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White Clover

作者:フィオ
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流転
  座して微笑う串刺し公Ⅱ

「まぁ、そう畏まらず近う寄れ」

「畏まってるんじゃなくて、あなたのふてぶてしい態度に唖然としてるのよ」

そうかそうか、とヴラドは笑う。

その態度は余りにも軽く、威厳を感じさせない。
アーシェに聞いてもなお、目の前の少年がこの城の主であるヴラド=ツェペシュとはとても信じがたい。

「しかし珍しい事もあるものだのう。まさか、主が自ら儂の下へ出向くとは…それも男同伴でとは」

「好きで来た訳じゃないわ。それに、私が誰と来ようとあなたに関係ないでしょう」

「いやいやいや、儂には主の保護者として伴侶を見極める責務があるのでな。どんな男か知る権利はある」

「いつからあなたが私の保護者になったのよ。それに伴侶ってなに?あなた、私に殺されたいの?」

「まてまて、殺すと言いながらも殺しはしないのだろう?脅すのならばもっと信憑性のある脅しをするようにと、儂の有難い教えを忘れたのか?相も変わらず足らん記憶力をしておるな」

まさに言葉の攻防といった様子だった。
いつまでたってもここへ来た本題が始まらない。

「あなたも相変わらずうるさい餓鬼ね。いい加減大人の落ち着きと威厳を持った方がいいんじゃないのかしら?あなたが城の主じゃ、この城を建てた人間も浮かばれないわね」

「餓鬼に餓鬼といわれとうないがな。主こそ無駄に身体を成長させおって。…あぁ、そうか、主はかの集落のなかでも随一実力が無かったものな。成人の筋肉量に頼らなければ身を守る事の一つも出来ぬというわけか」

「本当によく動く口ね。一回と言わずむこう千年黙らせてあげましょうか」

「ほほう、それができれば大したものじゃ。ほれ、やってみせよ。ほれほれ、儂の口はまだ元気に動いておるぞ」

まさに子供の喧嘩だ。
私は見かねて、目的を思い出せと肘で彼女の横腹を突く。

「なによ。わかっているわよ」

彼女は咳払いを一つ、やっと本題を喋りだした。

「今日はあなたと不毛な言い争いをしに来た訳じゃないの。ちょっとこの城のに隠れさせてちょうだい」

「ほう、儂の城に匿ってほしいとそういうことか?」

アーシェの申し出に、ぎらりとヴラドの瞳が輝く。
己の優位性を感じたのだろう。

面白いもので、種族を越えても感情というのは容易に読み取れるものだ。

「主が匿ってほしいと言うことは、余程面倒な相手なのだろうな。……その者が関係していると見て間違いないのかのう」

ヴラドの視線が私へと向く。
赤く血の色のように赤い瞳。

その瞳は私を見定めるかのように頭の先から爪の先まで舐めるように、視線を動かす。

「ふむ、人…しかも異端審問官といったところか」

「得意気になってるところ悪いけど、元異端審問官だけどね」

彼女の稚拙な指摘はさておき、ヴラドの見定めは大したものだった。
異端審問官は普段、証以外にそれを証明するものを持ち合わせていない。

私の立ち姿を見ただけで、それも一瞬で見抜くとは只者ではない。

「驚いておるな。まぁ、当然。なんといっても儂は…」

「どうせコイツの剣を見て言っただけでしょう」

ヴラドの言葉を遮り指摘するアーシェに彼はがっくりと肩を落とす。

「客人の前で恥をかかせてくれる。主はもう少し敬いの心を持ってはどうなのじゃ」

どうやら図星だったようだ。
このような者の所へ身を隠していて本当に大丈夫なのかと不安になる。

「まぁ良かろう。結論から言えばこの城に身を隠してもらうのはいっこうに構わぬ。この場所は同胞の隠れ家…来る同胞とその連れの者を拒む理由は無い」

「でしょうね」

だが、とヴラドは彼女の言葉を遮る。

「条件はある」

ここまできて、やっとヴラドはその重い腰を上げ私達へと近付く。

「追われている理由と追っている相手の事は話して貰おう。儂とて数百の同胞の命を預かる身なのでな…この城に降りかかる火の粉があるというならば、それを消し去る構えは用意せねばならんのじゃ」

全くもって正論だ。
いかに無能に見せてもさすがは一城の主というわけか。

「大方、後者は予想がつく。しかし、問題は前者じゃ…主、何をした?」

ヴラドの向けた眼差しは先ほどのものとは違う、鋭い眼差し。

私はその眼光に、背中がぞくりとしたのを感じた。

教会を離反しました―――。

ありのままに、そして慎重に言葉を選びながら私はここへと至った経緯を語る。
アーシェとの出会いと、教会を離反した理由を。

全てを聞いたヴラドは何かを考えているかのようだった。
そんな彼に痺れを切らしアーシェが口を開く。

「もう良いでしょう?私達は休みたいの。早く部屋と食事を用意してちょうだい」

「まぁ、まて」

ヴラドはそう言って、アルバートを呼びつけると彼の耳元で指示を出すと再びこちらを見る。

「部屋は用意しよう。勿論食事もだ…しかし」

ヴラドは私を指差して…。

「その男を少し貸して貰おう」 
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