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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百七十二話 混迷




帝国暦 490年 3月 18日  オーディン 憲兵隊本部  ギュンター・キスリング



「フェザーン市民の様子は如何でしょう?」
『今の所問題は発生していない、市民は落ち着いている』
「占領統治は順調なのですね」
『まあそう言って良かろうな』
レムシャイド伯爵の口調に暗さは無い。その言葉に偽りは無いようだ。もっとも占領初日から躓くようでは先が思いやられる。

『ロバート・テレマンは拘束した。ペイワードの身柄も押さえている』
「長老委員会の扱いは?」
『委員会のメンバーも拘束した。連中にフェザーンの自治権は剥奪したと言うと約束が違うと憤慨していたな。リヒテンラーデ侯は自治を認めたと頻りに言っていた』
そう言うとスクリーンに映るレムシャイド伯は声を上げて笑った。本当に信じるとは余程に上手く騙したのだろう、悪い爺様だ。

「地球教は如何なりましたか?」
『ド・ヴィリエという大主教とその取り巻きを捕えた。自治を認められると思って油断したのかな、呆気ないものだ。総大主教は地球制圧の時に死んだらしい。現在最上位に居るのはド・ヴィリエのようだ』
「ではこれで地球教は壊滅ですか?」
『そう思いたいところではある……』
歯切れが悪い。確証は無いか。後でボイムラー准将に確認する必要が有るな。いや待て……。

「レムシャイド伯、国債と株はどうなりましたか?」
『ああ、それがあったな』
レムシャイド伯が救われたかのように明るい声を出した。
『無事接収した、それについては問題は無い。だが自治領主府の地下から妙な物を見つけた。金等の貴金属、絵画の類だ、時価総額で一兆帝国マルクは下らないだろう』
「一兆帝国マルク……」
呆然としているとレムシャイド伯が笑い声を上げた。

『私も最初に聞いた時は卿と同じような反応をしたよ。途方もない代物だ』
「……」
伯爵が笑うのを止めた。表情が厳しい。
『その一部が地球教に流れたらしい。ド・ヴィリエの活動資金になったようだ。他に流れていなければ良いのだが……』
「まさか」
『確証は無い、ボイムラー准将が調査している。詳しい事は准将に聞いてくれ』
やれやれだな。治安面でレムシャイド伯の補佐役にとボイムラー准将を送ったが准将は今頃俺を呪っているかもしれん。

ド・ヴィリエがフェザーンに行ったのは昨年の夏、半年以上前の筈だ。ペイワードが彼らに援助したとは思えない。となると自治領主府内部に地球教の協力者が居た事になる。思っていた以上に地球教はフェザーン内部に浸透している。国債と株が地球教に流れなかったのは僥倖に近いな。

フェザーン侵攻においてエーリッヒが特に重視していたのはフェザーンが所持している帝国、同盟が発行した国債と両国企業の株だった。帝国、同盟の両国で地球教は叩かれ地球そのものも叩き潰された。彼らは組織再生のため必ず資金を必要とする筈だ、国債と株はその資金源になる可能性が有った。

ペイワードが自治領主である間はそれらが地球教に流れる事は無いだろう、流れるとすれば侵攻によってフェザーンが混乱した時だとエーリッヒは考えていたが……。一兆帝国マルク相当の貴金属か。国債や株の所有者を変えるよりも貴金属を密かに持ち出す方がペイワードに気付かれる危険性は低いと見たという事か。

ルビンスキーが動いたかな。地球教は当然だが国債と株を欲しがった筈だ。だがペイワードに気付かれると警告して貴金属を小出しに渡した。もどかしさに不満が募っただろう。暴発させやすくなったわけだ。それが真の狙いだったかもしれない。

いや、それともペイワード自身が保険を掛けた可能性は無いか? ペイワードは地球教に殺されずに帝国に保護されている。表では敵対しても裏では繋がっていた? 可能性は低いと思うが……。だが貴金属は流さなくても他の面で協力した可能性は有るかもしれない。ボイムラー准将がその辺りを考えていれば良いが……。

「ルビンスキーは?」
俺の問いにレムシャイド伯が首を横に振った。
『未だ姿を現さない。用心しているのかもしれん』
「或いは勝敗が決まるのを見守っているのか」
『有り得るな。フェザーン市民が大人しいのもそれかもしれない。縁起でもない事だが帝国が敗れる、或いはそれに近い状態になれば牙を剥くかもしれん』

レムシャイド伯は渋い表情をしている。手放しで喜べるような状況ではないという事だな。早々に通信を切り上げボイムラー准将に連絡を取った。直ぐに准将がスクリーンに映った。こちらも表情は厳しい。予期していた事では有るが面白くは無かった。

「ボイムラー准将、忙しい所を済まんな」
『いえ、御気になさらずに。こちらから連絡を入れようと思っていたところです』
「そうか、大凡のところはレムシャイド伯から聞いている。詳細は卿から聞いてくれとの事だった。話してくれるか」
ボイムラー准将が苦笑を浮かべた。面倒事を押し付けられたとでも思ったかもしれない。

『フェザーンの状況ですが現状では反帝国の暴動や騒乱が起こる可能性は小さいと思います。帝国はイゼルローン、フェザーン両回廊を制圧し優勢に戦いを進めている。フェザーン市民はそれを十分に理解しています。このまま勝ちきれば問題は無いでしょう』
「うむ」
レムシャイド伯と同じ事を言っている。つまり油断は出来ないという事だ。

『国債と株の事はお聞きになりましたか?』
「聞いた。一兆帝国マルクの貴金属の事もな。どの程度地球教に流れたのだ」
『ド・ヴィリエを尋問していますが未だ……。小官の予想では百億から百五十億帝国マルクの間ではないかと考えています。主に金を売ったようです』
百億から百五十億……、溜息が出た。

『この半年間にフェザーンで取引された金を調べました。丁度帝国と反乱軍の関係が怪しくなってきた時です。多くの人間が金を購入しています。かなりの高値で取引されている。金以外にもプラチナ、銀を売った痕跡が有ります』
「なるほど、自治領主府内の協力者は誰だ?」
ボイムラー准将が首を横に振った。
『未だ分かりません。捜査中です』
「ルビンスキーは当然だがペイワードが協力者の可能性は?」
『……』
驚いた様な表情は無い。ボイムラー准将も俺と同じ事を考えている。ならば捜査に抜けは無いか。

「ルビンスキーは未だ姿を現さない様だが」
『探しますか?』
「いや、その必要は無い。いずれは現れるのだ、それを待とう」
『小官もそれが宜しいかと思います』
下手に探せば用心させるだけだ。むしろ探さない方がルビンスキーにとっては屈辱だろう。自分から接触して来る筈だ。

「地球教だがド・ヴィリエを拘束した事で脅威はかなり減ったと思うが?」
『はい、核になる人物を失った以上脅威はかなり減ったと思います。そしてこの戦争で勝てば帝国の覇権が確立します。そうなれば自然消滅という事も有り得るでしょう。しかしそれには時間がかかると思います』
「そうだな」

つまり小規模なテロ活動が続く可能性が有るという事だ。フェザーン遷都を考えれば決して喜べることではない。
「ボイムラー准将、地球教の残党を優先して追ってくれ」
『小官もそのつもりでいました。進展が有りましたら御報告します』
「頼む」

やれやれだな、通信が終り何も映さなくなったスクリーンを見ながら思った。戦況は優勢だが未だ決定的とは言えない。フェザーンの状況も同様だ。何処か中途半端で混沌としている。消化不良にでもなりそうな気分だ……。



宇宙暦 799年 3月 22日  ダゴン星域  第十五艦隊旗艦デュオメデス ラルフ・カールセン



「索敵部隊から連絡です。帝国軍はダゴン星域に近付きつつあるとの事です。我々とは約一日の距離に有ります」
オペレーターの声が艦橋に響いた。艦橋に敵発見による興奮は無い。イゼルローン要塞を撤退後は四六時中帝国軍を監視しているのだ、無理もない。
「兵力は確認出来るか?」
ビューフォート参謀長の問い掛けにオペレーターが首を横に振ると参謀長が不満そうに唸り声を上げた。

「まあ難しいだろう」
「閣下」
「先頭の艦隊に接触するだけで精一杯だろうな。無理をすれば帝国軍の攻撃を受ける。そんな危険を冒す必要は無い、敵が近付いているという情報だけで十分だ」
「はあ」
ビューフォート参謀長が不得要領に頷く。

「思ったより帝国軍の動きが早い。イゼルローン要塞で多少の休息を入れるかと思ったが……」
「補給等は如何したのでしょう?」
「ガイエスブルク要塞で行って来たのだろう。となれば敢えてイゼルローン要塞で行う必要は無い」
「なるほど、あれが有りましたな」

厄介な相手だ。謀略を得手とするから多少は実戦に疎いかと思ったがこちらが嫌がる事ばかりする。機を見るに敏だな、それだけ手強い。
「参謀長、ヤン提督は今どの辺りかな?」
「パランティアには着いているでしょう」
参謀長がスクリーンに映る星系図を見ながら答えた。

「ビュコック司令長官は?」
「……ポレヴィト星域を抜けランテマリオ星域に向かっているかと思いますが……」
ランテマリオからジャムシードは民間船も使用する航路だ。安定しているし航行は容易だから時間も計算出来る。後二週間もすればジャムシード星域に到着するだろう。但し、敵に引き留められていなければという条件が付く……。

「エルゴン星域でヤン提督が追い付くのは無理だな」
「はい」
「やはりシヴァ、ジャムシードで合流か」
「そうなると思います」
如何する? ヤン・ウェンリーはパランティアから航路通りにアスターテ、エルゴン、シヴァを目指すか? それとも航路を外れて直接エルゴン、又はシヴァを目指すか……。

航路を外れた方が時間は短縮出来る。だが航路を外れれば宇宙嵐、磁気嵐等が頻繁に起きやすいという危険も有る、だから航路として使われないのだ。通信は途絶えがちだし場合によっては足止めを食いかねない、或いは艦に損傷を受ける恐れもある。だが帝国軍の進撃は速い、航路通りの航行では追い付かない可能性が出て来ている。場合によってはこちらが各個撃破の対象になってしまう……。溜息が出た……。



帝国暦 490年 3月 23日  オーディン 統帥本部  シュタインホフ



会議室に入ると中に居た男達が一斉に起立して敬礼をしてきた。それに応え席に座ると男達も席に座った。コの字型に並べられた会議卓を十人程の男、軍人達が囲んでいる。一人が立ち上がり近付いて来た、手には書類を持っている。ツィンマーマン大佐、所属は作戦部だった筈だ。

「これを御覧ください」
大佐が書類を私の前に置いた。そして席に戻る。使えん奴だ。手に取ってパラパラと見てみた。作戦計画書のようだな。
「誰か説明しろ」
「……」
皆、顔を見合わせている。率先して立ち上がる者は居ないらしい。

「ラインベルガー!」
「はっ!」
統帥本部作戦部長、ラインベルガー大将が慌てて立ち上がった。内乱の後大将に昇進、作戦部長に就任した男だがどうにも胆力の無い男だ。イライラする。出来の良い奴は皆ヴァレンシュタインに取られてしまった。統帥本部はアホばかりだ。

「説明しろ」
「はっ!」
書類には重要な部分とそうではない部分が有る。重要な部分は口頭でも報告するのが常識だろう! 汗をかいてもいないのにハンカチで顔を拭くな! 鬱陶しい!

「現在反乱軍領内に侵攻している帝国軍は優位に戦闘を進めています」
「うむ」
「しかし問題が無いわけでも有りません。当初の予定ではイゼルローン方面、フェザーン方面において反乱軍に対して大きな損害を与える予定でしたが失敗しました。反乱軍は多少の損害を出しつつも後退して戦線を立て直そうとしています」
「うむ、面白く無い事態だ。反乱軍が逃げるのが早すぎたな」

会議室に笑い声が上がった。阿呆、連中はこちらの狙いを読み取ったのだぞ、喜べる状況ではあるまい。
「この状況は面白くは有りません。我々は何処かで反乱軍に一撃を与える必要が有ります。このままではハイネセン攻略にも支障が出るでしょう」
「それでこの作戦計画書を作ったか」
ラインベルガーがバツの悪そうな表情をした。

「いえ、この作戦計画書はヴァレンシュタイン司令長官より送られてきました。反乱軍はバーラト星域を目指すイゼルローン方面軍を何とか食い止めようとする筈、それを上手く利用したいと。この作戦の実施が可能か、それと実施するのであれば作戦全体の制御を統帥本部に委任する事が可能かを検討して貰いたいとの事です」
「なるほど」

要するにヴァレンシュタインも最初の作戦案はもう成り立たないと見たわけか。それで新たな作戦案を提案してきた。本来ならこちらがやる仕事だな。いや、やろうとしたらヴァレンシュタインが先に送って来た、そんなところかもしれん。
「スクリーンに星系図を出せ」
「はっ」
ツィンマーマン大佐がスクリーンに星系図を表示させる。星系図には帝国軍と反乱軍の大凡の位置が分かる様になっていた。ラインベルガーは何時の間にか席に座っている。作戦の内容は説明せんのか、腹立たしい奴だ……。

ヴァレンシュタインの送ってきた作戦計画書はそれほど厚みの有るものでは無かった。幾つかの星系名が記されている。スクリーンと照らし合わせてみた。なるほど、作戦も難しいものではないな。説明を受けるまでも無いか……。問題はタイミングだな、それで制御をこちらにと言ってきたか。あとは行方のはっきりしない一個艦隊……。

「それで、如何なのだ?」
私が問い掛けると皆が顔を見合わせた。押し付け合いか? 怒鳴り付けようかと思った時、一人の男が立ちあがった。ブラウラー大佐、元はリッテンハイム侯の所に居た男だな。

「現状では極めて合理的な作戦だと思います。反乱軍がこちらの陽動に引っかかる可能性は高いでしょう。その分だけハイネセンの攻略は容易になります」
「行方の分からん艦隊が有るが大丈夫か? 指揮官はヤン・ウェンリーだぞ」
「その艦隊も引き摺り出せます。引き摺り出してしまえば恐ろしくは有りません。多少手強くても一個艦隊です」

「ヴァレンシュタインに危険が及ぶ可能性が有るがその辺りは如何考える?」
「決戦を挑めば危険ですが決戦を避ければ問題は有りません。司令長官閣下もその事はお分かりの筈、むやみに決戦を挑む事はしないでしょう」
「ふむ、卿はこの作戦を実施すべきだと言うのだな」
「修正を加えたうえで実施すべきだと思います」
周囲を見れば皆が頷いている。

「修正とは何だ、大佐?」
「惑星ウルヴァシーの占拠、補給基地化です。この作戦案ではそれが消えていますが当初の予定通り、実施すべきです。万一長期戦になった場合にはウルヴァシーが必要となります」
作戦計画書をもう一度見た。確かにウルヴァシーの占拠が消えている。焦っているのか? それとも長期戦の可能性は無いと見た? いや焦りが有ると見るべきだな。

「良かろう、この作戦を実行する、修正をしてな。私は軍務尚書、国務尚書閣下に報告してくる。卿らは準備にかかれ」
「はっ」
全員が起立して敬礼した。私も立ち上がり答礼すると会議室を後にした。先ずは軍務省、そして新無憂宮に行かなくてはならん。




 
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