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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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GGO編
  第197話 死の正体

 
前書き
~一言~

 ここからが最新話となってきます。二ヶ月以上待たせてしまって申し訳ありません。更新速度がどうなるかは、判りませんが、これからも頑張ります。


 それでは、よろしくお願いします。 

 

 シノンへの返答.それをまず答えたのは、キリトだった。そのキリトの表情は険しい

「……オレは乗り越えてないよ」

 キリトは、そう答えた。『乗り越えることができてない』と。リュウキもキリトのそれを聞き頷いた。

「心に巣食っている闇は、……簡単に取り除いたり、乗り越えられたりは出来ない。……その乗り越えるべき壁の高さは、見えないんだから。絶えず変わり続けている。心の中で、 オレの闇の中で……、何時もいる。オレが殺した人たちが」
「オレもだ。……ゆうべ、夢に出たよ。殆ど、眠る事ができなかった。アバターが消え去る瞬間の彼らの顔や声。……その言葉はきっと、もう二度と忘れることは出来ないと思う」

 2人の話を訊いて、シノンの表情が変わっていく。身体が凍っていくかの様だ。何時ものそれとは違う。まるで、震えが止まらないのだ。

「そ、そんな……」

 震えが止まらず、呆然と呟いていた。

「じゃあ……、ど、どうすればいいの……。わ、わたし、わたしは……」


――私は、一生このままなのか。


 それは、あまりにも恐ろしい宣告だった。全ては、無駄だった、ということだろうか? 例え今、この洞窟を出て死銃と戦い、万が一勝てたとしても、現実の詩乃の苦しみは永遠に続く――そういうことなのだろうか……?

「シノン」

 震え続けるシノンの肩を、リュウキは掴んだ。

「……苦しいのは、判る。オレ達も同じだから。……でも、それは正しいこと、なんだ。自分の手で奪った命。……なのに、オレは、オレたちは、責められる事等なかった。それどころか、称えられさえもしたんだ。……皆、優しかった。自責の念に駆られ、壊れかけていたオレを立ち直らせてくれる程に、支えてくれた。 でも、償う方法は判らなかった。誰もが口にしなかった。……多分、皆同じ思いだったから」
「……ああ。オレも、同じ気持ちだよ。あの時は、ただ口々に言うだけだった。その意味も深く考えずに。そして、いざ自分が同じ立場になった時……、初めて判ったんだ。……そして、殺した人達のことを眼から逸らし続けてきたんだ」

 リュウキの言葉を訊き、キリトもそう告白をした。
 キリトは、あの時、苦しむリュウキの姿見て、何とか力になりたかった。……涙を流す彼を見て、支えて上げたかった。皆を助けてくれた彼が苦しんでいる所など、涙を流す所など、みたくなかったのは皆同じだったから。

 だけど、リュウキのその苦しみを、自分は本当の意味では判ってなかったんだ。

 同じ境遇に立ってから、初めて知る事が出来た。同じ立場に立つ意味を、知る事が出来た。

「オレは、その意味と重さを受け止めて、考え続けるべきだ、と 思ったんだ。せめてそうすることが、今のオレにできる最低限の償いなんだろう、と今は思ってるよ」

 キリトの言葉を訊いて、リュウキは綺堂の話を思い返す。

『皆さんも同じ気持ちだと思います』

 その言葉。その《同じ》と言う意味の中には、きっとキリトも 自分と同じ苦しみを思い続けている。……1人じゃないから、1人じゃないからこそ、立ち上がる事が出来る。向き合う事が出来るんだ。

「……シノンには、言ったと思う。オレは1人じゃ、本当の意味では凄く弱い。……傍に居てくれたから、今のオレが、オレ達がいるんだと、思っているよ。これまでも。……これからも」

 それまで、黙って訊いていたシノンは、表情を更に落とした。

「受け止め……考え……、1人じゃないから……」

 キリトが言った言葉を、リュウキが言った言葉をしきりに呟いていた。理解しようと、させようとしながら。だけど……、どうしても 首を縦には振れなかった。

「私、私には、そんな事……出来ない。 わたし、わたしは……ひとり、だった。あのときから、ずっと……」

 父を失って、精神が逆行してしまった母。そんな母を守る事を、常に意識してきたんだ。そして、強盗を撃ち殺したあの日。……自分は1人だった。守るべき人である母からも、あの時だけは、畏怖の念を向けられていた。……そこから、ずっと1人、だったんだ。

「……何処で分岐点が来るのか、判らないんだ」

 そんな時だ。シノンの表情から、言葉から悟ったリュウキが声をかける。

「オレも、ずっと1人だった。……いや、厳密には育ての親はいたけれど……それでも、1人、だったんだ」

 シノンは、それを訊いて……リュウキの顔を見た。

「……光を失って、闇をずっと彷徨っていた。10年間。唯一の光は親だけだった」

 シノンは、自分とリュウキの姿をこの時、重ねる事が出来た。……事情の詳細は恐らく違うだろう。でも、境遇には似た気配を感じた。

「ずっと他人を拒絶してきたオレに、心の底で、本当は全員を敵視をしていたかもしれなかったオレに、ずっと手を伸ばし続けてくれる人がいた。……後はオレがその手を掴むだけだったんだ。 でも、中々掴む事は出来なかった、よ」

 そのまま、リュウキは手を伸ばす。

「シノンも、ゆっくりで良い。ゆっくり、一歩ずつで良いから、先を目指そう。それに、何度だって言う。……オレは幾らでも、シノンの手を握る。オレは学んだんだ。手は、戦う為だけじゃない。……誰かと繋ぐ事にも意味があるんだから」

 リュウキはそう言うと、キリトを一瞬だけ見た。キリトもそれを確認すると、軽く笑い……、そして 手を差し出した。『同じ気持ちだ』と言っている様に。
 ……後出しは格好がつかないな、とも考えていた様だが、今はそんな事を考えている場面じゃないだろう。

「っ………」

 シノンは、両手から力を抜いた。そして、座っていた身体にも力が抜け、再びリュウキの脚へと頭を横たえる。手を取る事が出来なくて、少しチクリ……とした。あの時(・・・)の様に、ここ一番でちゃんと出来ないのは、シノンも詩乃も同じだ、とも思ってしまっていた。

 そして、あの記憶をまっすぐに受け止めて戦う事。これまで他人を敵として見続けてきた自分が本当の意味で他人を受け入れる事。

 自分にそんな事が出来るとは到底思えない。

 彼らは その方法で戦う事が出来ているんだろうけれど、自分は自分の解決法を探すしかない、と思うが……、どうしても リュウキとキリトから差し出された手を、……あの時本当に握ってくれて、身体を包み込んでくれた温もりが心に残っている。少し触れただけの温もりじゃなく、身体の芯まで温もりをくれたんだ。

 その温もりが、凍った心を。……迷いと言う名の氷を解いてくれた気がした。




 リュウキは、差し出した手をゆっくりと下げると、自分の脚に顔を埋めているシノンを見て、微笑んだ。……ゆっくりで良い、といった手前だ。こんなに早くに手を取れる筈も無い。自分自身が、彼女の手を、温もりを受け入れたのにだって、随分と時間がかかったのだから。

(……相手がオレで良いのかどうかも、判らないけど、な。……でも、本当に迷惑じゃなかったらいいんだが。こればかりは、各々の心の問題、だからな……)

 リュウキはそうも思っていた。



 キリトも同じ様に手を下ろした。

 そして、何故だろう? リュウキが『自分で良いのか?』とか、『迷惑じゃないか?』とか思っている様な気がしたんだ。

(……なんでだろ? まぁ、アイツがすっごい鈍感なのは知ってるけど。 それに、こんな空気、今は悪くないかもってな)

 今は場面はシリアス。自分自身もかつての闇と対峙し、心が揺さぶられている。でも、何処かで、苦笑いをしている自分もいた。これも、……1人じゃないから、こんな気持ちになる事が出来たんだろうな、とキリトは思っていた。

 ここで一言ツッコミを入れるとしたら、キリトの思ってる事。

 勿論、『すっごい鈍感』と言う言葉。人のこと言えるか! とツッコミを入れたいのだが。これは仕方が無いのである。

 ……自分自身の事は判らなくても、他人(リュウキ)の事なら判る。

 今のキリトはまさにこれなのだから。



 少しして、シノンが口を開いた。

「死銃……、死神……」

 シノンの呟き、その単語を訊いて2人が反応した。

「?」
「ん?」
「じゃあ、あのぼろマントの中にいる連中は、実在する、本物の人間なんだね」

 シノンが聞きたかった事は、それだった。シノンはずっと、あの中身があの男(・・・)だと思っていたから。あの見えない素顔の奥底には、あの狂気が額を、そして赤い血を目に溜め、一筋の血のラインを作る。……まるで、血の涙。呪い、とも言えるだろう。言葉のひとつひとつが呪詛の様に聞こえてくる。かつての記憶を揺り起こしながら。

 そう、あの連中がちゃんと現実に存在する人物だと言う事。過去の亡霊じゃないことを否定して欲しかったのだ。そして、その答えは直ぐに帰ってきた。

 そう……呆気なく。

「……そうだ」
「ああ。元《ラフィン・コフィン》のメンバー。片方は幹部。……そして、もう片方がサブ・リーダー。オレ達は間違いなく刃を合わせてる。……だから、間違いないよ」

 リュウキとキリトの答えを訊いて……、本当に少しだけ ほっとした気がしていた。まだ、命の危険は付き纏っていると言うのに。

「……あいつらのSAO時代の名前。それを思い出せば、現実世界での本名、住所。……全てを突き止められる」
「ああ、正直に言えば、オレ達の真の目的がそれだったんだ。共同戦線、っていったけど。話の胆はそこにあったんだ」

リュウキとキリトの話を訊いて、シノンは改めて眉を寄せる。

「そう……。じゃああいつらは、SAO時代のことが忘れられなくて、また PKをしたくなってGGOに来た……って事?」

 シノンはそう、訊いた。あの世界。剣の世界で狂気に走ったプレイヤー達だと言う事はシノンは理解出来た。そんな世界から、解放された、と言うのに……その味を忘れられなくて、忘れたくなくて、この世界に来た、と思ったのだ。

 その言葉を聴いて、リュウキは首を振った。

「……違う」

 その表情には、何処か怒気さえ醸し出す。シノンはリュウキの顔を見上げる様に見たから、その感情がよく判った。

「え……? 何が違うんだ? オレはそれだけじゃない気はするが……、シノンの考えと同じなんだけど」

 これまでが同じ意見だったから、不思議に思った様だ。同じSAO生還者(サバイバー)であり、そして あの笑う棺桶(ラフィン・コフィン)と刃を交えた間柄、それだけの共通点があった上での事だったから、と言う気持ちも強い。

「あいつらは、ただの犯罪者だ。……あの世界から、本当の意味で帰ってきていない。……確かに、オレの中にまだ剣士だと言う意識はある。……2年もあの世界で暮らしたんだからな。……それを踏まえた上でも、レッドプレイヤーでい続ける理由はただ1つ、だろ?」

 リュウキは、キリトに向かって訊く様に繋げた。嘗て、SAOでも、キリトと共通し合った認識だ。

「……腹ん中から腐ってた奴ら」

 そう、役割を演じる(RPG)世界だといっても、実際に人が死ぬ世界で悪事を働く。……人を殺そうとする様な連中は、現実世界で云わば犯罪者も同義だ。その人格がそのまま、現実世界に戻り、新たな世界に身をやつした。

 どうなっても、全てのベクトルが向かう先は変わらない。……心底腐っている、と言う事だ。リュウキは、頷くと。

「……あの世界でも、そうだっただろう? 腐った奴らは。……犯罪者は、如何に規制をしても、取り締まっても、現実世界でいう法の目を掻い潜って、新たな手口を見つけ出す。今回の1件もしかり、だ」

 険しい表情をそのままに、リュウキは続けた。

 その言葉に、シノンは強く着目する。今までは、あの過去の話を中心に。……つまり、あまり触れて欲しくないであろう(SAO)での事だった。だから、あまりくい込んだ話を聞くつもりはなかったんだが。

「……ちょっとまって。リュウキは、アイツ等の。死銃(デスガン)の殺しの手口が判ってるの? それより、現実世界で実際に人が死んでるとは訊いたけど、一体どう言う事なの?」
「それは、オレも訊きたいな。リュウキの考え」

 キリトもシノンと同じ様だった。

「……順を追って説明するよ。その前に、アイツ等の目的、キリトの考えを聞かせてくれないか?」
「ん……。そうだな。あいつ、少なくとも死銃(デスガン)と最初に名乗ってたぼろマント。死神じゃない方は 《ゼクシード》や《薄塩たらこ》、そして今回の大会では、《ペイルライダー》。3人を消した時、必ず大勢の眼がある状況を選んでいた。つまり、不特定多数に対してアピールしてるんだと思う。『自分には、ゲームの中から人を殺す力がある』と」

 キリトがそう言うと、リュウキも頷いた。

「大体の考えは同じ、だな。……死銃()を持った。だから誇示したい。その心理、だろう。極めて幼稚な精神だ。力を持ったと勘違いした、異常(クレイジー)な犯罪者だ」

 リュウキも頷いた。その会話を訊いていたシノンは。

「……あいつらの人間性に関しては大体同じ気持ちよ。でも、やっぱり判らない。アミュスフィアは、初代の……ナーヴギア、だっけ? あれと違って、危険な電磁波は出せない設計なんでしょう?」

 シノンは、順を追って説明をする、と言っていたが、直ぐに知りたいと思ったのだろうそう、リュウキに訊いていた。

「……ああ、だが、キリトもおかしいと思わなかったか? いや、違和感と言うべきか。彼らの死因(・・)について」
「それは、確かに……」
「え? どういう事……?」

 死因と言う言葉を聴いて、シノンは首をかしげる。五感の全てを侵入(ダイヴ)させてプレイしているのが、VRMMOだ。脳にリンクしている、と言う事だから、死因は自ずと想像出来る。……いや、あの大事件の件もあるだろう。

「死因は、脳損傷じゃないんだ。彼ら、ゼクシードと薄塩たらこの2人の死因は、心不全だ。それが1つの切欠、だった。……最初から思っていた事だが」

 リュウキの言葉に、シノンが反応した。

「え……、心臓……?」

 反応したのは、背筋にぞっと冷たいものが走ったからだ。……シノンは小さく身を震わせた。『まさか』と、思いつつも、浮かんだ考えを口にしてしまう。

「……それって……何か、呪いとか、超能力的な力って……事?」

 言った途端に笑われるかもしれない、と思った。それであれば、リュウキも自分を庇い受けてしまった銃弾。アレもリュウキを蝕んでいる筈だから。……シノンにとっては考えたくなかった事だけれど。

「違う」

 リュウキもはっきりと否定をした。……安心、出来る様にだ。キリトもそれを訊いて 考え込むが やはり答えは出てこない。何故、リュウキが気づいたのかもそうだった。心不全で死んでいる、その情報自体はキリトも持っていた。おかしいとは思ったが、ロジックが解には向かわなかったのだ。

「……だが、どうやって。オレは正直なところ、あいつら、あのぼろマントの仮面2人。あれを操ってる現実世界のプレイヤーを突き止めて調べない限り判らない、と思ってたんだが」

 だから、リュウキにそう訊いていた。リュウキはそれを訊いて、軽く頷く。そして僅かながら表情を暗めていた。

「……アイツは、死神はキリト達と合流する前に、1人のプレイヤーを消しているんだ」
「えっ……?」
「っ……」

 その事実を訊いて黙り込む2人。キリトとシノンも、死銃(デスガン)がプレイヤーを1人消している所を見ているのだ。《ペイルライダー》を消した所を。
 ……そして、現実世界でも恐らくは物言わぬ姿となっている事も、想像するのは難しくないんだ。人が死ぬ所を 見てしまっているんだから。

「その時。アイツはただ力を誇示したくて、そして、多分オレを動揺をさせる為にも、あるんだろうな。……無造作に選んで撃った筈なんだ。無数に倒れているプレイヤー達の中で、1人を選んでな。……プレイヤー名は表示されていないから。外見で選んだんだと想っていた。だが……」

 リュウキは、目を瞑った。
 そして、あの時の言葉を思い出す。あの死神は確かに言ったのだ。

「アイツはこう言ったんだ。『ジーンを殺ったばっかだ』とな。……元々殺すのを最初から決めていたんだとは思うが。あれだけの人数で、確かに選んで撃った。……本当にあの銃自体に、人を殺すだけの力があるのだとすれば、最初から アレを連射すれば良かったんだ。一撃でも当たれば、それで終わりの筈なんだからな」

 リュウキは思い返した。死神と戦っている時、あの銃(・・・)を構えこそしたものの、ただの1発も自分に向かって撃っていないのだ。もしも、それが撃たない(・・・・)のではなく、撃てなかった(・・・・・・)のだとしたら?

「それに、キリトが乱入してきた時も、アイツ等は、短機関銃(サブマシンガン)狙撃銃(スナイパーライフル)に持ち替えていた筈だ。……あの銃を撃ったのは、オレの時と、そして、多分 シノンに向かっても撃ったんじゃないか?」
「……ああ。間違いない。あの時は弾き返す事が出来たが、確かに シノンを……っ!! ま、まさか」

 キリトは思い返す。あの時車上で シノンは身を固くさせてしまっていたのだ。殆ど直線上の高速道路。狙いは付けやすかっただろう。そして、もう1つキリトは気づいた。

 今回の事件の核心を。

「そうだ。……十時を切るジェスチャーも、あの銃も、理由があってしている事だろう。……アイツ等は綿密な計画を立てて、《特定の人物》を殺す事が出来るんだ」
「それは……。あ、でも確かアイツ鉄橋で……。そう、リュウキと合う前に、私達もあの銃を撃った所を見てるの。……アイツ、ペイルライダーは あの銃。……黒星で撃ったのに、無抵抗で倒れていたダインは無視して……」

 シノンも思い返しながらそう呟く。確かに今考えれば妙なのだ。アバターを残している以上、死銃の一撃は効果があるのだろう。

「……なら、狙っている相手は、何か共通する条件があるんじゃないか? シノンとペイルライダー。そしてジーン。……単に強さとか、ランキングと言う事になるのかな」
「でも、ペイルライダーは前回の大会に出てないし。それなら、ダインの方がランキング的には上。ペイルライダーなんて名前、アイツと同じスコードロンにいたけど、一切出てすらなかったし、会ってもなかった筈」

 人を殺す動機についてもある。だが、今は 肝はそこではないのだ。

「……狙っている理由は、本人に訊かなければ判らないだろう。……核心を言えば、アイツ等はまだ他にもいる。……本当の身体。ゲーム内であの2人が特定の誰かを撃った瞬間に。もう一方が《本物のトリガー》を引くんだ」
「え……? な、何を言ってるの。そ、そんな突拍子も無い事を……」

 シノンは驚き、声を上げた。

「だ、だって、本物って事は……、現実世界で、って事でしょ? なんで、そんなことがアイツ等に判るっていうの」
「それだった。それが最後の謎だった。……だけど、それも判った。アイツ等が使ってる装備を見て、な」
「っ!! 光迷彩か!?」

 キリトもそう言う。あの姿を消すマントさえあれば、最後の障害も突破出来ると確信したようだ。

「まず、住所に関してだが、今大会にエントリーする時。あの端末で自分の本名、そして住所を入力する欄があった。……確認したが、もしも入賞する事ができたら、ゲーム世界での賞品(ギフト)にするか、現実世界での賞品(ギフト)にするか、だったな」
「た、確かに……、私は現実世界でモデルガンに……、で、でも 後ろから、端末の画面を? そんなの絶対に無理よ。遠近エフェクトだってあるんだし、離れただけで文字が読めなくなる。覗き見る様な行為、速攻でGMにアカウント抹消(BAN)されるだけで」
「……判ってる。アメリカだ。情報漏洩や、ハラスメント関係の対処はかなり厳しくしている。……だが キリトも言っていただろう? 光迷彩と。……これは試した訳じゃないが、あの迷彩。《メタマテリアル光歪曲迷彩》が、街中でも使えるとしたら? 幾ら足跡や足音、僅かな空間の歪みで 確認出来るとは言え、あの薄暗い総督府の中、物陰に入り、使われたら、見えないだろう。……後は双眼鏡なり、スコープなりを使ったら、訳はない」

 リュウキの言葉を訊いて現実味を帯びてくる感覚がキリトはしていた。あの透明マントを連想させて、リュウキの考えにまで、キリトも直ぐに至ったのだ。そして、リュウキが『見えない』とまで断言しているのだ。特殊な目を持っているこの男が断言する以上は、誰も気づく事なんて出来ないだろうと思えるのだ。

「……! た、確かにメニューウインドウに関しては、基本的に他人には無理だけど……、ゲーム内端末なら、タッチパネルモニタは、複数で操作する場合もあるから……、デフォルトでは誰にでも……」

 シノンも その言葉を理解していく。『できなくはない』と確信してしまう。だけど、まだ問題は在るはずだ。
 シノンは、恐らくは認めたくなかった、その言葉を受け入れたくなかった事もあるのだろう。だから、必死に反証を挙げようとした。

「でも、仮に現実世界の住所がわかったとしても、忍び込むのに、鍵はどうするの? だって、家の人だって……」

 その言葉を訊いたリュウキは、軽く首を振った。

「……言ったはずだ。《特定の人物を殺せる》と。これまでの犠牲者、ゼクシード、たらこの両名は1人暮らし。詳細も一応確認していて良かった。《旧式》の電子錠を使ったアパートだった。多分、皆も知ってると思うが、旧式のは危険なんだ。解析された施錠装置もまだ蔓延っている。 ……何よりも、ログインをしている最中に忍び込むんだ。生身の体は完全に無意識状態。家周囲に注意はしているだろうけど、多少侵入に手間取っても気づかれる心配はない」

 リュウキの言葉にシノンは再び息を吸い込む。

 住宅の鍵が、電波式のキーレスエントリー錠に置き換えられたのは、ここ7,8年の事だ。これにより、物理的ピッキングは不可能になったが、初期タイプ、リュウキの言う旧式に関しては、マスターキーならぬ、マスター電波が解析されてしまい、それを開錠する為の装置が、高額でブラックマーケットに出回っているのだ。そのことは、ここにいる誰もが知っている事だろう。大きくニュースに取り上げられたのだから。

 シノンも例外ではない。

 その事件があったからこそ、彼女は電波ロックだけでなく金属錠と暗証番号を併用する様になったのだ。……それでも、背筋に這い回る冷たさは消える事はない。

 何故なら、《死銃》と言う者は、過去からの亡霊でも、闇でもない。謎の力をもつアバターでもない。……現実世界での殺人者なのだから。その推論が重みを増していくのを感じた。……聞き手だったキリトも、完全に現実味を帯びている様で、表情を険しくさせていたのだ。

「……確かに。オレもドキュメント番組とかで、元受刑者達の手口って事で見た事、本当にあっさりと開いたりするもんだった。……昔のピッキングなんかよりもずっと静かで、それこそ、亡霊を彷彿させる様な感じで、素早くゆっくりと侵入する事が出来ていたんだから」

 キリトも、額に汗を流していた。まともな精神じゃない。それは、あの世界でもう判っていた事だったが、現実世界に戻ってきても、まだ 続けている事を確信し、改めたのだ。まだ、アイツ等は《そのまま》だと言う事を。

「じゃ、じゃあ、死因は? 心不全って言ってたよね? 警察とか、お医者さんにも判らない手段で、心臓を止める様な事なんて、出来る訳が……」
「出来る」
「っ……!」

 短く、そして最短に、そう伝えるリュウキ。その言葉には、まだ理由を話していないのに、妙な説得力があったんだ。

「……薬品とかで、色々と方法があるが、今回のはまず間違いなく気づかれる事はないんだ。勿論条件はある。……死亡発見遅れによる腐敗と先入観」
「っ!? せ、先入観?」

 シノンは、その言葉の意味がわからなかった。腐敗具合に関しては判った。確かに 人は死亡してから、時間がかかればかかる程に、その原因の特定が難しくなってくる。判らない訳じゃない筈だけれど。

「……そうか。そうだよな。VRMMOプレイヤーが心臓発作で死ぬ例は少なくなかった。ろくに飲み食いしないで寝てばっかりいるんだから。先入観、ってそう言う事だろう?」
「ああ。……部屋が荒らされた訳じゃない。何かを盗まれた訳でもない。……聞き込み情報も。それは、したかどうかは判らないが、これだけ条件が揃っていれば、警察がそう結論しても無理はない。重度の依存性を持っているプレイヤーの死、と。そして 指示をされない限り、死亡解剖はそこまで詳しくは行われない。…遺族の事だってある筈だからな」

 キリトはさらに表情を歪めた。

「無理だ。一応脳の状態だって、調べたらしい。当然だ。ナーヴギアの件がまだ色濃く残っているから。でも、その……薬品を投与された、注射されたなんて、最初からそのつもりで調べないと……」

 シノンの中で、最早疑いの余地も露と消えた瞬間だった。
 
「そ、そんな……」

 無意識に、シノンはリュウキのジャケットを握った。まるで子供の様に、いやいやと首を振った。そこまで周到な準備をして、ただ人を殺すために殺す……。その様な行為に及ぶ人間の心は、完全に理解の埒外だった。ただ、感じられるのは無限の闇を満たす膨大な悪意、それだけだった。

「……狂ってる」

 シノンの囁きを訊いて、2人とも頷いた。

「それが普通だ。……シノンの考え、思いが。普通の人間なら」

 リュウキは、僅かに震えながら 握り続けるシノンの手にそっと自分の手を重ねつつそう言った。そして、キリトも。

「ああ。間違いないよ。でも、想像は出来る。理解はできなくとも、想像は。あいつは、あいつらは、そこまでしてでも《レッドプレイヤー》でい続けたかったんだろう。オレにも、オレの中にもまだ アインクラッドの最前線で戦い続けた《剣士》なんだ、っていう意識が残ってるから」
「2年も戦ったんだ。……それが当然だ。オレ自身も、否定はしない。《自分の世界》とまで想っていたから。……そして」

 リュウキは、再び目をつむり、開いた。

「どんな理由があろうと。アイツ等の考え、感覚、感情。……どれ1つだって判りたく無い。オレ達と一緒にはしたくない。……オレも、奪ってしまっていて、とは思うが……それでも」

 重ねられた手。その手も震えている事に、シノンが気づくのは必然だった。


――誰かを殺した手。


 その事実は、幾年月が立っても、ぬぐい去る事なんか出来ないから。

「……オレだって同じだ。1人じゃない」
「……ああ」

 1人じゃない。
 その言葉はシノンの心にも響いてくる。彼らが今戦えている理由だと教えられたから。……理解する事が出来ている。心の奥では、理解する事が出来ているから。温もりを再び知れたから。

「私も。……同じ。なんとなくだけど、判る。私も……」

 シノンは、立てかけられた巨大な銃をそっと触り、言う。

狙撃手(スナイパー)なんだ、って時々思うから。……でも、じゃああのぼろマントの2人だけじゃなく、他のヤツも……?」
「ああ。オレ達と同じSAO生還者(サバイバー)の可能性が高いな。いや、元ラフコフだろう。そうでもなかったら、こんな連携取るなんて、無理だと思う。……連携といい、その精神だって。―――あ、もしかして。あの十時って」

 キリトは、不意に呟く。あの死銃がペイルライダーを殺す前に、していた所作。それを思い出していたのだ。そして、リュウキも頷く。

「意味は、有る筈だ。現実世界とリンクする必要がある以上は」
「え……? どういう事?」

 シノンは、2人に問いかけた。

「今回の件、かなり厳密に《犯行時間》を合わせる必要がある。多分、腕に時計を仕込んでいるんだって思うんだ。……ペイルライダーは、撃たれた直後、少し動けたけど、想定の範囲内だった、って思う。言うなら絶妙のタイミングで、《その時》が来たんだから。でも、撃つ度に時計を見るんじゃ不自然だから」
「あ……、成る程。確かにいちいち確認してたら……。それに手首の内側に小型ウォッチを装備していたら、額に触る時に丁度いい……っ! ど、どうしたの?」

 シノンは、この時添えられた手を強く掴まれた感覚がした。

 その主はリュウキだった。

 その表情は、真剣。……いや、最初から真剣そのものの表情だったけど、一段と極まったモノだった。

「……ここからが、一番重要な事、なんだ。……心を強くさせて、訊いて欲しい」
「えっ……」

 シノンは、身を固くさせてしまう。
 そして、キリトも、理解した様に頷き、そして、何も横槍をしようとしない、と誓う様に口を固く閉ざした。
               

――今、一番危ないのはオレでもキリトでもない。


 そのリュウキの言葉の真意を、漸く理解する事が出来たから……。





  
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