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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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48話

 ブリッジに飛び込んでくる情報から推測して、作戦は順調に進みつつあるようだ。
 先鋒として出撃した第11大隊は補給のために帰投し、交代するように《ジムⅢ》の部隊が前線へと上がっていく。タイホウから《FAZZ》の小隊が出撃したとの報告がアヴァンティーヌの耳を打った。
 元々敵の数は多くない。対して、ウォースパイト機動打撃群のMSの数は60機を上回る。豊富な戦力を広く展開することで、敵の対応力を上回る―――その作戦は事実成功していた。最も厄介と思われた迎撃システムの破壊も、ほとんど損傷も出さずに着実にこなしていた―――システムそのものが一年戦争前後の古いものだから、というのもあるが、一重にMS部隊の練度と装備の優秀さが要因だろう。
ウォースパイト、並びに艦隊の前進を指示したアヴァンティーヌは、ECOS投入の機会を伺っていた。
 戦場のど真ん中を突っ切る都合、陸戦部隊の喪失は考慮せねばならない。89式ベースジャバーを改修した90式の速度と航続距離はMSのそれを遥かに上回るが、対弾性能はMSとは比較にもならないほどに脆弱なのだ―――。
(マーリン、ポイントEの迎撃システム及びMSの60%を漸減)
 オペレーターのその声が合図だった。参謀のポールと目を合わせたアヴァンティーヌは、ジャンヌ・ダルクへとレーザー通信の回線を開いた。
「ECOS第902部隊に出撃命令を」
                        ※
(ジャンヌ・ダルクよりSFE902、出撃せよ。繰り返す、SF902、出撃せよ)
 ジャンヌ・ダルクのオペレーターの声が耳朶を打つ。それに返答しているであろう、ECOS第902部隊の司令である中佐の、頼りなさそうな声を思い出して笑いかけたみさきは、ディスプレイに立ち上がったオリェークの堅物そうな顔にひやっとした。
(コールサイン確認。ジュガーノフ、ES10)
「フソウ、ES11」
 相変わらず、オリェークの声は急峻な岩山のようだった。
(実戦は初めてか?)
「いえ、前に1度」
 そうか。
 傍目では無関心な様子だが、数日オリェークと共に異機種連携の訓練を行って、この男はあまり感情を露わにしない質なのだと理解していた。というより、それは部隊柄と言った方がいいのだろうか? みさきにはよくわからなかった。
 おそらく、オリェークが声をかけたのも単に新兵をいたわって―――などという直情的なものではないのだろう。共有されるパーソナルデータに通信カメラ越しの表情の機微、あるいは日頃の立ち振る舞い。そういったものを全て精査に分析して必要だ、と感じたから声をかけたのだろう、と見当づけた。
(フソウ少尉は基本的に陸戦部隊の護衛に専念してくれればいい。その機体のフィン・ファンネルはそれに適している―――それに、君はもしものための切り札だからな)
 改めて、みさきは己の能力を意識した。
 彼女がニュータイプの素養がある、と知ったのはハイ・スクールで偶然行われた適性検査のせいだった。MSパイロットを目指していた理由は確かにMSという兵器が『かっちょいい』からに過ぎないが、かのアムロ・レイ中佐が最後の愛機《νガンダム》に乗れるのは単純に自分がニュータイプの素養があったからに過ぎない。そこに、みさき自身の努力の結果などは欠片ほども無かった。かといって殊更にその事実に悲嘆するでもなく―――ただ彼女は、『かっちょいい』ガンダムに乗れるのが楽しいと思っていただけだ。
 アナハイム・エレクトロニクスのあのやたらグラマラスなおばちゃんさえいなければもっと単純に楽しいのになぁ、とは常々思っている。最も、あのおばちゃんが居なければ《νガンダム》にも乗れないのだが―――。
(―――第5班は『ウォーターバック』の確保。MS部隊は敵地侵入までの近接護衛及び茨の園突入後の敵障の掃討に当たってもらう)
 オリェークの了解の声に合わせて、みさきも声を上げた。
 第一カタパルトへはオリェークの《ハンブラビ》が向かう。みさきは第二カタパルトへ《νガンダム》を向かわせると、カタパルトの上に接続された90式ベースジャバーのプラットフォームに設置されたグリップを握りこませた。
 まずMSが先行し、後続の人員を乗せた90式ベースジャバーの呼び水にする。単純だが、堅実な方針だ。今必要なのは気を衒った放恣ではなく、理性的な作戦行動というわけだ。
(ES10、《ハンブラビ》出撃する)
 リニアカタパルトから射出されたダークブラウンの《ハンブラビ》は即座に海鷂魚ともジェット戦闘機ともつかない鋭角的なフォルムへと変形した。
「ES11、《νガンダム》行きます!」
 カタパルト脇の電光掲示板のカウントが0を刻み、誘導要員が背後に下がりながら細長の赤いライトを振り下ろす。稼働したリニアカタパルトが齎す負荷Gのプレッシャーに顔を歪めたみさきは、制御下にあるベースジャバーの巨大なスラスターと増加ブースターを一気に点火。閃光を引いた《νガンダム》が異界へと飛びたつ。
 翼をはためかせ、推進剤の羽をまき散らした異形の者が星海を泳ぐ。その姿は、預言を人間に伝えるために聖なる神威の者が天上の世界へと還っていく姿を想起させた。
 ECOSの陸戦部隊を乗せたベースジャバー3機が《ハンブラビ》と《νガンダム》の背後に付く。
 目標は茨の園。その奥にひっそりと暮らしている『ウォーターバック』―――。
 みさきは、操縦桿(スティック)を握る力を強くした。
                       ※

 腕部から立ち上がった筒を引き抜く。携帯用のライトにすら見えるそのモジュールの先端から力場が形成され、数万度に達する輝く剣を具現させる。
 ビームライフルをバックパックにマウントし、素早くビームサーベルを抜きはなった蒼白の《ゴットフリート》は、《ジム・カスタム》の出来損ないのような機体が巨大な鉄骨の武装を振り下ろすより早く剣戟を撃ち込んだ。従来型よりも低出力に発振されるそれは、しかし旧世代のMSをスライスするに余りある威力だった。鉄骨を叩き割り、肩口目掛けて打ち込まれたメガ粒子の束はチタン合金セラミック複合材の身体を、バターをナイフで切るのと変わらない要領で両断した。
 良い機体だ―――ケネスは本来しなくてもいいこの仕事に対して、僅かばかりの満足感を得ていた。
 《ゴットフリート》。ケネスがテストをしていた機体と同じ系統樹にありながら、分岐して進化した機体は操縦性にこそ難があったが、なるほど《νガンダム》に匹敵する性能の謳い文句は伊達ではない。部下の大尉の敵撃墜の報告に気分を良くしていると、広域で発振された無線の回線が開くのを把握した。
 ECOSの出撃を知らせる報告に、ケネスは部下の乗るもう一機の《ゴットフリート》に無意識に視線を合わせた。
(フソウ少尉は大丈夫でしょうか)
 不安げな顔だ。
「レギンレイヴなら大丈夫さ。それに、ECOSの腕の良さは我々の想像の外にある。俺たちと一緒に居るより安全さ」
(そうでしょうか……)
 疑い深げに眉を寄せる。ナイーブな奴だ―――ケネスは思った。任務に忠実、妻子には頭の上がらないどこにでも居そうな男である。最近夫婦喧嘩が多いケネスにしてみれば、そういう平凡さというのは疎ましさを感じさせるのだ。もちろんそれは、羨望の裏返しである。
 ケネスは自機及び僚機のステータスチェックを素早く行った。
 元々長躯侵攻を主眼に置いた《ゴットフリート》の推進剤、機体の損傷度は軽微といっていい。
 対して、ベンチマークとして配備されている《ジェガン》は推進剤の残量が心許なかった。《ジェガン》は《ゴットフリート》と連携することなど想定もしていないし、出鱈目な機動を取る《ゴットフリート》に良く付いてきている方だ。
 これだから異機種間連携は嫌なのだ―――不愉快さを感じたケネスは、部隊に帰投命令を下した。
                      ※
 どん、ずばぁん。
 ―――当たり前だが、真空の宇宙にそんな音は響かない。そもそも空気のある場所でのビーム兵器の音は、そんなに存在の重さを感じさせないのだ。もっと軽々しい気分で銃口から射出され―――老紳士が、散歩をするレディにちょこんと帽子を上げるように挨拶する。そんな有様で装甲を貫き、有機的人間存在をバラバラの細かい粒へと帰還させるのが、ミノフスキー物理学が生み出したビーム兵器の存在了解なのである。
 頭の中で蝸牛を揺らさずに聞こえた音に畏怖的不快感を覚えながら、クレイは操縦桿(スティック)のトリガーにあたるボタンに指をかける。
 デブリが舞う宇宙空間。《ハイザック》2機が放った火箭を躱し、無防備を晒した《ジム・スナイパーカスタム》の木偶のような姿にロックオンし、その胸部目掛けてN-B.R.Dの砲撃を見舞った。
 従来のMSが携帯するビームライフルの3割増し、現状最高速度で撃ち放たれたメガ粒子は鮮やかに藍色の《ジム・スナイパーカスタム》のコクピットの装甲を貫き、パイロットを原子レベルのミックスジュースへと返還させた。
(2機目撃墜―――順調ね)
 護衛についている琳霞の《ハイザック》が隣に並ぶ。全面に広がった視界の向こうで、白い色の《ハイザック》の単眼がクレイそれ自体を射抜くように覗き込む。
 曖昧に返事をしながら、クレイは自分の心臓の拍動がどんどん早くなっているのを感じた。内側から身体を打ち鳴らし、生じた衝撃が蝸牛の内のリンパ液を揺らし、耳小骨をぐらぐらと痙攣させ、最後に鼓膜を震わせているようだ。そのままごろごろと胃の中に心臓が転がり、食道を這いあがって口から吐き出してしまいそうだった。
 緊張している。確かにそうだ。
 身体が震える。それは事実だ。
 だが―――クレイはクセノフォンの指示に耳を傾けながら、自身の身体(しんたい)の違和感をまざまざと感じ取っていた。
 緊張している。確かにそうだ。
 身体が震える。それは事実だ。
 ―――お腹が空いた。そんな場違いな気分が大脳古皮質からふつふつと湧き上がる。
 クレイは、股間に感じる奇妙な不快感を感じていた。
 失禁―――ではない。もっと身近に感じた、もっと生々しくドロドロした白濁色の感覚。
 N-B.R.Dのトリガーを引き、銃口から光軸が迸る。圧倒的な速度で飛来する灼熱の光が正確にMSの胴体を溶解させ、パイロットが、ヒトが、人間が、存在が、あっけなく死ぬ。その死をリアルにまざまざと感じた瞬間に背筋を舐める神涜行為への背徳、そして背徳に伴う壮絶な―――快楽。犯してはならぬことをしてしまったことへの、目も眩むような悦楽。
 クレイは愕然とした。
 自分は、射精していたのだ。実戦に、戦闘に、人殺しに欲情していたのだ。
 身体(しんたい)が痙攣した。それが快楽故なのか、それとも自己への憎悪からなのかはクレイの身体(しんたい)は理解できなかった。
 自分は生きているということへの底抜けの安堵感。
 人を殺すことの、永遠に射精し続けるかのような望外の悦楽。
 吐き気がした。吐いてしまえば楽だったが、戦闘前に胃に物を詰めるような馬鹿ではなかった。馬鹿だったら、良かった―――。
(08、大丈夫?)
 隣に並ぶようにしたジゼルの《ガンダムMk-V》が腕を伸ばし、クレイの《ガンダムMk-V》の右腕に触れる。
 わざわざ、ジゼルは接触回線を行っているのだ。ローカルデータリンクで共有されるバイタルデータを見て、ほかの人間に聞こえないように―――という彼女の心配り。音声だけでも伝わるジゼルの柔らかな声が何よりの証拠だった。
 単に感情が昂進しているだけだ―――クレイは、ごくりと咽喉を鳴らした。人間の身体の作りの全ての解明は、人類は未だに行えていないのだ。思考の中枢が果たして脳みそなのか、それとも消化器官にあるのかすら未だに議論されているのだ。吊り橋効果もどきのようなことが、原因帰属の錯誤が生じているに過ぎないのだ―――。そう、思うようにした。
 心臓の拍動が少しだけ収まったような気がした。
(本当に大丈夫なわけ?)
 多目的ディスプレイに投影された琳霞のウィンドウがフォーカスされる。挑むような顔に冗談を滲ませた顔立ちだった。
(あんたの任務はN-B.R.Dの試験でしょう? だったらその玩具を持って帰るのも任務よ)
「了解しています。いざとなったら逃げますよ」
 クレイは務めて平静に応えた。というより、少しだけ気分が落ち着いていた。
 やはり気のせいなのだ―――心の片隅に引っかかる懸念を無視し、所詮は錯誤と断じたクレイは、むしろ今の自分の成果にだけ目を向けるようにした。
 アシスト込みで2機撃破。初陣にしては出来すぎなくらいの戦果だ。N-B.R.Dも、現状のスペックをフルに発揮しているといっていい。細かいデータの精査は帰ってからになるだろうが、試験武装としては十分な性能だろう。それこそ今すぐにでも正式配備に―――というと、ちょっと大げさだろうなぁ―――。
 色々思案を巡らす。そうする余裕があるほどに、クレイたちが居るのは前線ではなかった。
(予定時刻まではまだあるか。あと少しでスケジュールは消化だ)
 クセノフォンの声に威勢よく了解の声を返す。
 あと少し。あと少しで、クレイは生きて帰れるのだ。
 23歳の男が無邪気を装った安堵を抱いた、その瞬間だった。
 クレイたちが展開する左翼の反対―――右翼の方の戦闘区域に、暴力的な閃光が奔った。 
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