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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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A.G.E(アンジェ)
  第七話:混沌の訪れ

 
 夏休みに入って早くも三日が経過。


 されど朝に限って言うならば、俺の私生活にコレと言って変わりは無い。六時前に起きて着替え、境内まで行って掃除をした後、絵馬を焼納するこの一連の作業を、夏休みだろうと繰り返す。
 コレが親父の都合だけならばそれなりに反発してやることだが、客やら他者やら氏子総代さん達やらと、身内以外にも迷惑が掛かる為、自分の勝手な考えだけで放りだす訳にもいかない。


 特に世間の学生達の殆どが休みである今月と来月は、絵馬掛けにかけられる絵馬の数が格段に多くなり、昨日の今日でとんでもない数かかっている事もざらにあるので、一日でも怠れば不満の声が上がるかもしれない。

 親父は此処の掃除に関しては特に細かい性分では無いので、大雑把にしなければ端まで目を向ける必要はない。
 だから隅っこや目立たないものは放置し、落ち葉が固まっている場所を掃き出し、少ないながら存在するポイ捨てゴミを広い、ゴミ袋の中へ入れて行く。


 神聖な雰囲気漂うと言われる神社の境内でも、やはりポイ捨てをする無粋な輩はどの場所にもいるらしいと、掃除をする度毎回思う。
 ……ゴミ箱自体は幾つかあるのに、一体何を考えているのか……面倒臭いと言うふざけた理由か、掃除してくれるだろうと言う甘ったれなのか。
 それとも単なる馬鹿か。



 境内内の掃除を終え、次にやるのは絵馬の焼納。絵馬掛けまで足を運んだ俺の目に、この時期になると一つの名物となっている “文字” が、否応なしに飛び込んできた。

 曰く―――『楓子ちゃんと付き合いたい!』―――『彼氏になりたい! 楓子ラブ!』―――『楓子ちゃん大好きです!』―――『心のオアシス楓子さん!』―――『楓子!!!』

 ……などなど、“ウチの妹” に対する告白文句や愛の言葉が書かれた絵馬が、大量に存在しているのだ。一番最後のは名前しか描かれていないが、何が言いたいかはよくわかる。
 ウチの妹は見てくれ『だけ』は(すこぶ)る良く、腰から脚ときたら正にモデル級。
 中学の頃にはファンクラブだってあったし、校舎裏やらでの告白だって何度もされていたと聞いている。


 だからこそ疑問に思うのだが、何故あいつの言動を見て幻滅しないのか、ほとほと不思議でならない。
 別に中二病が悪い訳じゃない、妄想するのが悪い訳でもない、アイツの場合は何処であろうとそれを(はばか)ること無く口に出すのがいけないのだ。
 加えてラノベやゲームに漫画と現実の混同に、実兄への過剰且つ過剰な気持ち悪いスキンシップ……百年の恋も冷めるどころか凍らないだろうか。


 ……だが、現実は見ての通り、何故だか未だにモテモテなのである。
 まあ、誰に恋しようと俺の知った事ではないが、青春を確実に棒に振るう事になる為、いっその事すっぱり諦めて欲しい。アイツに懸想(けそう)した所で実らない上、よしんば奇跡が起こったとしても付いて行けなくなる事は明白なのだから。


「『楓子ちゃんをモノにしたい!』……なら告白でもしろ。『楓子さんが麗しい!』……容姿だけはな。『超絶愛してる、楓子様!!』……遂に “様” まで来たか……末期だな」


 一々ツッコンでいる理由は簡単で、清めの炎と言う名の焚火の中へと、黙々とくべるだけなのも暇だからだ。
 五つに一つは楓子へのラブコールが混ざっている。
 五回に一回俺の眉がひそめられる。


 ……毎回思うのだが、何故こいつ等はその楓子のいる実家の神社にこんな物を飾るのだろうか。
 そしてデカデカと『楓子』と書かれている文字を見るに、書いた者はそれなりにアグレッシブのかもしれないが、こんな事をするぐらいならラブレターの一つでも送れというものだ。

 受身なのかそうでは無いのかよく分からない。そして、そんな絵馬がわんさとある現状……世の中が理解できなくなってくる。


 そもそも、うちの神社が祀っているのは『戦いの神』であり、『縁結びの神』ではない。即ち恋愛成就祈願の為にここへ通うのは、まるっきり見当違いだ。


 ……焚火の中で燃えていく絵馬を見ながら、今日は風も強くないので放っておいて良かろうと背を向け、俺は朝の日課を終えて家へ向けて歩みを進めた。





 そちらの方が近い為、家の裏口から入ってみれば、良い匂いが鼻へと届いてくるが、食欲は全く刺激されない。
 その食事は俺にとって、香り『だけ』がよい代物だと理解しているからだ。
 栄養にはなるが食べても不味いだけで、日々の楽しみがごっそり削られている……そう言っても過言ではない。

 双方にとって酷い言い方にもなるが、病院食の方が幾分かマシと言うものだ。……いや、今の俺にとっては、その病院食でも不味かろうが。


 食堂も兼ねている台所―――ダイニングキッチンへと足を運べば、八人がけのテーブルの中央近くに、羆とも見紛わん親父・吉岡京平が座って新聞を読んでいた。


 うちは洋風では無く和風な家なのでテーブルは座卓、椅子も旅館で見かける様なモノが置かれている。


「ただいま」
「おう麟斗。朝のお勤め、御苦労」


 新聞を畳んで此方の労をねぎらう言葉を掛けるが、その声には幾分かドスが効いている。こんな所でも人を脅さねば気が済まないらしい。
 尤も、どすが効いている理由は俺を脅すためではない、他にあった。


 今ダイニングキッチンに居るのは、俺と親父とお袋のみ。つまり楓子が居ない。

 楓子は夏休みだからかまだ起きてきてはおらず、彼女には日課こそないものの、『食事は一家揃って』をモットーとする親父は寝坊を許さない。だから忌々しそうにしているらしい。


 自分が気に食わなければ拳骨、自分のモットーを守れなければ拳骨、怒鳴って脅して言う事聞かせて拳骨……いやはや何とも、こんな生活をよく続けていられるものだ。

 兄貴は猫を被り、楓子は能天気だから過ごしていられたのだろうが、俺にとっては良い回避手段が無く、加えて俺にはどうも親父の恐怖は伝わりにくい様で、つい反論してしまい殴られる回数も減らない。
 俺ばかりが悪い訳では無い時もあるので、抵抗しきれないのも相まってただストレスがたまる。


 まあ、馬鹿正直にみなまで口にして、余計に状況を悪化させる程、俺も命知らずではないつもりだ。


 ……親父本人としては、品行方正な息子や娘に育てようとしている筈だろうが、その実生まれているのは誇大妄想癖持ちのサディスト(兄貴)、一向に態度が改善されない不良モドキ(俺)、性根の曲がった電波少女(妹)なのだから、とことん空回りしているとしか言いようが無かろう。


「ねぇ麟斗。楓子を起こしてきてあげなさいよ」


 ご飯をよそいながら声を掛けてきたのはお袋である吉岡優子。黒髪ロングと額を隠さない髪型が似合い和風美人だが、見た目が四十近くとは思えないぐらいに若く、未だに巫女服が似合う。

 中学時代のクラスメイトや知り合いにもファンが多く、正直両方―――お袋へは何故歳を取らないのか、クラスメイトへは何で他人の親にそう言った感情を抱くのかと言う意味で、普通に気色悪い。


 更に、兄弟間の扱いを性別で差別しない親父と違って、俺や兄貴には普通でも娘である楓子に甘く、今の言葉も殴られる前に起こして来いと言う意味だろう。


 俺は無言で首を横に振り、ご飯を受け取ってすわる。……さあ、今日も今日とて不味い朝飯だ。


「そんな事言わないで? お兄ちゃんなんだから、ホラ」
「……」


 尚もしつこく話しかけて来るお袋。


 此方へ拳骨やら小言が来る時は止めないのに、楓子の時ばかりに構い、挙句兄貴は望み薄だとか言って、俺に向けて将来を誓い合った相手が如何だの、彼女は出来ないのかだのと口を開いたその都度言い続ける。


 しかも夏期講習に行こうとした際も、そんな事せず彼女作(ラブコメ)ってこいとぬかす馬鹿だ。
 そんな生活が続いている上、(俺限定で)まっずい飯を何とか呑み込む覚悟をしている矢先だったのだから、舌打ちしかけた俺は悪くねぇと思う。


 悪いとしても、不快に思うぐらいは仕方がないと思う。


「アイツの自業自得だろうが……」
「もう、そんな事言わないの」
「優子さん、麟斗が正しい。ちゃんとしている麟斗が怠け者の楓子の為に手を煩わせる必要はない……ズズ……麟斗、腹へったろう? 飯を食え……ズズ、楓子は朝食抜きだ」


 言われずとも食べる気であったし、元々楓子を起こしに行く気などさらさら無い。


 強引に起こしに行き、こんな事で反抗したつもりとなっても、実際は親父への反撃にはならないし、静かで平和な時間を確保するべく、楓子には暫く寝て貰い、犠牲になってもらう。


「相変わらず厳しいんだから」
「これも楓子の為だ」
「でも……そう言う所もス・テ・キ♡ チュッ❤」
「ブゥーーーーーーーッ!?」


 お袋から頬へのキスを受け、親父は盛大にお茶を吹きだした。
 普通に汚ぇ。


 羆と魔女のやり取りなど見たくもないので、俺は頭ごと目線を下げる。


「ややや止めなさいって優子さん。ほ、ほら! 麟斗も見ているだろう?」
「ウフフ、見せつけてやればいいじゃない。私達によるラブコメ的指導をね」


 大分イカれた台詞が―――いや、トチ狂った―――否、馬鹿げた……どれも同じか。
 兎に角、頭のおかしな台詞がお袋の口から飛び出して来た。


 当然俺はシカトを決め込み、機械油化が酷くなってきたみそ汁をすする。
 敢えて言おう……ただ不味い。


「何で目を下げているの? ほらよく見なさいよ麟斗。お母さんはアンタに立派なラブコメ野郎となってもらうべく、京平さんと共に指導しているんだから」
「……」
「お母さんラブコメ好きだし、アンタに漫画みたいな幸せな人生を送って欲しいの。だからそんな風に無視しないで? ね?」


 ラブコメ野郎にすべく、熱心な指導を行っている? 断言してやる、そんな指導はいらねぇ。


 ……だが、言った所で聞きはしないし、訳のわからない反論が返ってくるだけなので、俺は消しゴムのかすを固めてご飯の味を僅かに付けた様な、炊き立ての白米を飲み()し続ける。

 言っておくがこの表現に間違いは無い。本当にそうやって食べているんだ。



「ゲフンゲフン! あーあー、優子さん、とにかく止めなさい」
「まだダーメ♡ ん~、チュッ」
「むぅぅぅぅ!? ……ゴホッゴホホッゴホッ! ゲフンゲフンゲッフーーーン!」


 見た目は益荒男と手弱女―――正に美女と野獣とでも呼ぶべき、そしておしどり夫婦とも呼べる仲睦まじさに、俺は眉をひそめた。

 だが、これも家庭安泰為。我慢せねばならない。


 と言うのも親父は勿論、亡き祖父もお互いに羆やら猛獣の如き様相だったのに対し、お袋は当然の事、亡き祖母もこれまた見事なまでの大和撫子且つ目を奪われても仕方無いほどの美人だったらしい。

 そんなムクツケき男達が町一番の美人を二代ともに獲得した事から、何時しか内の神社は縁結びにご利益があると、そして縁結びの神が祭られていると、そう誤解されるようになったのだ。

 お陰で長期休暇のある月は客足が途絶えないが、それは逆に家庭の懐が潤うと言う事でもある。故に、我慢せねばならないのだ。



 寝室でやって欲しい、そんなウザッたいやり取りを視界から必死に外し、唇近くまで持ってきた瞬間、行き成り生臭く変わる、不思議な鮭の切り身を口へ運ぶ。
 ……吐かないのが不思議なぐらい、臭くてマズい。



 あと少しで漸く食べ終えられる朝食を見ながら、朝の涼しい内にある程度宿題をやっておくべきかと、頭の中で今日の予定をくみ上げて行く。





 ―――突然だった。


「ブラザァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「……!」


 ドアが猛烈な音を立てて開き、馬鹿みたいに叫びながら、楓子が入ってきたのは。
 朝っぱらだと言うのに、初っ端からウザいぐらいに明るい。


 中二となった彼女ではあるが、頭の中身は全く変わらず寧ろ悪化している。態々首ごと向ける対象でも無かろうと、俺は横眼だけ向けた。


 何やら分厚いノートを持っている時点で、嫌な予感をヒシヒシと感じる。


「ねぇねぇちょっと―――」
「断る」
「見てよ聞いてよって早っ!? まだ何も言ってないのに!」


 聞くまでも無く、くだらない事に決まっているからだ。


 所でノートを必死に後ろへ隠している様だが、既にバレバレなのに気付いているのだろうか。


「あらあら、今日はちゃんと起きられたのね楓子」
「……朝の挨拶は如何した?」


 お袋は彼女の分のご飯をよそいだし、また睨みとドスを聞かせる親父。咎めているのか射殺したいのか分からない。


「ごーめんごめん。パパママブラザーお早う!」


 そんな視線も応えず、楓子は頭を自分で小突いて舌を出す。……傍から見てても腹が立つ。


 お陰で元からなかった食欲が更に失せた。どうしてくれる。


「そだそだブラザー、コレ見てよ!」


 俺の周りをウロウロとしつこく動き回り、先程見えた聖書もかくやの分厚い大学ノートを突きつけてきた。

 言うまでも無く、“読め” と言う事なのだろう。


 だが俺の両手は塞がっているし、この厚さと幅だと片手で読むのはキツすぎる。と言うか俺の今の状態なんざ見れば一発で分かる筈なのに、何故しつこく突きつけて来る。


 コイツの目は節穴なのか。


「後にしろ」
「ダメダメダメーーッ!今呼んでくれなきゃダメなのおっ!」


 こいつは我儘を言いだせば絶対に引っ込めない。なのでシカトし続けようとも、その間だけ延々喚かれる事となるので、煩わしい事この上ない。

 なので俺は一端食器を置いて左手を伸ばし、楓子のノートを掴んだ。


「読んでくれるの!? 流石兄ちゃんは優しいねっ!」


 そして…………後ろへ放り投げた。


「に゛ゃーーーーーっ!?」
「麟斗、食事中に―――あっ」


 楓子のこれまた五月蠅い悲鳴と、親父の説教の序文が重なる。


 楓子は迷い無くジャンプし、直後ゴチンと言う音が響いた。……ざまあみろ。

 親父は、大方甘さを見せて読むとでも思っていたのだろうが、残念ながら俺はあんたみたいに女の我儘をいちいち聞ける程、広い度量を持っていない。


「ん゛んっ! ……麟斗、もう少しで食べ終わるなら、食べてしまいなさい」
「ああ」


 説教文句が空打った所為で、迫力もクソもない声を親父は俺へ掛けた。
 台詞内容も態々言うまでも無く、俺としても言われるまでもない事なのが、余計に焦りを悟らせる。


 残った分も少ないので、俺はさっさと口の中へ掻き込んで、喉を鳴らして呑み込んだ。締めのお茶も青臭く、ドロリとしていて実に不快だった。


 何時の間にやら俺の隣まで戻ってきた楓子の手には、あの分厚いノートが握られており、此方を恨めしそうに睨んでいる。

 だが迫力がまるでない、親父の日の睨みでも耐える……と言うより鈍感で感じ取れない俺なのだから、彼女のモノなどそよ風にも届かない。


「はい、楓子の分よ」
「ういー、いっただっきまーっす」


 茶碗を渡されるや否や、猫背になると猛烈な勢いで食べ始めた。さっさと食べ終えたいらしいが、理由は言うまでも聞くまでもない。


「楓子、麟斗の様にもっと味わって食べないか……折角優子さんがだなぁ」
「別にいいじゃない、味わうなんて。私は元気に食べてくれればそれでいいの」
「しかし……」
「私が味わって食べて欲しいのはぁ……アナタなんだからっ♡」
「みみみ見ているといい言っているだろう優子さん!? 麟斗だけじゃなく楓子も!」


 窘めようとした親父をお袋がキスをしようとして止め、楓子の出したグーサインに同じくグーサインを返している。


 ……俺が叱られそうなときは何もしないのだから、やはり不公平だと言わざるを得ない。


 顔を真っ赤にした親父は無言で新聞を開き、焦りながら番組欄を読み始めた。如何やら自分は食事中に物を読まない、と言うのを実践しなくても良いらしい。


 手本にもならない親である。


「ごちそうさん……と」


 それだけ言うと俺は立ち上がり、自分の部屋に帰ろうとするが……


「だべぇがえらばいで! ばだじのぐどうをびでよにいぢゃん!」
「汚ったねぇ……!」


 口いっぱいに物を詰めて頬を膨らませたまま喋ったせいで、辺りに米粒やら切り身の破片やらが飛び散る。


 後で掃除する羽目になるのは自分だと言うのに、害をバラ撒き続けて尚懲りない奴だ。


 そして読む気は無いので扉を閉めて、二階にある自分の部屋へと上がり、宿題の内一つを開く。


『食べるなら食べる! 食べないなら食べない! どっちかにしろ!』
『ブゲェェェェェッ!』


 下から怒鳴り声と奇妙な悲鳴が聞こえてきた。
 何が起こったかは想像に難くない。



 此処で今一度言っておくが、楓子には空想癖がある。
 その空想を妄想の域まで昇華させる、ある意味での天才でもあるのだが、生憎とそれを他者へ伝える能力が無い。
 具体的に言うなら《登場人物や能力や土地を作る》事は出来ても、《話の基礎や本筋を書きだす》事が不可能で、物語として仕上げる事が出来ないのだ。


 つまり、ノートに書きだされるのは延々と羅列される設定のみで、しかも時々意味が分からない。オマケに区切る場所が可笑しく、纏め個所もまとめきれていない。

 一度読ませてもらった際には文字酔いし掛けたので、もう読まないと俺は決めている。あんなもの読んだところで、何の得にもなりゃしねぇ



 静かな部屋で黙々と宿題をこなしていく俺の耳に、またも大きな声が飛び込んできた。


『こんなモノ捨ててしまえ!!』
『いや゛ぁー! やべでー!』


 うちの家族は一々騒がねば気が済まないのかと頭を軽く振り、机の方へと視線を戻そうとして……ドアをノックせず、お袋が入ってきた。


「……何?」
「楓子がね? 徹夜してまで書いたノートを焼納場所へ放り込まれかけているの。 御父さんを止めてあげて欲しいのよ」
「ハ、アイツにとってもいい薬だ」
「そういわずに。結構怒ってるみたいだし、そうなると拳の落とし所が必要になるでしょ?」


 お袋が言いたい事をまとめると、詳しく説明するなら俺がノートを焼かれぬよう変わりに殴られ、その間にノートを返してくれと説得して欲しい、といった具合だろう。


 ……が、つまる所トバッチリで殴られて来い、と言われているに等しい。


「断る」


 当然、そんな申し出を受ける必要などねぇ。


 アイツの事を可愛いと思っていたのも今は昔、そもそも悪いのは彼女自身で、俺には何の罪もない。楓子の為と痛い思いをしてやるほど、俺は良い性格をしていない。


 お袋が止めればいいモノを、態々俺の方へ頼むあたり、本当は愛されてないのではないかとも思ってしまう。


「お願い、止めてあげて。あのノートから何か霊的なモノを感じるのよ。それに唯の焚火に見えてもウチの境内で焚く炎は『清めの炎』。即ち聖なる力を持つの。合わさったら何が起こるか分からないのよ」
「……」


 一聞すると荒唐無稽ではある。


 しかしこう言っちゃあ何だが、お袋のオカルト方面の力は侮れないものがあり、各言う俺も言狂そのものを見てこそいないが、それらが起こした怪事件を目の当たりにした事はある。


 だからこそ、その言葉を馬鹿ばかしいと一蹴できなかった。顔が先程までと違い、真剣なのも拍車をかけている。


 じゃあ言う事を素直に聞くかと言えば、だまくらかしている可能性もあり、すぐにハイとは頷けない。
 何せいろいろ理由を付けようとも、『羆に殴られに行け』と言われているも同義なのだから。


 俺が疑いの目でにらみ、お袋が真剣味のある眼で俺を射ぬいた、刹那―――――





 ―――脈絡なく、途轍もない怪音が響く。


「何……!?」
「アレはっ……!?」


 窓から見える景色の端、その遠くの境内近くで……高々と火柱が上がった。


「麟斗!」
「……クソッ!」


 明らかな異常事態……何かが起きた事だけが、唯一明白なモノだった。


 お袋が悪い訳でもない、じゃあ俺が悪いのだろうか? ……いや、自分やら誰かを責めている時間など無い。


 お袋の声を背中に受けながら、俺は境内へ向けて走り出した。

 
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