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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  少女の葛藤

アルヴヘイム・オンライン史上最大規模のアップデートによって、新マップ《浮遊城アインクラッド》が実装されたのは約七ヶ月前――――二○二五年五月のことだ。

ALOは元々、デスゲームとなってしまった《ソードアート・オンライン》の複製システム上で稼働していたため、そのサーバーにはSAOの舞台であるアインクラッドのデータがそっくり保存されていた。霊の事件より旧管理会社《レクトプログレス》から、ゲームの全権利をソフト、ハードひっくるめて丸ごと買収した新興ベンチャー企業《ユーミル》は、アインクラッドおよび旧SAOプレイヤー達のキャラクターデータを消去せず、代わりにALOと統合するという大胆な方針を打ち出した。

新運営体に出資した企業者達は全員が、一人の天才が細部まで精妙を極めてデザインされた浮遊城(せかい)をただ消し去ることがどうしてもできなかったのだ――――と、運営とコネのある【神聖爵連盟】第三位《宵闇の軍神》リョロウは言った。

そのような諸事情によって実現したアインクラッドの第四層にて、《絶剣》ユウキは宙を舞っていた。

いや比喩ではなく、本当に、真っ正直に宙を舞っていた。

より端的に言えば吹っ飛ばされていた。悲鳴の尾を引きながら。

げへっ、と。

あんまり乙女が出さないような音を立てて顔面から、苔がびっしりと繁茂する地面に着地した。至る所に小さな泉が湧き出すほどの水分を含む苔は、ブーツが沈み込むほどのクッション性を持っていて落下ダメージはかなり殺されたのだが、今度は危うく頭が抜けなくなりそうだった。

ずぼんと埋まった頭を引っこ抜くと、もう轟然と振りかぶられている丸太のような逞しい前脚があった。空を覆わんばかりに枝葉を広げる木々の間から木漏れ落ちてくる陽光を受けたダガーのような鉤爪が、ぎらりと餓えた輝きを放つ。

直後、大気を両断する恐るべきサウンドエフェクトを伴って振り下ろされた前脚を、ユウキは鋭角に跳ね上げた右足のハイキックで迎え撃った。

無論、いくら支援魔法(バフ)をかけても肉体的には後衛補助タイプである水妖精(ウンディーネ)の身体では一瞬で力負けし、今度こそHPバーにごっそり貰うことになるだろう。だからユウキは、振り下ろされる肉球からにょっきり生える四本の鉤爪の先端部に全力を込めた針のような爪先をヒットさせた。

結果、僅かにベクトルの方向性をズラされた爪撃はユウキの肩当てを掠め、地面に深々とした四本の傷痕を刻んだ。

振り下ろした後の技後硬直を強いられている相手に対し、ユウキは素早くバックステップで距離を取る。

横合いからがなり声が上がったのはその直後だ。

「ちッがーう!そりゃただ弾いてるだけだって何度も言ってんだろがッ!!」

どこか異国風な違うイントネーションの混ざるアルトは、ユウキの鼓膜を勢いよく突き抜けていった。

少し離れたところにある横倒しになった古木にどっかりと座り、片手には酒の入ったビン、もう片方の人差し指をこちらに向けて大口を開けるのは、背の高い細身の女性土妖精(ノーム)だった。浅黒い肌に、それに違和感を感じさせない彫りの深い目元と鼻が付いている。

SAOでは六王第五席に収まっていた、《柔拳王》テオドラ。

ユウキは今現在――――波乱の第三回バレット・オブ・バレッツ予選から一夜明けた十二月十四日、テオドラにあることを頼むために前々から取っていたサブアカウント、アスナとお揃いの水妖精(ウンディーネ)ユウキとしてALOにログインしているのだった。

―――まぁ、それをちょっと後悔し始めてるけど……。

そう胸中で愚痴りながら、常とは違う水妖精特有の水色のストレートヘアを宙にたなびかせながらも、少女は眼前で小山のような巨体を固まらせている《熊》から目が離せない。

それは、毛の一本一本が針のように太い、灰色の毛皮。真っ赤に輝く二つの目玉。口からはみ出した、凶悪な牙。ダガーなみに巨大な爪が生えた、丸太の如く逞しい四肢。そして額には、黒光りする鋭い――――角。

有角の頭頂部には真紅のカラーカーソルが出ていて、記されている名前は【Magnatherium】――――マグナテリウム。

渾身の右ストレートを外されたマグナテリウム氏は、「ギュゴロロロ……」と見た目もさることながらこちらも熊らしさの欠片もない唸り声を上げてこちらを睨みつけている。

ユウキがなぜこんなバケモノ熊と、しかも丸腰で対峙しているかというと、それがこの場にテオドラがいる存在理由となる。

「《柔法》は、いなして、巻き込んで、返す技だ!弾くなんてどこにもねぇぞ!」

《柔法》の教授。

それがGGOから帰還し、ユウキが最初に望んだことである。

柔法は、開祖をエクレアとしてテオドラに引き継がれている究極的な近接格闘テクニックと言うべきシステム外スキルだ。相手の攻撃ベクトルを自分の円運動の上に重なるようにし、無効化。そしてその衝撃に自身の遠心力も上乗せしたインパクトを返すことによって、結果的に相手の放った攻撃以上のダメージを喰わせられるという恐るべき技術である。

正直、SAOの亡霊に奇襲とはいえ、いとも容易く負傷を許した今の実力をユウキはそこまで誇大評価できない。その上、待機ドームにて合流したレンからは、かの【尾を噛む蛇(ウロボロス)】リーダー、フェイバルも敵対意思を表明していると来た。

少しでも手持ちのカードを増やしておきたい。それが今のユウキの正直な気持ちである。

そして、そのユウキの頼みを二つ返事で引き受けたテオドラが、まず少女に課したのが現状だ。

マグナテリウムの一撃を無傷で凌ぎきってみせろ、と。

マグナテリウムは、アインクラッド第四層の主街区【ロービア】の南東に広がる森林地帯に住み着く熊のヌシである。普通に現れるモブクマより一.五倍ほどの図体を有し、有角でしかも火炎ブレスまで吐くというその様相に、当時の攻略組達は揃って「こんなのが熊であってたまるか」と絶叫したものだ。

ずらりと居並ぶ牙の合間にチロチロとした火種を見つけ、ユウキは思いっきり横に飛んだ。直後放たれた炎獄の息吹は水分をたっぷり吸った大気を一瞬で乾かした。

ブーツの靴底で苔をはね飛ばしながら静止し、思わず唇を噛む少女を、ビンを傾けながら頬杖をつく女性は軽い溜息をつく。

「……もーいい」

ブレスが途切れるとほぼ同時。

唐突に、少女と巨大熊の中間点にテオドラの長身が割り込んだ。

大した速さではなかった。だが、意識の死角に潜り込まれたように、呼吸を綺麗に合わせられた。

ギャズゴロアアアァァッッ!!という凄まじい咆哮を響かせたマグナテリウムさえも、どこか突然降って現れた闖入者に萎縮しているようにも怯えているようにも見えた。

対してまったく緊張の色も見せない褐色の女性は、飲み終わって空になったビンをその鼻面に投げつけながらフンと鼻を鳴らして不敵に笑った。

「オラ来いよ、クマ公。ちょいと遊んでやっぞ」

その挑発に感化されたのかは知らないが、肩高だけでも四メートルにも達しようかという、二層のフィールドボスだった《ブルバス・バウ》並みの巨体がいきなりスイッチが入ったかのように突進し始める。足裏を通して伝わってくる大地の振動はなかなかに迫力があったが、それに対してテオドラはゆらりと右手を上げただけだった。

交錯は瞬間。

だが、ユウキの眼が捉えたのはおおよそ現実に即した物理法則が入力されている仮想世界下においても、まだ理解しがたい光景だった。

小山のような巨体が、さらに地面から軽く三メートルほどの高さまで吹き飛ばされていた。

あんぐりと口を開けるユウキの目の前に、マグナテリウムは勢いよく突き刺さる。眼に飛び込む粉塵を手のひらで払いながら、少女は猛然と抗議した。

「ちょ、ちょっとテオドラ!危ないじゃん!」

「あぁん?避けろよそっちで」

無責任な一言を吐きながら、ストレージを操作して新たに出した酒ビンを煽りながら、テオドラはこちらを半眼で睨む。

「見ての通り、《柔法》を極めたら本質的に相手の質量やら速度やらは関係なくなる。細腕一本、脚一本でボスクラスの一撃とも張り合えるってワケだ」

だが、と前置きして彼女は続ける。

「見た目の豪快さとは裏腹に、その実とんでもなく繊細な技術でもある。もともと素手で返せないような力を持ってる攻撃を素手で返すんだ。矛盾はあるだろう。相手の攻撃のミリ単位の正確な軌道予測に、それに対する数百通りの対処方法から的確な手を打てる判断能力。当然、ソフト面だけじゃないぞ。手首や肘、膝や足裏に至るまでの全身運動で相手を巻き込まなくちゃいけないからな」

「わ、分かってるけど、それでも身体が言うことを――――」

「ユウキ」

紡がれたその言葉は、対して張っていた訳でもないのに少女は縫いとめられたように続きを発せられなかった。

どこか優しげな目つきのテオドラは再度酒ビンを傾け、口を開く、

「お前は《柔法》を教えてほしいとあたしに言った。別にその理由は訊かないが、教えてくれっつーんだったら、それ相応の態度があるだろ」

「――――ッ」

「実際、ユウキの才能は卿も抜いてるよ。自身持てって」

「……それでも、追いつけないんだ。レンには……まだ、足りない」

絞り出すようなその声に、《柔拳王》と呼ばれた女性は思わず頭に手をやった。

―――あのガキンチョ、家族のケアぐらいしろよ。……ったく。

ぽりぽりと浅黒い頬を掻くテオドラは、そこで笑みの形に唇を整えると、自らの非力さに苦悩するちっぽけな少女の頭に手のひらを置いた。

かつて一時期、握手することさえ恐れられたそれを、左右に振る。艶やかな髪がさらさらと指の間を流れていく感触に目を細めながら、言葉を紡ぐ。

「あー、アイツもさ。その、お前のことは信用してると思うぞ?力が足りないとか、そういうことはどーでもいいじゃねぇか。姉なら姉らしく、胸張ってろって」

それに、少女に言ったことは事実である。

ユウキのこと、才能という部分であれば六王の中でも卿を抜いている。事実、つい先刻ユウキが行った上段蹴りは明らかに《柔法》の基礎が使われていた。でなければ、あの質量差と速度で僅かとはいえ軌道をズラせた理由が見当たらない。

脚での《柔法》。それはテオドラがアインクラッドで二年という歳月を過ごし、いまだ極めていない分野である。手で教えた技術を即効で脚に転換できる辺り、天賦の才の違いというものを感じさせられたのは否めない。

―――ガキのお守りは現実(リアル)で充分だっての。

はぁ、と。

思わず溜め息をつく女性の脇で、轟音とともに台地が爆ぜた。

地面に有角の頭も相まってか深々と突き刺さっていたマグナテリウムが、持ち前の圧倒的な膂力をもって埋まっていた周囲の土ごと引っこ抜いたのだ。

ガラガラ、と岩混じりの土砂を振り落しながら真紅の眼光に怒りの色を足しながら、巨大熊は現在最も自身にダメージを入れたテオドラを睨みつける。

分かりやすいお前の方がよっぽど気が楽だな、と心の中でも溜め息を吐いたテオドラは、太極拳のようにゆらりと、平を上に右手を上げた。

構えも何もない、見様によっては手招きしているようにもとれる。ただ、細くしなやかな身体は半身になっており、言外に彼女が戦闘態勢にシフトした事実を突き付けていた。

――――と。

「……ダメ、テオドラ。どいて」

ぐいっと。

背後から伸びた手に押しのけられる。

マグナテリウムはすでに再突進の予備動作(プレモーション)を取っている。一瞬の溜めから得られる爆発的な突進力を惜しみなく投資し、こちらを破砕せんと狙っているのだ。

その緋色の眼光を真っ向から受け止め、そして跳ね返すのは小柄な水妖精の少女だった。

「ボクが……、やらないと」

どこか鬱々とした口調で呟かれた言葉を聞いたテオドラは、可及的速やかに行動に移った。

すなわち。

「ちょっと頭冷やせっつってんだろゴルァ――――ッッ!!」

ドバッ!!という音とともに、世界がはじけ飛ぶ。

巨大熊でさえ呆気に取られたように突進を中止するほどの勢いで薙がれた回し蹴りは、綺麗にユウキの鳩尾にクリーンヒットした。

ALOは基本的にプレイヤー間でのPK――――殺し合いを容認している。パーティさえ組んでいないテオドラの不意の一撃は、ただでさえ後衛職に収まりがちなウンディーネのHPを七割方吹っ飛ばす。

潰れかけのカエルみたいな声を漏らす少女に、彼女の正体を知っている者からすればまさしく刃の切っ先に相当する人差し指の先を突き付け、完全に忘れ去られて逆に困惑している熊のほうなど無視して、テオドラは言葉を続けた。

「い・い・か絶剣!ぐちぐち悩むのがお前のいつものやり方か?違ぇだろうが!悩むのはシゲさん(ブレイン)だけで結構!脳筋(あたしら)は拳でオハナシが本分!」

お前は剣だけどな、と。

そこで初めて、にっと快活な笑いが女性の顔に滲み出る。

次いで、音さえも簡単に置き去りにするほどの速度で、振るわれた拳がブレた。

爆音。

轟音。

その音がきちんと耳に入り、鼓膜を震わせ、脳が認識する頃には、すでに『的』は『骸』に変わっていた。

真正面から、どう考えても拳の射程外に屹立していたマグナテリウムは、巨体の右半分を全て消し飛ばされていた。一瞬、本当に一瞬、自分に何が起こったのか解からないとばかりに短く啼くと、ぐらりと体勢を崩す。しかし地面にめり込む前に、幾千のポリゴンの欠片となって爆散した。

ゆらりと右拳から闘気のような過剰光を放ちながら、チョコレート色の肌を持つ女性は言う。

「ガキが大人ぶんじゃないよ。ガキはガキらしく、せいぜい足掻けティーンエージャー」

「……うん」

何もかも見透かしたような大人の言葉に、少女はただただ頷くしかない。テオドラの言葉には、それだけの説得力――――いや、納得させられるだけの何かがあった。

紺野木綿季は、そこで初めて笑った。

「ありがと、テオドラ」

「ん…………っと」

照れくさげに鼻を掻いていたテオドラだったが、唐突に視線を一点で固定した。どうやらフレンドメールでも届いたらしい。

「なんだなんだ今日は。また頼みか?」

「誰からなの?」

「カグラから。マイがどっかいったらしい。知らないかってさ」

はぁ?とユウキは小首を傾げる。

どっかいったとは言っても、と。

我が従弟の大事な人であるマイは、正しくALOの住人として運営側から認知されていない、いわゆるバグの一種と言ってもいい存在だ。そのためなのか、彼女にはプレイヤーとして所持が許されている翅を持ち合わせていない。

普段住んでいる浮遊島から外出する時は、他のプレイヤーに―――主にレンだが―――ひっついていくしかないのである。とはいえ、それ以外にも方法はあると言えばある……のだが。

「まさか……飛び降りたの?」

「それしかないだろ。チッ――――あーもー、最近のガキンチョはどいつもこいつも」

腹立ちまぎれに言われたその言葉に素直に反論できないガキンチョ№1。

ともあれ、基本的にヒマなのだろうか。ぶつくさ言いながらも、テオドラは土妖精特有の土色をした二対の翅を広げた。

「つーワケであたしはもう行く。後は自分で適当にできるな?」

うん、と勢いよく首を縦に振る少女を見、《柔拳王》と呼ばれた女性は口許が緩むのを止められなかった。

―――いい表情だ。

ぽつり、と。

そう胸中で呟いて、テオドラは大空に舞い上がった。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「今回はALOか……GGO編が長いし、その間に短編とかコラボも挟んだからずいぶん久しぶりにテオドラねーちゃんが見れた気がするね」
なべさん「これまであんまり出番なかったからね。GGO編が終わったら、ちょっと掘り下げてみたいな」
レン「…………終わるの?」
なべさん「信じる者は救われるのです!(断言」
レン「あーはいはい。自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
――To be continued―― 
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