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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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26話

「もう乗ってもいいか?」
 チベ級ティベ型重巡洋艦『シャルンホルスト』の格納庫の中、ノーマルスーツに身を纏った琳霞は、《ハイザック》のコクピット前で何事か仕事をしている整備兵へと声をかけた。特に驚きもせずに振り返った壮年の男は苦笑いのような笑みを浮かべながら、「いいですよ」と親指を立てた。
 無重力に身を任せて背後に去っていく整備兵から、白い《ハイザック》へと視線を移す。
 これが《ゲルググ》なら―――掠めた思案を振り切るようにヘルメットのバイザーをおろし、《ハイザック》のコクピットに飛び込む。シートに身体を固定すると、素早く機体ステータスをチェック、ついでシート周りの微調整もし、中隊長に諸準備完了の報を入れれば、他の同僚と部下たちの調整が終わるまで束の間の暇がある。
 電気がついた全天周囲モニターから虚空を眺める。丁度前面のガントリーに位置する灰色の《ハイザック》の単眼が点灯し、02のコールサインの無線から完了のコールが鳴った。
 生体維持機能により呼吸に最適に調整された空気を肺に吸い込む。
 案外緊張していない。他の赤い感情も、琳霞の胸の中では薄く遍在しているだけだ。だが、それは決して臆病風に吹かれているというわけではない。青く滾る闘志は、確かに琳霞の胸から両腕へ、あるいは全身に満ち満ちていた。
(02より中隊各機、傾注(アハトゥンク))
 コールサイン02のウィンドウが立ち上がると同時に、隊員全員の通信ウィンドウが展開。01の通信ウィンドウがフォーカスされる。
(01だ。いいか、今回の教導任務は対サイコミュ兵器想定の演習、という名目だ。数的優位はこちらにあるが、不利なのはこちらと考えていい。負けて当然と言えば当然の相手だ)
 だが、と中隊長の声が重く耳朶を打つ。自然と、琳霞が操縦桿を握る手の力も強くなる。
(カタログスペック上は敵機が有利だが、相手の機体の多くはまだ試作機―――兵器としての評価には不安が残るといっていい。それに教導隊とはいえ相手はルーキーが2人だ。決して勝てない相手ではない。いいか、勝つぞ)
 応の通信が連続しておこる。琳霞も声高に応じ、眼差しの先に明確な輪郭を捉えた。
(01より中隊各機に告ぐ。連邦のエリートどもにジオンの底意地を見せてやれ!)
                    ※
「よお先生、何かいいことあったか?」
 ヴィルケイはいつも通りの緊張感のない笑みを浮かべていた。そうですか? と平静を装ってドリンクを飲みながらも、確かにクレイもヴィルケイの言葉に頷くところだ。
「顔がにやけててキメェぞ」
「笑顔で中々えげつないこと言いますよね……」
 冗談だよ、と満面の笑みを浮かべたヴィルケイが勢いよく背を叩く。直後に鳴った機体搭乗の艦内放送のせいで結局ぎこちない反応を返したクレイは、手早くパックのドリンクを飲みほす。そのゴミをヴィルケイに預けると、クレイはガントリーに蹲る漆黒の《ガンダムMk-V》のコクピットハッチに手をかけ、滑り込むようにして一気にシートに腰を下ろす。
 宇宙空間の全天周囲モニター式コクピットは搭乗が楽だ。口元を拭ってヘルメットを装備し、自分の道具としてしっかり固着した操縦桿とコクピットシートの感触を確かめる。ある程度クレイの身体に合わせて調整されていても、やはりわずかな感覚にズレが生じるものだ。そのいつも通りの作業と並行して、機体の主機のアイドル出力で起動させ、その他もろもろの些末なチェックも済ませる。全天周囲モニターも起動し、周囲の映像を投影する―――と、キャットウォークにまだいるヴィルケイがひらひらと手を振っていた。
(んじゃあ頑張れよ~)
 機体の外部集音マイクがヴィルケイの声を拾う。流石に外部スピーカーでわざわざ言うまでもないが、代わりに《ガンダムMk-V》のデュアルアイの光通信で応答する。
(エコネ少尉、早く格納庫から退避してください。死にたいですか?)
(今行くよ! んじゃあな)
 人差し指と中指だけで敬礼したヴィルケイがそそくさと無重力を泳いでいくのを流し目で見ながら、クレイもまたバイザーをおろし、《ガンダムMk-V》のコクピットハッチを降ろす。
 思えば、初めての教導だ。それまでももちろん戦技研究等の仕事はしてきたが、やはり教導隊は教導をしてこそであろう。その優れた技術を遺憾なく発揮する場であり、本領を発揮する場でもある。第666特務戦技評価試験隊自体はUC.0094年の連邦軍再軍備計画に先駆け、元から存在する教導隊と試験部隊を併合した比較的新しい部隊だ。一年戦争時代からサイド3にある戦術機動教導群は一年戦争以前からある部隊だし、連邦軍にはそれこそ旧暦から続く教導隊すらある。だが、やはり教導を旨とする部隊にはそれにふさわしいだけの誇りと栄誉がある。末席とはいえ部隊に名を連ねるものとして、配属されたばかりなどという言い訳は効かない。
 肺一杯に酸素を吸い込み、身体の緊張状態を軽く解きほぐす。
 理念だけではない―――グローブ越しに自身の右手を注視し、握っては開いてを繰り返しす。
 それは誇りなのだ。クレイ・ハイデガーにとって、教導隊にいることは、己の存在証明を立証する数少ない解法なのである。
(ガントリー解放完了。ダイアモンド03、カタパルトに機体を接続させてください)
「08…03、了解」
 何十回と行ったオートパイロットへの移行作業を行う。間違いなく無重力下を歩行する《ガンダムMk-V》の母胎に揺られること数秒、HUDに接続完了の表示が立ち上がる。
「03、カタパルトの接続完了」
(エイジャックス了解、進路クリア。出撃せよ)
(了解。ダイヤモンド03、ブラスト・オフ!)
 スロットルをアイドル出力から徐々に上げ、フットペダルを踏み込む。リニアカタパルトに乗った全高25.42mの漆黒が、宵の中へと弾き出されていった。

 E-2演習区画。サイド3の周辺宙域に措定された演習宙域のうちの1つであり、コロニー建設の際に破棄された宇宙(スペース)ゴミ(デブリ)が集積されている。
 視界に流れていく岩塊をそれとなく意識しながら、前面に展開する2機の《ゼータプラス》と《リゼル》の背を見やった。
 武装は全機、AMWD-87K―――スネイル型の弾倉のビームライフルで統一されている。砲撃による中・遠距離での敵機殲滅を重視する案もあったが、デブリが多い場での砲撃戦重視は愚策という結果からの装備だった。
(く~武者震いするねぇ)
 お道化たような身振りを敢えてしてみせる攸人。流石に操縦桿から手を離すようなことはしなかったが、気の抜けた顔に思わず力が抜ける。
 微笑を洩らしながら、クレイはエレアの顔を伺った。屈託なくころころと笑っている彼女になおのこと安堵を―――そして少しだけ胸がむずがるように蠢動したのを覚えたが、後者は無視した。
「一応だが、油断はするなよ」
(わぁーってるよ! ったく、中尉の彼氏さんは気難しいんだから。ねえ?)
(そだねー)
「む…」
 何か釈然としないものを感じたが、特に何も言う必要はない。とりあえず、エレアが満足しているならそれでいい―――。
(小隊各機、傾注!)
 全く不意に、攸人が声を張り上げる。ぎょっと目を見開くと、いつにもましてクソ真面目な顔をした攸人の顔が通信ウィンドウに映っていた。ごくりと攸人が生唾を飲む。彼の生体データを見てみれば、やや緊張気味らしい。
(誰が飼い主なのかをジオンの連中に教導してやるぞ。いいな!)
(了解)
「応」
 ―――束の間の沈黙の後、不意にフォーカスされた攸人の通信ウィンドウがでかでかと表示された。
(今の、格好良かった?)
「はぁ?」
 何を言っているんだと攸人の顔を見返す。格好いい―――さっき言った言葉が、だろうか。
「悪くはないが、ちょっと過激じゃないか? こう、政治的配慮とかがあるだろう」
(えー? 別にローカルだし聞こえないだろ)
「いやそうだが」
(中尉はどう思います?)
(わたしはかっこいいからいいと思うよ)
(お、ありがとうございます!)
「むむ…」
 何か、釈然としないものを感じた―――が、これも攸人はわざとやっているのだろう、と見当づけた。部隊長ともなれば、単に鞭打てばいいというわけではない。時に活気づけ、時に和ませる。その実践、ということか。クレイ自身も悪しざまに思っているわけではないから一向に結構なことだ。
 だが、敢えて自身にすることがあるなら―――。
 咳払いを1つ。
「小隊長? 演習とは言え実戦想定というのを忘れずに。通信記録はとってありますので」
(おう、わかってるよ)
 ぐいと親指を立てて見せる攸人―――通信ウィンドウの向こうで、振り返った露軍(ロシアン)迷彩(・カモ)の《リゼル》が器用にサムズアップしていた。クレイも特に必要なかったが、ビームライフルを掲げて敬礼っぽい格好をしてみせた。
(さて、と。じゃあ作戦通り、俺と02のツートップで03は後衛で)
(は~い)
 低出力にスロットルを入れ、フットペダルを踏み込むと、スラスターとバーニアを焚いた3機のMSが星海を泳ぐ。AMBAC機動によりできるだけ推進剤を消費しないようにしつつ、スラスター光による露見リスクを抑える。静かで寒々とした管制ユニットの中は、己の吐息とハムノイズの音だけが響いていた。
(02、コンタクト。敵機4。敵未だ索敵せず)
 02の報告と同時に機体側のセンサーが補足する。レーダーに映った敵機表示の光点(ブリップ)は4―――機種特定RMS-106ESが4。
 ふと疑念が掠める。現在多くの場合にあって、MS1小隊は3機で編成される。そして補足した敵機の数は4―――中隊規模が相手であるから数上は問題ないが。
「ES(砲撃)型が4? 2機での待ち伏せ(アンブッシュ)で最優先()目標()を撃破―――か?」
(セオリー通りだな。うーん違ったかな?)
 少し攸人が困り顔をする。エレアは特に何か言うでもなく、ぽかんとしていた。
「いや、多分お前の予想(・・)も当たってはいるんだろう。じゃなきゃ陽動を4にはしない」
(だよな。んで、ハイデガー君はやや過小評価されてるけどそこんとこどうなの?)
「見くびりには最大の敬意をもって歓迎しよう」
 ふふん、と鼻を鳴らして見せる。攸人が鋭い笑みを童顔に浸透させ―――エレアは無邪気な笑みを浮かべていた。
 エレアは見て(読んで)いなくともそれとなく察知しているだろう。相手が見くびるはずがない―――おそらく、本丸と想定される2機のパイロットは相応の技量のハズだ。攸人も、多分理解している。
(よーし、じゃあ砲撃した後いっちょマグロにでもなりますか。タイミングは02に任せる)
「まぐ…? あぁ、03了解」
(02、ウィルコ。ばっちり合わせてね)
 通信ウィンドウ越しにエレアがウィンクする。了解の合図をしながら、クレイは右腕に握らせたビームライフルを掲げた。
                   ※
 真っ暗だ。視界を占めるのはただの黒。黒。黒。ヘルメットのバイザーと各計器が凍結しない最低温度も相まって、棺桶の中もかくやといった様相だ。ただ、呼吸の音だけが熱をもって唇を舐める。
 合図はまだ。
 息を飲む。
 あと、そろそろ―――。
                  ※
(02、ボギー03中破)
 データリンクを一瞥―――その瞬間ロックオン警報がけたましく鳴り響き、ぎょっとしたクレイは咄嗟に回避機動を取らせる。半身だけ翻した《ガンダムMk-V》の脇をメガ粒子の矢が掠めた。ひやりと背筋を冷たいものを流れた。
(おい、豆鉄砲に当たって死ぬなよ?)
「わかってるよ! くそ、俺ばっか狙いやがって」
(人気者だね)
(中尉、誰かにとられちゃうかもしれませんよ)
(えーやだよやだよ! クレイはわたしのものなんだから)
(聞いたかよ? お前も随分大人になって、お兄ちゃん嬉しいよ)
 立て続けに正面から屹立する光軸をなんとか躱し、躱しきれないものを左腕のシールドでいなす。さらに高機動戦闘をしながら応射も、と正直それだけでクレイは精一杯だった。集中して狙われているわけではないとはいえ、ぴたりとクレイの挙動をトレースする攸人とエレアに舌を巻く。
「だ、誰がお兄ちゃ―――おわ!?」
 またも寸で―――ではなく、ダメージコントロールの警告ウィンドウが立ち上がり、左脚への微細なダメージを知らせた。
(エイジャックスよりダイヤモンド03左脚被弾。損害軽微)
 慣れないことはするものではない―――軽口一つ叩けない自身に歯を食いしばりながらも、取りあえず無駄口を叩くのはやめることにした。
 それにしても面倒な相手だ、とデブリが群れる宇宙の向こうを一望した。インコムの射程ぎりぎりからという遠距離砲撃の割に射撃精度は決して悪くない―――むしろ良いといっていい。
 舌打ちする。侮っていたわけではないが、もう少し楽に済むと踏んでいた己の浅慮に嫌気がさす。
(そろそろノるか。03、抜かるなよ?)
「あぁ了解。そっちこそ落とされんなよ」
(当然! 02、行きますよ!)
 エレアが頷く。スラスター光を一際大きく迸らせた2機のΖ計画機がデブリを縫うように猪突する。それに合わせるようにクレイもスロットルを全開に叩き込み、フットペダルを踏みぬく勢いで操作。同時に視線入力により《ガンダムMk-V》の存在(レゾン)意義(テ―トル)たる準サイコミュ武装インコムを起動させた。
 スラスターを焚けば、《ガンダムMk-V》の運動性能は《ハイザック》を遥かに凌駕する。デブリを潜り抜け、メガ粒子を飲み込んだ至近の資材が爆ぜるのも意識からは外し、その白無垢の敵機を血染めにせんとバックパックからインコムを2基射し―――。
 俄かに―――正確には予想より僅かに早いタイミングで、レーダーにブリップが点灯すると同時にロックオン警報のビープ音がけたましく鳴り響いた。
 即座に状況判断―――敵機、2。上方、下方にそれぞれ1―――E型とES型の垂直挟撃。
 思考の錯綜。舌打ち。
 ES型の《ハイザック》がロングバレルのビームライフルからメガ粒子砲を吐き出すより前に、クレイはシールドの炸裂ボルトを起爆させた。左腕からシールドがはじき飛ぶのと同時にシールド裏めがけてビームライフルを指向、間髪入れずに光軸をねじ込む。それ自体がビーム砲であり、対宙迎撃ミサイルを搭載したシールドは瞬時に赤熱化し、爆炎を膨れ上がらせた。
 一瞬―――それこそ、ほんの微かな時の間隙を、クレイは見逃さなかった。シールド裏から引き抜いてあったビームジャベリンを展開させつつ機体を反転、ビームの弾幕が掠めるのを意にも介さずにスラスター全開で閃光を爆発させた。
 正面に相対する白亜の《ハイザック》も一息に猪突し、左腕にグリップを引き抜くと即座に光輝く黄金の剣を為す。
 クレイ・ハイデガーの咆哮とともに、漆黒の俊狼が灼熱で構成される巨大な牙を振り上げた。
                   ※
 明後日の方向に光軸が伸びていく―――その度に、琳霞は歯ぎしりした。
 立て続けに襲い掛かる大出力のメガ粒子の刃は須らく必殺の一撃だった。まともにシールドで受けようとすれば対ビームコーティングごと増加装甲を両断されるは必至。ビームサーベルで受け流そうにも、圧倒的な出力差のせいもあって受けるたびにコクピットが激しく揺さぶられた。
 薙ぎ払い、振り下ろし、そして間髪入れずに打ち込まれる刺突を捌く。一撃ごとに汗が噴き出すのをありありと知覚しながらも、吹き飛ばされる勢いに任せて距離を取り、右腕のビームライフルを指向。牽制射を浴びせかけると同時に脇に装備した短距離ミサイルも全弾撃ち放す。残光の尾を引いたミサイルが敵機(ボギー01)の至近に到達すると同時に近接信管が作動し、炸裂した爆光がボギー01の影を飲み込む。
「04、弾倉(マグ)交換(チェンジ)する、援護(カバー)しろ(・ミー)!」
(06了解、援護(カバー)する(・ヤ)!)
 ボギー01の背後に位置していた僚機の《ハイザック》が距離を詰める。敵機が一瞬気を取られた隙にスラスターを逆噴射させ、一気に距離を取る。機体の挙動安定を瞬時に確認し、ビームライフルの弾倉(マガジン)を排除、そうして予備弾倉(サブマグ)をライフルに装着させつつ、空になったミサイルポッドをパージ。それらの動作を無意識的習慣的にこなしていると、また明後日の方向にメガ粒子の矢が飛んでいった。
(05左腕部に被弾。即応性60%低下)
 声色の抑揚も無く、オペレーターの声が鼓膜を刺す。
 まただ、と思った。あの敵は、おそらくあいつが乗っているあの《ガンダム》は、自分たちを相手にしながら自分たちを相手にしていない―――。
 スロットルを全開に入れ、フットペダルを破砕する勢いで踏み込むや、矢のようにアクセラレートした白い《ハイザック》が猪突する。寸分待たずに丐眄した漆黒の《ガンダム》の藍色の瞳がぎらと睨めつけた。
 ビームライフルとビームカノンの撃ち合い。前方後方あるいは左右から襲い掛かる灼熱の交叉を悠然といなし、あるいは左腕に保持した長柄のハルバードをもAMBACの『舵』にしてみせるあの《ガンダム》には驚嘆を覚える。
 だが、砲撃戦など粗野な前戯ほどの意味も無い行為だった。ほんの僅かな砲撃の交錯。快楽憤懣恥辱悦楽その他もろもろが溶けあった感情に浸されながら、竜もかくやといった怒号を迸らせる。閃光の尾を引いた黒白の2機が、再度日輪の如き干渉光を咲かせた。
 強い、と思った。
                     ※
 強い、と思った。
 猛然と襲い掛かってくる単眼の《ハイザック》の斬撃をハルバードで防ぎ、ぎりぎりで回避しながら、クレイは今日何度目かの驚きに立ち会っていた。
 《ガンダムMk-V》はカタログスペックだけを見るなら、卓絶した機体であることに異論の余地はない。大出力と大型機の特性ともいえるパワー、そのバランス。そして無駄な武装を持たないが故の操縦性の高さ。機動性。全ての水準を高次元で満たしているといっていい。だが、カタログスペックに表れない部分でのネガティヴな側面もある。大出力大型機故に機体の挙動不安が生じやすく、微細な操作性にはすぐれない。操縦性とトレードオフにして削がれた即応性の分だけ、局所的な操縦性の悪化は顕著だ。そして事実、クレイが眼前の《ハイザック》に対して攻めきれないのもそれが原因だった。《ハイザック》は確かに廉価性を追求された機体だが、それ故そつのない操縦性と準第二世代機としての相応の出力故に、機動格闘戦闘においても十二分の性能を発揮し得る。白い《ハイザック》もそれを心得ているが故に、徹底的に近接戦闘をしかけてくるのだ。かといって《ガンダムMk-V》のパワーに飲まれないようにインファイトをしかけるでもなく―――間違いなく、この《ハイザック》のパイロットは練達の技量を持っている。いや、むしろ驚異的とすら呼べた。
 あるいは、インコムが使えればと思うが、栓のない話だった。インコムの1基が動作不良により機能不全に陥っている。1基だけを漫然と使用しているだけでは―――。
 逆袈裟に奔った閃光にハルバードの刃を重ね合わせ、立て続けに降り注ぐ光軸を眼前で鍔ぜり合う《ハイザック》の胴体を蹴飛ばす反動でなんとか躱した瞬間だった。
 ―――何かが耳朶に触れた。それが無線の開いた一瞬のノイズ音だ、と気づくや、クレイは咄嗟に視線を泳がす。戦域マップと各機体データを把握し、そしてその意図を理解した栗色の髪の男は、鋭利な苦い笑みを浮かべた。
 攸人はすっかり上官のつもりらしい―――。
 不意に視界が白に染まる。不味い、と反射的に回避機動を取らせたが、一歩遅かった。上段から振り下ろされたビームサーベルが《ガンダムMk-V》の右腕を一刀のもとに溶断した。
 溶解したガンダリウム複合装甲と潤滑剤が血飛沫の如く舞い散る。
 判断:敗北―――否。
 別な解の直観、奔る視線。
 全天周囲モニターの中で《ハイザック》が返す刃を意思する。
 スラスターリバースした巨躯が掬い上げの斬撃を皮一枚で躱し―――巨大な玄翁で殴打されるような衝撃が背を襲った。
不運(・・)にもデブリに追突した―――ギーゼルバッハ部位の破損とともにつんと液体が鼻から噴き出す感触の中、《ハイザック》がビームサーベルを掲げ―――。
 くるりと半身を翻し、背後にビームライフルを放った。亜光速のメガ粒子は、その射線上にあったインコムを正確に撃ちぬき、鉄くずへと変えた。
(やられたフリして背後から殺ろうってタマなんだろーが、残念だったね。気づいてんだよ)
 女の声、だった。
 ビームライフルを投げ捨てた《ハイザック》がサーベルを両手で握りこみ、スラスターを全開にする。
 直撃まで4秒。
 ―――4秒:渇いた唇の皮を歯で毟った。
 ―――3秒:《ガンダムMk-V》がビームジャベリンの柄の中ごろから、端のほうに握り返す。
 ―――2秒:熱した冷たい単眼がクレイを容赦なく睨みつける。
 ―――1秒:顔の随意的表情筋が緊張し、口角が吊り上がる。
 ―――0秒:
(―――何!?)
 奔る閃光、掠める灼熱。彼我距離0の境界線に、閃光の槍が迸った。遥か遙遠から飛来した数千度の粒子の束を、されど察知した《ハイザック》が後ろに身を捩って回避する。
 ぎょっと目を見開く。
 それすら避けた―――だが、冷徹な思考が全身の神経の撃鉄を打ち鳴らす。
「悪りぃな、俺の勝ちだ―――!」
 手負いの人狼が血色の瞳をぎらつかせ、獰猛な牙の閃光と共に咆哮を激烈させる。
(―――負けるかぁ!)
 得物を刺突するタイミングは、一瞬だけクレイが先だった。20mのリーチぎりぎりに保持されたハルバードの切っ先は、サーベルが届くより先に《ハイザック》の白無垢を真紅に染め上げた。 
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