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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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43話

 4機のMSが閃光を引いて、デブリの海を泳ぐ。
 MSA-004K《ネモⅢ》。深い藍色に身を包んだ機体のうちの1機、そのパイロットは忙しなく視線を動かしていた。視界を流れる廃棄物や岩塊がこつこつと鼓膜を不快に突く―――。
 ビープ音が傲然と鼓膜を打ち鳴らしたのはその直後だった。四方から鳴り響くロックオン警報、インコムと理解した体躯が即座に攻撃端末を捉えようとした瞬間だった。
(ソード03、上だ!)
 中隊長の怒声に釣られるようにして全天周囲モニターの映像を見上げた男の視界に、それは映った。
 真紅に染め上げられた荒武者の双眸がソード03を射抜く。咄嗟にインコムに対処すべきなのか、母機に対処すべきかの判断が絡まる―――それが、もはや致命傷だった。
 当たればそれだけで死に至る巨大なデブリの中、戦闘速度を全く落とさぬままに突撃する《ガンダムMk-V》がビームライフルを構える。ロックオンからほぼタイムラグ無く放たれた灼熱の閃光が《ネモⅢ》の左肩を射抜く。
(ソード03、左腕部に致命的損傷、損傷部の動作不能を確認。背部スラスターユニット及び―――)
 オペレーターの損傷報告は無駄だった。すれ違いざまにシールド裏から発振されたビームの刃が《ネモⅢ》を一刀の元に両断し、オペレーターは撃破判定と言い直した。
 ※
 微かに揺れるコクピットの中で、クレイはヘルメットを脱いだ。首元のアタッチメントに接合されたヘルメットは無重力下でもヘルメットがどこかへ行ってしまわないようにするために工夫だ。背後でぷらぷらと揺れるヘルメットは気にせず、コクピット中の小物入れから青いタオルを取り出し、顔を拭う。荒い感触のタオルだ。連邦軍にはもうちょっとましなものを支給してもらいたいのだが―――税金を無駄には出来ない、という奴か。
 舌打ちした。無意識的にエレアの涙が脳髄を満たしていくのを自覚した。MSの操縦中はそれどころではないけれど、平時になった途端に彼女の顔を思い浮かべてしまう―――。
 タオル以外碌に何も入っていない足元の収納スペースの蓋を足で閉めるころには、オートパイロットで駆動していた《ガンダムMk-V》はトレーラーに保持されていた。後は宇宙空間での演習のために作られた専用の格納庫から、コロニー内の格納庫へと運んでいくだけだ。コクピットハッチを解放し、重力下故にコクピットから物憂げに這い出した。
 ハッチの先端に装備されたワイヤーをおろし、命綱で固定。足場としてつくられた輪っかに足を通すと、ゆっくりと降下し始めた。
 重力下において、地上20m付近からロープ一本で降りるというのも慣れないと恐ろしいものだ。初めてMSに乗った時はどうやって降りていいのか途方に暮れたものであるが、それももう数年前の出来事である。
 慣れた動作で下まで降りると、あとは自動にワイヤーが戻っていく。後は、クレイが何かする余地はない。教導を終え、全体デブリーフィングの後はフリーだ。シミュレーターに籠るか、訳をするか。N-B.R.Dの試験のレポートなどはなるべく素早く、完璧なものを提出しているから大丈夫だ。
 ジゼルの声が脳裏で閃く。
 待っていてあげて―――本当にそうなのだろうか。確かにそれは事実なのだろうけれど、クレイは異様に不安感を感じてしまう。彼女がもう振り向いてくれない、という妄想が脳みその皺の奥までこびりついて綺麗にならない。
 いや、わかっているのだ。不安の原因はわかっている―――自分は躍起になっているだけなのだ。エレアの心が自分から離れてしまうのではないかというその恐怖、そしてただ彼女の心を繋ぎとめるためにエレアに会いたいという卑小なパシオーに操られているだけなのだ。
 奥歯を噛みしめ、クレイは視線を彷徨わせる。
 どうすればいいのだろう。ジゼルの言葉に従うべきなのだろうか、それとも―――。
「ハイデガー少尉!」
 ともかく早くデブリーフィングに出なければ、とさっさと帰ろうとしたクレイは、不意に肩を叩いた声に振り返った。
 知らない男、だった。敬礼した男に条件反射的に返礼したクレイは、男の襟の階級章を見てぎょっとした。
 中佐―――身を固くしたクレイは、きりっと敬礼に力を込めた。
「第11大隊長のガスパール・コクトー中佐だ。クレイ・ハイデガー少尉―――で、合っているかな?」
 西洋系の名前だが、その風采は中東の出にも見える―――人種、という概念の境界線が薄れてこの方そうした見方があまり意味を成さなく放っているが、それでも一瞥すれば大よそわかったりするものだった。
 厳つい顔をした痩躯の男は、しかしその顔つきに反して人の良さそうな目をしていた。
「は、第666特務戦技教導試験隊所属、クレイ・ハイデガー少尉であります!」
 そうかそうか、と安心したように、あるいは納得―――したようにガスパールは頷いた。
 MS大隊を率いている佐官クラスの人間と会うは、士官学校以来4度目だ。単純な技能はもちろん、部隊指揮や平時における隊員の肉体・精神面の状態を常に把握する。現場と上の人間の橋渡しなど、その任務は実に多岐に渡り、平々凡々な人間からすれば、それこそ雲上人だ。そんな人間が、自分に何用があるのか―――緊張しながら、先方に倣い敬礼を解いた。
「カルナップ大尉から聞いているよ。士官学校出の人間で素晴らしい腕のパイロットがいる、とね」
 大尉が? と思いながらも、謝意の言葉を口にした。
「あぁ、わたしは彼女とはかつて同僚だったんだ。ティターンズ時代にね」
 怪訝な顔をしたのだろう、ガスパールははにかみながら言った。
「まぁ私の経歴などどうでもいいさ、それより君だ。その年で教導隊に選抜されたのだろう? 大したものだ」
「いえ、私は大したことありませんよ。皆に追いつくので精一杯です」
「教導隊とはそういうものだ」
 気にするな、とガスパールが肩を叩く。大人びたその笑みは、大隊長としての器量をひしひしと感じさせる。
 確かに、教導隊に選抜された人間は、いざ隊に入った時に技量の高さに圧倒されるという。それは知っている―――が、クレイの脳裏にはちらちらと攸人の顔が過っていた。クレイの格上と言っても過言ではない彼女とバディを組んで、謙遜のない技量―――。
「考え事かな?」
 ハッと顔を上げると、笑みはそのままにしたガスパールがいた。
「も、申し訳ありません!」
「いや、いい。君がそういう質の人間だともカルナップ大尉から伺っている。ただ、実戦中に自失してもらっては困るがね」
「肝に銘じます」
「そうしてくれ。君は将来優秀な人間になるだろうからね―――」
 目を細めたガスパールの表情は、その瞬間だけ色が変異した。冷たい、とも違う奇妙な感触に戸惑っていると、いつの間にかその表情は消えていた。いや、そんな表情はしていなかったのかもしれない。
「最近の新任は軟弱な奴ばかりだからね。君がさっき教導したタイホウ所属の部隊にも新任のパイロットが居たが真っ先に君に撃墜されていたよ―――君のような向上心を持ってほしいものだ」
 やはり、気のせいだったのだろう。さっきまでの親しみのある表情を浮かべるガスパールからは、先ほど一瞬感じた違和感は欠片も無かった。
「いえ、僕はそんなに大したことはありませんよ……」
「謙遜か―――だが、君のその立場こそが君の努力を裏打ちしているのではないか? その年で教導だけでなく、試験武装の実証試験も任されているのだからな。その謙遜も、確かな実力があるからこそ出る言葉だ」
 表情が緩みかけ、クレイは咄嗟に顔を固くした。高々ちょっと褒められただけで慢心するなど愚の極みだ。ふわふわとした気分を引き締めたクレイは、それでも感じたありがたさ故に「ありがとうございます」と礼をした。
「今後必要なのは君のような若者だ。これからも邁進してくれ―――おっと、君はそろそろ行かなければか、かな?」
 ガスパールに促され、顔を上げればいつの間にかトレーラーに載せられた《ガンダムMk-V》の姿は見えなくなっていた。話し込むとつい没入してまう。慌てたクレイの素振りに、年若い笑みを浮かべたガスパールが敬礼した。
「それでは、また会おう」
「はい。失礼しました!」
 素早く、それでもきちっと敬礼を返したクレイは、踵を返して出口へと向かった。
 ※
 ケロケロリ。
 カエルの女の子は、陽気な声で言った。
 ケロケロリ。
 プルートは、茨の園の中のシャワールームに居た。
 水を隔て、黄色い桶の底には「ケロケロリ。」の日本語に、デフォルメされた蛙がウィンクしてプルートを見返していた。
 わずかこれだけである―――何が?
 体を洗えるのに使える水の量が、である。
 地球においては、砂漠は極めて補給し難い気候であるという。宇宙空間はさらに酷く、経済事情の悪いネオ・ジオンは悲惨の一言だ。元々補給がままならないのに加えて、今は宇宙でも辺鄙な場所だからなおさらである。この桶一杯の水も、1週間ぶりなのである。つまり、プルートは一週間ぶりに水を浴びるのである。さらに、当然のようにこのシャワールームは男女共用である―――事実、隣からは《ドーベン・ウルフ》機付き長のひもじい声が聞こえていた。
 手にどろっとした白い液を垂らし、水を含ませて泡立てる。ある程度泡だったのを確かめると、なんとか水気を与えた髪の毛に泡を纏わせた手を突っ込む。
 汚れだらけの髪に対して、ほとんど付け焼刃でしかないが、それでもマシだった。指に髪が引っかかりまくるのに顔を顰めていると、いきなり間仕切りのカーテンが音を立てて開いた。
 悲鳴をあげて慌てて大事なところを防御。野郎が近くに居ること自体には慣れつつあるが、流石に全裸の姿を見られるのには抵抗があった。
 身が捩じ切れるくらいに振り返ると、見知った顔が―――エイリィの笑った顔があった。
「ねぇ今の凄い可愛かったよ。もっかいもっかい」
「二度とするか!」
 ぺちんと頬にグーパンチを撃ち込む。顔を変形させながら笑みを浮かべたエイリィは、自分の水を一滴とて零さないように慎重な動作で桶を床に置くと、そのままシャワールームに入ってカーテンを閉めた。
「なんでわざわざ同じところに来るんだよ」
「洗いっこしよーよー。そっちのが能率良いし洗いやすいし」
 屈んで手に石鹸を泡立てたエイリィが白い歯を見せる。プルートが応える暇も無く彼女は立ち上がると、貧弱な泡のついた頭に指を入れた。
 既成事実と化していた。
 仕方なく風呂用の椅子に座り、プルートはなされるがままになることにした。別に、断る理由もないのである―――エイリィの手つきは柔らかくて洗礼されていて、素直に気持ちよかった。
 何回か髪が引っかかった後、エイリィの手がうなじのあたりに伸びる―――ボディソープとシャンプーの区別すらないのである。
 そのまま肩へ、そうして背中へ―――。
 ね、とエイリィの声が外耳を撫でた。
 何、とくすぐったさを感じながら、プルートは応えた。
「今日えっちぃことしない?」
 するすると腰のあたりを手が這い、下腹部へと回る。密着したエイリィの身体は、成熟した雌の柔和さだった。
「やっと身体洗えたのに」
「綺麗になったからするんでしょ」
「そりゃそうだけど」
「んじゃあ決まり!」
 ぎゅっと一度プルートの小さな身体を強く抱いたエイリィは、務めて念入りに―――ではなく丁寧にプルートの身体を泡塗れにして、綺麗にした。プルートも、167cmほどもあるエイリィの身体をせっせと洗い、汚れに汚れた水で泡を洗い流す。後はタオルで身体を拭き、BDUに着替えた2人は茨の園の中心地である廃コロニーの中の仮宿舎―――まだ健在だったころホテルとして経営されていた建物の一室へと入った。
 元々それなりに高いホテルだったのか、部屋のレイアウトは瀟洒という言葉が似合う。それでも時間の経過と整備してくれる人もいなければ、ベッドのシーツやら以外は埃だらけだ。
 茨の園に来てからはすっかり『ご無沙汰』だったせいもあり、エイリィの部屋に入るのは初めてだった。といってもプルートとほとんど変わらないのだが―――。
 きょろきょろと差異を見つけようと視線を回していると、枕元に差異化の原因は在った。
 黒々とした、ぬいぐるみ、だった。エイリィの部屋に在ったものとは違う―――サイド3で買ってもらった物だろう。
「どったの?」
 エイリィはすっかり下着だけになっていた。「あれだよ」プルートもジャケットに手をかけながら、枕元を指さした。
「かぁーいいっしょ?」
「エイリィはそういうのが好きなの?」
 タンクトップを脱ぎ去り、カーゴパンツも脱ぐ。ひやりと冷たい感触に身を震わせた。温度調整するシステムが壊れたままなんだ、と茨の園の人が言っていた―――。
「妹が好きだったんだよねー」
「いもうと?」
 そだよ、とベッドに腰を下ろしたエイリィが熊のぬいぐるみを腕に抱いた。屈託のない笑み、だった。
「もう大分前に死んじゃったけどね」
 エイリィは特に表情も変えずに口にした。
「一年戦争の終わりごろにね。ズムシティで色々あって、そん時に巻き込まれちゃって」
 エイリィの言葉は、まるで、単なる歴史的記述を客観的に述べ挙げるような淡白さだった。
 その驚きが表情に出たのだろう、エイリィは悲しさなど一部も無い―――そして事実、プルートにも悲哀を感じられない、大人の柔らかな表情をして天井を仰いだ。彼女の白い咽喉元が、目に入った。
「随分前のことだしねぇ―――妹っていっても遅生まれでさ、私が12歳の時に生まれた子供だからあんまし思い入れもないんだよね。」
 ころころと笑う―――。
 嘘だ、と思った。もし本当にどうでもいいのなら、彼女はあの熊のぬいぐるみを大事になどしない。
 人は変わる。生まれたときと物質は入れ替わっている。神経の伝達にしても、まるで依然と同じ人物などいやしない。思想にしても、たった一日で大きな思想の転換が生じることはありうるのだ。だから、時間が傷を癒すというのは全き間違いではない。でもそうではないのだろう。
 過去の傷を乗り越えた―――それも多分、違う。エイリィはきっと、今という場所に過去がまるで鈴のように連なって尾を引き、ちりんちりんと清らかで気持ちのいい音を奏でるのを知っているのだ。
 そうだ、とベッドから起き上がり、エイリィがハンドバッグから全高20cmほどの黒い塊を取り出す。それもまた、熊のぬいぐるみだった。
「これあげる」
 「これは?」差し出されたぬいぐるみを手に取った。
「妹の形見かな? 弾除けのお守りだとでも思って」
「ダメだよ! そんなの貰えない」
「いいからいいから。もう新しいの買っちゃったしー」
 それに―――言いながら、エイリィはベッドに腰掛けた。
「一人だけご利益に預かるよりも、多い方がいいじゃない?」
 それは、単純な合理的計算的思考の産物ではないか。こういう大事な物は、そういうキッチュな視点で見ていいのだろうか―――。
 混乱しながら熊を見る。プラスチックのつやつやした瞳が僅かな光を受けて無垢に照り返った。
 プルートもエイリィの隣に腰を下ろした。ごわごわでスプリングが壊れたベッドの感触は、プルートの部屋と同じくらい最悪だが―――別に、どうでもいいことだと思った。
「じゃあ、貰う」
 ベッドの側の棚にぬいぐるみを腰かけさせる。おう、と肯いた26歳の金髪の女は、16歳の栗色の髪の少女に身体を寄せた。
「プルのことはちゃんと守ってあげるからね―――」
 蜂蜜が耳の穴にとろけていく。その呼び方は、プルートをプルート足らしめる呼び方だった。エイリィは与り知らぬことだが、甘えるような温かい声でそう呼んでくれるのは好きだった。
 エイリィの手がプルートの長いもみあげを持ち上げ、艶めかしい動作で撫でる。プルートの薄い胸に触れ、固くなり始めたそこをエイリィが甘噛みする―――。
 そうしてそのまま、ゆっくりと存在の境界線を薄めていった。 
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