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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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38話

 赤かった。
 ノーマルスーツに身を包んだクレイは、エイジャックスの格納庫に居座る愛機から奇妙な情念を受け取っていた。
 自分の機体は黒だった。そう、黒なのだ。宇宙に溶け込むような黒曜石をそのまま神像に研磨したような―――そんな美しさを湛えた愛機の色は、一転して派手なカーニバルの置物と化していた。
 赤かった。
 マダーレッドその他赤色に黒の配色は目立つどころの話ではない。赤い彗星、真紅の稲妻―――赤をパーソナルカラーとした綺羅星の如きパイロットたちの名もちらつく。その癖、赤い色で構成された奇妙な迷彩が施されているのはなんなのだろう?
「よお、気に入ったか?」
 ノーマルスーツを装備したヴィセンテがヘルメットの奥で誇らしげな笑みを浮かべていた。
 どう反応してよいのやら。「えぇ、まぁ……」と返事にもなっているかわからない相槌を打つと、腰のあたりをヴィセンテが軽く叩いた。
「しっかりやれよ? サナリィの秀才になにかあったら政府もカンカンだからな」
 脅すように言いながらも他人事のように笑うヴィセンテに頷き返したクレイはヘルメットを被ると、地面を蹴り上げた。1G下では85kg以上あるクレイも、重さを感じさせないようにふわりと浮きあがる。無重力下での移動用のワイヤーを射出し、先端のマグネットががちりと《ガンダムMk-V》を噛むのを確認すると、手許のボタンを押し込む。ワイヤーが巻き取られるに任せてクレイの身体が牽引され、解放されたコクピットハッチに手をかける。足からコクピットの中に滑り込み、全天周囲モニターの中に孤島のように佇むリニアシートに取りつくと、データ収集用の機材を乗せるために作られた後部座席にいた人と目があった。
「よろしくお願いします」
 ぺこりと丁寧にお辞儀するモニカ・アッカーソンはすこし緊張気味のようだった。こちらこそ、とクレイもぎこちなく微笑を返すと、シートに腰を落とす。ノーマルスーツの腰部に据えられたマグネットとリニアシートのマグネットが磁力でしっかり接合されるのを確認し、その他機体のステータスチェックなどを素早くこなしたクレイは、しばし違和感を覚えた。
 今日は武装のチェックがないのだ。もちろんその理由をクレイは十分知っており、その『代わり』となる作業は背後でモニカがこなしているはずである。
「できましたか?」
 特に振り返るでもなく無線で伺う。しばし無線越しに小さく唸る声が耳をおっかなびっくり触った後、できましたと無線と肉声の声が同時に聞こえた。
 複座。士官学校時代の教官を思い出しながら、了解の声を返した。
 モニカが調整したデータが多目的ディスプレイに映される。
 何度か試験は行ったが、実際に使用するのはもちろん初めてだ。理屈はわかるが、はたして実証可能なものか―――それは神のみぞ、もとい物理法則のみぞ知るといったところか。
(08、準備オッケー?)
 多目的ディスプレイに立ち上がった通信ウィンドウのアヤネの声は普段通りの砕けた様子だ。軍服を着ていながらのその調子にズレを感じたが、それに応えたクレイの声もいつもの仕事中の声色ではなかった。
 整備兵の退避完了と機体各種の最終チェックの報告のやりとりを終えると、カメラの向こうでアヤネが親指を立てた。
(クレイもモニカも頑張ってね)
 各々頷き返すと、格納庫とカタパルトを分断するハッチが展開。自動操縦でカタパルトに接続すると、一端軽く揺れた後に視界が滑らかに右に流れていく。
 真紅の《ガンダムMk-V》が完全に真空に身をさらす。どこまでも物理的冷然さを見せつける漆黒の絵画も、見慣れてしまえば日常の風景――――――だった。
(ゲシュペンスト08、発進してください)
「了解。ゲシュペンスト08、《ガンダムMk-V》出撃します」
 スロットルを開け、スラスターを焚いた巨躯が身を屈める。リニアカタパルトは音も無く爆光を背負った《ガンダムMk-V》を射出した。

 いつもより、重い。
 普段の装備とは異なった機体の重さにやや戸惑う。
 武装は無い。ビームサーベルさえ持たない《ガンダムMk-V》はほぼ丸腰だったが、その小脇には一際巨大な”筒”を抱えていた。”筒”の後ろからは太いケーブルが伸び、背中に負った巨大なコンテナに接合されている。
 これが今回の目玉だ。
 CG補正された映像越しに一瞥をくれていると、モニカの驚きの声が無線越しに聞こえた。
(あれ、見てください!)
 後部座席から身を乗り出したモニカが指をさす。見上げてモニカの仕草を認めたクレイは、その作業用のゴツイノーマルスーツが指さす先を見て、いよいよと唇をきつく締めながらも、感歎に息を飲む感覚を覚えた。
 機体のセンサーはそれが遥か遠くにあるのを告げている。
 宇宙という距離感の喪失した空間にあって、なおその威容は手に取るように把握された。
 白亜に染め上げられた横長の棒。一見すればそんな感想しか抱かないが、相対距離を縮めるに従いその幼稚な印象は改められる。
 ラー・カイラム級機動戦艦―――その下方から接近しつつあったクレイは目を見開く。
 船体はおおよそ600mにも及ぶ巨大な艦船は、今年に製造が決まったドゴス・ギア級戦艦2番艦『ゼネラル・レビル』の予想される630mという巨体を除けば、地球連邦軍でも随一の巨大さだ。隣に―――とはいえ数キロほどの間隔を取って―――航行するロンバルディア級重巡洋艦の倍ほどもある、その馬鹿げたとすら思える白亜の巨躯に圧倒されていると、多目的ディスプレイにレーザー通信のコールを知らせるウィンドウが立ち上がった。
(接近中の貴官に告ぐ。こちらウォースパイト機動打撃群旗艦ウォースパイト。貴官の所属と目的を明らかにされたし。繰り返す、貴官の所属と目的を明らかにされたし)
 オペレーターの男の声色は、しかしその事務的な内容に比して酷く楽天的だ。もちろん、この無線の向こうにいる彼はクレイの目的を事前に知っているためである。クレイも生来の本性から生真面目に所属を告げながらも、その心の内に占める緊張は敵への強襲の際のそれではなかった。
 機動打撃群旗艦たるロンバルディア級重巡洋艦『ウォースパイト』と、今回臨時に編成されたラー・カイラム級機動戦艦『ジャンヌ・ダルク』の間を、真紅に染め上げられた《ガンダムMk-V》が駆け抜けていく。視界を左右に振れば、機動打撃群を編成するクラップ級巡洋艦『ソウリュウ』、『コーンウォール』、『ドーセットシャー』、『リシュリュー』が目に入る。今となっては珍しいアンティータム改級補助空母『タイホウ』も、ジャンヌ・ダルクと同じく臨時編成された艦だった、とクレイは事前に渡された資料の記述から思い出した。
 即応部隊として編制される機動打撃群は旗艦を含めてMS母艦が5隻に輸送艦が2隻という編成が通常であるという事実を鑑みれば、その箱を繋げただけのような野暮ったい外見のタイホウの存在は、却って今回の任務をまざまざと意識させる。機動打撃群向けに機動性を高められたコロンブス改級機動輸送艦『プレアデス』、『プトレマイオス』の2隻は通常のウォースパイト機動打撃群の編成だが、それに続く『ヒアデス』『イヴェール』『ダイヤ』もまた、臨時に機動打撃群に編成された輸送艦であろう。それらの存在を意識していると、不意に警戒警報が耳朶を叩いた。全く予想外の音にびくりと身を震わせた。
 警報の元―――ウォースパイトのカタパルトから宇宙に飛び出した灰緑色の機体が接近していた。
 RGM-89D。機体に増加装甲を施した《ジェガン》が閃光を引いて《ガンダムMk-V》に並ぶ。全規模量産型のD型《ジェガン》を見るのは初めてだった。ゴーグル型のカメラアイに潜む単眼が、親しげにクレイを見返す。新たな連邦の象徴ともいえる《ジェガン》の姿に、知らず感動を覚えた。
(こちら旗艦ウォースパイト所属、第11大隊だ。みなさんお待ちかねだぜ? 派手にやってくれよ)
 通信ウィンドウに壮年の男の笑みが浮かぶ。それに無線で応答しつつ、艦隊の後方へと一端逸れた後に機体を反転。モニカを意識してなるべく穏やかに機体を反転させつつ、巡航速度にスロットルを維持したままスラスターを焚き、ウォースパイトの上をフライパスする。相対距離を十分に引き離したところでスラストリバース。機体をぴたりと静止させると、並走していた《ジェガン》もほとんど《ガンダムMk-V》の隣に綺麗に静止した。
 流石だ―――芸術的な機体制動に内心口笛を吹きながらも、クレイは《ガンダムMk-V》が小脇に抱えた巨大な筒の先をクレイから見て上空に、なるべく艦隊から見ても上の方へと向けた。
 前面から眺めるラー・カイラム級機動戦艦の美しくも峻厳さを湛えるその巨体は、少女の身でありながらも勇猛果敢に戦った―――そして酷く大飯ぐらいだったという()処女(ピュセル)の名にふさわしい。
「モニカさん、良いですよ」
(わかりました)
 モニカの声と共にコクピットの右側で光が奔った。筒先から溢れた閃光は、そのまま伸びていき―――。
 ※
 感嘆の声がブリッジを包んだ。
 前方に広がるそれ―――光で構成された旗は、くっきりとニューエドワーズ基地を示す五芒星に機械じみた翼のマークを描き、真空の宇宙にはためいていた。
「ニューエドワーズの開発は順調のようですな?」
 一人、冷めた口調で副官の男が呟く。皮肉屋なのはいつものことと受け流したウォースパイト機動打撃群司令アヴァンティーヌ・アレジ少将は、ウォースパイトの艦長席で「綺麗なものですね」と両手を合わせながら女性らしい柔らかい物腰で言った。
「ビームフラッグ……Iフィールドを利用してあんなことが出来るとは思いませんでしたね。流石アナハイムとサナリィが技術研究をしているといったところでしょうか?」
 ガスパール・コクトー中佐は、人の良さそうな笑みでアヴァンティーヌの声に頷いた。
「テストパイロットたちも素晴らしい技術の持ち主です。きっと作戦を成功に導くでしょう」
 その血筋故か、ガスパールは落ち着き払った貴族然とした柔和な物腰だ。
「そうでしょうか。第一次作戦に加わる第666部隊には新人が居ると聞きますが」
 副官はどこか疑い深い目でガスパールを見やる。
「あの《ガンダムMk-V》にしても実戦実証していないような代物でしょう? 実戦に耐えうるものかどうか」
 眉間に皺を刻んだ副官は、再び視線を前へ―――《ジェガン》2機と並んでフラッグを掲げる《ガンダムMk-V》へと向けた。
 最もだ、とガスパールは思い、そうして副官の視線をなぞるようにモニターに投影された《ガンダムMk-V》の姿を視界に入れた。
 実戦は常に死が隣り合わせだ。そんな中、死を拒絶するにはどうするか―――危険要素はなるべく減らすのだ。機体の整備は万全に、兵装はなるべく信頼性の高いものを。軍隊において、試作機や実験機が忌み嫌われるのは、なにもかつての普遍論争におけるクラシカルへの羨望、新しいもの嫌いな嫌味ではないのである。そこに生命が、引いては作戦全体の成否がかかっているからこそ、コンバットプルーフ主義者になるのである。何の保証も無い机上の論は、実証性のない仮説―――天気予報のお姉さんが、唐突に火が降ってきますと言うのと何等変わりのないものなのだ。一年戦争の最終局面において、ジオンでベテランパイロットが《ゲルググ》を嫌った理由は機種転換を面倒臭がったことだけにあるのではない。《ゲルググ》という生新しい機体とMP兵装への拭いきれない不信感と、《ザク》という機体への無二の信頼からなのであった。
 そういう意味で、副官の懐疑は何も不当なものではない。機体だけでなく、そのパイロットまで新人と聞かされれば、作戦全体の指揮に携わる人間であれば眉を顰めるのは当然も当然だ。
 だが、ガスパールは何の懸念も抱いていなかった。そもそも実証試験をしようという実験部隊を作戦の要所に置くわけがない。そういった意味で『も』、仮に試験部隊が全滅するようなことがあっても作戦自体にあまり支障はないのだ。
 そして何より―――ガスパールは視線を、ビームフラッグを掲げる《ガンダムMk-V》へと向けた。
 ――――――その視線の意味は……。 
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