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黒魔術師松本沙耶香 魔鏡篇

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31部分:第三十一章


第三十一章

 そこを伝える。すると沙耶香は笑みを微笑みに変えた。そのうえでの言葉だった。
「それではね」
「行かれるのですね」
「そうさせてもらうわ。それではね」
「はい、それではその様に」
 こう言ってであった。
「どうぞです」
「さて、それではね」
 沙耶香はゆっくりと部屋の扉に向かう。そうしてだった。ここ一瞬何かを嗅いだような顔も見せた。
「行こうかしら」
「そうされるのですか」
「少し安んだ後でね」
 こう言って屋敷から姿を消した。そのうえで行く場所は。
 ある劇場の楽屋である。そこに入ると春香がいた。沙耶香の顔を見て驚いた顔になっている彼女に対して言ったのである。
「わかるから」
「わかるとは」
「思念が残っていたわ」
 あの妖しい笑みでの言葉である。
「貴女のね。それでわかったのよ」
「私が何処に行くかですか」
「それがわかったからよ」
 だからだというのである。
「それでわかったのよ」
「左様ですか。私の心が残っていたのですか」
「その通りよ。それでここに来たのよ」
「ですが早いですね」
 春香は今度はこのことを言うのだった。
「私は今ここに着いて支度を終えたばかりです。それなのに貴女も来られるなんて」
「簡単なことよ。場所がわかればね」
「場所がわかれば」
「それでもう充分なのよ」
 口元を綻ばせてみせた。そのうえでの言葉である。
「後はどんな場所でも一瞬で辿り着けるわ」
「それも魔術を使ってですね」
「そうよ、それで一瞬でね」
 まさにそれでだというのである。
「私の魔術はそうしたものがあるから」
「凄いですね、そこまでなのですか」
「そういうことよ。さて」
 ここまで言ってだった。沙耶香は微笑んで春香に言うのである。
「それでだけれど」
「それでとは」
「少し時間があるかしら」
「時間ですか」
「少しで済むわ。じっくりと楽しめるものでもあるけれど」
 微笑みながらそうしてだった。右手の親指と人差し指をパチンとやった。それで楽屋の扉を閉めたのである。それで二人きりになってからまた言うのである。
「どちらがいいかしら」
「それですか」
「ええ、それよ」
 また言ってみせるのである。
「それだけれど。どうするのかしら」
「それは」
「答えは貴女のものよ」
 彼女にあえて言わせるのだった。本人のその口からである。
「貴女が決めていいのよ。どうするかね」
「どうするかですか。私が」
「そうよ。どうするのよ」
 春香に判断を預ける。彼女自身に言わせるつもりであった。これも沙耶香の遊びである。彼女自身にあえて言わせて楽しんでいるのである。
「貴女はね。どうしたいのかしら」
「それは」
「私はどちらでもいいのよ」
 また一歩間合いを狭めてみせた。
「そう、どちらでもね」
「どちらでもですか」
「貴女次第よ。どうするのかしら」
「はい、それでは」
「ええ、それでは」
「今すぐここで」
 これが春香の選んだ返答だった。
「御願いします。それでは」
「いい言葉よ。見て」
 春香の言葉にあの妖しい笑みを浮かべてだ。沙耶香から見て右手を見てみせた。
 そこは一面の鏡である。楽屋の衣装合わせや化粧に使う鏡だ。その端と端には花があり向こう側にある様々な舞台衣装がある。紛れもなく春香の楽屋である。
 そこにおいてだ。沙耶香は鏡を見ながら言ってみせたのである。
「鏡よ」
「鏡ですか」
「鏡は全てを映し出してくれるわ」
 こうも言ってみせたのである。
「そう、私達の全てをね」
「全てをですか」
「私達がこれからすること全てをね」
 今度の言葉はこれであった。
「映し出してくれるわ」
「私達の全てを」
「さあ、見るのよ」
 言いながら春香に歩み寄る。そしてまた右手の指を鳴らすとだ。
 春香の服が自然に脱げた。そのうえで生まれたままの姿になる。小柄だがまるで彫刻の様に整った肢体だ。その肢体を露わにしてみせたのである。
 その春香の傍まで来た。そしてであった。
「貴女の美しい姿をね」
「私の美しい姿を」
「そうよ、見るのよ」
 こう言ってみせるのである。
「貴女のその美しい姿をね」
「貴女と交わるその姿をですか」
「人は肌と肌を重ねている時こそが最も美しいのよ」
 裸の春香を抱いた。そうしてだ。
 唇と唇を重ねてだ。次の言葉だ。
「それを今から見るのよ。この上なく美しい貴女をね」
「・・・・・・はい」
 沙耶香の言葉にこくりと頷く。そうして彼女に抱かれるのだった。そこに映る二人の姿はこの上なく妖しく、そして美しいものであった。


黒魔術師松本沙耶香  魔鏡篇   完


                 2010・5・2
 
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