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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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28話

 27バンチコロニー『パトロクロス』は、26バンチコロニー『アキレス』と並ぶ軍事施設の立ち並ぶコロニーであり、海軍戦略研究所・サイド3支局もまたこのパトロクロスにある。アキレスは戦後、リゾート施設が充実し、宇宙第2のハワイとも呼ばれる『リゾンテ』や『タイガーバウム』、またコロニーで初めてピラルクの自然繁殖が確認さるなど貴重な種と多様な生態系を持つコロニー最大の湖コノシア湖を擁する『ブリュタール』などと同じように観光コロニーとして民間に開放されている。一方、パトロクロスは戦技研究、あるいはMSの試験運用などのためのコロニーとして、地球連邦政府または地球連邦軍、そしてサナリィやアナハイム社、その他様々な組織・企業向けに転用させるに至った。
 そんなパトロクロスでもMSの格納庫が立ち並ぶうちの1つ、第666特務戦技教導試験隊が占有する格納庫の中、クレイはキャットウォークで窮屈そうにガントリーに押し込められた愛機を眺めた。いつもは鋭く閃く《ガンダムMk-V》の面持ちも、狭い子犬のケージにでも詰め込まれた狼のように当惑しているように見る。漆黒の《ガンダムMk-V》の足元には多数の整備員が集まっており、賑やかにしていた。
「やっぱ黒い色は格好いいと思うんだけどなぁ……」
 思わず呟く。というのも、これからフルオーバーホールを兼ね、機体の塗装の変更をすることになったからだった。
「しょうがねーわな。実際見えずらいんだし」
 ぽん、と肩を叩いたヴィセンテが隣に並ぶと、同じように真っ黒な子犬(・・)を眺望した。
 教導が始まって以来、クレイの《ガンダムMk-V》の黒い色の視認性が悪くて捕捉できないという指摘が共和国国防軍の中から出てきたのだ。無論そんなものは言い訳でしかなく、取り合う必要はない。しかし、そんな言い訳すらさせないようにした方がいいということ、そうしてN-B.R.Dの試験のためにも派手なカラーリングで視認性を上げようということになり今に至る。
 クレイとしては、黒い色にそれなりに乗っていただけに、やはりその色には思い入れがある。急に変更するというのも寂しさはあるが、それよりも益のある選択肢を選ぶ方が賢明であろう。それに、変な言い訳をされるというのも釈然としない話ではある。
「どういう色になるんです?」
「さあな?」
 変に語尾を上げた調子でヴィセンテが笑う。どうやらお楽しみ、ということか。そりゃ残念、とわざとらしく肩をすくめて、クレイも笑みを返した。
 特に当ても無く眺める。一見無造作に動いている整備員の群集は、よくよく見ていると整然と動いていた。各班に決められた役割と素早くこなしていく様は、ある種秩序だった美しさを感じさせる―――と、ふとクレイの目は見慣れるものを見定めた。
 軍用BDUとサナリィの社員の整備服が入り乱れているのには慣れたが、サナリィの社員の整備服でも初々しさを感じさせる一団がやや慌ただしく動いていた。
「あれ、なんです?」
「ここにサナリィの支局あるだろ? メカニックの育成のために新人教育してくれって」
 なるほど、と頷く。初々しい整備服や、素早く動いていくベテランたちに引っ張られるように動いていく様は新人故に、か。
 その一団の中から1人、こちらを見た小柄な新人がパタパタとこちらに走ってくる。
「ガンマ班、完了しました!」
 ビシッと敬礼しながら、その新人が威勢のいい声を張り上げる。案外甲高い声に目を丸くした。その小柄な新人は、女性だったのだ。
 おう、とヴィセンテが敬礼する。ほっとしたような顔をした女性、というより少女とすら言って良いその新人がクレイのほうを不思議そうに見やった。
 帽子の下から窺い知れる蒼い深海はどこまでも澄んでいた。帽子をかぶっていて窺い知れないが、鎖骨のあたりまで伸びる長い揉みあげがあどけなさを感じさせた。可愛かった。
「エルシー・プリムローズ・フィッツジェラルドです。エルって呼んでください」
ぴょこんと頭を下げる。顔を上げた少女はどこか戸惑いがちだが、はにかんだ笑みが好印象を抱かせた。年は18……もう少し下だろうか?
 何故か、少女の顔とエレアの顔がだぶった。どこか儚げなエレアに対して、健やかな顔立ちは正反対の可愛らしさな気がするのだが―――? ふと感じた違和感を隅に追いやり、クレイは背筋を正すと敬礼した。
「666のクレイ・ハイデガー少尉です。よろしく」
「クレイがあのガンダムのメインパイロットなんだぜ?」
 ヴィセンテが肩を叩く。声の調子はどこか讃えるようにも聞こえ、多少の気恥ずかしさと誇らしさを感じた。
 エルシーが感嘆の息を吐く。
「もうちょっと厳つそうな人だと思ってたけどなんだかひ弱そうだなぁ」
 貶しているのか褒めているのか。はっとしたように目を丸くしたエルシーは、慌てたように「もちろん褒めているんですよ」と愛想笑いをした。
「あのガンダムのスラスターとバーニアの吹かし方とか関節のダメージとかを見てると強引に挙動を取らせてるように見えるなーと思って」
 あぁ、と頷いた。
 実際エルシーがクレイの戦闘の映像を見たかどうかは知らないが、なるほど機体のダメージの蓄積部位を見ることで操作の癖を見抜くことは出来るということか。幼い見た目にして中々深い見識を持っているのかもしれない。
 だが、ヴィセンテはどうやら違う会見を持っているようだった。腕組みしたまま、意味深な笑みを浮かべていた。
「エル、お前ジゼルの《ガンダムMk-V》のデータは見たか?」
「うーん見てないかな…? 機密の関係とかで」
「そういやそうだな。確かにジゼルの1番機と比較すると負荷のかかり方は多いんだが、《ガンダムMk-V》そのものが第4世代機にしてはスラスターとか各関節への負荷が出やすい傾向にあるんだよ」
「へぇ?」
「そもそも第4世代機自体データが少ないから断定的には言えないんだが、第4世代機自体機動格闘戦闘よりも砲撃戦を主眼に置いた機体が多いから関節強度は機体の大きさに比べると強固ではないんだ。加えて第4世代機を多く開発したネオ・ジオンはそんなに多くの第4世代機を造れなかったから大事に使おうとして、率先して格闘戦を取らせるような戦術は取らなかった。そもそも格闘戦なんて好きこのんでやりたいわけないこととかも考えれば、第4世代機のデータと《ガンダムMk-Ⅴ》のデータとは重ならない部分が多いんだ。もちろん《サザビー》みたいな例外はあるが、クレイのデータだけを見て即断するのはあんましよくないぜ?」
 感心したように頷くエルシー。
「そもそもだがなんか《ガンダムMk-Ⅴ》ってあんま第4世代機っぽくないよな。固定武装なんて片手で数えられるくらいだし」
「そうなんだよ。インコムの実験機~なんて言われようだが、そうした側面はむしろ《ガンダムMk-Ⅳ》が担ってる。オーガスタがそもそもニュータイプの研究専用ってーより、もっとハードの―――例えばノーマルスーツとかの部分での軍事研究をしてたこととか、あるいはネオ・ジオンの《ドーベン・ウルフ》みたいな純正の第4世代機にすら改修できるほどの開発の冗長性を持っていたこと、オーガスタ研究所自体がMS開発にかなり力を入れてたりすること―――ほら、ニューエドワーズでも何かの可変機の開発とかで《アッシマー》と《ギャプラン》が持ち込まれてただろ―――、あと第4世代機とは思えないほどスリムなレイアウトとかを色々考えると、むしろオーガスタはインコム搭載の第2世代の次期主力機を造ろうとしてたんじゃないかな~とか思う時があるんだよなぁ」
 エルシーが微かに身動ぎしたようだった。
 特にそれは気にせず、クレイも思わずなるほど、と首を縦に振った。パッと聞いた限り、ヴィセンテの考えは筋が通っているように思える。
「メカニックってのも色々考えてるんですねぇ」
「当然だ―――って言いたいが、そもそもそう思うようになったのはクレイの機体を整備するようになってからなんだ」
「そうなの?」
「あぁ。俺も最初はクレイのデータを見てエルと同じことを思ってたんだが、そもそも俺がその時比較対象にしてたのはジゼルの機体と、第2世代機の《ジムⅢ》とか《ジェガン》だったんだ。本来用途が異なるはずの第2世代機と第4世代機を比較すること自体間違いなんだが、見事に傾向性が似ててな。逆に《ガンダムMk-V》と副隊長とオーウェンの《FAZZ》は同じ世代の機体なのにダメージの傾向性が全然違うんだ」
「そういえばあたしも《ジェガン》とか《ギラ・ドーガ》と比較してたなぁ」
 手慰みにか、顎に手を当てたエルシーは、しかしふと顔色に影を差した。そうして、その小さめの胸に抱いたであろう疑問を言おうとしたとき、遠く向こうでエルシーを呼ぶ声が格納庫に響いた。エルシーが振り向き、クレイとヴィセンテをもう一度見返した。多少残念そうな顔をしたようだが、仕事は仕事と割り切ったように、大きな声で背後に返事をした。
「ありがとうございました。それじゃあ」
 もう一度ぴょこんと頭を下げる。顔を上げた少女と目が合うと、彼女はまたぎこちない笑みを浮かべた。
「それじゃあ頑張ってくださいな」
 はい、と張りのある声で返事を1つ、踵を返した少女は足早に駆けていく―――。
「でもお前にはもっと丁寧に扱って欲しいんだがな」
「善処します……」
「ま、一応改善されてはいるからな。ほらこれ見てみろ」
 ヴィセンテが小脇に抱えていたタブレット端末の電源を入れる。
「戦闘機動の最高速度時の反応速度とかは上がってるが、機体の蓄積負荷は昔のと比べるとちょっとだけマシになってるからな。総体として向上してるってこったな」
 実感はあまりないが、こうしてデータとして見ると多少なりとも技量は上がっている、ということだろう。先ほど感じたプライドも、空虚な感情ではなかったわけだ。
 それでもぬか喜びはできないだろう。データとして、といってもサイド8宙域の条件とサイド3の演習宙域の条件はイコールではない故に数値の斑は出てしまうだろうし、何よりあくまで過去の自分と比較した上での微細な向上に過ぎない。向上の邁進はむしろここからだ。
「頑張らなくちゃあ」
「そうだ。そうして俺の仕事をもっと減らしてくれ」
「そのうちリストラですよ、リストラ」
「お、言うじゃねーか」
 強く背を叩いたヴィセンテも、腕時計を見ると、別れの言葉を残して格納庫の外へ駆けていく―――前に。
 立ち止まったヴィセンテがくるりと振り向いた。
「んでさっきのはどうだったのよ、先生?」
「は? 何がです?」
「エルだよエル。お前的には良い具合にロリロリしいと、俺は思ったんだが?」
 にやとヴィセンテが顔を歪める。
 どうしてこう人とは他人のそういうのを気にするのか―――と、憤慨にも似た理性的思惟をしたのは、急に思い出しては意識したからだった。
 悪くは、無かった―――と思う。
「何ニヤけてんだ? 良かったのか?」
「ニヤけていません! 気のせいです」
 ふーん、と意味深に相槌を打つと、おもむろに電源のついていないタブレット端末の画面をこちらに見せつけた。
 ―――なるほど、確かにパッとしない野郎がなんともいやらしそうな笑みを浮かべているではないか。
「エレアに飽き足らずエルにそういや紗夜もいたなぁ。最近流行りのハーレムって奴? あーきめぇきめぇ」
「失敬な! エレアはともかく他2人は別に……」
「わぁーってるわぁーってる。冗談だ冗談」
 爽やかな笑みと共に颯爽と去っていくヴィセンテの背を恨めし気に眺める―――紗夜は気の置けない知り合いのハズなのだ。あれ以来、やはり特に変な気にはなっていないのだし。
エレアに無性に会いたかった。エレアの肉体を触りたかった。エレアの薄い唇の温かさを感じたかった。途方も無く底抜けの孤独感を打ち消したかった。しかし、残念ながらエレアは今職務中なのである。
 当ても無く、クレイは1人、ぽつねんと佇む。
 休日と言うこともあり、クレイは暇だった。シミュレーターも今日は他部隊での使用の予定が入っているため空いておらず、かといって論文の訳も順調とは言えないがとりあえずは一区切りついていた。畢竟、特にすることも無く、時計の針が翌日の24時と0時の瞬間をなんの感慨もなく経過し、そうしてAM8:00を意味するまでは暇だったのだ。かといって漠として時の経過を無為に過ごすのも性に合わなかった。休憩はクレイにとってはどこまでも休憩以上に意味付与はされておらず、本質(ピュシス)として動の人間なのである。結局基地施設周辺を走り回った後に本でも読もうと決め、軍靴の紐を固く結び直すために屈んだ時だった。
「あー! 発見!」
 格納庫に爆ぜた声は、あまりにも場違いだった。
 ※
 歩む音が嫌に響いていく。
 コロニーの構造は0.9Gを発生させるために、コロニー全体が回転するための三重構造でできており、コロニーの大地の下に層をなしているそれぞれの構造体はひとつの層で数十メートルにもなる。
 モニカの先を行くハミルトンは、何の衒いもなく―――この道を歩くのが当然とでも言う風采で、人工灯にのみ照らされた地下通路を歩く。それでも、途中基地司令のハミルトンでさえも虹彩や網膜、指紋など様々な生体認証を要求されるところを鑑みるなら、ハミルトンですらも所詮は軍人という1つの駒でしかないとみなすほどの軍事機密がこの奥にあるのだった。
「君は行かなくてよかったのかね?」
 歩きながら、ハミルトンがモニカに視線を寄越す。
「いえ、サイド3への遠征は本来教導隊としての任務ですから私が行く必要はありません。それにこちらの方が重要ですから」
「そういう問題ではなくだ。サイド3と言えばサイド5に並ぶ観光名所だぞ? リゾンテはリゾート施設も多いし、ゆっくり羽を伸ばしてくればいいと思うんだがね。あぁ君はブリュタールの方がいいかな?」
 要するに、休んでくればよかったのではという話だった。
 もちろん仕事の効率面からしても休憩は必要だし、モニカは別に仕事が人生の全てであるとは思っていなかった。ボーイフレンドだっている―――モニカと同じようにガチガチの理系人間だが。モニカがニューエドワーズに残ったのは、一重に仕事に対する責任感だったからである。
 ハミルトンの言葉にも、結局先ほどと同じような答えを口にした。ハミルトンは呆れたような諦観したような顔をした。
 最後に複数の生体認証と、それに伴う20桁のパスワードの入力を済ませると、隔壁と見まがうほどの数十cmにも及ぶ分厚い扉が左右にスライドしていく。
 ひやりと冷たい風が吹き抜けてくる。その音が、眼前の巨大ながらんどうのような格納庫を渦巻いた。
 静かと言えば極めて静かだった。行き交う整備兵たちは無駄口1つも叩かず、さながら精密機械のように動いている。身にまとうジャケットは軍用のBDUのものではなく、サナリィのロゴが描かれたものだった。
 そんな整備兵たちが取りつく機体―――モニカがその機体を目にしたのは、人生で3度目だった。
「まったく月の女帝は案外世話焼きだな。わざわざカトマンズから持ってくるとは」
 ハミルトンは、呆れを多大に含んだ、というよりももはや呆れが主体になっているような感心の声を出す。
 まだ大部分の装甲は未装備であったが、一瞥してわかるのは機体の構造の異様さだった。現在連邦軍主流の第2世代機だけでなく、第3世代機の《リゼル》や《ゼータプラス》にもまして複雑かつ全長20mを超える巨躯は、圧巻を通り越して不気味としか思えなかった。
 Ζ計画に属する機体であることは、MSの共有規格意外にアナハイム製可変機のパーツを見るに加え、2つ並列したカメラアイにΖタイプの《ガンダム》が有する特異な顔立ちを見ればわかることだった。そして何より驚愕なのは、その機体の追加装備の建造に、わざわざもう1つのガントリーを用いて組み立てているという点だった。
「あれの実装はまだだったかな?」
「はい。一応組みあがって、稼働試験を行ってからの実装になる予定です」
 ハミルトンは、実に満足げに頷く。
 それは、独り限界への沈黙を湛えていた。 
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