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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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23話

 黒いカンバスめがけて黄色い絵の具に浸した筆を振り下ろす―――顔料が黒い布地の上に跳ね、大小様々な恒星が閃いていた。
 遥か数光年先で幽かに煌めく恒星の囀り。
 そのハルモニアで満たされた温かな光の群れの中を、暴力的な―――むしろ暴力そのものといっても過言ではない閃光が屹立した。
(コマンドポストよりオーダー03、胸部コクピットに致命的損傷を確認。当該宙域より離脱してください)
(クソッタレ! 連邦風情に好き勝手なこと―――)
(オーダー02、左腕部に損傷―――胸部に致命的損傷を確認、大破と認む)
 立て続けに迸る大出力の光軸。
 雨霰と降り注ぐ対MS用ミサイル。
 殺戮だ―――次々に届く味方機撃墜の報に、オーダー06は身震いした。陽動を引き受けた1個中隊はほぼ壊滅。3機を削られた中隊の殲滅まで、もう1分とあるまい。
 たった2機を相手に―――。改めてぞっとするのもつかの間、無線通信のコールが入る。
(04より小隊各機、これより予定通り敵機を挟撃する。ブリーフィングで確認したことを忘れるなよ)
 了解と応じる―――そうして、オーダー06は体面上の恐怖は押し殺した。
 敵はFA-010C/D《FAZZ》が2。対第4世代機想定教導にて合いまみえることとなった敵の編成に対して、ジオン共和国国防軍の部隊編成はRMS-106E《ハイザック》が12機。実に1個大隊を投入した上で執った作戦が、砲撃型の《ハイザック》1個中隊が正面から砲撃戦で陽動、1個中隊が左右に展開して挟撃して敵の対応力を上回るというものだった。
 12対2。単純な数的優位なら国防軍側に利がある―――逆に言えば、数的優位しか彼らに許された利点はない。
 レーダー上に赤いブリップが映る。同時に、全天周囲モニターの中でロックオンマーカーが表示され、『人工の宇宙』に白亜の巨躯を捉える。
(オーダー04より小隊各機、連邦のエリートどもにジオンの意地を見せつけてやるわよ!)
                   ※
「エレアはこれ知ってるよ」
 ぱたぱたと足を動かす少女が無邪気な笑みを見せる。なんでしょう? と尋ねるクレイの声はいつものように冷静を装っていたが、心臓は小刻みに身震いしていた。
「ぎゃくさつって言うんだよね。ね?」
 何故か自分の膝の上に座ってブリーフィングを受けるエレアが振り返る。身長150少ししかない彼女の矮躯を抱えることに、体力的な困難はないし、クレイはその事実に困難さは欠片も感じてはいない。ただ、彼女のその肢体の柔らかさに困惑する。BDU越しでもわかる女の肉。クレイ・ハイデガーは、顔を顰めるどころかほぼ無表情だった。無論彼女のその身体の蠱惑にはまだ慣れていないが、公私を混同しないという心掛けは十分している―――その割に彼女の身体に手を回している? これはエレアが落ちないようにしている上官思いな行動であるので―――。
「まぁリアルに虐殺だよな、これ。機体の質も、整備状況も、パイロットの練度もダンチだし。数的優位って言ったって《FAZZ》相手に《ハイザック》じゃあな」
 眼前のモニターで繰り広げられる映像に対しての感想は、攸人もエレアと同じらしい。デスクに頬杖をついた格好の攸人の声は、興味の一滴も感じさせないほどに乾いていた。
 そんなんで『小隊長』が務まるのかよ―――と思いはすれども。その分自分がカバーすればいいだけのことだし、神裂攸人の人となりを正確に理解している自負はある。つまらなそうにしてはいるが、その深い洞察が次なる臨時小隊『ダイヤモンド』の小隊長として、相手の弱点を炙りだしているに違いない。
 ―――臨時小隊。教導隊に入るほどの腕を持ちながらも未だ実戦経験が浅い攸人とクレイの経験になるだろう、ということと第4世代機対応のための教導ということで、普段とは違う編成で教導に当たることになったのだが、それはまぁ、良い。攸人とクレイの経験値が上がることは個人にとってだけでなく、『ゲシュペンスト』に―――ひいては連邦軍の利点に、とまで言うとやや誇大に取りだろうか。とにかくメリットの多いことは間違いない。
 クレイとしても当然快く引き受けたいところ、なのだが。
 臨時小隊としてのブリーフィングに集まった人員を見れば、少し不安を覚える。
 攸人にクレイにエレアの3人。眼前のモニターの殺戮ショーを演じたクセノフォンもこじんまりとしたブリーフィングルームにいるが、彼はあくまでオブザーバーとしているにすぎない。
 腕、という点で見れば何も問題ない。攸人の腕は天才的だし、エレアは言うに及ばず。クレイ自身としても、この2人に比べれば劣るという自覚はあるが卑屈や謙譲ではなく、先入観を極力排した明晰な眼差しで比較した上での理解だ。そして、その明晰な視線は己が技量の程度をも理解している。形はどうあれ、凄腕揃いの部隊に居るという自負とプライドは、ある。
 ただ―――機種が。
 《ハイザック》を対MSミサイルで叩き落とし、副砲の連装ビーム砲で蒸発させる愚鈍そうな見た目の《FAZZ》の様に目を眇めながら、漠と想像する。
 2機が可変機で1機はオーガスタ出身のアヒルの子。《リゼル》と《ゼータプラス》はともかく《Mk-V》は―――。
 大画面の中で最後の《ハイザック》がオーウェンの《FAZZ》に肉迫し、ミサイルの弾幕をフレア・ディスペンサーでやり過ごして猪突。至近からの連装砲の砲撃をも回避して見せ、我こそは《FAZZ》に一矢報いらんとした瞬間―――。
 真空ですら音が聞こえそうなほどの閃光が爆発した、と思ったときには、《ハイザック》の矮躯が《FAZZ》最大の火砲たる出力79.8MWのハイパー・メガ・カノンが轟かせた灼熱の濁流の中に沈んでいった。
 攸人が声を出して苦い顔をする。クレイも身振りこそしないが、顔を顰めた。VIBSによってCG補正された映像とはわかっていても、なまじパイロットが乗った生のMSという感覚があるだけにいい気分はしない。あの大出力のメガ粒子砲に晒されたら、きっと跡形もなく蒸発して消えるのだろう。死ぬ、というより消える。人の死というどこか荘厳なイメージとはかけ離れた事態に、知らず身震いする。ビーム兵器が主流になった現在、MSパイロットの道に進むと決めた時から考えなかったわけではないが―――。
 膝の上でエレアが身じろぎする。彼女のくびれた腰に回ったクレイの手に、エレアの小さな手が重なり、手のひらを握る力が微かに強まる。震えている、気も、した。
「さてブリーフィングは終わりだが。何かあるか? 小隊長殿?」
 モニターの隣で腕組みしていたクセノフォンが攸人に目を配り、ついでクレイとエレアに目をやる。
 戸惑ったように唸ると、のっそり立ち上がってモニターの隣に立つ。部屋全体を振り仰ぐように―――といっても、同じ席に座るクレイとエレアしかいないのだが―――すると、仰々しく咳払いをしてみせた。堅苦しさの似合わさない攸人のその素振りに、思わずエレアがくすくすと微笑したらしい。
「えーと、今日はもう解散でいいんじゃないですかね?」
 沈黙。その静寂が持続するにつれ、最初堅物そうにしていた攸人の顔がみるみる戸惑いに変わっていった。
 攸人が小隊長になれ、と言われたとき、クレイのほうが適任だと抗議、というよりは愚痴を隊長に言っていたのを思い出す。だが敢えて、フェニクスが攸人に小隊長を任せた事実の根底を掬いだそうとすれば―――。
 手を上げた。胸を撫で下ろした攸人が軽く顎をしゃくる。
「その心は」
「いや、もう遅いし……。俺らの教導は3日後だろ? じっくり分析するなら明日明後日に詰めて今日はもう休んだほうがいいかなーと」
 ぽりぽりときまり悪そうに頬をかく。
 悪くない、と思う。クセノフォンも腕組みしたまま、特に顔色を変えもせずにこくこくと頷いていた。根を詰めれば良い、というわけではない。クレイにはそういう考えが自然に出てくる素地がない―――だからこそ、クレイの居場所は前ではなく、ここなのだ。
 そこに、思うところはある―――ウジウジと思い悩んでいるその本性に、脳みそが焼き切れそうになる。そして、だからこそ、クレイは平静に身を引き締めて攸人の顔を見やった。
 クセノフォンも、エレアの2人も特に頓着も屈託もないらしい。今度こそホッとした攸人の顔は活き活きしているようだった。
「それじゃあ、解散ということで」
 クレイとエレアが立ち上がる。小隊長を務める攸人の敬礼に合わせ、各々敬礼を交わした。 
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