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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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4部分:第四章


第四章

「それで今回の話は」
「うむ」
 老人はここで態度を改めた。そして真剣な顔で沙耶香に語りはじめた。
「薔薇だ」
「薔薇」
「そうだ。この屋敷にある五つの色の薔薇だ」
 老人は言った。
「赤、白、黒、黄、そして青だ」
「その五色の薔薇で何があるのでしょうか」
「これは速水君にも言ったが」
「はい」
 話はまた一つ深い場所に入った。
「手紙が来ているのだ」
「手紙が」
「うむ、これだ」
 それは流麗な、女性、若しくは若い中性的な男性を思わせる字であった。白い和紙の上に黒い墨で書かれている。そこに薔薇のさだめに従って五人の生贄が捧げられる時に時は来るとあった。
「また随分風情がありますね」
「君もそう思うか」
「はい。最近は文字を切って貼ったり、パソコンで入力したりとそんなものばかりですから」
 沙耶香はここではそうした文明の利器を残念がった。
「こうした手紙は。やはりどんな場合であっても」
「筆で書かれるのがいいというわけだな」
「私はそう思います」
 それが沙耶香の考えであった。彼女はその黒い瞳を微かに動かして述べた。
「五人の生贄ですか」
「薔薇のさだめに従ってな」
「薔薇というと死を意味する花でもあります」
 沙耶香は薔薇という花を知っていた。この花は華麗な外見と共に死をも内包しているのだ。薔薇が散る時にその散っていく花びらから死を連想するからであろうか。
「その五人の生贄に五色の薔薇」
「繋がるな」
「ええ。まずはそれが最初のヒントですね」
 沙耶香は言った。
「まだ犯人はわかりませんが。これからするであろうことはわかります」
「そして君達に頼むことは」
「この事件の解決と謎の解明」
「そうだ。頼めるか」
「私は契約により動く者ですから」
「わかった。それでは頼むぞ」
「わかりました」
 こうして沙耶香は老人の申し出を正式に受け入れこの謎に挑むこととなった。話が終わり部屋を後にする。ここで男が沙耶香に声をかけてきた。
「それで御部屋ですが」
「何処かしら」
 寝泊りの為の部屋まで用意してくれている。かなり用意がよかった。
「こちらでございます」
 彼はその言葉に応えて沙耶香をまた案内しはじめた。一階から玄関の入り口の辺りにあった階段を使い二階に昇っていく。階段は重厚な作りであり年代と共に頑丈さと、そして風情を確かめさせるものであった。
 沙耶香は男に案内され二階へと辿り着いた。そこは一階よりもまだ暗く、そして多くの部屋があった。
「何分古い部屋ですが御辛抱下さい」
「むしろ嬉しいわ」
「そうなのですか」
「こうした古い洋館の中にいるのはね」
 彼女はうっすらと笑っていた。
「趣きがあるわ。レトロな感覚で」
「左様ですか」
「ええ。だからそれは心配しないで」
 沙耶香は言った。
「むしろ気になるのは」
「お酒ならふんだんに用意してありますので」
「わかっているのね」
「あの方からのたっての御言葉で」
 彼は答えた。
「上等のワインにブランデーを用意しておきました」
「有り難う」
 沙耶香は酒があると聞いてその頬をほころばせた。やはり妖艶な笑みであった。
「それじゃあまずは部屋を」
「はい」
 男は二階を進む。そしてその中のある一室の前にやって来た。
「こちらでございます」
「ここね」
「はい。御客様用の部屋でございまして」
 言いながらその部屋の扉を開ける。その中はホテルの客室と見紛うばかりの古風でかつ豪奢な佇まいの部屋であった。
 木製のシックなテーブルと椅子がありベッドは天幕が付いている。窓には白いシルクのカーテンがあり広く、全体的に落ち着いた雰囲気がある。沙耶香の趣向に合せたかの様な部屋であった。
「如何でしょうか」
「いいわね」
 その切れ長の目を細めていた。
「御風呂場と御不浄は別にありますので」
「そうなの」
「それを使われる場合はまた。家の者を御呼び下さい」
「ええ、わかったわ」
 それに応えて頷く。
「それじゃあまた後で」
「はい。あっ、言い忘れていたことがあります」
「何!?」
「御食事や御酒はルームサービスになっておりますので」
「ルームサービスね」
「ええ。ですから部屋でお待ち下さい。もうすぐ夕食が運ばれてきますので」
「少し早いのではなくて?」
 懐中時計を見た。見ればまだ六時であった。
「そうでしょうか」
「ええ。そう思うけれど」
「それでは時間を遅らせましょうか」
「もう料理は作りはじめてるのかしら」
「そうだと思いますが」
「そう。だったらいいわ」
「そのままお持ちして」
「お願いするわ。それじゃあ」
「畏まりました」
 男は一礼して部屋を後にした。それから暫くして黒い髪を肩の高さで切った黒い服のメイドがやって来た。まだ幼さの残る初々しい顔立ちである。
「お待たせしました」
「ルームサービスね」
「はい。御料理と御酒です。御酒は」
「赤ワインね」
 銀の覆いをどけるとそこから鴨をメインディッシュにしたフルコースと赤ワインが姿を現わした。沙耶香はそれを料理が出される前に言い当てたのであった。
「その通りです。よくおわかりになられましたね」
「勘よ」
 沙耶香はにこりと笑ってそう答えた。
「当たったようね」
「鴨には赤ワインが合いますので」
「そうね」
 それに応えながら席に着く。少女はそこにまずはスープを置いた。
 食器もスプーンも銀であった。その輝く身体が沙耶香の漆黒の身体を映し出していた。銀が白い光ではなく黒い光を放っていた。
 沙耶香はスープを口に入れる。それからメイドに声をかけた。
「美味しいわね」
「そう言って頂けるとシェフも喜びます」
 メイドはその言葉を聞いてにこりと笑った。純粋な、澱みなぞ全くない明るい笑顔であった。沙耶香はその笑みを見て心の中で思うところがあった。
「それにサービスもいいし。まるでホテルね」
「御客様には真心を、といつも言われていますので」
「そうね。ルームサービスも一つ加えてくれているし」
「といいますと?」
「すぐにわかるわ」
 沙耶香はスープを飲み終えワインを一口含んでから答えた。
「すぐにね。まずは食事を」
「はい」
 次はサラダが運ばれた。そしてメインディッシュ、デザートへと。ワインもボトルを一本開けた時にはもう後ろの窓は暗くなり、白い星さえ見えてきていた。
「御馳走様」
 沙耶香はナプキンで口を拭った後で言った。
「堪能させてもらったわ」
「はい。それで」
 メイドはここで彼女に声をかけてきた。ずっと彼女の側に立って対応していたのである。
「さっきのルームサービスの件ですけれど」
「ああ、あれね」
 沙耶香はそれを受けて彼女に顔を向けてきた。

 
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