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黒き刃は妖精と共に

作者:空月八代
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【白竜編】 正体

「ご馳走さまでした、珍しい料理でしたけどおいしかったです」

 ササナキの宿【紅葉】。
 ここで出される食事は、やはりというべきか和食であり、山の幸をふんだんに使った朝食らしくシンプルな山菜料理だった。
 昨晩の肉料理なども加わった色とりどりの料理も思わず舌鼓を打つものだったが、今朝もまた普段味わえないすばらしいもので、明日から舌が肥えてしまわないか心配になるほどだ。

「…………」

 回収に来た宿の男性が礼儀正しく腰を折りながらこちらが差し出した食器を受け取る。
 同時に、さりげなく伸ばされた手に握られた紙が僕に渡された。
 静かに出入り口の戸を閉めながらまた腰を折る男性。その姿は宿に訪れた人間に対する礼儀以上の意味合いが込められていて、わずかに動いた口元が無言でその必死さを訴えかけていた。
 戸が完全に閉まる。
 男性の歩き去っていく音、戸の向こうに意識を向けながらそれ以外の不自然な物音や気配が無いことを確認する。
 しばらくそのまま集中していたが、特に妙なものを感じることは無く意識を戻す。

「うまくいったみたいだな。手に入ったよ」

 振り向き、僕が発した言葉に安堵の息をはいたのはウェンディちゃんだった。
 食事をしていたときも気が気ではない様子だったし、今もシャルルをぎゅっと抱きしめていた。

「よかった……」
「ああ、とはいえこれはまだ第一段階に過ぎない」

 いうと、ウェンディちゃんは一転。安心した顔を真剣なものへと変える。
 先ほどまで宿の食事が並んでいた場所に広げたのは今あの男性が持ってきてくれた紙、ササナキ近辺の森の簡易地図だ。
 流石に手のひらに隠せる程度の大きさなので小さく見づらい。それに急遽作ってもらうことを頼んだため距離や目印のありかなどそれほどしっかりしたものではないだろう。
 それでも、ゼロから探すよりはずっと楽なはずだ。

「さて、じゃあ昨晩の話を整理しよう。ウェンディちゃん、もう一度話してもらってもいいかな。ここササナキの住民を脅し、収入を奪い取ってるっていう闇ギルドの話」

 昨日から感じていた住民のやつれ方と妙な視線の正体、闇ギルドの存在を。
 この情報を持ってきたのは、予想外なことにウェンディちゃんだった。それも、温泉からの帰りに、である。
 経験の無い温泉というものに好奇心を刺激され僕はそれなりに長い時間昨晩の温泉を楽しんでいた。それこそ川の水で濡らしたタオルで済ませていた日もあったというのに昨晩ほど入浴していたのは記憶の中では初めてのことだった。人もまばらであり、中には一人で足を伸ばせる湯船もあったので僕ともあろうものが目的を一瞬忘れ満喫してしまったのだ。
 妙な視線や雰囲気のことを思い出す頃には一時間がたっていた。
 とはいえ、女湯で騒ぎがあった様子もなかったしシャルルの存在があったとはいえあからさまなことはしていない、そんな状況でまさか宿にいる僕らを探して何かされることは無いと思っていた。
 だが風呂上りに牛乳を三本買ったりしながらのんびり部屋に戻った僕を出迎えたのは、ただならぬ様子のウェンディちゃんと苛立ったシャルルだった。
 何かあったにしては特に荒らされた様子も無く、長風呂過ぎて緊張感が足りないと思われたのだろうか。
 そんなアホなことを考えた僕に、ウェンディちゃんはここに闇ギルドがいると言い放ったのだ。
 それも、

「闇ギルド【黒い操り人形(パペット)】、か。そっち方面にも手を出してた僕が聞いたこと無いギルドということは、それほど大きな力を持ってないギルドだと思うんだが……」
「でもその人たちが噂の元凶……雪の魔法を使うドラゴンを操ってここの人たちを脅してるみたいです」

 ドラゴンの噂の出所のおまけ付きで。

「町のいたるところに監視ラクリマ、数人のギルドメンバーが交代で見張りをしている。だから監視の少ない温泉……特に少ない女湯露天風呂でその人がウェンディちゃんを見つけられたのは幸運だったな」
「はい、最初は魔導師ってことがばれて何かされるんじゃないかって思ったんですけど……」

 なんでも昨晩ウェンディちゃんが入浴していたとき、人が一人もいなかったのだという。
 それで油断してギルドマークを隠さずにいたところ、魔導師ではないかと後から入ってきた女性に聞かれ、危うく敵だと断定し僕を呼ぼうとしたらしい。だが彼女は敵などではなく、ここササナキの住人であり魔導師であるウェンディちゃんに助けを求め、ウェンディちゃんの情報は彼女から得たものだった。
 ちなみに町を裏から占領するようなギルドでありながら何故女湯に監視のラクリマが設置され盗撮に利用されていなかったかというと、万が一ばれた場合ここから得られるせっかくの利益を棒に振ることになるからだろう。それに温泉という密室や湯船の湯気はラクリマでの監視に不向き。
 故に普段なら監視の人間がいるらしいが、人が皆無の時間だっただけに必要な情報をやり取りする時間はあったらしい。
 魔導師であることがばれていれば警戒し最初から監視の人間がいただろうし、やはり隠していたのは正解だったということだ。

「闇ギルドが現れたのは半年くらい前だって言ってました。最初はすぐに評議員の検束魔導士に連絡を取ろうとしたみたいですけど、連絡したらそのドラゴンを使って温泉の沸いている場所を凍らしてササナキの住人を喰わせるって脅されてできなかったみたいです」
「で、手早く監視の人間・ラクリマを町に設置して八方塞がりにした、と」
「魔法で凍らされても後で溶かせばいいじゃない、多少危険でも無理やり連絡しようって人はいなかったの?」
「……ドラゴンの魔法で凍らされた物は二度と溶けない、そういわれたんだって」

 監視されている、とはいえそれは闇ギルドの連中が行うような付け焼刃の穴だけのものだ。現にこうしてウェンディちゃんという魔導師に助けを求め、僕が事情を知れている。
 それでもこの問題が未だに解決していないのは、かの雪の魔法を使うドラゴンの存在があるからだった。
 永遠に溶けない氷を生み出すような強力な力を持つ竜という存在が、闇ギルドというならず者に大きな力を与えている。

「ここには魔法を使える人がいないし、魔導師が来ることも少ないそうです。だから本当かどうかもわからない、けど闇ギルドが操るドラゴンは町長さんが実際に自分の目で見たらしくて……」
「でもあんまりモンスターに詳しくは無いって話だったよな」
「はい。小型のモンスターも滅多に見かけないそうですし、ましてやワイバーンも見たことがいないそうです。だからとんでもない大きさの羽をもった生き物というのは覚えてるそうですが、足の数までは見ている余裕が無かったって」
「ドラゴンとの見分け方は足の数……とはいえそれも必ずじゃないからなぁ、形の違う固体もいる可能性がある」

 姿が判明しているドラゴンがウェンディちゃんのグランディーネだけである以上、本当は足の数やら形だけでドラゴンと判別できる、というのも確証を得るには物足りない。
 ドラゴンを操る力を持っているにしてはササナキのような小さな町を占領していることに違和感がなくもないが、ドラゴンを見つけ操る方法を見つけたばかりで手始めにここの利益で収入を得て山の中で実験している可能性もある。
 
「まぁ、本当にそれがドラゴンで闇ギルドに従ってるんだとしたら一番問題なのは話を聞けるか否かより……僕が生きて帰れるか、ってことだよな」
「…………」

 云うと、ウェンディちゃんが泣きそうな顔になり、シャルルが責めるような視線を向けてくる。
 ウェンディちゃんに助けを求めた女性。それはつまり闇ギルドの討伐、ドラゴンの討伐をお願いしたいということだ。
 通常のギルドだったらSランククエストに該当するような依頼、とてもじゃないがウェンディちゃんの手に負えるようなものではなく、女性はもともとウェンディちゃんを通じて所属するギルドに依頼を届けてほしいとのことだったらしい。
 今の会話でもともとここの住人が評議員に連絡を取ろうとしていた、という話題が出たが、評議員には魔導師がいるにはいるがあくまで犯罪者を捕まえることが仕事である彼らはそこまでモンスター討伐系の任務を請け負うことはない。対人用の魔法とモンスター用の魔法では用途が大分違うのだ。
 モンスター討伐の任務は戦闘系の魔導師ギルドに依頼するのが基本とされている。
 だが評議員とくらべ連絡手段の限られている魔導師ギルドにこんな山奥から監視されながら依頼を届けることは難しい。
 だから、たとえウェンディちゃんのような子供だとしても、そしてその所属するギルドが戦闘ギルドという確証がなかったとしても、わらにもすがるような思いで依頼したのだろう。
 そして、そんな必死な様子の女性にウェンディちゃんは思わず依頼を請け負うと、解決してみせると約束してしまったらしい。先ほどの地図も、昨晩明日の朝食でばれないようにもって行くと約束したものだった。
 化猫の宿(ケット・シェルター)は生産系ギルドである。補助系の魔法や戦闘後に使う治療の魔法ならばともかく、戦闘系の魔法を使えるものはいない。いるのは僕という先日加入したばかりの新人だけだ。
 つまり、戦闘系の依頼を請け負った現状解決できるとしたら僕だけということになる。

「ごめんなさいクライスさん……。私、気持ちが舞い上がってました。こんな風に噂を追って遠くまで来て、あんなふうに誰かに必死にお願いされるなんて始めての経験だったんです」
「……その気持ちはわからなくも無い。君の身に降りかかる危険や戦闘を回避し請け負うのが役目って言ったのは僕だし、初めてばかりで興奮したのもわかる。とはいえ、闇ギルドだけでなくドラゴンに敵対されるとなると僕でも命の危険がある」
「……ごめんなさい」
「ちょっとクライス! この子だって悪気があったわけじゃない、そんなに責めないで」
「あったら困る、命に関わるんだ。衝動で毎回危険な任務を持ってこられたらたまったもんじゃない」

 命に関わる。その言葉は一週間前ウォードッグに喰い殺されそうになった二人にしてみればそれがどんなに恐ろしいものか予想が付かないことはないだろう。
 一時の気の迷いと勢いに任せて身の丈にあわないことをしてしまうのは、子供とはいえ、子供だからこそ危険なことだ。
 悪気が無いのも、激しく後悔しているのも理解している。
 実を言えば僕は自分の力に自信を持っているし、いざとなったら切り札もある。もし相手がドラゴンだったとしても命を奪われるまではいかないだろう。だからといって今回何も言わず解決できたとして。ウェンディちゃんはさらに僕を信用し無茶な依頼を衝動で受けるかもしれない。
 信用は嬉しいし、頼ってほしいとは思う。だが今後もこの少女と共に行動し、ドラゴンの噂という何があるかわからないものに飛び込んでいくのだとしたら衝動的行動を控えてもらうために多少後悔してもらう必要がある。
 ……と、いう考えから多少きついことを云ったのだが。

「……ごめんなさい」

 うっ……。
 今にも泣きそうな声で謝罪している姿は、少々言いすぎた感が否めない。子供に対して命がどうとか責めるような、生々しく惨い言葉を使うのはやりすぎだったかもしれない。
 子供の相手など昔護衛で馬車の中の子供たちに旅の話を言い聞かせたくらいだ。叱る、などという経験は無いからどのくらいが適切なのか。
 今言った言葉は事実だ。信用はされても行き過ぎた過信は危険だ。僕とて無敵超人ではない。
 とはいえ、このままというわけにもいかないか。

「確かに命に関わるのはわかってるわよ、でも……」
「あー、いや。シャルルの言うとおりだ、僕こそごめん。言い過ぎた」
「……ううん。クライスさんは間違ってないです、私が勝手に受けたことでクライスさんが命の危険に晒されるなんて考えてなかったんですから」
「うん、そうやって後悔してくれてるだけで十分だよ。今後も一緒にドラゴンの噂を追うんだ、まぁ今回みたいな場合は仕方ないけど今度から何かあったときは僕にちゃんと相談してほしい。君は僕の希望をくれた恩人だ、そんな君の願いなら僕はできる限りかなえるつもりだから」
「許して、くれるんですか? 私、クライスさんのことも考えずに勝手な事したのに」
「許すもなにも、別に怒ってるわけじゃない。さっきは命がどうとか大げさに言ったけど、あくまでそれくらい危険なこともあるから気をつけてほしい、ってだけ。ウェンディちゃんのしたことは間違ってない、困ってる人を助けようと思う気持ちはすばらしいものだ」
「……はい! ありがとうございます」

 ウェンディちゃんが泣きそうな顔から明るい顔に戻る。
 この子は子供らしい衝動的な一面はあるものの、こうして自分のした事をちゃんと後悔できるしっかりしたいい子だ。同じ過ちを繰り返すことは無いだろう。
 シャルルも僕の言いたいことは理解してくれたのだろう、しぶしぶといった様子でうなずいている。

「さて、話を戻そう。ドラゴンの相手と闇ギルドの相手、同時はきついって言ったが……そのドラゴン、闇ギルド全体じゃなく個人が操ってる可能性もあるって話だよね」
「あ、はい。町長さんが会った時、闇ギルドのマスターみたいな男の人がドラゴンにじゃなくて、その近くにいた女の子に命令してるように見えたらしいです」
「でも、個人がドラゴンを操るなんて可能なの? 洗脳系の魔法は禁止されてる魔法だから詳しくないけど……」
「僕もそうだ。でも、難しいはずだ。そして難しいなら別の可能性が出てくる」

 こくり、と二人が頷く。
 僕が命の危険が冗談だといえるもう一つの理由、ドラゴンを操る少女の存在。
 あくまで仮説とはいえ、ドラゴンが一回の闇ギルドに操られている可能性と比べれば大分現実的なもののはずだ。

「もしそれが見間違いじゃないとしたら、その女の子がドラゴンスレイヤーかもしれない」
「そうね。ドラゴンスレイヤーなんていってもあんたみたいに戦闘特化じゃないウェンディみたいな子もいるんだもの」
「ドラゴンは操れなくても、娘みたいな存在である人間の女のこの方を操っているかもしれない、って事ですね」

 これは昨晩も話したことだ。ドラゴンに云うことを聞かせられる存在がいるとすれば、それはドラゴンスレイヤーである可能性が高い。
 ドラゴンが操られていないのなら、操られているにせよ自分の意思にせよ、人間のほうに付け入る隙はあるだろう。

「容姿は白い長髪、白いぼろぼろのワンピース、ウェンディより少し年上くらい。特徴としては十分だな」
「ドラゴンと同じ色をしていたから覚えやすかったそうです。後、少し片言っぽかったとも言ってました」
「片言、ね。ドラゴンに育てられた僕らがこうして普通に話せてる以上少し不安になる点だが……」

 ウェンディちゃん曰くドラゴンは人間の一般常識から言語まであらゆることをしっかり教えてくれたらしい。記憶を失っているとはいえ、僕も常識や言語はしっかりと刻まれていた。
 知識が少なく身内を洗脳されるような力の弱いドラゴンなのか、それとも全部勘違いでドラゴンですらないのか。
 一番好ましいのは僕らの親代わりであるドラゴンの行方不明に詳しく話を聞かせてもらえることではあるが、贅沢は言わない。危険を(おか)す以上話ができなくても何も知らなくても前者、ドラゴンであることを願いたい。その存在を目にすることさえできればまた一つ希望が生まれるのだから。

「とりあえずその子を優先的に発見して無力化することを第一目標にするとして。地図に明記されているのは奪っている利益の受け取り場所、根城と受け取り場所は流石に分けているだろうし結構広範囲を探すことになりそうだ」
「そうですか……じゃあ、やっぱり私たちはここに残ったほうがいいですか?」
「……いや、できれば一緒に動いてもらいたい」
『え?』

 広範囲を動き回って敵を探す、それに自分では足手まといになるとおいていかれると思ったのだろうか、二人が意外そうな顔をする。
 僕自身、最初は二人にはここに残っていてもらおうと考えていた。
 まだ二人には見せたことがないが、僕の身体能力は滅竜魔導師としての魔法を使うことで人間の限界を遥かに超えることも可能になる。ウォードッグとの戦闘で見せた肉体硬化、膂力上昇などほんの一部だ。
 使いようによっては丸一日全力で走り続けることも可能な僕に、同じ滅竜魔導師とはいえ補助系に特化したウェンディちゃんや飛べるだけであるシャルルが付いてこれるわけがない。それに、ウェンディちゃんは軽傷とはいえ足を怪我しているためそれを庇う必要も出てくる。当然ついてくることなどできない。

「で、でも私……それにシャルルも戦うことは全然できませんし、付いていっても邪魔しちゃうんじゃ……」
「まぁね」
「ちょっと!」
「ごめんごめん。でも、だからこそここに残していって何かあったら対処できないだろ?」

 昨晩、誰かがこの部屋に来ることは無かった。だからといって今日も何も無いとは限らない。
 僕の役目が脅威から彼女たちを守ることである以上、二人との別行動はできるだけ避けたいのだ。

「だからって……クライス、あなたこの子を闇ギルドとの戦いに巻き込むつもり?」
「そんなことはしないさ。見つかるつもりは無いから戦闘になる場合はこちらから仕掛けるときだし、僕が派手に動いて安全なところにいてもらうよ」
「……それでもウェンディに危険が及ばない確証はないけど、ここにいるよりはあんたの近くのがましかしらね」
「だろ。ウェンディちゃんはどう? 正直ドラゴンとの戦闘になる可能性もある、君の補助魔法を当てにさせてもらう場合もあるかもしれない」
「…………」

 少しずるい言い方をしたかもしれない。
 ドラゴンの情報を求めてきた以上、遅かれ早かれこの事態に巻き込まれていただろうが今回の場合はウェンディちゃんが原因といってもいい。
 そんな負い目に付け込むような言い方はあまりいい方法とはいえないが、見るからに戦闘自体嫌いであろうこの子を連れ出すにはこれしかない。残していくのは危険すぎる。
 それに、ドラゴンとの戦闘でこの子の補助魔法が必要になるかもしれない、それは事実だ。滅竜魔法、そう銘打たれた魔法の使い手である僕たちだが、実戦経験などあるはずも無いのだから。

「……わかりました。クライスさんの迷惑にならないように、が、がんばります!」

 小さく震えながらではあったが、はっきりと僕の目を見ながら言ってくれた。
 ごめんね、と心の中で謝っておく。
 だが今回のことはお互いの教訓としてしっかり刻まれたはずだ。

「よし、よく決意してくれた。そうと決まればすぐ行動だ、行こう」





 ササナキ周辺の森は、背の高い常緑樹によって囲まれており幸いなことに身を隠す場所には困らない地形をしていた。昨晩からずっと曇天の空も、影ができ辛く日中行動する上で助けとなっている。
 そんな森の中を、僕は疾走していた。
 木から木へ、できるだけ葉を落さず、枝を揺らさないように静かに。だがすばやく走り抜ける。
 これだけ多くの木が並ぶ森の中、荒い大地を走るよりはずっと効率的だ。
 こんな風に走り出してからどれくらい時間がたっただろうか、実際はそれほど経っていないのだろうが様々な要因からくる緊張が僕の思考を加速させている。
 まずはドラゴンの正体だ。思っていた以上に危険な状況に陥ってしまったが、だからこそ期待だけが高まる。可能性は低い、そうわかっていてもいることを前提に思考してしまうこともしばしば。早く真相を確かめてみたい、行動に制限が付く前は感じなかった興奮と焦燥が混ざったような感覚だ。
 次にササナキのこと。宿を出る際、一応依頼のため行動を始めるという節のメッセージを渡し、泊まっていた部屋の窓から直接飛び出してきた。まだ僕たちが宿の中にいるよう見せかける目的でそうしたのだが、監視ラクリマに引っかかっていたりはしなかっただろうか。魔力を使う監視ラクリマ、その大まかな位置はよむことができたので避けてきたつもりだが、その分野に特化しているわけでもないので確実とはいえない。
 幸いなのは森の中に監視ラクリマが無いこと。闇ギルドの実力は未知数だが、ドラゴンに過信し町の外にはそこまで警戒していないといったところか。
 そして最後に、

「ちょっと早すぎないかしら! ぶつかったりしたらどうするのよ!」
「シャルル、心配しすぎだよ」
「ウェンディちゃんの言うとおり、心配しすぎだ。僕がそんなへまするわけないって」

 小さな声で叫ぶ、という器用なことをしているシャルル、そしてそれに答えるウェンディちゃん。この二人の存在である。
 二人は僕のスピードについてこれるはずが無い、ならばどうするか。簡単なこと、僕が二人を背負って一緒に移動すればいいだけの話だ。速度は多少落ちるとはいえ、子供と猫を背負って移動するくらいどうってことない。
 とはいえ、体の頑丈さがまるで違う僕と彼女たち。ぶつけるわけ無い、口ではそういっても気を使って走ることは避けられないのだ。

「ならいいけど。それにしても、あんた滅竜魔法以外にもいろいろ使えたのね」

 シャルルが言ったのは、先ほど僕が行動するに当たって武装を取り出したことを言っているのだろう。
 現在の僕の武装は、この二人と出会ったときと同じ和服の上に笠と羽織、そして身刀を刀身に用いた刀というもの。単に噂を追ってきただけの昨日は、どれも装備していなかった。
 ならばどこから取り出したのかというと、滅竜魔法ではない魔法【換装】を使い、異空間に入れておいたのを取り出したのだ。

「魔法空間に入れたものを自由に取り出せる魔法ですっけ? 複数の魔法使えるなんて始めて聞いたわよ」
「使えるって云ったって付け焼刃だよ。劣化してて戦闘中に出し入れするなんて器用なことはできないし、そんなに多くのものをしまったりもできない」
「でも、付け焼刃で魔法が使えるなんてすごいですね。このマントと帽子もクライスさんの魔法ですか?」
「これは違うよ。これ自体に魔法が付与(エンチャント)されてる魔法道具」

 マント――正確には打裂羽織(ぶっさきばおり)といって帯刀しやすいよう工夫されたいわば東方版のマントであり、帽子といわれたのは三度笠(みどがさ)というもので、塵や風から顔を守ってくれるこれまた東方のものだ。
 これは旅の道中手に入れたものだが、ただの羽織と笠ではない。
 木々の境、数メートルほどしかない小川の上を飛び越える。通り過ぎる刹那はっきりと写るはずの僕たちの姿は、しかし歪んだように靄がかかり一見崩れた波紋のように見えた。
 それは普段は漆黒のこの羽織と笠、魔法道具【黒霧】の透明化能力によるものだ。
 まぁ透明化などと銘打たれた能力ではあるが、実のところ辺りの風景を反射し投影してるだけなので突っ立っていれば違和感ばりばりだし、動いていても先ほど小川に写ったように空間が揺れているような奇妙な跡は残ってしまう。
 それでも遠目に見る分には十分な効果を発揮し、討伐系の依頼の際には重宝しているしろものだ。

「というか二人とも、案の定索敵に時間がかかってるとはいえもう少し雑談を控えること」

 はっ、として黙ってうなずく二人。僕自身二人の質問に答えておきながらいまさらな気もしたが。
 恐怖も緊張もあるだろう、だが時間というものはそれらを奪っていく。
 それほど時間がたっていない。それは僕個人の感覚であり、実際はすでに一時間近く経過している。
 最初は大人しかった二人が、さっきのようにどうでもいい話題を振ってきたのは動かない状況を紛らわすため。どこにいるかもわからない敵を探す、そんな経験が無いであろう二人に何時間も緊張感をもち警戒を怠るな、などと野暮なことを言うつもりはない。背負われているとはいえ、できる限り衝撃が少ないように走っているとはいえ、流石に疲れもあるだろう。
 宿に戻る……のは出入りに問題があるから却下。その辺りの目立ちにくそうな木の陰でしばらく休憩したほうがいいかもしれない。

「…………」

 そう提案しようとした瞬間、今までと違った違和感を感じ一時間ぶりに足を止めた。
 怪訝そうな雰囲気が背後から伝わってくる中、なにかが正面に来るように体の向きを変えじっとそちらを見据える。

「……二人とも、雑談を控えろって言った瞬間にあれだが、向こうから何か感じないか」
「なにか、ですか? ……私は、なにも」
「私も何も感じないわね。あんたには見えてるわけ?」
「見えるというよりは感じる、だな。近づいてみよう」

 再び枝を蹴り、移動を開始する。
 数百メートルも進んだ頃だろうか、ドラゴンスレイヤーとして感覚が優れているウェンディちゃん、続いてシャルルもその変化を明瞭に感じたらしく、薄れていた緊張を取り戻し始めていた。
 違和感の正体は冷気、一方向から不自然な冷たい空気が漂ってきていたのだ。
 まだ寒さを感じる時期にしては早すぎるし、突然限定的な方向からだけというのも不自然だ。
 ならば思い当たるのは、雪の魔法を使うという竜の話。ここ一時間走り回ったかいがあったというものだ。

「あっ……!」

 僕の足が止まるのと、背後でウェンディちゃんが声をあげるのは同時だった。

「ウェンディちゃんも見えたか」
「……はい」
「なに? どうしたのよあんたたち」

 一人見えていないらしいシャルルに手で静かにするよう促し僕――それと同じく見えているらしいウェンディちゃん――は先にあるものを見据える。三百メートルほど先、少しだけ開けた場所にある湖のような場所。そこにいる、真っ白な少女の姿を。
 白いワンピースに白い髪、十五歳くらいの少女。ウェンディちゃんが持ってきた情報どおりの姿だ。
 ササナキから離れたこのあたりの地面は相応に荒れていて、子供が一人で来るには違和感があり過ぎるし、あんな年頃で白髪を持つ人物などそうはいない。間違いなくドラゴンの横にいたという少女だろう。
 そして、なにより……

「おいおい、あの四足の白いやつ……まさか本当にドラゴンだって言うのか……」
「クライスさんにもそう見えますか? 私の見間違いなんかじゃないですよね!?」

 興奮からか、大き目の声で聞いてくるウェンディちゃんを咎める余裕は僕にも無かった。
 ワイバーンなどとは比べ物にならない巨大な体躯、折りたたんでいるがそれでも広げれば天を覆いつくせるであろう白銀の翼、そして辺りの木々より太い四つの足。
 紛れも無い、僕たちの想像するドラゴンそのものの姿だった。
 噂は本当だった。紛れも無い、僕が捜し求めた竜と言う存在が白い少女に付き添うようにたたずんでいる。
 ようやくだ……。

「はっ」
「……クライスさん?」

 ようやく、見つけた!

「二人とも、これを被ってここでまってろ」
「え……わっ!?」「ちょ……いきなりなにをっ」

 枝の上では流石に危険だろう、多少荒いとはいえ大地に降り立ち二人を下ろし黒霧を放る。
 腰の刀を帯から抜き取る。
 居合い加速用の魔道炸裂弾の装填されたマガジンを数個魔法空間からとりだし、一つを取り付ける。
 姿勢を低く。
 背後の少女たちのことなど、すでに意識の外。木々など眼中に無い、見据えるのは白いドラゴンまでの最短ルート……白い少女が視線と一直線になるように調整する。
 狙うのは一撃必殺。
 さっさとあのガキを無力化して、ドラゴンから話を……僕の記憶の手がかりを!

「フー……」

 深く息を吐き、脱力。左手の人差し指を|引き(トリガー)へ乗せ、引く。
 炸裂した魔道弾により鞘に付けられた打鉄が刀の(つば)を高速で打ち出す。【爆刀(ばっとう)】となずけた奥の手の一つが、刃の滅竜魔導師である僕の魔力と筋力そして魔道炸裂弾の爆発による音速を越える超高速抜刀が、眼前の木々をなぎ払う。
 一回目の居合いが終わり刀を鞘に戻した頃、ようやく竜がこちらに気づいた。
 だが、遅い。
 滅竜魔法【紋床(もんしょう)】。ま薄く圧縮した魔力の足場を空間に固定・炸裂させ、一歩で距離を詰める。
 二回目の居合い。
 流石に殺してしまっては話しどころではなくなってしまう、今度はただの居合い。少女の腹を柄頭(つかがしら)で叩き意識を奪う。

「な……」

 漆黒の柄が少女の腹に叩き込まれるはずだったが、何かに阻まれそれは失敗に終わった。
 一瞬だけ視線をそちらにやれば、柄と少女の腹の隙間の空間に割れたガラスのような亀裂がはしっている。
 防御魔法……? いや、違う。
 これは、

「氷か! くそっ!」

 亀裂の入った空間の正体、魔力で強化された氷の壁に驚愕する暇も無く竜の尾が頭上から降ってくる。
 大質量を誇るそれを傾けた刀で受け流しながら後方へ飛ぶ。森に耳障りな音が反響し、それにふさわしい衝撃が受け止めた刀を伝わり僕の腕に残る。
 少し受け止める角度を間違えたか……無視できるレベルだが痛みが残ってるな。
 だが、それでいい。竜の一撃としては少々物足りないが、この程度ではないことを予感させてくれる。

「…………、……………………!」

 少女が聞いたことの無い言葉を静かに、しかし荒々しく竜へと投げる。
 怯えた様子は無い。いきなり襲われたにしてはやけに理性だ……やはり操られているのはこの少女のほうか。
 鞘を腰帯に刺しなおし、刀を抜く。
 気づかれる前にやれなかった以上、あの巨体と戦うしかない。居合いは不向きだ。

「…………!」

 少女が僕を指差すと同時、竜が息を吸う。ブレスか、いいだろう。
 刃に魔力を流す。
 ぼんやりと血の様に赤い魔力を帯びた刃。
 冷気が迫る。
 笑みは崩さず、僕は刀を振り下ろした。 
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