願い出た。これに正宗は了承し、その役目を紗耶夏は見事果たした。

 現在、正宗軍の主要な者は本陣に集まっていた。この場には朱里、桂花、荀爽。それに従軍を申し出てきた紗耶夏と慈黄の四名である。紗耶夏は虐殺に手を貸したにも関わらず、気丈にも平静を装っていた。しかし、内心は辛い気持ちであっただろう。
 紗耶夏の心情を察し正宗は彼女に視線を向けるが何も声をかけずに、燃え盛る村を眺めていた。
 そこに一人の兵士が正宗がいる本陣にいそいそと入ってきた。

「清河王、蔡一族の処刑が終わりました。手筈通りに首は街道に晒し、その体は野に打ち捨てました」

 兵士は片膝をつき拱手し正宗に淡々と報告を行った。兵士から報告を聞き終わると正宗は兵士に対して頷いた。

「他の死んだ者達の遺体は丁重に弔ってやれ」

 正宗は兵士に命令すると、兵士は拱手に深々と頭を下げ去っていった。

「蔡徳珪は出て来ないか」

 正宗は小さい声でつぶやいた。

「蔡徳珪は野戦にて正宗様と決戦をする気はないのでしょう。兵力と兵糧に限りある向こう側にすれば襄陽城に籠る以外ないかと。問題は荊州水軍の動向でございます。必ずや我が軍の後方撹乱を狙ってくる公算が大です」

 正宗のつぶやきに反応するように桂花が意見を述べた。

「蔡徳珪が思った以上に用心深く驚いているだけだ。一族が虐殺されるのをただ傍観するとはな」

 今回も蔡瑁は援軍を寄越すことなく、襄陽城に篭ったままだった。彼女は正宗と野戦を行うつもりはないようだ。

「正宗様、ご油断は禁物です。蔡徳珪は幾度も正宗様を暗殺しようと刺客を送ってきました。我が軍の気の緩みを狙い水軍を利用して兵を繰り出してくる可能性もございます」

 朱里が神妙な様子で正宗に意見した。

「水軍の何割が蔡徳珪についている?」
「伊斗香殿の以前の報告では四割ほどが蔡徳珪方についているようです」

 正宗は鋭い視線で虚空を見つめていた。

「朱里、荊州水軍は信用できるか? 伊斗香は何といていた?」
「今回の討伐戦では荊州水軍を使うのは危険と言っていました。これまでの蔡徳珪のやり口から考えて間者を紛れ込まされる可能性があり、利用には慎重になられるべきかと」

 朱里は荊州水軍を積極的に利用することに懸念を示している様子だった。
 正宗が難しい表情で考えていると伊斗香と秋佳が帰還したことを正宗に告げてきた。



「正宗様、実検の役目を終え戻りました」

 帰還した伊斗香と秋佳は正宗の要る本陣に来ると正宗に拱手し帰還の報告を行った。

「役目ご苦労。どのような仕儀であった」

 正宗は二人に報告を求めた。すると伊斗香が前に進み出た。

「正宗様、黄承彦殿の言われた通りでございました」

 伊斗香は即答した。

「そうか」

 正宗は瞑目し沈黙すると思案する表情だった。彼の中では紗耶夏の夫と息子の助命は規定事項になりつつあった。紗耶夏は恭順のために自ら肉を切っている。ここで紗耶夏の家族を助命しても問題ないといえた。今回のことが助命の前例となるだろうが、彼女の行ったことを実践することは他の者が行うのは容易でないからだ。それに、彼女と同じ行為を行うということは正宗への忠誠を誓うことと同義であり、蔡一族との決別を公に誓うことになるからだ。



 正宗はどのくらい考えただろうか。その場に居合わせた者達が正宗に視線を向けた。

「紗耶夏。此度のお前の一連の行動を鑑み、お前が蔡一族の通謀の可能性はない証といえる。余の名において、お前の家族の助命を約束する」

 正宗の言葉に紗耶夏は安堵した表情を浮かべ彼に深く頭を下げた。

「正宗様、ご厚情ありがとうございます。このご恩終生忘れません」

 紗耶夏は感極まった声音だった。彼女は大量の兵糧を寄進し、自らの家族を傷つけ、縁戚関係にある一族の関係者を虐殺した。全ては夫と息子を救うためだろう。その強い思いを内に秘め気を行動していただけに、正宗の言葉は張り付けた気持ちを一気に決壊させたのだろう。

「礼を言うことはない。家族の命を救ったのはお前自身の行動によるものだ」

 正宗は先ほど仕置きの済んだ村の方を見ながら紗耶夏に言った。

「正宗様、お願いしたき儀がございます」

 紗耶夏は正宗に拱手し頭を下げた。

「申してみよ」

 正宗は紗耶夏に視線を向けた。

「お願いしたき儀は蔡徳珪討伐を終えたら、当家の屋敷にお招きしたいと考えております」
「お前の屋敷にか?」

 正宗は紗耶夏の申し出に訝しむ。朱里と桂花も脈絡がないために掴み所がない様子だった。

「ご迷惑でなければ正宗様を饗応させていただき存じます」
「今回の討伐軍は南郡全体に大きな被害を与えることは必定。戦後処理は時間を要すことになるはずだ」

 正宗は暗に紗耶夏の申し出を断った。

「では、戦後処理が済みましたら饗応をお受けくださいませんでしょうか?」

 紗耶夏は正宗に頼んできた。正宗は難しい表情をする。戦後処理を終えたら、彼は荊州内を巡察名目で回ろうと考えていたのかもしれない。また、彼は上洛する予定もある。しかし、彼も多忙とはいえ、折角の紗耶夏の申し出を無碍にするのは申し訳なく思い返答に窮している様子だった。

「紗耶夏、考えておこう」
「色良い返事をいただけること楽しみにしております」

 正宗は考えた末に返事を先延ばしにした。それでも紗耶夏は満足そうに礼を述べた。



 正宗は戦後処理を終えると本陣を後にし、自分の陣屋に戻っていた。彼は自らの椅子に深々と腰をかけると目を瞑った。

「清河王、お休みのところ申し訳ございません。蒯慈度様がお越しになりました」

 正宗付きの近衛が陣幕を潜り、正宗に声をかけてきた。

「通せ」

 正宗はを目を開け伊斗香を中に通すように言った。彼の許可を受け陣屋の中に伊斗香が入ってきた。

「伊斗香、どうしたのだ?」
「蔡平の話で参りました」
「蔡平に接触するために行くのか?」
「既に接触してまいりました。黄承彦殿の夫と息子の巡検の帰路に秋佳と別行動を取りました。事後ですが独断の行動をとったことお許しください」

 伊斗香は正宗に拱手し深々と頭を下げ謝罪した。

「別に構わん。それで守備はどうなのだ?」

 正宗は伊斗香に報告を求めた。

「少々予定が狂いました」
「どういう意味だ?」

 正宗は伊斗香の返答を受け彼女を訝しむ。彼女の表情からは蔡平との交渉が失敗した様子には見えなかった。

「蔡平は正宗様への目通りを求めております」

 伊斗香は正宗に申し上げ難そうに言った。

「口約束では信用できないか。当然だな。そうではないと使い物にならないだろう」
「蔡平とお会いくださるのでしょうか?」

 伊斗香は正宗の心情を探るような視線を送り確認するように聞いた。貴人である正宗が庶民から面会を求められても通常は会う訳がない。彼女が言いづらそうだった理由はそこにあったのだろう。しかし、正宗は不愉快な様子は微塵もなかった。

「会おう。数日後には蔡平の住む村を襲撃するのだ。今、会っておいた方がいいだろう」
「畏まりました。蔡平は陣幕の外で待たせております」
「準備が良いのだな」
「あまり時間もございませんし、蔡平を間者として使うのであれば早いに越したことはないと思いました」
「通してくれ」
「蔡平、清河王のお許しをもらった中に入れ」

 伊斗香は陣幕の外に向けて声を上げた。すると女が一人入ってきた。髪の毛は黒く、その長さは短い。彼女の服装は小作人のようなぼろい木綿の服だった。その服は所々修繕しているようで継ぎ接ぎ目立つ。服から見える手足は痩せていた。しかし、彼女の手足の筋肉のつき方から、正宗は彼女が鍛錬を欠かしていないことに気づいたのだろう。正宗は彼女を見る視線が変わった。
 女は礼法に疎いのか、たどたどしい動きで伊斗香の後ろの方で両膝を地面に着くと正座の状態で正宗に対して平服した。

「清河王、蔡平の無作法お許しください」

 伊斗香は正宗に対して拱手して謝罪した。

「構わん」

 正宗は蔡平の態度を気にした様子ではない。伊斗香からすると蔡平の所作は礼法に全く叶わないと考えているのだろう。

「お前が蔡平だな。伊斗香からは話を聞いている。そこでは顔が見えん。もう少し近くに来い」

 正宗は温和な雰囲気で蔡平に声をかけた。蔡平は顔を上げ伊斗香の横にのろのろと移動し同じように平伏した。伊斗香は蔡平の動きにあたふたしてした。

「蔡平、面を上げよ」

 蔡平に正宗は声をかけるが頭を下げたままだった。

「蔡平、顔を上げ清河王に顔を見せなさい」

 見かねた伊斗香が蔡平に声をかけた。その様子を見て正宗は蔡平が満足に教育を受けていないだろうと推察した。正宗が二人のやりとりを見ていると蔡平が顔を上げた。彼女の顔の右側に酷い傷跡を発見した。かなり前につけた傷のようだ。傷自体は治っているが酷い傷であったことを物語っていた。

「蔡平、お前は自分の父を殺したいそうだな?」
彼奴(あいつ)を殺せるんですか?」

 蔡平の両目に強い怒りの炎が映っていた。その様子を見て正宗は蔡平がいかに実父を憎悪しているのか理解した。彼女からは実父への明確な殺意が感じ取れたからだ。

「教えてくれ。お前は実の父を殺して後悔しないのだな?」

 正宗は蔡平に気遣ってか分かりやすい言葉を使い質問した。

「後悔? 後悔する訳がない! 彼奴(あいつ)に何もかも奪われた。彼奴(あいつ)も、その家族もみんな死ねばいい!」

 正宗の言葉に蔡平は感情を露わにして憎しみの言葉を口にした。正宗は彼女の実父と村人達への憎悪しか感じさせない表情を見て沈黙した。

「お前の気持ちは分かった。私が蔡徳珪を殺せと命令すれば、お前は蔡徳珪を殺せるか?」

 正宗は蔡平に確信の質問をした。その時、蔡平の表情に一瞬だが戸惑いを見せた。それを正宗は見逃さなかった。
 蔡平は蔡一族を憎悪しているのではなく、彼女の住む村の者達を憎んでいる。もしくは蔡平は蔡瑁から影ながら援助を受けていたことを自覚している。あるいは彼女自身確信はないが、蔡瑁が自分を援助しているのでないかと思っている。いずれであろうと彼女は蔡瑁への遺恨はないことになる。

「お前は蔡徳珪を殺せるか?」

 正宗はもう一度蔡平に聞いた。

「殺れます。蔡徳珪を殺します!」

 蔡平は正宗に必死な表情で返事した。正宗の申し出が彼女の願いを叶える交換条件と思ったのだろう。正宗に突き放されることを恐れたように焦った表情で答えた。

「蔡平、人を殺したことはあるのか?」

 蔡平は正宗の問いに沈黙した。正宗はそれを否定と受け取ったようだ。彼は蔡平を間者として利用することを断念したように見えた。

「蔡平、お前の願いを叶えてやろう。その代わりに私に襄陽城の話を教えて欲しい。それと、襄陽城の行き様子を私に教えて欲しい。できるか?」

 だが、襄陽城内の地理に明るい者は利用価値は十分にある。それに警戒されず襄陽城に入ることができるのであれば価値は十分にある。

「何でもやります!」

 正宗の申し出に蔡平は答えた。彼女は自分の願いを叶えてくれるのは正宗以外にないと思っているのだろう。正宗の命令なら何でも聞く勢いだった。

「蔡平、私に一緒に着いてきてもらうぞ」

 正宗の命令に蔡平は頷いた。

「わかった。お前はもう村には帰るな。三日後にはお前の村を私が潰す」

 正宗は蔡平の反応を確認すると彼女に正宗の計画を告げた。彼女の両目に狂気の光が灯るのを感じた。彼女が忸怩たる思いで待ち続けた復讐の機会が等々来たのだ。正宗と伊斗香も彼女の雰囲気を感じ取っていた。

彼奴(あいつ)らを殺せるのか?」
「お前の望むままに殺させてやる。その代わりに私に力を貸せ」

 正宗の申し出に蔡平は強く頷いた。 
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