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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第158話 蔡瑁討伐前哨戦

 
前書き
族滅の話ですので残虐な話の流れです 

 
 けたたましい銅鑼を叩く音が鳴り響く。それに呼応するように兵達が抜刀して村に向かって走りだした。
 日が顔を出し早朝の静寂を戦場の喧騒が掻き消した。
 少しすると村から悲鳴や叫び声が聞こえてきた。元々、南郡と南陽郡との郡境にある村であり治安も比較的良い場所であるため、正宗の軍に抵抗できるだけの武装も兵もいない。一方的な殺戮劇が繰り広げられた。
 この村は蔡一族にゆかりがあり、村長は蔡一族の者だった。正宗は蔡一族討伐の最初の目標にこの村を選んだ。

「正宗様、何故村を完全に包囲しなかったのですか? これでは逃げられる恐れが」

 朱里が正宗に疑問を投げかけた。

「それでも構わん。この村の村長である蔡一族の者の首だけで問題ない。残りは逃げても差し障りない」

 正宗は村を眺めながら朱里に返事した。朱里が質問した理由は正宗の命令で村の一部のみ包囲を解いていたからだ。昨晩から朝日が出るまでの夜陰に紛れて、村人が逃げていくことを確認したが正宗は「無視しろ」と命令していた。

「逃げた村人中に蔡一族の中に紛れる込む恐れがあります」
「それでも構わない。無理して討伐するほどではない。仮に紛れ込んでいたとしても榮奈と泉に北側と南側を封鎖しているのだ。逃げる場所は一つしかあるまい」

 正宗は朱里を見て答えた。朱里は彼の言葉から彼の意図を感じ取った様子だった。それは桂花も同様だった。

「正宗様の存念は理解しております」

 伊斗香が正宗に対して拱手した。

「わざと包囲を緩め村人達を逃し襄陽城に駆け込ませるのが狙いにございますね。正宗様は榮奈殿と泉殿に兵一万をそれぞれに預け、村の北側と南側を広範囲に塞ぎ一晩中篝火を掲げるようにご命令なさりました。昨晩逃げた村人達は襄陽城に向かうしかございませんでしょう」

 伊斗香は狡猾な笑みを浮かべ主君の顔を伺った。彼女の発言を聞き終わると朱里は得心した様子だった。

「この村の規模なら村人の数は五十人というところだろう。余達が敗北する可能性はない。一方的な虐殺となることはわかりきっている。その状況で村を完全に包囲すれば、村の者達は死に物狂いの抵抗をしてくるはずだ。鼠も追い込みすぎれれば猫を噛むことがある。それに」

 正宗は言葉を区切ると視線を襄陽城の方角に向けた。

「逃げた村人達は襄陽城で余達のこと話す。不安は襄陽城の中で勝手に伝染する。そして人は霞を食べて生きていくことはできない。襄陽城の糧食を消費す役目を担ってくれるだろう」
「今後もこの方法で襄陽城へ人を故意に逃がすということでしょうか?」

 桂花が正宗に質問した。正宗は桂花に肯定するように頷いた。

「兵糧に如何程の影響が出るか分からないが少しでも減らした方がいいからな」
「襲撃時に蔡一族の者を始末しようと、最終的には襄陽城戦で蔡一族を族滅するから同じことということですね」

 朱里が正宗に行った。

「できれば蔡一族は見逃さず拘束して処刑すべきだが、襄陽城の兵糧を削るにはある程度の難民を作る必要が有る」
「襄陽城に向わせるには正宗様の軍が村人も容赦無く虐殺する印象を与えなければならない。しかし、無条件に虐殺では逃げ出さず徹底抗戦をされる恐れがあるため、敢えて逃げ道を作り逃げる分には追わないということで相手に余裕を与える。見事なお考えと存じます」

 伊斗香は正宗の考えを補足するように話した。

「それに加え蔡一族は一人も生かして許すことはないと示さなければならない。そのための一戦だ」

 正宗の考えに同意するように伊斗香と朱里と桂花は皆頷いた。

「今回は初戦ということで村人達は恐怖からあまり逃げていない。この様子なら蔡一族は村の中であろう。都合がいい。次攻める村は逃げた村人から情報を得て、事前に襄陽城へ逃げようとするかもしれんから網を貼るつもりだ。伊斗香、紫苑、秋佳。次からはそれぞれ数十程の歩兵を率い村の包囲を解いた場所に潜伏し蔡一族と思われる者達を拘束して欲しい。頼めるか?」

 正宗は神妙な表情で伊斗香と紫苑と秋佳を順に見た。三名は蔡一族と交流があり、蔡一族を拘束する役目に適役であると考えての人選と言えた。三名は正宗に対して拱手して答えた。

「正宗様、では私が任に就いている間、兵をお預かりいただけますでしょうか?」

 伊斗香が正宗に頼むと正宗は頷く。

「伊斗香、お前の兵は私が預かろう。三名とも重要な任となる。頼んだぞ」

 正宗が家臣達と話していると伝令の兵が駆け足で本陣に現れ、片膝を着き正宗に拱手した。

「終わったか?」
「蔡一族と村人の殲滅完了いたしました。村長らしき者とその家族も拘束済みでございます」
「逃げた村人達はどの程度だ?」
「昨晩の内に逃亡した者と合わせると二割程かと」
「そうか」

 正宗は短く言った。

「拘束した者達をこの場に連れてこい」

 伝令の兵は正宗に拱手して短く返事すると足早に去っていった。その一刻(十五分)後、肥満体の中年男と中年女、それに幼女が兵達に連行されて正宗の前で無理矢理跪まづかされた。中年男は雑兵に乱暴に扱われることが不満なのか苛立ちを隠さなかった。対して中年女は体を震わせていた。幼女に至っては泣き出していた。正宗は良心が痛むのか一瞬表情を曇らせた。

「伊斗香、紫苑、秋佳。この者達に見覚えがあるか?」

 正宗は気分を取り戻すと三名に視線を向けた。その時である。中年男が顔を上げ三名を睨みつけて罵声を浴びせた。

「裏切り者が――! 殺してやる! 殺してやるぞ!」

 中年男は三名の顔を見知っているのか目を血走らせて大声で叫び声を上げ三名を罵った。秋佳に至っては椅子に座っているが中年男の剣幕に恐怖を感じ腰が引けている様子だった。伊斗香は中年男を小馬鹿した表情で見つめていたが、紫苑は中年女と少女を悲痛そうな表情で見つめていた。紫苑は正宗に恩赦を与えられれねば、目の前の母娘と同じ運命を歩むことになっていただけに自分と娘の璃々のこと重ねているだろう。

「秋佳! 貴様、蔡一族の縁戚として遇してきた恩も忘れおって! この恩知らずが。殺してやる!」

 中年男は狂ったように秋佳に飛びかからんと暴れるが兵士達に押さえつけられた。正宗は二人のやり取りから顔見知りであると察したのか秋佳の方を向いた。

「秋佳、この男の名を教えろ」
「蔡孝伝殿にございます。その横の女性が童昭欣殿。一番左が蔡孝伝殿の息女・蔡子真です」

 秋佳は蔡孝伝に対しておどおどしながら正宗に説明した。正宗は蔡孝伝を抑える兵達に視線で合図し拘束を解かせた。
 蔡孝伝は兵達に愚痴を言い秋佳を睨んでいたが、伊斗香が蔡孝伝に声をかけた。

「蔡孝伝、正宗様の檄文を何故無視した?」

 伊斗香は冷徹な表情な蔡孝伝に厳しい口調で詰問した。荀爽は蔡孝伝を沈黙し凝視していた。しかし、その表情は蔡孝伝が何と答えるか理解しているように見えた。
 蔡孝伝は伊斗香の自分への口調に不満があるようだったが憮然とした素振りをしながらも口を開いた。

「我ら蔡一族は中央の官吏に力を貸して荊州統治に協力してきた。瑁が車騎将軍を襲撃したことと私に何の関係がある! 瑁を殺すなら勝手にしろ。この私の知ったことではない」

 蔡孝伝は伊斗香を睨みつけて自らの言い分を言い終わると、視線を正宗に向けた。その両目は怒りを帯びていたが、正宗が朝廷の重臣であると理解しているのか態度だけは殊勝にしていた。

「此度のことあんまりではござらんか! 長年朝廷のために荊州統治に尽力してきた我らへの仕打ちあんまりでございます。瑁を殺したいのなら勝手に殺せばないいではありませんか? 何故関係ない我らまで罪を問いなされるのだ。我らは蔡一族なのですぞ」

 正宗は黙って蔡孝伝の話を聞いていた。蔡孝伝は蔡一族である自分達を特別扱いしろと言っているのだ。正宗の表情が次第に険しくなっていった。その表情の変化にも気付かず蔡孝伝は言葉を続けた。

「何故我ら蔡一族がそこらの豪族のようにわざわざ兵糧を出さねばならないのです。我らは静観するつもりでした。それで十分ではありませんか? それがどうでしょうか? 静観していたにも関わらず、大軍を率いて村を襲撃するとは朝廷の重臣とはいえ横暴すぎますぞ! 朝廷へは此度のこと抗議させていただきます」

 蔡孝伝は正宗が自分に行ったことへの不満を表していた。荀爽は蔡孝伝のことを困った人間を見るような視線を向けていた。

「蔡徳珪は朝敵となっております。蔡孝伝殿、あなたの考えは通りません。身内から朝敵を出した以上、族滅は必定です」
「煩いぞ貴様! 以前もお前は車騎将軍に兵もしくは兵糧を献上しろと指図をしおって! 何故私がそんなことをしなければならんのだ」

 荀爽に厳しく言われた蔡孝伝は彼女に罵声を浴びせた。蔡孝伝と彼女のやり取りからやはり彼女は蔡一族に接触を持っていたのだろう。しかし、それは徒労に終わったようだが。荀爽は蔡孝伝との関係を知られ罰が悪そうな様子だったが、彼女としてもここで暴露していた方がいいと考え蔡孝伝に声をかけたのかもしれない。

「蔡孝伝、言いたいことはそれだけか?」

 正宗は無表情で冷たく言った。蔡孝伝を見る荀爽も既に諦めた表情だった。しかし、蔡孝伝の妻と娘のことを不憫に思っているのか同情の視線を送っていた。

「言い足りませんな。この服を見てくだされ。上等な私の服がお点前の兵達のおかげ泥で汚れております。どうしてくれるのです!」

 蔡孝伝は正宗に愚痴を言いはじめた。伊斗香と朱里と桂花は蔡孝伝のことを侮蔑した視線を送っていた。
 ここに至っても蔡孝伝は自分が誅殺される可能性を考えることができないようだ。
 正宗は徐に立ち上がると腰の剣に手をかけ態勢を低く構え蔡孝伝の首を左から右に一線した。彼の剣筋は目にも止まらない速さであったため一瞬何が起きたか分からなかった。
 蔡孝伝は愚痴を言い終わることなく首と胴が切り離された。
 彼の頭は転がり彼の嫁・童昭欣の目の前に転がる。その頭を視線に捉えた彼女は狂ったように悲鳴をあげる。それに釣られ蔡子真も泣きわめく。荀爽は気持ち悪そうに蔡孝伝の首を眺めるが直ぐに視線を逸らした。

「母娘を処刑しろ」

 正宗が言うと伊斗香は立ち上がり正宗に対して拱手し剣を抜刀した。

「車騎将軍、私はどうなっても構いません! 何でもいたします! どうか娘の命だけはお助けください!」

 童昭欣は兵士達に押さえつけられながら顔を上げ必死な表情で正宗に訴えた。

「娘はまだ六歳。分別もありません。どうか娘の命だけはお助けください!」

 童昭欣の必死の嘆願に紫苑は悲痛な表情を浮かべ視線を逸らした。

「黄漢升様、お願いします。あなたも娘がおありのはず。私達母娘のことを憐れと思われるなら車騎将軍にお口添えくださいませ! どうか。どうか。お願いいたします」

 童昭欣は紫苑の存在に気づくと自由に動かない体で頭を地面に擦り付けて紫苑に頼み込んできた。

「伊斗香、蔡子真を先に殺せ。苦しまぬように楽に殺してやれ」

 正宗は残酷な言葉を放ったが、紫苑は何も言えずにいた。童昭欣は先ほどまで正宗を恐れていた素振りから一転して必死に暴れた。しかし、無情にも伊斗香を蔡子真の首を切り落とした。童昭欣は両目を見開き呆然とした表情で地面に転がる娘の頭を凝視した。次の瞬間、童昭欣は狂ったような声を上げると正宗を憎悪に満ちた両目で睨みつけた。夜叉の如き表情だった。

「鬼っ!」

 童昭欣は腹の底からひねり出すような低い声で正宗に叫んだ。正宗は彼女の表情から一瞬も目を逸らさず正視していた。紫苑は彼女の表情を見れず終始逸らしていた。

「殺れ」

 正宗は童昭欣を凝視したまま短く言った。伊斗香は正宗の命令を受けて童昭欣の首を切り落とした。胴と切り離された頭が地面を転がる。その頭は静止すると上を仰ぐように正宗を睨んでいた。正宗はしばし自らを睨む童昭欣の頭を凝視していた。

「首は街道に晒し、身体は野に捨てよ」

 正宗はそう言い立ち上がるとそれ以上何も言わずに陣地を去って行った。その後ろ姿は何処か哀しさを感じさせるものだった。
 翌日、村長である蔡孝伝と家族達三人の首が街道に晒された。その知らせは隣県の襄陽城に籠る蔡瑁の元にも届けられるのだった。蔡瑁は怒りに震えるが正宗と一戦交えるために軍を動かすことはなく襄陽城に篭っていた。 
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