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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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現実世界
  第149話 毎日が勉強




 それは、和人と隼人、そしてあの須郷が衝突するほんの数分前の事。
 そこでも、1つの戦いが、……因縁の戦いがあった。

 夜の闇の中。

 雪の勢いは徐々に増し、薄らアスファルトに積もっているアスファルトの上を、まるで、歪な振り子の様に、左右にゆらゆらと揺らしながら歩いている男がいた。顔を俯かせ、口元は僅かに空いている。

『殺す……、ころす……、コロス』

 その呟きからは、明確な殺意が出ていた。手に握られているのは、鈍く光る代物。恐らく鋭利な刃物であろう。

『ジゴクを。シを……、ヤツラに、……クソガキに』

 目は、須郷の様に瞳孔が細かく震えている。
 不自然なまでに、力の入った眉間には撓が出来ており、血管が浮き出ている程だった。ゆらゆらと揺れているのは、平衡感覚が殆ど無いから、だろうか。時折、頭を叩き続けている様だ。そして、懐からカプセル状の薬を飲み砕いていた。

『コロス……ッ、コロ……?』

 この状態で、よくこの場所まで歩いてこれたな? とも思える状況で、ついに、目的地である病院の正門正面までこれていた。

 だが、男は、そこで足を止めていた。

 それは数m先。
 道路を一定間隔で照らす街灯の下に、誰かが立っている事が判ったからだ。視界がボケているであろう眼だが、はっきりと捉える事が出来ていたのだ。
 その影はゆっくりと近づいて来る。
 
『……どうした? 若いの相手にボロボロじゃないか。狭山』

 近づいてきた男が、そう言っていた。


 そう、明確な殺意を撒き散らし、覚束無い足取りで、病院を目指していた男は狭山だ。


 頭部に異常がみられるのは、隼人にあの世界で潰されたからだった。現実世界では、決して再現しきれない痛み。それを、受けてしまい、脳が常に誤作動を起こしている様になってしまったのだ。
 その1つが言語の異常、そして もう1つが平衡感覚の異常だった。

『……』

 ビキ、ビキビキ……、と まるで、血管が切れる様な音、1つ1つが聞こえてくるかの様に、不自然に込められた力、それらが一気に上がっていた。その立っている男の顔が、見えたからだ。狭山が憎むべきもう1人の相手が目の前に立っている。

『キ、キドウ……!!』

 狭山の前に立つ男の名は綺堂源治。

 嘗て、共にあの能力開発研究所で働いていた者。その闇を暴いた隼人だったが、彼に相談する事は無かった。綺堂が、狭山の傍でいたと言う事実もあるし、バレる可能性を少しでも下げなければならないから。……何よりも、隼人は綺堂に迷惑をかけたくないと思ってしまったから。

 綺堂が、その事件を知ったのは、隼人がある日を境に明らかに異常だった事に気づいたからだ。

 共に仕事をしていたパートナーと楽しそうに、チャットをしていたり、ネットワークのゲームをしていたり……、していたのに、その日を境にそれが無くなった。

 表情も虚ろで、まるで泣いているかの様になった。

 ……そして、いつもならこんな体制は無かった筈なのに、この期間の仕事の間、彼の傍では何時も誰かが付くようになった。この仕事の間……、外出を禁じられていた。そして、世話役になっていた筈なのに、外され、別の仕事を割り振られた。


 全ての真相を聞いたのは、何日か経った真夜中の事だ。


 その時間帯に、綺堂は隼人が寝ている寝室へと向かった時、見たのだ。声を殺し、涙を流し泣いていた隼人の姿を。隼人から全てを聞き、唯一真相をしる大人の1人として、隼人と共に、裁く事に手を貸したのだ。

 此処は、各業界の重鎮とも繋がりのある施設。

 その頂点であるこの男を裁くには、全てを壊す必要がある。今回の極めて大きな仕事の肝を。

 そして、狭山・その側近のは全てを失い、行方を晦ますことになる。残された子供達は、其々に身寄りがあったという事もあり、帰る家もある。ただ、その中で能力が頭1つ抜けていた隼人には、身寄りが無かった。

 両親も物心着く頃に失っていたんだ。

 だからこそ、綺堂と隼人は共に暮らす事になったんだ。心を閉ざしつつあった隼人だったが、助けてくれた事、元々綺堂の事を信頼し、懐いていた事もあり、時間はかかったが今の形に収まる事が出来たのだ。

『……狭山。坊ちゃん。……あの子にはしなければならない事がある。お前にはもう用は無いという事だ。……相手をして欲しいなら俺がしてやるぞ』

 背筋を伸ばし直立不動に立っている綺堂。
『まるで、隙が見えない。』と言うのはこう言う時に使うのだろうか? と思える程の何かを身に纏っていた。
 殺意を撒き散らしている狭山にも負けない程の何か(オーラ)。云わば、怒気を出している様だ。綺堂も、狭山に負けない程に、怒りを貯めていたから。

『アノ時の、恨ミ……。今、晴ラシテやる!』

 狭山は、目を血走らせながら綺堂を見た。焦点の定まらないその瞳孔は、確実に綺堂を捉えていた。
憎しみを増大させ、手の持ったナイフを突きつける。この時だけは、身体が動く様になっている。
 あの世界で受けた後遺症をも凌駕したかの様だった。

『シネェェェェ!!!! キドォォォッ!!』

 一直線に、突進していく。ナイフの切っ先を、綺堂の腹部へと照準を合わせた。後ほんの寸前の距離。吸い込まれる様に、切っ先が綺堂のスーツに触れた瞬間。

〝ひゅんっ……〟

 服を、肉を刺すような、音はしなかった。
 ただ、したのは何もない空気を裂くような音だけが聞こえた様な気がした。

『ガッ……!?』
 
 綺堂は半歩程身体をずらすと、ナイフを持った方の手首を取った。そのまま手首を決める。間接を取られてしまった狭山は、痛覚神経まで麻痺しているわけではない為、異常な痛みを感じ、半ば自分から跳躍する様に飛び。〝どしゃっ!〟と言う音を立てながら アスファルトに背中から落ちた。

『ッ……ッ!!』

 肺の中の空気を全て吐き出してしまい、呼吸困難になってしまう。それを見下ろす綺堂。

『坊ちゃんは私の家族だ。……手だしはさせない。もう、二度と……』

 ぎりっ……、と歯を食いしばる。
 あの世界から帰還できなかった時の事を考えたら、身震いさえする。悪寒が身体を貫く。

 また、隼人が目を覚まさなかったら……。

 綺堂は、叩きつけられ、意識も朦朧としている狭山の頭に一撃を加えた。その一撃は、完全に狭山の意識を奪った。痙攣させている狭山の手を、足を縛る。

『こうすればもう逃げられないだろう? 狭山。……お前はもう終わりだ。10年もよく逃げてくれたものだ……』

 綺堂は、完全に拘束した後、警察へと通報した。

『監獄の中で、反省する事だ。……また、出てこられるかどうかはわからんがな』

 その綺堂の言葉。
 狭山にそれが聞こえているかどうか、それはもう誰にもわからなかった。












~埼玉県所沢市総合病院~



 入口の自動ドアの前に立つ隼人。
 だが、扉が開く気配はまるでなかった。電源を遮断にしているようだ。和人がここにいない以上は、何処かから入ったんだろう。ガラス越しに中を覗き込むと、メインロビーに照明が付いている。
 中では女性看護師が慌ただしく動いていた。

 その内の1人がこちら側に気づき、直ぐに自動ドアの電源を入れ中へと入れてくれた。

「あ、貴方。ひょっとして、さっきの子の友達??」

 慌ててそう聞く女性看護師。隼人はゆっくりと頷いた。

「ここに入院している友達が目を覚ましたと言う知らせを聞いて……、一緒に慌てて来た所。此処の駐車場でナイフを持った男に襲われてしまったんです。……何とか抑える事は出来ましたが、和人君は大丈夫ですか? 僕を守って傷を負ったんです」

 看護師の方を向いて、心配そうは表情でそう答える隼人。

 事実とは、違う事だが、うまく説明しようと即興で作ったのだ。看護師は、先ほどの少年が言う言葉と共通していた為、信じてくれた様だ。隼人は、警察には連絡をしたと答える。だが、それでも心配だった。
 その表情も読み取った看護師は、落ち着かせる様に答えてくれた。

「大丈夫よ。至急この病院の警備員も駆けつけてくれるから。上の階で巡回している様だから、少し遅れてるみたいだけど、直ぐに来てくれるから!」
「あ、ありがとうございます。……和人君は大丈夫ですか? 怪我をしているんですが……」
「あの子はここで待ってて、と伝えたんだけど、消えていて……。多分、結城さんの所に行ったんだと。直ぐにドクターをそちらへ向かわせるわ」

 看護師はそう答えた。
 どうやら、和人の傷の具合はあまり良くないらしい。確かに止血は出来ていた様だけど、赤く開いた頬の傷口の広さと、服についた出血の量を見て。

 それを訊いた隼人は、首を少し振った。

「彼女の所に行ったのなら、……僕が、見てきます。何かあれば直ぐにナースコール・ボタンも押します。……それに和人も自己管理は出来ると思います。だから、少しの間だけ、ほんの少しの間だけで、良いです。……2人きりにさせて上げてください。……お願いします」

 そう言って頭を下げた。
 彼女と彼が再会している事を考えたら……、少しの間だけでも2人きりにさせてあげたい。隼人はそう思ったのだ。怪我した事も心配だったけれど、それでも。

 看護師も、少し難しい顔をしていた。

 医療に携わる者として、看破出来ないとも思えたが……、毎日の様にここへ足を運んでいる彼の姿も知っている。……定期検診で各病室を回っている時の彼と彼女の事も見ている。
 狂おしい程までに、彼女の事を想う姿を見ている。あの年頃の男の子が出来る様な表情じゃない、とも思った程だ。

「……何かあったら、直ぐに呼ぶ事。……それと何十分も待たないわよ。彼女の事もあるし。あまり待てない、それで構わないかしら?」

 その言葉を聞いて、隼人は頷いた。それだけでも有難かったから。

「君は何処も怪我してないの?」
「……はい、大丈夫です」
「そう、良かった。……あとで色々と聞く事があると思うから、少し待っていてもらえる?」
「……判りました」

 隼人は頷き、看護師は離れていった。まだ、色々と仕事が入っている様だ。明日奈が戻ってきた、という事は、全国でまだ閉じ込められていた他の約300人も目覚めたのだ。その知らせが一斉に各病院に通達され、慌ただしくなっているのだ。

 だけど、隼人も和人同様に、ここで待つつもりは無かった。

 どうしても、会いたい人がいるから。和人が明日奈にどうしても会いたかった事と同様に、隼人にも会いたい人がいるから。

 だから、隼人は、ナース・ステーションを後に、歩き出そうとしたその時、だった。

 不意に、足が動かなくなった。

 意識が、目の前の通路の先、その視線にだけ集中した。


 非常灯だけしか付いていない暗闇なのに、その輪郭だけははっきりと見える。

 美しい栗色の髪。
 美しい榛色の瞳も、見えた。……見えた気がした。

 足が、廊下に張り付き本当に動かせない。金縛り、と言う表現が正しいだろうか。

 目の前にいるであろう人も、どうやら同じ様だった。

 そして どちらからかは、判らない。

 ゆっくりと、距離を詰めていく。一歩、一歩、歩いていく。

 長い長い道のり、その終着点はここへと続いていたのだ。……この場所に。



――はやと、くん。
――れいな。



 その時は、来た。長いと感じた彼女との距離が縮まった時、2人は同時に声を発していた。彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。何度も瞬きをして、涙を流す。
 視界がぼやけてしまっているが、はっきりと互いに見つめている。


 その彼女の後ろに広がる廊下の先。その暗闇の中で何かが映し出された気がした。


『早くっ、早くっ!』


 ニコリと笑っているユイの姿。
 ユイを筆頭に、リーファやリタもいる気がした。リーファは、にこやかに笑い、リタはそっぽ向いているものの、その顔は笑っている様だった。そして、……彼女の姿も、見えた。


――……こんな時でさえ、彼女達に頼ってしまうのか?


 待っている彼女を、ずっと待たせてしまった彼女を、まだ待たせるのか?……自分は我慢出来るのか?

 隼人は、そう強く想うと……、まだ開いていた2人の距離を縮めた。早く、早く……、そして あと一歩の所で彼女の方が距離を詰めた。彼の胸に、飛び込んだのだ。


 彼女の細く美しい身体をその身に抱きとめる。


「は、は、やと……、くん。はやとくん……っ」

 彼女は、隼人の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。そんな彼女の身体に腕を回し、二度と離さないと言わんばかりに強く抱きしめた。

「ご、ごめ……んっ」

 隼人も、涙を流した。留まる事を知らず、流れ続ける涙。互いの涙が雫になって流れ落ちる。

「ほんとう、に……ごめ、ん。また、待たせて……っ」

 彼女の声、今日初めて聞いた。あの世界で毎日のように聞いていたその美しい声とはまた違って聞こえてくる。空気そのものを大きく揺らし、感覚器官を直接震わせ、脳へと伝わる。
 ……現実の声は、何倍も素晴らしく思えた。

「う、うんっ……わ、わたし、わたし……」

 玲奈は、まだ現実と思えない様だ。これこそが夢なんじゃないか、とすら思ってしまう。

「ほんとうに、おわった。……ようやく、おねえちゃんが目を覚まして、きみに、会えて……ほんとうに……おわったんだね」

 埋めていた顔を離し、隼人の顔を、瞳を見つめた。これまでの想いと共に、全てを伝える様に、じっと……じっと隼人を見つめた。

「はじめまして。玲奈、……結城、玲奈です。――おかえりなさい、隼人君」

 あの旅の終える場所。あの戦いの終える場所、

 玲奈の中(故郷)に帰る事が出来た。

「竜崎 隼人です。……ただいま、ただいまっ」

 そして、2人の距離が再びゼロになった。

 そして、互いの唇が触れ合う。……初めは軽く、……そして、互いの温もりを感じられた後、強く求める様に強く、永く。……会えなかった時間の分を取り戻すかの様に……。


 仮想世界と現実世界。


 そこにどれだけの差があるのだろうか。だが、これだけは言える。どんな世界でも、魂は存在する。魂は、仮想世界で旅をして、そしてこの現実世界へ。

 誰かを求める想いを魂に纏わせる。それは、今生から、次の生へだとしても、でも変わらないだろう。

 想いは途切れる事は無い、そう強く信じる事が出来た瞬間だった。

 これで、約束は半分果たす事が出来た。まだ、もう半分の約束がある。

 彼と彼女、そして自分たち。


 4人で、再び出会えた時、全てが終わり、そして始まる。


 ……だけど、今はまだ。

 玲奈は隼人を、明日奈は和人を。互いの想い人との再会を、その胸に感じていたい。


 隼人達を見守っていた、あの世界の女剣士、魔法使い、妹、そして……あの日の彼女。


 ニコリと笑い、そして空高くへと飛んでいった。その先には、自分達の姿も見えた。4人は其々 この世界の星空へと昇っていった。自分達を見届けた後、新たな世界へと旅立つように 昇っていったのだった。

















~学校~



 授業終了のチャイムが鳴り響く。

「それでは、今日はここまでです。課題ファイル25と26を転送するので来週までにアップロードしておくこと。良いですね?」

 それは、午前中の授業の終わりを告げるチャイムと教師の言葉だった。大型のパネルも似たの電源を落とし、職員室へと戻っていった。授業がおわった後と言う空間は、やはりどんな時代でも、僅かながらに弛緩するものである。

 机に座っていた男は課題ファイルの25と26転送されているのを確認し、その内容を把握。素早く指を動かしていた。……早速、取り掛かっているのだろう。

 その姿を苦笑いしながら見つめる男もいる。『相変わらず早いなぁ』 と思ってしまうのだろう。

 そんな中で、恒例なのだが。

「なぁ、隼人 課題、教えてくれよ。ちょっと、前の難解過ぎだったし、めっちゃ時間がかかったんだ」
「あ、俺も俺もっ!!」

 比較的、同じ顔ぶれの男子達が、課題をあわよくば楽をする、盗み見しようとしていた。それを判っていた様に、ワンクリックで課題のページを消去する。

「課題と言うのは、自分の力でやってこそだろ?」
「う゛……、で、でもよぉ…… 難しいしぃ……」
「そうなんだよなぁ……」
「頑張ってみろって。最初から頼ってたら男が廃るんだろ? 確か、そう訊いた覚えがあるんだが」

 そう言うと、周囲の目も突き刺さった。主に女子達の姿だ。

 やれやれ、と頭を振る者、くすくすと笑う者、もう!自分の力でしなきゃダメでしょ!っと怒ってる者。色んな人が沢山いる。

 でも、本当に心地良さもあるんだ。学校とはこう言う所、だったのか……と、普通な事、当たり前な事を勉強している。

 ……隼人にとっては毎日が勉強だ。

 そして、それが何よりも刺激的であり、楽しみもある。

「……ほんっと、いい感じで笑う様になったな。いや、本来のアイツに戻ってるって感じ……か」

 和人は、笑っている隼人を見てそう呟いていた。あの世界が始まった当初の頃、玲奈と出会う前の隼人とは、まるで違う。あの時は、何もかも無関心であり、自分の様にソロを貫いていたのだ。だけど、玲奈との切欠があって、その仮面は徐々に剥がされていったのだ。

 あの世界の後半から終盤にかけては、今目の前で笑っている様に自然な笑顔を見せる様になったんだ。

「ひぇぇ! カズっ、オレを匿ってくれよ!」
「お、オレも、注目されるのはどーも苦手で……」

 周囲からの目線に耐え切れなくなったのか、助け舟を求めてくる男子たち。だが、自業自得と言う言葉を知らないのだろうか?後、学習するということを……。

 だから、和人はため息を吐いて。

「諦めろ。ってか、殆ど毎日じゃないか」

 和人の突き放しを受けてしまい、あっという間に項垂れてしまう。和人はそれを見て、苦笑いをすると、デイパックのジッパーを引き、肩にかけて立ち上がろうとする。

「あぁ……、そうだ、カズ。とりあえず、今日の分は腹くくった! そしたら、腹減ったんだ。食堂行くなら、席とっといてくれよ」

 腹くくったら……、つまり覚悟をしたら腹って空くものか? と和人が思ったその時。

「それこそ無理だって……。注目外すくらい。今日は《姉姫》に謁見の日だし」
「うぐっ。……助からない上に、羨ましすぎる!!いいなぁ、ちくしょうっ!」
「うむ、まあ そういうことだ。課題も含めて頑張れよ? っとと、そうだ」

 和人は、離脱しようとした時、隼人に声をかけた。

「隼人も行くんだろ? 途中まで一緒に行こうぜ」
「ん。そうだな」

 和人の言葉に頷いた隼人。
 端末を閉じ、デイパックに放り込む。そして、席を立った。

「じゃあ、行くか」
「ああ」

 2人は頷き合うと、そのまま教室を出て行った。

 残された男子達。2人が出て行ったと同時に、ため息を吐いていた。

「《姉姫》も《妹姫》もあの2人かぁ……、ほんっと良いなぁ」
「そーだな……、まあ、俺らも行こうぜ……。」

 『女っ気が皆無だな~』と、互いに言いながら、哀愁を漂せながら……、2人は食堂へと歩いて行っていた。




 隼人は、和人と階段のところで別れ、和人は中庭に、隼人は屋上へと向かっていった。彼等が言う其々の《姫》に会いに行くために。






~学校 屋上~


 屋上へと続く最後の階段を上りきり、ゆっくりとその扉を開けた。光が差し込み、身体を包み込んでくれる。今日は雲1つ無い快晴だ。その場所には誰もいなかった。
 どうやら、《姫》はまだ来ていない様だ。

「うん……、良い天気だな」

 隼人は、屋上の中央まで歩いてくると……、腰を下ろした。

 そして、屋上から、この晴天の青空を眺める。
 雲一つない空は、見ているだけでも心を穏やかにしてくれる。元来、空や海の色でもある青と言う色は、気持ちを静めて、心を落ち着かせると言われている色だ。


――……まさにその通り。


 気持ちが、心が穏やかになっていくのがよく判るというものだ。寝転がり、目を瞑ると更に心地良い。暖かい風も身体を吹き抜け、眠気を誘ってくる。

「ふふっ、思い出すなぁ……」

 そんな時だった。入口の方から声が聞こえてきた。

 心地良い空間に、心地良い声。

 隼人は、片目を開いた。

「ね? ね? 思い出さない? この感じっ!」

 ニコニコと笑顔で傍にまで近づいて来る彼女。黒のロングソックスを履いた細い脚で、足早に隼人の傍にまで来た。風が舞い、彼女のブラウンの髪が風に靡いた。
 彼女の姉程は長くはないが、美しく靡くその髪は本当に綺麗だ。

 隼人は、ゆっくりと身体を起こして、考える仕草をした。

「ん……、何かあったか?」
「えー、だって ほら、ほらっ! 青い空っ、気持ちいい風だよっ! ん~っと、それにね、あ、あの時は、隼人君が木の上で眠っててっ!」

 手振り、口振りで思い出してもらおうと説明をする彼女。それを見て更に考える仕草をするのだが。隼人は首を傾げていた。

「ん~……そんな事、あったか?」
「うぇっ……! ほ、ほら! 1回だけじゃないんだよ? あの日はさ、私の事 膝枕してくれたじゃんっ! え、ええっと、膝~じゃなくって、太腿かな? え、えと あう、あうっ……」
「……ふふ」

 思い出してもらうと必死に手振りで言う玲奈を見て微笑む隼人。その顔を見た玲奈は直ぐに察知した。あの世界で何度も何度も見た顔だから。
 だからこそ、頬をぷくっと膨らませた。

「むーーっ! リューキくんっ!!」
「ははは、ごめんごめん」

 隼人は、頬を膨らませながら怒っている玲奈を見て頭を撫でながら宥める。

「もう……リューキくんは直ぐ私をいぢめる~……」
「ははは。ごめんってば。玲奈」

 ぐすっとデフォルト涙を浮かべる玲奈。その姿はどう見ても愛らしく、隼人の気持ちが判ると言うものだ。

「それにさ、玲奈。ここではリュウキじゃなくて、隼人。その名を呼ぶのはここでは御法度、だろう?」

 この学校は、とある廃校を改築して急遽作られた学校。あのSAO事件によって、学校に行けなかった学生を援助するための学校であり、2年間通うことで、高卒の資格を取得する事が出来る、と言うのが表向きだ。本来は、一部のプレイヤーがSAO内で行った悪事を把握する事が出来ていない日本政府が、一纏めにしてカウンセリングを行う為の施設だ。

 それは、妥当な考えだろう。

 あの高性能のカーディナル・システムに介入出来る者がいなかった為、こちら側からは、一部のプレイヤー達をモニターする事しか出来ていない。つまり、殺人ギルドや犯罪者プレイヤー達の存在は知っていても、特定するまでには至らないのだ。だからこそ、現実世界、現実社会に解き放った時のリスクを考えたら 非難を浴びるかもしれないが、今の方法しかないのだから。

 とりあえず、この学校の説明は今は以上とする。玲奈は、『あっ!』と口に手を当てた。

「そ、そうだったね! リュウキ君って名前の方が長いからつい……。ってあれ? 私の名前、玲奈だよ? レイナ。……う~ん……、どうすればいいかな??」
「本名をキャラネームにすると言う事のリスクだ。まぁ、俺の事もみんなにバレてるみたいだけど……な」
「そうだよね。……ん? バレてる?」

 玲奈は隼人の言葉を訊いて、アインクラッドでの事を思い出していた。隼人は、リュウキは本当に大人気だ。憎しみや妬みも当然向けられていたが、後半には色んな視線が集まっている。特に異性からの眼差しが増えてきた気がするんだ。

「むーー、リューキくんっ 浮気、しちゃダメだよー」

 玲奈は思い出しながらそう頬を膨らました。あの世界での事もあるが、勿論ここでも同じ事だった。

 この学校は、SAO生還者が多く所属している。既に社会人であれば、カウンセリング義務だけの通いでOK。という事になっている。……そして、何故だか、若い女の子は圧倒的に学生が多かった。

 隼人の事、リュウキの事を知っている女の子達が、自然体に、柔らかく笑う隼人を見て、黙っててくれなかったんだ。玲奈の事も一緒になってからかい出すから、玲奈にとっては更にタチが悪いというものだろう。

「……しないよ。だってな?」

 隼人は、玲奈の頬にゆっくりと手を添える。そして、おでこをこつん……と合わせて。

「俺は玲奈がいい。……玲奈の事が一番だから」

 そう、答えた。その一言がどれだけ恋しかった事か……。玲奈は思わず涙を流しそうになってしまう。姉が帰ってきて、学校に通える様になるまでに時間を要し、帰ってきて大分時間もたったというのに、何度聞いても嬉しくて、涙が出そうになるんだ。

「う、うんっ。私も隼人君が一番だからね……」

 きゅっと隼人の身体に手を回し、抱きついた。

 だが、それも一瞬。ここは学校なんだ。公私混合は良くない事だし、何よりも恥ずかしい。寄り添う位は、まだ良いんだけど……流石に抱き合っているのをみられるのは、抵抗があるから。街中で、堂々とらぶらぶしている人達(中でも上級者)は凄いなぁ、と思ってしまう程だ。

「ん……」

 隼人は、おでこをつけたままニコリと笑った。

 ここで、少し学校の事を考えた。この場所に纏めて生還者達をカウンセリングする事は大切な事だ。
だが、それだけで足りる物、だろうか?とも思える。特に犯罪者であれば尚更だ。なぜなら、あの世界での出来事を全てなかったことにしようというのは無理な話だ。現実に起こった出来事なのだから。
彼等が奪った命は、この世界でも生きてはいないし、……自分が奪った命もこの世界で脈打つことはないんだから。後悔は……無いときっぱり言えば嘘になるだろう。

 だけど、今……目の前の人を守れたんだから。彼女が、仲間の皆が無事に帰って来れたんだから。だから、彼の心は少しだけ、軽くなっているんだ。命の重さが軽いわけはないけれど、それでも……皆がいるから。

「隼人くん?」
「ん?」
「知ってる……?お姉ちゃん達と一緒に食べる時も、ここで食べる時も……よく見られてたりしてるって事」
「……え?」

 思わずスットンキョーな声を上げてしまう隼人。随分と珍しい事だが、隼人にも羞恥心は勿論ある。
……見られてしまえば当然恥ずかしい。

「ここは……入口が向こう側に向いてるから……、こそっ、と入ってきたってなかなか判んないし……、中庭は、カフェテリアから丸見えだし……」
「……それは マズイ。困る……」

 隼人は慌てて、頭を離した。
 気配を探る……っと思ったが、生憎この世界では、索敵スキルなんて便利な代物は存在しない。あの世界で、殆どコンプリートした所で、現実世界ではまるで意味を成さないのだ。

「もー、だから私は、直ぐに、顔 離したのに~、隼人君はず~っとくっつけてるんだからぁ」
「あ……う……」
「うっかりし過ぎだよ? 私だって恥ずかしいんだからねっ! だから、今日のごはん、抜きっ!」
「うぇぇ!! そ、それは勘弁してくれ……。毎日の楽しみが……」

 隼人が慌てて必死に謝ること数秒。
 玲奈自身も恥ずかしさよりも、嬉しさの方が大きい為、直ぐに笑い、バスケットを取り出した。

 丸いキッチンペーパーの包をひとつ取り出して、隼人に差し出す。そこに入っているのはサンドイッチ。包を丁寧に除けると、待ってました。と言わんばかりにかぶりついた。2度、3度……と噛み締めて味わうこと数秒。直ぐに判る。その香ばしい香りが胃に直撃し、脳へと伝達されたのだから。

「ぁ……、これって……」
「うんっ!そーだよ?思い出した??」
「勿論だ。……74層、迷宮区。玲奈が作ってくれた料理は全部覚えている自信がある」
「そ、それは凄いね? でも、嬉しいよっ! ……これねー、ソースの再現にすごく苦労したんだ。お姉ちゃんと一緒に試行錯誤しながらさ? ……でも、なーんか理不尽だって2人して思ってたよ。現実の味を真似ようとして向こうでもすっごく苦労したのに、それに負けないくらいこっちでも苦労するなんてねー……」
「……ありがとう。美味しいよ」
「えっへへ~、その顔を見れただけで私は嬉しいよっ リューキくんっ!」


――……今くらいはその名前で呼びたい。

 あの世界で、結婚した時の互いの名前。それを呼び合いたいと思ったからだ。隼人と言う名前も勿論好きだ。だけど、リュウキと言う名前も、玲奈にとってとても重要だから。

 そして、2人で昼食を終えた後。

「ね?リュウキ君。学校のほうはどう? 午後の授業は?」
「ん、そうだな。今日は後2限と言った所だな」
「あは、随分と慣れた感じだね~? 最初なんか、おっかなびっくりだったのにさ?」
「そうだったな。……今でも毎日が勉強だよ」

 隼人は玲奈の言葉にそう言って笑った。

 元々隼人は、学校に行く必要性は無い。社会復帰はもうしているし、何より彼は就職もある意味ではしている。……が、これは自分自身の希望でもあった事だし、綺堂にも勧められ、万事一致で学校に通う事になったんだ。

 社会に出て、働く為の過程として、学業を収める。筈なのに、これでは順序が逆じゃないか?と回りはある程度思った様だけど……、今までの自分じゃ絶対に学べない物がここにはある。と真剣に言ったら皆が納得した。隼人の事を知っている皆は、笑って納得していた。

「でもね、前は違ったんだよ? 今はELパネルみたいだけど、黒板だったし、書くのもタブレットじゃなくて、ノート。随分と変わったんだ」
「なるほど……。だが、近い内に、PCも使わなくなると思うな。ホログラフィックになる可能性の方が高い。普及しだしたら、大幅なコストダウンになるからな。データ入力の一つで全てが賄えるから」
「あ、それ、お姉ちゃんも言ってる。でも、私はこう言うスタイルがやっぱり良いと想うなぁ……、だって 学校があるおかげで、こうやって会えるんだからさ?」
「ん。……同感だよ」

 隼人は深く頷いた。自宅でいるだけで、九割型仕事をする事が出来る隼人。幼い時の施設も殆ど個人別のもの。だからこそ、この学校の様な施設のありがたさがよく判る。

「お父さんが言うにはね? ここって、次世代学校のモデルケースにもなってるんだって」
「ん。俺も聞いたよ」
「あのねー……本当にありがとね? 隼人君」
「……何度も聞いたよ。玲奈。君のお父さん、彰三氏にも。問題無いよ。本当に……気にするような事じゃない」

 玲奈の言っている礼は、あの一件事件の事だ。明日奈や玲奈の父親 結城彰三が明日奈の夫にとみ込んでいたあの男――須郷が逮捕された。そして、須郷は不正に情報を操作して、ある男も入社させて匿った事実もあり、叩けば叩くほどに悪事と不正が出てきていた。

 そんな中でも、醜く足掻きに足掻いた須郷だった。

 全ての研究成果を失った事で、憔悴しきっていたがそれでも、あの時の隼人の言葉を聞いていなかったのか、証拠はない。とまではっきりと言ってしまっていたんだ。

 だが、あのウィルス・ソフトで消す前に、全て送りつけてあるのだ。

 レクトプログレスの支社に設置されていたサーバーに置いてSAO未帰還者300人が非人道的実験に供されているのが露見。その詳細に至るまで、細かな計画書までも警察に知られていた。それらの動かぬ証拠を突きつけられ、更には部下の1人が自白した事もあり、足掻きは終わりを告げた。

 罪状自体は、傷害だが、略取監禁罪が成立するかどうかが、法廷の際に名言されると注目を集めている。

 そして、あの悪魔の様な研究、フルダイブ技術による洗脳という邪悪な研究。

 ……それを可能にするのは、初代ナーヴギアのみ。後継機では実現する事は不可能と言うデータも全て隼人の手で送った。故に、あのヘッドギアタイプのフルダイブ機、ナーヴギアは殆ど全て廃棄。そして、万が一に備えて、あの研究に対する対抗措置の開発もしている。

 幸いだったのが、300人の未帰還者に人体実験中の記憶が無かったと言う事だ。様々な刺激を与えられた筈だが、それらの記憶は皆無であり、他のSAO生還者達よりも長く眠っていた為、肉体的衰えだけはどうしようもないが、それをどうにか乗り越えれば、社会復帰が可能だろうとされている。

 ここからが本題、玲奈が、彰三が隼人に礼を言う部分だ。

 レクトプログレス社とアルヴヘイム・オンライン、……いや、VRMMOと言うジャンルそのものは回復不可能な打撃を被った。SAO事件に加えて、絶対安全と銘打って開発、提供したアミュスフェアが1人の……否、2人の犯罪で起こした事件によって、全てのVRワールドが犯罪に利用される可能性があると目されることになった。

 その兇弾は当然ながら、レクトプログレスに……親社でもあるレクトにも及んだ。

 レクトプログレスは解散。本社もかなりのダメージを負ったが……、ここで風向きが変わったのだ。

 隼人、即ちリュウキと言うプログラマーの社会復帰である。

 彼の名前は世界規模、と言ってもいい程であり、彼がいる会社なら信頼出来る…と言う所まで存在するほどだ。売名行為自体は好きではない隼人だったが、彰三と言う人柄にも触れた事、玲奈や明日奈の親の会社であることもあり、全面的にその危機を乗り越える為に協力をしたのだ。おかげで、ドラゴと言う名前のプログラマーは、影を潜めた……と一部では囁かれたが、その辺はなんてこと無い。……同じ人間なのだから。



「えへへ……、私は嬉しいな。お父さんと早くに打ち解けあった事がさ?」

 玲奈は笑顔を見せながらそう言っていた。自分の好きな人が親に認められる……どころか、全信頼をよせてくれるなんて、喜ばしい事極まりないだろう。その腕だけを見て……、だったら、自分としては嫌だし、軽蔑に値するが、隼人と言う人柄にも触れて、能力だけじゃない事も知ってもらっている。……能力だけで、内面を見れていなかったと、嘆いていた事もあったのに、隼人の事を全て認めてくれたんだから。

「そうだね。……玲奈のお父さんなんだから。俺としても、仲良くしたい、って思ってるよ」
「え、ええ! ほんと? ……そ、その……、両親に、しょーかいって事は……、わ、私達……///」
「っ/// そ、それも勿論だ! 俺だって、ずっとそう思ってるっ!」

 からかう様に玲奈は言っていたのだけど、隼人は心から言ってくれているから、引くに引けない。このまま言えば、婚姻届まで出しに行く。というところまであっと言う間に行きそうだけど……今は学生の身分。

 隼人は違うが、歳を考えたらそうだ。

 だから、今しかない時間をゆっくりと楽しみたい玲奈は、一瞬考えてしまったそれを無しの方向にすると。

「あははっ……。隼人君、大好き……」
「俺もだ……玲奈」

 互いに身を寄せ合い、空を眺めた。雲ひとつない……と思っていたのに、大きめの雲がある事に気づく。その回りに小さな鱗雲の様なものもあり、まるで大きな雲に集まっていっている様だ。それを見た玲奈は。

「そうだ。今日のオフ会の事だけどさ?隼人君っ」
「ん」

 肩を寄せ合ったまま、2人は楽しそうに話をしていた。








――……そんな2人を影から見ている者達がいた。





 一体その影は誰なのか?それは次回……乞うご期待!!……??




 妙な殺気に似たものを感じますが……、気のせいでしょう!!







 
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