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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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36部分:第三十六章


第三十六章

「防ぐまでです」
 そのことは何でもないといったような言葉であった。
「それだけのことです」
「大した自信ね」
「それは防ぐことが出来るからですよ」
 速水の言葉は相変わらずむべもないものであった。
「その為の切り札が」
「あれね」
 沙耶香が言った。
「そう、あれです」
 速水もそれに頷く。そしてまず沙耶香が左手の平を自身の右肩の上で照らす。そこへ速水も自分の右手の平を照らし合わせる。まるで互いに鏡を持っているかの様に。
「何をするつもりかしら」
「その切り札を出すのですよ」
 速水がまた言った。
「貴女を封じる為のね」
「私を」
「そう、その魔法陣よ」
 今度は沙耶香が言った。
「覚悟しなさい、これで終わらせるから」
「何を出すのか知らないけれど」
 切り札と聞いても依子は動じてはいない。自分が作り上げた魔法陣と自身の魔力に絶対の自信を持っていたからである。
「もう止められないわよ」
「いえ、何時でも止められるわ」
 沙耶香はそれに反論した。
「これならね」
「じゃあ見せてもらおうかしら」
 依子は悠然と沙耶香に対して言い返した。黒い魔女と白い魔女が闇の薔薇の吹雪の中に対峙していた。七色の光の周りを五色の薔薇が待っていた。
「それをね」
「いいわ、それじゃあ」
「いきますよ」
「ええ」
 沙耶香と速水は息を合わせた。今その二人の術が合わさった。
「むっ」
 速水の顔の左半分を覆う髪が上に舞い上がった。そこには金色の目があった。
「その目は」
「何、貴女と同じですよ」
 速水は言う。
「私も貴女や沙耶香さんと同じでしてね。力を持っているのです」
「その力の源ね、その目は」
「おわかりですか」
「ええ、その目で何を見せてくれるのかしら」
「すぐにわかりますよ」
 速水はうっすらと笑って述べた。
「すぐにね。それでは」
「ええ」
 速水のその黄金色の目が輝いた。そしてそこから凄まじいまでの力が放たれた。
「ムッ!?」
 速水の手に一枚のカードが現われる。それは運命の輪のカードであった。
「そのカードが」
「只のカードじゃないわ」 
 今度は沙耶香が言う。速水の左目が黄金色になっているのに対して沙耶香のそれは紅くなっていた。闇夜の中でそれが輝く。赤と金、二つの光が闇の中にあった。
「そうでなくては切り札にはなれないわ」
「まさか」
「さあ出番よ」
「黒き運命よ」 
 沙耶香と速水は同時に言った。するとカードから巨大な輪が現われる。それは徐々に二人の上に舞い上がる。確かに只の運命の輪ではなかった。そこには黒い炎が纏わりついていたのであった。
「その炎は」
「私の炎よ」
 沙耶香が答えた。
「私の魔力で作り出した漆黒の炎」
「それと運命の輪が」
「さて、これが切り札よ」
 沙耶香はその紅い目で依子を見据えていた。
「私達のね」
「それをどうやって使うのかしら」
「今それを見せてあげるわ」
 それまで照らし合わせていた手をそれぞれ動かせる。速水から沙耶香へと流れるように。すると輪は回転しはじめた。そして唸り声をあげて急降下してきた。

 
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