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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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90話

 ぼくの手から 秋はその木の葉を食べる―――ぼくたちは友達だ。
 ぼくたちは 時を胡桃の中から剥いて出し それを行くことを教える――――
 時は殻の中へ戻る。

 鏡の中は日曜日だ、
 夢の中は 眠っている、
 口は本当のことをしゃべる。

 ぼくの目は恋人の性器へと下りていく―――
 ぼくたちは見つめ合う、
 ぼくたちは 暗いものを語り合う

 ぼくたちは 罌粟と記憶のように愛し合う、
 ぼくたちは 貝殻の中の葡萄酒のように眠る、
 月の血の光の中の海のように。

 ぼくたちは 抱き合ったまま窓の中に立つ、かれらは、ぼくたちを通りからみる
 知る時だ!
 石がようやく花咲く時だ、
 焦燥の心が鼓動する時だ。
 時となる時だ。

 その時だ。







 

 眼底(がんてい)()()れる。網膜(もうまく)(すで)黒焦(くろこ)げで、()神経(しんけい)をダイレクトに焼却(しょうきゃく)する熱射(ねっしゃ)頭蓋(ずがい)(おく)まで()()ける。
 人間(にんげん)容易(たやす)原子(げんし)レベルまで還元(かんげん)する粒子(りゅうし)(たば)が身体を()()くし、自身(じしん)(ウア)がぼろぼろと(くず)()っていく。
 それが最果(さいは)て。可能性(かのうせい)極点(きょくてん)大地(だいち)零度(ぜろど)。その限界(げんかい)()てで、(わたし)は―――。
 (かれ)(あたり)にぷつりと(はり)()すような、甲高(かんだか)(おと)意識(いしき)()(もど)した。
 ディスプレイに()()がる接近(せっきん)警報(けいほう)(つんざ)くような悲鳴(ひめい)のウィンドウ、視界(まなざし)(ひろ)がる(しろ)巨人(きょじん)翡翠(エメラルド)眼光(がんこう)鋭利(えいり)()()まされる。
 《Sガンダム》の左腕(ひだりうで)がばりばりと四方(しほう)()け、(あお)(りん)血飛沫(ちしぶき)()()る。大口(おおぐち)()けた左腕(ひだりうで)のクローの(きば)()(ふる)わせ、(つた)わった振動(しんどう)()の身体を(おのの)かせる。
 まただ。(いま)()ている(はず)光景(ひかり)とは(べつ)光景(みらい)視界(みやり)()りつぶし、頭蓋(とうがい)裏側(おもてがわ)にべったりと()()いていくような感覚(ざわつき)
 ある(しゅんかん)はビームサーベルで串刺(くしざ)しにされる光景(こうけい)だった。
 ある(えいえん)はあの右腕(みぎうで)(ドラゴン)(くち)から(はな)たれる怜悧(れいり)なメガ粒子(りゅうし)咆哮(ほうこう)機体(きたい)ごと(かれ)の身体を両断(ようだん)する光景(こうけい)だった。
 ある(じかん)左腕(ひだいうで)獅子(リオン)(くる)ったように(おそ)()かり、《ガンダムMK-Ⅴ》を跡形(こんせき)()破砕(はさい)した光景(こうけい)だった。
 ある(けいれつ)はこの全身(ぜんしん)(まと)わりつくなんだかよくわからないが危険(きけん)らしい身体感覚(かんかく)によって(ぼく)(すべ)てが崩壊(ほうかい)する光景(ついそう)だった。
 それらは(すべ)て、(いま)()時間(さけめ)(はる)未来(かこ)(よこ)たわっている(はず)時間(みらい)津波(つなみ)のように()()せ、(かれ)中身(かめん)(あら)(なが)していく。
 (した)から(すく)()げられるようにして、(あお)燐光(りんこう)(まと)った獅子吼(ししく)が《ガンダムMk-Ⅴ》に肉迫(にくはく)する。攻撃(こうげき)察知(さっち)するには(おそ)すぎる。回避不能(かいひふのう)判断(はんだん)した肉体(にくたい)瞬時(しゅんじ)(おのれ)機体(きたい)武装(ぶそう)把握(はあく)し―――(いな)把握(はあく)するまでも()く、スラストリバースと(とも)右腕(みぎうで)で身体を(かば)うように()()した。
 (なに)ものをも()(くだ)くあの(きば)(まえ)では、たとえ銃身(じゅうしん)強度(きょうど)頑強(がんきょう)(つく)られていようとも、N-B.R.Dなど飴細工(あめざいく)のようなものだった。熊手(くまで)のようにぱっくり(くち)()けた(けもの)の4つの(きば)がガンメタルの銃器(じゅうき)(とら)えるや、(だん)ボールをぐしゃぐしゃにするかのように黒々(くろぐろ)としたバレルを()()げ、くの()(ひしゃ)げさせる。
 《Sガンダム》の左腕(ひだりうで)(おお)うようにして装備(そうび)された巨大(きょだい)なクローの一部分(いちぶぶん)()()がる―――それがビームサーベルのグリップと()づいたのと、グリップの(くち)から粒子束(りゅうしそく)(ほとばし)ったのは同時(どうじ)だった。
 N-B.R.Dと(かた)(つな)ぐアタッチメントの爆砕(ばくさい)ボルトを起動(きどう)させ、()わせてフットペダルを()一杯(いっぱい)()()むや、《ガンダムMk-Ⅴ》の体躯(たいく)(はじ)かれるように後方(こうほう)へと()()っていく。
 じゅ、という奇妙(きみょう)幻聴(げんちょう)頭頂部(とうちょうぶ)()(むし)る。ダメージコントロールが警報(けいほう)()らし、右肩(みぎかた)装甲(そうこう)一部(いちぶ)溶解(ようかい)したのを()らせた。
 ()(つぶ)されたN-B.R.Dが()(なか)で2つに(くだ)ける。ざくりと(なに)注射器(ちゅうしゃき)のようなものが(むね)()()さり、そのまま心臓(しんぞう)(ない)内容物(ないようぶつ)一気(いっき)()()られて心臓(しんぞう)(つぶ)れるような()がしたが、その感覚(かんかく)がどういう感覚(かんかく)なのか―――(うれ)しいのか(くる)しいのか、それとも(べつ)感情(かんじょう)なのかがよくわからなかった。どちらにせよ(いま)はどうでもいいことと(かんが)えるのを()め、(かれ)右腕(みぎ)装備(そうび)されたもう1つの(くち)自分(じぶん)()いている(さま)をまざまざと(とら)えた。
 あれから何分(なんぷん)()ったのか。まだ1(びょう)しか()っていない()がする。もう何千(なんぜん)(ねん)()った()がする。
 ()てない。もうとっくにタイムリミットなんて()()っているのに、()てるヴィジョンが(まった)()えない。(さき)ほどから視界(しかい)(よぎ)可能的(かのうてき)未来(みらい)()()ばしても、()(つか)めるのは襤褸(ぼろ)のようになった(おのれ)のみで、彼女(かのじょ)(そんざい)()れることなどできはしない。
 あとどれくらい時間(じかん)(のこ)っているのかわからない。あと1(びょう)―――いや、そんな猶予(じかん)すら(のこ)されていない。
 (はい)はもう(あお)(えき)()たされて呼吸(こきゅう)なんてできっこない。それでも肉体(にくたい)酸素(さんそ)(おく)()もうと躍起(やっき)になった心臓(しんぞう)はパンパンに(ふく)(あが)がって、(おのれ)膨張(しゅうしゅく)する(ちから)だけで()()()しながら破裂(はれつ)してしまいそうだ。
 時間(カオス)寝返(ねがえ)りを()つたびに脳細胞(こころ)圧殺(あっさつ)される。(あたま)なんてもうどこが無事(ぶじ)なのかもわからない。ノーマルスーツの生体(せいたい)維持(いじ)機能(きのう)()ければ、その肉体(にくたい)(びょう)()たずに生命(ピュシス)であることを停止(ていし)する。
 (すで)死体(したい)
 世間(せけん)では、生命(せいめい)活動(かつどう)をしているだけでは()きていないと()われるのだ、単純(たんじゅん)生命(せいめい)活動(かつどう)維持(いじ)することすら出来(でき)ない(にく)(つちくれ)が、(ヒト)(せい)()きているなどとどうして()えるだろう?
 だが。
 その死体(ネクロ)は、(うご)いている。このまま()てることを()しとせず、妄執(もうしゅう)(ごと)(なに)かの欲動(よくどう)(したが)って物理的(ぶつりてき)要件(ようけん)躍動(やくどう)させ、ビームスマートガンの砲撃(ほうげき)(かわ)一枚(いちまい)(かわ)していく。
 《Sガンダム》が玉響(ざんきょう)ほどの残痕(こんせき)すら(のこ)さずに《ガンダムMk-Ⅴ》に(せま)り、ニークラッシャーから()()いた青色(あおいろ)(ひらめ)きが(よこ)()ぎに(はし)る。機体(きたい)(せま)(やいば)目掛(めがけ)けて、ワンテンポ(おく)れる(かたち)左腕(ひだりうで)のハルバードを(うえ)から(たた)()け、メガ粒子(りゅうし)(やいば)同士(どうし)干渉(かんしょう)する閃光(せんこう)衝撃(しょうげき)となって機体(しんたい)()さぶる。
 《ガンダムMk-V》が右手(みぎて)でビームサーベルを()()く―――より(はや)く、《Sガンダム》の左腕(ひだり)からサーベルグリップがトンファーの(ごと)展開(てんかい)し、ビームサーベルを形成(けいせい)するなり神速(しんぞく)(はや)さでもって刺突(しとつ)穿(うが)つ。
 一角(ユニコ)(ーン)(いなな)きのような一撃(いちげき)は、そのまま《ガンダムMk-Ⅴ》のコクピットに()()まれ、ガンダリウム合金(ごうきん)容易(たやす)溶解(ようかい)させパイロットの肉体(にくたい)瞬時(しゅんじ)蒸発(じょうはつ)させた/逆手(さかて)(にぎ)ったハイパービームサーベルを()()げるように()り抜き、《Sガンダム》のビームサーベルの(ひかり)()()げる。
 稲妻(いかづち)のように常闇(とこやみ)()鮮烈(せんれつ)。その先になにかものを見据(みす)えたそれは、液体(えきたい)まみれの(つり)(なか)で、(くちびる)()千切(ちぎり)りながら舌打(したう)ちした。
 まだ(なに)かが()りない。まだ彼女(かのじょ)(とど)かない。
 自分(じぶん)()()っている時間(そんざい)彼女(かのじょ)より手前(てまえ)なのだ。だから彼女(じかん)(かれ)(つか)んだ等質的(ぶつりてき)時間(じかん)時間(じゅんすいじぞく)可能性(かのうせい)最果(さいは)(すべ)てが(こおり)てついて流動(りゅうどう)する地点(じてん)凌駕(ちょうえつ)する。
 システムを起動(きどう)させたたからといって(ぎょ)することができる相手(あいて)などとは(おも)っていない。元々(もともと)相手(あいて)()()りにするというのは相手(あいて)より格上(かくうえ)技量(ぎりょう)があってこそできる(わざ)なのだ。だがそれでも優位(ゆうい)()(ちぢ)まるとは(おも)っていた、なんとかなると(おも)っていた。
 技量(ぎりょう)(おと)っている。能力(のうりょく)(おと)っている。そんなことは承知(しょうち)()みで、それでもなお可能性(かのうせい)があるからこそ自分(じぶん)(たたか)っている。
 ならばまだ(かれ)自身(じしん)可能性(かのうせい)辿(たど)りついていない。(ちか)くに(かす)彼女(かのじょ)後姿(らたい)()え、その(さき)にあるなにものかを、ヴェールの()こうのなにものか、(あか)るみに(ひら)かれた存在(そんざい)直観(ぶんせき)しなければ―――。
 だが、それがなんなのか。彼女(かのじょ)()(つか)むと決意(けつい)して、そんなそこら(へん)()てられているような決意(けつい)(おの)(すべ)てを()したというのに、一体(いったい)(なに)()けているというのか―――?
 思索(しさく)神経(しんけい)背後(はいご)から()()す。脊髄(せきずい)(つた)って痙攣(けいれん)した(あたま)がその伝播(ぬめらかさ)攻撃(アタック)理解(りかい)して、()(かえ)ることすら()く、《ガンダムMk-Ⅴ》の背後(はいご)(ひらめ)きをAMBAC機動(きどう)(かすか)かな身動(みじろ)ぎだけで(かわ)した。
 《Sガンダム》の頭部(とうぶ)装備(そうび)されたインコムユニットの攻撃(こうげき)―――MS1()(ほふ)程度(ほど)出力(しゅつりょく)のビームが《ガンダムMk-Ⅴ》の小腋(わきばら)()け、全天(オール)周囲(ビュー)モニターのすぐ(わき)(とお)()ぎていく。(おと)()てて機体(きたい)表面(ないめん)(えぐ)れ、モニター()しに()した(ひかり)鼓膜(こまく)(つらぬ)いた。
 たった一呼吸(ひとこきゅう)すらほどもないその、(やすり)(こす)って出来(でき)(エクリ)瞬間(はざま)に。
 真空(しんくう)()()赤化(せきか)液化(えきか)した金属(きんぞく)。まるで(ブラッド)だ、と(おも)った。()()()まり(ひび)断裂(さけめ)だらけの視界(まなざし)(なに)(なに)であるかすら判別(はんべつ)できない視力(めくばせ)は、それでもその《ガンダムMk-V》を(かす)り、そうして金属(ガンダリウム)()()がって(しょう)じた(きず)とそこから流出(りゅうしゅつ)した超熱(ちょうねつ)血飛沫(ひまつ)を、(たし)かにそれ自体(そのもの)として()()った。
 
 それは、ふと、()()けたことを、拍子(ひょうし)()けした知悉(ちしつ)が、(ひたい)(つらぬ)後頭部(こうとうぶ)衝突(しょうとつ)してぐちゃりと(はじ)けて(つぶ)れるのを、()ったのだ。
 そのビームの(ひらめき)が、CG補正(ほせい)されて(ひど)味気(あじけ)ない(ひかり)が、それでも実際(ほんとう)は《ガンダムMk-Ⅴ》の装甲(そうこう)融解(ゆうかい)させるその(ひかり)が、人間(わたし)を、それをいとも容易(ようい)()同列化(どうれつか)させる(ひかり)が、つまりは、それが―――。
 ――――――あぁ、そうか。
 それは、ただ、そんな出来事(できごと)理解(りかい)した。いや、()った。あまりに率直(そっちょく)に、それより素直(すなお)に、あまりに単純(たんじゅん)智慧(ちえ)理解(りかい)した。
 可能性(かのうせい)最果(さいは)て。零度(ぜろど)(おも)えた彼女(かのじょ)()場所(ばしょ)のその(さき)(なに)もないと(おも)ったその(さき)から(なが)()たそれに、この()(さき)(たし)かにふれた。
 まだ、どこかで躊躇(ためら)っていた。()っていながらその可能性(かのうせい)牢乎(ろうこ)()出来事(できごと)でしかなく、他人事(たにんごと)出来事(できごと)でしかないと(おも)()んでいた。
 あぁ、それでもまだ1(びょう)()きながらえることすら(くる)()しい。心臓(しんぞう)()きるために必死(ひっし)(あば)れまわり、ついに()れた肋骨(ろっこつ)破片(はへん)()さって破裂(はれつ)した。きっと(むね)(おく)では()()な血(えき)()()して、筋繊維(きんせんい)(くだ)(かたまり)器官(きかん)崩壊(ほうかい)しても(なお)悲鳴(ひめい)()げるが(ごと)くに伸縮(しんしゅく)し、(なみだ)のように滂沱(ぼうだ)(えき)()()らしていることだろう。()()けば、いや、というか、(おのれ)(たも)つために、無自覚(むじかく)(てき)(した)(くちびる)()千切(ちぎ)り、(した)(しろ)()()(くだ)いていた。(くち)(なか)が、びちゃびちゃした。
 だが、それが(なん)だというのだろう。それにとって、そんな些末事(さまつごと)はどうでもいいことのように(おも)われた。記憶(きおく)喪失(そうしつ)崩壊(ほうかい)も、生命(ピュシス)破綻(はたん)も、もう、とうに()(もど)せないことだ。身体が(すで)手遅(ておく)れであることなど、熟慮(じゅくりょ)する必要(ひつよう)すらなく把握(りかい)できる。
 (おれ)()すべきこと―――彼女(かのじょ)のことを、この()()()っていかなければならない。()いているあの()()(つか)むためにも、もう、どうしようもなくなってしまった出来事(ぼく)()にかけている余裕(よゆう)などそれにはない。
 (ひび)()れて(あか)(ぐろ)くなった視界(しや)に、(なに)かの映像(えいぞう)(よぎ)る。
 ()らないけれど、()っている()がする。
 (くら)部屋(へや)、ベッドに(よこ)たわった少女(しょうじょ)姿(すがた)無垢(むく)(あで)やかさを()った《満面の笑み/少しだけ歪んだ少女の笑み》がフラッシュバックする。
「――――エレア」
 ―――(エクリチュール)が、()た。
 (のう)機能(きのう)言語(げんご)(つかさど)部位(ぶい)(すべ)死滅(しめつ)しているのに、(した)はもう()千切(ちぎ)って()くなっているのに、物理的(ぶつりてき)発語(はつご)することすら不可能(ふかのう)なのに、それでもその名前(なまえ)(たし)かにそれの()()(くち)から()た。(くだ)けた金属(きんぞく)断片(だんぺん)同士(どうし)がふれあい、不愉快(ふゆかい)(おと)、もはや人語(じんご)ですらなくなってしまい、言語(げんご)であるかどうかすらも不明(ふめい)(わず)(ほど)だけその可能性(かのうせい)(はら)んだ奇妙(きみょう)(おと)振動(ゆれ)だった。どこかから言葉(ハイム)(ただよ)ってきて、そうしてぽつりと(つぶや)くように。
 彼女(エレア)名前(なまえ)発語(はつご)した。
 ―――まだ、(おぼ)えている。なんとか(おぼ)えている。(おれ)名前(ノン)も、(わたし)のレゾンデートルも喪失(そうしつ)し、というか元々(もともと)なかったことを()り、(ぼく)(ぜん)-存在的(ぜんそんざいてき)(なに)かをもついに見失(みうしな)いながら、それでもまだ、なんとかエレアの名前(そんざい)(おも)()せた。(わたし)にもう意味(みずみずしさ)()くとも、それでもまだ(おぼ)えているということはそういうことだ。それにとってそれはきっと大切(だいじ)なことで、それは大事(たいせつ)にしなければならないのだ。
 (から)()反発(はんぱつ)する全神経(ぜんしんけい)濁流(だくりゅう)のように(なが)れこんでくる時間(じかん)強引(むりやり)左手(ひだりて)(つか)まえては()きちぎる。
 こんな去来(きょらい)では彼女(かのじょ)凌駕(りょうが)出来(でき)ない。こんな生温(なまぬる)時間(じかん)(とら)えていては、彼女(エレア)(おも)いの(おも)さを()()められない。彼女(かのじょ)(すで)(がけ)(ふち)から世界(せかい)概観(がいかん)している。限界(げんかい)にいる彼女(かのじぃ)のそのつま(さき)より一歩先(いっぽさき)(すこ)()()すその地点(れいてん)まで()けばいい。
 ()ばした()(から)まる(かた)時間(じかん)をふり()て、()せかけのように()れる意味(いみ)のヴェールを()()いて、ただ(ちつ)のように(くろ)(やす)らう空無(くうむ)へとひたすら()()ばす。
 そうじゃない。
 それじゃない。
 あれでもない。
 これでもない。
 左手(ひだりて)を、筋繊維(きんせんい)断裂(だんれつ)しながらも、()てへと()ばす。
 未来(みらい)にひたすら先駆(せんく)し、過去(かこ)永遠(えいえん)反復(はんぷく)(つづ)ける。()ばした指先(ゆびさき)(なに)にもふれず、ただ空虚(くうきょ)(なに)かを(かす)るだけで、それでもその(さき)に、きっと、この左手(ひだりて)がふれるものがあるという灼熱(しゃくねつ)思索(しさく)とズタボロになった零度(ぜろど)の身体、その(おど)りの軌道(ディフェランス)(かさ)なり()い――――――。
 《ガンダムMk-Ⅴ》がビームサーベルを収納(しゅうのう)し、()わりにバックパックに懸架(けんか)されたハイパービームジャベリンを右手(みぎて)にも(たずさ)える。
 ―――(おれ)経験(たいけん)()てないのなら(ぼく)でない経験(ちしき)()てばいい。(いま)この()にある能力(のうりょく)とシステムを駆使(くし)すれば、(わたし)()最強(エレア)技量(わざ)完全(パーフェクト)投影(トレース)できる。
 ―――おお、双槍(ふたやり)(かま)える雄姿(ゆうし)よ、心猛(こころたけ)きペレウスの()アキレウスに勇敢(ゆうかん)()()かうアステロパイオスの(ごと)くではないか。
 出力(しゅつりょく)限界(げんかい)無視(むし)して発振(はっしん)された(やいば)(おのれ)発振器(はっしんき)溶解(ほうかい)させ、(おぼれ)(ちから)(おのれ)自身(じしん)崩壊(ようかい)させていく。
 (つい)となった(スラスター)(つばさ)(ひろ)げていく。それは(つばさ)であるからして当然(とうぜん)天上(イデア)へと()(あが)るための(つばさ)であり、それと同時(どうじ)大地(だいち)(たし)かに着地(きょくち)するための(つばさ)である。
 真空(しんくう)でもなおその(つばさ)(うつく)しく羽撃(はばた)き、閃珖(せんこう)羽根(はね)()(おど)る。
 《ガンダムMk-Ⅴ》の背後(はいご)(くろ)いインコムが(まわ)()む。コクピットを一撃(いちげき)()(つらぬ)かんと(つめ)たい敵意(てきい)()ける。
 インコムが(まわ)()んだ瞬間(しゅんかん)に《ガンダムMk-Ⅴ》の背中(せなか)に2(もん)並装(へいそう)されたビームキャノンが放火(ほうか)()ち、インコムはビームを()(まえ)(あな)穿(うが)たれてジャンクと()した。
 《Sガンダム》が右腕(みぎ)装備(そうび)したビーム(ほう)からメガ粒子(りゅうし)(ひら)かせる。
 どこに()るのか、どう軌跡(きせき)をなぞるのか、それはもう(すべ)()っていた。だから右腕(みぎうで)のハルバードをビームの軌道(きどう)(たた)()け、力場(フィールド)によって()()った粒子(りゅうし)鮮烈(せんれつ)(ひかり)絶叫(さけび)のように炸裂(さくれつ)させた。が、波打(なみう)った粒子(りゅうし)(やいば)となり、その余波(よは)だけで《ガンダムMK-Ⅴ》の右腕(みぎうで)(ひじ)から(さき)切断(せつだん)する。切断(せつだん)というより()かれるようにして()()ばされた左腕(さわん)()い、綺麗(きれ)輪切(わぎ)りの切断面(せつだんめん)がオレンジ(いろ)流血(りゅうけつ)(ひらめ)かせた。
 ディスプレイに表示(ひょうじ)されるダメージコントロールの警告(けいこく)(すべ)無視(むし)
 《Sガンダム》へと(のこ)った左腕(ひだりうで)のビームジャベリンを投擲(とうてき)し、その(いきお)いのままにバックパックからハイパービームサーベルを()(はな)つ。
 宇宙(そら)()けた一閃(いっせん)が《Sガンダム》に飛来(ひしょう)する。エレアを()えるにはあまりに素直(すなお)攻撃(こうげき)だ。直線的(リニア)でしかない(つるぎ)は、バーニアを(かす)かに()くだけで(かわ)され、ハルバードは血肉(ちにく)(むさぼ)らんとしながらも、(なに)(きば)にかけるでもなく宇宙(うちゅう)()こうへと()()まれていった。
 だがそれでいい。(わず)(ほど)ですら回避(かいひ)挙動(きょどう)()れば、それだけ(すきま)になる。
 赤紫(せきし)(ヴォルフ)、その間隙(かんげき)合間(あいま)極光(アウロラ)(きらめき)()ちつけて、《Sガンダム》との(あいだ)(エカール)冗談(じょうだん)じみた速度(そくど)皆無(ゼロ)にした。
 ハイパービームサーベルから(ほとばし)(ひかり)は30mを(ゆう)()え、力場(りきば)固定(ほじ)(あま)剣先(けんさき)では拡散(かくさん)したメガ粒子(りゅうし)(おび)となって(はば)(ひろ)斧剣(ふけん)のようですらあった。
 その大剣(たいけん)玄翁(ハンマー)(たた)()ける要領でもって()()ろす。《ガンダムMk-V》という機体(きたい)()()にしっくり馴染(なじ)んだ武装(ぶそう)剣光(けんこう)は、(あやま)たず《Sガンダム》の肩口(かたぐち)(ねら)う。に咄嗟(とっさ)反応(はんのう)した《Sガンダム》が左腕(さわん)のビームトンファーを起動(きどう)させて、常軌(じょうき)(いっ)した速度(そくど)でもって剣戟(けんげき)()()わせた―――が、拮抗(きっこう)は3(びょう)()たなかった。ビームサーベルのIフィールドごと、アームドアーマーVNごと《Sガンダム》の左腕(さわん)(ひじ)から(さき)(たた)()る。即座(そくざ)(かえ)(やいば)()るい、《Sガンダム》の両脚部(りょうきゃくぶ)(ひざ)から(した)一太刀(ひとたち)両断(りょうだん)する。
 ビームサーベルを()った()()き、最後(ラスト)一撃(いっせん)(たた)()む。
 《Sガンダム》が右腕(みぎうで)のビームサーベルを()()く。
 大剣(たいけん)(かま)え、()(はな)つは槍撃(そうげき)一発(いっぱつ)
 (かす)(すう)10m(さき)鋭利(えいり)なメガ粒子(りゅうし)(つるぎ)は、そうして、
 《Sガンダム》の、コクピット、へと、むか、い―――。
 破裂(はれつ)した心臓(しんぞう)がそれでもまだ躍動(やくどう)し、()体腔(たいこう)一杯(いっぱい)()たしながらも脈打(みゃくう)(おと)鼓膜(こまく)()つ。
 (おのれ)生肉(なまにく)()(けん)(にぎ)っているようだ。その一撃(いちげき)(あやま)たず眼前(がんぜん)機体(きたい)へと―――(いな)少女(エレア)心臓(しんぞう)()()さる。
 常闇(とこやみ)視界(しかい)、《Sガンダム》の姿(すがた)にエレアの身体が(かさな)なる。蝋人形(ろうにんぎょう)のように(しろ)(はだ)()んだように(まぶた)()じている少女(エレア)は、まるでそれが()るう(つるぎ)()()れ、――を()()れているかのように()(ひろ)げていた。あまりに無防備(むぼうび)だった。
 心臓(しんぞう)がびゅーびゅーと()()()らし、拍動音(はくどうおん)振動(しんどう)となって崩壊(ほうかい)していた(のう)みそをさらに瓦解(がかい)させていく。自身(じしん)の身体の(あな)()(あな)から()()()していた。()()んだ拍子(ひょうし)に、(なに)かの(かたまり)が―――多分(たぶん)(した)(くちびる)とかいう名称(なまえ)()ばれていた()がする部位(ぶい)―――がコクピットの(なか)()い、(ほほ)(なに)生温(なまぬる)いぬるぬるした感触(かんしょく)(つた)った。
 ビームサーベルの()(さき)は、あと1(びょう)もあれば少女(しょうじょ)(にく)(つらぬ)く。
 (ひど)緩慢(かんまん)時間(じかん)前方(ぜんぽう)から(かべ)(せま)ってくるが(ごと)時間(じかん)濁流(だくりゅう)
 最早(もはや)、それは(すべ)てを忘却(ぼうきゃく)し、それはただ生命(せいめい)権力(けんりょく)(したが)うだけのヒトガタと()していた。
 ――――――鼓膜(こまく)(おく)脈打(みゃくう)心臓(しんぞう)鼓動(こどう)虹色(にじいろ)()まった宇宙(うちゅう)(なか)
 (あたま)(なか)でじりじりと意味不明(いみふめい)欲動(よくどう)が、()るに()らない欲動(よくどう)躍起(やっき)になる――――――。
 ――――――――――――()た。
 虹色(にじいろ)羊水(ようすい)(なか)揺蕩(たゆた)少女(しょうじょ)(しろ)(はだ)
 (へそ)がくっきり()えるお(なか)に、ぽっかりと(くろ)空虚(くうきょ)()いている。どこまでも(くら)(ミスト)()たしているかのような、(かに)精液(せいえき)()たされているかのような、深淵(アビス)空無(あな)
 ただ、ただ、(くろ)いだけの、(あな)の、(なか)に、(なに)かが、(こご)る。
 (しろ)く、て、(ちい)さく、て、無垢(むく)、な、それ、まるで、古代(いにしえ)、の、原初(おわり)、の、(うみ)、の、(なみ)、に()ら、れ、て、いる、かのような、奇妙(きみょう)な、それ、は―――――。
『パ――――――――――――――――――――――――パ!』
 うっ――――――――――――――――――――――――――――――――――――、あっ。
 ―――おお、神よ! (すく)(たま)え!
 がたん、と(なに)かが()れて剣先(けんさき)がぶれる。ビームの()は《Sガンダム》の巨大(きょだい)(かた)(かす)り、バックパックに装備(そうび)されているビームキャノンに接触(せっしょく)し、筒状(つつじょう)物体(ぶったい)()()とすにとどまった。
 ビームトンファーからサーベルを発振(はっしん)させた《Sガンダム》が()きを()()す。回避(かいひ)する(すべ)などない、()()わせていない。する必要(ひつよう)すら(かん)じず、むしろそれは微笑(びしょう)()かべた。
 正確(せいかく)に《ガンダムMk-Ⅴ》のコクピットに(ねら)いを(さだ)めた一撃(ざんげき)(あお)残光(ざんこう)(ひき)きながらコクピットハッチを(おそ)う。ガンダリウム合金(ごうきん)のハッチを()(やぶ)り、その剣先(けんさき)はクレイ・ハイデガーの(すわ)るコクピットへと殺到(さっとう)した。
 ノーマルスーツが(ほのお)()()し、皮膚(ひふ)()けただれることすら()()えていった。()ばした()(さき)(ゆび)()け、(てのひら)(ひかり)()()まれ、手首(てくび)()った()喪失(そうしつ)衝撃(しょうげき)(かん)じる(まえ)()かれて、バラバラに肢体(したい)四散(しさん)して死体(したい)となって、そうして()えた。
 (あつ)い。そんなことを(おも)(ひま)など、当然(とうぜん)なかった。()(あし)咽喉(のど)(むね)(はら)(こし)(すべ)一瞬(いっしゅん)ほどの猶予(ゆうよ)()千切(ちぎ)れて(しょう)(めつ)した。(のう)みそと男根(ファルス)だけがぶすぶすと()けて、腐臭(ふしゅう)(はな)ちながら()()形相(かたち)(たも)っている。
 ()わったんだな、と(おも)った。これで彼女(かのじょ)()(もど)せる。()()けば、フェニクスとユートと―――あと(だれ)かの姿(すがた)(ちか)くに(かん)じられる。これでエレアを()(もど)せなくても、この状態(じょうたい)の《Sガンダム》と苦戦(くせん)することはないだろう。
 (おのれ)(つか)んだ未来(ゆめ)。ニュータイプという能力(のうりょく)とその感受性(かんじゅせい)(たか)さを利用(りよう)し、()衝撃(しょうげき)(かん)()感応波(かんのうは)彼女(かのじょ)正気(しょうき)にさせる。戯言(たわごと)(はな)だしい()はするが、まぁ、理屈(リーズン)はどうでもいい(はなし)だ。
 これでいい。エレアが(すく)われるなら、もう、クレイ・ハイデガーに、心残(こころのこ)りは、()い。
 もう、なにもかもががなくなる。(のう)みそも男根(ファルス)ももうアーモンド(いろ)彷徨(さまよ)(はい)だ。(かぜ)()かれて、その(うつくし)残痕(ざんこん)はどこかへ()き、()()りに()()える。
 (いま)(うそ)()いた。
 ―――ほんのちょっぴりだけ、心残(こころのこ)りがないわけではない。
 (おも)()す、エレアの形相。
 ちっちゃくて、(かお)可愛(かわい)らしくて、(むね)とか(あし)肉感(にくかん)最高(さいこう)で、でも彼女(かのじょ)にはもう()れられなくて。
 もう、彼女(かのじょ)(かみ)のさらっとして(ゆび)隙間(すきま)(くすぐ)手触(てざわ)りも、(うす)いけれどふっくらした(くちびる)(あま)さも、(やわ)らかくでそれでも弾力(だんりょく)のある彼女(かのじょ)乳房(ちぶさ)(あし)との(たわむ)れも―――ぬるっとして、でもしっかり()まりの()いエレア・フランドールの(ちつ)妙趣(あじわい)も、もう()い。彼女(エレア)奥底(おくそこ)膨張(ぼうちょう)(のち)(おとず)れる瀕死(ひんし)至高(しこう)(ともな)った炸裂(さくれつ)()(あら)われ、そして放出(はきだ)されたエーテルを(しろ)い身体の存在(そんざい)(いえ)(なか)()まわせようという暴力的(ぼうりょくてき)労働(ろうどう)所有(しょゆう)大地(しょうじょ)(おか)す、壮絶(そうぜつ)至高(しこう)
 ただそれだけ。少女(あのひと)であり彼女(あこがれ)であり包括者(はは)であり(わたしのもの)である侮蔑的(しんせい)存在(そんざい)換言(かんげん)すればエレアという仮面(ペルゾン)を被った仮面(しゅたい)との禁忌(タブー)行為(こうい)つまり(すべて)ての源泉(げんせん)であるマトリクスへの帰還(リターン)という不可能(ふかのう)(こころ)みを誘惑(ゆうわく)する微細(びさい)(ささや)きたる近親(きんしん)相姦(そうかん)、セックスできないことそれだけが、クレイ・ハイデガーの(ざん)(しん)である。

 純白(しろむく)(つや)をした
 零度(ぜろど)黒夜(こくや)
 (わたし)こそ(きみ)(たいよう)なのだと(かい)太陽(よる)のような17(さい)(しょうじょ)(つらぬき)ながら、そうして()()()()かれるという

 ()-(のり)
 は―――――











 
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 あれ。 
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