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恋姫†袁紹♂伝

作者:masa3214
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第27話

 
前書き
~前回までのあらすじ~


練馬一の解説者「いやぁ~名家名家! 大陸一の名族袁紹が、張三姉妹を陣営に迎え入れた頃でゴザルよ」



あってる 

 
 張三姉妹を陣営に迎え入れてから三日後。日が沈んだ南皮の広場に大勢の民衆が押し寄せていた。
 今日は張三姉妹の南皮初公演ライブだ。天和と地和が提案し、人和が二人を諌める中袁紹が許可を出した。

 南皮は十五万の人員を受け入れたばかりで多忙である。そこに民衆を集めて芸を披露することになるのだから、当然ながら大騒ぎになった。袁家内は上へ下へと慌しく動き回り、桂花にいたっては余りの多忙ぶりに残像を生み出すほどだ。
 その後、袁紹から直接謝罪と労いの言葉があったのは言うまでも無い。

 こうして急遽設置された舞台の上に、張三姉妹が躍り出る。
 元黄巾だった者達が歓声を上げ。姉妹を代表して天和が口を開いた。

『みんなー! 今日は集まってくれてありがとー!!』

 久しぶりに聞く彼女の声に感極まる男達。張三姉妹を知らない大多数の民衆と温度差があるが、彼女達の歌さえ始まれば問題ないだろう。
 余談だが、会場を埋め尽くす民衆は数十万にも及ぶ。そんな彼等にどうやって天和達は声を届かせているか、信じられない事に拡声器マイクが使われていた。

 無論、この時代に音響機器の類は存在しない。拡声器の正体は宝石を用いた呪符だ。
 これは太平要術の書で作り出した物らしく、効能は文字通り音声の増幅。
 妖術の類だということもあって初めのうちは警戒したが、拡声器としての機能以外無いらしく、特別に使用が認められていた。

『みんな大好きーー!』

『てんほーちゃーーーーん!』

 合いの手に反応し、軽やかにポーズをきめる天和。

『みんなの妹』

『ちーほーちゃーーーーん!』

 続いて呼ばれた地和は、ウィンクを飛ばしながら天和に並びポーズをきめる。

『とっても可愛い』

『れんほーちゃーーーーん!』

 最後に人和が二人に合流して完成。一連の流れからしてお約束なのだろう。

『数え役萬☆姉妹シスターズ。ここに開幕!!』 

 三姉妹が同時に宣言し、大地を揺るがすほどの歓声が響き渡る。
 やがてそれが収まっていくと同時に、三姉妹達は間を開けず歌いだしていた。








「はぇ~、すっごい美声」

「声だけなのに、楽器の演奏が聞こえてくる感じがします」

「おや、風だけでは無かったのですね~」

「彼女達の技量がそうさせるのだろう。見事だ」

 斗詩が呟いた通り、今回の舞台には楽器による演奏はされていない。
 黄巾在中だった頃は拡声器に留まらず。呪符を用いて楽器の演奏や舞台効果の演出もしていたとのこと。しかし、それらを使い始めた頃から黄巾達の様子がおかしくなった為、呪符による演奏には洗脳効果もあったと思われる。

 人和の提案により拡声器以外の呪符は制限され。彼女達は肉声のみの舞台を余儀なくされていた。

 演奏無しでの公演に不安がっていた彼女等だが、もともと肉声だけで旅をして来たこともあり、たちどころに観客達を魅了。気が付けば、他の民衆達も元黄巾の男達のように歓声を上げていた。








『今日は最後まで聞いてくれてありがとー!』

『もう終わりだけど、近いうちにまた披露するからね♪』

『今日よりも素敵な舞台になることを約束します』

『うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!』

 公演終了と同時に彼女達が発した言葉で、再び会場に大歓声が広がる。
 袁紹の近くに居た娘達が小さく悲鳴を上げたが無理も無い。最初と違い、観客全員による歓声は大地を揺るがすほど大きいのだ。多くの兵を従え、訓練や実践を指揮してきた桂花や風でも、この規模の歓声は聞いたことが無いだろう。
 その証拠に、桂花は可愛らしく首を縮こまらせ、普段おっとりしている風は目を見開いている。

「す、すごいのです……」

「黄巾達が熱狂してきたのも頷けるな」

「前代未聞ですが、戦場にて士気高揚のために歌ってもらうのも視野に入れましょう」

「……一応、耳栓を付けて待機させていた兵達によると、洗脳の類は確認されませんでした~」

「ほほう、一抹の不安は消えましたかな?」

「うむ、やはり呪符による演奏が原因だったようだな」









 公演は終わり、各々が余韻に浸りながら帰宅する。袁紹はこのまま睡眠にありつけるものと思っていたが、部屋の扉が遠慮がちに叩かれ就寝はお預けとなった。
 ノック――この時代の大陸には存在しない作法だが、幸か不幸か、袁紹はたびたび誰かの着替えに出くわすことが多かったため。それを回避するために広めていた。

「入れ」

「失礼致します麗覇様。夜分遅くに申し訳ございません」

「風もいるですよ~……残念そうですねお兄さん」

「そ、そんなことは無いぞぉ?」

 斗詩か猪々子の来訪を予想していたために、風の言葉で思わず目を泳がせる袁紹。
 普段であれば、桂花がそれを目敏く指摘するところだが、彼女の表情は硬い。何かを思案しているようだ。

「……火急な用件か?」

「いえ、明日でも良かったのですが――」

「なるべく早めに方針を聞いておきたいのですよ、策の準備がありますからね~」

 そして語られたのは驚愕の内容。張勲が孫策達の手柄を横取りしたというものだった。
 『張角』の頸は孫呉の者達が諸侯の前で挙げている。しかし、それが朝廷の耳に入る前に張勲は頸を取り上げ献上、袁術軍の手柄にしてしまっていた。

 孫呉は、質はともかく勢力としては弱小である。それに比べ袁術。『袁』の字は伊達ではなく、兵も多い上にその背景には袁紹がいる。
 大勢力と弱小な地方豪族、どちらに肩入れするかは明白であり、諸侯は袁術軍、もとい張勲の暴挙を文字通り黙認した。

「だから風が言ったではないですか、早めに手を打つべきだと」

「ちょっと風! 麗覇様がどんな気持ちで――」

「かまわぬ、風の言うとおり、問題を後回しにして来た我に責がある」

「れ、麗覇様……」

 風の厳しい言葉を袁紹は正面から受け止める。

 そもそも反袁紹派、かの派閥に対して何故袁紹は対策を講じる事無く放っていたのか。
 これには袁紹の気質、そして自陣営と張勲に理由があった。

 袁家から離れ出来た反袁紹派の殆どは、元々は袁家の縁者である。
 重鎮達の親類、友、顔見知りたちで構成されていた。故に、彼等に対する強硬な手段は取らないでほしい――と直接懇請こんせいされたことも一度や二度ではない。
 そして重鎮達は慈悲を乞うだけではなく、反袁紹派の縁者に幾度と無く文を出し、改心するように求めた。
 そのかいあって、何人もの反袁紹派だった者達が此方の陣営に合流。袁紹に忠誠を誓っていた。
 
 そして張勲、意外な事に彼女は善政を行っていた。
 何故彼女が反袁紹派の懐柔を放棄したかは不明だが、張勲のおかげで荊州は潤い。反袁紹派の暴走を抑えていたことも事実である。

 そして、上記の理由から袁紹は人の可能性を捨てきれず。人の本質は善だけでは無い事を理解しながらも――事が起きるまで問題を後回しにしてしまっていた。

「かの者達を、これ以上野放しには出来ん」

「では……」

「うむ、風!」

「はいはい。彼等を押さえ込む策は既にありますよ~」

 風は何処からとも無く紙の束を袁紹に差し出す。

「反袁紹派が荊州で犯してきた不正の数々。記載されているだけのコレでは証拠になりませんが、これを元に荊州で証拠を押さえることは可能です~」

「……まるでこの事態を見越していたかのような対応、見事だ風」

 以前から反袁紹派に厳しく対応する事を求めていた風。主の気質を良く理解し。彼が頷きえる策を準備していた。
 袁紹の最大の憂いは反袁紹派と縁のある重鎮達である。彼等の心が痛むことを良しとしない袁紹は、余程の事が無い限り強攻策にでない事を知っていたため、まずは重鎮達を頷かせる事に着目した。
 袁紹に集っている重鎮達は、基本的に主と同じく真っ直ぐな性格が多い。たとえ縁のある者たちとは言え、不正を犯した者を放ってはおけない。

 反袁紹派の不正を暴き出し、重鎮達に説明する事で理解を得ることにしたのだ。

「桂花!」

「五日――いえ、三日で出立できるように取り計らいます」

「迅速に事をなす必要がある。頼むぞ桂花」

「ハッ!」

 袁術を大勢力とするのは、ひとえに背後にいる袁紹の存在である。
 その袁紹が本腰を上げた場合。本来なら反袁紹派には対抗策は存在しない――が。
 格式の高い家柄の出である彼等にとって、立場とは命の次に大切なものだ。
 それを守るため、無謀な軍事行動に出る可能性もあった。可能性は低いが、転ばぬ先の杖である。

 そして何故迅速に動かなければならないか、その理由は大陸の情勢にあった。
 黄巾の乱から左程時は経っておらず、大陸の疲弊は未だ続いている。黄巾達は土から生えた訳ではない。彼等はもともと何処かの農民達である。
 彼等が抜けた土地は寂れ、その街の生産力は著しく低下。されど改善されない重税に難民達が安息を求め、離脱していくという悪循環に陥っていた。
 
 漢王朝の権威は地に落ち、各地は浮き足立っているこの状況。袁紹は自身の『知識』と勘から、近いうちにまた事が起きると推測、そのために迅速に動く必要があったのだ。
 そして、この袁紹の勘は的中することになる。





 事が起きたのは二日後、軍備も整い、いざ反袁紹派の一掃に! と息巻いていた時である。
 漢王朝からある知らせが袁紹を始め、大陸各地の諸侯に届けられた。

 その知らせとは―――『董卓』を、実質天子の次席である相国に据えたと言うもの。
 唯の抜擢ではない。涼州で部隊を率いていたところを十常侍である張譲によってだ。
 涼州で黄巾を相手に優秀な部下達と手柄を挙げていた董卓は。洛陽付近に黄巾の集団が現れた時に居合わせ、これを見事に退治して見せた。
 董卓軍の武力を気に入った張譲は彼女を天子に会わせ、忠臣達が反対するなか洛陽の相国に据えてしまった。

 そしてそれと同時期に――『董卓』が暴政を働いていると言う噂が大陸を駆け巡ることになる。







「反董卓連合軍……か」

「左様で御座います」

 ようやく反袁紹派を一掃できるという矢先、『董卓』の一件により情勢を静観していた袁紹達の下に、ある知らせが届いた。
 『反董卓連合軍』洛陽で暴政を行っている董卓を、諸侯が一丸となって排除しようと言うものである。
 正確にはまだ連合は出来てはいないが、大陸の情勢や諸侯の胸中から、遅かれ早かれ連合は組まれることになっていた。

「大陸屈指の名族、袁紹様がお立ちになられれば。各地の諸侯も賛同し一丸となるでしょう!」

「…………」

 諸侯の使者を名乗る男は、袁紹を連合に参加させようと捲くし立てた。
 各地の諸侯が足踏みする理由。それは他ならぬ袁紹陣営に理由がある。

 連合が集結すれば董卓軍の勝率は低い。だが、袁紹が董卓に与すれば話は別だ。
 名族袁家の名は伊達ではない。兵力はもとより、武力、知略共に大陸最強である。
 幸か不幸か袁紹と漢王朝の間には不和があるが、この事態を期に、董卓に味方する事で漢王朝の忠臣へと返り咲こうとするかもしれない。そしてそうなれば、連合軍の勝利は厳しいものになるだろう。

「仮にも天子様が居られる洛陽へ……軍を向けるのは不敬ではないか?」

「て、天子様が居られるからこそ、暴君董卓を退かねばならぬのです!!」

「…………」

 連合軍に否定的ともとれる袁紹の言葉に使者の男は慌てる。袁紹の懐柔が連合の勝利に繋がるのだ、その重責は余りにも重く。滝のような汗を流しながら必死に参加する利を説いた。







「…………」

 重大なこと故、返事は後日に――と使者の男を下がらせ、袁家の主だった者達だけが謁見の間に残った。
 袁紹は腕を組み、眉間にしわを寄せながら思案に暮れる。

 これは彼の癖だ、案件が難解なものであればあるほど、袁紹は目を閉じ思案する。
 こうなると反応が鈍くなるため、それを理解している者達は一様に口を閉じ。主の考えが纏まるのを待っていた。

 しばらくして、考えが纏まった袁紹は目を開ける。

「……桂花」

「連合に参戦するべきです」

 袁紹は自分なりに答えを導き出した上で、袁家の知達に意見を求めた。
 それを理解した桂花は、即座に自分の意見を伝える。

「董卓軍の勝率は低いです。仮に私達が加わったとしても、勝利できる保障がありません」

「うむ、……風」

「風も桂花さんと同じです~、連合に参加しましょう」
 
 続いて声をかけられた風。いつもは眠そうにしている彼女だが、この時ばかりは真剣な表情をしている。
 それもそのはず、この一件は先の黄巾と同じく大きな分岐点だ。選択を間違えれば手痛い犠牲を出す事になる。

「袁家と漢王朝には不和が続いています。たとえ董卓につき勝利したとしても、漢王朝に取って代わる可能性がある袁家を、優遇したりはしないでしょうね~」

「……うむ」

 袁家は力を蓄えすぎた。そこに漢王朝との不和も混じり洛陽の宦官達に警戒されている。
 
「音々音、お主はどう思う?」

「え!? ねねの意見も聞いてくださるのですか?」

「袁家の知の一人なのだ。当然だろう」

「……はいです!」

 歓喜して声を張り上げる。ただ意見を求められただけに見えるが、これは袁紹が言葉にした通り、音々音を知の家臣として認めた事に他ならない。
 長らく桂花の下で縁の下を興じてきた彼女が、表舞台に出ることを許可された瞬間でもあった。
 音々音は即座に己の考えを纏め上げ答えようとする。余り納得がいかないのか、悲観的な表情が特徴的だった。

「ねねもお二方に賛成です。漢王朝はもはや風前の灯、泥舟に乗る必要はないのです……ただ」

「董卓か」

「……」

 音々音とは違い袁紹等三人は表情にこそ出さないが、一様に董卓の事が気がかりだった。
 そもそも董卓が暴政を働いてる証拠が無い。全ては唯の噂という可能性もありうる。

 史実において専横を極めてきたとされる董卓。しかしこの時代は袁紹の知識と大きく差異がある。
 張三姉妹が良い例だ、黄巾の乱こそ起きはしたものの、張角は扇動などしていなかった。
 その例を交え此度の問題を考える。
 火のないところに煙は立たないように、原因が無ければ董卓が暴政しているなどという噂は立たない。
 ではやはり暴政しているのではないか? 否、それ以外にもこの噂が立つ原因がある。

 なんてことはない――ただの嫉妬だ。

 黄巾を討伐してきたとしても、董卓は所詮地方豪族の身である。
 それが他諸侯を差し置き、相国の立場となるのは面白いものではない。
 ぽっと出の派遣社員が、正社員を抑えて社長に抜擢されるようなものだ、当然反発する。

 そしてこの時代の者達は血気盛んだ、対象を排除することに躊躇しないだろう。
 董卓が暴政を働いていると噂を駆け巡らせたのは、大義名分を得る為――そう考えると辻褄が合う。
 もしそうなら、一番の犠牲者は間違いなく董卓である。彼女は地方豪族だったのだ。たとえ諸侯が反発すると見越していたとしても、相国となることを断る術は持っていないだろう。
 今頃はその頭を、董卓軍の知である賈駆と共に頭を抱えているかもしれない。

「主殿は董卓をご存知で?」

「昔、遠目だが見たことがある」

 袁紹が幼少の頃、父に連れられ洛陽の宴に参加したときの事だ。
 各地の豪族に紛れ、壁の花になろうとする少女が気になった。父から聞いた董卓と言う名に驚き、彼女を観察したのだが――俯くように下に目線を下げ、ちびちびと料理を口にするその姿からは、内向的思考――引っ込み思案なように感じられた。
 憂いを帯びてるような雰囲気は独特で、一言で表すなら『薄幸の美少女』といった印象だ。
 
 将来大陸に影響を与えるかもしれない人物――董卓をさらに観照しようとした袁紹だが。
 彼の視線に気が付いた董卓の側に居る眼鏡の少女にきつく睨まれ、断念していた。

 当時の記憶では暴政を働く人物には思えない。勿論、時が立ち変貌した可能性も、彼女自身が誰かの傀儡である可能性も、袁紹が見破れなかっただけで本質が違う可能性もある―――とはいえ。

「もしも噂が虚偽であった場合、我は諸侯の下らん嫉妬に付き合う気など毛頭無い」

「……麗覇様」

「フフッ、そうでしょうな」

「麗覇様なら、そう言うと思っていたぜ!」

 袁紹が利だけを取る人間なら迷わず董卓討伐に出ただろう。だがそんな人間であったなら此処まで慕われはしない。

 そして、利を捨てた訳でもなかった。

「風! 洛陽に間者を忍ばせ実態を調べよ」

「御意です~」

「桂花! 噂の真偽がわかるまで諸侯の動きを止めよ、場合によっては袁家の名を使うが良い」

「畏まりました」

「音々音、噂の真偽関わらず呂布隊は使う事になる。隊の軍師として戦果を挙げよ!!」

「っ~~、はいです!!」

 噂が真実なら董卓を討伐する。もし違うなら――……

 諸侯の動きを止めるのは容易だった。袁紹軍が連合に参加するとこを仄めかすだけで良い。
 連合は大きな『核』を必要としている。その核袁紹軍があって初めて塊連合となるのだ。
 逆に言えば、核が動かぬうちは塊は出来ない。

 集の心理を巧みに利用した上策であった―――が。










 噂の真偽を確かめる前に『袁術』を盟主として連合を率いるという知らせが、各諸侯に届けられた。

 
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