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White Clover

作者:フィオ
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放浪剣士
  異端審問官Ⅰ

静寂に包まれた教会。

私の足元には、目を見開き苦悶の表情を浮かべ息絶えた死体が一つ。

握る剣の先から、ぽたぽたと血液が滴りその死体の顔を赤く染めてゆく。

私が殺し、地面に転がるそれは私と同じ異端審問官だった。

「終わったか」

不意に後ろから聞こえた声。

振り向くとそこには―――。

そこで、私ははっと意識を取り戻す。

いつもの夢か―――。

目に映るのは、幾つものシミがある宿の古ぼけた天井。

寝ぼけ眼をこすり、ベッドへ座り直す。

嫌というほど見た夢だ。

窓を見ると、眩しいほどの日差しに目が眩む。

最近は見ることも少なくなったのだが。
あの村の一件から、再び毎日夢を見る。

「起きてる?入るわよ」

ノックの一つもなく扉を開け放つアーシェ。

頭を抱え、項垂れている私を見るとわざと大きくため息をついた。

「だらしない異端審問官もいたものね」

余計なお世話だ―――。

そういうが、実際彼女のいう通りだ。
敵を前に弱味を見せるなど、異端審問官として…いや、剣を取り戦うものにとっては言語道断とも言える所業。

「あなたの体調不良なんかで旅に行き詰まるなんてごめんなの。…支度しなさい」

相変わらずの高圧的な態度だ。
ここ数日アーシェと共に旅をしてわかったこと―――。

傲慢。

協調性が欠如している。

口が悪い。

そんなところだろうか。
しかし、魔女として危険だと感じたのはあの村での恐るべき闘いの時だけだった。

人にも魔女や魔術師にも極力干渉せず、ただただ移動を繰り返す日々。

だが、それゆえにいまだに彼女の旅の目的はわからずにいた。
私を、共に旅へ連れる訳も。

私はすぐに支度を終えると、アーシェと共に再び旅路へつく。

道中、交わす会話も少ない。

魔女と異端審問官なのだから、それも当然なのだが。

「どうしてあなたみたいな奴が異端審問官になれたのかしらね」

意外だった。
彼女から話を振ってくるとは。

私の都合だ―――。

若干の喜びを感じてしまったが、敵同士ということもあり素っ気なく対応してしまう。

「あ、そう」

彼女も深入りしようとはしない。

いずれは殺し合う間柄なのだから。

異端審問官―――。

人ならざるものを見つけ殺害する。
ただそれだけが使命。

異端審問官の大元である七つの教会が定める掟。

人ならざるものとの和睦を禁ず。

人ならざるものへの協力を禁ず。

人ならざるものを発見した場合その存在の放置を禁ず。

私は、すでにその二つを破っていた。
知られれば粛清されてもおかしくはだろう。

粛清―――。

それはつまるところの死を意味する。

だが、それだけに腑に落ちない。

もちろん、奴等はその掟を知っている。
故に私達、異端審問官を見つければ逃げるか殺そうと襲い掛かってくるかのどちらかだ。

彼女は人からも奴等からも異端の存在であることは間違いない。

なぜ、私を旅につれていく―――?

私はこの機を使い、腹にかかえる疑問を投げ掛けた。

「利用できると思ったから。それ以上でもそれ以下でもないわ」

相変わらずの口振りだった。
彼女もまた、それ以上は何も語ろうとはしない。

「次の街が見えたわよ」

彼女が指差す先には、少しは活気のありそうな街が見えた。

しっかりと整地された敷地と、理にかなった建築物。
貴族等が住まっているには貧相な街。

中流階級の街といったところだろうか。

一層警戒しなければいけない。
これだけの街ならばもちろん兵士も多く、私と同じ異端審問官が駐留している可能性も高い。

慎重に街を探索すると、特に苦労する事もなく宿は見つかった。

さすがにその辺りの村とは違い一泊の料金は高額だ。

都合よく彼女は例の魔法で姿を消している。
私に二部屋分の金額を払わせる魂胆らしい。

後から連れが来る、としぶしぶ支払うのを確認すると、彼女は礼の一つもなく宿を出た。

利用とはこういうことか?

だとしたら私は近年稀に見る大馬鹿者であることは間違いない。

さて、どうするか―――。

宿を見つけたあとは別行動。
それは、二人のあいだの暗黙の掟だった。

敵同士旅をする私達が、終始一緒に居ることはお互いにとって不利益でしかないのだから。

暇を潰しに露店へと繰り出す。

なかなかどうして、露店には面白い物が売っていた。

艶やかな装飾品や、名のありそうな刀匠の武具。

所持金が少なくなり初め何も買えないが、こうして眺めているだけでも時間潰しには十分だった。

そんな時に―――。

「久しぶりだな」

背筋がぞくりとする。

聞きたくはない声だった。
こんな場所、こんな状況では。

足の感覚が麻痺していくようだ。

彼とだけは、絶対に会いたくはなかった。

私はゆっくりと声の方へと振り向く。

「一年ぶりになるな…同士よ」

黒い唾広帽子に黒い聖職衣。

腰に携えるは幾百もの異端者を殺してきた深紅の剣。

「なんだ、その顔は?久しぶりすぎて私の顔を忘れたか?」

肩まで伸びる白銀の長髪が風に揺れる。

お前は―――。

胸焼けがするほど不快なその笑い。

忘れるはずがない―――。

そう、私が同胞殺しとなった元凶。

六代目ベルモンド。

異端審問官の頂点に立つ男だった。 
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