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黒母衣

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第四章

「この季節じゃ、咲けばじゃぞ」
「はい、では」
「私共も何が起こるかわかりませぬが」
「それでは今より」
「灰を撒きます」
「ではな」
 こうしてだった、老夫婦は信長とその家臣達の前で今は寂しい桜の木に灰を撒いた。するとだった。
 忽ちのうちにだ、その寂しかった桜の木がだ。
 見事な色の花で覆われた、それは灰を撒いた全ての桜がそうなった。
 場はあっという間に花見が出来るまでになった、信長はその桜達を見て満面の笑みになって老夫婦に言った。
「これはよい、御主達の犬が桜を咲かせてくれたな」
「生きていた頃より賢き犬でしたが」
「死んでもこうした孝行をしてくれるとは」
「まことにです」
「よき犬です」
「そうじゃな、御主達はよき犬を持った」
 信長は老夫婦に暖かい目で言った。
「非常にな、さて褒美じゃが」
「いえ、滅相もありません」
「その様なものは」
「よい、わしが言ったことじゃ」
 約束したからだというのだ。
「よい」
「では」
「有り難く」
「遠慮は無用じゃ、よきものを見せてもらった礼じゃ」
 こうしてだった、信長は老夫婦にかなりの金銀を渡した。こうしたことも見てからだった。 
 佐々は共に一部始終を見ていた茶人にだ、また言った。
「これでよりわかったな」
「はい、上総之介様はですな」
「こうした方なのじゃ」
「まことによき方ですな」
「わしが慕う理由もわかるであろう」
「余計にわかりました」
 鷹狩りの時以上にとだ、茶人は答えた。
「よきものを見せてもらいました」
「そういうことじゃ、殿はやたら怒る恐ろしい方というが」
「そうではありませんな」
「そうなのだじゃ、御主もわかってくれたならよい」
 佐々にしてもというのだ。
「ではこのこと、覚えておいてもらいたい」
「さすれば」
 茶人は佐々の言葉に笑顔で頷いた、そしてだった。
 彼は岐阜に戻ってからこの話を人に話した、そうして信長の真の姿を人々に伝えたのだった。何故佐々が信長に忠義を尽くすのかも。


黒母衣   完


                         2015・5・21 
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