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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  進路の行方

リラが廃都へ爪先を向けた時、その双子の弱気な方は強気な方の読み通り、孤島北部に広がる砂漠エリアの中腹辺りにぽっかりと空いた洞窟の入り口付近にいた。

ただし、いた、という言葉はいささか即さない体勢で、だ。

彼女は、洞窟出口の天井にある岩のとっかかりに足を引っかけ、ヤモリかなにかのようにへばりついていたのだ。普通ならばこんな微妙な出っ張り、たとえGGOアバターの中で小柄な部類に入るミナであっても全体重を掛けたら折れてしまいそうなものなのだが、この出っ張りはこの洞窟や地面と同じような破壊不能(イモータル)オブジェクトである《地形》属性に当てはまっているようで、そんな気配は欠片も伝わってこない。

彼女はその体勢を極力崩さないように頭を動かし、手首に巻いたお気に入りの桜色のデジタルウォッチを見る。

八時三十分。二度目のサテライト・スキャンが行われたはずだが、この洞窟内は監視衛星の網を抜けられる穴であるので、今頃全プレイヤーの持つ端末にはミナの現在位置を示す光点は表示されていないはずだ。その反面、ミナの側からも衛星から情報を受けられないので、そこら辺はどっこいどっこいと言ったところだろう。

彼女は精神を研ぎ澄ませ、数々の鍛え上げたスキルを行使した。

《聞き耳》スキルの上位派生スキル《盗聴》。その最上位索敵補助である《環境音除去(リムーバルノイズ)》を駆使した上での広範囲索敵聴音。

目視できるならばと、狙撃手でもないのに取った《視野覚強化》と《熱源感知》を使い、天井から見える砂だらけの景色を必死に睨みつけた。

そこから約三分。

ゆっくりと、フルで使ったスキル群は稼働させたまま、ミナはとっかかりから足を外し、くるりと空中で一回転してから綺麗に洞窟の地面に着地した。こちらはスキルなどを使わず、脚全体の連動で音もなく衝撃を殺す。

「……やっぱり、いない」

洞窟の入口から少しだけ顔を出し、辺りを窺った少女はぽつりとそんな言葉を口内で転がした。

―――ここはそこまで奥まったトコじゃないのに、スキャンが行われても来ないなんて。よっぽど南寄りにプレイヤー達が集まってるのかな……?

あるいは、マップの中央に位置する都市荒廃地帯に集まっているのか。

脳裏で、そびえ立つビルの上から下から、三次元的な銃撃戦を繰り広げる猛者達の姿を想像してしまい、思わずミナは「うにゃーッ!」と奇怪な悲鳴を発する。

「何で!何で何でなんで!?何でそっちに行っちゃうの私もしたい撃ちたい殺したいいいぃぃ~ッ!!」

癇癪を起こしたように地団駄を踏む少女の足元から、薄く砂ぼこりが立つ。

乱射魔(トリガーハッピー)》とまで呼ばれる、極端に接近戦を好み、かつ弾丸をとにかくバラ撒くことを己の信条のようにしているミナが開始三十分間も衛星に映らないこんな穴蔵に閉じこもっているのは、ひとえに残弾量の心配があった。

ミナの能力値構成は、相手の弾幕を掻い潜って接近する敏捷値優先型であり生粋の前衛攻撃職(アタッカー)だ。

そのため、荷重量超過による移動ペナルティを受けないためにも、手持ちの弾薬数は削減せねばならないのが現状だ。それは残念ながら、彼女の信条とは悲しいくらいまで矛盾している。

よってミナがあらかじめ考えていたのは、序盤は人目を掻い潜り、生き残ったプレイヤーの少ない終盤戦で今まで温存していた弾薬を気持ちよくブッ放すという、良く言えばシンプルで、悪く言えば大なり小なり誰でも考え付きそうな作戦だった。

だが、その単純な作戦も早くも瓦解しようとしている。

他でもない。本人の忍耐力の無さ、という問題で。

破天荒なリラの後ろにいつも付いて行っていることから、またいつもその破天荒を止めようとしていることから、周囲からレッテルなどではなく極めて自然的なことに《爆弾魔(ツァーリボンバー)安全装置(セーフティ)》などと言われることもあるが、それも彼女の本質を知らない古参プレイヤー以外だ。

古参プレイヤー達は口を揃えて言うだろう。

とんでもない、アイツが安全装置な訳あるか。アレはただの着火剤で、起爆剤だよ、と。

その話は、半分が真実だ。というのも、いつも破天荒なリラが突飛な目標を(多くは突発的に)決め、そしてミナがそれをさらに拡大して引っ掻きまわすというのが通例となってしまっているからだ。

ゆえに古参達は二人のことをこう評す。

《戦争屋》

はぁ、とひとしきり地団駄を踏んだ少女は諦めたように動きを止め、重い溜息を吐きながら恨めしげに時計を再度見る。

決めておいた行動計画は、この洞窟入口で可能な限り待っておいて、その間のこのこと洞窟の恩恵に預かりに来たプレイヤーは頭上からの奇襲で仕留め、本戦開始から一時間が経過すれば走り出て思いっきりヒャッハーするというものだった。

しかし、待てない。

撃ちたい。

身体の上に乗っかっている邪魔な(にく)をフッ飛ばしたい。

イライラする感情の波を少しでも紛らわせるように爪を噛んでいたミナは、はぁと重い溜息とともに腰を下ろした。

ひんやりとした岩の感触が、思考に幾ばくかの冷静さを取り戻させる。

「リラちゃん……大丈夫かなぁ」

膝の合間に顔を埋めながら、ぽつりと少女は零す。










もはやその全容がはっきりと目視できるようになってきた廃都へと、音を置き去りにする速度で疾駆するレンは、《会話》していた。

―――それで狂怒。《天墜(てんつい)》の最大直径は八十メートルってことでいいんだね?

胸中で呟く、半ば独り言だったその《言葉》には、しかし答えるモノがいた。

―――アァ。シカモソレヤッタラ、アル程度ノ冷却時間(クーリングタイム)ァ必要ニナル。再準備ニャ、ダイタイ五分ハ貰イタイモンダ。

そもそもこの世界の日の光が弱すぎんだよ、と愚痴のように吐くそのガラの悪い《言葉》は、少年の放ったものではない。そもそもレンの声にしては低すぎる。

心に巣くう《鬼》。

とある災禍の、なれの果てであり、残骸であり、残された遺志であり、搾りかすの欠片の一片だ。

―――狂楽は?《傀儡(かいらい)》はどの程度まで有効なの?

―――オイオイ、アレノ属性ガ何カ、君ナラトックニ分カッテイルダロウ?

アッハハ、というどこか壊れたオモチャのような、耳障りな金属音を纏わせた声は、先ほどの声より幾分若い。しかし、ところどころに聞いた者を不快にさせるような毒々しい悪意が滲んでいた。

一拍置いた後、滴るような嘲笑の余韻を引きずった声は言う。

―――ヒトツノ技デ操レルノハ一人マデ。当然ソレハ彼我ノ距離次第ダ。言ットクケド、百メートル単位ナンテ、一瞬ダケ視野ニ割リ込メレバ御ノ字トイウ程度ノモノダヨ。

狂楽と少年に呼ばれた存在は、さらに続けて《言葉》を発する。

溜め息のように息を吐きながら。

自嘲するように。

―――モットモ、ソレガ精神感応系ノ心意ノ最高点……ノハズダッタンダケドナァ。目ノ前デアンナ光景ヲ見セラレルト、自分ノ常識ヲ疑ッテシマウヨ。

「……………………」

その声に、思わずレンは二の句がつけなかった。

目前の光景。

ただでさえ操作が、扱いが、何より習得が困難と言われる、精神感応系の心意を、目の前で実行された。それも、行使者が目視できないほどの距離で。

不可能だ、と理性が叫ぶのは仕方がない。

ありえない、と心が囁くのも仕方がない。

だが、事実。

一度は、予選の時と同じように自身に幻覚系の心意を施されたのだ、と思った。だが、それにしても同じように精神感応であることには変わりなく、どちらかというとあらかじめ何らかの心意を仕込んでおいたプレイヤーが倒され、なおかつそれを倒したのがレンだとスキャンで知った瞬間に発動させたのだ、と考える方がよほど良い。

もしも後者の場合。つまり予選決勝の際に掛けられた幻覚の心意技が、ログアウトを経てまでまだ残っているということは、それはもはや心意どころの話ではない。冗談抜きでシゲさんの言う、仮想と現実を超越した《仮想兵器》の可能性が出てくる。

寄生。

「――――ッ」

思わず目を細める少年は、煙る――――を通り越して霞んでいる脚の運動を、もう一段回跳ね上げようと力を込めた。

しかし。

直後。



ゴバッッ!という轟音とともに、目先の地面が爆ぜた。



爆発とはまた違う。爆炎や爆煙などが一切出ない、言うなればそう、自然災害の土砂崩れのような、そんな爆発。

人の頭どころか、下手なダンプのタイヤほどの大きさを誇る岩が、大量の土砂を伴って水柱ならぬ土柱を作り上げた。

「……あぁ、なるほどね」

もうもうと吹き荒ぶ土煙の嵐を透かし見るように目を細めた少年は、小さく呟いた。

ゆらり、と。

ALOの華やかな妖精の出で立ちとは違う。周囲の景色にいかに溶け込めるかという一点で追及された迷彩服(BDU)を着たアバターが立ち上がる。

しかし、その妙にギクシャクした動き方は、どこか糸に吊るされた操り人形を想起させられた。そして、その肩口――――

厚い布地を突き破るようにして生える、毒々しい黄に発光している植物とも言えないモノがあった。

不敵な笑みを、だがどこか引き攣るような笑みを浮かべたレンは、衝撃から早くも脱して立ち上がる。

「距離によって操れる度合いが変わる……か」

―――HP全損したアバターの身体は動かせない。つまり繋がっているのは視覚と聴覚のみ。だから操るのも容易……ってこと?

無論そんなわけはない。

そもそも人間は与えられた二本ずつの手足を操るだけで精いっぱいの生物だ。コイツが操られている間、本体のフェイバルが無防備になるなどあり得る訳がない。自然、アイツは計四本ずつの手足を動かしていることになる。

そんなこと、可能なのだろうか。

近づけば近づくほど、見通せば見通すほど、あのプレイヤーの《底》が見えなくなる。

その感覚に少年が歯噛みした時に、心の奥で《鬼》が唸った。

―――レンよぉ。お前ぇまさか……これ以上出し惜しみする気じゃぁねぇよなぁ。

「………………………………………あぁ」

ドグン、と。

身体の奥底とは別の……ナニカが胎動したのをレンは感じた。

それは少年の手を閃かせ、腰のベルトにキツく巻きつけておいた《ソレ》を千切り取らせた。

そこまで厚さはない、正方形の物体。

色は、ツヤのない黒。しかし、光を一切反射させないその表面は、まるで光さえも喰らっているような不気味さを与える。

それは、れっきとした武器。レンにとっては、何よりも重い思いが籠った、慣れ親しんだ得物。

だがそれは同時に、GGO(ここ)にあってはいけないものだ。

そう、そうだ。

片鱗はあった。これがただの武器ではない、と。

SAOがクリアされた際、内部情報――――つまり所持アイテムなどに関する情報は全てアインクラッドの崩壊とともに白紙となったはずだ。

()()()()()()

自分はALOでも、これを振るい続けている。

ALOに来た頃はただがむしゃらにマイのもとへ辿り着こうとしていて、それに疑問を思ったことはとくになかった。だが、予選決勝でフェイバルと言葉を交わした今なら分かる。その上ではっきりと感じることができた。

こいつは《異常》だ。

数秒黙考した後、しかし振り払うように少年はキッと正面を見据えた。

その物体を手のひらに収め、大上段に振りかぶる。

これが何なのか、()なのか。そんなものは今はどうでもいい。

ただ。

―――力を……貸して。

饕餮(とうてつ)ッッ――――ッ!!!」

かつてあの鋼鉄の城で、一人の少年を紛れもない強者に押し上げた得物が、与えられた獲物に牙を向けた。 
 

 
後書き
なべさん「はいはい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「派手な展開が続くね」
なべさん「それもあるけど、それに隠れて地味な伏線回収を行ってる重要な回だね」
レン「あぁワイヤーのこと」
なべさん「そうそう。他作品とかでも時々あるけど、SAO時代の持ち武器をそのまま引き継いでた理由をウチでは説明してなかったからね。その回収と後々の伏線もちょろっとって感じかな」
レン「まぁ理由自体はもう数話前でフェイバルが言ったような気がするけど」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね!」
――To be continued―― 
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