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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  開幕

ふっ、と短く息を吐き、レンは油断すると視界を遮ってくる鬱陶しい前髪を吹き飛ばした。

花火の燃えた後にも残る匂いが微かに香る空気の中、うっすらと硝煙を上げるフェザーライトの銃口を下げる。

眼前には、うつ伏せで倒れる大柄な身体が横たわっていた。全体としてやたらモコモコしてる都市迷彩(アーバンカモ)のジャケットに、同柄のヘルメット。自衛隊員と言われても納得しそうだが、それにしては持っている銃器がゴツすぎる。いや、名前までは知らないけど。

頭頂部に眼に見えて分かる真紅のダメージエフェクトを刻み付けて沈黙する男の頭上には、【Dead】という赤い立体文字がのんびりと回転していた。これでこのプレイヤーはバトルロワイヤルから脱落、ということになった訳だ。参加者がリアルで情報のやり取りをするのを防ぐため大会中はログアウトできず、自身の《死体》に意識を宿したまま、中継画面を観ながらひたすら決着を待たなければならないらしい。

今この瞬間も自分を恨めし気に見ているであろう《死体》を一瞥し、次いで微かに聞こえたような銃声に反応し、少年は軽く周囲を見渡す。

視界はかなり開けている。

少なくとも足元に生えるのは極限まで痩せ細った丈の低い雑草くらいで、灌木の一つ、枯れた木の一本すらない荒涼とした景色が広がっている。時折響く風の調べすらも、どこか薄ら寒く、そしてどこか寂しげに響いていた。

幾重にも連なる渓谷の切り立った崖の奥で、厚い雲の隙間から傾きつつある血の色の太陽が見えた。











バレット・オブ・バレッツ本大会の開始から、すでに三十分近くが経過している。

レンが退場させた敵プレイヤーは、さっきのエセ自衛隊員で四人目だ。敏捷性最高レベルであるレンが似たような場所に張り付けられたのも、散発的にプレイヤーが襲ってきたからだ。開始時に三十人という話だから、少なくとも現在二十六人という計算となる。しかし全体で正確に何人が生き残れているかは、十五分ごとに上空の監視衛星が送信してくるデータを見ない限りは判らない。

背に回していた筒状のバックパックに鞘のようにショットガンをブッ刺してから、同じくバックパックに吊り下げていた平べったい《サテライト・スキャン》の受信端末を取り出し、全体マップを表示させて位置情報の更新を待つ。

視界端に表示されるデジタル時計が現実時間で午後八時半を示すと同時、高精細な地図上にいくつもの輝点(ブリップ)が点灯した。その数――――二十一。現時点で九人が倒された計算である。食い入るように画面を眺め、唯一の光点を捜す。

BoB本戦のルールは極めて単純明快だ。要は、予選を勝ち上がった三十名のプレイヤー達による極限のバトルロワイヤルである。

大会の舞台となっている特設フィールドは、直径十キロの真円を描く孤島だ。地形は、北部が砂漠で南部が森林および山岳。そして中央には廃墟となった都市が横たわっている。今レンがいるのはマップの一番南にそびえる岩山の奥まった方。連なる山々が織り成す深い渓谷の中だった。

一番近い位置の光点は、同じ岩山の麓に一つ。指先でタッチし、名前を確認する。

表示された名は《シノン》。とっさに脳裏につい昨日双子につっかかられていた、冷たい雰囲気を纏う狙撃手(スナイパー)の姿が思い起こされる。

正直これ以上ここで戦闘をしても不毛なことにしかならないような気がするので、シノンはここでは無視することにしよう。狙撃されたなら迎撃するまでだが。

今現在最重要の相手は――――

端末のマップに表示されるすべての輝点を片っ端からクリックする少年の指が、ある一点でぴたりと止まった。

マップのほぼ中央。廃墟と化した都市部にそびえる一際高い高層ビルと重なって、その輝点はあった。

表示される名前は【Saffron】。間違いなく、予選決勝で少年をブチのめしたフェイバルのプレイヤーネームだ。

さらに指先を繰る少年は、島の北西部。東部のほぼすべてを覆い尽くす草原地帯と、北の砂漠帯を分断するように廃都から流れている大きな川の、砂漠側にユウキの名前を発見した。

とりあえず合流したいところだが、いかんせん互いの距離が遠すぎる。ここは、従姉を血みどろの心意戦に巻き込まないという意味でも直線的に中央都市へ向かうべきか。

そうレンが決心を固めたその時、一定時間隠れ続けるプレイヤー防止のために十五分ごとに上空から地上をスキャンする監視衛星が飛び去ったらしく、端末のマップに表示される全ての輝点が点滅し始めた。あと十秒で情報がリセットされてしまう。

一瞬少年は反射的に右手を持ち上げ、リラやミナの名前を捜そうとした。しかし、指先が画面に触れる直前、ぎゅっと拳を握ってふみ留まる。

彼女らは、邪な考えを持ってこの世界、この大会に参加した自分達とは違う。純粋にこのゲームを、この大会を楽しんでいる。心の底から優勝を狙っているのだ。その邪魔はしたくはないし、願わくば本戦中に会敵しなければいいとさえ思う。

明滅していた光点達が、音もなく消える。レンは端末を再びバックパックに吊るすと、周囲を見回しつつ立ち上がった。

岩山の急な稜線はやがてなだらかになり、その先はだんだんと緑が見えている草原エリアとなっている。地図上ではその先を真っ直ぐ北に進むと、フェイバルのいる廃都にたどり着くらしい。

予選での口ぶりから察するに、向こうもこちらを捜しているだろうから、当然待っているはずもなく。もしあちらが別ルート――――例えば多少大回りになるが南東の森林を通過し、山岳地帯にやって来ることもありうる。最悪、入れ違いになるリスクも考慮すべきだろう。

行くべきか。

それとも待つべきか。

うんうんと唸る少年に与えられた答えは、予想不可能なところからやってきた。

『――――ヤ…ァ……』

奇妙な陰影が堕ちた、男か女かとっさに判別できない中性的で、しかしどこか澄んだ調子の声が奇妙なエフェクトを伴って響き渡った。



()()()()




「――――――ッッッ!!!!?」

ゴアッッ!!という音が大気を震わしたのは、少年が数十メートル《後ずさり》してから数秒経ってからだった。

その《光景》を正しく、はっきりと認識したのは、それからどれぐらい経っただろう。

つい先刻、零距離斉射にてHPをスッ飛ばしたプレイヤーの《死体》。その肩口から、奇妙なモノが屹立していた。いや、立っていた、という表現は、厳密に言えば正しくない。

そう。

強いて言うならば、《生えていた》。

例えるのであれば、ちょうど舗装されたアスファルトの道路から顔を出す逞しい木を想像してもらいたい。ここで重要なのは、草ではないということ。草というのは、アスファルトと塀の間に開いた僅かな隙間から生えてくるが、樹木はそれとは違って自らの力でアスファルトを砕いて生えてくる根性を持ったものがいる。

ちょうど《ソレ》は、そんな感じだった。

高さはちょうど、定礎である肩口の高さを抜いてもおおよそ二メートル弱。肩口をばっくり裂いている《根》から伸びる《幹》といっていい部分は一本ではなく、複数のツルが互いに巻き付き合って一本に見えているらしい。

そして、先端部。全体を通して鮮やかなイエローに仄かに輝く中で唯一、墨でも塗りたくったかのように艶のないマットブラックになっている先端には、バスケットボール――――いや、もう一回り小さくてバレーボールくらいの球体が構えていた。

表面には迷宮のような細かい毛細血管が這い回り、それらが一律の間隔でどくん、どくん、と蠢動する様はある種の生物的生々しさを感じる。前面には横一文字にびしりと大きな割れ目が走っており、その奥から得体のしれない気味悪さをまき散らしていた。

「な……ん…………」

とっさに二の句が告げない少年に対し、ギヂギヂと球体は僅かに身を震わし、表面の割れ目の中央部分をこちらに向ける。

次の瞬間。

ぐばり、と。

割れ目が縦に開き、その奥から反面眩しいほどの――――おぞましいほどの白い表皮が顔を出した。その中央には血の色を連想させる真紅の真円がある。

それは眼球だ、と回転の止まった脳が理解するまで若干のラグがあった。

続いて、ソレは陰々としたエフェクトの掛かった声で《喋った》。

『ァ…アー……。ウー…ん、こンな感ジかな。やぁやァ、聞こエルかいレン君』

「……ッ。フェイバル、なのか!?」

中性的な『声』は、そう言われれば確かにヤツの声に似ていなくもない。しかし、このおぞましい現象はいったい。

頭がこんがらがりそうになる少年を見透かしたように、フェイバルは黒い眼球越しによくするくすくす笑いを放った。

『君がこウしてちゃんと出場してくれタことヲ私は素直に褒めるよ。そして私ハ君の、一晩じッくりとこねくり回してきただろう《反論》も全て聞こう』

語り合おうじゃないか、とその『声』は言う。

ほざく。

「……そんな見え透いた罠に誰が――――」

『君は来ルよ。絶対来る。……だッテそウしなければ、君の《底》は壊レてしまう』

愚かだねぇ、と。

『声』は言う。

『《助ける》こともでキない子供が背伸びスル様は、本当に愚かだ』

「――――どういう、ことだ」

『知~らなイ。答えを知りたけレバ、廃都まデおいで。私の操り人形』

くすくす、と最後に嗤いを残し、真っ黒な眼球はふっと目蓋を閉じると、次いで支えている幹ごとはらはらと花弁が舞い散るように瞬く間に分散し、宙空に溶けるように掻き消えた。

後には、今までの光景がタチの悪い白昼夢だったかのようにピクリとも動いていない《死体》が転がっていた。

―――しん…い、だったのか?……でも

混乱した脳が、混乱した思考を吐き出す。

今のは、幻覚、だったのだろうか。シゲさんの推測によれば、自分は予選決勝の際に精神感応系の心意技を喰らった可能性が高いと言う。それがまた、本大会で使用された、ということだろう。予選フィールド内から空間的に断絶されている待機ドームの全員にかけるより、空間的には連続している決勝フィールドならば遠隔でかけられる、と。

しかし、それには一つの問題がある。

それは、予選決勝から一日が過ぎている、ということだ。当然、レンは昨日から今の今まで連続でダイブなどしていない。決勝を終えた後ログアウトし、本大会開始時刻に余裕を持たせて再ログインしたのだ。

―――ログアウトした後も付きまとうなんて、聞いたことがないぞ。

ぶるっ、と。

少年はおもむろに襲ってきた悪寒を抑えるため、二の腕をかき抱いた。

現実世界を越えてまで己の中に植え付けられたモノが、この上なくてどうしようもなく、生々しい想像を伴ってある一つの単語を想起させた。

―――そんな……そんなの…………

寄生。

毒々しいソレは、思い起こすだけで本物の毒のように脳髄を這いずり回った後、少年のちっぽけな心臓を握り潰した。

とても単純な、そして簡単な心理術。

上げて、堕とされた。

一晩で再び養った闘志を、初っ端から挫かれた。

先手を打たれた。

思わず、少年は笑った。

自分がこれから、どれだけ無理で、無茶で、無謀なことをしようとしているのか、その一端を垣間見たような気がして、思わず笑いを漏らす。

「……上等」

《冥王》と呼ばれた少年は、静かに一歩を踏み出した。










《絶剣》と呼ばれた少女は、与えられた名に恥じぬ剣技を持って数人の相手を切り伏せたところだった。

しかし、その顔にはまったく喜色の色が窺えない。

そもそも、周囲に倒れ伏せ、赤い立体文字を頭上で回転させ続けている身体から、淡く発行する黄色い帯のようなものが放出しているということ自体がおかしいのだ。

先刻、ユウキは複数人のプレイヤー達に《同時に》襲われた。

そう、バトルロワイヤルという大前提を覆す《協力行為》である。自身の実力にプライドを持っている上位ランカーがそんなことをするとは、にわかには考え難い事態だ。実際、それについてルール上は公言していない運営サイドも同じ思いだろう。

さらに、襲ってきた彼らは一様におかしな共通点があった。

―――花?樹?……とにかくナニカが、身体のどこかに生えてた。

思い出しただけでぞっとする。

肩口か。背中から。あるいは頭から。

一様に先端部のみが黒く変色している黄色い発光体をその身に宿していたのだ。これはまったくの部外者から見ても、どう考えても装備品の類には見えなかった。

加えて、あの発光現象。まず間違いなく、心意(インカーネイト)システムがプログラムを上書きする際に確認される過剰光(オーバーレイ)と見ていいだろう。

死銃(ザザ)ではない。もし彼がこれほどの心意技を会得しているのであれば、ユウキなど初手で沈められている。心意戦では勝てないと踏んだからこそ、ザザの方もGGO内のルールに則って攻撃してきた。自分としても、進んで血みどろの心意戦は開戦したくはないので、相手が使わない限りできるだけあの力は使わない。

だとするならば。

今このバトルフィールドにおいて、自分とレン、そしてザザを抜いてこれだけの心意を発現させられるのは。

―――アイツしかいない。

その危険性を。

その異常性を。

精神的ではなく身体的に。ありありと、まじまじと、経験させられた少女は、冷え冷えとする実感を伴って口を開く。

決心を、宣言するように形にする。

「……レンと……戦わせちゃダメだ」

ぐっと唇を噛みしめて、少女は言う。その瞳に固い決意を込めて頷く。

時刻を見ると、ちょうど本戦開始から三十分が経とうとしていた。参加プレイヤーの全ての所在を暴く監視衛星が遥か頭上を通り過ぎる時刻だ。

下げていたポーチから取り出した受信端末を一瞥したユウキは、靴底で土を撥ね飛ばす勢いで疾駆し始めた。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「やっと本大会に入った……と思ったら、もう原作と外れてる…」
なべさん「HAHAHA、やだなぁそれを今更言うのかい?」
レン「…………そうだね。もうずっと前からだね」
なべさん「さぁ!無事に不時着はできるのか!?答えは神のみぞ知る!」
レン「安全な着陸すらもできないのか……っていうかお前も知らないんかい」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
――To be continued―― 
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