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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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ALO編
  第147話 世界の種子


 束の間、2人は再会を心から祝しあっていた。
 あの世界で築いてきたものを、再び取り戻す事を出来たのだから。この世界で、そして現実で、再会自体は確かに出来ていたが、本当の意味での再会はまだだった。
 この瞬間が、本当の再会なのだ。

 そして、少しして和人は、隼人に聞いていた。

「でも隼人は、何でログアウトをせずに、ここに残ったんだ? 玲奈は……還れたんだろう?」

 その事をだった。
 隼人が全てを思い出している事は、和人にもよく判っていた。あの世界樹に登る為のグランド・クエストの際に、その片鱗は見せ始めていたのだから。あの時から、何処か和人は安心していたのだ。隼人は、キリトの言葉を聴いて笑みを見せると。

「ああ。玲奈は戻れた。……戻れたよ。玲奈を待たせたくないけど、まだ オレはしなきゃいけない事もあるし。……言わなきゃならない事だってあったから」

 隼人はそう答えると、和人の目を見て答えた。

「……和人への帰還報告(デブリーフィング)もそう。ユイにも。そして、この力をくれた、あの男(・・・)に対する礼、それも終わってないから」

 隼人は、穏やかな目だった。
 その告白を聞いて、和人自身も表情が緩む。そして、隼人が言う《あの男》と言うのは誰なのか。それはよく判っていた。

「……そう、だったのか。ドラゴとしての力、能力と言うのは」
「ああ、どうやら随分と贔屓してくれたみたいだよ。……神話で神をも滅ぼすと言われている名、《フェンリル》を寄越すとは、色々と洒落た男だ。どうやら、オレはキリトよりも贔屓目に見られている様だな? この世界では」
「たははは……」

 そう言い、更に頬が緩み、2人とも微笑んだ。


――……そして、その数秒後、ゆっくりと隼人は振り返った。


 和人も同様に、隼人が見ている方へと視線を向ける。


「……そこに、いるんだろう」
「そうだな?……ヒースクリフ」

 2人は暗闇の中、話していても、確かにあの男の存在を感じた。それは2人共にだった。

 その問いの後、暫く静寂があったが彼等の声に、反応。先ほどキリトの中に響いた声と同質のものが場に低く響き渡った。


『久しいな、リュウキ君。キリト君。……もっとも私にとっては――あの日の事も、つい昨日のことの様だよ』


 その声は、先ほどキリトの頭に響いてきた声と同質だが、何処か違う気配もしていた。それは、何処か遠い世界、遥か遠い世界から届いてくる様な気がするのだ。立っている場所が根底から違う、そんな気がした。

「――生きていたのか?」

 その姿を完全に視界に捉えた和人は、短く訊いた。一瞬の沈黙に続いて、答えが還ってくる。

『……そうでもあると言えるし、そうでもないとも言える。私は、茅場晶彦という意識のエコー。……残像だ』

 茅場はそう答えていた。だが、その存在感は……間違いなくあの男その物だ。直接会った事は無いにしても、長く共に仕事をしてきた隼人には何処か、そう感じた。文面上でのやり取り、仕事上でのやり取りだけだったけれど。……数少ない尊敬に値する人物だったのだから。

「……オレはそうは思わないよ茅場。……いや ヒースクリフ。それにアンタは全く変わらない。……義理堅く、いつでも、何処までも 真っ直ぐな男だって所が特に、な」

 隼人は、対照的に、そう茅場に答えていた。
 孤高の天才と呼ぶに相応しい実績を残している茅場晶彦。メディアへの露出が少なくマスコミを嫌う。人付き合いというものも、思いのほか多くはない。

 そんな彼だが、唯一対面を熱望したのが、リュウキと言う名のプログラマーだったのだ。自分と対等に……、いや 上であるといっても良い相手。そんな相手はこれまでにいなかったから。だからこそ、だった。

『……ふ。君とは私が人である内に、もっと会いたかったものだよ。リュウキ君』

 だからこそ、ここで初めて柔らかく微笑んだ茅場。あの世界でも、その表情は見た事の無いものだった。
 
 和人は、嘗ての旧友と言った仲に聞こえなくもない2人の会話に水差すつもりは無かったのだが、一言はどうしても言いたかった為、つい言葉を挟んでしまう。

「真っ直ぐ以外にも解りにくい事を言う男、って所もあるだろう?」

 苦笑いをしつつ、和人はそう言っていた。そして、続ける。

「とりあえず、礼を言うよ。……だけど、どうせならもっと前に助けてくれてもいいじゃないか」
『………』

 和人の言葉に苦笑を漏らす茅場。確かに危険な場面は多数あったのだから。だけど、隼人は判った気がした。

「それは人間の意志の強さを、再び、見たかったから。……と言った所じゃないのか? ヒースクリフ」

 そんな茅場に隼人はそう言っていた。
 和人は、隼人の方を思わず見てしまっていた。その言葉は、あの時……頭の中で彼が言っていたのだから。

『……それもあるかもしれないな。だが、私と言う意識は確かに覚醒していた。……が、流石にここのシステム・コアに侵入するのには随分と骨が折れてね』
「よく言う……。この世界、幾らSAOのコピーとは言え安易に侵入する事は出来ないだろうと想像するのは難しくないのに、オレのID情報を察知し、この種族へと転生させた。……おまけの贈り物(ギフト)も携えてな」
「それはどういう事だ?」

 隼人の言葉の中には、理解できない事もあった。茅場が、システムに介入する難しさと言うのは理解出来る。管理者権限と言うシステムに守られた中、無数に反り立つ針、その中の唯一の正解の穴を見つけ出し、更に改ざんする。

 つまり、……途方も無い事だと言う事は理解出来た。

 それは、恐らくは人の手で行なえる領域を超えた力だろう。

「さっきも言ったが、オレの種族がこの世界に存在しない種族だと言う事は和人も知っているだろ?」
「ああ、成る程、それがヒースクリフが隼人に与えた贈り物と言う事か?」
「そうだ。……それに、それだけじゃないんだ。あの最後のクエストの際に使った魔法《覚醒》。そしてもう1つ。 この世界で、地に伏していた時、偽りの神を前に成す術も無く倒れていた時、くれた。反撃の道筋を示してくれた」
「……あの時、か」

 和人は思い出すだけでも怒りがこみ上げてきそうな光景。偽りの神とは言え、管理者の圧倒的な力を使い、隼人を縛っていた。玲奈と言う愛しい人をも使ってだ。
 自分と同じ……、いや それ以上の苦しみを彼は味わされたんだから。

 隼人はそんな和人の顔を見て一笑していた。『ケリはつけた事だ』と、その微笑みの中で言っている様だった。

「その力、能力は《神威》。……神の脅威と書いて神威。……ヒースクリフも怒りを感じていたんだろ?システムを、自分が夢を見続け、作り上げたあの世界を盗まれた事に。」
『………。』

 これまで、2人の会話を黙って聞いていた茅場だったが、隼人がそう聞いた後、否定も肯定もせずにただ、静かに微笑んでいた。

 幼少時よりの夢。
 夢想し続けてきた欲求。

 幾年月経とうとも、色褪せる事の無かった想いを具現化する事が出来た異世界。それは、茅場晶彦の全てとも言っていい世界。幾ら最後に、全てを消滅させた、と言っても 盗まれる事は本意ではないだろう。

「それにしても、神聖剣の次は神を討つ神威か。随分と洒落ているな?」
 
 隼人はそうも言って笑った。茅場晶彦と言う男が好きな言葉、好んで作る言葉が大分判ってきた気がしていた。茅場は軽く咳払いをすると。

『……ふ、だが礼には及ばないよ。リュウキ君。以前にも君に話したと思うが、私としてもあの世界の最後の戦い。……今でも心残り、後悔をしているのだよ。君には負けたくないと言う思いから、管理者権限とも言える能力を使ってしまった。大人気のない行為だ。そして、それは償いでもある。……自己満足とも言えるがね』
「『管理者権限でも何でも使え』当時のオレは、そう事前に言っていたんだ。……もう イーブンだろ。それに、こっちは2対1。だったしな?」
「……ああ」

 隼人は、和人の方を見て、片眼を閉じた。
 和人としても、あの戦いでは反省すべき点も多く、あまり語りたく無い、と言う気持ちもある。横っ面を、この男に張られて無ければ、どうなっていたか、考えるだけでも恐ろしいから。

『それに、あの神威は勿論、覚醒も まだまだ不完全なシステム・スキルでね。神威は神を打ち倒せるかどうかは、システムを打ち破れるかどうかは、それを手にした者に委ねられる。……覚醒にしても神威にしても、私は切欠を与えただけだ。礼には及ばない』
「そりゃそうだ。……あんな無茶な量の文字数の魔法。オレにくれても活用しきれない。自信がある」
「……まぁ、そこは得手不得手だよ。オレに言わせればキリトの反応速度も十分異常なんだがな?」

 和人は、茅場の言葉を聞いて頷いていた。確かに強力無比な力と言えるだろう。だが、そこまでに至る為の過程が鬼畜と言っていいのだ。戦闘中でしか発動出来ない上に、鬼の様に長く複雑な詠唱文。1分程かかるその内容は、一言一句暗記していなければ、発動等不可能だろう。隼人は、得意分野だ、と切って捨てる様に言うが、明らかに常軌を逸している。

 だが、隼人だから、と言えば何処か納得だが。

 隼人は隼人で、和人が、キリトとしてもつ能力。反応の速さに舌を巻く様に言っていた。反応速度、反射神経と言うのは生まれ持ったモノだと言える。ある程度は鍛えれば何とかなるものだが、それ以上ともなれば、生来所以になってくるのだ。

 つまりお互い様だ、と言う事。

 そして、暫く互いに苦笑いをした後。茅場は口を開いた。

『それに、リュウキ君、キリト君。私達の間に無償の善意などという事が通用しない。する仲じゃないことは判っているだろう?償い、借り、……様々な理由はある。……そして代償ももちろん必要だ。常に』

 その言葉を聞いてまっ先に苦笑いをするのは和人だった。2人の中で、自分だけだろう。代償言う代償をしていないのだから。

「オレだな。何をしろと言うんだ?」

 一歩前に出て、そう聞く和人。あまり、背負わせ続けるワケにはいかない。その身体は、その見た目と同じ様に。……自分と同じく、何処かに儚く脆い、そんな弱さだってあるのだから。
 彼は、強さも、弱さも併せ持っているのだから。

 すると、茅場は始めから判っていたかの様に、和人の下へと何かを転送した。それは、暗い闇の中……、何か、銀色に輝くもの。銀と言えば白銀のリュウキの代名詞(本人には、あまり言わないが……。)。一瞬、彼に関する何か?かと思ったが直ぐにそれが的はずれだと言う事に気づく。……そもそも、色だけで判断するのはどうかと思う。

「これは?」
「……卵? かなりデカいプログラムだな」
「はは……流石だな、一目で判るのか?」
「それ以上は判らない。……ただ、判るのはとてつもない何か、と言う事だけだよ」

 そんな2人のやり取りを見て、茅場は再び微笑んだ。

 自分は子を持った事はない。

 これまでも、これからも 永遠に無い事だろう。なのに、彼等とは対等だと、一個人。1人の男同士だと、認識している筈なのに、何処か暖かさをそこには見出せていた。それは、親が子に抱く感情に限りなく酷似しているのかもしれない。それが、長らく共に仕事をしてきた彼がいると言う事もあるだろう。

『それは世界の種子だ。芽吹けばどういうものか、判る。その後の判断は託そう。それを消去し、忘れ去るのも良い。……しかし、もし……あの世界に憎しみ以外の感情を残しているのなら……』

 茅場は、そこで声を途切らせた。その後、短い沈黙の後。

『……では、私はもう行くよ。また会おう。リュウキ君。キリト君』

 それが、最後の言葉だった。まるで、初めからこの場にはいなかった様に、彼の気配は完全に消え失せたのだ。








 再び静寂が訪れた数秒後。

「……戻る前にもう1つ、最後にあるんだ」

 隼人は、和人の方を向いた。和人は、とりあえず、託されたその世界の種子を胸ポケットに仕舞いこんでいた。隼人が最後にする事。それは、今は世界の種子で埋まってしまっている和人のポケット。
そこは、彼女の特等席の筈だ。帰還報告(デブリーフィング)は、和人……キリトにだけじゃない。

「呼んでくれないか?……キリト」
「ああ。判ってる」

 キリトは、隼人の、……リュウキの言葉の意味を即座に理解した。リュウキに会いたかったのは、玲奈や自分たちだけじゃない。


――……暗闇から、手をさしのばされ、救い出してくれた。心に暖かさをくれた。……大好きだったお兄さん。

 そう、あの少女もずっとリュウキと会いたかった筈だ。ちゃんと還ってきたリュウキに。

「ユイ。いるか?」

 キリトがそう言った途端。暗闇の世界が一直線に割れ、外の世界、妖精の世界の空が顕になった。オレンジ色のその太陽の光が暗闇の暗幕を切り裂いたのだ。そして、一陣の風が吹く。

 光の粒子を纏った輝く風は、少女の形となってこの場にゆっくりと降りてくる。

 純白のワンピースを羽織った少女の姿に。

 ゆっくりと目を開いた。

「ぱぱっ! おにいさんっ!!」

 ユイは、丁度2人の腕に飛び込む形で、降りてきた。

「良かった。……無事、だったんだな」
「はい……、突然、アドレスをロックされそうになったので、ナーヴギアのローカルメモリに退避したんです。でも、もう一度接続してみたら、誰もいなくて……とても、とても心配しました」

 ユイは、ぎゅっと目を瞑って、そして開いた。そしてユイは、しきりに左右を、そしてリュウキの顔を見ていた。心配そうなその表情は、何を聞くのか、何が聞きたいのか、直ぐにキリトには理解出来た。

「全部、終わったよ。……ママも、おねえさんも。……おにいさんも、な。帰ってきた」

 キリトの言葉と共に、リュウキも穏やかな表情になり、ユイを見つめた。その表情を見て一目でユイはわかった。ユイの開いた目に涙がみるみる内に溜まっていく。
 その涙は留まる事を知らず、収まりきらなくなった為、外へと流れ出る。ユイの小さな頬を伝い……、首元の曲線部分からは、宙に解放され、雫となって下に落ちた。

「……ただいま。ユイ」
「おにい……さんっ……」

 ユイは、リュウキの腕をとったまま、頬をぎゅっとその腕にくっつけた。それを見たキリトは。

「ふふ、生き別れていた兄妹が再開出来たんだぞ?……兄なら、しっかりと安心させてやってくれよ」

 芝居がかかっているとは言え、その穏やかな雰囲気と表情は、まさに父親そのものだろうとリュウキは感じていた。父親を知らない、リュウキでも……それを、その優しさを感じ取る事が出来た。

「……ああ。そう、だな」

 リュウキは、ユイの小さな身体を。この世界の妖精としての姿ではなく、あの世界の少女の姿になっているユイの身体をその腕に包み込んだ。

「もう、何処にもいかない。……ずっと一緒だ。みんな、みんな……っ」

 リュウキは、一言、一言 発する度に、目に涙が溜まり、滴り落とした。暖かい抱擁を受けたユイ。変わらない優しさを纏う、暖かさを纏うその心に触れたユイは、静かに、そして身体を震わせながら、リュウキの腕の中で嗚咽を漏らしていた。

「……本当に、良い兄妹を持ってオレは幸せだよ」

 それは、からかいでも無ければふざけている訳でもない。心底、そう思ったからこそ……、つい言ってしまった。また、2人の笑顔が見れて本当に嬉しいと感じたから。
 ただ、この場に明日奈、玲奈がいない事だけが心残りと言えばそうだ。

「また、アスナやレイナと一緒に、戻ってくる。直ぐに会いに来るよ」

 リュウキの腕の中で感涙していたユイの頭をそっと撫でるキリト。……キリトの言葉を聞いて、2つの暖かさに包まれて、ゆっくりとリュウキの胸から顔を離す。涙と共にニコリと笑顔も見せて。

「……はい、待ってます。待ってますっ!――……大好き、大好きですっ」

 ユイの言葉と共に、キリトとリュウキの2人は、この世界から立ち去った。ユイを包み込む様に、形で光を発し、この黄金色の空へと消えていった。2人は現実の世界に。ユイは、和人のナーヴギアの中へと、還っていった。



妖精の世界(ALO)での戦い~



 天へと戦いを挑んだ2人は、想いを胸に、其々の最も大切なものを取り戻す事が出来た。この燃える黄金色の空の下、この世界での戦いは幕は降りたのだった。










~竜崎家~




 まだ、意識は朦朧としている。
 時間にしてみれば、一日すら経っていない。だが、その短い時間の中でとてつもない程の情報量が脳内に流れ込んできたのだ。……嘗てのトラウマもしかることながら。だが、頭の芯に疲労感が残りながらも、何処か心地よい浮遊感も同居させていた。過去の因縁に決着を付け、そして大切な事を思い出した、思い出せた事が大きいだろう。大切な人を、愛する人を、思い出せた事が。

 隼人はゆっくりと瞼を開けた。

 目元にうっすらと残っている涙は、決して偶然ではないだろう。

「……」

 隼人は瞼を開けると、ゆっくりと起き上がった。部屋の明かりを付けようと、手を伸ばすが……、ここで漸く気づく事が出来た。部屋の明かりがついていると言う事に。自動点灯を設定していた訳じゃない筈だけど、と思ったが直ぐに訳が判る。

「……おかえりなさいませ。隼人坊ちゃん」

 傍らで控えてくれている人の存在を、確認したからだ。その表情は、やや強張っている。……知っている。その表情は、心配をかけた時の表情だと言う事を。

「ごめんね。……爺や」

 隼人は、アミュスフィアを外すと、綺堂の方を向いて頭を下げた。安全の為、と言う事で綺堂のモバイルにリンクするプログラムも組み込んである。自分自身のバイタルデータが異常数値を示していたのは、よく判っていた。あの世界のあの場面で。
 そして、普通であればアミュスフィアの安全装置が働く筈なのに、目を覚まさないのだ。悪夢が再び頭の中を過ぎったのだろう。

「いいえ。……謝るべきは私。私の落ち度です。坊ちゃんの情報と、彼に関する事。その2つが揃っていながら、あの世界へと坊ちゃんを送ってしまった私の……」

 綺堂はそう言うと、視線を落とした。

 情報……、と言うのは、隼人がALO内で見つけた嘗ての研究の残滓が見つかった事。そして、同タイミングであの男、狭山の事を聞く隼人。これらを元に、綺堂自身も再び行方を眩ませたあの嘗ての旧友であり、酷い裏切り者でもある狭山の情報を再び捜索したのだ。

 そして、痕跡を見つける事に成功した。表向きは 総合電子機器メーカー レクトの子会社である『レクト・プログレス』のVR部門のアドバイザーとして、所属していた様だ。

 名前も偽名を使用していた、狭山(さやま)雄造(ゆうぞう) から 御影(みかげ)蓮司(そうじ)へと。

 人格を抜きにしても、その能力は優秀、文句ない一流と言う事と、コネクションがあるものと思われた。
 木を隠すなら森、とはよく言ったもので、巨大なレクト社に息を潜めていたのだ。

 隼人は、そう謝罪をする綺堂を見て、首を振った。

「……爺や、でも僕は、……オレは行っていたよ。例え何が待っていても。どんなことをしても。……あの世界に大切なものがある、って確信していたんだから」

 そう言うと、表情を緩める。まるで、憑きものが落ちた、と言わんばかりの晴れやかな表情だ。

「そして、見つけたんだ。大切なものを。……大切な思い出を」

 それを聞いて、綺堂の表情も僅かだが穏やかな表情になっていた。初めから判っていた。隼人が目を覚ましたその時から、綺堂は判っていた。目を見ただけで、判ったのだ。

「良かったです。……是非、思い出をお聞かせください」
「……うんっ」

 隼人は、ニコリと笑いながら頷いた。だが、今はしなければならない。行かなければならない場所がある。

「大切な人も、この私にご紹介して頂ければ。坊ちゃんの親として、ご挨拶をしないと」
「あ、あっ……/// そ、それはちょっと早い気が……」
「……ふふふ、坊ちゃんも随分と成長しましたなぁ」

 普段の隼人であれば、大した風には受け取らないだろう。ただ、はじめて出来た友達に挨拶をする、程度にしか。だが、その挨拶の意味する所が判った様だ。そして、その相手が異性だと言う事も、綺堂は判っていた。

 一人称が《僕》から、《俺》へと変わった事もそうだ。

 ほんの数日で、2年分の思い出と想いを取り戻した彼の姿。……本当に嬉しくもおもえていた。

「も、もうっ! ……とと、そうだそうだ」

 隼人は、居た堪れなって手早く準備をしようとした時だ。ある事を思い出した。もう1つ……綺堂に頼んでいた事があったのだ。表情を真剣なものに変えると隼人は綺堂に向き直る。

「爺や、アレは、準備してくれた?」
「……ええ。勿論です。坊ちゃんのノートパソコンは勿論、各種モバイルでも出来る様にしております。ただし、大変危険な代物です。狙いを見誤れば……」
「大丈夫。……大丈夫だよ。下調べはする。ノーパソ1つがあれば十分だし。……絶対狙いは外さないよ」
「……愚問、でしたね。坊ちゃん」
「ううん。ありがとう。……もう早い内に終わらせたいから。早めに、ね?」

 隼人は、綺堂からそれを受け取った。

「爺や、多分……友達も行ってると思うから オレも行く。……行ってくるね」
「はい。もう夜も遅いです。……お気をつけて」

 現在は夜の9時を軽く過ぎている。

 でも、今日 会いたい。

――皆に、……玲奈にもう一度会いたい。

 約束もしたのだから。
 約束通り、現実の世界で彼女を抱きしめたい。ずっと、会えない間も想ってくれた彼女を、精一杯想いながら。

 綺堂も、止めなかった。隼人の想いの高さを、強さを感じたから。会いたいと、力いっぱい叫んでいる様にも聞こえたから。

「じゃあ、行ってくるね」

 座っていたベッドから飛び起きると、クローゼットに仕舞っている防寒ジャケットを着用する。外は随分と気温が低いだろう。室内ですら、これ程までに低い温度なのだから。指し示す室内温度の数字は10℃を切っていた。これなら、エアコンの復電自動起動設定をしっかりとしておけば良かったとやや後悔もしたが、これから外へと出るのだから、丁度いいか、と思い直していた。

 外は、氷点下に迫る気温だから。

「道中、お気をつけて」
「うん。場所は……」

 隼人は、行き先を綺堂に説明をし、個人住宅とは思えないエントランスを抜け、外へと向かった。爺やに自動車を、と思ったが、場所を考えたら自転車で行く方が早いだろう。決して 近くは無いが、やや遠回りに大通に出て、国道を進んでいく事を考えたら何かと自転車の方が好ましい。もう、十分と思えるがリハビリにもなるから。彼女を抱きとめるのに、足腰がしっかりしていない、と言うのは情けなさすぎるだろう。

「行ってきます」

 隼人は、自転車に跨ると ぐっと力を入れてペダルをこいだ。夜の闇の中。……しんしんと降り注ぐ雪の空の下。吐く白い息を感じながら、隼人は進んでいった。










~桐ヶ谷家~




 時は、少しだけ遡る。

 和人は、隼人と殆ど同時刻に目を覚ました。疲労感が残り、瞼を開くのにも少し頑張らなければならない程。ゆっくりと目を開けた先に、妹の直葉がいた。
 心配そうな表情で、じっと和人の事を見ていて、目が合うと、慌てて身体を起こす。

 じっと、和人の事を見つめていたのだから、仕方がないだろう。兄を好きだと言う気持ち、そう簡単に気持ちを整える事が出来る訳も無いから。

――……全部、終わったの?
――……ああ、終わった。何もかも、全部。

 起きた当初2人の会話は、それ程多くは無かった。和人が、直葉に答えたのは終わったと言う事実と、感謝だった。幾ら感謝してもしたりない。……妹がいたからこそ、助ける事が出来たんだ。
 ……直葉がいたからこそ、隼人と巡り合う事が出来た。
 ……リーファがいたからこそ、明日奈や玲奈を助ける事が出来た。

 隼人の分も、礼を言わなければならないだろう。

 そして、悩んだのがALOの真実を話すか否かと言う事。だが、和人は今話す事は無かった。これ以上、心配を掛ける訳にはいかなかったから。ただでさえ、自分の頭には、直葉にとっては憎むべき機械が取り付けられていたのだから。

「お兄ちゃん。行ってあげて。きっと、きっとお兄ちゃんを待ってるよ」

 直葉は、笑顔で言う事が出来た。

――……本当の戦いを経験した自分は少し、強くなったのかもしれない。

 直葉はこの時そう思っていた。まだ、兄を想っているのに、笑顔で兄の想い人の所へ、と言えたのだから。酷い事を言ってしまったあの時より、ずっと……。

 そして、凄まじい程までの速度で着替えを済ませた和人に直葉は、夜食にと分厚いサンドイッチを差し出した。それは、丹精込めて、……ちょっぴり愛情を込めて作ったサンドイッチだった。
『これくらいは、許してくださいね?』と少なからず想いながら作ったもの。

 和人は、それをありがたく受け取って、素早くジャケットを着直して、外へと出る。

「さ、寒っ……」

 ジャケットをも透過してくる冷気に思わず首を竦めてしまう。

「あ、……雪」

 見送りに、外まで来ていた直葉は空を見上げながら呟いた。

「え……」

 和人も、直葉より少し遅れて、空から降り注ぐそれを確認した。

 しんしんと降り注ぐ雪。まだ、降雪量自体は少ないものだが、今朝の天気予報を思い返せば、それなりに積もると言う予報だ。これなら、公共機関を使うよりも、愛自転車で飛ばす方が早いだろう。

 手早く自転車に跨る和人。

「気をつけてね? ……アスナさんに、レイナさんに、宜しくね」
「ああ、今度、ちゃんと紹介するよ。……それに、きっとアイツも来てる。隼人も」
「え? はやと?」

 直葉は聞いた事のない名前を聞いて、首をかしげた。和人は、そうだった、そうだった、と頭をかきながら笑顔を見せ。

「リュウキ、だよ。ドラゴとも言うかな? ……レイナの大切な人だ。 」
「え……ええー! そうだったんだ!?」

 それは初耳だった。
 そして、心の何処かに『せっかくリタに想い人が。相性の良い人なのに』と頭の中に過ぎったが、その想像上ですら、思い切り自分の右胸めがけて鉄拳制裁してくる彼女がいたから、直ぐに戻ってくる事が出来ていた。

「リュウキ、隼人の事も紹介するよ。今度ちゃんとな?」
「うん。ちょっと楽しみだよ」
「ああ」

 それを最後に、和人は直葉に手を振って愛自転車のペダルを強く踏み込んだ。

 雪が降り注いではいるが、出かけた時間帯が良かったのか、病院にまで到着するまでに、路面に積もる事は無いだろう。徐々に勢いを増す雪。夜の闇に、降り注ぐ白銀の輝き。

《白銀と漆黒》

――……確か、アイツの第1層でLAのアイテムは、《コートオブシルバリースノウ》だったな。

 ふと頭に過ぎった。白銀のコートのそれは闇の中で僅かに顔を出している月明かり照らされた雪景色に似ている色。

 漆黒のコートに、白銀のコート。

 そして、こんな景色。

『……こんな再会もあるのか』と 和人は何処か苦笑いもしていた。


――……だが、隼人には悪いが、今一番出会いたいのは明日奈の方だ。


 和人はそうも思う。だけど、それはお互い様だろう、か。とも思えた。きっと隼人も今、まっ先に会いたいのは玲奈の筈だから。

 これから出会える。明日奈に、あの時の4人にまた出会える。

 そう思えると、病院までの距離が全く苦にならない。身体に翅が、あの世界の様に翅が生えたかの様に、身体が軽い。

 もう少しで、ここは銀世界になるだろう。

 隼人の代名詞とも言える色の世界。

――……でも、その背景でその世界になれば、舞台の主役とヒロインはあの2人に持って行かれてしまうだろうな。

 和人は思わず苦笑いをしながら、そう思った。でも、2人の想いにも負けない位明日奈の事を思ってるんだ。

「アスナ……」
 
 鎖を解き、解放した彼女を想いながら、自転車のペダルを踏み込んで進んでいく。恐ろしいまでに冷たい冷気。その冷気を感じ、ふと嫌な予感も感じた。

――もしも、明日奈が、玲奈が目を覚ましていなかったら。

 ALOにも彼女の魂は既になく、しかし現実にも帰還していない。………どことも知れぬ場所へ消え去ってしまったら。

 少し、考えたくない予感が頭から足の爪先にまで、悪寒として迸った。そう、思ってしまうと、この銀の世界も曇って見えてしまう。冷気が、冷酷に感じてしまう。

(そんなの、有り得ない。この現実が、そんな悪意の権化……そこまで冷酷でなんて、あるはずがない)

 その悪寒を振り払う様に、和人はペダルを踏み込み続けた。


 ……この先には、確かに彼女が確かに待っている。
 だが、超えなければならない試練がある事を、この時の和人は知るよしもなかった。

 
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